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第29話 初めてお目にかかる~その4~

 魔王たちにクギを刺されたため、炎の軍団がおそってくる心配はなくなった。

 コシンジュ達は安心して宿をとれるようになり、その晩はベッドの上でぐっすりと休むことができた。


 進むにつれて岩山は少しずつ少なくなり、やがて開けた場所が多くなる。

 途中に大きめの宿場町があり、タウレットとはそこでお別れすることになった。


「じゃあなタウレット。

 お前には助けてもらって感謝してるよ」


 巨大ガメの頭をポンポン叩いていると、ネヴァダが笑いまじりに声をかける。


「なに言ってんの。帰り道にまたお世話になることになるよ。

 またおんなじ奴と会えるといいね」


 コシンジュ達が手を振って別れると、イサーシュの代わりにネヴァダがつく4人旅になった。

 思わずイサーシュのことを思い出す。

 あいつとともに旅をする、トナシェやヴァスコ達も無事に旅を続けられていればいいが。


 コシンジュがふと顔をあげると、空をおおう灰は相当な量になっていた。

 風がしょっちゅう吹き上げていなければ、足元が埋まってしまうほどのすごい量に違いない。

 いまのところはほんの少し足あとがついているだけだが。


 やがて、岩山のあいだからはるか遠くの街が見えてきた。

 あれが旅の最終盤、帝国の首都に違いない。


 しかし、歩いても歩いても、いっこうに街にはたどり着けない。

 それどころか街の影はどんどん大きなものになっていった。

 コシンジュはイヤな予感がして、思わずつぶやく。


「なあ、帝国の首都って、どんくらい大きいんだ?」

「帝国の首都っていうから、当然南の大陸では一番大きい街さ」


 ネヴァダの声は、どことなく歯切れが悪い。

 仕方なくさらに進み続けると、コシンジュは予感が的中したことを思い知らされた。


「ロヒイン。あの街、なんだかムチャクチャでかくないか?」

「コシンジュ、気のせいじゃないよ。

 あの街、私の知ってるどの大都市より、ずっとずっと大きい」

「……ウソだろっ!?

 俺はミンスターより多少おっきいぐらいだと思ってたぞっ!?

 それが、こんな……こんなっっっ!」


 コシンジュがそう言う頃には、あたりは岩1つない大平原になっていた。

 しかし道の両わきには草1つ生えていない。

 代わりに灰がうずたかく降り積もり、ヒザ下の位置まで高くなっている。コシンジュ達の通る道はそれをかき分けてつくられたものだ。

 空は灰色に覆われ、まるで暗雲のように立ち込めている。


 眼前には、大平原のなかにひときわ主張するほどの大きな建物の群れが見える。

 さすがに前方をおおいつくすと言うほどではなかったが、コシンジュは1つの場所にこれだけの建物が集まれるのが不思議に思った。


 やがて、街の前方に大小の山のようなものが見えた。

 遠目からは城壁のようにもみえるが、近づいてみると小さな山脈のようにも見える。


「あれ、あれって降り積もった灰のかたまりかっ!?

 街中からかき集めたらあんな風になるもんなのかっ!」


 ネヴァダが感慨(かんがい)深げにコシンジュへの返答を返す。


「そうね。ここらあたりは灰が降り積もってるから、それが天然の要害となってる。

 そして街中から集められた灰はあんな風に街の郊外に集められて、天然の城砦(じょうさい)になってる。

 他国の人間がここを攻め落とすのは容易じゃないよ。

 ていうより、この街で大きな戦乱が起こったことは歴史上一度もない。大帝クリードグレンでさえ、武力で攻め落とさずに交渉力だけでこの街の連中を屈服させたくらいさ」


 一度は灰の山に隠れ、ふたたび姿を現した建築物の数々を、ネヴァダはなぞるようにして指差す。


「クリードグレンの権勢のもとで、この街の規模は一気に(ふく)れ上がった。

 もともとは黒鋼(くろはがね)の加工場として発展した中立都市は、いまでは帝国の威光にすがる人々であふれ返ってる」


 コシンジュは街の様相をあ然として眺めた。

 建築物はゴルドバのような平方形にこれまで見た北の都市の様式が混じったようなものが多かったが、ところどころあり得ないほどの巨大建造物が至る所にある。

 街の中にある城と言ってもいいほどだった。


「これが……これが帝国の首都……」


 見上げるコシンジュのつぶやきを、仲間たちはなんとも言えない表情で見つめる。





 帝国の入口には、数多くの人々が集まっていることに気づいた。

 しかしどうもその様子がおかしい。

 近づくにつれ、それは隊列を組んで整然と並んでいる、黒い鎧の騎士たちだと言うことに気づいた。


 まさかとは思ったが、どうやら彼らはコシンジュ達を待ち受けていたらしい。

 圧倒的な規模の黒騎士たちの群れに、コシンジュ達は内心怖気(おじけ)づく。


 騎士たちの中央に、2人の人物が進み出ていることに気がついた。

 1人はまわりにいる者よりもはるかに重厚でとげとげしいデザインの鎧をまとった、スキンヘッドの男性。

 他の騎士たちと違って鎧の表面が光を反射するほどなめらかなものになっている。


 反対側は女性。こちらは打って変わって流血を思わせるほどの真っ赤な衣装を着た女性。

 きらびやかな装飾をほどこされた衣服のあちらこちらから、二の腕やきれいな足をのぞかせている。

 まとめ上げた黒髪にはきらきらと光り輝く宝石がちりばめられたティアラをつけている。


「ようこそ。大帝クリードグレンが納める大帝国ゾドラがほこる、第一都市パンカレへ。

 わたしは皇后(こうごう)ララスト。

 勇者一行が到着されるのを、いまかいまかと待ち望んでいました」

「私は大将軍プラード。

 帝国全軍をまとめ上げるものだ。大帝陛下の直属の側近でもある。

 我々帝国軍は諸君の来訪を心より歓迎(かんげい)する」


 そういうプラードの表情は怒っているのかと思うほどの仏頂面(ぶっちょうづら)だ。

 一方のララストは小バカにしているのかと思うほどの怪しい笑みを浮かべている。

 年上の女性が大好きなコシンジュだが、この人だけは苦手だなと思った。


 もちろん、この2人がネヴァダの言っている「5人の権力者」だと言うことは間違いない。

 この国に平和を取り戻すつもりなら、いずれはこの2人とも戦わなければならないのだ。


 ぶっちゃけ2人とも強そうだ。

 コシンジュは緊張しつつ、努めて平静をよそおった。


「大集団を引き連れてのお出迎え。正直びっくりしました。

 なんでオレたちが今日やってくることを前もって知ってたんですか?」


 ララストはコシンジュではなく、なぜかロヒインのほうに顔を向ける。


「そこにいる魔導師さんならご存知じゃないかしら。

 わが帝国のほこる大魔導師スローラスなら、あなた方のご来訪をちくいち把握できるはずでしてよ」


 きっと魔導師の力だけではないだろう。

 ネヴァダのことを信じるなら、この国のスパイ組織にも自分たちの行動は筒抜けに違いない。

 ロヒインが思わず口を開く。


「では、我々がどのような敵におそわれたかもご存じですね?」


 ララストは赤い爪を伸ばす手で口元を押さえつつ、小さくうなずいた。


「あの炎の魔物におそわれた時は危うかったですわね。

 思わぬ助けで命拾いしたようですけど」


 コシンジュ達は戦慄(せんりつ)した。と言うことは……


「私たちを助けた相手はご存じなんですね?」

「ええ、警告されました。

 魔王は合図を持って、我が城に侵略すると」


 4人が全員おどろいた。

 魔王たちがやろうとしていたことは、まさにそのことだったらしい。

 思わず互いに見合わせる。


「あら、ご存じなかったのかしら。

 魔王とその臣下に2度も会っておきながら、詳しい話はご存じなかったのかしら」


 コシンジュ達は「ちょっとごめんなさい」と言って、ロヒイン達を集めた。


「コシンジュ、うすうす感づいてたけど、魔王はやっぱりこの国を乗っ取るつもりだったんだよ。

 そうなればあいつは魔王軍を使ってこれ以上攻め寄せる必要がなくなる。

 思えばこんな簡単な方法があるだなんて思わなかった」

「どういうことだロヒイン?

 魔王の奴、城に押し寄せて警告して去っていっただって? その時に攻めちゃえばいいのに」

「簡単じゃないよ。

 城の連中を殺しても、民衆はただ単に少人数で攻め入ったと思うだけ。

 帝国民の信用を得るには、それなりの手順ってのが必要になるはず」


 メウノがおどろいた声を発した。


「魔王は力ではなく、信用によって人々を支配しようと?」

「あの言い方だと、そうに違いない。

 若干わかりきってたけど、今度の魔王はムダな血を流すことを嫌う性格なんじゃないかと思う」

「話は終わったかしら?」


 王妃にたずねられ、コシンジュ達は解散した。正面を向いて問いかける。


「連中がやってくることを知りながら、どうしてそんな余裕でいられるんですか?

 奴らがこわくないんですか?」


 その問いにはとなりにいた大将軍が答える。


「我々を甘く見てもらいたくはないな勇者の少年。

 帝国兵は大帝のもと、圧倒的な統率力をほこる。

 我が軍勢が一枚岩となって立ち向かえば、少人数の魔物など取るに足らん」

「でも、相手が相手なんですよ?

 相手はあの魔王ですよ。魔王なんですよ?」


 信じられない。コシンジュはひと目見ただけで圧倒されたと言うのに。

 帝国側も直接相手に会っていると言っているのに。


 しかし、仏頂面は少しだけ不敵な笑みを浮かべて見せた。

 彼は自分の着ている黒光りする鎧を、こんこんと叩いてみせる。


「私がいま身につけている、この鎧を知っているか?

 これはかの先代魔王が身に着けていた、『黒の破魔鎧(はまよろい)』と呼ばれるものだ。

 帝国騎士団が来ている鎧は黒鋼と言って、アダマンタイトと呼ばれる物理・魔法防御にきわめてすぐれた鉱物(こうぶつ)を混ぜ込んでいる。

 ただ非常に重量があるため、たいていはアダマンタイト同士ですりつぶして他の金属に混ぜている。

 含有量(がんゆうりょう)が大きくなればなるほど重量も重くなり、たいていの騎士は動くことすらままならない。

 そして一切の不純物さえない、純粋なアダマンタイトだけで構成された鎧は、この世でたった1つだけだ。

 それこそが、先代魔王が身に着けていた黒の破魔鎧と言うわけだ。

 これがなにを意味するかわかるか?」


 コシンジュは説明を聞いているあいだ、まったく言葉がなかった。

 奴が言っている通りなら、プラードはまさにいまその伝説の鎧を着て平然としていると言うことになる。


 コイツ、相当強い。コシンジュは内心(ふる)えあがった。

 そして隣に立っていてうすら笑いを浮かべている皇后もまた……


「そうは言っても、あたしたちだけの力ではどれだけ魔王に対抗できるかは不安ね。

 と言うわけで、我々はぜひあなたたちの力を借りたい、と言うわけ」


 コシンジュはその言葉をうのみにはできなかった。

 目を向けてはいないが、彼らは明らかにコシンジュの背中の棍棒を意識している。

 自分も伊達(だて)に勇者はやっていない、それくらいはわかるつもりだ。





 大軍勢が、街の大通りを行進する。

 堅い鎧をガチャガチャいわせる音が、いっせいに響き渡る。大通りのまわりには人々が群がり、ローブの中から意味ありげな視線を投げかけてくる。


 騎士たちの隊列に挟まれ、皇后と大将軍が進む。

 そのあとをコシンジュ達が恐縮しながら進んでいく。


「……大丈夫なの? わたしたち、このまま一緒に城について行っていいと思う?」


 コシンジュは顔を動かさずに目だけを向ける。


「話しかけんなよロヒイン。前の2人に聞かれてるかもしれないだろ?」


「大丈夫だよ。

 少しだけ呪文を唱えて、声が小さくなるようにした。話を聞かれる心配はないよ」


 コシンジュは相手に気づかれないようにうなずく。


「オレ、こいつら信用できない。

 少なくとも俺たちをいいように利用する意図が見え見えだ。

 ひょっとしたら、それすら必要とせずに武器だけを狙ってる可能性がある」

「わたしたちには強力な武器があるからね。

 コシンジュの棍棒と、メウノさんのダガー。連中は最低それだけを必要としているのかもしれない」

「あいつら、きっとオレたちをビビりだと思ってるに違いない。

 頼りないオレたちに手伝ってもらおうとは思ってないかも」


 前方を向いたまま、ロヒインは静かにつぶやいた。


「……逃げ出す必要があるかもしれないね」

「わかってる。だけど今はダメだ。

 街の中に逃げ込んだら大勢の人たちが巻き込まれる。連中が一般人に容赦(ようしゃ)するとは思えない」


 コシンジュは遠くに見えてきた高台の上に立つ城を見上げた。


「ここと城とは多少距離があるって話だろ?

 逃げ出すんなら、そこに続く道の中でだ」

「どうだろう。

 街中では大勢の人がいて、迷路の中でまくことができる。

 外の道で逃げ出すには、すぐに見つかるリスクがあるよ?」

「ロヒイン、お前街の人たちが心配じゃないのか?」

「仕方ないでしょ?

 こんな大勢の兵士から、追いかけられて無事で済むとは……」

「……何か相談事をしているのかね?」


 後ろを向いたままのプラードから話しかけられ、2人の表情は固まった。

 ララストもこちらをちらりと振り返る。


「聞こえなくとも、あなたたちの考えなんてお見通しよ。

 下手なことが考えない方が身のためよ」


 2人は戦慄(せんりつ)した。

 彼らを倒すという考えは大それたものなのかもしれない。


「君たちに選択肢はない。これからは我々の考えているように動いてもらう。

 偉大なる帝国のために、その命運を(たく)すことだ」


 つまりは「俺たちの権力の維持(いじ)ために命を(ささ)げろ」と言うことか。

 それまでは内心ビビりまくっていたコシンジュだったが、その言葉のおかげで闘志に火がついた。


 わかった。こうなったらイチかバチか、無理やりにでもここから逃げ出して……


 その時だった。前方から突然爆発音がひびいた。

 その場にいる誰もが身をかがめ、そちらの方に目を向ける。


 騎士たちの隊列の向こうから、おびただしい量の煙が立ち込めている。

 どう考えても事件が起こったようだった。


「何事だっっ! 前列っ! 状況を確認しろっっっ!」


 また爆発。今度は後方で起こった。

 コシンジュ達は身をかばいながら、必死にあたりの様子をうかがう。

 街の人たちは大パニックになって逃げ出そうとするが、押し合いへしあいになってうまくいかない。


 いきなり真横で爆発音がひびいた。

 閃光とともに、前方の黒騎士たちが一気に地面に押し倒される。

 コシンジュは思わず腰から地面に倒れ込む。プラードはララストの身をかばいながらともに床に伏せた。


「なにが起こっているんだっ! さっさと誰か報告しろっっっ!」

「上空ですっっ! 上空から何者かが襲撃していますっっ!」


 近くの兵士にあわせてコシンジュ達が見上げる。

 目の前にある高い建物の屋上から、数人の人影が手に何かを持って、それを下に投げつけた。

 爆発。コシンジュ達は立っていられなくなる。

 それとともに雑踏の中から悲鳴のようなものが聞こえた。


「どけぇっっ! どけどけぇぇっっっ!」


 コシンジュが顔を前に戻すと、混乱する雑踏(ざっとう)の中をかき分けるようにして何者かが現れた。

 先が光る長い槍を手にした、粗末な衣服の男だ。


 男は槍を振りまわし、黒騎士たちの中に飛び込む。

 相手が魔法武器を手にしているためか、騎士たちは思うように応戦できない。


 槍を持っているのは1人だけではなかった。

 数人の男たちの姿が現れ、光る槍を振りまわして騎士たちに立ち向かっている。

 むやみやたらに振り回しているため、逃げ惑う人たちの身がとても危うい。


「なんだこいつらっ!

 一般の人たちがいるのになにムチャクチャナことやってるんだ……うわっっ!」


 そのあいだにも建物の上から爆弾が投げつけられる。

 立っていられないコシンジュ達であったが、槍の男たちはそれを意に反さず、長い柄を振りまわし続ける。


 それをあ然として眺めているコシンジュだったが、何者かに無理やり腕を引っ張られた。

 振り返ると、見たこともない女性が憎しみすらこもった視線でこちらをにらみつける。


「へたれてるんじゃないよっ!

 命が惜しかったらさっさと立ち上がるんだっ!」


 コシンジュはあわてて立ち上がると、前方から声がかかった。


「待てっ! お前らっ!」


 プラードが立ち上がる。

 そんな中、1人の男が彼に向かって大きく槍を突き出した。

 光る穂先はまっすぐ鎧にぶち当たるが、プラードは平然とそちらに顔を向ける。


 次の瞬間、プラードはすばやく剣を引き抜き、槍の柄に向かって振り下ろした。

 怪しげなオーラを放つ剣はさらに振り払われ、武器を失った男に向かって叩きつけられた。


「ああっ! 何てことをっっ!」


 コシンジュは腕を引っ張られつつ叫ぶ。

 ララストも立ち上がり、巨大な指輪をはめた手をこちらに突き出した。

 ちょっとした呪文を唱えただけでその手が光につつまれる。

 いやな予感がしてコシンジュはあわてて棍棒を取り出し、前にかかげるとすばやく赤い光がぶち当たった。


「はやく来るんだよっっ! 死にたいのかいっっ!」


 コシンジュたちは仕方なく、人がまばらになった通りの中に消える女性のあとを追った。

 後ろからは仲間たちがついてくる。


「いったい何が起こったんだっっ!」


 横に追いついたネヴァダが前を向いたまま叫ぶ。


「この女知ってるっ! この街のレジスタンスをしきってる奴だよっ!」


 後ろのロヒインが叫んだ。


「何てことっ!? まさか街中で大勢の人たちを巻き込むなんてっ!」

「それだけじゃないっ!

 レジスタンスのメンバーたちの行動は自殺行為ですっ! あんなムチャをして助かるはずがないっ!」


 メウノの言うとおりだ。今頃槍を持った人たちはプラード達に瞬く間にやられてしまったに違いない。

 あの腕前ならいとも簡単に片づけられるだろう。


 コシンジュ達を先導する女はあっちを行ったりこっちを行ったりして、コシンジュ達を迷宮の中へと誘い込む。

 後ろからは何人かの騎士たちが追っているが、重い鎧を着ているためにすぐに追いかけなくなった。

 ララストのほうがやってくるかと思ったが、よく考えたらあんなきらびやかな衣装を着た人物がこんな裏路地までやってくるはずがない。


 それでも女性は走り続けた。

 まるで別の何かがいまだに自分たちを追いかけているかのように。

 女性が立ちどまると、そこはちょっとした広場だった。

 コシンジュは息を切らしながらもすぐに女性につかみかかった。


「いったいどういうつもりなんだっっ!」

「話はまだだよ。周囲に気をつけな」


 振り返った女性の顔を見つめるヒマもなく、コシンジュはあたりを見回す。

 彼女の言うとおり、あたりには怪しげな気配がただよっていた。

 コシンジュも素人(しろうと)ではない、それくらいはわかるようになったつもりだ。


 やがて通路のかげから、あやしい人影が次々と出てきた。

 街の人々と同じローブをかぶっているが、妙にパリッとした着こなしが特徴で、フードの中は暗くて顔色がうかがえない。


「みんな身を伏せるんだよっっ!」


 女性の怒号にあわせると、頭上を素早く何かが通り過ぎていった。

 おどろいたことにネヴァダは伏せることなく手甲でそれを受け止める。さすがは武術の達人。


「吹き矢だっ!

 この暗殺者集団は毒を使うよっ! カスるだけで危なくなるはずさっ!」


 ネヴァダに言われ、コシンジュ達は身を引きしめる。

 同時にローブの男たちは吹き矢用の筒を捨てて、(すそ)から鋭い刃物を飛びださせた。

 それを一気にこちらに突き出そうとしている。

 かなり早い身のこなしだが、コシンジュは棍棒を前に突き出すと、刃物の先端が強い光ではじかれ、暗殺者自体が大きくはね飛ばされる。


 他にも2人の暗殺者がおそいかかってくるが、コシンジュは的確に棍棒を振りまわしてけん制する。

 腕前は相手の方が微妙に上のようだが、武器の強力さを警戒して近寄ることもままならないようだ。


「危ないっっ!」


 メウノが近寄り、前に向かってダガーを突きつける。

 前方に発生したオーラによって吹き矢がはじかれると、それを下ろしてふところからナイフを取り出し、まっすぐ投げつけた。

 向こう側にいた暗殺者の胸に当たってすぐに地面に倒れる。


 そばにいた暗殺者たちが、抵抗をあきらめたのかその場を離れだした。

 深追いはせずにあたりを確かめると、ネヴァダは手甲で相手の刃物をへし折って反対の手で殴りつけ、ロヒインは壁際にて光る杖で応戦している。

 レジスタンスの女性はメウノと同じくナイフ投げが得意らしく、少し離れた場所にいる暗殺者を倒した直後だった。


 やがて抵抗をあきらめた暗殺者たちは、散り散りになってその場から消え去っていった。

 人とは思えないほど素早い動きでまたたく間にいなくなってしまう。

 一息ついたメウノがポロッとこぼす。


「あれはスパイ組織の暗殺者でしょうか。

 たしかボスは宮廷道化師でしたね。なかなかうまく教育されているようです」

「ああそうだよ。だけど安心するのはまだ早い」


 女性がなぜか上空を見上げた。

 するとどんよりした空の中から、無数の光がこちらに向かって落ちてくる。


「こっちだっっ!

 今度はスローラスの魔導師軍団だよっ! 壁に寄りかかりなっ!」


 言われたとおり女性とともに壁に張り付くと、広場一帯が無数の炎の矢をいっせいに受けた。

 火はすぐに消え去るが、下手をすれば民家に燃え広がりかねない。


「危ないところだったぜっ!」


 コシンジュの安堵の叫びに、女性は首を振った。


「まだだよっ!

 今度は別の方向からおそいかかってくる。魔導師さん、今のうちに……」


 言いきる前に、ロヒインはすでに呪文を唱え始めていた。

 目を見開いた女性が思わず「さすがだね」とつぶやいた。


 そのあいだにコシンジュが上空を見上げると、炎の矢が方向を変えてこちらに落ちてくる。

 しかしロヒインが杖を上にかかげると同時に半透明の光る壁が現れ、落ちてきた炎の矢はすべてそれに当たってすべり落ちていった。

 やがて攻撃を続けるのが無意味だと悟ったのか、上空からの魔法攻撃も止んだ。


「……ふぅ。どうやら終わったみたいだな。で、もう追ってはこないのか?」

「ああ、だが監視はまだ続いてる。

 魔導師さん、こちらの姿を隠す魔法を使わないと、奴らはまた刺客を送ってくるよ」


 ロヒインがうなずき、呪文を唱え始めると、ネヴァダが壁から離れて女性と向かい合った。


「『レボルタ』。これはいったいどういうマネなんだい?」


 彼女の言葉に反応するようにコシンジュとメウノもにらみつける。

 敵意のこもった視線を意に反さず、女性革命家は笑って首をすくめた。


「なに言ってるんだ。

 あたしたちがこうやって強引に助け出さなきゃ、あんたたちは今頃どうなってたかわかんないよ。

 感謝されても責められる覚えはないね」


 その言葉にメウノが前に進み出る。


「確かにそうかもしれません。ですがほかにも方法はあったはず。

 あなたのやり方は、あまりに過激すぎます」


 レボルタは腕を組み、さげすむような視線でこちらをにらみつけてきた。


「それがあたしたちのやり方なんだよ。

 この国の連中は苦しい生活に慣れ切っちまってる。

 大帝の権威を失墜(しっつい)させてまで、革命を起こそうなんて度胸はないんだよ。

 人が集まらない以上、あたしたちは手段を選んでいられない」


 言っているあいだにロヒインが杖をかかげる。

 そこを中心にあたりがオーラのようなものにつつまれた。


「これで大丈夫です。

 私も旅のあいだにスキルアップしてきたので、以前のように直接触らなくても大丈夫ですよ」


 レボルタがうなずくと、誰もいない場所に向かってアゴをしゃくった。


「こっちだよ。あたしたちのアジトに案内してやる。話はそっからさ」

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