第3話 早すぎる人質作戦~その2~
「なにっ!? 暗殺に失敗したっ!?」
「申し訳ございませんっ!」
異様な頭部をした老魔族ルキフールに向かって、一本角のファブニーズは必死に頭を下げる。
すると目の前の豪華な玉座にいたまだ若き魔王が、さっそうと立ち上がった。
と思ったらあさっての方向を向いて嘆き始めた。
「だから神に選ばれた勇者に下手な相手じゃ勝ち目がないって言っとるではないか~っ!」
「お、落ち着いてください魔王殿下!」
「その通りです殿下。
暗殺者マドラゴーラは魔界屈指の手練、今回は奴の落ち度ではなく不測の事態が発生しただけです。
幸い彼はまだ生きており、勇者たちに正体がバレた様子はありません。
本人に確認したところ、引き続き暗殺任務を続行するとのことです!」
「むぅ……しかし奴を使うにしろ、次はより慎重に対処せざるをえん」
ルキフールが必死のファブニーズにうなずきながら言うと、突然魔王が振り返った。
「もういい!
かくなる上はわがはいが直接現世へいって奴をたたきのめしてくれる!」
「いけません殿下!
魔王軍の首領が直接現世に行けば魔王軍の士気にかかわります」
「宰相さまの言うとおりです! あまりに早すぎます!
そう言うセリフはもっと軍が追い詰められてから言って下さい!」
「うるせぇ待てるかぁ!
どっかのラスボスみたいに悠長に勇者がノコノコとやってくるの待ってるから、極限までレベルアップした連中にボコボコにされんだよぉっ!
だいたいラスボスは何やってんだよ! ろくに実戦もしないで玉座に座って、それでも勇者に勝てると思ってる神経がわかんねえよ!
現実は今か今かと朗報を待ち続けてるあいだに精神が崩壊するわぁっっ!」
「無体なことをおっしゃいますな!」
「そうですよ! ストーリーバランスを崩壊させるおつもりですか!」
ルキフールはもちろん、ファブニーズもあわてふためく。
「そんなムチャクチャな展開もあるだろぉっ!?
どうせギャク路線なんだからさぁっっ!」
「「おやめください!」」
ひとまず落ち着いたところで、再び玉座に座った魔王は投げやりに答える。
「でどうするんだよ。また下手な刺客にやらせんの?」
そんな魔王の態度にもめげずに、ファブニーズは首を振る。
「確かに殿下のおっしゃる通り、下手な刺客を差し向けるだけでは勇者どもにはまず勝てないでしょう。
そこで、わたくしは作戦の方針を変えるべきだと考えました」
「ほお、作戦を変えるとな」
これにはルキフールのほうがいい反応を見せた。
「強力な刺客を正面から戦わせるより、多少こずるくても確実に勇者を追い詰められるほうがよいと考えたのです」
そこで初めてルキフールの顔に笑みが浮かんだ。
「なるほど、読めたぞ。ようは奴らの弱点を狙ってしまうのだな?
ファブニーズ、絡め手を嫌うお主にしてはよう決断した」
「ありがとうございます」
「それで、そのような汚れ役を引き受けるにうってつけの者は?」
言われてファブニーズはニヤリと笑った。
「それはもうもちろん、わが軍にふさわしい者がおります」
「どうでもいいけどしっかりしてよ。次こそ必ず勇者連中をしとめるんだからね」
魔王は完全にだらけていた。
一方、とある村の夜。寝静まる建物のあいだを、ポツンと火の光が照らしている。
「なあ、本当に見回りする必要あるのか?
ここんところ村は全然平和だったって言うのに、わざわざこんな夜更けにまわる必要があるっていうのかよ」
なんだかうだつの上がらない感じの中年の村人に対し、なんだかだらしのない感じのいい歳こいた村人が答える。
「いやいやダメだね。
近頃は魔物が出るって言うもっぱらのウワサだし、だいいちあの『脅迫状』に書いてある通りなら、連中は間違いなくこの村にやってくるはずだ」
うだつの上がらない中年は首をかしげる。
「魔物に、『あいつら』、か。まったく、いつの間にこんな厄介な世の中になったんだ?」
だらしのない村人が首をすくめる。
「魔物は、まあ心配ないだろ。狙いは勇者様らしいし。
そんなことよりも『あいつら』だ。村長の奴、おれたちに隠れてこっそり金を貯め込みやがって。
そんでもってあんな宝の持ちぐされみたいなもん買いやがった。だからあんな連中に狙われるんだよ」
「ちきしょう、分け前をきちんとよこせってんだ」
そろいもそろって聞いててイライラしてくる口調でグチをこぼし始める。この村ではいつもそんな感じなのである。はたから聞いているとたまったものではない。
「それにしてもホントついてないよな。本来ならあいつら、いつもは別の場所……」
「おい、どうしたんだよいきなり立ち止まって……」
だらしのない村人が問いかけると、前方をじっと見つめる村人がそっと暗闇を指差した。
「ちょっと黙ってろ。前からなんかやってくるぞ?」
言われて2人そろって視線をこらしていると、うっすらと人のようなものが現れた。
うだつの上がらないほうがそっとつぶやく。
「おいおい、あいつらか? だけどこんな堂々と現れるはずがない……」
途中で声が止まった。目の前に現れたのは、明らかに人間の姿をしてはいなかった。
頭が大きく、目と鼻も異様に大きい。耳はかなりとんがっており、火の光に照らされる肌もなんだか血色が悪い。そいつはおもむろに手を上げた。
「あ、こんばんは。
村をおそいにやって来た魔物です」
「……ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
だらしのないほうが、大声をあげて腰を抜かした。
「こっ、こっちのほうが来た~~~~~~~~~っっ!」
うだつの上がらないほうはかろうじてその場を逃げ出した。だけどすぐに戻ってきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっ! こっちからも来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
戻ってきた村人の反対側には同じ姿をした化け物がじりじりと迫ってくる。
その時そばに会った建物の、上の階にある窓がバンッと開かれた。
「なんだうるせぇなこんな真夜中にっ! ってうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
真夜中に叩き起された村人たちは、そのあと連鎖するように悲鳴をあげていった。
彼らの目に見えたのは、物々しい数のバケモノの軍勢。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
やがて同じようなリアクションが村中に響き渡った。




