第31話 真の覇王~その2~
馬を借りたコシンジュ達は、断崖を切り開かれた道を急いでかけ上がっていく。
外側は奈落になっているものの、軍の行進を意識してか道幅が広くとられており転落の心配はない。
丘の上に続く城は、かけぬけてもかけぬけても早々にたどり着けない。
城は近づいてくるどころか、どんどん巨大になってコシンジュ達に押し迫るかのようだった。
「おいっっ! あの城、いくらなんでもデカすぎだろっ!?」
コシンジュの叫びにネヴァダが横に張り付いて声をかける。
「前の魔王が大陸中の人をかき集めて建設した城だからね!
なんでも魔界にある自分の城と同規模のやつを作り上げたかったらしい!
地上もまた自分の領土だと言うことを主張するためにね!」
「だからってあんなバカでかい城をつくれって話じゃないだろっ!
あんなかにパンカレの人口の半分ぐらいが余裕で住めるぞっ!」
「その通りさ!
街の中に行政区画は1つもなかっただろ!? 全部あんなかで収まってんだよっ!」
すると、前方に何かの影が舞い降りた。
コシンジュ達は急いで馬を止めると、大地に突き立てられた物体によく目をこらす。
黒々としたオーラを放つ車輪である。
「くそっ! 先越されたっ!」
見上げようとしたコシンジュの真上に、なにかがひらりと舞い降りてきた。
コシンジュはものの見事にそれをかぶってしまい、あわててそれをとり上げる。
「おろか者どもめ。
あれほど言ってやったのに、まだあきらめないつもりか」
布切れを放りあげたコシンジュは上を見上げた。
そしてしばらく黙ったあと、いきなり「ぶっっ!」と鼻から血をふきだした。
ガケの上にいたのは、ローブを脱ぎ去って胸元と脚部を大きく露出させたスターロッドの姿だった。
彼女はコシンジュを見てあきれ顔になる。
「ふぅむ、まだわらわの真の姿を見て興奮するのか。
いい加減目を慣らせい」
鼻を押さえつつコシンジュは再び顔をあげた。
「ムリですっっ! スターロッドさまっ!
そのようなおいたわしいお姿で外をうろつくのはおやめ下さいっ!」
妙に丁寧な口調になっているコシンジュを見て、スターロッドはしきりに首をかしげる。
なぜかロヒインがありえないほど声を荒げる。
「おいババァッッ! 片足を別の岩に乗せるのはやめろっっ!
お前のきわどいVラインがよけい強調されるんだよっ!」
「ほう、言ってくれるなロヒイン。
そのように顔を真っ赤にして非難したところで、わらわにはなんにも感じられんぞ」
それどころかスターロッドは妖艶な笑みを浮かべて下唇をペロリとなめ、細い指でなめらかな太ももを内側からなぞった。
顔を抑えるコシンジュの指のあいだからよけい血がこぼれる。
「やっ、やめてくださいスターロッドさまっ!
これ以上そんなハレンチなことをされたら、頭に血が上りすぎて死んじまうっ!」
「だったらわざわざガン見してんじゃねえっっ!」
ネヴァダがコシンジュの頭をはたいた。
それを見ていたスターロッドは高らかに笑う。
「ハハハハハッ! 相変わらず面白いの、お主らは。
本当に見ていて飽きぬわ」
スターロッドはさらに前のめりになって胸元に手をかけ服の端をつまみ、思わず胸が飛び出してしまいそうなほどのぎりぎりのラインでブラブラさせる。
それにつられてふくよかな胸もプルプルと動く。
「どうじゃ? 目の保養になるであろう。
それとも健全な青少年には刺激が強すぎるかの?」
コシンジュは顔を真っ赤にして必死にかぶりを振り続ける。なのに目を離そうとはしない。
あまりに調子づくスターロッドの横から、赤い騎士が飛び出した。
「いいかげんにしろってバアさんっっ! それ以上やったら本当に死んじまうってっ!」
「なんじゃベアール、止めるのかい。つまんない奴じゃのう」
スターロッドはしぶしぶ姿勢を戻して片脚も岩から下ろした。
「まったく。もし勇者クンに何かあったら、イサーシュの奴になんて説明すりゃいいんだ?」
それを聞いたロヒインが騎士に向かって問いかける。
「デーモンの騎士、たしかベアールとかいったな。
イサーシュに会って、何をしたんだ? 返答次第じゃ容赦しないが」
にらみつけられたベアールは両手を振って全力で否定する。
「おいおいやめろよ魔導師さん。
俺がそんな悪いことをする奴に見えるか? って見えるか。
いやいや大丈夫だって。ただ剣を1回交えて、思ったより使える奴だなって感心しただけだって。
その時俺は変身してたから向こうも正体わかってないし!」
「雑談している場合か?
いらぬ話をしてばかりいないで、さっさと用件を言えばいいだろう」
今度は後方から巨大なドラゴンの頭が現れた。
もちろん一本角は途中で折れている。
「げ、ファブニーズも来やがったのかよ。
正直、お前とは会いたくなかったんだけど」
「勇者コシンジュ、それは私とて同じだ。
お前にあえば今でも額の角がうずく。復讐が許されない現在でも、当時のことが昨日のように思い出されるわ」
見上げるネヴァダが警戒ぎみに彼らを見上げる。
「魔界の長3人衆がそろい踏みか。ということは……」
岩山の上から新たな影が現れた。
一度目にしてはいるが、やはり何度見てもものすごい緊張感におそわれる。
4人は息をのんだ。
「また会ったな。勇者コシンジュ。
今度はあまり歓迎しない再会だがな」
頭に巨大な角を生やした青年魔族が、コシンジュ達の前に現れた。
はるか上から見降ろす格好であるためか、その威厳がより大きなものになっている。
コシンジュは極度の緊張をかかえながらも、相手にまっすぐ顔を向けていた。
「魔王……ファルシス……」
名前を呼ばれた男は、かなりの高度があるにもかかわらず、岩場から飛び上がった。
コシンジュ達がいる場所に降り立っても、平然としていられるのはやはり魔族だからだろう。
ゆるやかな斜面になっているため、ファルシスと馬上のコシンジュの目線は同じである。
「ほう、たった数日で、余の姿を目にしても怖気づかなくなったか。
いったいどうやって強くなった?」
すると、ふいにファルシスが動いた。
またたく間に地面の石を拾い上げ、すばやくコシンジュに向かって投げつけた。
常人が投げた石ではない。
魔族としての高い身体能力に加え、高い技術力を持つ戦士の投げる石である。そのスピードは尋常ではない。
メウノが思わず「コシンジュさんっ!」と叫び、即座に懐からナイフを取り出してファルシスに投げつけた。
そのあいだにコシンジュは背中から即座に棍棒を取り出し、目の前に掲げた。
石がそれに当たって激しい閃光とともに砕け散る。
メウノのナイフを軽々と受け止めたファルシスは、感心した顔つきになる。
「ほう、格段に動きがよくなった。
強くなったのは精神力だけではないらしい」
上からスターロッドが声をかけてくる。
「目の色もよくなったようじゃ。
おとといまでとは違い、迷いの色が一切のうなった。
一体お主に何があった?」
「割り切っただけです。
オレはたとえどんなことをしてでも、この国の人々を守りたい。
その気持ちは、スターロッドさま、あなたにもわかるでしょう」
そう言ってコシンジュはなんとも言えない表情の彼女を見上げた。
そのあとすぐにファルシスに視線を戻す。
「だけど、まだ完璧じゃない。
スターロッドさまの言うとおり、オレはまだガキだ。
魔王ファルシス、お前と戦って勝てる自信はまだない」
そしてコシンジュはファルシスに向かって棍棒の先を向けた。
「そして、戦うつもりもない。
お願いだ、城の連中はオレたちに任せてくれ」
「断る、と言ったら?」
コシンジュは目を見開き、否定するような表情になった。
「なぜ断るっっ!?
なんで世界の支配にこだわるんだっ!?
お前が本当に正しい心を持ってるなら、無意味な争いは避けるべきだって、わかってるだろうっ!?」
「無意味な争い? それはどういう意味だ」
魔王は意味がわからないと言わんばかりに首をかしげている。
「わかってるだろっっ!
お前の野心を満足させるために、この世界の人々は存在するわけじゃないんだっ!
おとなしく故郷の魔界に帰れよっ! そんなにこの世界が好きなのかっ!?」
それを言った瞬間、ファルシスの表情がくずれた。
突然噴き出し、うつむいてプルプルしている。
「ククククク……フフフフフフフ……ハハハハハハハハハハッッッッ!」
顔をあげていくにつれ、ファルシスの笑い声は大きくなっていく。
コシンジュは思わず「なにがおかしいっ!?」と叫んだ。
「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッッッッ!
ケッサクだっ! これはケッサクだっっ! なんと愉快なっ!」
するとファルシスは笑いながら振り返って上にいる仲間たちを見上げた。
「ハハハハハッッ! スターロッドッッ! 説明不足だな!
お前はまだ、我らが戦う本当の理由を伝えていないようだなっ!」
問いかけられたスターロッドは、これまで見たことがないくらい気まずい表情をしている。
「言えるわけがなかろう。
これ以上コシンジュに、精神的なショックを与えてどうする?」
それを見たファルシスは、ふたたびこちらを向いて不敵な笑みを浮かべた。
コシンジュはなんとも言えない表情になった。
「なにを言っている? お前らが戦う、本当の理由?」
「クククク、教えてやろう。
我らにとっても、この戦は望んで行っているものではないのだ!」
コシンジュは思わずいつの間にか下ろしていた棍棒をふたたび相手に向け、「なにが言いたいんだっ!」と叫んだ。
それを見たファルシスが、おもむろに両手を広げ、思わせぶりな笑みを浮かべた。
「お前たちも知っている知識を、あらためておさらいしてみよう。
数百年前、わが父タンサは魔王としてこの地を侵略し、大陸中を一手に収めた。
人間たちを奴隷として使役し、後ろにそびえるゾドラ城の建築も含め、この地に数多くの悲劇が刻まれた」
そしてファルシスは人差し指を真下に向ける。
目はまっすぐコシンジュ達を見据える。やがてその顔から笑みが消える。
「父タンサの動機は不純であった。
父の心にあったのは、人間と神々に対する醜い嫉妬心だった。
だからこそ、統一間もない魔界の軍勢をかき集め、平穏もままならないうちに人間たちの王国を攻めさせた。
息子として、父の蛮行には恥じ入るばかりだ」
その表情は真剣そのものだった。きっとファルシスの本心に違いない。
「父の蛮行はそれにとどまらない。
彼は人間世界のみならず、いずれははるか天空の神々の領域すら攻めようと画策していた」
それを聞いたメウノがかすれた悲鳴を上げる。
「なんと分不相応なっっ!
あまりに罰あたりな所業っっ!」
「その通りだ。
だがいくら魔王の名を冠しているとはいえ、天界を攻めるにはあまりに心もとない。
だから父は、愚かなりに考えた」
コシンジュ達がそろって息をのむのを見届けたあと、ファルシスはいまいましげに顔をしかめた。
「魔族というものは、お前たちも知っている通り人間よりはるかに長い寿命を持つ。
これだけならむしろうらやまれるべきことではあるが、魔物の生態には非常に大きな問題があるのだ」
「問題、とは?」
ロヒインの問いかけに、ファルシスは両手を軽く合わせて、上下にゆする。
「不老であるにもかかわらず、
“繁殖力がそれなりに旺盛”であることだ。
この世界の生物に比べれば多少は劣るものの、駆逐されなければどんどん数が増えてくらいには高い繁殖力をほこる。
これが魔族としての長寿と合わさると、どういうことになるかわかるか?」
「魔族の数が、あり得ないほどにふくれ上がっていく……」
ロヒインの消え入りそうな声に、ファルシスは両手を広げた。
「その通りだっっ!
ましてや魔界は父によって完全に統一され、戦や生存競争によって数を減らすことがなくなったっ!
つまり、魔界は次第に人口過密となっていったのだっ!」
そして真上に向かって人差し指を突き立てた。
「これは父タンサの思惑でもあった。
産めよ殖やせよ。そして魔界の生物を地上にまであふれさせ、数の力で天界を攻めるのだとな!
数多くの同胞が倒れることになるだろうが、その頃には魔界の人口は安定期を迎えることになるだろう」
「じゃあ、この戦いの目的は、まさか……」
ロヒインの上ずった声に、ファルシスは大きくうなずいた。
「その通りだ魔導師ロヒイン。
力による地上の支配など、同胞たちをその気にさせるための表向きの目的にすぎん。
地上侵攻の真の目的は、
“戦いによって多くの魔物を倒れさせ、魔界の生態系を少しでも安定させる”ためだっっ!」
それを聞いていたコシンジュがいきなり声を張り上げた。
「ちょっと待てよっ! おかしいじゃねえかっっ!
数を減らすために、魔族はずっと戦い続けなきゃいけないだってっ!?
そんなおかしい話があるかっっ!」
「落ち着いてコシンジュさん!
ですが彼の言うとおりです。
あなたたちには、戦争以外で魔物たちの数を減らす方法を見つけられなかったんですか?」
「父の計略がもう少し慎重であったなら、このような手荒な手段に訴えることはなかったであろうな。
しかし、前勇者を筆頭とする人間たちの反抗で、並みいる魔族たちを率いるべき上級魔族たちが次々と世を去った。
それによって魔界は大混乱におちいり、我ら魔族の首長がうまくおさめようとしても、狂乱する魔族たちを抑えることはできなかったのだ」
ファルシスは最後にコシンジュのほうを向いた。
「どうだ? これでわかっただろう。
我らは退くわけにはいかぬ。進めばこの世界の命が多く失われるであろう。
しかしそれを拒めば、魔族の数は膨れ上がり、魔界は壊滅的な打撃を受けることになる。
情は薄いとはいえ、我らは故郷の現状を放置するわけにはいかないのだ」
コシンジュはうつむいたまま、消え入りそうな声でつぶやき始めた。
「オレ、ずっとカン違いしてた。
お前はずっと、人々を力で支配するために、この世界にやって来たんだって。
いままで戦ってきた魔物たちは、人間を見下し奴隷にするためにこの世界に押し寄せてくるんだって……」
そしてコシンジュはバッと顔をあげた。
「なあっっ! 教えてくれよっ!
オレたちが今まで戦ってきた魔族は、自分たちが生き残るためにこの世界にやって来たのかっ!?
自分たちの種族を混乱から守るために、わざわざこの世界にやってこなきゃいけなかったのかっっ!?」
切実な訴えに、ファルシスの様子が変わった。
その目は、相手をいたわっているような感じがする。
「コシンジュよ。
ほとんどの魔族は、お前が以前思っていた通り、たんに人間を見下し、支配しようと企んでいたにすぎない。
余ですら虫唾が走る、己の欲に従うみにくい化け物たちだ」
そして悲しげな表情で、ぼう然と空を見上げる。
「だがたしかに、中には問題に真摯に向き合う者もいたかもしれんな。
種の存続を願い、己の命をかけて余に忠誠をつくした者たちが」
コシンジュはうつむき、棍棒をのっている馬のたてがみにそっと乗せた。
それを見たロヒインが静かに「コシンジュ……」とつぶやく。
顔を戻したファルシスは言った。
「そういうことだ。我らとて決して引けぬ理由がある。
城の者たちは我らに任せ、お前たちは街へ、いや故郷へと引き返せ」
「そんな、そんな私たちは。
私たちはいったい、何のために……」
メウノがいまだに現実を受け入れられずに、静かにつぶやいている。
「……ダメだ……やっぱりムリだ……」
全員が声のする方向を向いた。
コシンジュが、ゆっくり顔をあげてファルシスをにらみつける。
「人口を減らすために戦争が必要?
戦って死なせなきゃ魔界の生態系が安定しない?
そのためにこの国を完全に支配し、帝国民を安心させるためにやがては北の国に攻め込む?」
コシンジュは怒り心頭の面持ちで、ファルシスに向かって棍棒の先を向けた。
「ふざけんじゃねぇぇっっ!
そんなバカな理由で、オレたちの国をお前らに荒らさせるわけにはいかねえんだよっっっ!」
ロヒインが思わず「コシンジュッッ!」と叫んだ。
見ると、喜んでいいのかどうかわからない複雑な表情をしている。
「ダメだ、やっぱり納得できない。
魔族の問題は魔族だけで解決しろ。勝手に人間を巻き込むんじゃねえ」
「望んでの戦ではない。
魔族の争いに人間を巻き込もうというのは、かつてお前たちが屠った幻魔兵団の総帥たちの考え方だった。
これからはそうはなるまい」
それでも、コシンジュはなにも言わずに相手をにらみ続ける。
「被害は我らが知略により最小限に抑えるつもりだ。
いや、言い訳はすまい。
余はただ、己が信じる戦うべき理由に、ただ従うだけだ」
そしてファルシスはゆっくり剣を抜き始めた。
「お前たちをこの先へ進ませはせん。
どうしてもと言うなら、余は未熟なお前に力を見せつけねばならん」
コシンジュは馬を巻き込まないため、馬上をスタッと降りた。
そしてコシンジュは棍棒の先を突きつけながら前へと進む。
「甘く見るなよ。オレの帝国への怒りは消えてない。
命がけで戦えば、お前にケガを負わせることくらいはできるはずだ」
「やはり……争いは避けられぬか。
これもまた、魔王と勇者の血族としての定め、ということか……」
ファルシスもまた、己の剣先をまっすぐコシンジュに向ける。
上空では、スターロッドとベアールがともに頭を抱えている。
「なんということじゃ。
両者ともに望まぬ戦いが、とうとう巻き起ころうとしておる」
「なんでだよっっ!
なんでそれぞれの守りたいものが別々なだけで、2つの正義が争わなきゃいけないんだっっ!?
こんなのおかしいだろっっ!」
ベアールは神々をうらむように、まっすぐ上空を見上げる。
「そこまでして殿下を止めたいのかよっっ! 天空にいる連中はっっっ!」
ガケの下では、メウノがうつむいてひたすら神々に祈りを捧げている。
ぼう然とコシンジュとファルシスを見つめるロヒインの横で、ネヴァダが声を張り上げた。
「大丈夫だっ! 強くなったいまのお前なら、決して魔王には負けない!
遠慮しないで全力で立ち向かえっっ!」
それを合図にしてか、ファルシスはコシンジュに向かって手招きをした。
「助太刀は無用っっ! 来いっっ!
この完全無欠の魔王たる余が、遊んでくれるわっっっ!」




