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第30話 ターニング・ポイント~その1~

※本作は全年齢対象のつもりですが、この回はかなりきわどい表現が出てきます。

 ずいぶん迷ったのですが、主役たちのモチベーションを引きあげるため、そして国際的な社会問題でもあることを踏まえ、あえてこの表現としました。

 不快に思われる方がいましたら心よりおわび申し上げます。

 ちなみに筆者は漫画・小説などでの性描写には寛容派です。

 天界では、4つの神が集まり泉の周りを囲んでいた。

 フサフサの長髪の神クイブスが泉の中の光景を見て発言する。


「魔王ファルシスは大軍でもって地上を侵攻する計画から、帝国の住民たちを懐柔(かいじゅう)することで実質的に支配する方針に切り替えた。

 奴は先代とはまったく異なる性格の持ち主のようだ」


 短めのフサフサであるアミスが目を閉じて顔をしかめる。


「非常に憂慮(ゆうりょ)すべき事態だ。

 この方針でなら、奴らの計画が成功する確率は非常に高くなる。

 果たしてコシンジュ達にこの流れを止めることはできるか」


 クイブスがアミスの方向を向いた。


「天界からは魔界の動向をうまくつかむことはできん。

 ファルシスの情報をうまく集めることができなんだが、現世での奴の活躍には(おどろ)かされた。

 あの実力、父親よりかなり上だぞ」

「上どころか、比べ物にならない。

 正直闇の君主ごときにあれほどの実力があるとは思わなんだ」


 言いながら、アミスはアゴをさすりながら気まずい表情になる。


「あの実力、ともすれば我らとすら互角に渡り合えるやも……」


 突然「フンッッッ!」という言葉にさえぎられた。

 前頭部がはげ上がったフィロスは、その事実を認めたくないらしい。


「それにしてもあの体たらくっっ!

 せっかく勇者に選んでやったのに魔王をひと目見ただけで怖気(おじけ)づくとは、まったくもって見損なったわっ!」

「コシンジュ君のことか……?」


 ヴィクトルが顔をあげた。向かい合うフィロスと、少しにらみ合う形になる。


「お前が選んだ勇者、まさかあれほどのこけおどしとはな。

 お前は本当にその実力をかんがみてあの小僧を選んだのか?」


 場をなだめようとして腕を組んだクイブスが首を振る。


「仕方あるまい。今度の魔王は我々の想定をはるかに上回る実力の持ち主だ。

 たとえ実力優位で選んだとしても、奴を倒すには相当の覚悟がなくてはならん」


 顔をあげたアミスがほかの3人を見回す。


「それにしても問題だ。コシンジュ一行は早くも目的地にたどり着こうとしている。

 彼らは帝国に巣食う奸臣(かんしん)たちをも標的にしているようだが、魔王たちも彼らの命を狙っている。

 先に打ち取られるとなれば勇者たちがこれ以上実力を上げる機会は全くの皆無となる。

 魔界の軍勢もこれ以上刺客を送られる見通しもないし、実力不足のまま魔王たちと対峙(たいじ)せざる状況におちいりかねん」


 それを聞いたフィロスがうつむいて額を手で押さえた。


「それどころではないだろうが!

 あの小僧といまの魔王では実力差がありすぎるっ!

 このままではどころか、確実に小僧は魔王に敗れるっっっ!」


 それを聞いたクイブスとアミスが深いため息をついた。

 アミスが先に口を開く。


「帝国に関しては、もはやあきらめるほかはあるまい。

 乗っ取りの手順も完璧だ。帝国民は望んで奴の配下となるだろう」

「そうなれば、残るは北の連合か。

 東の大陸はもともと長年の戦で疲弊(ひへい)しておる。

 数々の猛者(もさ)がいるとはいえ、北を併合(へいごう)した後の帝国にはかなうまい」

「北の者どもが気の毒であるな。

 うらみがあるとはいえ、はるか昔の祖先の罪のせいでどのような目に会うか……」


 アミスの言葉に、クイブスは眉間を指ではさんだ。


「不可侵の(おきて)があるとはいえ、我々は無理にでも手を下すべきであった。

 さすればあのようなむごたらしい戦乱が起こることもなかったであろうに……」

「仕方がないだろう。

 まさか幸せを求めた結果、人が増えすぎて戦争になる、そんな皮肉な未来を私らに予測できるはずがない」


 ヴィクトルの言葉で3人がいっせいに目を向ける。

 アミスとクイブスは共感する目で、フィロスはいら立ちを込めた目を向けた。

 そんなことを意にも返さず、ヴィクトルは泉に目を向けて頭頂部のハゲを見せつける格好になる。


「我らに出来ることは、コシンジュ達をうまく導くことだけだ。

 この私がすでに手を打ってる。あとはどう転ぶか、静観することしかできん」





 レジスタンスの女性リーダー、レボルタに導かれコシンジュ達は狭い路地を進む。


「……くせぇ。これ、オレのよく知ってるにおいだ……」


 コシンジュだけでなく、ロヒインとメウノまで鼻をつまんでいる。


「この街もインフラが整っていないみたいですね。

 砂漠地帯なら気温が高いのですぐ乾きますが、太陽がさえぎられているここでは……」

「うぅ、正直衛生意識の強い私たちランドン国民にはこたえます……」


 メウノの発言にいきどおったコシンジュが思わず叫んだ。


「ええぃっ! アジ……目的地はまだかっ!

 これ以上こんな『ウ○コロード』なんか歩いてらんないぞっっ!」

「だまってろよコシンジュ。

 軍の連中をうまく巻いたとはいえ、さわぎを起こしたらまたみつかっちまうよ」


 そういうネヴァダは、周囲にある密集した建物を見回す。


「この国は監視社会さ。アンカーが放ったスパイがあちらこちらにいる。

 それに密告も推奨(すいしょう)され、報償(ほうしょう)も与えられる。

 よからぬことを考えている奴はすぐに見つかって、僻地(へきち)の強制労働に連れていかれるよ」

「それにしたってこの街にもレジスタンスがあるみたいじゃないか。

 あれだけの人数と装備、なかなか集めるのも大変じゃないか?」


 前を歩くレボルタが、こちらに振り返りもせずに答える。


「それほどこの街の人口が多すぎるのさ。

 見つかるかどうかは運次第だけど、軍が捕まえるのはだいたい街の犯罪者か組織の末端の連中さ」


 レボルタは突然立ち止まり、まわりを見回しながらとあるくたびれた建物へと進み出る。


「ここさ。

 ずいぶん年季の入った建物だけど、あたしたちが隠れるにはうってつけの場所さ」


 彼女はドアに張り付いてコンコンと扉をたたく。

 すると中からかすかに「アブラカダブラ」と言う声か聞こえ、レボルタは「カタアブラセアブラ」と応える。

 コシンジュはそれを聞いて半笑いになった。


「なんだよ。こんなところで現実感を喪失するくだらないダジャレネタ?

 メタフィクションはやめたんじゃなかったの?」


 レボルタは話を聞かず、丸い小扉から現れた男の顔にうなずいて扉を開けた。

 コシンジュ達をアゴでうながすと、1列になって扉の中へと入った。


 ほとんど暗闇と言っていい室内に、こうこうとロウソクの赤い光だけが灯っている。

 入口の男は部屋の隅にある椅子に腰かけていた。


「ようこそ、反帝国同盟、パンカレ支部本陣へ」


 レボルタはさっさと中央にあるテーブルの席に着いてしまう。

 残った椅子は3つしかなかったので、コシンジュ達は立ったままテーブルの反対側についた。


「我々は諸君の来訪を歓迎(かんげい)する。

 さっそく状況を説明するから、耳の穴をかっぽじってよく聞け」


 なんだか上から目線の口調に、コシンジュは思い切り毒ついた。


「なんだその態度?

 帝国の救世主に向かって礼儀もクソもないな。別に期待なんかしてないけど」

「助けてもらってその態度? いい?

 はっきり言うけど、あたしたちの組織に加わるんならあんたたちはあくまでコマだよ。

 これからはこっちの言うとおりに素直に従ってもらう」

「帝国の連中にも、同じこと言われましたよ」


 皮肉まじりのロヒインの発言に、レボルタは眉間にしわを寄せる。

 メウノも発言する。


「これはリーダーであるマージさんの意向なんですか?

 ネヴァダさんから聞いた話では、智将と呼ばれた彼は非常に物腰の柔らかい人物とうかがいましたが?」


 するレボルタは腕を組んであさっての方向を向き、思い切り鼻を鳴らした。


「はんっ! あんな奴、あたしたちのリーダーでもなんでもないね!」

「なるほど、さっきの救出作戦はあんたの独断ってわけだ。

 例の頭が良いリーダーって人なら、もっとうまい手を思いつきそうだ」


 コシンジュの発言に、女性はテーブルの上にドンっ、と乱暴に足を乗せた。


「うるせぇっ! お前みたいなクソガキの善人ぶった態度にはイライラさせられるっ!

 神に選ばれた勇者だか何だか知らねえが、ご先祖様の罪も忘れてのんびりしてやがる連中に、あたしたちのやり方の文句は言われたかねえんだよっっ!」


 コシンジュはため息をついた。

 どうやらこの女性、北の人間にうらみつらみを覚えるタイプの人間らしい。

 ネヴァダがたまりかねて口を開いた。


「なにをえらそうに言ってるんだい?

 あんた、大勢の町の人や仲間を巻き込んでさっきのさわぎを起こしたじゃないか。

 同じ帝国民の命も軽んじるあんたに、コシンジュ達の文句を言う権利があるのかい?」

「帝国のブタどもに平伏してる連中も嫌いさ。

 ついでに槍兵に関しちゃ、志願した奴だけを向かわせたつもりさ。無理強いはしてない」


 そしてレボルタの憎しみのこもった視線は、ネヴァダにさえ向けられる。


「ついでにあたしは、ネヴァダ、あんたにも文句言われたくないんだよ」


 ネヴァダが思わず「は?」と口をあんぐりさせる。

 テーブルに両足を組むレボルタは、鼻を鳴らして皮肉まじりの笑みを浮かべた。


「あんたも、まっとうな人間のフリしてるんじゃないよ。

 はっきり言うと、あんたさえ人の文句を言えないろくでなしさ」


 ネヴァダではなくコシンジュが「どういうことだ?」と問いかける。

 レボルタはこちらに顔を向けながらネヴァダを指差した。


「この女はね。いっぱしの母親ヅラしてるけど、実際はそんな資格すらない。

 だって、こいつ自分の娘のこと、まともに見てないんだもの」


 それを言われた瞬間、ネヴァダの様子が明らかにおかしくなった。


「おい、それ、どういうこった……」


 レボルタは口の端を吊りあげてネヴァダをアゴでしゃくる。


「あんた、一年のほとんどを案内人や用心棒で過ごしてるだろ。

 仕事ばっかしてるから、娘が『あんなこと』になってることにも気付かない。

 いや、一緒にいるときだってまともに娘のこと見てないだろ。自分の娘がどうなってるかっていう本質にも気付かない」


 ネヴァダが突然前に進み出て、テーブルを両手で乱暴に叩いた。


「……もったいぶってないで教えろっっ!」


 ビックリするコシンジュ達をよそに、レボルタは直接質問には答えず、あごをしゃくって用心棒の大男をうながす。

 用心棒はテーブルの上をまさぐり、1枚の紙切れを取りだした。

 レボルタは顔も向けずにその紙をさっととり上げる。


「この住所に行ってみな。あたしが言ってることがよくわかるよ」


 その紙を乱暴に取り上げたネヴァダが、すぐにそれに目をこらす。

 とたんにその目が大きく見開かれた。


 ロヒインが恐縮ぎみに、「どうかされたんですか?」とうかがう。

 ネヴァダはその問いには答えず、突然はじけたように入口へと向かった。

 扉を乱暴に開けて外に飛び出す。

 コシンジュがあわててそのあとを追いかけると、後ろからレボルタの声がかかった。


「あんまりさわぎたてるなよっ! 軍の連中にここが割れちまうからねっ!」





 走るネヴァダをコシンジュ達は全力で追いかける。

 身体を鍛え上げている彼女の走りに、体力的にかなわない3人は必死に追いすがろうとする。


 もう少しで見失いそうになったところでネヴァダは突然立ち止まり、こちらに振り返った。

 追いついたコシンジュ達は息も絶え絶えで両手をヒザにつける。


「ハァッ、ハァッ……。ど、どうしたんだよ、ネヴァダ?」


 顔をあげたコシンジュが問いただすと、相手はものすごく気まずい顔になっていた。


「ゴメン、気が動転しちゃって。

 さっきからイヤな予感がぬぐえないんだ」

「その住所はどんなところなんだ?」


 ネヴァダはしきりに首を振る。


「あたしの想像と、別のことだと思いたい。だけどここは……」


 女戦士は額に手を触れて、あさっての方向を向いた。


「いや、今はやめとこう。真相は確かめればわかるから……」


 さみしげな背中を向けたネヴァダに、コシンジュは泣きそうな顔を向けた。





 彼女の案内する道は、街の反対側と言ってもいい場所へと続いていた。

 ネヴァダが気を動転させたまま走り続けていたら、とっくに追いつけなくなっていただろう。


 あせりを含んだ足取りの彼女を追いかけていると、ネヴァダはようやく足を止めた。

 レジスタンスのアジトがある通りとは違い、その一角は通りが比較的広かった。

 しかし年中降り積もる灰を清掃していないためか、あたり全体がくすんだ色をしている。


 ネヴァダが向かい合った建物は、街の中でもしっかりとした数階建ての邸宅(ていたく)のようだった。

 しかしそれなりの年季が入っているらしくところどころ(いた)んでいる。


 ネヴァダは扉に続く小階段を上がったあと、扉についている丸いドアノッカーをこんこんと叩いた

 すると扉がいきなり開かれ、ネヴァダがありえないほどびっくりする。


「はーいいらっしゃいっ! お客様何名様……」


 中から現れたのは、コシンジュと同い年と言ってもいいほどの若い少女だった。

 しかしコシンジュの知っている普通の少女とは違い、顔には派手な化粧をほどこし、露出度の高いきらびやかな衣装をまとっている。


 少女は固まった表情のまま、まずネヴァダに顔を向け、そして後方にいるコシンジュ達に顔を向ける。

 しばらく押しだまったあと、突然扉を閉じようとした。

 それをネヴァダが堅い手甲で押し下げる。

 少女は後ずさりながらいきなり罵声(ばせい)を浴びせてきた。


「なんだよっ! うちで働いてる子の家族っ!?

 言っとくけどうちの店はお(かど)違いだよっ!?」

「確かな情報筋から手に入れた話なんだ。あがらせてもらうよ」


 ネヴァダは少女を強引に押しのけると、さっさと店の中へと入っていった。

 ロヒインとメウノもそのあとを追おうとするが、動けなくなっているコシンジュに気づき、振り返る。


「……ここ。ここって、一体何なんだ?」


 がく然としているコシンジュを見て、ロヒインもメウノもなんと答えていいのかわからない様子だ。

 それを見かねたのか、入り口の少女がこちらまでやってきて、コシンジュの肩を乱暴に押した。


「あんた、よその国からやってきた奴っ!? だったら教えてやるよっ!

 ここは『娼館(しょうかん)』って場所っ!

 とくに成人してない少女娼婦(しょうじょしょうふ)が集まる館だよっ!」

「え、なに……? しょうか、しょうじょ……?」


 いまだに現実を受け止められないコシンジュに、少女は深いため息をする。


「まだわからないわけっ!?

 ここは汚いオヤジどもを相手に、

 年端(としは)もいかない女の子がハダカになって、

 おじさんたちに身を任せるお店ってわけ。

 それでも意味がわからないっ!?」


 コシンジュはふるえる手で、目の前の少女を指差した。


「あ、あんたも? あんたも、そういうこと、やってるの……?」


 少女はコシンジュの手を乱暴に振り払った。


「それがなにか!? やっちゃわるいっ!?

 あんたと同い年のあたしが、そういう汚い仕事しちゃいけないわけっ!?」


 すると今度は少女のほうが人差し指をコシンジュに突きつけた。


「……わかってるでしょっっ!?

 こっちだって好きでこんなことやってんじゃないよっっ!

 みんな家が貧乏だったり、親が借金を抱えたりして、こんなところにあたしたちを売り払うんだよっ! 

 平和ボケしたあんたには理解できないでしょうけどねっっ!」


 コシンジュがしきりに首を細かく振り、「そんな、そんな……」と言い続ける。

 呆れかえった少女が額を手で押さえていると、突然館の中から物音がひびいた。

 振り返った少女は、ロヒインやメウノに続いて急いで館の中へと戻っていく。


 コシンジュは中に入ろうかどうか迷っていたが、やがて息をのみながら重い足取りで屋敷(やしき)の中へと吸い込まれていく。





「くそっっ! てめぇらぁぁぁっっ! ぶっ殺してやるぅっっっ!」

「やめてくれぇっっ! お願いだっ! 助けてくれぇぇぇっっっ!」


 叫び声が聞こえるなか、コシンジュは娼館の中へと足を踏み入れた。

 派手な壁紙に、あやしげな装飾をほどこされた内装。

 出会う少女たちは、最初に出会った子と同じく派手な衣装をまとっている。

 みんな混乱する目でコシンジュを見る。だが、ここにネヴァダたちの姿はない。

 さわぎは階段の上で起こっているようだ。


 力ない足取りで階段を上ると、さわぎ声がより大きくなった。


「やめてくださいネヴァダさんっっ! 早まらないでっっ!」


 階段を上りきると、ロヒインとメウノが必死に暴れ回るネヴァダを取り押さえている。


「離せっっ! 離してくれっっっ!

 あたしはこの屋敷のブタどもを皆殺しにしてやるんだっっっ!」


 暴れるネヴァダの目の前には、血を流す男が壁にもたれかかってぐったりしている。

 ネヴァダの鉄拳制裁を受けたのだろう。まだ息があると良いが。


 ふと視線を横に向けると、そばには両手で口をおおってネヴァダの姿を見つめる少女の姿があった。

 コシンジュはふと、その背丈によく見覚えがあるような気がした。

 ひざまずき、少女と向かい合って問いかけた。


「……君は?」


 その質問に顔を向けた少女は、おびえる顔で小さく答えた。


「『ブレベリ』……

 ママの……ネヴァダの、娘です……」


 コシンジュの顔が絶望に染まった。

 うつむき、頭の中で巻き起こった感情でぐちゃぐちゃになる。


 つぎの瞬間立ち上がった。

 壁際に倒れている男の胸倉を乱暴につかみ、思いきりなぐりつけた。

 おどろいたロヒインがネヴァダから離れ、すぐに背中からつかみかかる。


「コシンジュやめてっっ! それ以上やったら本当に死んじゃうっっ!」

「離すなロヒインッッ!

 こんなクソ野郎っっ! 死んだってなんともないんだっっっ!」

「……何のさわぎだっっ! お前ら一体何をやっているっ!」


 階下から現れた男たちに、コシンジュは顔を向けた。

 その表情にはいままで見せたことのない怒りが現れている。

 向かい合った男たちは、相手が自分たちの店の子供たちと同い年の少年であるにもかかわらず、あり得ないほどの殺気を漂わせた彼を見て仰天した。


 コシンジュは「どけぇっっ!」と言ってロヒインを強引に振りほどく。

 彼が壁に叩きつけられるのもかまわず、全速力で男たちの前に進み出ると、背中の棍棒を取りだした。





 いつの間にか、今度はコシンジュが取り押さえられていた。

 ようやく現実に気づくと、乗りかかった相手がネヴァダだと気がついた。

 前に視線を戻すと、先ほどの男たちが全員血を流して倒れていた。


「今のはいったいなんなんだい?

 動きが良すぎて、あたしはすぐに止められなかったよ?」


 コシンジュは息を整え、ようやく自分の胸に手を当てる。


「オレは……オレはいったい何をやったんだ?」

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