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第34話 運命の日~その3~

 魔界では、3魔族を筆頭とした穏健(おんけん)派の台頭によって、反対勢力である強硬(きょうこう)派の一党が抑えられていた。


 まずは筆頭であるマノータスの失墜(しっつい)

 続いて後見人であるヴェルゼックにそそのかされ、第2次地上侵攻作戦に参加した大勢の魔物が命を落としたことで、強硬派は一気に意見力を失った。

 現在は魔界王に()いているルキフールが、中立派から穏健派に転向したことも大きい。

 ましてやヴェルゼックがうらみを抱く勢力によって追われる身となって姿を消してからは、強硬派勢力は肩身の狭い思いをするばかりである。


 地上に拠点を移した魔王がいなくなったかつての居城にて、マノータスの足取りも自然と重々しいものとなっていた。

 振り返ると、穏健派勢力であるダークエルフの2人組が柱のかげからちらちらと姿を現している。

 マノータスはため息をつきながら顔を前に戻した。


 あの日、あと少しで勇者を片づけられたというところを、マノータスはファルシス達に邪魔された。

 魔族の王だけでなく、3種族の長まで一緒になられては、さすがに勝ち目はない。狼狽(ろうばい)をさらしつつ引かざるを得なかった。


 それのみならず、今度はヴェルゼックに誘われるがままに地上に侵攻した魔物たちは退路を遮断(しゃだん)され、そのまま帝国軍に壊滅(かいめつ)させられた。

 魔界内の軍勢にはこの処置に怒り狂っている者も多いが、いまや主流となった穏健派の連中に手も足も出せずにいる。

 すでに魔界はルキフールをはじめとする穏健派によって牛耳(ぎゅうじ)られている。

 いままで中立を保っていたはずの奴さえも寝返ったとなれば、相次ぐ勇者討伐作戦の中で多くが散っていった強硬派に立つ背はない。

 頼みの(つな)だったヴェルゼックも、弱体化の要因として3つの幻魔兵にその身を追われている。


 完全に魔王や魔界王を名乗るルキフールめに出し抜かれた形となった。

 マノータスには、もはやすがる者がいないのだ。

 せめてあの時、勇者の息の根を確実に止めていたならば……


 その時、急に腕がすさまじい力で引っ張られ、巨大な身体がいとも簡単に引き込まれた。

 あわててマノータスが振り向くと、暗がりの中に見覚えのある顔があった。


「……ヴェルゼック様っ!? どうしてこんなところにっっ!」


 ぼう然とする牛頭を前にして、緑色の顔をした貴族は不敵な笑みを浮かべる。

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった態度の相手をマノータスは押し出し、2人して柱のあいだに隠れる。

 そしてあたりをうかがいながら声をひそめて話かけた。


「なにをやってるんですこんなところで!

 どうやって監視の目をすり抜けたんですか!?」

「苦労はしたが、この俺が誰なのか理解していないお前ではないだろ?」

「なにしに来たんです。別れの挨拶(あいさつ)ですか?

 それともマヌケなヘマをやらかしたオレを笑いに来たんですか?」


 言うとヴェルゼックはマノータスの赤い腕をポンポンと叩いた。


「ずいぶんやりずらそうにしてるじゃないか。後ろに監視の目も光っているようだしな」


 そう言って柱のかげからダークエルフたちをのぞき込む。

 マノータスは首を振った。


「その通りです。

 だから早く逃げないと、奴ら増援(ぞうえん)を呼んできますよ」

「そんな奴らを痛い目にあわせてみたい、そう思わんか?」


 一瞬何を言っているのかよくわからなかった。

 マノータスはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる相手の顔をまじまじと眺めた。


「だから、手痛くやられた仕返しをしてみないか、そう言っているんだ。

 このままやられっぱなしで我慢(がまん)できるお前じゃないだろうが」


 牛頭はもう一度あたりを見回し、顔を近づけて声をひそめた。


「なに言ってやがるんです!?

 あんた、この会話も奴らに聞かれてますよ!」

「心配などするな。

 こっちは逆に周囲の音を遮断(しゃだん)する魔法をかけてある。

 だからこの会話を聞かれる心配はない」

「だったらだったで問題でしょうが!

 聞かれたらまずい会話をしていると自ら白状しているようなもんですよ!」

「ああ、だから単刀直入に話そう。

 魔王たち、そして勇者たちにひと泡吹かせるために、俺の作戦に乗る勇気はあるか?」


 マノータスはすぐに返事ができなかった。

 少し顔をそむけながらも、黄色く光る目はそらさなかった。


「そうやって、ブラッドたちのように送りだすつもりですかい?

 正直玉砕(ぎょくさい)覚悟の作戦ならお断りですよ」


 言われ、ヴェルゼックは両手を広げた。


「なにを言っている。

 いざという時のために、お前には転移魔法を教えたじゃないか。

 まずくなったらすぐにこっちに帰ってくればいい」


 そしてヴェルゼックは両手で相手の巨大な両腕をにぎった。


「それとも、このままずっと肩身の狭い思いをし続けるつもりか?

 ブラッドやコカ、そしてスキーラが、なぜ危険な特攻をしでかしたか、理由がわからないお前でもないだろ?」


 マノータスは牛の頭を持ち上げ、考え込んだ。

 尊敬する相手ではあるが、(わな)に誘い込まれている気がする。

 しかし、彼の発言はまさに核心をついていた。


 このまま、平和ボケした連中とずっと大人しくしていられるか!


「……とりあえず、話だけでも聞いてみましょう。

 のるかそるかはそれからだ」


 見合わせたヴェルゼックの表情は、まさしく悪魔の笑いを浮かべていた。





 ルキフールはすぐに臣下の知らせを受け、背中に敷いたクッションから身を持ち上げた。


「ヴェルゼックが現れただとっ!?

 あやつ、いずこへと消えたと思いきや城へと舞い戻っていたのかっ!」


 ひざまずくデーモンは顔を上にあげた。


「奴は転移魔法の使い手です。

 (さわ)ぎを起こすのならともかく、転移したままおとなしくしているのならば行方はすぐにわからなくなってしまいます」


 台座についた杖にアゴをつきながらルキフールは眉をひそめる。


「思えばあの狂乱者がおとなしくしていたのが不可思議なことであった。

 潜伏(せんぷく)しているあいだ、奴は作戦を練っていたに違いない。

 何かしらの悪だくみをしているのならば奴はおとなしくできるからな。

 で、いまどうしておる」

「は。それが、どうやらマノータスとともにいるようなのです」


 ルキフールは「なんだとっ!?」と言って立ち上がった。

 デーモンはうなずく。


「会話の内容を探ろうとしましたが、奴は事前に音声遮断魔法を使ってこちらを妨害しているようなのです。

 もっともこれではいかにも怪しげな会話をしているとまるわかりなのですが」

「フン、どうやら奴は明らかにこちらを挑発しているようだ。

 いったい何をたくらんでおる?

 あの狂った脳みそにそれほどの作戦が思い浮かぶとは思えんが……」

「通信魔法を使い、ルキフール様に常に情報が送れるように致します。

 状況が変わり次第連絡を行いますので、ご指示のほうをお願いします」


 デーモンは立ち上がり、きびすを返してその場を立ち去って行った。

 ルキフールは台座から降り、ゆっくりと以前立ち位置としていた泉の前へと向かった。


「ヴェルゼック。

 貴様、よもやこの魔界一の策士(さくし)に知恵比べを挑む気ではなかろうな。

 もしそのつもりであるならば。

 若造、その考えが誤りであること骨身にしみてわからせてやろう……」


 ルキフールの顔に怒りの入り混じった笑みがもれた。





「バカなっ!

 あのルキフールを相手に、そんな手が通用するはずがない!」


 マノータスがすっとんきょうな声をあげると、ヴェルゼックはゆっくりと首を振った。


「いいや? 成功するとも。

 奴は頭がいいが、考えが古い。

 この俺をトチ狂った殺人マシーンだと思い込んでいる節があるのさ。少し賢くても、自分を出しぬけるほどの巧妙な考えの持ち主ではないとな。

 そこが狙い目だ」


 そう言ってウェーブがかかった髪を指差す闇の貴族に、マノータスは首をかしげた。


「ヴェルゼック様。

 あんた本気で奴をだまくらかせると思ってるんですか?」


 するとヴェルゼックは少し距離を離し、両手を広げてその場をまわった。


「ハッ! わかっていないなお前は。

 いや、仕方がないか。たしかにこの俺、ヴェルゼックは破壊の衝動(しょうどう)にとりつかれている。

 だが、狂ってはいない。それはお前ならわかっているだろう」


 そして正面を向かって人差し指を突き立てた。


「そして、俺には俺にしか見えない、世の中の真実というものが見える。

 昔魔界のとある場所でとある力に出会い、その一部を分け与えられた。

 そんな俺にしか見えない、世の中の真実と言うものがな」


 マノータスは腕を組み、ようやく口の端を吊りあげた。


「世の中の、真実ですか。それはいったい何なんです?」

「それは今回の作戦の成功報酬(ほうしゅう)としてとっておこう。

 もう行けマノータス。そろそろ連中が仲間を引き連れやってくるころだ」





『両者、動きましたっ!』


 監視者の連絡を受け、ルキフールは頭の中に入ってくる声に返事をした。


「よし、増援がつき次第、追尾せよ。

 決して目を離すな」

『あっ、いやっ! まずいです! 奴ら別行動をとりましたっ!

 こちらは2人ですが、個別の力だけでは奴らの動きを止められません!』

「待て、少し考えさせろ……

 よし、お前たちは指示を受けたマノータスのほうを追え。

 私が直接ヴェルゼックの動きを監視しよう」


 ルキフールは呪文を唱えつつ、杖でかたい床をコツンと叩いた。

 目の前にある泉の中に貴族の風貌(ふうぼう)をした魔物の姿が現れる。


「さて、どう出るつもりだ?

 我らの監視を分断させ、お前はどのような行動をとる?」


 すると、泉の中のヴェルゼックは広場のような場所に出た。

 そして片手をかかげ、呪文のようなものを唱え始めた。

 それを見たルキフールは内心あせった。


「おのれっ! 人間界に逃げ込むつもりかっ!

 それしきでこの私をまけると思うなっ!」

『こちら監視チーム! 増援と合流しましたっ!

 今すぐヴェルゼックのほうに送ります!』

「ダメだっ!

 奴は地上へと逃れるつもりだっ! 奴の行き先を特定できるかっ!?」

『やってみましょう! すぐに我らもそちらに向かいます!』

「いや、奴はこの私が直接追う!

 私の方から地上とのやり取りをとれるようにしておくから、お前たちは増援とともにマノータスの監視を続けよっ!」


 ルキフールは宣言した通り、通信魔法の強化を図った。

 呪文を唱え終わると同時に、ダークエルフから連絡が入る。


『ヴェルゼックの行き先が特定できました。座標を送ります!』


 ルキフールは泉の中に現れた数字に目をこらす。

 ヴェルゼックの姿は完全に消えていた。


 急がなければならない。

 奴がもし人間世界に現れたら、いったい何をしでかすかわかったものではない。

 魔界の王は片手をかかげ、呪文を唱えた。





 ゲートを抜けると同時に、ルキフールは眉をひそめた。

 そこは帝国領内の都市の一角であるらしく、すでに何人かのもの言わぬ(むくろ)が転がっている。


「ギャハハハ、ギャハハハハハハハハハァァァァッッッ!」


 1人の見知らぬ男が、笑い狂いながら奇妙な(おど)りをしている。

 と思いきや、すぐに地面に倒れ、ジタバタもがきながらゆっくりと動かなくなっていく。

 男の前には、黒い装束を着た貴族風の男が背中を向けてそれをながめていた。


「遅かったか……」


 ルキフールのつぶやきに、振り返った緑色の肌の男が楽しげな笑みを浮かべる。


「あははは、楽しいですなぁ。

 自分で踊るのもですが、他者の踊りをながめているのもなかなかのものです」


 そう言ってヴェルゼックはポーズをとり、たった1人でワルツを踊り始めた。


「ヴェルゼック。貴様、よりによって殿下の領内で暴れたな。

 このようなことをして殿下がただですますと思っているのか?」


 踊ったままヴェルゼックはルキフールに話しかけてくる。


「ルキフールさまぁ。

 あなた、人間の命なんてなんとでも思ってないんでしょぉ?

 たかが数人の犠牲(ぎせい)、ルキフール様には何の痛みも感じないはずじゃないですかぁ」

「フン、たしかに人間など、我ら魔族にしてみれば卑小(ひしょう)なる存在よ。

 だが殿下のものとなれば話は別だ。

 いまや帝国民は殿下にとって貴重なる財産。得がたき臣下よ。

 それを断りもなく、勝手に奪うことなど許さんっっ!」


 ルキフールは最後に声を荒げた。

 人間をあわれむ気持ちは今だに持てないが、主君たるファルシスを傷つけるような行為を許せるはずがなかった。


「甘くなったねぇルキフールさん。

 かつて魔界で最も冷酷(れいこく)と恐れられた名策士が、今じゃ見る影もないわけだぁ。

 これじゃ俺にナメられても仕方がないねぇ」


 ルキフールは言われまっすぐ杖の先を向けた。


「ならば今ここで試してみるかっっ!

 知略のみならず、魔術においても貴様はこの私の足元にも及ばないことを、証明してやろうかっ!」


 その時、魔界にいるダークエルフから連絡が入った。


『た、大変ですルキフール様っっ!

 はかられましたっ! マノータスの手下たちの待ち伏せですっ!

 奴ら我々を足止めしているうちに、臣下を連れて地上へと逃れるつもりのようですっ!』

「クソッ! なんだとっ!?」


 言いながらルキフールは立ち止まった相手を見すえ、にらみつけた。


「なるほど、マノータスと連絡をとる前に、奴の臣下に会ったか。

 事前に打ち合わせをすませたのならば容易に待ち伏せもできよう。しかし我らは……」

「出来る限り強硬派に目をつけていた、って言いたいんでしょ?

 んなこと言ったって、全部が全部に監視をつけられるわけないでしょ。

 リーダーのマノータスは別にして、四六時中見張ってるのもムリな話だろうし」

「監視の裏をかいたか。

 我らもさすがにすべての者に網をかけるのは無理だった、ということか……」


 うつむいて首を振っていると、ヴェルゼックは挑発的に両手を広げた。


「で? この俺とやるの?

 正直、魔界の王様と手合わせをするのはちょっとした楽しみなんですけどねえ」


 その時、おどけるヴェルゼックの真後ろで異変が起こった。

 そばにあった土が盛り上がっていき、

 その横にある空気がうねりをあげる。

 さらにその横ではどこからともなく水しぶきが上がった。


 ヴェルゼックはゆっくりと振り返り、ガッカリした顔を向けた。


「なんだ、もう追いついたのか。

 正直お前らの相手をするのはあきてきたんだよ……」


 暗黒貴族の前に、全身に包帯を巻いたやせぎすの魔物、宙に浮かぶボロボロのローブに手だけが生えた魔物、サメの顔をした半魚人の姿が現れる。


「現れたか、『幻魔愚連衆(げんまぐれんしゅう) 』。

『腐魔ガレス』、『天魔フローラス』、そして『溶魔フォルネス』。

 あとはお前たちに任せるぞ」


 ルキフールの声にこたえるように、3つの魔物は構えをとった。

 それを見たヴェルゼックは舌打ちをしながら、人間では考えられない動きでその場を逃げ出した。

 3魔族も急いでそのあとを追った。


 彼らの姿が見えなくなったあと、ルキフールはため息をつく。


「これでよい。

 奴らは気まぐれゆえ将としては扱えんが、実力は伯仲(はくちゅう)しておる。

 あやつらならいずれヴェルゼックの首も打ち取れよう」


 そしてどことでもない場所に向かって振り返った。


「さて、あとはこの私自らがマノータスのあとを追い、決着をつけるのみ。

 被害が大きくならぬうちに奴を止めねば……」


 ところが、ルキフールの顔に衝撃(しょうげき)が走った。

 振り返ると、大地の震動(しんどう)とともに何者かの影が現れた。


「ま、まさか……

 ヴェルゼックの奴め、ここまで見通したうえで、この私の足止めを……?」


 ルキフールは注視する。

 人間の世界には存在しないはずの、巨大な人型の動く巨像たち。

 それを見た老魔族の顔に絶望が宿った。


「は、はかられた……。

 あやつ、ただの狂人だと思っておったのに、ここまでやりおるとは……」


 そしてその顔に怒りがみなぎり、勢い余って杖を大地に叩きつけた。


「おのれぇぇぇぇっっ!

 このルキフールっ、一生の不覚を取ったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 そして巨人たちに向かって手のひらを広げた。


「もはや一片の容赦(ようしゃ)もならんっ!

 貴様らはたとえ命乞いをしたとて、決して許すことはできんっっ!

 者ども、覚悟を決めよぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」

幻魔愚連衆


 3名とも元人間の魔導師。

 もともと高名であったためにプライドもひときわ高く、幻魔兵団の総帥たちの指揮に従わない。

 地属性のガレスは生物を腐敗させる魔法を、風属性のフローラスは高速移動能力、そして水属性のフォルネスは物体を液状化させる魔法を得意とする。その戦闘力は総帥たちにも匹敵する。

 ゆえに勇者たちと戦わせれば愚連衆が有利と考え、ルキフールは刺客に送るのを見送った。(実際はコシンジュ達は総帥たちを返り討ちにできるほどの実力を持っているので、幻魔愚連衆が負ける可能性が高い)

 本人たちもやる気がなく事態を静観していたが、幻魔兵団の失墜により自らが属していた属性魔族の立場が悪くなり、さらにヴェルゼックの失敗により強硬派自体の沽券(こけん)も危うくなったため、自らヴェルゼック討伐に乗り出した。

 番外編があれば彼らの死闘の様子も執筆したいと思います。

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