第32話 崩壊する権勢~その1~
帝国に腐敗をもたらした奸臣たちを成敗するため、ゾドラ城を探索する魔王一行。
城のあちこちにはバリケードが張り巡らされ、大扉は固く閉ざされている。
圧倒的な力を持つ彼らは強引に進んでもよかったのだが、目的地は城の中枢ではないため、あえて誘い込まれるままに進んだ。
順路は入口付近の下層階へと続いている。
室内は徐々に暗くなり、普段は闇をすみかとしている魔物といえども不気味さを感じさせる空気がただよっている。
「本当にこの道でよろしかったのですか?
相手の思惑通りに進めば、どのような罠が仕掛けられているかわかったものではありませんよ?」
もっともそういうファブニーズの顔はあまり緊張感がないが。
「最初の目標は城入口にいるのだ。
そこまで進まねば、我々は偉大な目的を達成することはできん」
「偉大、ですか。
たとえ一大陸を丸々収める大帝国と言えど、広大な魔界を統べる殿下にとっては小国にすぎません。
あまり大仰な言い回しはお似合いになりませんよ?」
「余にとってはな。
しかしこの国に住まう者たちにとっては、将来がかかった重大な出来事となるのだ。
そのように誇張したところでかまうほどではあるまい」
その時、暗がりの中から影が飛び出してきた。
ファルシスは軽々と相手の攻撃をかわし、相手の身体を斬りつけた。
「闇に乗じておそいかかる敵がいるようだ。気をつけよ」
「こんなもの、暗闇に目を慣らした俺らなら朝飯前っっ!」
ベアールはいったん相手の武器をはじき返し、正面から斬りつけた。
肩のすき間を狙ったのだが、かなりの感触があったにもかかわらず、相手が痛みを感じている様子がない。
「……ヌエアアアアァァァァァァァァァァァッッッ!」
相手が狂ったような叫びをあげ、平然と斬りかかってくる。
ベアールは今度こそ首の間をねらい打った。
しかし相手はまだ意志があるようで、全力で向かってくる。
ベアールは前蹴りを放って相手を押し倒すと、ようやく動かなくなった。
「なんだこりゃっっ!
コイツ、うちの世界の連中並みにタフだぞっっ!」
後ろにいたスターロッドは何度も車輪をたたきつけ、騎士を無力化させた。
「暗黒魔法、『バーサーカー』じゃっ!
術をかけた相手を死をも恐れぬ戦士へと変え、肉体が崩壊するほどの潜在能力を引き出させる、狂気の術じゃっ!」
「なんじゃそりゃっっ!
そんな自爆モードまで発動させて、連中はどんだけあせってんだよっ!」
叫ぶベアールに、相手の鎧が真っ赤になるまで炎を吹きかけ続けていたファブニーズが呼びかける。
「よそ事を言っている場合か。
奴らが自力で暗黒魔法をかけられるはずがない。必ずこやつらを操っている術者がいるはずだ。
付近を探索し、成敗せねばなるまい」
ファブニーズは異変に気づいた。
そばにいたはずのファルシスの姿がない。
「殿下っっ!? 殿下っっっ!」
3人があたりを見回していると、柱のかげからファルシスが現れた。
片手で魔導師らしきローブの男の首根っこをつかんでいる。
「術者だ。術をかけられたバーサーカーを2,3人単位で操っていたらしい」
「てめぇっっ! 他者の命をもてあそぶようなマネしやがってっっ!」
ベアールが鋭い切っ先を相手に向けると、術者はおびえ上がって両手をあげた。
「ひいぃぃぃぃっっ! 自分の意思じゃないっ!
この国じゃ魔導師はみんなスローラスの言うことを聞かないと、生きていけないんだぁぁっっ!」
スターロッドはあきれかえって腰に両手をあてがう。
「言い訳じゃな。
いくら命令とは言え、このような道を踏み外す真似が許されるはずがなかろう」
それを聞いたファルシスは低い笑い声をあげた。
「言うな。このような下級魔導師など、1人で生きていけるわけがない。
我らのように自らの力で道を切り開けるわけではないのだ。仕方あるまい」
そう言いつつも、ファルシスは軽い調子で魔導師を床にたたきつける。
痛みに短い悲鳴を発しながらも相手はこちらを振りかえり、おびえた目で見る。
「しかしいかなる事情があろうと、罪は罪。
とがめはせぬが、それをあがなうため、今後一切はその生涯を他者のためにつくせ」
魔導師は「ひ、ひぃぃぃぃ!」と言いながらはいつくばってその場を逃げ出した。
ベアールはその後ろ姿に呼び掛ける。
「おーい! お前の顔はバッチリ覚えたかんな! 殿下の命令は絶対だぞ~っ!」
その後も似たようにバーサーカーを容赦なく退けつつ(バーサーカーは一度術をかけられると、代償として元に戻ることができない)、ようやく城入口付近の大回廊に進み出た。
屋外にあるため壁や天井は無骨なレンガ造りで、見上げると魔族の目から見ても圧倒的なスケールをほこった。
「おいおいおい。こんだけの大建築、どんだけの労力がかかったんだ?」
「亡き父は大陸中の人々をかき集めて築き上げたというからな。
過労死した者も2ケタや3ケタではあるまい」
同時にスターロッドからは鋭い視線を向けられ、ベアールは失言したことに気づいた。
「あの、すみません……」
ファルシスは気にするでもないふうに言葉を返す。
「よいのだ。
この城はそんな汚れた過去を持つ場所ではあるが、皮肉にもいまでは帝国民のほこりとなっているのだ。
わざわざ取り壊す必要もあるまい」
それを聞いたスターロッドがため息まじりに白い髪をかきあげた。
「にしても、皮肉なものよ。
かようないわれを持つこの城が、今日から我らのすみかとなるのじゃ。
タンサの顔を思い浮かべながら床につくのは、あまり気が進まんな」
「殿下っ! 前方に注意してくださいっ!」
1人だけ前方に集中していたファブニーズの声に従い、4人はありえないほど太い柱のかげに身をひそめた。
とたんに前方から鋭い光が通り過ぎていった。
4人がこっそり柱のかげから顔を出すと、前方にあった木製の大扉がゆっくり開かれ、中から巨大な光かがやく魔法陣が現れたことを確認した。
「魔法防御壁か。
あれだけの規模、最初の標的スローラスが仕掛けたものに違いあるまい」
声をひそめるスターロッドにベアールがうなずく。
「見ろよ。ヤロウ、巨大な台座に乗ってやって来やがる。周囲には弟子たちもいるようだ。
あの台座はここを攻める軍団に対処するためにこしらえたものに違いないぜ」
「あの魔法陣は防御だけでなく、攻撃においても多大な能力を発揮するようだ。
我らも全力でかからねばなるまい」
ファルシスがつぶやいたあと、全員が顔を引っ込めた。
とたんに太い柱の一部が鋭い光の矢で吹き飛ぶ。
「この柱は長くは持つまい。
3人とも、余の指示に従え」
3者同様にうなずく。ファルシスは1人ずつ指差した。
「余とスターロッドでスローラスの弟子たちを攻撃する。
あの魔法壁を突き破る攻撃にはそれなりの力を使わねばならん。
詠唱にかなりの時間と集中を要するため、ベアールとファブニーズはそのあいだに相手の攻撃を退けよ」
「了承した」「お安いご用です」「かしこまりました」
3者の返事を聞き届けると、ファルシス達は息をひそめ、タイミングをはかって前に飛びだした。
ファルシスとスターロッドの前方に、それぞれファブニーズとベアールがつく。
ファブニーズは向かってきた光の矢に矢継ぎ早に炎を吹きかけ霧散させる。
ベアールは華麗な剣の舞で光の矢をはじいた。
そのあいだに後方の2者は構えを取って呪文を詠唱する。
ともに光の矢の威力は先ほどよりは弱い。
ファルシスの読み通り、光の巨大矢は詠唱に時間がかかるようだ。
前方から、魔導師団のリーダーらしき声がひびいた。
「現れたか魔王どもっ!
それしきの反撃で、この大陸一の魔導師スローラスの魔法を退けられると思うなっ!」
中央のスローラスの姿は魔法陣でよく見えないが、おそらく魔法を詠唱したに違いない。
魔法人中央からひときわ巨大な光の矢が向かってくる。
まっすぐファルシスを狙ってきた一矢は、ファブニーズとベアールが同時に攻撃することで打ち消した。
「くそっ! 連携して我が大魔法を退けるとは!」
「甘く見るなよ!
お前にとっちゃ大魔法でも俺らからしたらチャチなんだよっ!」
ベアールが吠えると同時に、ファルシスとスターロッドが横に移動して前に両手をかかげた。
すさまじい勢いで打ち出された黒い矢は、いとも簡単に強固な魔法壁を貫いてスローラスの弟子たちの身体を撃ち抜いた。
「なにっっ!?
我ら帝国魔導師団の渾身の魔法防御壁を打ち破るとはっ!」
「ほら見ろ。大魔法っていうのはこういうのを言うんだよ。
わかったなら弟子たちを逃がしておとなしく投降しな」
意気揚々と後ろを親指で差すベアール。
ようやく見えてきたスローラスのフードは、しかし何度も横に振られた。
「ええい、あきらめられるものかっ!
こうなったら意地でも貴様らを打ち倒してやるっ! 弟子ども、我に力を貸せっ!」
するとそばにいた弟子たちの詠唱が変わった。
彼らから放たれたオーラが魔法陣の中央付近へと吸い込まれていく。
スローラス自身も呪文を唱え始め、その姿がまばゆい光で見えなくなっていく。
「まずいですな。
連中は1か所に魔力を集中するつもりのようです。永続的に放たれる大魔法が来るかと」
ファブニーズからの指摘にファルシスは不敵な笑みでうなずいた。
「問題ない。
ここからは余1人で大丈夫だ。皆の者は手出し無用」
ファルシスはいったん鞘に納めていた剣を引き抜くと両手に持って前に突き出し、黒々としたオーラを放ちはじめた。
それが魔剣の形を成す前に、スローラスが大きな声を発した。
「放てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
とたんにありえないほどの光の束が、ファルシスめがけて放たれた。
ファルシスは無数のトゲを持つ魔剣で正面から受け止める。
「なにっ!? 受け止められただとっっ!?」
「忘れたのか。
余は魔王、正面を切っての魔力の打ち合いのみならば、数の力で挑もうが余の方が格段に上」
「ぬうぅぅぅぅぅぅっっっ! ぬかせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
スローラス達は神経を集中して光の束を打ち込み続ける。
ファルシスは少し顔をしかめたが、全身に力を込め、少しずつ前に進み出る。
「ファルシスっ!
苦しんでおるようではないか! 本当に援護は無用なのかっ!?」
「だまっていろスターロッドッ!
こやつはわが獲物だっ! 決して手出しはするなっっ!」
両手に握る巨大剣を必死に前に押し出し、ファルシスは進む。
相手側も必死に魔力を打ち込み続ける。
「ぬがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
しかし、相手の方の集中力が切れた。
光の力が弱まると、それを見計らってファルシスは一気に前に押し進んだ。
魔法陣の目前まで近寄ると、剣の角度を変えて一気に魔法陣に向かって剣先を押し込む。
勢いで打ち破られた魔法陣。
鋭い切っ先は中央の魔導師の胸から下をいとも簡単に貫いた。
勢いよく前のめりになり、スローラスは大きな目をさらに見開いてファルシスをまっすぐ見つめる。
両手は無数のトゲをかかえ、口からは大量の血を吐きだした。
「グボアァァッッ!
な、なんなんだ、この力は……
これほどまでの、力があると、知って、いれば……」
「さっさと逃げればよかったか?
悪いが余は地の果てまでお前を追わせるつもりだったぞ」
力尽きたスローラスは、がっくりと剣の上に倒れ込んだ。
ファルシスが引き抜くと同時に、巨大魔法陣はガラスが破れるように飛び散っていく。
残された魔導師たちは台座から飛び降りて、ほうほうのていで逃げ出していく。
「あっ! 待てっっ!」
ベアールは追いかけようとするが、台座のすきまは狭く次々と逃げられ、遅れた2人だけしか斬りつけることしかできなかった。
「あ、ちきしょうっ! 3,4人取り逃しちまった!」
「あわてるなベアール。顔は誰かが知っていよう。
指名手配して軍の者たちに追わせればよい」
一方でスターロッドが台座の中央を見て、思わず口をふさぐ。
「しかし、むごいものじゃな。
魔剣をまともに食らうとあのようになるのか。奴の下半身、まともに形が残っておらんぞ」
「いいじゃねえか。
いままでやりたい放題やってきた報いだ。奴にふさわしい末路ってやつだな」
ベアールの声を耳にしつつ、ファルシスは巨大剣を黒いオーラにつつんで元に戻した。
「まだ敵は4人も残っている。先に進むぞ」




