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第3話 早すぎる人質作戦~その4~

 一方のラナク村。メウノの読み通り、村人たちは村の教会に押し込められていた。

 村人たちはおびえながらあたりを見回したり、抱き合ったりしている。


 彼らの目に映るのは若干小ぶりながらも、明らかに人の形を成していない化け物のたぐいだった。

 皮膚も人間とは違い若干緑がかっていて、両目からのぞく赤い瞳が村人たちの恐怖心をやたらとあおった。


「『ジャレッド』様、本当に我らだけで十分なんで?」


 大段のそばに立つ怪物が、教壇の上に陣取るリーダーらしき怪物に話しかける。


「『ゴッツ』、前見ろよ前。こんなに人質がいるんだぜ?

 奴らオレらの姿を見慣れていないせいか、ほとんど手出しもせずに逃げまどうばかりだったじゃねえか」


 この2体は他とは違い、中肉中背の普通の体格をしている。

 しかしそれでも人間離れした容姿をしているのには変わらない。


「ですが、今回ゲートを通されたのは我らゴブリンばかり。

 あとは頭の悪いトロールが巡回してますが、本当に大丈夫なんで?」


 教壇の上に座り足を組んで、ポンポンと手持ちの剣を叩くジャレッドがにやりと笑う。


「ククク、そう言うと思ったぜ。

 このゴブリン王ジャレッドが、それだけで安心するわけねえだろ?

 うすらバカのギンガメッシュや、調子こいたマドラゴーラとは一味違う、大人の戦略ってもんを見せてやるよ」


 その時、村人たちの中に恐る恐る手を上げた者がいた。

 最初に見つかったうだつの上がらない村人である。


「あのぉ、すみません~……」

「うるせぇだまってろっっっ!」


 バンッと机をたたいた。村人全員がビクリとする。


「ひぃっっ! せ、せめてトイレに行かせてくれませんか?

 こっちはモレそうなんすよ。ていうか捕まった時にみんな1回ぐらいもらしちゃってあちこち臭いし気持ち悪いし……」

「うるせぇっ! もう1回もらせっ!」

「お、鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっ!」


 そしてジャレッドはゴッツと呼ばれるゴブリンに顔を向ける。


「この村には、まだでかい施設があるな」

「はい、酒場ですね。

 あそこもそれなりの人数が収容できますが、さすがに村人全員とはいきません」

「こっから何人か連れだして、そこに押し込めて複数に見張らせろ」

「えっ、人質と味方を分散するんですか?

 それじゃちょっと手薄になったりしませんか?」


 間抜けな面構えを見せるゴッツに対し、ジャレッドは下品な笑いを見せつけた。


「バカ野郎。そこが狙いなんじゃねえか。

 ちょっと少ねえなと思わせといて、実は別の場所にも監禁されましたなんて、向こうにしてみればこれほどやりずらいことはねえだろ」

「なるほど、でもそれで残ったわずかな手勢だけで、本当に内と外を見張れるんで?」

「ごちゃごちゃ言ってねえで早く人質を連れてけ。

 言っとくがお前は残っとけよ。こん中でまともに頭が働くのはおめえしかいねえんだからよ」


 言われてゴッツが他の仲間たちに指示しているあいだに、ジャレッドは口を手で覆い隠して小さくつぶやいた。


「念のためもう少し策をねっとくか……」


 ゴブリンの王は、部下をあまり信用してなかった。





「……はぁっ、はぁっ……! みなさん、そんな急がないでくださいよっ!」


 森のなか、息も切れ切れのロヒインはその場で両ひざに手を突いた。

 コシンジュは足を止めてめんどくさそうに振り返った。


「ったくだらしねえな。

 まともに運動もしないで頭ばっか(きた)えてるから、いざという時そうなっちまうんだぞ?」

「ていうかみんなよくこんな長距離走れるよね。

 コシンジュやイサーシュはともかく、メウノさんまで」

「私はこう言う時に備えて常日頃運動していますから、多少は平気です」


 そう言う彼女もコシンジュよりかは息が上がっていた。


「おい急ぐぞ。村はもう少しなんだろ?」


 一番前に立つイサーシュは少し離れた場所から声をかけてくる。

 メウノは呼び掛けた。


「そうあわてないで。村には見張りがいるかもしれません。

 急いでいると見つかってしまいますよ。ここからは歩きで行きましょう」


 そこからしばらく歩いていると、予定よりも少し早く開けた場所が見えてきた。


「おお、村に着いたぜ。で、どうする?」

「まずはこかげに隠れて様子を見ましょう」


 メウノの指示に従い、コシンジュ達はそばに会った草むらに身を隠した。

 イサーシュは吐き捨てるように言う。


「ちっ、思ったより農園が広すぎて建物が遠いな。

 これじゃ連中の様子がどうなってるかわかりゃしない」

「問題ありませんよ。ちょっと待っててください」


 そう言ってロヒインはブツブツとつぶやいたあと、2つの指を輪っかにして目の部分に当てた。

 それを見たコシンジュがつぶやく。


「あらま、望遠鏡にしちゃうの。魔法って本当に便利だな」

「こうすれば、わざわざ本物の望遠鏡を荷物の中に入れずにすむしね」


 するとロヒインはおもむろにコシンジュの目のあたりに輪っかを押し付けた。

 のぞいてみると、思ったよりも村の詳細がよくわかる。


「おお、丸見えだな。うわっ、トロールの奴がいるよ。

 今度は普通のタイプみたいだけど、こうしてみるとホントでかいな。3階建てのと同じくらいじゃねえか」

「そこまではさすがにないと思いうけど……」

「あっ、ちょっと待って! デカブツのとなりに何かいやがる!」


 コシンジュのつぶやきにロヒインは即席の望遠鏡を戻した。


「どれどれ……あ、本当だ。しかも何かしゃべってるみたい」

「どんな奴だった?」イサーシュがたずねる。


「あれは、『ゴブリン』ですね。通常は我々人間よりも背丈が低いです。

 見た目通り魔族としてはかなり格下の存在で、単独なら普通の一般人でもがんばれば勝てます」

「一番レベルの低い魔物が、なぜ今度の刺客に?」

「彼らはその弱さゆえに、とても警戒心が強いんです。

 ですからこのような立てこもりのような任務にはうってつけなんでしょう」


 そしてもう一度指の輪っかをのぞき込んだ。


「ですが今トロールと話しこんでいるゴブリンはちょっと違いますね。

 あれはそれなりに体格がいい。おそらくは『ホブゴブリン』と呼ばれる上位種です。

 ですが希少種なので、一般的なゴブリンをいくらか引き連れている可能性が高いでしょう」


 イサーシュはあごに手を触れて考え込む。


「警戒心の強い連中か。

 こちらも相当気を引き締めていかなきゃいけないな……」

「連中の会話を聞いてみましょう」


 そう言ってロヒインは覗き込む姿勢のままブツブツと唱え始めた。


「これで連中の会話が盗み聞きできるはずです。

 みなさん耳に手を当ててみてください」


 3人が言われて言うとおりにすると、そばにいるはずもないのに下品な声が聞こえてきた。


『……たくこんなハヤくからミマワりかよ。

 ホントヒトヅカいのアラいゴブリンのオオサマだぜ』

「この魔法こわっ!」

「だまってろこのバカっ!」


 思わず(おどろ)いてしまったコシンジュをイサーシュがいさめる。


『……様は用心深い。言うとおりにしておいた方が身のためだ』

「ほらボスの名前聞き逃しちまったじゃないか」

「ゴメン……」


『それにしてもなんだ?

 ホントウにレンチュウ、このムラにやってくるってのか?』

『確かな情報だ。勇者どもは軍隊を出動させるためにこの国の王に頼みに行くだろう。

 それは間違いない。カンタの町経由ならこのルートを通るのが筋だ』

『しかしあれじゃねえか?

 どうせヒトジチにとるんだったらユウシャのムラのレンチュウじゃないのか?』

「……あいつらっっ!」


 そう言って立ち上がろうとしたコシンジュをロヒインがおさえつけた。

「こらえてっっっ!」


『……難しいだろう。

 我々がそう言った手を考えそうなことは、向こうもすぐに思いつきそうなことだ。

 現に近々王国のほうが、村に援軍を送ってくるようだ。あそこの連中がまったく無力とは思えない。

 あそこを取り押さえるのはそう簡単ではない』


 それを聞いてコシンジュはほっと胸をなでおろした。


『だからこそわれわれは奴らの行く先々で待ちかまえるのだ。

 勇者の連中もこの村を見捨ててはおけまい。小さな命も守れない連中など、勇者の名折れだからな』

「聞いてて腹が立ってきた……」

「後で痛い目にあわせよう」


 コシンジュとロヒインがつぶやいているあいだも、会話は続く。


『にしてもクワしいな。

 マカイのホンブ、よくそこまでわかるもんだ』

『“ルキフール様”の千里眼(せんりがん)のおかげだ。

 あのお方の力ならば地上をのぞき込むことなど造作もない』

「敵の大幹部の名前判明」

「この名前をよく覚えておきましょう」


 コシンジュのつぶやきにメウノは深くうなずいた。

 そう言っているあいだに2体の魔物の声がかすれて聞こえなくなってしまった。

 コシンジュは歯をかんだ。


「あっ、ちきしょう! まだ村の情報ほとんど聞いてないのに!」


 それに対し、ロヒインのほうが冷静にかぶりを振る。


「わかったこともあります。

 あのトロールのそばにいたホブゴブリンはかなり頭が切れるようです。

 話にあったゴブリンの王とやらも同様かそれ以上でしょう。厄介な相手ですね」

「村人たちが閉じ込められているのは、メウノの見立て通り教会なのか?」


 イサーシュが引き続き村を覗き込むロヒインに問いかける。

 相手はうなずく。


「ええ、たしかに教会には複数のゴブリンが巡回していました。

 ですがかなり統率されていて、なかなかスキがありません」

「だが逆にいえば、それほど重要な場所ということだ。

 村人たちは間違いなくあそこにいるんだろう」

「何らかのワナの場合もありますけどね」

「オレ、思ったんだけど。あいつら頭いいんだろ?

 ひょっとして、村人たちが監禁されてる場所って、1つじゃないのかもしんねえよ?」


 コシンジュの発言になぜかイサーシュが頭を抱える。


「なんでお前はたまにまっとうな意見を口にするんだ……」

「いけないっ!?

 オレってそんなことも思いつかないようなバカキャラでいなきゃいけないわけっ!?」

「それ、わたしも思いました。

 いくら少数勢力とはいえ、敵も単純な立てこもりに打って出るはずがありません。

 外に情報がもれないように村人すべてを押し込めるだけの能力があるのなら、別の棟に手勢を配置できるだけのことができるのも可能なはずです。

 人質の分散は立てこもりにおける戦略のひとつですから、当然敵もその手段にうってでている可能性が高いです」

「いい意見だメウノ。

 実は俺もそんなところなんじゃないかと思っていたところだ」


 それを聞いていたコシンジュが疑い深げな目を向ける。


「なあイサーシュ。それってひょっとして思いつきで言ってない?

 お前本気でそこまで考えてた?」

「ケンカ売ってんのか?」

「これが終わってからならいくらでもやってやるけど?」


 そう言ってにらみ合う両者をメウノが押さえる。


「まあまあ、落ち着いて。

 とりあえずはまず今後どうすべきか考えましょ?」

「そうですね。

 とりあえずこんな真昼間から堂々と乗り込むのは、どんなに慎重に行動していても命取りです。

 日も(かたむ)いてきたことですし、もう少し夕暮れになってから行動しましょう」

「え~、そこまで待つのかよぉ。

 今日はあの村で泊まりたいのに~」

「無理に決まってんだろコシンジュ。

 俺たちのせいであんな目に会ってんだから、終わったらソッコウで村を出るぞ」

「え~」


 ぶつくさ言うコシンジュをしり目に、イサーシュはこかげに座りこんだ。

 ロヒインはいまだに村の様子を観察している。


「ロヒイン、お前も情報収集ばかりしてないで少しは休めよ。

 なんつったってお前が本日の主役なんだからな」

「わかってますよ。わかってますって」


 あまり聞いていないような返事に、コシンジュは引きぎみにつぶやく。


「うわっ、かなりのめり込んでるな。

 これひょっとしたらこの調子のまま時間になったりするんじゃないのか?」

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