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第32話 崩壊する権勢~その4~

 ファルシスとスターロッドの姿は、城を構成する巨大な尖塔の1つの中にあった。

 果てしなく続く吹き抜けの中に、幅広で(ゆる)やかならせん階段が続く。

 少し不安定な足場でも、騎士たちの攻撃は容赦なく続く。


「まったくっ! 相変わらず敵の攻撃は激しいのっ!

 本当に敵の大多数はカンチャッカに向かっておるんじゃろなっ!?」

「この城が大きすぎるだけだ。

 普通の人間であれば、この城を歩きまわるだけで疲れきるにちがいあるまい」


 言いつつ、ようやくらせん階段は終わった。

 登り切った先は巨大な空間になっており、スターロッドは思わずあたりを見回した。


「なんなんじゃ……これは?」


 魔族にとっては見慣れない光景だった。

 壁や上空の造形は、ただひたすら混沌(こんとん)の体を表している。

 歯車のようなものが多いことからおそらくは機械のたぐいなのだろうが、仕組みがまったくもってわからない。


 ファルシスがふところから取り出した城の見取り図を広げながら言う。


「北東中央部にある『時計塔』と言う場所だ。

 この裏側に巨大な時計があり、東西南北4つあるようだ。

 周囲の尖塔に住む者たちが時間を確かめるために作られたものらしい」


「時計、とは知っておるが、なにもこんな巨大なものまでつくらなくとも……」


 スターロッドのつぶやきは途中で止められる。

 ファルシスとともに背中合わせになって武器を構えた。


 周囲にある機会のかげから、無数の人影が現れる。

 何度も前転しながらこちらにやってくると、腕の先から鋭いかぎ爪を突き出した。

 その立ち姿を見てスターロッドはあきれる。

 現れた刺客たちは、すべて簡素な赤い衣装をまとった美しい女性たちだった。


「やれやれ、うら若き乙女たちではないか。

 そのような美しき身を、わざわざ散らすこともあるまいに」

「美しき女戦士と言えば、お前もそうではないか」


 後ろにいるファルシスが笑いをふくみながら話しかける。

 スターロッドは首を振った。


「魔界に住まう者ゆえ、戦わざるを得なかっただけじゃ。

 いつの間にか持ち上げられて長の1人に成りあがってしもうたがな」


 女戦士の1人が、「死ねっ!」と叫びをあげつつこちらに向かってくる。

 スターロッドは黒いオーラにつつまれた円環を投げつけるが、相手は側転して見事にかわす。

 あわてず突き出したカギ爪をかわしながら、手刀を容赦なく相手の(のど)もとに叩きつけた。

 同時に反対の手を伸ばし、戻って来た円環を受け取る。


「ファルシス。

 お前の優しき心ではおなごを斬るのはつらかろう。ここは遠慮せず先に進め」

「そうでもないさ」


 そう言ってファルシスは立ち向かってきた3人の刺客に剣を向けた。

 1人が糸をくくりつけたナイフを投げつけてくるあいだに、2人がカギ爪を突き出そうとする。

 ファルシスは軽々とナイフを落とし、2人の刺客を切り裂いた。そして振り返る。


「だが、お言葉に甘えておこう。

 しょせん人間の女では、余にはあまりに不足すぎる」


 そう言ってファルシスは出口へと向かっていく。

 途中で向かってきた刺客たちはあまりに無力すぎ、次々と倒れていく。


「やれやれ、行ったか。

 さて、わらわは対すべき相手に集中するとするか」


 刺客たちはスターロッドの強力な武器をかわすが、それまでだった。

 そのしなやかな肢体(したい)から伸びるヒールが、ヒジが女性たちの肉体に容赦なく当たる。


 いつの間にか周囲の女たちはみな床に倒れていた。みな絶命している。

 突然後ろからひも付きナイフが投げられるが、振り返ったスターロッドは軽々と根元を受け取り、引っ張ると相手がこちらに引きずられた。

 その顔面に向かって飛びあがって回し蹴りを食らわせる。


 その時、上空からふいに何かがやって来た。

 スターロッドはバク転してかわすと、美しいタイル張りの床から煙が上がっている。


「トラップか? それにしては単なる機械仕掛けとも思えぬが」


 次の瞬間、真後ろから何かがやって来た。

 スターロッドが後方に向かって円環をまっすぐ突き立てると、いつの間にか現れていたトゲつきの(さく)を突き破る。

 それでも避ける必要があると思ったスターロッドは真横に回転しながら後方に下がる。

 伸ばした手足を床にしいて、柵が床にめり込むのを確認する。


 突然後方から拍手がひびき、スターロッドは目だけを横に向けた。


「素晴らしいお手並みね。

 これで魔法も自在に操るというのだから、どれだけ恐ろしい魔族なのかしら。

 それともこれが歳の功っていうやつ?」


 スターロッドは華麗に立ち上がり、クルリとうしろに振り返った。


 そこにいたのは、すらりとした手足を伸ばす見まごうばかりの美しい女性だった。

 全身に赤い衣装を身にまとっている。

 少しきつめのシャープな顔立ちの上にはまとめた黒髪に竜を模した金のティアラをかぶっており、身につける鎧は刺客たちと同じく簡素ながらも意匠をこらしたものになっている。

 片側の肩やスリットからのぞく両ヒザはむき出しになっており、その肌のきめ細やかさはスターロッドに勝るとも劣らない。


 そして手には、両側に対照方向にカーブを描く刃物がついた槍を手にしている。


「ダークエルフの女族長と聞いて、どんな美しい外見を持っているのかと思ったら、意外と幼い顔立ちをしてるのね。

 正直あまり嫉妬(しっと)はしないわ」


 スターロッドは正面を向いて、少し足を広げた。


「美しさの基準は人による。

 貴様にとっては不足でも、わらわはこれで満足しておる」


 相手の女性は胸に手を当て笑いはじめた。


「フフフフフフフ……

 あなたはそう言うでしょうけど、このアタシ、皇后ララストにとって美は絶対の価値基準なのよ?」


 そしてララストは胸に当てていた手をひょいと上にあげる。


「東の大陸に、こんな言い伝えがあるの。

 昔々、この世のものかと見まごうばかりの美しい未亡人がいて、周囲の男性はみな彼女にほれていた。

 彼女はそのことをはかなみ、死後は埋葬(まいそう)せず野原にさらしてくれと言ったそうよ。

 彼女の侍女たちは実際そのようにした」


 スターロッドはだまってにらみつけてくるので、ララストは続ける。


「するとなんということでしょう。

 やがて美しかった肌は荒れ、肉が飛び出して腐臭を放った。

 腹部は大きくふくれあがり、手足は獣や虫に食われ骨がむき出しになる。

 やがてどんどん腐敗は進み、やがては元の姿がわからない骨だけになるの」


 そしてララストは片手を下げた。


「美しさとははかないもの。

 ただ一瞬だけのかがやきよ。少なくともあたしにとってはそうだった」


 そして反対側の、槍の先の鋭い切っ先をスターロッドに向ける。

 少し不機嫌そうだ。


「でも、あなたは違う。

 聞くところによると、その美しい外見を保ったままもう数千年も生き続けてるっていう話じゃない。

 その姿は美しくても、心は美にしがみつく(みにく)い化け物ね」


 スターロッドは目を閉じて、深いため息をついた。

 円環を持っていない手を腰に当て、重心を片足に預ける。


「やれやれ、またも誤解か。

 お主には信じられぬかもしれんが、わらわがこの姿をしているのは、ひとえに元の姿が醜い老婆だからじゃ。

 たしかにあの姿はイヤじゃが、それ以上にあの身体では容易に動くことができぬゆえ、この姿をしておる。

 貴様のように美に対して強いこだわりがあるわけではない。

 単に自慢にしておるだけじゃ」

「そのような見せつける格好をしているのも理由があるわけ?」


 ララストは整ったボディーラインがよくわかる姿をなめまわす。

 対するスターロッドが円環を持ったまま腕を組むと、むき出しの胸の谷間が強調される。


「わらわは普通のおなごより胸と尻に肉がついておるからの。こうしておると動きやすいのじゃ。

 もっともこのような格好をしておる者は魔界では珍しくないがの」

「へえ、ただ色欲魔だと思ってたけど、それなりの理由があったのね。

 全部言い訳だけど」


 スターロッドは背筋を伸ばして円環を突きつけた。


「そういうお主こそ色欲魔であろう。

 聞くところによるとお主、大陸中の美男子をかき集めて(はべ)らせておるそうじゃな。

 その上一部が突然消息を絶っておるそうじゃの。きゃつらになにをしたのじゃ」


 ララストはそれを聞いてなぜかがっかりした顔になり、髪をかきあげた手をそのまま胸あてに当てる。


「人を単なる色欲魔扱いするなんて心外ね。

 たしかにあたしは男が好きだけれど、それだけが理由じゃないのよ?

 特にあなたみたいなふざけた格好のにんげ……(やから)にはとやかく言われたくないわ」

「ほう? 言い訳があるのならば聞かせてもらおうではないか」


 するとララストはフフッ、とあやしい笑みを浮かべた。


「アタシの生まれた国はね。

 ここから南にある山脈にはさまれた小国だったの。

 土地はやせていて、少ない実りを分けあって生きてきた。

 その割には南北が開けていて、すぐに敵に攻め込まれやすい場所だったのよ。

 だからその国に生まれた者は、幼いころから必ず武芸や魔術を仕込まれる。男女問わずね。

 いまあなたのそばで倒れてる女たちの中にも、あたしがその王国にいたころから付き従ってきた者がいるわ」


 胸当てから手を離したララストが、もう一度髪をかきあげた。


「アタシはそこをおさめる王の姫の1人。と言っても父には数多くの男子と女子がいたわけだけど。

 その中でアタシはもっとも素養の優れた戦士として育てられたわ。

 そしていつの間にか、国中の女戦士をまとめ上げる存在にまでなっていた」


 そう言うララストは、おもむろに顔をあげて遠い目をする。


「今振り返っても、あの頃のアタシたちは最強だった。

 あの頃の結束力の強さがなつかしいわ」


 そして、そのままさみしげな顔つきになる。


「でもね。それでも帝国軍は強すぎた。

 大帝クリードグレンのもとには、3将軍やグラトーニ、スローラス、アンカーなど優秀な人材がそろい過ぎていた。

 ましてや圧倒的な大軍勢。おとなしく降伏するよりも戦うことを選んだアタシたちは、それが間違いだと気づくのにそう時間はかからなかった」


 そしてうつむいて、深いため息をつく。


「それでもアタシたちは戦い続けた。そういう土地柄だったのね。

 気がついたら、生き残っていたのはアタシを含めてごく少数だけだった」


 スターロッドはだまって相手の話を聞いている。

 ララストはこちらに視線を向けて、あやしげな笑みを浮かべる。下手な男ならイチコロだろう。


「大帝はずいぶん優しくしてくれたわ。

 アタシの国を滅ぼしたのはやむを得ないことだったと理解させようと必死だった。

 アタシもいつの間にか彼を受け入れ、他の亡国の姫君たちが集められたハーレムの一員になった」


 細い指先で胸当てのなまめかしい曲線をススッ、となぞる。


「もっとも、大帝には即位前にすでに結ばれてた(きさき)がいて、3人の世継ぎが生まれていた。

 大帝は自ら進んで(めかけ)に手を出すことはなかった。

 それでも何人かはおのずから身をささげた娘もいたけどね。かく言うアタシもその1人」

「ならなぜ今になってこのようなことをする?」


 スターロッドはようやく片手をひょいと上げた。

 ララストは少し黙り、鼻で笑った。


「大帝が負傷したあと、少しずつ弱っていく姿がアタシにははっきりとわかった。

 それと同時にプラード達の態度にも少しずつ変化が起こり始めた。

 アタシの中にも長年眠っていた何かが目覚めつつあった。

 みんなにとって絶対的だと思っていた存在が、実はただの幻だったと知って、失望してしまったのね」


 ララストの笑みが、どこかうすら寒さを感じさせるものになった。


「ある日大帝が突然フラついて倒れた時、アタシは思ってしまった。

 こんな男のために、アタシの国は滅びてしまったのかと。

 こんな男に幻想を抱いて、この身を(ささ)げてしまったのかと。

 アタシの中で勢いよく憎悪の炎が吹きあがった」


 スターロッドの視線が、きわどくなった。

 ララストは平然と続ける。


「アタシはほかの4人と結託(けったく)して、皇后(こうごう)と2人の皇子に毒を盛った。

 それでも大帝への忠誠(ちゅうせい)(かた)(ちか)うラシリスとマージを城から追放し、他の忠臣たちも追い出したり殺したりした」

「……復讐(ふくしゅう)のために、そこまでするかっ!

 罪もない大帝の妻子をっっ!」


 スターロッドの美貌(びぼう)が台無しになるほどゆがむ。

 ララストはしらけた顔でため息をつく。


「あなたにはわからないでしょうね。

 いくらこちらに非があるからといって、家族や国を奪われてしまった人間の気持ちなんて」

愚弄(ぐろう)するな。

 わらわとて永い生涯(しょうがい)の中で数多くの者を失ったのだ。

 それでも我が命運を呪ったことはない。

 おまえはただ単に心が(ゆが)んでいるだけだ!」

「あなたこそ、そんななまやさしい考えでよくここまで生きてこられたわね」


 するとララストはようやく片手に持った双頭槍を華麗(かれい)に振り回し、片側をスターロッドに向ける。

 とたんに両側の刃が、青と赤の光に包まれた。魔法武器のたぐいか。


「まあでも、だからこそこんなウルトラC級プランを考えついたんでしょうけどね!」


 スターロッドも黒い円環を構えた。


「当然だろう!

 魔物イコール悪と考えるのは、タンサが作り出した偏見にすぎぬ!」


 ララストに向かって円環を投げつける。

 すると相手は槍を振りまわし、強烈な威力をほこるはずの円環をあらぬ方向へとはじいてしまった。

 そして彼女はこちらに向けて指輪だらけの手を向けた。


「これでも食らいなさいっ!」


 足元に異変を感じた。

 スターロッドは高く跳躍(ちょうやく)すると、床を砕いて現れた黒い大口がいきよいよく閉じられる。

 狩猟罠(しゅりょうわな)を模した仕掛けの1つのようだ。


 スターロッドは閉じられた牙の上に着地し、横に手を伸ばし戻って来た円環を受け取る。

 そのあいだにララストが近寄ってきて、すばやく刃を振り払ってきた。

 後方に飛びあがって回避する。直後に後ろから空気を切り裂く音が聞こえる。

 振り返らずに身を伏せると、細い糸のようなものが頭上を通り過ぎていった。

 同じようにララストが地に伏せると、またしても指輪をはめた手をこちらに向けた。


 頭上に気配。

 側転してかわすと、上からやって来た巨大な分銅が床にたたきつけられ、破片を飛び散らせた。

 破片の一部がスターロッドのなめらかな太ももをかすめ、一筋の血を美しくしたたらせた。

 それを中指でぬぐいながら毒つく。


「チッ! よくもまあこれだけの殺人トラップを仕掛けられるもんじゃなっ!」

「ここはもともと侵入者を撃退するための部屋のひとつよ?

 大時計はこの部屋の真の役目をごまかすための目くらましにすぎない。

 本来は監視のための隠し部屋が用意されてるんだけども、アタシにはホラ」


 ララストは分銅に向けていた手を顔の横にまで上げた。

 不敵な笑みを浮かべる彼女の手にはすべての指に装飾がほどこされていた。

 スターロッドは問いかける。


「その指輪、単なる魔法触媒(しょくばい)ではないな。

 呪文詠唱もなしに発動魔法を繰り出すことはできん」


 ララストは5本の指をなめらかにウェーブさせる。


「そ。魔法に詳しいあなたなら当然知ってるでしょ?

 これは『魔導具』の一種。

 これを倒したい相手に向けて念じるだけで、あらかじめ(ほど)された魔術が発動して相手を攻撃することができる」


 スターロッドは黒いオーラを放つ車輪を前に(かか)げた。


奇遇(きぐう)ではないか。

 わらわが手にする、この『黒煙の円環』も魔導具ぞ」

「あなたも使い手なら話が早いわ。

 一般的な魔法武器と違うのは、魔導具というのは使い手の素質に大きく影響されるということ。

 つまりは強い魔力を持った者ほど威力が高くなる。

 アタシには戦士としての素質だけでなく、魔導師としての素養もあったみたいよ」


 そしてララストは双頭槍の赤と青の光を見せつけた。


「かくいうこれも、魔導具のひとつ。

 さっきあなたの円環がはじかれてビックリしてたでしょ。

 この『氷炎の双槍(そうそう)』は普段はこの城の南側にある宝物殿に収められているもの。

 いま勇者つきの僧侶が使ってる、ウェイストランド・サヴァイヴァルと並ぶ、この国の至宝のひとつと言われているわ」


 ララストは双頭槍を下ろし、空いている片手を上に向けた。


「人間の短い寿命では、よほどの素質がない限り魔法と武芸の両方を極めることができない。

 だけどこの魔導具を使えば、魔法剣士もどきになることはできるわ。

 もちろん魔道具は装備量も限られているし、1つの道具につき1つの魔法しか発動できないけどね」

「いや、十分じゃろう。

 お主は位が高いとはいえ、勢力としてはあまり規模が大きくない。

 にも関わらず他の権力者たちに恐れられる、その理由がよくわかった」

「この部屋にはあなたをけん制するのに十分な数のトラップが仕掛けられている。

 スローラスやアンカーみたいに手勢を引き連れなくても、あなたと戦うには十分だわ」


 そしてもう一度双頭槍を振りまわし、構えを取った。

 スターロッドも構えると、ララストが「行くわよっ!」と叫んで向かってきた。


 扱いが難しいはずの双頭槍を、敵は恐ろしいほど器用に使いこなす。

 左右から押し迫る矢継ぎばやの攻撃に、スターロッドは円環で防ぐのに苦心する。


 一計を案じ、ダークエルフはいったん身を伏せ後方に転がった。

 相手が不意をつかれているあいだに、立ち上がったスターロッドは最大限の力でもって、円環を横方向に払った。

 ララストが突き出した槍から放たれる赤い光が、大きく横にはじかれる。

 相手はバランスをくずして倒れそうになり、あわてて体勢を立て直す。

 その美しい容貌(ようぼう)がこちらに向かってゆがめられた。


「ずるいっ! 人外の力を加えて強引にねじ伏せるなんてっ!」


 ララストはこちらに手を向けた。すると横から複数の矢が向かってくる。

 それを伏せてかわすと、今度は床に近い場所から激しく回転する丸ノコギリが向かってくる。

 転がってかわすと、後ろから別の攻撃が。

 立ち上がって身体を回転して移動すると、すぐ真横を鋭い歯がついた振り子が通り過ぎていった。


 小型爆弾(ばくだん)、吹きだす炎、巨大ハンマー。

 スターロッドの身に、恐ろしいほどのレパートリーをほこるトラップがおそいかかる。

 時おりネタが尽きたのか間隔(かんかく)が空いてそのあいだにスターロッドは相手に向かうが、ララストが双頭槍で身を防ぐ。

 相手がこちらに手を向けると、またしてもトラップがやってきてスターロッドはそれをかわさざるを得ない。

 ララストはそのあいだに距離を離す。


 いつの間にかトラップの数々のせいで死んでいる侍女たちが悲惨(ひさん)なことになっていたが、スターロッドはそれに目を向けているヒマがない。

 そしてスターロッド自身もすべてのトラップをかわしきれず、いつの間にか傷だらけになっていた。

 身体能力に優れた魔族とはいえ、必死に動き回った結果息もあがっている。

 スターロッドは攻撃が止んだと同時に、とうとう立ち止まってしまった。


 肩を上下させ、美しいプロポーションが哀れな姿になっているを見て、まだ多少余裕があるララストはほくそ笑む。


「あら、魔族なのにもう息が上がってしまったの?

 しかも傷だらけじゃない。タイプじゃないとはいえ、美しい身体がキズものになってしまうのは見ていられないわ。

 ま、アタシがつけたものだけど」

「……魔族は治癒力(ちゆりょく)が高い。

 こんなもの、数日あればきれいに消え去る」


 うつむいて相手に聞こえるか聞こえないかという声でつぶやいたあと、スターロッドは思い切り顔をあげた。


「……ああっっっ! じれったいっっっっっ!」


 それを見たララストが目を丸くする。

 相手が何かを言う前に、童顔のダークエルフは相手を思い切りにらみつけ、黒い円環を突きつけた。


「なんなんだこの惰弱(だじゃく)な戦法はっっ!

 及び(ごし)丸見えではないかっ!

 お主ほどの才能がありながら、このような戦いぶりは目に余るぞっっ!」


 相手は困り顔で両手を上にかかげる。


「ちょっと待ってよ。

 アタシは自信があるとはいえ、ただの人間なのよ?

 さっきみたいに力任せで挑まれたらたまったものじゃないわよ。

 それに、死ぬのはこわいし」


 それを聞いたスターロッドの目つきが変わった。

 見る者を委縮(いしゅく)させる目つきだ。


「お主、戦士の生まれなのじゃろう?

 名誉(めいよ)の死を(ほこ)りと思わんのか?」

「は、ハンッ! 昔はいっぱしの戦士でも、いまは皇后なのよ?

 本来高貴な身分が武器を持って戦うなんて、ホントはありえなくなくって?」

「ふん、ダークエルフの女王たるわらわの前で、そのようなふぬけたことを抜かすとは」


 スターロッドは円環を下ろし、いったん姿勢を正した。


「そこまで言うならば、よかろう。

 お主の、眠っていた戦士としての魂を目覚めさせてやろう。

 ダークエルフ女王の、真の力を見よ」


 するとスターロッドは目を閉じ、おもむろに片手をあげた。

 上に向けられた手のひらの上から、突然黒いオーラに取り巻かれた光が現れた。

 はげしくうずまく黒いオーラのあいだから、いくつもの白い光の筋がこぼれる。


 突然光が止み、現れた物体が2人の上空で止まった。

 ララストが見上げると、翼をはためかせた幼児のようなデーモンが、デフォルメされた顔に歪んだ笑みを浮かべて砂時計を手にする。


「クキキキキキキキッッッ!

 オレサマを呼び出したってことは、なにを意味するかわかってんだろうなスターロッドッ!」

「減らず口をたたくな。さっさと始めよ」


 それを見ていたララストがあわてて手をあげる。


「ちょっと待ってよっ!

 何やろうとしてんのか知らないけど、その砂時計を逆さにする前にちゃんと説明してよっ!

 ってああっっ!」


 言いきる前に幼児デーモンが砂時計をひっくり返してしまった。


「キキキキッッ! 止めるのが遅かったなお嬢ちゃん!

 早くしないとキケンだぜっ!? 制限時間は99秒っ!

 命がけの決闘のスタートだっっ!」

「時間がない、手っ取り早く説明するぞ。こやつはわらわの唯一の天性魔法、

死の宣告(デス・センテンス)』じゃ。

 制限時間以内に決着をつけねば、この魔法が発動して両者が死ぬことになる」

「何やってんのよっ! そんなことならはやく説明してよっ!

 だいたいこんな魔法発動したら、あなたの身だって危なくなるじゃない!」


 スターロッドは片手を振り払った。


「だまれっ! そんなことは百も承知(しょうち)じゃっ!

 このまま持久戦に持ち込まれるより、手っ取り早く決着をつけたいのじゃっ!」

「本気っ!? あなた、正気じゃない!」


 あせるララストにスターロッドは不敵な笑みを浮かべる。


「平気じゃ。わらわはすでに老婆の身。

 たしかに人間との共存という、魔界の歴史が変わる瞬間をこの目で見ることができなくなるのは口惜(くちお)しいが、きゃつのためならこの老い先短い身を捧げることもいとわん」


 ララストがあ然としていると、上空のデーモンが呼びかけた。


「オイオイ、あんたらわかってんのか?

 もう時間がないんだぜ? さっさとしねえとどっちもオダブツだ。はやく始めちまえよっ!」

「どうしたっっ!? これでも本気を出せぬかっ!?

 目を覚ませっ! 戦士として生きたお主の矜持(きょうじ)、このわらわに見せてみよっっ!」


 手を大きく振り上げるスターロッドを見て、ララストははっとした。

 何かを思い出したように不敵な笑みを浮かべながら、大きくやりを横に振り払う。


「……おもしろいじゃないっ! 受けて立とうじゃないの!

 あなたとアタシ、どちらかが生き残るか。それとも2人とも倒れるか!」

「ムダ口をたたくなっ! さっさと始めるぞっ!」


 2人が一斉にその場を飛びだした。

 激しく互いの武器をぶつけ、目にもとまらぬ応酬(おうしゅう)を繰り広げる。


 ララストがわずかな合間を()って、片手を向けた。

 スターロッドの真横に、光の矢が現れる。

 それをさっとかわすと、結われた髪の一部がさっと舞う。

 そのあいだにララストは渾身(こんしん)の一撃を見舞う。まっすぐ突き出された刃はスターロッドの(ほお)をかすめ、少量の血が飛び散る。


 スターロッドは下から円環を振りあげ、相手の槍をはじく。

 しかしララストはバランスをくずしそうになったのを逆に利用し、そのまましなやかな足を蹴りあげた。

 スターロッドに負けるとも劣らない美脚を繰り出し、そのまま蹴り合戦に移行する。

 それでも決着をつけられない2人は距離をいったん離すと、互いに武器を構える手に力を込める。


「オイオイオイマジかよっ! 時間がないんだぜ?

 互いの様子をうかがうなんてじれったいことしてんじゃねえよっ!」


 女たちは幼児デーモンの話など聞いていなかった。

 たがいに相手の身体全体を注視し、心の中で覚悟を決める。


……次の一撃に、全身全霊(ぜんしんぜんれい)を込める!


 2人が同時に前に進み出た。

 またたく合間に詰め寄った両者が、すばやく互いの武器を前に突き出した。


 動きが止まる。

 どちらが相手を制したのか。それとも相討ちか。


 ララストの顔がゆがみ、その口から血が噴き出した。

 下を見ると、胸の位置に円環が食い込み、胸当てが大きくひしゃげている。


 ついで、スターロッドのほうを見上げた。

 青白く光る槍は相手の肩当てを貫いているが、急所に当たっている様子はない。


 それを悟ったララストは、全身から力が抜けてあおむけに倒れ込んだ。

 スターロッドは円環を下ろし、体の向きを変えてララストを見下ろす。


(くや)むな。お主の動き、まことに見事であった。

 思わず罪深き身であるということを忘れ、死なせるにはおしいと思わせてしまうほどにな」

「グフッ!

 そ、そうね、たしかに、アタシはこの人生を、自分の思うがままに生きてきた……

 そのことを、アタシは少しも、後悔してはいない……」


 ララストがこちらを見ないまま、プルプルと上をあげてこちらを指差した。


「でも、あなたはどうかしら……

 高い(こころざし)は、あっけなく、散るものよ……?

 美しさと、おなじ……くね……」


 ララストは手を下ろし、まったく動かなくなった。

 上空の幼児デーモンがはしゃぐ。


「キキキキキキッッ! なんとか時間内に収まったぜっ!

 オレサマもあんたも命拾いしたなっ! じゃあまたなっ!」


 ボンッ! という煙をあげてデーモンは消えた。

 しかしスターロッドがそれを見上げることはなかった。


「……それでも、あがいてみせる。

 ファルシスの思い描く未来に、残り少ない命ある限り、しがみついてやる……」


 スターロッドは反転し、さっそうとした足取りで先に進んでいる未来の後を追った。

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