表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/248

第31話 真の覇王~その3~

 暗くじめじめした断崖(だんがい)の中を、ヴェルゼックは両手両足で昇っていく。


 最初降り立つようにして落下したあと、下り坂になった断崖を降り、やがて坂は水平になる。

 ある程度進んでいくと今度は上り坂となり、クライミングしなければ登れないほど垂直になっていく。

 それでも身体能力に優れた魔族にとっては苦にもならないが。


 実際、ヴェルゼックのまわりの魔物たちは圧倒的なスピードで、どんどんヴェルゼックを追い越していく。


「地上に這い出したら遠慮するなよっっっ!

 目の前にいる人間はすべて叩きつぶせっっっ!」


 声を張り上げるヴェルゼックの後ろで、飛行する魔物たちが次々と真上へと登っていく。

 中にはかつて彼と敵対していた幻魔兵団の姿もあった。

 しかし彼の巧みな話術によって、いまでは忠実な家臣へと変貌(へんぼう)をとげている。


 ひたすら目的地に突き進むその姿を見て、ヴェルゼックは満足げな笑みを浮かべ、やがて人間ではありえないスピードで断崖を登り続けた。


 やがて断崖の頂点に、するどい爪を伸ばした手が届いた。

 それとともに一気に地上に舞い上がったヴェルゼックが、たどり着いた地上を感慨深(かんがいぶか)げに見まわす。


「ここが地上か……もっともこの地方じゃ魔界とたいして風景が変わらんがな」


 とある場所に目を向ける。

 かつてファブニーズがポータルを開き、レンデルの指揮によって攻め立てられた人間の要塞(ようさい)は、片側が完全に崩れ去っていった。

 それでも人間どもの抵抗は激しいらしく、あちらこちらで激しい火花が散っている。

 ヴェルゼックは血走った目で要塞をまっすぐ指差した。


「もっと攻め立てよぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!

 遠慮するなと言っただろう、人間どもはひとり残らず血祭りにするのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 ヴェルゼックの声に呼応するように、周囲の大小の魔物たちがますます勢いよくヴェルゼックの横を通り過ぎていく。

 ヴェルゼックはそれを見届けると、自らも要塞へと向かってかけだし始めた。

 すると周囲よりも速いスピードで疾走(しっそう)する。

 時おり要塞から放たれた砲弾が近くに命中し、大柄な魔物ですら軽く吹き飛ばされるが、ヴェルゼックはそれにかまわず突き進む。


 やがて要塞の目の前までたどり着くと、ヴェルゼックはふと横に目を向けた。

 要塞のくずれた部分は多くの魔族の狙い目らしく、押し合いへしあいそこを目指して群がっている。

 しかしそこは人間どもの最も警戒する場所である。待ちかまえていた火器や魔法によって、次々と魔物たちが上空へと吹き飛ばされていく。


 ヴェルゼックはそちらを無視し、直立する要塞の壁を目指した。

 こちらの方もそれなりの軍勢がよじ登っているが、窓から兵士どもが各種の飛び道具で応戦し、多くがあえなく大地へと落下していく。


 闇の貴族はいちいちよじ登らずに、足をかけると軽がる垂直を駆け上がり始めた。

 同胞たちをまたたく間に追い越し、出窓に手をかけあっという間にバルコニーへと足を踏み入れた。


「なっっ! 人間っっ!?」

「いやっ! あの肌の色を見ろっ!

 それにあの身体能力、どう見ても人間ではないっっ!」


 周囲は黒い武装をまとった兵士たちで埋め尽くされている。

 おもむろに両手を広げたヴェルゼックは、胸に片手を当てて頭を下げた。


「どうも、わたくしの名前はヴェルゼック。こたび今回の作戦の陣頭指揮を任されました。

 冥土(めいど)への土産(みやげ)に、ぜひ私の名前を覚えて()って下さい」


 兵士たちが「敵の大将かっっ!」と言っていっせいに各種武装を向ける。

 魔族とは言えそれらをいっせいに食らえばひとたまりもないだろうに、ヴェルゼックは悠長(ゆうちょう)に頭をあげる。


 次の瞬間、彼の高価そうな衣服が破れ、そこから何かが飛び出した。

 黒々とぬめった質感を持つ、生物的な突起(とっき)

 兵士たちが仰天しているあいだに、その突起からすさまじい勢いで緑色のガスが噴射されていく。


 兵士たちがボウガンや銃を放つ前に、何人かがせき込み始めた。

 最初は苦しそうにしていた彼らだったが、やがて徐々にうすら笑いを浮かべはじめる。


「ク、クヒ、クヒヒヒヒヒヒッッッ!

 ギャハハハハハハハハハハハハアァァッッッッッ!」


 戦いの最中だと言うのに、ガスを吸った兵士たちは狂ったように笑いはじめる。

 そして地面に倒れ込んだ彼らは手足をバタバタさせた。


「なっ、なんだこれはっっっ!」


 おどろくリーダー格をしり目に、ヴェルゼックは雄叫びをあげて華麗なダンスを踊り始めた。


「さあみなさんっ! 私と一緒に踊りましょうっ!

 戦いを忘れ、いまこの楽しい時を華麗(かれい)(おど)って過ごしましょうっっ!」


 無事だった兵士たちの1人が、「ひぃぃぃっっ!」と言う情けない叫びとともに銃弾を放った。

 しかしヴェルゼックはそれをひょいとかわし、遠く離れた壁に銃弾が当たった。


「はっ、放てぇぇぇぇぇっっっ!」


 あせったリーダーは手をまっすぐ振り下ろし周囲の兵士たちがいっせいに飛び道具を放つ。

 ヴェルゼックは身を伏せてかわすと、再び立ち上がって両手をまっすぐ広げた。

 手の先から、勢いよく何かが噴射される。

 黄色い粘液が兵士たちの顔や肩に付着すると、すさまじい勢いで煙が噴き出した。


「ひっっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!」

「熱いっっ! なんだこの熱さはっっ!

 ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 ヴェルゼックは華麗な足取りで回転しながら、次から次へと粘液を噴射していく。

 粘液を浴びた兵士たちは黒鋼の装備にもかかわらず、ジタバタもがいて倒れ伏していく。

 まだ粘液を浴びていなかったリーダーの横で、1人の兵士が倒れた。

 力尽きた兵士の兜は猛烈な煙をあげている。


「ひっ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」


 リーダーはついに腰を抜かして尻をついた。

 ヴェルゼックは振り向くと、彼に向かって歩き出した。


「どうやら、2人きりになったようですね。で、どうなさいます?」


 必死に逃げようとする彼の目の前で立ち止まると、赤い目を見開いて笑いかけた。


「選ばせてあげましょう。

 現実を忘れ笑い狂って死ぬのがいいか、それとも現実と向き合ってもがき苦しんで死ぬか」

「だっ、だずげてくれぇぇぇぇっっっ!」


 それを聞いたヴェルゼックは口元で人差し指をゆする。


「チッチッ。その選択肢はないですな。

 せっかくの楽しみを、わざわざ見過ごすわけがない」

「……いたぞっっ! 敵はあそこだっっ!」


 ヴェルゼックは不機嫌ぎみに横を向いた。

 離れた場所から数人の騎士たちが向かってくる。


「とんだ邪魔立てを。まあいいでしょう。しばしお待ちを」


 相手が飛び道具ではないと見るや、闇の貴族は悠然(ゆうぜん)と両手を広げた。

 そして気合いを入れるかのように声を発する。


「ぬうぅぅぅぅぅぅ……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 ヴェルゼックがのけぞった瞬間、彼の両脇から服を突き破って何かが飛び出してくる。

 それはまるで昆虫のような甲殻(こうかく)におおわれた、2つの長い腕だった。

 4つの腕を前に掲げ、ヴェルゼックは前方に進みだした。

 それぞれの腕からは緑色と黄色の二つの液が噴射され、騎士たちに襲いかかる。

 ある者は笑い狂い、ある者は煙につつまれ身もだえしながら、それぞれ地面に倒れていく。


 しばらくして戻って来たヴェルゼックは、なんとか逃げようとはいつくばっていたリーダーの足首をにぎり、引っ張り上げて強引にあおむけにした。

 おびえ切った表情をしばらく眺めていると、突然手をポンと叩いた。


「そうだ、こうしましょう」


 そしてヴェルゼックは、新たに現れた腕とともに両手を広げた。


「痛み、そして喜び。この2つを同時に味わっていただきましょう」

「い、いや、やめて……やめてぇぇぇぇぇぇっっ!」


 ヴェルゼックは相手のおびえた顔を見据え、狂ったような笑みを浮かべる。


「さて、どちらのほうが、あなたの顔に浮かび上がるのでしょうか。

 それとも2つの感情が入り混じったような表情になるのか。

 これはとても楽しみですねぇぇぇ……!」


 回廊じゅうに男の悲鳴がひびき渡った。

 他の場所にいる兵士たちは、自らの相手に夢中で誰も気づくことができなかった。





 一仕事終えると、ちょうどそこに小さな黒い影が現れる。

 ヴェルゼックが振り返ると、人の頭ほどの大きさがあるハエのような生き物がホバリングしていた。


「大変ですヴェルゼック様っ! 緊急事態が発生しましたっ!」


 ヴェルゼックの表情からゆがんだ笑みが消え、冷徹(れいてつ)なものになる。


「もったいぶってないで用件を言え」

「あちらをご覧くださいっ!」


 巨大な虫がバルコニーの外へ移動していくと、眼下には巨大な黒い穴が広がってた。

 しかしその穴は徐々に(ちぢ)み、小さくなって見えなくなっていく。


「やられましたっ! ルキフールめは魔界のゲートを閉じた模様ですっ!

 このままでは数多くの友軍が現世に取り残されますっ! 急いで向こうと連絡をとらなければ……!」


 ヴェルゼックは乱暴に虫をつかみ取り、あらぬ方向へと投げつけた。

 虫は床や壁に叩きつけられながらも、逃げるようにその場を去っていった。


 残されたヴェルゼックは1人、ニヤリとゆがんだ笑みを浮かべた。


「やはりそう来たかルキフール。

 だが、予測済みだ。しょせん奴らは捨て駒。生きようが死のうが、この俺には関係ない。

 ひとしきり暴れたら、魔界に帰って一休みするだけだ」


 ヴェルゼックは高笑いしつつ、バルコニーをさっそうと歩いていった。





 コシンジュの棍棒を受け止めたファルシスだったが、単なる物理剣にすぎない彼の剣は容易にはじかれる。

 倒れ込みそうになったところを転がって体勢を立て直した。


 コシンジュの追撃は止まらない。

 すばやい動きで即座に詰め寄ると、棍棒を2,3振り。ファルシスはそれを左右にかわす。

 そのあとにできたわずかなスキを狙い、いつの間にか拾い上げた剣を横から振るう。

 コシンジュは剣を棍棒で受け止めると、光にはじかれファルシスは回転しながら後方に下がる。


「はははっっ! なかなかやるではないかっ!

 遠目から見た映像とは格段に動きがちがうっ! それでこそ張り合いがあるというものだっ!」

「余裕ぶっこいてる場合かっ!

 そいつ、ただの普通の剣じゃねえか! どうせ恐ろしい武器でも持ってんだろっ!

 あれだろ、魔剣とかいうやつっ! 魔剣だせ魔剣をっっ!」


 コシンジュの罵声(ばせい)にファルシスはマントをひるがえし、剣を横に向けた。


「それほどまでに余の本気を見たいと言うか。

 いいだろう、小手調べはここまでだ。

 魔剣が見たいと言うのなら、見せてやろう」


 そして周囲を見回した。


「そこにいる人間どもっ! もっと後方に下がれっっ!

 スターロッドたちはもっと安全な場所に避難しろっっ!」


 大規模な攻撃がやってくるに違いない。そう思ってコシンジュは身構える。

 同時にファルシスのかかげる剣が、黒々としたオーラにつつまれた。


「おいおいっ! 出るぞっ!

 コシンジュちゃん! 殿下を本気にさせてお前大丈夫かよっっ!」


 ベアールが仲間とともに横方向に移動する。

 コシンジュは上を向かず、目の前の相手に集中する。


 ファルシスの剣にまとわりつくオーラが、どんどん巨大化していく。

 やがて彼の背丈を大きく上回るほどのオーラが、次第に形をなしていく。


「うおぉぉぉぉ……、おい、これ、冗談じゃねえぞ」


 魔剣と聞いてどれほど恐ろしい武器が現れるのかと警戒していたが、現れた武器はコシンジュの想像をはるかに上回っていた。

 剣の全長はファルシスの背丈の2倍にもふくれ上がり、あり得ないほど太くなった刀身には無数の太い針が飛び出している。

 剣先は途中からしなり始め、先端は地面に押しつけられるほどになっていた。


 剣を横向きに伸ばすファルシスは、不敵な笑みを浮かべコシンジュに問いかけた。


「これがお望みの魔剣と言うやつだ。

 余はこれに『巨獣の尾(ベヘモス・テイル)』と言う名をつけている。

 どうだ、見ただけで受けた傷の痛みが想像できるであろう」

「えげつねえ……えげつなさすぎるぞっっ!

 こんな武器を持ち込むような奴がまとものな神経なんかしてるわけがねえっっ!」

「おいっ! ファルシスを愚弄(ぐろう)するのはやめろっ!

 それはあくまでこやつの圧倒的魔力を具現化したものであって、その性分を反映させたものではないぞっ!」


 あらぬところから罵声(ばせい)を浴びた。


「よいのだスターロッド。

 たしかに余は理性によって世をおさめることを好むが、かといってなまやさしい考えを抱いているわけではない。

 お前とは違い、目的のためなら非情になることもできる。

 互いの正義がかみ合わぬのもいたしかたなかろう」

「お前が正義を語るなっ!」


 コシンジュが横向きに棍棒を構える。


「コシンジュ、お前のほうこそどうなのだ?」


 ファルシスも同じ構え方をすると、巨大なムチの先端が大きくしなり、うなだれているようにも見える。

 コシンジュは相手の問いに「なんだと?」と答える。


「魔界に安定をもたらさんとする我々の政策が、よしんば間違っているとしよう。

 余がお前に道をゆずり、城の者たちを成敗させたとしよう。

 しかしそれでこの国の者どもは、真に満足するのか?」

「なにが言いたいんだよっ!」


 ファルシスの視線が、相手を見下したものになる。


「貴様は神に選ばれた勇者だ!

 しかし同時に、はるか昔に自分たちを追いだした北の民の子孫でもある!

 勇者によって国は救われるが、同時に北の子孫であるお前のことを、救国の英雄としてあがめたてまつらねばならん!

 内なる憎悪を心の底に押し込めてだ!」

「仕方ないだろっ!

 お前らがゾドラを支配して戦争を起こすよりましだっ!」


 するとファルシスは不意にニィッ、と笑った。


「ああ。お前が生きているうちは、戦争は起こらなくなるだろう」


 コシンジュは言われてはっとした。ファルシスは続ける。


「あるいはお前が亡きあと、その威光がいまだかがやいているあいだはな。

 だが、その光さえ消えうせた後は、どうなる?」


 コシンジュは一瞬目が泳いだ。

 そのあいだに、ファルシスはいきなり横方向に巨大な剣を払った。

 コシンジュはあわてて棍棒を横に向けると、まぶしい光とともに無数のトゲを受け止めた。

 耳元で何かがジュウジュウとわずかな音を立てている。


「さすがは神の武器だ。

 ベヘモス・テイルを平然と受け止めるばかりか、その一部を焼きこがしてしまうとはな。

 だがそれで余の攻撃を受け止めたとは言い切れないぞっ!」


 ファルシスが手元をひょいと横に動かすと、後方の剣先が大きくしなった。

 それが後頭部へとやってきて、コシンジュは「うひゃぁっ!」とあわててそれをかわした。


「なんとかよけきったか。だがこれならどうだっ!?」


 今度は巨大な武器を軽々と大きく上に持ち上げる。

 そしてまっすぐ叩きつけてきた。

 コシンジュはあわてて棍棒を上に持ち上げると、ものすごい重圧が両手にのしかかって来た。


「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 もっとも神々の棍棒の力により負担は少ないが、ファルシスが思い切り剣を引っ込めるとさらに重い重圧がのしかかり、コシンジュは腕を離しそうになる。

 持ち上げる両腕に力を込め、必死に歯を食いしばる。


「お前がもっと(よわい)を重ねていれば、より持ちこたえるであろうな!

 だがその子供としての体格では、あまりに力不足っ!」


 なんとか剣が先端に近づくまで持ちこたえたコシンジュだったが、今度はファルシスが抱えるように両手で剣を取った。

 なにをするつもりかわからなかったが、今度は鋭い無数のトゲを持つ刀身を力いっぱい押しこんだ。

 トゲの先端が棍棒に引っかかり、コシンジュの身体自身が真後ろに引っ張られる。

 コシンジュは顔に恐怖を現した。

 後方にあるのは、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)


「ぬわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 コシンジュは必死に棍棒を上に押し当てる。

 すると巨大なトゲトゲが持ち上げられ、コシンジュはそのスキに横に転がった。

 巨大ムチは地面にたたきつけられる。


 しかし今度は横向きに倒れ、スライドして寝そべるコシンジュに向かってきた。

 コシンジュは半身を起こして棍棒の先端を地面に押し付けると、それでも魔剣は強引にコシンジュの身体へと押し迫る。

 光に混じって黒い煙を発生させながらも、刀身がどんどんコシンジュの足元に近づいていく。

 棍棒の光にやられ半分くらいが溶けかかる頃には、先端がコシンジュのすねの目の前に迫っていた。


 コシンジュはタイミングを見計らい、棍棒に全体重を預け、その場を飛びあがった。

 その瞬間にトゲのかたまりが真っ二つに折られ、コシンジュの片足があった場所を勢いよく通り抜けていく。

 その場にいた全員が安堵(あんど)のため息をついた。いや、ファブニーズだけは例外だったが。

 ファルシスは剣を上にあげると、2つに折られた刀身の先端を見上げた。


「へし折られてしまったか。まあいい。

 ここは道幅がとられているとはいえ、巨大な武器を振りまわすには広すぎる。

 これくらいでちょうどいいか」


 すると、コシンジュのそばにあった件の先端部分が、シュウシュウと言う音を立てて、ただの黒い霧と化していった。

 コシンジュが思わず前方を見据えると、前に掲げたファルシスの剣の折られた先端が修復され、新たなトゲが発生する。


「ベヘモス・テイルは魔力で造られた武器にすぎぬ。

 時間はかかるが、このように自在に剣を伸縮(しんしゅく)させることも可能だ」


 短くなったファルシスの剣は、それでも彼の身長を超えるぐらいの長さをほこる。

 剣がまったくしならなくなったぶん、相手にとっては取り回しが容易になるだろう。

 コシンジュが再び剣を構えると、ファルシスは不意に声をかけてきた。


「そう言えば話の途中であったな。

 この国の人間がお前たち北の民に憎悪を抱いている限り、今でなくともいずれは必ず2つの大陸で大きな争いが起こる。

 人のまま生涯(しょうがい)を終えるお前ではそれを止めることはできん」

「方法はある!

 この国の人たちが不満に思っているのは、生活が苦しいからだ!

 そして自分たちの苦しみの原因がオレたちにあると思っているからだ!

 じゃなきゃなんでお前らじゃなく、オレたちのほうに怒りが向いてるんだ!」

「なるほど、帝国の民たちの生活が向上すれば、いずれは北の民に対する不満がなくなると?」


 コシンジュがうなずくと、ファルシスは少し横を向いて「ハッ!」と笑った。


「もう1つ問題があるぞっ!

 北の民どもが、真実を知らないことだ!」


 正面を向いたファルシスに問いかけられ、コシンジュは思わず「なんだと!?」とつぶやいた。


「お前がもし本当に正義を重んじるならば、真実は語られねばならぬ!

 お前たちですら真相を知って多大なショックを受けたと言うのに、北の民がそれを容易に信じられると思うのか!?

 たとえお前が勇者であっても、北の民どもはお前の話を聞く耳はもたんだろう!」


 コシンジュは目をそらさないながらも、思わず顔をしかめた。

 ファルシスは続ける。


「北の民の平和ボケは治らぬままだっ! それを思い知った帝国民はどう思うっ!?

 傲慢(ごうまん)な北の者どもを、力で制圧したいという欲求にかられんとは思わないかっ!?」

「ちがう! そんなことはないっ!

 人は話し合えば、きっとわかりあえるはずだ……」

「ほう、言ってくれるな。その割にはあまり自信がなさそうだぞ」


 ファルシスに見透かされ、コシンジュは棍棒をにぎる力が弱くなった。


「甘いな。甘過ぎるのだよお前は。

 人と言う者はそう簡単に割り切れることができる生き物ではない。

 お前が余の考え方に賛同出来ないのと同じくな」

「ダメッ! コシンジュッ! 奴の口車に乗せられちゃダメッ!」

「だまっていろ魔導師っ!

 お前こそ感情だけでそのようなことを口走っているだけだろうっ!」


 ファルシスにどなられ、ロヒインは押し黙る。

『彼女』にも思うところがあるのだろうか。


「よく考えてみるがいいコシンジュ。

 余が帝位につけば、大局的な視点で効率的に収めることができる。

 争いによる被害者も最小限に抑えることができるだろう。

 名君が死んだあとに愚鈍(ぐとん)(やから)が玉座につき、(おろ)かしい政策を犯すこともない」

「ようやく本音が現れたかよ……」


 魔王を見るコシンジュの目に、少しだけ怒りの火が灯った。


「止むにやまれぬ事情で始まった地上侵攻計画だが、たしかに余自身にも野心がないわけではない。

 だが、これはお前たち人間にとっても悪いことではないのだぞ?」


 コシンジュは思わず「なんだよ!?」と叫びあげた。


「余はお前たちに比べ、はるかに長寿だ。不滅なる存在と言ってもいい。

 そんな存在が世をおさめれば、よこしまな者が王になることもない。

 人々は不滅の君主のもとで、限りなく平穏な日々を過ごすことができる。

 これは素晴(すば)らしいことだとは思えんか?」


 問いかけられコシンジュは必死に首を振り続ける。


「お前じゃダメだ。お前は信用できない」

腐敗(ふはい)したベロンやゾドラの権力者たちよりましだ。

 それくらいはお前にもわかっているはずだ」

「ダメだ。お前じゃない。お前じゃ世界に平和はもたらせられない」


 コシンジュの首の振り方がおかしくなっている。

 ただただ必死に相手の言葉を否定したいだけかのように。


「話は終わりだ。

 言葉が通じぬなら、剣で無理やり言い聞かせるのみ」


 ファルシスは目を見開き、大きく剣を上に振りかぶった。


「身体で理解しろっっ!

 お前たちは、余と戦う理由を失ったっっっっ!」


 ファルシスがすばやく前に進み出ると、上から剣をたたきつけてくる。

 コシンジュはそれを受け止めるが、相手はすぐに剣を持ち上げ、何度も何度も叩いてくる。

 そのたびにコシンジュの身体に大きな負担がかかり、ヒザが徐々に震えあがっていく。


 何人かが叫びをあげるなか、コシンジュはとうとうヒザをついた。

 それでもファルシスの攻撃は止まらない。

 血走った目で、ひたすらコシンジュのかかげる棍棒をたたきつける。


 その時、ファルシスの巨大剣が黒いオーラにつつまれた。魔力が切れたのか。

 そうではなかった。

 すばやく詰め寄ったファルシスは、オーラの中から現れた普通の物理剣を突き出し、コシンジュの肩に向かって滑り込ませた。

 とたんにそこから少量の血が飛び散る。


「ぐわぁぁっ!」


 コシンジュは思わず倒れ込み、そのあいだにファルシスが目前で立ち止まり、上から剣先を突きつけてきた。

 光る先端がコシンジュののど元まで迫っている。


「……お前の負けだ。

 やはり子供としての体格では、ここまでしか持ちこたえられなかったようだな」


 コシンジュは一瞬気を失いかけたあと、ぱっと目を見開いてファルシスをにらみつけた。


「……認めねえ。

 オレは絶対、お前のつくろうとしてる世界なんて、認めねえ……」

「では人と人が手を取り合う世を信じると言うのか?

 残念ながらそれは非常に不安定な世界だ。

 一見平和に見える世界でも、心のうちに悪をかかえる(やから)によって簡単に打ち崩されるであろう」


 コシンジュはふるえる指で、ファルシスを指差した。


「お前も、お前も、ただの悪党だ……」


 ファルシスは念のため彼が握っていた棍棒を蹴りあげた。

 すぐには手に取れない位置に転がっているのを確かめて、ファルシスは剣をふるってコシンジュのそばを離れた。


「いいだろう、余の心のうちにも、悪というものがあることを認めてやる。

 だがそんな悪党にも、ベアールやスターロッドのような良心的な魔族がつき従っている。

 その事実を忘れるな」


 ファルシスはこちらを向いたまま、後ろ歩きをしながら呼び掛ける。

 コシンジュは目を離さないまま、近くに落ちた棍棒を意識した。


 見上げると、岩場にいるスターロッドとベアールが小さく首を振っている。

 よけいなことはするな。そう言いたいかのように。


 その時、ファルシスがクルリと後ろを向いた。とたんにコシンジュは立ち上がった。


「「「コシンジュッッッッ!」」」


 何人かが呼びかける声が聞こえるが、耳には入らなかった。

 棍棒を拾い上げ、全速力でファルシスの背中に向かっていく。


 棍棒をにぎる。

 効き腕は肩のケガのせいで思うように力が入らないが、関係ない。


「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!」


 コシンジュは飛び上がり、横から思い切り棍棒をふるった。

 とたんにファルシスが振り返り、なぜか何も持っていない手でそれを受け止めようとする。


 光につつまれたファルシスの手。

 しかしその手は、いつの間にか黒々としたオーラにつつまれていた。


「……余の力が魔剣だけだと思ったか!?

 甘いなっ! ついでにお前の動きも見えていたぞっっ!」


 床に尻をついたコシンジュから取り上げた棍棒をとり上げ、後ろにいるロヒイン達の方向に投げつけた。

 そして前のめりになってコシンジュの胸倉をつかむと、その身体を軽々と持ち上げた。

 少年はジタバタもがくが、魔王は動じない。


「よくわかっただろう。お前は感情的な理由で逆らっているにすぎん。

 言っただろう。お前が余と戦う理由は、失われたと」


 顔をしかめ抵抗するコシンジュを、ファルシスは放り投げた。

 少し離れた場所に叩きつけられる。

 すでに馬から降りてかけつけてきた仲間たちが向かい、介抱(かいほう)する。


「以上だ。

 諸君は余の考えと、強さを十分に理解したはずだ。

 これ以上の深追いは無用。追えば今度こそ命はないと思え」


 ファルシスの後方に、巨大な赤いドラゴンが舞い降りる。

 背の背中にはすでにベアールとスターロッドの姿があった。

 ファルシスも軽々とドラゴンの背中に飛び降り、コシンジュ達に目を向けた。


 仲間たちに介抱されるコシンジュもまた、ファルシスをにらみつけた。

 しかし肉体的にも精神的にも限界を迎えた以上、もはや奴を追うことなどできない。


 竜が翼を広げ、大きく羽ばたく。

 それとともにファルシス達の姿が上空へと上がり、見えなくなっていく。


 コシンジュ達は彼らから目をそらさぬまま、ただひたすらドラゴンが小さくなって、城に向かっていくのを見送ることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ