第35話 ふたたびの、激突~その1~
「イサーシュッ!」
コシンジュの叫びが聞こえ、イサーシュは振り返った。
メウノを連れた彼がこちらに向かってくる。
「どうだ、見つかったか!?」
「いいや。だが心当たりはある。
ひょっとしてお前らも魔王のもとに向かう気か?」
「じゃあ、やっぱりロヒインはファルシスのもとに……」
気まずい表情のコシンジュに、イサーシュは肩に手を置いた。
「本当にこれでいいのか?
あいつは魔族になってでも願望をかなえるつもりだぞ?」
「いや、それがいいことばかりだとは思えない。
イサーシュが一緒にいない間に、俺は魔族とのハーフの人に出会った。
正直、あまり幸せそうに見えなかった」
事情を知らないムッツェリがそれを見て首をひねった。
「魔族とのハーフ?
それとロヒインの失踪に、いったい何の関係がある?」
「……なんじゃお主、事情を何も知らないのか?」
全員が声のしたほうを向いた。
とたんにコシンジュの鼻から大量の血が噴き出した。
「……へ、ヘンタイだ~~~~~~~~っっ!」
小さいトナシェが、現れた人物を見て指差した。
その顔が驚愕に包まれている。たしかにそうかもしれない。
目の前に現れた美しい女性は、衣装は豪華でも胸の部分が大きくはだけ、腰の部分はきわどいⅤ字を描いて素肌をさらしている。
服を着ている部分も肌に密着し、美しいボディラインが強調されている。
言われた本人は少しまとめた髪をかきあげ、腰に手を当てる。
顔は少し不機嫌そうだ。
「こ、子供にそのようなことを言われるとはな。
何度でも言うが魔界では一般的じゃぞ」
一方イサーシュはと言えば、顔をそむけ相手のほうを見ないようにしている。
かと思えば、視線を送りたくなるのを必死にガマンしているようだ。
となりのムッツェリが思い切りスターロッドをにらみつけた。
その視線がちらりと尖った耳に向けられる。
「お前、ダークエルフか。
魔界では一般的でもゾドラでは不謹慎だぞ。ちゃんと肌を隠せ」
するとスターロッドは今度不敵な笑みを浮かべた。
「なんじゃ小娘。
このわらわの完璧なるプロポーションを見て、妬いておるのか。
どうせお主は貧乳に違いあるまい」
「なっ! 貧乳だとっ!? そんなことはないぞっ!
わたしだって出っ張っているところは出っ張っている!
ヴィーシャのような背が高いだけで胸をパットで隠しているド貧乳とは違うぞっ!」
「「あいつ、やっぱり隠してたんだ……」」
言いつつも男2人の視線が革鎧に隠されたムッツェリの身体に向けられる。
ムッツェリは顔を赤らめてコシンジュの頭だけをはたいた。
「なぜっ!? なぜオレだけっっ!?」
口元を手でおおいクスクス笑うイサーシュにねたみの視線を向けながら、コシンジュは片手で真っ赤になった鼻の下を、もう片手ではたかれた頭をさする。
ところが途中ではっとしてスターロッドに向き直った。
「そうだっ! こんなやり取りしてる場合じゃなかった、
スターロッドさまっ!」
初対面の3人が「「「スターロッドさま……?」」」とつぶやく。
メウノがため息をついた。
「コシンジュ、このダークエルフに一目ぼれしてるんですよ」
「あ~ハイハイ。さすがは女好きの勇者さまですね……」
明らかに不機嫌なトナシェのつぶやきをよそに、コシンジュは手を広げて問いかけた。
「ロヒインを見ませんでしたかっ!?
あいつ、魔王のところに向かったはずですがっ!」
「ああそれなら……」「俺のところにも連絡が来たぜ?」
新たな人影が現れた。
それを見た瞬間、イサーシュが前に進み出た。
「貴様っ! デーモン騎士のベアールだなっ!?」
以前会ったときとは違い、頭に角を、背中に羽をつけた赤い騎士が両手を軽く上げる。
「うわっ、怒ってるよ。
仕方ねえじゃねえか。殿下の命に従い、人間に化けなきゃいけなかったんだからよ」
「ベアール。なんでお主ここに来た?
お主は別の警備場所についておったのではないのか?」
腕を組むスターロッド。
胸の谷間が強調されたため、コシンジュが鼻を押さえて顔をそむけた。
トナシェが横目でにらむと、コシンジュは必死で手を振った。
それを見つつ、ベアールは笑いながら指をさす。
「カンベンしてくれよぉ。
俺、一度コシンジュ君とマジで話がしたかったんだぜ?
それにイサーシュにももう一度会ってみたかったし」
「お前のところにも連絡が来たとあったな!
ロヒインはもうファルシスのところへ行ったのかっ!?」
怒るイサーシュにベアールは首をすくめる。
「そう怒るなって。
それにしても、お前らロヒインちゃんがなにを考えてるのか、もう察しがついてんだろ?」
「スターロッドさま、ロヒインを止めてくれっ!
ベアールさんもなんとか言ってやってくれよっ!」
「お、こうして勇者くんと話をするのは初めてだな。
うれしいけど、お前の頼みは聞いてやれないね」
コシンジュはなんとも言えない表情で「なんだって?」と問いかけた。
ベアールは人差し指を立て、「チッチッチッ」と言いながら左右に振った。
「わが親愛なる魔王殿下はね、晴れて2代目ゾドラ大帝となったエンウィー陛下との間に、子供をつくることになってる。
殿下のお見立てによるとエンウィーさまには魔族の素養があるらしいけど、殿下は人間のまま子供をもうけたいそうだ。
つまり、“人間と魔物の懸け橋となる半魔の子”がほしいとのことだよ」
そしてその場を歩きだし、両手を広げながら続ける。
「だけど、その子は少しかわいそうだ。
なぜなら人間としては寿命が長く、魔族としては早く歳をとる。
中途半端な存在として、どこまで友達を持てるか心配だ」
そして立ち止まり、コシンジュ達を指差した。
「そこで魔族となったロヒインちゃんの出番。
ロヒインちゃんは契約を結んで立派な魔族となる。
だから実質俺らと同じなんだけど、彼女にはまさに意中の相手がいる」
ベアールは人差し指をグルグル回していたが、ある人物をさしたところでその動きが止まった。
「コシンジュ君、これは君にとっても悪くない話なんだよ?」
コシンジュは言われるがまま、ごくりとツバを飲み込んだ。
「ロヒインちゃんが魔族になるのをためらっていたのは、ひとえに君のことを案じてだ。
彼女の見立てによると、君には魔族となる素養がない。
だから君との間に設けた子供はどうしても半魔になってしまう。
父親は早く死に、子供は中途半端な寿命をかかえて生きなければならない」
するとベアールは両手を広げ後ろへと下がった。
「ところが、その子供たちには友達ができる可能性がある。
言うまでもなく、我らが主君ファルシスさまとエンウィーさまのあいだに生まれた子供だ。
両家に生まれた子供たちとは寿命も一緒。
だから同じ意識を共有できる可能性がある。
ともすれば友達にもなれるし、性別も違えば結婚すらできる」
「一緒にしないでくれよ。
そんな政略的な理由で、ロヒインの子供をくっつけるな」
「おいおい、カン違いしないでくれよ?
たしかに子供を半魔にするのは考えあってのことだけど、殿下がエンウィーさまを選んだのに変な理由はない。
殿下は真剣な気持ちで、エンウィーさまを妻に迎えたいとおっしゃった。
2人はれっきとした恋愛感情で結ばれてるよ」
そう言って、ベアールは両手を重ね合わせた。
それを見たスターロッドがうなずく。
「そういうことじゃ。
コシンジュ、ロヒインの好きにさせてやれ。
よいではないか、お前は晴れて、女となったロヒインと結ばれることができるのだぞ?
生まれてくる子供が孤独になる心配もない。ついでに砂漠で暮らしておる例の半魔の親子も連れて来てやるから、みんなめでたしめでたしじゃ」
そう言われても、コシンジュはいまいち納得できない様子だった。
「……つまり、ロヒインは女の心を持った、男だったということか。
なんだか怪しいと思っていたが、あいつがコシンジュにこだわるのには、そういう理由があったのか」
ムッツェリが口を開いた。
彼女はうつむいて腕を組む。
「偏見は持っていなかったつもりだが、いま考えてみると恐ろしいことだな。
ずいぶん失礼なことも口にしたようだ」
そしてコシンジュのほうに身体を向けた。
「コシンジュ、悪い話じゃないぞ。
お前、いまの言い方からするとまんざらでもないそうじゃないか。
あいつと夫婦になってやれ。そして子供をつくって、魔王の子供と仲良くさせてやれ」
トナシェがはっとして、スターロッドに向き直った。
「魔族との契約には、そんな効果もあるんですか!?
寿命や力だけでなく、願い事もかなえられるとなれば、それを狙って悪用される可能性もありますが!?」
「いいや、なにからなにまでかなえられるというわけではない。
ただこういうことはできる。
魔族になるには専用の魔法陣を張ったうえで、契約する魔物の血を飲む必要があるのじゃが、その際にあらかじめ変身をしておくと、契約完了時にそのまま性別が固定される。
つまり女になったままの姿で魔物になることができるのじゃ。これが我らの狙いじゃ。
ロヒインもそれを十分理解したうえで、悩んだ末結論を出したのじゃろう」
「フゥ、ほっとした。
魔族になればやりたい放題ってわけでもないんですね。
むしろ性の悩みをかかえている人にとっては朗報な気も……」
「……ダメだ。それじゃ、ダメだ……」
コシンジュの声だった。全員の視線がうつむく彼の顔に注がれる。
ベアールが口を開いた。
「なんでだよ。
これだけいいことづくめで、いったい何の不満があるんだよ?」
「オレは、魔族にはなれないんだろ?
だとしたら、あいつはオレがいなくなった世界をずっと生きていくことになる。
下手をすれば子供にも早死にされるかもしれない」
「……たしかにそうかもしれないけどな。
だけど逆を考えてみろ。あいつは一生孤独のまま、たった1人で死んでいくしかないかもしれないんだぞ?
身体が男のまま、生きてきた証を残せないまま死んでいくよりは……」
「わらわの子供はな……」
今度はスターロッドの姿に視線が集まった。
彼女が背中を向けると、美しいヒップのラインがあらわになる。
コシンジュが鼻を押さえ、それにトナシェが鋭い視線を向けた。
「みな死んだのじゃ。
タンサめにそそのかされ、この世界に攻め入って、のちに先代の勇者にやられた」
コシンジュとトナシェがはっとして顔を戻した。
スターロッドは少しだけ顔を戻し、皮肉まじりの笑みを向けた。
「気にするな。
いくら命令とはいえ、わが子らは大勢の人間を殺した。
その報いを受けたのじゃ、仕方あるまい」
そして再び顔をそむけた。
「それに、今のわらわには孫が残っておる。
数は少ないが、わらわにとっては大事な家族じゃ。
それにファルシス。
あやつもわらわにとっては大事な家族じゃ。最後の息子とも思っておる。
あやつのためなら、わらわはなんだってできる」
「スターロッドさま……」
コシンジュがつぶやいたところでスターロッドはこちらを向いた。
「家族というものは、いくらでも作れる。自分が望めば、いくらでもな。
だから心配などするな。お主がいなくなっても、ロヒインめは孤独にはならん。
いや、このわらわがさせん。
あやつを引きこんだのはこのわらわじゃ。絶対に後悔はさせん」
コシンジュは何も言えなくなっていた。
ここまで言われたら、無理にロヒインを止める必要などないのではないか、そう思ってしまう。
「いや、ダメだ。俺は認められない」
イサーシュの声だ。
振り返ると、相手はこちらに向かって首を振る。
「もう1つ大きな問題があるぞ。
俺たちがともに北の人間だってことだ」
コシンジュははっとした。もう少しで完全に言いくるめられるところだった。
がく然とするコシンジュをしり目に、イサーシュは魔族の男女をにらんだ。
「ロヒインが魔族となれば、当然この国に属することになる。
そうなればコシンジュはどうなる? こいつは敵対する北の大陸に故郷があるんだぞ?」
「そう言えばそうじゃったな。ならば……」
スターロッドがアゴをあげ、若干にらみつけるような視線を向ける。
「お主らも我らの軍に加われ。
勇者一行が我々の味方に付けば、連合の士気も大いに下がるだろう。
すぐに戦争は終わるぞ」
その冷たい目つきと言葉のせいで、コシンジュはひと目ぼれの相手に初めて恐怖を覚えた。
「……い、イヤだっっっ!
もし北の大陸が負けることになれば、オレの家族はどうなるんだっ!?
奴隷にされてやりたい放題になるのはイヤだぞっ!」
スターロッドの表情は再びおだやかなものになり、まじめな口調で告げる。
「そんなことは我らがさせん。
占領後の政策には我らも大きく関わろう。
ただし北の連中の先祖のことに関しては大きく明るみに出るはずじゃから、それによる悪影響は避けられんがの」
「俺は、それには賛同できんな」
イサーシュが、背中に差していた剣をゆっくり引き抜き、スターロッドのほうに向けた。
「なにを考えておる?
時間と程度の差はあれ、北と南の戦は避けられん。
ならば少しでも被害を最小限に抑えておくことが最善ではないか?」
「言っておくが、俺はランドンに忠誠を誓った人間だ。
国の名誉を守るためなら、いかなる手段をも辞さない覚悟だ。
決してランドンをゾドラの属国にはさせん」
スターロッドは顔を少しそむけ、眉間の当たりを黒い爪がのびる指で押さえた。
「やれやれ。
お主はコシンジュより賢いとは思っておらんが、そこまで愚かだとは思わなかったぞ?」
「イサーシュ。
お前とは一度本当の姿で手合わせしたいとは思ってたけど、そうやって敵意をむき出しにされちゃ正直気が引けるね」
ベアールも言い返したのをしり目に、イサーシュはコシンジュに向かってあごをしゃくった。
「行け。ここは俺たちで食い止める。
そのあいだにお前は他の連中と合流してロヒインを止めて来い」
「だ、だけどこの人たち、相当強そうだけど?
いやスターロッドさまと戦ってほしくないって意味じゃないんだけど、だけど……」
コシンジュは複雑な顔をしながら仲間たちを見回す。
メウノとムッツェリはやる気十分だったが、トナシェはなぜかあさっての方向を向いている。
「おい、よそ見してる場合じゃないだろ。
ここに残るか、オレと一緒に来るか決めろよ」
しかし、彼女は小さい手で路地裏を指差すばかりだ。
「今、なんか横切ったんです。
人とは思えない、だけど巨大な人の姿をしたような影が。
なんか赤く光ってたんですけど……」
見間違いだろ。そう言いたかったが、なぜか妙な胸さわぎがした。
前を見ると、スターロッドとベアールも顔を見合わせている。
スターロッドの表情は複雑だ。
「赤い巨人? まさか、あやつでは?」
「そんなバカな。
マノータスを含め奴の一族は故郷のみんなに監視されてるはずだ。それをどうして」
ベアールが言い終わると同時に、なぜか両者が突然頭を下げ、こめかみを押さえた。
魔法の力で何かを感じ取っているとすぐに分かった。
「……なんだってっっっ!?」「……なんじゃとっっっ!?」
すると突然、2人ともがすっとんきょうな声をあげた。
スターロッドにいたっては信じられないとばかりに目を見開いている。
その視線がすぐにこちらを向いた。
「わかった! すぐにかけつけるっ!
勇者一行もおるから連れていくぞっ!」
こめかみから指を離したスターロッドが、消え入りそうな声で告げた。
「今ファルシスの奴めから連絡が入った。
パレードの最中に魔族が乱入し、人々に襲いかかっていると……」
コシンジュ達はそろって言葉にならない悲鳴をあげた。
トナシェは両手で口をふさぐ。




