第28話 悩める知将~その4~
イサーシュ一行は、じめじめとした霧があたりを包む草地へと入っていた。
草地と言っても足元は泥でぬかるんでおり、草原と言うよりは完全な湿原と言った感じだった。
ところどころに大きな水たまりがあり、彼らはそれを避けて通らなけらばならなかった。
「しかし、ここも相当な悪環境だな。
日が照ってりゃ蒸し暑いし、霧が手出りゃ視界が悪くて歩きにくいことこの上ない。
まったく南の大陸ってのはどこもひどいところばかりだな。
メトラ周辺に人口が集中するのも当然だぜ」
ヴァスコが周囲にたかる無視を払うと、トナシェも同じようにする。
「宙を飛び交う虫にも気をつけなくてはいけませんね。
北で出会ったおじさんによれば、この地の蚊は伝染病を媒介するらしいですから」
「そうでなくとも、トナシェ、お前は気をつけろよ。
ただでさえ道はぬかるんでいて歩きにくい。その上不衛生だ」
そういってイサーシュはトナシェの足元を見る。
彼女の白いローブの下部分は泥に汚れて真っ黒になっている。
「だ、大丈夫ですよっ! ゆ、夢のお告げにもあったんです!
わたしはこの先を進む必要があるんです!」
「単なる夢だろ? きっと普通の夢をそれっぽくカン違いしたんだって」
自分で乗っておきながら、ヴァスコはあきれた口調で彼女に告げる。
「そんなことありませんっ!
たしかにわたしは感じました。あれは普通の夢じゃありません!」
ムキになって反論するトナシェに、後ろにいた若い僧侶がほがらかに笑う。
「大丈夫ですよ。
お嬢さんにもしものことがあっても、この私がなんとかしますから」
ヴァスコは不機嫌ぎみに彼に向かって振り返った。
「『パイアス』。お前も気をつけろよ。
おまえにもしものことがあったら、おれたちまで危なくなるんだからな」
「大丈夫ですよ。このあたりの道は何度も通い詰めています。
そうたやすくは倒れたりはしませんよ」
「そっちの方じゃねえよ。
お前にとってあぶねえのは、もう1つのほうだ」
「もう1つのほう?」と言いつつ、僧侶パイアスはポンと手をたたいた。
「魔族のほうですね。たしかに気をつけねばなりません。
いちおう武芸のたしなみはありますが、慣れぬゆえ対処はみなさんに任せますよ」
そう言って彼はメイスを高くかかげる。
ここでイサーシュは立ち止まった。
片手を横に広げ、目だけを動かして周囲に視線をこらす。
ヴァスコは声をひそめて呼び掛けた。
「おいおい、これで3度目か?
一体何回見間違えたらすむんだ? 魔物の連中はコシンジュ達の方を優先的に狙ってるはずだろ?」
「シッ! だまってください。今度という今度は様子がちがう」
イサーシュが耳をすましていると、霧の中からヒュンヒュンという音が聞こえてきた。
「みんな伏せるんだっっ!」
イサーシュがトナシェの頭を押さえて地べたに伏せると、後ろにいたヴァスコ達もあわてて身を伏せる。
上空を素早く何かが通り抜けていく。
そのうちのひとつがこちらにやってきたので、イサーシュは手甲でそれを防いだ。地べたを見ると矢だった。
「敵襲だっ!
奴らは物理攻撃を仕掛けてくるっ! くれぐれも矢に当たるなよっ!」
ヴァスコの「おっかねえっ!」という叫びを聞きながら、イサーシュはトナシェに目を向ける。
彼女の身体は全身が泥だらけになっていた。
「トナシェッ! シールドを張れっ!
じきに下の方にも矢が飛んでくる!」
言われて彼女はブツブツと詠唱を始める。少し声がふるえているが問題はないだろう。
イサーシュはそのあいだに向かってきた矢を背中から引き抜いた剣で払い落とす。
「ちきしょうっ! 目の前にあるのは草むらだけだっ!
これだけじゃ敵の攻撃は防げねえっ!」
ヴァスコは見えない攻撃に向かって必死に目をこらす。
彼はなんとか攻撃をしのげていたが、となりにいた船乗りが頭に矢を受け、そのまま水たまりの中に顔を突っ込む。
「くそっ! こんな初歩的な攻撃手段に対抗できないなんて!
もっと策を講じとくべきだった!」
「問題ありませんっ! 『エアシールド』っっ!」
トナシェが立ち上がると、イサーシュ達の前方に巨大な半透明の壁ができた。
向かってきた大量の矢がそれにはじかれ、ぽろぽろと地面に落ちていく。
「これで当面は大丈夫です! あとは向かってきた連中に対処を!」
「船長っっ! 大変だぁぁっっ!」
船乗りの1人が叫びあげると、全員がそちらの方を向いた。
船乗りの両腕に、いだかれて顔をしかめているパイアスの姿があった。
腹部を抑える手の指のあいだから、そそり立つように矢の羽が見える。
ヴァスコがこの世の終わりと言わんばかりに「なんてこった……」とつぶやいた。
そうしているうちに壁に当たる矢の数が少なくなった。
「気をつけろっ!
敵が直接ここにやってくる! みんな気を引きしめてかかるんだ!」
言いつつイサーシュが前方に視線をこらすと、霧の向こうから無数の影が走ってくる。
どれも人の姿をしているとは言い難い。
イサーシュが腰にぶら下げている袋の中から、チューリップ姿の魔物が飛び出す。
「イサーシュさん!
ありゃ水属性の『リザードマン』ですよっ! 奴らにとってこの視界の悪さなんてなんともない!
水属性としての力は最弱ですが、強烈な腕力とすばやさは並みの魔物より上ですよっ!」
「みんなムチャはするなっ!
俺が1人で数体分をこなすから、みんなは1対多数で力を合わせて戦うんだ!」
イサーシュが前に進み出ると、リザードマン達は半透明の壁をよけて、こちら側へと回ってきた。
どれもこれもいかつい面相をした恐ろしいトカゲの顔をしている。全身が緑色で、尻からは長い尾が生えている。
すさまじい勢いでかけ込んでくるリザードマン達に、イサーシュはそれを上回るスピードでふところに飛び込み、魔法剣で斬りつける。
堅い質感を持った敵のうろこだが、強烈な一撃の前にいとも簡単に斬り捨てられる。
斬り捨てたリザードマンがあっという間に10体に上ると、イサーシュは後方を確かめた。
船乗りたちはリザードマン1体を相手に2人以上で挑んでいるようだが、なかなか苦戦しているようだ。
そこからさらに敵の援軍がやってくるので、これ以上はもたないだろう。
イサーシュはすばやくかけぬけ、新たに現れたリザードマンに向かって剣を見舞った。
助けてもらったことに感謝する船乗りたちの視線を受けながら、イサーシュは周囲を確かめた。
ヴァスコはトナシェの身をかばいながら、1対1でリザードマンを相手に斧をふるっている。
いまのところ仲間たちはそれなりに奮戦しているようだ。
「まさかこんなザコ敵だけで俺たちに復讐するつもりはないだろう。
いままでのパターンを考えると、当然大将がいるはずだ」
マドラゴーラがその問いに応じる。
「そりゃそうですよ。
で、リザードマンのボスの中で思い当たる奴っていうのが……」
イサーシュは殺気を感じ、その場を転がった。
とたんにもといた場所に向かって何者かの影が舞い降りた。
イサーシュがじたばたするマドラゴーラを袋の中に抑え込むと、あらためて敵の様相を確認した。
全体がボロボロになったローブの中から、表面が滑らかな黒い粘液でおおわれたトカゲの姿を確認する。
手にしているのは巨大な鎌で、引き抜いて頭をこちらに向ける。
「オレの名は『ヴァジャノイ』。沼の死神と呼ばれている。
貴様はわが友カプリオンの仇。この鎌でその首、もらいうける」
「意趣返し、というわけか。
深海魔団の残党として、意地を見せてみろ」
相手に不足はなし。イサーシュとヴァジャノイは互いに身構えた。
先にヴァジャノイが仕掛ける。
鎌を大きくふるうと、イサーシュは後ろにのけぞってそれをかわす。
相手が2撃目をふるう前に、イサーシュは剣を払って鎌に叩きつけた。
魔法効果もあって大きくはじかれた巨大鎌だが、ヴァジャノイは素早い動きで一回転したあと、イサーシュと距離を取った。
「なかなかいい腕だ。さすがはカプリオンの戦友だけのことはある」
ヴァジャノイは「ぬかせ!」というと、なぜかそばにあった透明な壁に向かってかけだした。
そして目前までつくと、突然飛びあがって壁に張り付いた。
おどろいたことにそのままずり落ちることなく、張り付いたままこちらに顔を向ける。
「これがわが能力。
全身にまとうこの粘液は、あらゆる場所に密着し思うがままに走り回ることができる」
「だがいま壁はそちら側にしかないぞ。
狭い場所ならともかく、こんな開けた場所ではその能力を完全には行かせないだろう」
ヴァジャノイは壁から飛び上がって、上空からイサーシュに向かって鎌を振った。
イサーシュが飛びあがると、刃先は地面に突き刺さった。
ヴァジャノイはすぐさまなぜか水たまりの中に鎌の柄を突っ込むと、大量の水しぶきが上がった。
水しぶきは地面に落ちることなく、黒く染まってその場に固定されてしまう。
「足場がなければ、作ってしまえばいいだけのこと。
我が粘液は無尽蔵につくれる。そしてそこらじゅうにある水を触媒にして固定してしまうことも可能だ」
言うなりヴァジャノイはその場を飛びあがり、黒い柱に両足を押し付けてこちらに飛びかかってくる。
イサーシュは身を伏せてかわした。
そのあとヴァジャノイは鎌を使って次々と水しぶきを舞いあげた。
それらはすべて黒い水玉模様の柱に生まれ変わり、いつの間にかイサーシュの周囲にはちょっとした闘技場のようなものが出来上がっていた。
「さて、これで思うように動けるようになった。ここからがオレの本領よ」
するとヴァジャノイはあらぬ方向にかけだし、そのまま黒い水柱に飛び乗る。
おどろくほど華麗な動きでイサーシュに飛びかかると、すばやく鎌をふるった。
イサーシュはそれを魔法剣で弾くと、相手はめげずに別の柱に飛びかかり、いくつもの柱を移動しながら鎌をふるっていった。
目にもとまらぬ速さだが、イサーシュはなんとかその動きについていくことができた。
しかし、敵の攻撃はこれだけでは収まるまい。なにかさらなる手を考えているに決まっている。
イサーシュは異変に気がついた。脚が泥水につかったまま、まったく動くことができない。
必死に足を引き抜こうとするイサーシュに、ヴァジャノイが楽しげな声をかける。
「気がついたようだなっ!
水を自在に固定化させるということは、当然足元の水たまりも同様!
時間はかかるが、貴様がいる周辺の水はすべて固定化させたぞっ!」
すると、眼前に現れたヴァジャノイは真下の水たまりをすくい、それをイサーシュにかけた。
またたく間にイサーシュの全身が黒く染まり、まったく身動きが取れなくなってしまう。
イサーシュは必死に抜け出そうとするが、その前に鎌を大きく振りかぶった。
「貴様の首、もらったぁぁぁぁぁぁっっ!」
「『サンドブラスト』ッッッ!」
突然ヴァジャノイの身体に大量の砂がかかる。
とたんに相手はジタバタともがき始めた。
動きにくいながらも真横を見ると、トナシェが敵に向かって両手を向けていた。
「奴は水属性ですっ! 砂に水分が吸収され、相手も同じ状況になりました!
イサーシュさん、いまのうちにっ!」
イサーシュはうなずいて全身の力を振り絞る。
体中の粘液がブチブチとつぶれていき、イサーシュの身体は少しずつ自由になっていく。
しかし相手も全身の砂を払い落しながら、少しずつこちらへと近寄ってくる。
もう少しで身動きが取れる、そう思ったところで相手も鎌を両手に握った。
次の一瞬で勝負が決まる。
先にヴァジャノイが動いた。イサーシュはなんとかカマの刃に光る剣を押し当て、大きくはじく。
そして相手がのけぞっているあいだに、その身体に光の刃をたたきつけた。
ヴァジャノイが一瞬ビクリとすると、全身の力が抜けてその場にヒザをついた。
いかにも悔しげな顔を浮かべると、消え入りそうな声でイサーシュに告げる。
「我が復讐はこれで終わりではない。
壁の向こうを見てみろ……」
ヴァジャノイが水しぶきとともに倒れると同時に、イサーシュとトナシェは半透明の壁の向こうに目を向けた。
そこにはこちらに向かって弓矢を構える、数体のリザードマンの姿があった。
「くそっ! まだ敵の軍勢が残っていたかっ!
この空気の壁が消えたらおしまいだっ!」
「大丈夫ですっ! わたしに任せて!」
言うとトナシェは水たまりに両ひざをついて手を組んだ。
「長き眠りにつきし破壊の神よ。
我が声にこたえ、その呪われし力を存分にふるえ……」
トナシェが言い終わると、壁の向こうにいるリザードマン達のさらに向こう側から、ありえないほど巨大な物体を持った人影がやってくる。
おどろいたことに、それは骨と皮だけになっているミイラだった。
ミイラの全身には複数のトゲが生えており、特に顔のあたりに乱立しており、表情は見えない。
「激流の隠者ルキ。
破壊神の中では最も温厚でやりすぎることはないですが、同じ水属性でどれだけの効果があるか……」
ミイラは己も何倍もある巨大な水がめを抱え、ゆっくりとリザードマン達の背後に迫る。
敵の集団はそれに気付いていないようだ。
それをいいことにルキは肩の水がめを両手に抱えると、クルクル回しながら入れ口を下の方に向けた。
そして思い切り前方に押し出すと、勢いよく大量の水がリザードマン達に向かって押し寄せた。
いくら大きいとはいえ、あきらかに水かめの中に収まるような量ではない。
リザードマン達はようやく後方に異変に気づくが、弓矢を構える前にすさまじい水流に押し出され、こちら側の半透明の壁に思い切り叩きつけられた。
2,3体のリザードマンが血を流し、その辺りが真っ赤に染め上げられる。
水流が収まったあと、ミイラはゆっくりと水がめを担ぎ直し、クルリと後方を向いてその場を立ち去っていく。
同時に目の前をおおっていた半透明の壁が消え、リザードマンが水に流されこちらに押し出されてきた。
何体かは生きているようでゆっくりと立ち上がろうとするが、その手にはもう弓矢は握られていない。
代わりに腰の刀を引き抜こうとする。
イサーシュはすばやく詰め寄ると、リザードマンに向かって素早く剣をふるった。
勝負はものの数秒でカタがついた。
「……ふぅ。見事に助けられてしまったな、トナシェ」
剣を降ろし、暑苦しさのために額の汗をぬぐったイサーシュに、少女は首を振って応える。
「いいえ、最初に弓矢を防いでくれたお礼ですよ。
それにイサーシュさんがある程度リザードマンを倒してくれたおかげで、わたしはイサーシュさんのもとに駆け付けることができました。
それにしても、あの時の矢をさけられなかったと思うと……」
2人ははっとして、後方に振り返った。
ヴァスコをはじめとする仲間たちが1か所に集まっている。
イサーシュ達はすぐにかけつけ、彼らをかきわけて前に進み出る。
「……そんなっっ!」
いびつな語りをした枯れ木のそばで、腹部から血を流すパイアスの姿があった。
顔色は青白くもはや虫の息と言っていい。
「回復魔法を使いますっ!」
すぐにひざまずいたトナシェは、両手をかざして呪文を唱え始める。
パイアスは力ない瞳でそんな彼女に目を向ける。
「お嬢ちゃん、ありがとうね。
でも、おじさんはもうダメみたいだよ……」
「よせ! しゃべるんじゃないっ!」
イサーシュが告げると、パイアスはそちらの方に目を移した。
「あなた方のおっしゃる通りでした。
魔物と言うのは、本当に恐ろしいものですね……
見ていて、私程度ではとても歯が立たない連中だと思い知りました……」
「パイアスッッ!
わかったから黙って嬢ちゃんの治療を受けてろっっ!」
ヴァスコの制止にもかかわらず、若い僧侶はゆっくり首を振る。
「旅に出発した時から覚悟はできてました。これでいいんです。
神々の使徒のために命を落とすことができれば、私は本望。
もっともこれじゃただの犬死にですがね……」
パイアスの手が、呪文を終えかけたトナシェの手をにぎる。
おどろいて見上げた彼女の瞳には涙がこぼれ始めていた。
パイアスはそんな彼女に、そっと手を乗せ、小さくうなずいた。
突然彼の全身から力が抜け、木に身体をあずけるようにしてもたれかかった。
それ以降全く動かない。
ここでヴァスコが飛び出し、その身体をがっちりと抱いてゆすり始めた。
「パイアスッッ! パイアスッッ!? パイアァァァァァァァスッッッッ!」
ようやく手遅れだということに気づくと、ヴァスコは悲壮感あふれる目で仲間たちを見上げた。
「おれのせいだ……
おれがこいつを無理やり巻き込んだせいで、こいつは若い命を散らしちまった……!」
「そんな、そんなこと言ったら、あたしたちだって同罪じゃないですか……!」
泣き叫ぶ声に「す、すまねえ」と言うと、トナシェは両手で顔をおおって号泣し始めた。
大きな嗚咽が胸に突き刺さり、イサーシュはゆっくりと前に進み出て、2人の前に立った。
「コシンジュがここにいなくて良かった。
奴がこれを見たら、きっとひどく悲しむだろうからな……」
トナシェがいっそうむせび泣くと、イサーシュはその肩にそっと手をかけた。
結局、この戦いで3人が命を落とした。
その場に置いていくわけにもいかないので、残った全員でそれらの遺体を抱えあげ、埋葬ができそうな村を探すことにする。
ところが、ほんの少しだけ進んだところで、イサーシュ達の目の前に人の集落らしきものが現れた。
どれも土壁と藁を積み上げてできただけの粗末なつくりだが、人が住んでいる気配が感じ取れる。
「なんでだ? おれたちが魔物におそわれていたことはわかっていたはずだ。
なのになんで誰も助けに来ない?」
思わずつぶやいたイサーシュに、ヴァスコは首を振る。
「相手が魔物だからだろ?
怖くて誰も出てこれなかっただけじゃないか?」
「だとしても、戦いが終わってからも誰も様子を見に来ないのはおかしいじゃないか」
ヴァスコの「そんなものか?」と言う声を聞きつつ、イサーシュは村の囲いの中に入る。
「誰かっ! 助けてくれっ!
旅の途中で命を落とした仲間を運んでるっ! 地面に穴を掘る道具を貸してくれっ!」
誰も出てこない。イサーシュはいっそう声を張り上げた。
「だまっててもムダだぞっ!
ここに人が住んでるのはわかってるっ! 出てこないならこっちから中に入っていくぞっっ!」
イサーシュが返事を待たずに適当な家の中に入っていこうとすると、中からぞろぞろと人々が現れた。
北でも見た少数民族の風貌と、民族衣装とおぼしき粗末な服をまとっている。
その中の長老らしき人物が話しかけてきた。
「あんたたち、戦ってたのは魔物じゃろ。
ひょっとして、勇者の関係者か何かか?」
イサーシュは少し迷ったが、やがて少しずつうなずいた。
長老も同じようにする。
「……そうか。先ほどは出てこれずすまんかった。
あんたらの仲間は我々の手で丁重に弔おう」
すると、長老はなぜかクルリとうしろを向いて、そのまま話を続けた。
「だが、もうこれで終わりにしとくれ。
悪いことは言わん、あんたらはすぐに北の故郷へと帰るんじゃ」
「我々の行動に不満があると?
わかっている。だが帝国に魔王討伐の協力をあおぐのはいたし方のないことだ。
そうしなければ我々は魔王軍を打倒することは……」
「そうじゃありませんっっっ!」
別の人物が話しかけていた。
奥の家から、若い女性らしき人物がこちらに向かってくる。
「そんなんじゃありません。
あなた方には信じられないかもしれませんが、ひょっとしたらみなさんは、もう戦う必要がないかもしれないんですっっ!」
女性はイサーシュに目を向けつつ村の外へと歩き出した。
ついてこいと言う意味らしい。
イサーシュも村の外へ出ると、そこで待機していたトナシェ達とともに女性のあとを追いかける。
早歩きしていた女性が、少し離れたところにある場所で止まり、下に向かって指をさした。
ひときわ大きく盛りたてられた、土の山があった。




