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第29話 初めてお目にかかる~その1~

 新たに魔界王に就任したルキフールの前に、遅れて最後の訪問者がやってきた。


「魔界を統べる新たなる君主の称号、魔界王、就任おめでとうございます」


 見た目は端正な貴族ながら、緑色の肌と赤く濡れた瞳をもつ魔族、

 ヴェルゼックは頭をあげた。


「皮肉のつもりか?

 お前にとっては己が魔界の玉座に上がることができず、さぞ悔しい思いをしているであろう」

「いえいえめっそうもない。それにしても、クククク……」


 相手が笑うのも無理はない。

 ルキフールの年老いた背丈では玉座の大きさ輪は割に合わず、足元には装飾をこしらえた小さな階段と、背もたれには大きめに作ったクッションを置き、小柄な老魔族の大きさにあわせている。


嘲笑(ちょうしょう)を受けるのは覚悟の上だ。

 貴様ごと気に笑われたところで、痛くもかゆくもないわ」

「いえいえ、失礼いたしました。

 一刻も早く慣れますゆえ、お許しくだされ」


 そういってヴェルゼックは貴族らしい振る舞いで両手を広げた。


「ところで、こたびの第2次地上侵攻作戦、このわたくしに一任して下さるようですね。

 これはいったいどういう風の吹き回しでしょうか」


 矮小(わいしょう)体躯(たいく)ながらも、ルキフールは優雅(ゆうが)なしぐさで杖を持つ両手を組んだ。


「いたってごくまっとうな判断だ。

 魔界にはもはや総大将を務められる人材は、貴様しか残っておらん」

「おたわむれを。

 あの愚鈍(ぐどん)なマノータスならともかく、あなた様には忠実に従うレンデルと言う配下が付いておられるではありませんか。

 あの者も陣頭指揮に立てる人材だというに、なぜ今回の作戦から外したのですか?」


 返事がないので、ヴェルゼックは意味ありげな視線を向けて続ける。


「レンデル本人にうかがっても、歯切れの悪い返事しか返ってきません。

 一体あなた方はなにをたくらんでおられるのですか?」


 レンデル自身に事情を説明したのはまずかったかもしれない。

 そうでもしなければ不服を申し立てて暴れるかもしれないが、ヴェルゼックに下手に感づかれるよりはましだったろうか。

 ルキフールは内心の焦りを隠した。


「ワナだと思うか?」


 じっとうかがうような視線を向けると、ヴェルゼックは両手を広げてすました顔を浮かべた。


「いえいえ、文句はございませんとも。

 一度は辺境へ左遷(させん)された身ゆえ、本作戦で総大将をうけたまわりますこと、たいへん光栄に感じております」

「お前のような狂乱者にすべてを任すのだ。覚悟はできておる。

 好きな方法で存分に暴れてくるがよい」


 ヴェルゼックは「かしこまりました」と頭を下げた。

 今回の作戦を断ることはあるまい。

 久方ぶりに戦場で狂気を発揮できるこの機会、たとえ(わな)と知っていても見過ごすはずがあるまい。


「ああそういえば……」


 立ち去ろうとしたところを、ヴェルゼックは突然振り返った。

 ルキフールが怪訝(けげん)な表情を向けると、逆に相手は不敵な笑みとなった。


「あなた様がよくご存じの地上への転移魔法、幻魔兵団の4名には伝えていなかったようですね。

 マノータスの奴がたいそう不服を申し立てておりましたよ」

「そういう貴様こそ。

 今日はマノータスの奴がどこにも見当たらんが、いったいきゃつはどこに行きおった?」


 ヴェルゼックの不敵な笑みが、より意味深なものへと変わった。

 その表情を保ったまま、ヴェルゼックは再び背を向けて歩き出した。


「さぁて、いったいどこへ消えてったんでしょうねぇ……」


 暗い大広間を去っていくヴェルゼックの姿を見届けながら、ルキフールは口の部分に手を持っていってつぶやく。


「すでに手は下した。あとは殿下が間に合えばよいのだが……」





 南大陸のほぼ中央。巨大な様相をほこるゾドラ城から少し離れたところに、帝国の大都市パンカレがある。


 南からやってくる大量の火山灰のせいで一年の大半が太陽をおおい隠しているため、比較的気温は低いものの、その灰が地上に降り注いで住民たちは年中その片付けに追われている。

 作物の育成にも不向きであるため、街の周囲は荒れ果てたままとなっている。

 食料は他の地方から運ばれてくるものに頼らざるを得ない。


 にもかかわらず、パンカレは大陸の中でも圧倒的な規模をほこる。

 それどころか北大陸の中にもこれほどの大都市は存在しないだろう、それくらい住居や人であふれ返っている。


 理由は2つある。1つはここがまぎれもなくゾドラ帝国の首都であるということ。

 実質的にゾドラの城下町に当たるため、大帝の威光にすがる人々が自然と集まり、人口は十数年で恐ろしいほど増加した。

 行政機関はゾドラ城内部で収まるものの、街の中には役人の住居も数多く集まっている。


 街が発展したもう1つの理由。そ

 れはこの街の南に面する火山地帯から産出される、黒い鉱石アダマンタイトのおかげである。

 地元の採掘抗から運ばれてくるそれらはすべてパンカレに運ばれ、中心部に集まる鍛冶(かじ)職人たちの手によって加工、合成金属黒鋼(くろはがね)として、帝国騎士団の鎧や盾に使用される。

 パンカレはもともとこの金属加工業によってうるおった街であり、ゆえに街の中心部には多くの鍛冶屋が集まっている。


 また旧市街の周辺を取り囲んでいる大規模な新市街は非常に家屋が密集しており、犯罪者や帝国の行政に大いに不満を持つレジスタンスたちの格好の隠れ家となっている。

 街の規模があまりに大きいために衛兵たちはすべてをまわりきることができず、後ろ暗い者たちは街の片隅でひっそりと息をひそめるようにして、苦しい生活に耐えている。


 そんな家々が密集する街の小さな通りの中を、全身をローブに身を包んだ1人の人物が歩いている。

 帝国ではこのような格好をしている者がめずらしくないため、それもまたレジスタンスの発見を遅らせる要因となっている。


 ローブは小さな袋小路を進み、その中のみずぼらしい一軒家の前に立った。

 ドアの前に張り付くようにして身体を預けると、コンコンとくたびれたドアをたたいた。

 中から「アブラカダブラ」と言う声が聞こえると、ローブは「カタアブラセアブラ」とつぶやいた。

 すると小さなのぞき窓が開かれ、ローブは顔をそちらに向ける。


「あんたか……どうやって包囲網(ほういもう)を突破したんだ?」


 中から現れた屈強な男がドアを開くと、ローブは中へと足を踏み入れた。

 ロウソクの小さな赤い光だけが照らすなか、フードをはぎ取った。

 中から現れたのは、かつて帝国にこの人ありきともうたわれた、智将と呼ばれるレジスタンスのリーダー、マージである。

 少数民族らしい特徴的な顔立ちで、部屋の中をまじまじと観察する。


「ある人物に送られてね。おかげで何の心配もいらなかった」

「へえ、ずいぶん久しぶりじゃないか。

 いままで使い1人よこさずなにをしてたんだい?」


 奥にあるテーブルに座る、頭にバンダナを巻いた勝気そうな女性。

 テーブルの上で足を組みながら話しかけてくる。


「そう簡単に送れるわけがないだろう。この街の外はどこもかしこも危険だ」


 女性はあきれた調子で両手を広げた。


「この街の中だって十分に危険だよ。

 仲間の命が惜しくて、なにがレジスタンスのリーダーだい、帝国屈指(くっし)の元智将が聞いてあきれるね」


 マージはため息をつきつつ、女性の座るテーブルの反対側にある椅子に腰かけた。


「知略を駆使(くし)しようにも、あまりに人手が足りん。

 いかに策をめぐらしたところで、圧倒的な規模を持つ軍の前では焼け石に水だ」


 女性は足を下ろし、テーブルにヒジをついて身をのりあげた。


「あんたはそう言うけどね。

 軍の中にだって権力者連中に不満を持ってる連中は山ほどいるんだよ。

 そんな連中を懐柔(かいじゅう)出来なくてどうするつもりなんだい?」

「何回も言ってるだろう。我々が最終的に目指すのはクーデターだ。

 それは大帝陛下の地盤(じばん)を根底から突きくずすことでもある。

 陛下に命を預けることをよしとする帝国兵たちはそれを受け入れるより、だまって辛苦(しんく)に耐えることを選ぶ。

 メトラにいるラシリス将軍の部下たちさえそのありさまだ」


 腕を組みぶぜんとするマージに、女性は勢いよく体をあげて鼻を鳴らした。


「はんっ! 一般市民はひもじい思いをしてんのにのんきなもんだねっ!

 だからあんたは仕方なく外国の勢力に頼ろうってんのかい!

 ひょっとしていまだに手紙を出し続けてんのかい?」


 その表情が恐ろしいほど冷たいものになった。


「あたしはイヤだよ。北の連中と組むなんて。

 あんな平和ボケして、先祖の罪をきれいさっぱり忘れちまった連中なんてヘドが出るね」


 マージは目を細めた。

 一般市民が中心のレジスタンスのメンバーは、根拠(こんきょ)のない古の伝承(でんしょう)にいまだに惑わされている者たちばかりだ。


「その心配はない。情勢が変わり、我々には新たな味方が加わった」

「知ってるよ! 勇者とかいう連中なんだろっ!?

 だけど連中の相手は魔物、あたしたちに協力してくれるかどうかもわかんない!

 それにいくら強力な武器を持ってるからって、たった数人でどれだけあたしたちの力になってくれるんだいっ!?」

「帝国軍は南の火山帯にあるカンチャッカポータルから、押し寄せる魔王軍に対処することで精いっぱいの状態だ。

 魔物たちが要塞(ようさい)を突破し、大陸中に侵攻することになれば、帝国軍は各地に散らばる。

 城の警備は手薄にならざるを得ない」

「それがあんたの一世一代の知略ってわけ? なんだかすべて他力本願だね」


 あきれ果てる女性に対し、マージはヒジをテーブルに乗せ、真剣な表情を向けた。


「いいから早く勇者たちと連絡を取れ。

 私はしばらくこの街にとどまる。勇者たちを連れてきたら、即連絡を取ってくれ」


 マージはふところから紙を取り出す。滞在先の隠れ家の住所が書かれているものだ。

 相手がそれを受け取ると、マージは立ち上がり、外に向かって歩き出す。

 女性と取り巻きはあいさつもせず、その背中をだまって見送った。


 外に出てしばらく歩くと、マージはローブの中から深いため息をついた。


「……どうじゃ、きゃつらの様子は」


 暗がりの中から話しかけられる。おどろいたマージはそちらに顔を向けた。

 同じくローブをまとった女性が現れ、フードの中から幼くも見える美しい顔をのぞかせた。


「スターロッドさまですか。わたくしを監視してたおつもりですか?」

「すまぬ、少し話を聞かせてもろた。

 どうやらきゃつら、あまりお主のことを良く思っておらんようじゃの」


 マージはフードをゆすりながら前方に顔を戻した。


「活動が思うようにいっていないゆえです。

 この国の人々は苦しい生活に慣れ切っている。そして大帝への忠誠心も強すぎる。

 国の根底を突きくずしてまで、一度は訪れた豊かな生活を取り戻そうとする(やから)はなかなか集まりません」

「帝国のスパイ組織にも引っかからぬほどの圧倒的少数では、まともな活動さえできんようじゃの。

 で、なぜゆえ我らの計画を話さんかった?」


 するとマージはゆっくりとした足取りで歩き始めた。


「言っても無駄(むだ)でしょう。

 彼らは殿下が人との共存を望んでおられるとは夢にも思っていない。

 話したところで狂人扱いされるのが関の山です」

「ほほぅ、どうやら我らはよほど信用されておらんようじゃの。

 まあそれも仕方ないこと、いまは亡きタンサの奴めは、それほどのことをやらかしたんじゃからの」


 スターロッドはマージの横を歩くと、不意に長く親指の長い爪を(くちびる)の下に押し当てた。


「しかし、国民のひそかな怒りは我らより、それより遠い昔に彼らを追い出した北の連中に向けられておる。

 生活苦が元となっておるとはいえ、我らへの(うら)みすら忘れてそちらの方に向けるなど、酔狂(すいきょう)としか思えぬな」


 スターロッドは立ち止まり、後ろに振り返った。

 マージも止まってそちらを見ると、街の上空に見える灰色の空の中に、わずかにゾドラ城の尖塔が見える。


「いまいましきタンサめは、魔界にあるものと遜色(そんしょく)なき、あれほどの巨大な城を建てたのじゃ。

 いったいどれだけの死人が出たことか」


 スターロッドにしてみれば、あの壮大な城をはるか昔に建立した者は、よく見知った相手なのだ。

 魔族が自分たちよりずっと長寿であることをマージは理解していたが、それでも目がくらむ思いを抑えきれない。


「だのにこの国の連中はいまではあれを帝国の栄華の象徴として、あがめたてまつっておる。

 ますます酔狂なことじゃ」

「あの城に塗り込まれた(うら)みは、大帝陛下と付き従う数多くの人々によってすべて押しつぶされました。

 それほど当時の帝国は未来を明るく照らしていたのです」

「マージ。

 お主はどんなことがあっても、その頃のかがやきを取り戻したいか?」


 スターロッドが振り返り、宝石のようにきらめく赤い瞳をマージに向けた。

 偏見(へんけん)を取り払った今では、その光は神秘的な美しさしか感じさせない。


「ええ、それが今も苦しんでいるこの国の人々のためです。

 我々はどんなことがあっても、新しいカリスマとともに歩むべきだ」

「その意気じゃ、楽しみにしておるぞ」


 スターロッドはポンと肩をたたく。思ったよりも小さな手だ。

 可憐(かれん)にも感じる小さな背丈が、マージを置いてどんどん道を進んでいく。

 あれが魔族の中でももっとも強大な力を持った存在とは、この目で確かめたにもかかわらずいまだに信じられない。

 マージはそれを見つめ、もう一度城に目を戻した。


 自分はかつてあの城の中に住んでいた。

 あの頃は高揚感(こうようかん)ばかりで城の背景にまったく思いが至らなかったが、いま思うと肌寒い感覚におそわれる。

 だが。このまま順調にいけば、自分は再びあの城に住まうことになるのだ。

 その玉座に座ることになる建造者の息子は、ふたたび立ち込めた城の怨念(おんねん)をぬぐい去ることができるだろうか。


 マージは妄想をふり払い、き然とした足取りでスターロッドのあとを追った。

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