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第32話 崩壊する権勢~その2~

 大通路を少し進むと、前方には開けた大空間があった。


「大軍勢を一挙に集められる中庭だ。

 はるか天井に続くアーチがとても美しく、余の印象に強く残っている」


 ファルシスが言うとおり、圧倒的な高さをほこる4すみの角柱が上に向かっていくにつれてカーブを描き、天井中央で折り重なって見事なアーチを描いている。


 しかしそれに見とれている場合ではなかった。前方の壁中央部には数多くの出窓があり、そこからおびただしい数の銃口が向けられ、ファルシス達は開かれた扉のかげに身を隠さなければならなかった。

 若き魔王が思わず顔をしかめる。


「魔法の次は火器かっ!

 情報によれば火器の管理を任されているのは宰相(さいしょう)のグラトーニらしいぞっ!

 奴はこの付近にいるにちがいあるまいっ!」


 扉の裏に張り付くスターロッドは、反対側の扉にいるファルシスとベアールに呼び掛ける。


「正面の敵は魔法で対処できるだろうっ!

 だが側面にも奴の軍勢がいるはずだ!」


 スターロッドがそちらをのぞきこもうとすると、無数の矢が飛んで来て、すぐに顔を引っ込めた。


「奴ら弓矢やボウガンも使ってくるぞっ!

 あれだけの猛攻(もうこう)、走ってかいくぐることはできんっ!」


 そこで彼女の真後ろにいるファブニーズの声がかかった。


「だが上空を自在に舞う敵に対処しきることはできんだろう。

 ここは私に任せてもらおう」


 スターロッドは振り返って相手を見上げた。


「お主、大丈夫なのか?

 たった1人であれだけの数に対処しきれるのか?」

「私を誰だか忘れたのか?

 我はドラゴンの王。これしきの攻撃でわが翼を折ることなどできようもない」


 しかしその言葉の直後にファブニーズは扉の裏をのぞき込んだ。


「もっともこれだけの猛攻、飛び出すのは容易ではない。

 みなの援護を必要とする」


 竜王は扉の向こうに向かって声を張り上げた。


「殿下っ! ベアールッ!

 私が空を舞って奴らをたたく! みなはその援護をっっ!」


 2人がうなずくと、ファルシスは巨大剣を前にかかげ、こちらの方に向かってきた。

 ベアールが剣で飛び道具を弾きながらそのあとを追う。


「うおおおおおっっ!

 矢はともかく、銃弾をはじくのは大変だぜっ! よく見えねぇっ!」


 ベアールの泣き言をしり目に、スターロッドは円環を前に突き出すと、集中してまとわりつくオーラを広げていった。


「これで前面を防御できる。さあ、お主は我らの後ろで準備をせい」


 ファブニーズはスターロッドのとともに扉を進みだす。

 無数の攻撃を必死に防いでいる3人の真後ろで、ファブニーズは両手を広げ、背中から巨大な翼を現した。

 羽根を素早く羽ばたかせると、風とともに勢いよく空中へと舞い上がった。


「殿下っ! 前にお進みくださいっ!

 こやつらはすべて私が片づけますゆえっ!」


 舞い上がったファブニーズは壁の近くまでより、兵士たちがいるバルコニーまでたどり着くと、首の向きを変えて炎のブレスを吐いた。


「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 兵士たちは黒い装備を身にまとっているが、それでも暑さに耐えることができず手足をジタバタさせて奥の暗がりに消えていく。


「ええいっ! なにをやっているっ!

 敵の中でこちらを攻撃できるのは飛んでいる男だけだっ! 奴を集中的に狙えっ!」


 指揮官らしき声が聞こえる。

 振り返ると、ファブニーズ達が入ってきた入口の上階のバルコニーに、兵士に混じってやたらと肥え太った男がいた。


「そこにいたか宰相(さいしょう)グラトーニッ!

 貴様の命はこの竜王がいただくっ!」


 そう言って肥え太った男がいるバルコニーに向かい、炎のブレスを吹きかけた。

 しかしグラトーニ達はさっと物陰に身を隠した。

 敵の全攻撃がこちらに集中しているため、ファブニーズはすばやく通り過ぎざるを得ない。


 その時、別方向から炸裂音がひびいた。

 見ると、付近のバルコニーの前面レンガが崩壊(ほうかい)し、中から何人かの兵士が力を失って地面へと落下していく。

 最下層に目を移すと、ファルシスとスターロッドが上階に向かって魔法攻撃を仕掛けていた。


「我らがついたてを破壊する!

 お主はそこめがけて息をふきこめっ!」


 スターロッドの助言に従い、ファブニーズは前面が破壊されたバルコニーに向かい、炎の息を吹きかけた。破壊された部分から炎が舞い込み、追われる兵士たちはあわててそこを逃げ出した。


「者どもっ! あのドラゴニュートは後回しだっ! 先に下の魔王たちを片づけろっ!」


 兵士たちの飛び道具が一斉に下を向いた。

 ファルシス達は急いで上空からの攻撃に備える。


「殿下っ! これ以上の援護は無用っ!

 はやく次のフロアまでお進みくださいっ!」

「なにをバカなことを言っておるっ!

 これだけの飛び道具、お主1人で片づけられるものかっ!」


 オーラを放つ円環を前にかかげるスターロッドの叫びに、ファブニーズは呼びかけた。


「殿下たちの援護によって、牽制(けんせい)はできている!

 あとは私1人で十分だ!」

「……あだっ! いってぇっ! いま銃弾が鎧に当たった!

 おいおいこいつめっちゃめり込んでんじゃないかっ!?

 やっぱり剣一本でちっちゃい的を狙うのはムリっ!」

「ベアールが限界だっ! はやく先に進めっ!」


 3人は仕方ないといった調子で、正面にある出口にかけ込んでいく。

 ファブニーズは彼らが消えていったことを確認して、複数のバルコニーを狙って自在に宙を舞う。

 前が崩れたバルコニーに炎を吹きかけると、兵士たちはどんどん奥へ引っ込んでいった。

 ある程度兵士たちが消えてくれたことで、ファブニーズはよりバルコニーに接近し、さらに奥に炎攻撃を仕掛けることができた。

 これならグラトーニを丸焼きにすることができるだろう。

 そう思い、ファブニーズは最大の目標がいる場所へと向かった。


 その時だった。グラトーニのいるバルコニーの真下にあるレンガ壁が、突如はじけた。

 ファブニーズが危険を察知して横にかわすと、すぐ目の前を何かが通り過ぎていった。


「砲弾か。壁の中に砲台を隠してたのだな?」


 さらに異変が起こった。

 砲弾を放った場所の壁が大きく崩れ、中から黒々とした長方形の黒い壁が現れた。

 上部中央に穴が開いており、そこから砲台の黒い穴が見える。


 敵が次の弾を撃ってこないうちに、ファブニーズは近づいて赤い炎を吐いた。

 しかし砲台の奥にいる兵士はすぐに顔を引っ込めると、吐いた炎は黒い壁にはじかれまったく届かなくなってしまう。


「この壁、黒鋼かっ!」

「ハハハッッ! おどろいたか竜人間!

 この壁は高い含有量(がんゆうりょう)のアダマンタイトで造られた鉄壁の黒鋼防御壁!

 たとえ貴様の高熱ブレスでも、この壁を熱して奥に届けることはかなわん!」


 姿を現したグラトーニは片手を大きく振り払った。


「さらに見るがいいっっ!」


 それを合図に、大広間のあちこちで破壊音がひびく。

 見まわすと別の壁からも黒い防御壁が現れ、ファブニーズは4面を取り囲まれたことを知る。

 壁に近寄ると、黒壁のわずかなすき間から顔を出す兵士が2人ずついる。


「縦10メモリっ!」「横30メモリっ!」


 2人のかけ声で、中央の砲台が正確な位置を向く。

 ファブニーズはそれをかわしたが、これが4方向から立て続けに飛び交うとなるとどこまで避けきれるかは疑問だ。

 さらに別のバルコニーからは、相変わらず各種の飛び攻撃が迫ってくる。

 かなり数を減らしたとはいえ、これらを無視することはできない。


「さてっ! 万事休すと来たかっ!?

 さすがのドラゴンもこれだけの防御と猛攻にはお手上げということか!

 古より恐れられたドラゴンなど、もはや恐れるに足らずっっ!」


 ファブニーズはその言葉に思わずグラトーニをにらみつけた。

 おどろいたことに相手は戦闘中だというにもかかわらず、骨付き肉を取り出してかじりついている。

 食欲が異様に旺盛(おうせい)だとは聞いていたが、これはむしろ自分を侮辱(ぶじょく)する意味合いのほうが強そうだ。


 逆鱗(げきりん)に触れたファブニーズはまっすぐ相手の方へ向かった。

 飛んでくる砲弾をかろうじてかわし、ほくそ笑むグラトーニに向かって息を吹きかけようとする。


 しかし、それは同時にこちらがスキだらけになるということでもあった。

 どこからともかくやって来た銃弾が身体をかすめ、片側の翼に穴を開けた。

 思わずよろけたファブニーズは追撃をあきらめ、壁際を必死ににげまどう。

 しかし前方に砲弾がぶち当たり、激しい爆発とともに大量のレンガが吹き飛び、ファブニーズの身体にぶち当たってしまった。


 力を失い落下するファブニーズ。

 冷たい床に全身をたたきつけられた竜人は、次いでやって来た砲弾に直撃こそ免れたものの大きくはね飛ばされる。


「グワハハハハハハハハッッ!

 これが勇者をも恐れさせたというドラゴンの王かっ!

 伝説の存在も、発達した近代兵器の前では、まったくの無力っ!

 お前など、もはや翼を持ったただの巨大トカゲにしかすぎんわっっ!」


 侮辱に全身をいからせつつ、立ち上がったファブニーズははるか上空のグラトーニをにらみつけた。

 うまそうに肉にかじりつく姿がよけいに腹立たしい。


 ファブニーズは聞こえるはずのない声で相手に呼び掛けた。


「よくも(ほこ)り高きドラゴンを罵倒(ばとう)してくれたな。

 この屈辱(くつじょく)、全身全霊を持って味あわせてくれるわ……」


 ファブニーズは両手を交差させ、全身に力を込める。

 (またた)く間に炎に包まれ、猛烈な勢いで巨大化していく。


 一部の兵士があわてたのか、変身中のファブニーズに容赦なく砲弾を浴びせる。

 しかし全身を炎に包んでいるファブニーズにこれは通用しない。

 ファブニーズのような最終進化を遂げた魔族は、変身中の身を守るため、大量の魔力を放って身を守る。


 もっとも、これは変身中のみの効果であって、炎はすぐに消えていく。

 やがて普通のドラゴンよりも一回り大きい、角が途中で折れた巨大なレッドドラゴンが姿を現した。

 巨獣は思い切り息を吸い込み、炎ではなく耳をつんざくほどの大音量の咆哮(ほうこう)をあげる。


 両耳をふさいでいた上階のグラトーニであったが、その勇壮(ゆうそう)な姿を見て、むしろ喜び(いさ)んだ。


「バカめぇぇぇぇっっ!

 巨大化するということは、浴びせられる砲弾をかわしにくくなるということでもあるのだぞっっ!

 わざわざ的を大きくしてどうするっ!? お前の脳みそはトカゲに毛の生えた程度かっ!?」


 そして周りに向かって一斉に呼び掛けた。


「みなっ、喜べっ!

 今夜の祝勝会のメインディッシュが決まったっ! このバカなオオトカゲの丸焼きだっっ!」

「バカは貴様のほうだこの(おろ)か者めっっ!」


 巨大化したファブニーズの声はグラトーニに用意に届く。

 相手は驚いた顔でこちらを向いた。


「私が何の策もなしにこの姿を現すと思ったかっ!

 我に秘策ありっ!

 本来勇者に逆襲(ぎゃくしゅう)するために編み出した、私の新しい力! いまこそ見せてやろうっ!」


 レッドドラゴンは無数のキバが並ぶ口を大きく開き、そこからまばゆい赤い光を現した。

 正面の砲台がこちらに向けられるなか、ファブニーズの口から発せられる光は赤い球体となった。


 砲台と、ファブニーズの口が同時に攻撃を放った。

 広間の中央付近でぶつかるが、ファブニーズの赤い玉は砲弾を軽々と吹き飛ばし、そのまま黒い壁のわずかなすき間にのめり込んだ。

 すると、黒い壁の隙間から勢いよく炎が爆発する。


「「「「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」」」」


 そこから全身を炎に包まれた兵士が、はるか下の床に向かってあえなく落下していく。


「なっ! 何なんだこの力はっっ!」


 がく然をそれを見つめるグラトーニに向かって、ファブニーズの巨体はのしのしと進む。


「我が息は単なる炎ではない。魔法の力だ。

 すぐに吐き出さずに集中力を持って練り込めば、圧倒的な破壊力を持った砲弾となる。

 高い防御力を持った黒鋼など相手にならん!」

「ええいっ! なにをやっておるっ!

 あのデカい的にすぐに砲弾を撃ち込めっ!」


 左右の砲弾が、ファブニーズを狙う。

 ファブニーズは巨体とは思えないほど素早い動きで広間のすみに寄った。


「ゲッッ! 砲弾が届かない死角に寄りかかりやがったっ!」


 グラトーニの言うとおり、すみに寄ってさえいればそれ以上砲台はファブニーズの方向を向くことはない。

 しょせん左右を壁に挟まれているのでかたむけられる向きには限界がある。


 しかし片方の砲台は完全にこちらを向いている。

 ファブニーズは炎の玉をすぐに放たず、首をひょいとひねって敵砲弾をかわす。

 後方のレンガが後頭部を直撃しながらも、余裕を持って上空に赤い玉を放った。

 ぶつかった黒い壁の隙間から炎が吹きあげる。

 ファブニーズは素早く動き、対面する砲台を狙った。

 相手が火を吹く前に、こちらが放った砲弾が黒い壁のあいだを直撃した。


「ぬあっっ! うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 後方で声が聞こえる。

 長い首をひねると、後方の砲台についていた兵士たちが一目散に姿を消した。


「ひ、ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」


 残りの兵士もあわてて逃げだすなか、重鈍(じゅうどん)なグラトーニは逃げることができず、むしろバランスをくずしてレンガの上にもたれかけた。


 あわてて顔をあげたグラトーニの目の前に、巨大なドラゴンが大きな翼をはためかせ、ゆっくりと高度をあげていく。

 向かい合うと、肥え太った人間とドラゴンの王の体格はあまりに差がありすぎた。


 圧倒的なスケールを目の前にし、全身をわななかせる肥満宰相。

 ファブニーズは呼びかけた。


「先ほどまで散々コケにしてくれたな。

 国を背負って立つ頭脳としては、少々浅薄(せんぱく)が過ぎたのではないか?」


 グラトーニは思わず両手を前にあげた。

 もちろんそれだけで相手の攻撃を防げるはずがない。

 ファブニーズはそんな相手に向かい、容赦なく大口を開ける。


「さあ、思い出せっ!

 その血に深く刻み込まれた、いにしえよりの恐怖をっっっ!」


 口の中から赤い光が現れたとたん、グラトーニの顔がくしゃくしゃにゆがんだ。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 情けない叫びは、すぐに噴き上げる炎の中に消えた。





 全身を炎に包まれながら床に降り立ったファブニーズは、人の姿に戻ったとたんすぐにヒザをついた。

 そのローブはあちらこちらが血に染まっている。


 額から流れる血をペロリとなめながら、ファブニーズは顔をしかめる。


「思わぬ深手を負ったな。

 魔法のたぐいを一切使わず私を追い込むとは。

 さらに技術が進めば、次は命が危ういかもしれん」


 ゆっくり立ち上がったファブニーズは、炎に包まれた最上階のバルコニーを見上げる。


「いずれ、人は竜を恐れなくなるか。わびしいものだな」


 そう言うと竜王は燃え上がるバルコニーにさっと背を向け、先を進む主君を追うため歩きだした。

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