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第31話 真の覇王~その4~

 上空を舞うレッドドラゴンの背中に、3つの人影が乗っている。

 彼らは吹き抜ける風を受け止めつつ、その視線をまっすぐ目前の巨大な城に向ける。


「殿下、勇者クンには、ずいぶん気の毒なことをしましたね」


 赤い騎士ベアールは抜いたままの細い剣をヒザに乗せた状態で振り返る。

 いくつもの穴のあいた兜の正面を向けられたファルシスが、平然とつぶやいた。


「わからぬさ。

 何が真実の正義なのか、真の平和をもたらすのはどの思想なのか。そのようなことは誰にもわからぬ。

 それを知っているのははるか未来に生きる者たちだけだ」

「うまいこと言っちゃって。

 あとであいつらがどんな行動に出るか、わかりませんよ?」

「しかし、あやつの最後の行動にはおどろかされたのう。

 コシンジュは物分かりがいい方じゃが、自分の考えに対するこだわりが深すぎる」


 そう言って露出度の高い服を身にまとうスターロッドが、魔王の横に進み出る。


「ファルシス、

 お主のように、清濁(せいだく)あわせのむという考え方はできぬようじゃな」


 彼女があぐらをかき腕を組むと、肌のあらわな部分が強調され、さすがのファルシスもチラリと視線を向けた。


「ああいった者も、場合によっては危険だ。

 大局を無視して自身の正義にこだわるあまり、時として信じられぬほどの愚行(ぐこう)を犯すことがある。

 もっとも欲にまみれた傲慢(ごうまん)な連中よりはよっぽどましだが」


 スターロッドは「なるほど」と言って、ふと目線を下げた。

 とたんになぜか青ざめて彼のそばに寄った。


「ファルシスッ! 血が出ておるではないかっ! なぜ黙っておった!?」


 ベアールも思わず身を乗り出す。

 言われてもファルシスは痛みを感じないように、真っ赤に染まった自分の手をかかげた。


「ああこれか。問題はない。

 余は左利きだからな。両手で剣をにぎるなら痛みが走るだろうが、耐えられるだろう」

「大丈夫なんですかい? 次の敵は大多数。

 剣を振ってるうちに傷口が広がることはないでしょうね?」


 ベアールが言い終えたとき、下の方から声がかかる。


「殿下。城の軍団がこちらに向かって遠距離攻撃を仕掛けてくる模様です。

 スターロッドとともに前方に魔法防御を」


 言い切るやいなやファルシスとスターロッドが前方に両手をかかげ、呪文を唱えだした。

 2人がかりであるためか、わずかな時間でレッドドラゴンの前方に虹色に光る魔法陣が現れる。

 とたんに魔法陣の表面に大小の爆発が起こる。


「視界があまり良好ではありません。

 どこに着陸すればいいか、指示をください」


 ファルシスが片手を離し、少々呪文を唱え、手のひらの上に映像のようなものを浮かび上がらせた。

 しばらくそれを観察していると、その目が少し開かれた。


「前面左方向にある上方付近を目指せ。

 侵入を手引きしてくれる者がいるようだ」

「どれどれ。

 ファルシス、いったいどのような者を懐柔(かいじゅう)したのじゃ……

 むぅ」


 映像を見たとたんにスターロッドの顔色がくもった。

 同じようにベアールがのぞき込むと、なぜか低い笑い声を発した。


「なんだ、すごいベッピンさんじゃないですか。

 殿下もなかなかやりますねぇ」

「なに、城の中で我らの味方となりうる者が、いまでは彼女しか残っていないということだ。

 もっとも余が個人的にもいたく気にいっているということでもあるがな」





 いくつものレースを折り重ねた意匠を身にまとうエンウィー姫は、バルコニーに出て近づいてくる巨大ドラゴンを見上げている。

 後ろにいる従者があせった声を発した。


「姫さま! いけません、ここにいてはあぶのうございます!」

「問題ない。奴らは我らの味方だ。

 向こうがこちらに気付いているようなら、間違っても攻撃してくることはないだろう」

「そうではありません!

 我らにとっての脅威(きょうい)は城の中にあります!」


 彼が言っていた通り、後方の入り口から数名の黒騎士たちが現れ、こちらに向かって盾を構える。


「姫さま、どうぞこちらへ。

 王妃様があなた様の安否を心配しておいでです」


 振り返ったエンウィーは、騎士たちにいぶかしげな視線を向けた。


「今さら隠しだては無用。

 母上はこのわたしを人質にとるつもりであろう? わたしはあの者たちにとって唯一の味方だからな」

「そのようなことをおっしゃられてはなりません。さあ、こちらへ」


 そう言って騎士の1人が進み出て、こちらに片手を向けた。

 そのとたん、天井から破裂音がひびき、前方の騎士の身体を何かがつらぬいた。

 力を失ってそのまま床に倒れ込む。


「くそっっ! 伏兵かっ!?

 いったいどこからおそってくるっ!?」


 あわてふためく騎士たちをしり目に、エンウィーは音がひびいた方向をながめた。

 壁と天井のあいだに、黒々と焼け焦げた穴があいている。


 穴のそばから、また別の穴が開いた。

 次々とすばやい勢いで穴が開けられていき、通り抜けた光が騎士たちにおそいかかる。

 2,3人が床に倒れた。


「くそっ! 壁を簡単に貫通しやがるっ!

 みんな逃げるぞっっ!」


 騎士たちは盾でそれを受け止めながら、部屋を逃げ出していった。

 振り返ると、上空のレッドドラゴンはもう目の前まで近づいていた。


 バルコニーの手前でホバリングすると、風が勢いよく吹き抜ける。エンウィーと従者は顔をおおった。

 そのあいだに、バルコニーの手すりに何かが落下した音がひびく。


 見上げると、恐ろしいほどのバランス感覚で、魔物姿のファルシスが手すりに立っていた。

 左右からは初めて見る羽根のある赤い騎士と、やたらと肌を露出した女性が同じように手すりに降り立つ。

 騎士の方は鎧を着ているためか少しバランスをくずしかけた。「おっとっと!」


 3人は手すりを同時に降りて、エンウィーと対等に向き合った。

 中央のファルシスが笑みを浮かべる。


「約束通り、またここにやってまいりました。

 姫さま、おケガはございませんか?」


 3人が前に進み出ると、いつの間にか全身が炎に包まれていたレッドドラゴンの中から、赤と白のローブをまとった人影が現れ、同じように手すりの上に器用に飛び降りる。


「レッドドラゴンか。

 それにとなりにいるのはデーモンとダークエルフのようだな。

 それだけの手勢でこの城を攻め落とすつもりなのか?」


 なめまわすような視線を浴びせるエンウィーに、スターロッドが不機嫌になる。

 エンウィーがそれに目を合わせると、顔を赤面させながらその格好をなめまわすように見る。


「ダークエルフは普段から、そのようなふらちな格好をしているのか?」

不埒(ふらち)な格好で悪かったな小娘。

 あとわらわはお主よりずっと年長者じゃ。口のきき方に気をつけよ」

「雑談はいいでしょ。

 それより、この姫さまあんまり殿下に好意的じゃないみたいなんだけど」


 ベアールに問いかけられたファルシスは、エンウィーに向かって眉をひそめる。


「招かれただけましだ。

 姫、お前もまたラシリスのように城の制圧を喜んでいるわけではないんだろう?」


 エンウィーはこっくりとうなずいた。


「城を武力で制圧すれば、名目上帝国は実質お前たち魔王軍に滅ぼされたことになる。

 父上にとっては一世一代の恥だ。

 それを(おもんばか)り、父上がはやまったことをしかねん」

「そんなもんかねぇ。

 親父さんの武勇伝を信じると、自分の国を滅ぼされたくらいで自ら死を選ぶようなお人だとは思えないけど」


 南国の姫君は赤い騎士に目を向けた。


「以前の父上ならな。

 だがいまは病の症状が進み、精神的にも参っておられる。

 ましてやご自身の不覚でこの国は腐敗を極めたのだ。その責任を取りたいと考えるのもやむを得ないことかもしれん」


 そしてエンウィーはファルシスの身体にすがりついた。

 とたんに後続の3人が身構えるが、ファルシスが片手をあげて制した。

 エンウィーは訴えかけるような目を青年魔王に向ける。


「父上を止めてくれ。

 あの方はもう以前のような底知れぬ精神力を持っているわけではないのだ。一度も臣下にその姿をお見せにならないのがその証拠だ。

 頼む、父が早まったことをする前に、その動きを抑えてほしい」


 エンウィーは相手が承諾(しょうだく)してくれるものだと思い込んでいた。

 だからファルシスの次のひとこと、「……聞けんな」と言う声に、彼女は目を疑う。


「なぜだっっ! お前は己の父親とは違うのだろうっ!

 お前に心と言うものがあるのなら、わたしの頼みくらい聞けるはずだっ!」


 スターロッドとベアールも、ファルシスの発言をうたがう表情になっている。

 それを一瞥(いちべつ)しながら、もう一度エンウィーのほうを向いて肩に手をかけた。


「知っているぞ。

 クリードグレン公は、もう長くはないのだろう?」


 エンウィーは目を見開いた。

「なぜ知っている!?」そう言って、ファルシスから少し離れた。


「我々を甘く見ないことだ。調べはすでに済んでいる。

 長年の古傷が全身をむしばみ、いまではまともに動くことすらままならんのだろう?」


 エンウィーは思わず口元に手を伸ばした。

 ファルシスは静かに首を振った。


「父上を生かしたいと言うお前の気持ちは理解できなくもない。

 だが、己のことを生ける(しかばね)だと思っている男を無理に生かして、なんとする」


 それでもエンウィーは細かく首を振り続けた。


「ダメだ、父上を死なせたくない。

 父上がいなくなれば、わたしは本当に1人きりになる」

「1人ではない。お前は1人にはならないぞ」


 言われた瞬間に姫君はきっとファルシスの顔をにらみつけた。


「説得はムダだ魔王っっ!

 わたしがお前に心を許すと思うのかっ!

 義理の父親になる人間を簡単に見捨てるような奴を、わたしは絶対に夫にはしないっっっ!」


 それを聞き、ファルシスは目を閉じて深いため息をつく。


「わかった、善処(ぜんしょ)しよう。

 だが余がいくら説得したところで、いまの状態では聞く耳を持てるかどうかわからないがな」


 そう言って、ファルシスは部屋の入口に向かっていく。

 ベアールが思わず片手をあげた。


「あれ? 姫さまに道案内を頼むんじゃないんですか?

 殿下行き先はわかってるんですか?」

「ここに1週間以上も滞在したのだ。城の構造は把握している。

 魔界にある居城とあまり大差もないことだしな」

「お待ちください、魔王どの」


 ファルシスの横に、エンウィーの従者がひざまずいた。

 ふところから何かを取り出す。ファルシスは紙きれのようなものを受け取る。


「見取り図か」

「はい。いまの城内は厳重な警備で固められており、いくらあなた方でもすべての敵を打ち倒すのは容易ではありません。

 侵入者対策のトラップも数多く仕掛けられております。

 こちらのルートを通られれば、待ち受ける目標に最短距離で近づくことができます」


 ファルシスは地図を持ち上げ、そのままふところにしまい込んだ。


「協力感謝する。お前は姫の良き忠臣だ」

「おほめにあずかり光栄にございます」


 頭を下げた従者にうなずき、ファルシスは部屋の外へと出ていった。

 ベアール達もそのあとを追いかける。


「じゃあな姫さま。

 ちょいと用事を済まして、すぐに会いにくるぜ!」

「お主がファルシスの嫁にじゃと?

 言っておくが、お主より魅力的なデーモンやダークエルフはいくらでもおるのじゃぞ」


 ファブニーズは何も言わず、「フン」と鼻を鳴らしただけで通り過ぎていった。


 4魔族が部屋を出ていくと、従者は立ち上がってエンウィーのそばに寄った。


「本当によろしいので?

 魔王がこの城を乗っ取れば、実質的にこの国はかの者の領域となります。

 そうなれば姫さまも……」


 エンウィーは何も言わず、開かれた扉を見つめるままだった。





 正面を進もうとすると、ファルシスは急に足を止めた。

 ベアールは問いかける。


「あれ? これ、従者君のお勧めルートと違うじゃないですか。

 なんでこっちに向かうんです?」


 ファルシスはあごをしゃくり、扉の向こうの屋外を指差した。

 そこはどうやら細い空中回廊らしいが、途中で崩壊して通れなくなっている。


「おいおい、そこまでするかぁ!?

 どっちが勝つにしろあの橋を修復するのにどんだけの費用がかかると思ってんだよ!」

「そこまでして、奴らは近道を進ませたくないらしい。

 一足早く大帝のもとにたどり着けば、奴らの沽券(こけん)にかかわるはずだからな」


 ここでファブニーズが顔を近づけてささやきかける。


「これしきの妨害(ぼうがい)、我らにはどうということはありません。

 飛び越えて大帝の間へと進みましょう。

 大帝の身柄さえ確保すれば……」

「ファブニーズ。我々はこの国を征服しに来たのではない。

 この城に巣食う奸臣(かんしん)どもを成敗しに来たのだ。

 奴らが出迎える居場所があるのなら、そちらに向かえばよいではないか。

 我らがあれしきの妨害を超えられるのなら、城内に張り巡らされた(わな)も容易にかわせるはず」

「……殿下も甘いお方だ。

 あの勇者にえらそうな口をたたけるものではありませんね」


 ファルシスは鼻で笑いつつ、従者にすすめられたルートへと戻っていった。





 かなり下の階まで降りると、そこは巨大な大広間だった。

 室内にはおびただしい数の騎士が待ち構えている。


「待てっ! 魔王ファルシスッッ!」


 ファルシス達が階段を下りて行く途中、後ろからエンウィーが従者をともない追いかけてきた。


「姫、ここは危険だ。

 敵は重火器をも手にしている。危ないぞ」

「わたしがいる限りは大丈夫だ。彼らは大帝の娘を傷つけることはできない」


 エンウィーはファルシス達を追い抜くと、手すりに両手をかけて前のめりに呼び掛けた。


「下がれっっ! わたしは大帝の娘であるぞっ!

 これは陛下自らの望みでもあるっ!

 真の忠誠(ちゅうせい)を望むのであれば、今すぐ武器を捨てて立ち去れっっ!

 お前たちでは魔族の王には太刀打ち出来ぬっっっ!」


 眼下の騎士たちの中に1人が大声をあげる。


「姫様っ! おどきくださいっ!

 その者を先に通せば、陛下のお命にかかわりますっ!」

「陛下が自らお命を絶つとは限らんだろうっっ!

 悪いことは言わない、ムダな抵抗はよせっっ!」

「しかし、逆らえば……逆らえば……!」

「殿下、どうやら無理やり従わされてる兵士もいるみたいですけど?」


 ベアールがややあきれ気味に声をかける。

 ファルシスはそれを鼻で笑った。


「3人とも、これだけの数を相手に、血を流さずに一掃できるか?」

「ファルシス、今さらそのようなことを言うか?

 同じ取り組みは前にも試しておろう」

「しかも敵勢は我らの(うわさ)を聞いておびえ上がっている様子。

 一致(いっち)団結したラシリスの軍勢よりも容易に片づけられましょう」


 スターロッドとファブニーズにうながされたファルシスは、意気揚々と階段を駆け降りた。

 そして4人がいっせいに並び、圧倒的な軍勢の前に立つ。

 後ろからエンウィーの声が飛ぶ。


「ファルシスッッ! 気をつけろ!」

「案ずるな姫。

 いくら格下とはいえ余が油断することはない。安心して見ているがいい」


 ファルシスが前に進み出ると、スターロッドとベアールがそれぞれの武器を構え、ファブニーズは大きく息を吸い込んだ。

 それに対し騎士たちはそろいもそろって身じろぎする。


「……ぬぅぅぅぅぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」


 1人の騎士が剣を構え、ファルシスに向かって思い切り振りかぶった。

 ファルシスは剣をまたたく間に引き抜き、相手が剣を振りおろすと同時に上に向かって打ちすえる。

 相手の剣が2つに折れ、その先が回転しつつ宙を舞う。


 それを目で追っていく騎士たち。

 地面に落ち、甲高い音を何度も響かせて転がっていくのを見て、何人かが後退し始めた。


「……ムリだ……こんな奴に勝つのはムリだぁぁぁぁぁっっっっ!」


 騎士たちの一部が逃げ去っていく。

 しかしもう一方の騎士たちは目で追うだけで、ファルシス達に向かって剣と盾を構えた。


「いくぞぉぉぉぉっっ!

 帝国兵としての意地を見せろぉぉぉぉぉぉっっっっ!」


 こちらに向かってきた軍勢は、それもまた数が限られていた。

 残った者たちは彼らの趨勢(すうせい)を見て判断するらしい。


 一番端にいるファブニーズが、思いきり息を吹きだすと、すさまじい勢いで炎が噴射される。

 相対する騎士たちはいっせいに盾で防御するが、あまりの暑さのためか次第に後ずさりし始める。


「……ダメだっ!

 あの男は例の竜王だ、普通の炎とは違うっ! 黒鋼でも防ぐことができんっっ!」

「ついでにこちらの方もどうじゃっっ!」


 そう言ってスターロッドが投げつけた車輪、「黒煙の円環こくえんのえんかん」を1人の騎士が受け止める。

 が弾き飛ばされ、後ろにいた騎士とともに将棋(しょうぎ)倒しにされた。


「よっしゃっ! 俺も行くぜっっ!」


 言いつつ圧倒的なスピードで敵陣に飛び込んだベアールは、手にした細い剣で騎士たちが手にする剣をたたき折っていく。

 相手が防御をしようがお構いなく、わずかなスキを見計らって剣を突き出し、容赦なく武器を破壊する。


「何て動きだっっ!

 重い鎧をなんとも思っていないのならともかく、あんな流れるような動きまでするなんてっ!

 とても目じゃ追えないっっ!」

「に、ににに、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 またしても一部の兵士たちがパニックになって、その場を逃げ出す。

 少し手が空いたベアールはヘルムの前面にある穴の上で手をかざす。


「おいおい、別にとって食うわけでもねえってのに。

 そんなに俺たちがこわいのか? あ、いや、普通に怖いか」

「クククク、お前たち、あまり張り切りすぎるなよ。余の分も残しておけ」


 そういうファルシスのもとに、数人の騎士たちが斬りかかってくる。

 それをファルシスは目にもとまらぬ動きで相手の武器をたたき折っていく。

 しかしそのうちの1人が、覚悟を決めたように身構え、全速力で体当たりしてきた。


「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 ファルシスは思わず相手にしがみつかれ、横方向から2人の騎士が必死の勢いで押し迫ってくる。

 ファルシスは身体をひねって回転し、しがみつく敵を床にたたきつけると、反転して後退した。

 目の前の騎士たちがぶつかって跳ね返されているあいだに、ファルシスは容赦なく剣を黒い鎧めがけて打ち込んだ。

 砕けたすき間から血吹雪が飛ぶ。


「気をつけろっっ! 敵の中に決死の覚悟で臨んでいる者がいる!

 いやしき権力者たちの手先だっ! 容赦などするなっっ!」


 ベアールも同様の相手を前にしているようで、鎧のわずかなすき間に向かって剣を払い、そこから血を飛び散らせる。

 振り返って別の騎士の兜の中に剣の先を突きいれた。


「そこまで必死ってのは、今までずいぶん甘い汁を吸わせてもらっていたようだなっ!

 だがこれでおしまいだぜっっ!」


 スターロッドは直接相手の兜に向かって円環をたたきつける。

 敵の首がおかしな方向にねじ曲がった。


「悔い改めよっっ!

 民衆をしいたげ、暴利をむさぼった罪、死をもってあがなうがよいっ!」


 ファブニーズは相手の首をつかんで軽々と持ち上げ、兜に向かって思い切り炎を吹きかけた。

 ジタバタもがく騎士はすぐにおとなしくなる。


「しかし厄介ですな。

 このような敵が普通の敵に混じり、(すき)を見て(おそ)いかかってくるとなれば少々やりにくくもあります」


 ファルシスは臣下たちの動きをみて、地面に倒れていた騎士に突き刺していた剣を引き抜いた。


「フン、動きでわかる。

 我らの眼力の前ではそのような小細工など通用せん」


 絶命した騎士を乱暴に床に叩きつける、ファブニーズの「そうですね」の言葉を聞き届け、ファルシスは残った騎士たちに向かいあった。


「だ、ダメだっっ!

 あんな奴ら、人間じゃ勝てるわけがないっっっ!」


 残った騎士たちもいっせいに逃げ出した。

 ファルシスは高笑いしながら彼らに呼び掛けた。


「ハハハハハハハハハッッッ! 逃げよっ! 逃げるがいいっ!

 お前たちの前にいるのは、この世界を統べるに足る真の覇王(はおう)っっ!

 絶対的強者を前に、恐れおののき、逃げ惑い、そしてひざまずくがいいっっっ!

 この城は今日から余のものだっっっ!」


 悠然(ゆうぜん)と立つその後ろ姿を目にし、エンウィーはつぶやかざるを得なかった。


「勝てる。

 この者たちなら、この城に巣食う邪悪どもに、いとも簡単に勝てる……」


 マントをひるがえし、ファルシスたちは前方の大扉に向かってさっそうと歩みを進めていった。

勇者VS魔王。初戦は勇者の大惨敗でした。

というわけで、しばらくは魔王回が続きます。コシンジュの出番はなくなりますが、魔王サマにはしばらく大暴れしていただきましょう。

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