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第30話 ターニング・ポイント~その4~

 コシンジュの冒険譚(ぼうけんたん)は、自身の生い立ちから始まった。

 それだけで少し時間が経ってしまい、まわりにはいつの間にか少女たちが出てきて、それぞれ遊びやおしゃべりに興じている。


 それでも、クリサは興味しんしんに聞いてくれていた。

 コシンジュは話を続けながら、内心深く感心していた。


「……で神様たちがとりだしたのが、この棍棒なんだ。

 オレも親父もイサーシュもてっきり剣だと思ってたから、それこそビックリしちゃって。

 こりゃあ使えないなと思って、親父もイサーシュもあっけなくオレにゆずったし。

 だいたい神様自身もオレを名指しで受け渡してきたし。

 あ、これ、オレって腕前じゃなく、性格で判断されちゃってるなって。望んでなった勇者だけど」

「あははははははははははっっっ!」


 クリサが腹をかかえて笑いだす。

 コシンジュは不機嫌になりながらも、しょうがなく話を続けた。





「……で結局、ロヒインは心が女だとわかったわけだ。

 この話本人の了解なしで話しちゃってよかったかな?」


 屋敷のほうに目を向けると、ロヒインが心配そうな顔でこちらをのぞき込んでいる。

 すると横からマージが出てきて、肩をたたいて振り向かせると、ゆっくり首を振っている。

 どうやらこのままそっとしてくれるらしい。

 クリサが同じ方向を向きながら肩をたたいてきた。


「ねえ、ひょっとしてさ、コシンジュの好きな人って、つまりはあの魔導師さん?」


 コシンジュは迷っていたが、やがて小さくうなずいた。


「何それっ! 気持ちわるっっ!」

「気持ち悪いは偏見(へんけん)だっっ! 彼女は心が女だからいいんだっ!

 それにいざという時は変身してくれるから何も問題はないっ!」

「やだ、冗談だってば。

 だいたいあたしにそんなこと言う権利なんかないって」

「それ、やめろよ?

 お前だってやむにやまれずそういうことしてたんだから、気に病むなって」


 コシンジュが少し怒ると、クリサは照れ笑いを浮かべ、頭に手をやると「わり」とつぶやいた。

 コシンジュは少しだけ笑ってうなずく。





 昼食の際にも、クリサはコシンジュの話を聞きたがった。

 マージのほうをうかがうと、相手はこう言った。


「すまない、まだいい手は思いついていない」


 何かふくみのある言い方だった。

 ひょっとしたら、これこそが彼の作戦なのかもしれない。そう思いつつ、コシンジュは話を戻した。


「んで、なんと盗賊(とうぞく)の正体は姫さまだと判明しました。

 一同びっくり仰天!」


 すると、まわりからいっせいに「「「えぇ~っ!?」」」と言う甲高い声がひびく。

 それに気を良くしたコシンジュは、ますます饒舌(じょうぜつ)になっていく。


「ロヒインが、なんでそんなことするのかって問いかけたんだ。

 なんで一王国の立派なお姫さまが、隠れて盗賊になったかと言うと……」





「……恐ろしいことに、そいつは、そいつは自分たちがいるまさにその城の中で、命を落とした連中だったんだっっっ!」


 少女たちがいっせいに「「「きゃあぁぁぁぁぁっっ!」」」と悲鳴を上げる。

 いつの間にかコシンジュは話を聞きたがる少女たちに取り囲まれていた。


「オレは奴に問いかけた。

『殺されたのはずっとずっと前の話だろ! なんで今さら見ず知らずのオレたちに矛先を向けるんだ』って。

 するとなんて言ったと思う?

『恨みを晴らす相手がいなければ、生きているすべての人間を憎むまで』っっっ!」


 少女たちは頭を抱え、「「「いや~~~~っっ!」」」と叫んだ。





 レイスルのくだりが終わると、コシンジュはしばらく休憩(きゅうけい)をとることにした。

 少女たちとともにコシンジュがその場を立ち上がると、誰かに腕をつかまれた。

 振り返ると、ロヒインがうらみがましい視線を向けてくる。


「なんだよ。さっきのセリフ、本当はオレが言ったんじゃないとかいうなよ?

 俺だって当時のこと詳しく覚えてるわけじゃないんだからな?」

「そうじゃないよ。

 コシンジュ、キミわたしが同性愛者ってことバラしたでしょ。

 おかげでさっきから質問攻めにあってるんだけど?」

「気にしてどうすんだよ。

 性のことで悩んでるのは自分たちだけじゃないってわかったら、偏見(へんけん)なんてなくなるだろ?」


 そう言うと、ロヒインはあまり生えていない頭髪をさらっとかきあげた。


「いいけど。

 それより、コシンジュひょっとしてあのクリサって子に気があるでしょ?

 ちょうどコシンジュと同い年だからな~」


 思い悩む顔で腕を組むと、コシンジュはあわてて否定する。


「そんなんじゃないって!

 たしかにいい子だけど、はっきり俺はロヒインのことが好きだって伝えたから」


 思わぬ発言に目を大きくしたロヒインだったが、顔を赤らめながらもジト目を向ける。


「でも、精神年齢は高そうだよね。あの子」


 コシンジュは困った調子で後ろ頭に手をやる。


「確かに、歳の割にはしっかりしてるよな」

「いろんなこと知ってそうだしね」


 コシンジュが「やめろよ!」と言った時、こそっとクリサが近寄って来た。


「コシ~ンジュッ!」


 腕をつかまれたコシンジュは不意をつかれて本当にびっくりした。


「や、やめろよっ! おどかすなよっ!」

「なによそんなにびっくりしちゃって、あっち行こうよ。

 みんなが呼んでるよ?」

「え? だっていま休憩に入ったばかり……」


 コシンジュが否定するにもかかわらず、クリサは「いいからいいから」と言って腕をゆさぶり、無理やり引っ張り上げる。

 どんどん引き離されていくコシンジュは、明らかに不機嫌になっているロヒインに向かって力なく手を向けた。





「ほら、新しい服を用意したぞ。みんな、これに着替えるんだ」


 マージがテーブルに広げた衣服は、みんな粗末なものではあったものの町の子供たちも着ているようなごく普通のものであった。

 それを見た少女たちはわれさきにそれらをとり上げようとする。


「こらこらっ! みんな順番だってっ!」


 クリサがみんなをしかりつける。

 すると少女たちは少しずつおとなしくなり、年少者から順番に自分に似合いそうな服を物色していく。


「へえ、クリサはみんなのお姉さんなんだな」


 コシンジュに言われ、相手は浅黒くもきれいな肌をしたほおをポリポリとかいた。


「店の連中はみんなろくでなしだったからね。

 あたしみたいな年長者が、しっかりみんなを引っ張ってあげないと」


 そして少女たちを見ながら、クリサは深いため息をついた。


「はやい奴は15か16で一般の娼館に送られる。それと同時に稼ぎも一気に少なくなる。

 あたしももうすぐそうなる予定だった」

「ひどい世界だな。若ければ若ければいいなんて、なんてふざけた話なんだ」


 コシンジュの深刻そうな顔にクリサは振り向き、眉をひそめながらも笑みを浮かべる。


「でも、もうすぐ終わる。

 コシンジュが城のろくでなしどもをやっつけたら、あたしたちはこれ以上ふざけた仕事をしなくて済むんでしょ?」

「ああ、そうする。絶対にそう言う世の中にしてみせる」


 ふと横に目を向けると、ブレベリが母ネヴァダに向かって服を胸に当てている。

 それに喜んだネヴァダがヒザを曲げ、頭をなでなでしている。ブレベリもまたにっこりしていた。


 少女たちが着替えるということで、コシンジュとマージは部屋を追い出された。

 2人で紅茶を飲んでいると、なぜかロヒインの姿が現れる。


「あれ? ロヒインまで追いだされたの?

 お前が男女だってことは受け入れてくれたのに?」

「なんとなく、雰囲気的にアウトなんだってさ」


 ふてくされたロヒインはすぐに部屋のすみにあるソファーに腰かけ、そのまま目をつぶってしまった。

 そのあいだにコシンジュは先ほどの話の続きをうながす。


「で、マージさん。

 本当にこの方法で、オレの潜在能力は引き出せるのか?」

「何度も言わせないでくれ。

 まだ方法は考えついていない。不安に思うだろうがもう少し待っていてくれ」

「時間がないんだぞ。

 このままじゃ旅の話をあの子たちに言い聞かせたまま、魔王軍がこっちにやってきちまう」


 するとティーカップを置いたマージが、のほほんとした笑みをこちらに向けた。


「いいではないか。

 彼女たちはお前の話を、心のそこから楽しんでいるんだ。

 その望みにこたえてやるのも、君の勇者としての役目じゃないかね?」


 コシンジュはぶぜんとしながらも、横に目を向けつつティーカップをすすった。

 その時扉が開かれ、クリサが普通の服を着て両手を広げ、クルリと回転する。


「あはは、やっと普通の格好に戻れた。どう、コシンジュ?」


 コシンジュは少し見惚れたあと、納得してうなずいた。


「その方がいいよ。その方が、ずっと似合う」

「あ、そう? ありがと」


 クリサは顔を赤らめ、黒い前髪をさらりとかきあげる。

 同時にロヒインがガバッと起き上がり、いぶかしげな視線を向けた。

 2人はあわてて顔をそむける。マージはそれを見て笑った。





 夜になり、夕食になってもコシンジュの話は止まらない。


「そんな。そんなにひどい王様なら、助けたって意味ないじゃん」


 クリサに問いかけられ、コシンジュは神妙な面持ちになる。


「わかってる。だけど、あいつもオレと同じ人間だ。

 そう思ってたら、どうしても助けずにはいられないと思って」

「そんなこと言って、ゾドラのろくでなしにも手加減するつもり?

 そんな余裕こいてたら、コシンジュ、すぐにやられちゃうよ?」

「クリサ、話をすり替えようとするな。

 せっかくメインイベントのドラゴンの話なんだから、もっと話を盛り上げろよ」


 ここでブレベリが声をあげた。


「そうそう、わたし、そのあとドラゴンとどうなったか知りたいっ!」


 彼女の声にあわせ、少女たちがうなずく。

 コシンジュはうなずき返した。


「そう、だからオレは王様の前に立った。

 するとファブニーズは思い切り息を吸い込み、こちらに向かって炎のブレスを吐きかけたっ!」


 少女たちが息をのむ。

 コシンジュは両手をにぎり、前に向かってかかげた。


「だけどオレは信じた。

 大丈夫、この神様の武器が、すさまじい炎から守ってくれるって。

 すると、自然に炎はオレの前方だけをよけていき、同時に後ろの王さまの身をも守ってくれた。

 オレはビビりまくる王さまをどなりつけながら、徐々に前のほうへと、ゆっくり、ゆっくり近づいていった……」





「……そしてファブニーズが額のでっかい角を突き出してきた!

 オレはなんとかそれをかわして、床に突き刺さった角の先端に向かってドンッッ!

 奴の巨大な角はそこからポッキリと折れて、その痛みのあまり竜王はあわてて逃げて行きましたとさ」


 適当に話を切り上げ、コシンジュは両手を広げた。

 その瞬間、話を聞き入っていた少女たちはいっせいに拍手を送る。


「いや~いや~、どうも。

 つたない話をここまで聞いていただき、まことにありがとうございま~す」

「みんな、今日の話はここまでだ。続きはまたの機会にしたまえ」


 マージの声に少女たちは「ええ~?」と言いながらも、おとなしくそれぞれの寝場所に向かっていく。

 なんだかんだいってみんな長話で疲れているようだ。

 実はファブニーズとはそのあともやり取りが続くのだが、それをわかっているからこそこの場は適当にごまかして後日修正するつもりだった。


「ちょっと、話は後日ってわかってるけど、そのあと王国はどうなったんだよ。

 うわさによると革命が起こって王家は解散したみたいだけど、ヴィーシャ姫はいったいどうなっちゃうわけ?」


 コシンジュはクリサに向かって首をすくめた。


「それに関しちゃもう少し話があるんだけど、またの機会だ」


 すると、クリサはコシンジュの腕をつかむ。結構力強く握る。


「マージさんの話によると、魔王軍が攻めてくるのは明日なんでしょ?

 そしたら、コシンジュ、コシンジュ……」


 ほんの少しだけ、声がふるえていた。

 コシンジュは真剣な表情でまっすぐ相手を見て、その肩に手をかけた。

 華奢(きゃしゃ)なぬくもりに少し緊張する。


「大丈夫。オレは絶対に帰ってくる。

 そしたら、絶対に話の続きを聞かせてやるから」


 相手もこちらを見つめ、しっかりとうなずいた。


「絶対、絶対帰ってきてよ。楽しみに待ってるから」

「いろんな人に同じこと言われてんだよ。

 今日話した人たち以外にも大勢いる。その人たちの期待は絶対裏切れない」


 それでもクリサはコシンジュから目を離そうとしなかった。





 明かりが消え、みんなが寝静まると、急に現実がおそってきた。

 夜が明ければ、マージの話通り魔王軍が押し寄せ、ゾドラ城は手薄になる。

 城を攻めるチャンスは一度しかない。


 しかも魔王たちが攻め込む前に、自分たちは潜入しなければならないのだ。

 はやくしないと奴らに手柄を取られてしまう。


 コシンジュは身体を丸め、必死に内なる恐怖と戦う。

 しかしどんな考えをめぐらせても、その想いはいっこうにぬぐい去ることができない。

 今夜は一睡(いっすい)もできそうにない。


 コシンジュは少しでも気を(まぎ)らわそうと、立ち上がってあたりをうろつき始めた。

 真っ暗なため歩きにくいことこの上ないが、それでも前に進まないと頭がどうにかなってしまいそうだった。


 その時だった。部屋のすみから、「ひいぃぃっっ!」という叫び声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だ。コシンジュは警戒して忍び寄ると、窓枠にネヴァダとブレベリらしき姿があった。

 彼女たちは起き上がり、母親は必死に娘の背中をさすっている。


「お母さん……こわい、こわいよぅ……」

「大丈夫、もう心配しないで、大丈夫、大丈夫だから……」


 2人とも、明らかに泣いている声だ。

 耳をすますとすすり泣きすら聞こえてくる。


 それを聞いて、コシンジュの中で何かが目覚めた。

 静かにその場を戻り、用意された自らの毛布にくるまる。

 暗闇の中だが、顔ごとおおった。

 なにがあっても、いまの表情を見られるわけにはいかない。


 コシンジュはそばにあった棍棒を手に取り、力一杯に握る。

 頭の中でいっぱいになった、目を覚ましつつある怒りを自覚しながら。





「コシンジュの奴、先に外に出てるみたい。

 あたしにあいさつもしないで行くつもりだったのかも」


 クリサに案内され、ロヒインはメウノ、ネヴァダ、そしてマージとともに階段を下りる。


「結局、策は思いつかなかったんですか?

 このままだと、コシンジュは恐怖のあまりちぢこまってしまいますよ?」


 責め立てるような感すらあるロヒインの発言に、マージは首を振った。


「いや、これでいいのだ。

 極限状態に追い込まれた人間は、それこそ真の力を発揮することができる。

 私がわざわざ手を下さなくても、彼は目覚める。

 大丈夫、長い軍歴の中で、私は似たような光景を何度も見てきた」


 ロヒインはそれでも納得できない様子だった。

 そうしているうちに、5人は屋外に出た。


 コシンジュはいた。

 草木が生えないためそれを模した彫刻(ちょうこく)が立ち並ぶなか、彼はそのど真ん中につっ立っている。


「コシンジュ君、準備はできたかね?」


 マージの声に、彼はゆっくりと振り返った。

 一同はおどろいた。コシンジュはおびえるどころか、顔にはこれ以上ない不敵な笑みを浮かべている。


「コシンジュ君、大丈夫なのかね?」


 マージの問いに声は発さず、横にある彫刻に目を向けた。

 そして素早(すばや)く背中の棍棒を取り出すと、あり得ない速さでかけぬけ、飛びかかった。

 そしてまっすぐ彫刻に向かって棍棒をたたきつける。


 激しい閃光。5人は一斉に手で顔をおおう。

 光がやんで手を戻すと、コシンジュのそばにはバラバラになった彫刻の破片が散乱していた。

 メウノがおどろいた声をあげる。


「なんて威力。いままでは無生物にまったく反応していなかったのに」

「それだけじゃない。

 コシンジュのいまの動き、まるでイサーシュみたいだった。あの人の姿がだぶって見えるなんて……」

「すごい。コシンジュ、こんなに強かったんだ……」


 ロヒインとクリサの声を聞いたネヴァダは、意気揚々と声を張り上げる。


「準備はできたみたいだね。

 いまのあんたなら、間違いなく連中に勝てるよ!」


 コシンジュは不敵な笑みをふたたび皆に向けた。


「こう考えることにした。

 相手が人間だと、棍棒は威力が弱まる。そこを容赦(ようしゃ)なく叩いてやる。

 もし打ち所が悪くて死んじゃったしても、それは神々が与えた天罰(てんばつ)にすぎないってな」

「ふふ、あんたらしいね。

 でもそれで自分の力を引き出せたんなら、もう問題はないよ」


 それを聞いてうなずいたマージが、コシンジュに正面を向いて、声を張り上げた。


「行けっっ! 神々に選ばれし戦士よっっっ!

 城に巣食う悪党どもを打ち破り、偉大なるゾドラ帝国にかつての平和を取り戻せっっっ!」


 コシンジュは意気揚々と肩にボンッ、と棍棒を担いだ。

 ロヒインとメウノは互いの顔を見合わせてうなずき、ネヴァダは拳を反対の手のひらで打ち鳴らした。

 クリサだけが、不安そうな顔で目をつむり、うつむいて両手を組んだ。


「天にまします我らが神々よ。

 このけがれたわたしの声をどうかお聞き届けください。

 勇者たちの身を守り、我が国に平穏を取り戻す、その手助けをしてやってください……」


 みんなをいちべつしたあと、コシンジュはクルリと方向を変えた。

 黒々とした異様な造形の城が、空を覆う暗雲に向かって真っすぐそびえたっている。

 コシンジュはそれをにらみつけ、1人つぶやく。


「待ってろよ、城のろくでなしども。

 そして魔王! お前の手柄はすべてオレがいただくっ!」


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