第34話 運命の日~その1~
灰色の雲が空をおおうなか、朽ちた豪邸の前庭で、2人の少年が向かい合った。
1人は赤い革の鎧をまとっている少年。
勇者として神々に選ばれ、渡された武器を手に数々の魔物と死闘を繰り広げたコシンジュ。
もう1人は青い服の上に光沢を放つ合金の鎧をまとった背の高い少年。
彼もまた勇者の仲間として、数多くの魔物を相手に戦い続けてきたイサーシュ。
2人はたがいの武を競い合い、何度も剣を交えた。
1度は真剣で対決したこともある。
ほとんどはイサーシュが勝ちをおさめたが、ここ最近はコシンジュのほうが一本をとることもあった。コシンジュのほうがより場数を踏んでいるためそれは当然だったが……
いまの構えを見ると、コシンジュには一切のムダがない。
以前は未熟ゆえどこか甘い部分もあったのだが、いまはそれがすべてなくなっていた。
姿形は変わらないのに、まるで歴戦の英雄を目にしているかのような錯覚におそわれる。
イサーシュは目つきを鋭くさせた。
対するコシンジュは涼しげな表情のまま、模擬剣を頭の上あたりに構える。
イサーシュは剣をまっすぐにしたまま両手に力を込めた。
仲間たちが見守る中、2人はいっせいに前に飛びだした。
2つの武器が中央でかち合い、それを手にする腕がプルプルと震える。
「なんなんだ一体、しばらく見ないうちに、メチャクチャ腕が上がったじゃないか!」
「開き直ったんだよ!
ごちゃごちゃ考えたって仕方ねえ、戦士として生きるって決めたんだから、与えられた使命をだまってこなすだけさっ!」
イサーシュとコシンジュが言葉をかわしたあと、2人同時に剣を離し、そのまま剣を払いはじめた。
イサーシュはあらゆる角度から相手のスキをうかがうが、コシンジュはこちらの動きなど見えているとばかりに牽制し、逆に追撃を見舞う。
イサーシュも負けてはいられない。
イサーシュは巧みに模擬剣をさばき、その先を相手の身体に向かって突き入れた。
しかしコシンジュはひらりとかわし、片手で華麗に剣を払う。
イサーシュも素早くかわして下から剣を払った。コシンジュは刀身でそれをかばいつつ、後ろへと後退した。
イサーシュはすぐには間合いを詰めず、剣ではなく言葉を突きつけた。
「まったく!
どこの剣の達人だよっ! お前本当にコシンジュかっ!」
「自分でも信じられねえよ。オレにこんな才能があったなんてな。
正直、お前や親父には絶対に追いつけないと内心じゃ思ってた」
イサーシュはいったん剣を下に振った。
正面を向き、人差し指をまっすぐ突きつけた。
「お前が強くなったのは十分わかった!
それでも納得できんっ! いまのお前の腕を持ってしても、魔王に勝てなかっただとっ!?
そんなバカな話あるかっ!?」
コシンジュは剣を構えたまま動かない。
「信じられねえかも知れねえけど事実だよ。
魔王ファルシスはオレたちより強い。ずっとずっと強い。
ご先祖様が戦った父親よりも、奴の方が格段に上だ」
イサーシュが顔をそむけ、思いきり吐き捨てた。
「くそっ! なんだってんだっっ!
それじゃ俺たちは、いったい何のためにっ、何のために必死になって技を磨いてきたっっ!?
俺たちの剣技はいったい何のためにあるっ!?」
イサーシュの視線の先には朽ちた豪邸があり、いつの間にやら数人の少女がたむろしていた。
彼女たちはかたずをのんでコシンジュ達を見守っている。
関係性はわからないが、それなりの縁があるらしい。
コシンジュは首を振った。
目を戻せば、その目にはもはやあきらめのような色がただよっている。
「魔王は強すぎるんだ。
イサーシュ、オレたちじゃどうあっても奴には勝てない。
そんでもって奴が間違ったことをするつもりがないなら、オレたちはあきらめるしかない」
それを見たイサーシュは思い切り牙をむいた。
「失望したぜコシンジュ。
お前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
お前は今の状態が理想的だなんて言えるのかよ?」
それを聞いたコシンジュが顔をしかめ、思いきりどなりあげた。
「理想的だろうがなんだろうがっ、納得するしかねえじゃねえかっっ!
力でかなわないだけじゃないっ!
帝国がいい意味で魔王に乗っ取られた以上、俺たちはこれ以上あいつらに手を出すわけにはいかねえんだよっっっ!」
コシンジュは構えを少し変え、イサーシュをうながす。
「認めろよイサーシュ。
オレたちは負けたんだ。これ以上戦ったってしょうがない」
イサーシュもそれにこたえ、剣をまっすぐ構えた。
「認めるか、認められるもんか、力でも、戦略でも、魔王に完全に負けるだなんて……」
2人は今一度、同時に飛びだした。
イサーシュが剣をふるいながら大声を発する。
「そんなもん絶対に認められるもんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
2つの剣が、お互いの胴体を薙ぎ払う。
衝撃で2人は同時にバランスをくずし、すべりこむようにして地面に倒れた。
「コシンジュッッッ!」「イサーシュッッッ!」
ロヒインとムッツェリが同時に進み出た。たがいに倒れた彼らの身体をかかえる。
あおむけになったコシンジュが、灰色の空を見上げながらつぶやく。
「なあイサーシュ。どうしたらいい?
オレたちは、これからいったいどうしたらいいんだ?」
あ然とした表情のコシンジュに対し、イサーシュは両手で顔をおおった。
「俺なんかに聞くなよ。
あまりに気が動転しすぎて、いまは何も考えられない……」
そんなそれぞれの表情を、ロヒインとムッツェリは悲しみの入り混じった目で見下ろす。
そばに誰かが近寄って来た。
ロヒインが見上げると、コシンジュと同じ世代の少女、クリサが胸に手を置いて彼を見下ろしている。
ロヒインは内心の嫉妬を押し隠してコシンジュに目を戻した。
「2人とも。もういい、もういいんだ……」
コシンジュとイサーシュに剣を教えた屈強な男が近寄ってくる。
チチガムは眉間を指で挟み、つぶやく。
「夢のお告げでここまでやって来たが、もう無効なのかもしれない。
これ以上この街にとどまるのは無理だ」
「どういうことなんですか、先生」
イサーシュが起き上がった。
コシンジュもロヒインのヒザに寝かされたまま父親に目を向ける。
「いずれ国家の内情が安定すれば、軍の目は北の大陸に向けられるだろう。
我々は魔王軍だけでなく、この帝国をも同時に相手にしなければならんということだ。
2つの勢力は今度の戦いで同時に疲弊してはいるが、この脅威が同時にやってくるとなれば、北の諸国が非常に危険な状態にさらされる」
「つまり、大陸同士の戦争がやってくるということですね?」
「それ以上だ。彼らの中に魔王の軍勢が混じるかもしれんのだ」
イサーシュと父親のやり取りに、コシンジュが割り入った。
「だけど、それって大義があるわけじゃないよな。
いままでと違って、オレたちは完全に間違っているとは言い切れない連中を相手にしなきゃいけないんだよな」
「コシンジュ、間違ってるさ。
1000年以上前の恨みを引きずってる、古い考えにとらわれた連中なんて叩きつぶしてやればいい」
イサーシュがそう言って首を振っていると、コシンジュも起き上がった。
「だけどオレたちの先祖が過ちを犯したのは事実なんだろっっ!?
それに南の人たちはずっとガマンしてきたんだっ!
暮らしていくにはとても楽とは言えない場所で、ずっとずっとガマンしてきたんだっ!」
「言い訳なんだよっ!
魔王軍も帝国軍も、みんなみんな言い訳ばかりでくだらねえ連中ばかりだっっっ!」
「言い訳っ!?
じゃあオレたちのほうだって言い訳だぜっっ!
自分たちの国を守るために、相手を殺して何が正義だってんだっっっ!」
それをだまって聞いていたチチガムが、こらえきれなくなったとばかりに叫んだ。
「いいかげんにしないか2人ともっっっ!
わかってるのかっ!
俺たちがこれ以上ここにいれば、帝国の連中がなにをしでかすかわからないんだぞっ!?」
2人は押し黙った。誰かが口を開く前に、チチガムは続けた。
「我々は帝国の内情に深く入り込みすぎている。
魔王たちが抑えるとしても、感極まった兵士たちが独断でここに押し寄せるとも限らんだろうっ!」
言いきると、息子はおもむろに手で顔を隠した。
「……ダメだオヤジ、オレはまだ、ここを離れるわけにはいかない」
「なんでだコシンジュ。
まだ魔王を相手に、何かしなくちゃいけないことでもあるのか?」
するとコシンジュは手を下げて、目を閉じ皮肉じみた笑みを浮かべた。
「違うんだ親父。魔王は関係ない。
オレがやり残したのは、別のことだ」
するとコシンジュは顔をあげ、そばにいた彼らの知らない少女に顔を向けた。
「紹介するよ。こいつはクリサってんだ。
親が重い借金をかかえてて、彼女はそれを返済するためにひどい仕事にも手を出してた」
言われてクリサは2人に向かってぺこりと頭を下げた。
どんな内容かは決して言うつもりはなかったが、どことなく察しはついていたのだろう。
2人はあわれむような視線を向けた。
「親が借金か。で、コシンジュはこの子のために何をしたいんだ?」
「それはあたしの方から言いたいと思います。
コシンジュは親のことは放っておいて、前に行きたいと言っていた北の大陸に一緒に来ないかって誘われたんです。
だけどあたし、どうしても自分の親を放っておけなくて。
そりゃたしかに情けない親だとは思うけど、やっぱり好きだし。出来ればあたしの力で何とかできないかなって……」
「だけど、そのためにお前は自分の身を犠牲にしたんだろ?
それでいて深く傷ついてるなら、もうお前に出来ることなんかねえよ」
「……わかった、ではこうしよう。
クリサ、君はコシンジュ達とともに行きたまえ」
振り返ると、マージの姿があった。
彼は見た目からは想像もつかない穏やかな笑みでうなずく。
クリサは思わず両手を広げた。
「マージ様。それではうちの両親はどうなるんです?
まさかマージ様が借金の肩代わりをしてくれるということではないですよね?」
「フフフ、それは無理だが、代わりにご両親を城に召抱えよう。
案ずるな、席はいくらでも空いておる。
前政権の崩壊により、軍人や官僚のみならず、侍従たちの中にも不正を働いた者たちの存在が明らかになった。
彼らはみな捕縛され、かわりに勤めてくれる者たちを探している。
なに、未経験でも大丈夫だ。残された者たちが必死になって指導してくれるに違いない。
汚職に手を染めていた貴族たちも大勢失脚したから、未熟さをなじられることもないだろう」
クリサが両手を組み、「それじゃ……!」と言って顔をほころばせた。
マージはうなずいた。
「君は両親の身を心配する必要はない。
どこにでも好きなところに行きたまえ。君は自由だ」
コシンジュとクリサは顔を合わせ、「「やった~っ!」」と言って抱き合った。
それを温かい目で見つめるマージとは対照的に、浮かない顔を見せたのがロヒインだった。
喜び合う2人を見て、その目にはほのかな暗い感情すらただよっている。
チチガムはそれを見て、小さく首を振った。
それに気づいたロヒインが作り笑いを浮かべ、挑発的な声をコシンジュ達に向ける。
「こらこら、あんまり調子に乗るんじゃないよ。
お互いどう思ってるか知らないけど、わたしのほうがコシンジュを先に好きになったんだから、あんたの思い通りにはさせないよ?」
喜び勇むのをやめた2人の顔が、ギラリとした視線を向けたロヒインを見て凍りついた。
後ろのほうで、そのやり取りを見ていたムッツェリが「なにを言っているんだ?」とイサーシュに問いかけた。
事情を知らない彼女に相手はひたすら「なんでもない、なんでもないぞ……」とささやき続けていた。
マージがはははと笑いながら、しかし神妙な顔つきになる。
「しかし、手続きにはまだ数日かかる。
そのあいだ、キミたちはこの邸宅に足止めになるだろう。
それまでクリサくんは出来る限りのしたくをしたまえ」
「そう言われても、あたしは着の身着のままで『店』を出たわけですから、荷物はほとんど何も持ってないですけどね」
「しかし、大丈夫なのかよ?
泊まってる間に悪い騎士たちに居場所がバレて押し寄せてこないだろうな?」
「そのことに関しては我々のほうでうまく取り計らっておこう。
万が一不届きものが現れたとしても……」
マージは周囲を見回す。その顔がどこか不敵なものになっている。
「魔界の軍勢を相手にしてきた名うての戦士がこれだけそろっているのだ。
一介の騎士ごときに取り押さえられるようなものではないだろう」
それを聞いたコシンジュ達が、自信満々の笑みでうなずいた。
しかし、ただ1人浮かない顔で手をあげた者がいた。
「いや、おれら船乗りはもうここで引き上げることにするぜ。
純粋な戦士職じゃないおれたちゃもはやただの足手まといだ」
ヴァスコの発言にあわせ、つき従ってきた船乗りたちもうなずく。
コシンジュがそばによると、訴えかけるような声をあげた。
「もう行っちゃうのかよっ!
オレたちと一緒には帰らないのかっ!?」
ヴァスコは大きな手でコシンジュの肩をポン、と叩いた。
「コシンジュ。俺たちは本当ならゴルドバの街で別れる予定だったんだ。
思わぬ成り行きでここまでついてくることになったけど、もう限界だ。
一刻も早く海に帰りたいんだよ」
コシンジュはしばらく顔をしかめていたが、やがて観念してこっくりとうなずいた。
「わかった。
トナシェを無事ここまで送り届けてくれて、本当にありがとう」
「ヴァスコさん、あなたがいなくても、ここにいる子たちは我々の手で守って見せますよ。
安心してください」
イサーシュの言葉にヴァスコはうなずき、後ろにいる子分たちに呼び掛けた。
「よしっ! お別れはすんだ!
変な面倒に巻き込まれないうちに、さっさと引き上げるぜっっ!」
「「「お~うっっ!」」」という掛け声とともに、男たちはこちらに向かって手を振りつつその場をあとにしだした。
「じゃあなっ!
おれたちは先に行って、ゴルドバかバンチアの港で待ってるぜっ!」
コシンジュもさみしげな笑みを浮かべ、彼らに向かって手を振る。
やがて姿が見えなくなると、残った仲間たちに振り返った。
それでも、数多くの仲間たちが残っている。
イサーシュ、ロヒイン、メウノにトナシェ、ヴィーシャとムッツェリ、ネヴァダ。
そしてまさか来るとは思っていなかった父親。
コシンジュは彼らをながめ、そしてほこらしげに笑みを浮かべる。
「とりあえず、中に入ろう。積もる話は中ですることにしようぜ」




