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第27話 忍びよる限界~その4~

 メウノとネヴァダが起き上がって、朝食を済ませると巨大ガメの前で軽く打ち合わせをすることになった。

 ネヴァダが地図を取り出してコシンジュ達に向かって広げる。


「前にも言った通り、ここらあたりからはいくつか村が点在してるんだけど、1日ごとに休める距離じゃない。

 砂丘のど真ん中よりはだいぶましになったとはいえ、ここも立派な砂漠であることには変わりないからね。

 人里はみんな水源に依存してるんだ」

「村々に必ず泊まる、という選択肢はありませんね。

 魔物の襲撃(しゅうげき)のことも考慮(こうりょ)するとなると、食料や必需品の調達だけをすませてすぐに村を発つということも手ですね」


 メウノの判断に間違いはないだろう。

 実際に多くの人々が魔物たちに殺されてしまったいま、これ以上の犠牲(ぎせい)を出すことは許されない。わがままを言っている場合ではないのだ。

 コシンジュはネヴァダに問いかける。


「都にはあとどれくらいでつくんだ?」

「道中はまだ半分も行ってないね。

 このあたりは『迷いの道』と言われてて、岩山のせいで複雑に入り組んでるんだよ。

 もちろんあたしは道を知ってるから大丈夫だけど、それでもグネグネと折れまがってて時間がかかるのは間違いないね」

「道中の複雑さか。

 敵が待ち伏せをするのにも格好の地形ですね。そのことも考慮(こうりょ)に入れとかないと」


 言われてネヴァダは、遠く離れた岩山の頂上に向かって視線をあげた。


「ちゅうちょしてるヒマはないね。

 今さら後には引けないし、なにより魔王たちが何かを企んでる以上、あたしたちは先に進むしかない」


 残りの3人が同じ場所を見上げた。旅への決意を新たにするかのように。





 一方コシンジュ達が目指すゾドラ城では、帝国の権力を一手に握る5人が集まっていた。

 全員が一堂に会するのは珍しい。


「奴は本当に魔王だったのか?」


 物々しい黒の(よろい)をまとう将軍プラードが問いかけると、カラフルな衣装を身にまとった道化師アンカーはうなずいた。


「奴は確かに魔王と名乗りました。

 アタクシの目から見ても、あれほどの動きができる者はそういないと思います」


 いつもはおどけた口調で話すアンカーだが、この時はいたって真剣な口ぶりである。

 それほど事態が切迫しているということなのだろう。


「相手は魔族なんでしょ?

 いくらあんたが腕に自信があるからって、人間よりパワーがある魔物の腕前を評価しきれると思ってんの?」


 きらびやかな赤いドレスを着こんだ皇后ララストが疑い深い口調で片手をあげる。

 プラードはゆっくり首を振った。


「いずれにしても相当の手練(てだれ)には違いない。

 最近、妙な報告が上がっている。

 帝国各地に巨大なドラゴンに乗った上級魔族が出没し、狼藉(ろうぜき)を働いている帝国民を殺してまわっているのだとか」


 肥え太った肉体を緑の服で包む宰相(さいしょう)グラトーニは何度もうなずく。


「知っている。

 最初は湿地帯での黒騎士たちの虐殺(ぎゃくさつ)から始まっている。

 連中は明らかにターゲットをしぼり、的確に相手を襲撃しておる」

「それに関してひとつ問いかけたいことがある。

 お前たちは魔法を使って、その事実を確認したそうだな。

 お前たちは敵の様相を見ているはずだ」


 プラードに問いかけられ、魔導師スローラスが黒いフードに隠した顔をチラリとのぞかせた。


「あ、ああ。たしかにこの目に確認した。

 遠目だからよくわからなかったが、圧倒的な力を持った強大な連中には間違いない」

「さっきからなんなのあんたたちは。

 意見も少ないし、どことなく挙動不審だし。ここ最近ずっとおかしいわよ」


 言いつつララストは、2人の顔をのぞき込むような視線を浴びせる。


「あんたたち、本当は何かを隠してるんじゃないの?」


 2人に挙動はなかったが、明らかに隠し事をしている、そう見て取れた。

 そこへ1人がひっそりと手をあげる。

 残りが視線を向けると、アンカーだった。


「アタクシが知っている事実を1つ。

 魔族たちがまたがっていたレッドドラゴン、あれは額に巨大な1本角が生えていて、

 しかも途中で折られていた」


 全員が絶句する。

 強大な権力をにぎる彼らは、全員がそのドラゴンの素性を知っていた。


「それ、本当の話なのっ!?」


 ララストにさとされアンカーはうなずく。


「確かな筋から得た情報だ。

 間違いなくあのドラゴンは、ベロンの首都で竜王を名乗っていた個体に間違いない」

「では、城に現れた魔王を名乗る魔物は、本物……」


 プラードがアゴに手を触れて絶句していると、ララストが残りの3人に向かってどなった。


「あんたたちっっ! 知ってたのねっ!

 どうしてだまっていたのっっ!」


 アンカーはあわてて両手をあげる。


「本当のことだとは信じてなかったものでっ!

 2人のほうは確信があったみたいですけどっ!」


 スローラスとグラトーニは押しだまる。

 ララストは鋭い視線を浴びせ続けたあと、ため息をついてうつむいた。

 スローラスは恐縮ぎみに全員に呼び掛ける。


「と、とにかく、我々には若干の猶予(ゆうよ)が与えられている。

 そのあいだに城の防備を強固にすることは十分可能だ」

「城全体の防備などどうでもよい。

 問題は我々自身がどうやって身を守るかということだ。

 それはお前たち自身がおのずと行うべきことだ。で、首尾はできておるのか?」


 グラトーニに見つめられ、4人は涼しい顔をしだす。

 事前に襲撃されると聞いてさえおけば、彼らだって決して無力なわけではないのだ。


「ぬかるなよ。もし魔王たちを無傷で通すことになれば、残りの我々も不利になる。

 それだけはなんとしても阻止せよ」

「そういうあんたこそ、命がけで奴らを止めてよね。

 策士(さくし)策に(おぼ)れるってのだけはカンベンよ」

 ララストにうながされグラトーニは鼻を鳴らした。


「ワシをだれだと思っておる。

 かつては大帝のもとでならした、大陸一の軍師とはワシのことよ」


 ここでアンカーが再び手をあげた。


「実は新しい情報があります。

 メトラに忍び込ませたスパイの情報によりますと、あの街に最近妙なものがうろついているとか」


 スローラスがフードの中からぎょろりとした目を向けた。


「知っているぞアンカー。赤い甲冑(かっちゅう)を着た騎士だそうだな。

 なんでも泳がせていたマージの奴を探しているらしい。

 赤い騎士はおそらく変装した例のデーモンだとして、なぜマージの協力を仰ぐ必要があるのだ?

 レジスタンスごときに我々をどうこうできるはずもなかろうに」


 グラトーニが思わせぶりに、アゴに手を触れた。

 その狙いを察しているようだがなぜか口を開かない。それが意味することを考えたくないかのようだ。

 アンカーが意味ありげな視線を送ると、顔をあげて平静をよそおった。


「そいつの動向にも注意することにして、当面の課題は要塞(ようさい)の再建だ。

 当然のことながら魔王は自身の大軍勢と連携(れんけい)して襲撃することが予想される。

 奴が言っていた『合図』とはこのこととみて間違いない。

 わが軍の主力はそちらに向けて、我々は各自の精鋭(せいえい)部隊とともに事態に備えるしかあるまい」


 全員がうなずくと、会議はそこで終了となった。





 砂漠地帯が岩山つづきになってから3日が過ぎた。


 コシンジュ達は村への宿泊を最低限に(おさ)えつつ、適度に食料や備品を調達しつつ入り組んだ山道を進む。

 ネヴァダが道を知り尽くしているおかげで一行は迷うことなく先に進むことができた。


 が、ここにきてなぜかネヴァダが突然地図を開き始めた。


「おかしい、さっきから同じところをぐるぐる回っているような気がする。

 道は確かにこっちであっているのに……」


 それはコシンジュにとっても同じことだった。

 目の前に広がっている風景はもう2,3回も見ているような気がする。


「どうも、引っかかってしまったようですね」


 ロヒインが杖を構えながら言う。

 彼(そろそろ彼女と呼んだ方がいいのだろうか)がいぶかしむということは、つまり……


「敵が魔法を仕掛けている、ということでしょうか」


 メウノが問いかけると、ロヒインはうなずく。

 しかしそのあとしきりに首をかしげる。


「我々が魔法にかけられている、それは間違いないと思います。

 ですけど、あまり意味がない」


 ネヴァダが振り返って「意味がない?」とオウム返しする。


「パーティーの中にわたしのような魔導師がいるということを、考慮していないということです。

 魔導師であるわたしなら、この現象が魔法によるものだということをすぐに看破(かんぱ)してしまう。

 こんな魔法を解除することなどわたしにとっては朝飯前だというのに、疲労や精神的な迷いを狙って魔族がこれを仕掛けているとは思えません」

「山賊だったら、魔導師くずれが混じってないとも限らないけれど。

 それにしちゃ(おそ)ってくるのが遅いね」


 ネヴァダの発言にロヒインはうなずくと、いっそう声をひそめて話しかけてきた。


「怪しいですね。みなさんは適当に相談事でもしていてください。

 そのあいだにひそかにワナを仕掛けます」


 うなずいて、ネヴァダはコシンジュとメウノに手招きして呼び寄せると、地図を見せつけて適当なことを言う。


「このあたりの岩石砂漠は『迷いの道』っていうんだけど、なんでか知らないけど正式名称はない。

 前に通った『クエンナ大砂丘』とあわせて、ひとくくりに『ペレーネ大砂漠』って呼ばれてて……」


 そのあいだにロヒインがひそかに呪文を唱える。

 言い終わると、語りかけるような声を発した。


「……盗聴(とうちょう)はされていません。

 相手は単独、すぐそばにある岩山の上からひそかにこちらを監視しているみたいです」

「で、奴を追い返せるかい?」

「敵方のスパイかもしれません。

 なんとかして、相手の素性(すじょう)をつかみたいと思います」


 ネヴァダにこたえるとロヒインは再び呪文を唱え始めた。

 かなり長い時間詠唱し続けている。

 3人が話題に困ってじれていると、ようやく敵が隠れているらしき岩山に向かって杖をまっすぐ振り上げた。


「『フラッシュ』っっっ!」


 上空で閃光がまたたいて、コシンジュ達は顔をしかめた。

 直後に山の奥から「うわっっ!」声がひびく。

 それを聞いたコシンジュはビックリしてしまった。


「声が高いぞっ!? 女かっ!?」

「いや、子供だっ!

 追尾魔法はすでに仕掛けてあるからすぐにあとを追おう!」


 かけだしたロヒインについて行く。

 ネヴァダが手ぶりでコシンジュをうながした。メウノとともに巨大ガメのそばに残るつもりらしい。

 2人だけで子供のあとを追うことにした。


 そう離れていない場所に、相手の潜伏場所らしきところがあった。

 岩をくりぬいて作った住居らしく、岩山にドアと窓らしき木の板が唐突にくっついている。

 近くには井戸もあるようで、あちこちに道具のようなものが散らばっている。


「どうやらあそこの住人が仕掛けたいたずらだったみたいだね。

 これ以上オイタをしないよう、きびしく(しか)ってやらないと」


 にやりと笑うロヒインが向かおうとすると、家の中からどなり声がひびいた。


「バカ者っ! あれほど魔法を使って旅人を困らせるなっていっただろうがっ!」

「違うんだよっ! あれ、普通の旅人じゃない!

 お父さんが言ってた勇者とかいう連中だっ!」


 すると、突然ドアが乱暴に開かれ、中からくたびれたローブを身にまとった男が現れた。

 周囲を見回すと、すぐにこちらの存在に気がついた。

 警戒するような視線を送ったかと思うと、すぐにぺこりと頭を下げる。

 コシンジュとロヒインはとたんに息をのんだ。


「あの人、頭に角がついてる……」


 ロヒインが思わずつぶやくと、聞こえていたのか男性は自分の角に手を触れた。思ったより若く見える。

 そして背後に、上半身裸の少年が現れた。

 こちらの方も角がついているが、父親らしき男性に比べると一回り小さい。

 少年は男性の後ろに隠れ、少し警戒するようにこちらをのぞき込んでいる。





「お恥ずかしながら、わたくしはこのあたりに隠れ住んでいるものでございまして、ごらんの通り魔物の血を引いております」


 ネヴァダたちと合流したコシンジュは男性の家に招かれ、テーブルに落ち付いて男性から水の入ったコップを受け取る。

 ちょうどのどが(かわ)いていたのでそれを飲みつつ、ロヒインが問いかけた。


「ご両親はいったいどのような?」

「父は先代魔王タンサに(ともな)いやってきたデーモン族の者です。

 この地で人間である母と出会い、人目を忍ぶようにこの地で暮らしていました。

 そのあいだに生まれたのがわたしです」

「それじゃおたくのお母さんは……」


 コシンジュが同情するような視線を向けると、男性は首を振った。


「いえ、母は天寿を全うしました。

 とは言ってもしょせん人間ですので、わたしにとっては短い思い出でしたが」

「お父上はどうされたのです?」


 メウノが問いかけると、男性は今度こそ悲しい目をした。


「母がなくなったあとも、父は隠れてわたしを育てました。

 ですが、近くに住んでいる村人たちに見つかり、あえなく捕まってしまいました。

 そして無残な最期を……」


 コシンジュ達が息をのむと、男性はうなずいて続けた。


「父は最期まで無抵抗だったそうです。

 そのおかげか、(さいわ)いにもここが彼らの目に留まることはなく、わたしはたった1人この地で暮らしていました」

「一緒に暮らしているの、あれ息子さんですよね。

 奥さんは……」

「妻はそこの村の人間です。出会いは偶然(ぐうぜん)でした。

 道に迷って難儀(なんぎ)しているところを、わたしが助けたのです。

 この見てくれゆえ、その場かぎりのつもりでいましたが、なぜか彼女のほうがついてきてしまって。

 どうやらわたしが以前殺されたデーモンの息子だということに気づいたようなのです。

 彼女のほうが私のことを見かねて、一緒に住むようになりました」


 男性は窓の方に向かうと、木の板を開いて外の光を取り入れた。


「なぜか誰も追っては来ませんでした。

 わたしと同じく、彼女もどうやらわけありのようでした。わたしは特に詮索(せんさく)しませんでしたが」


 窓枠に両手を預け、うつむくように視線を下げる。


「彼女との生活は、長くは続きませんでした。

 息子を産んだ後の肥立(ひだ)ちが良くなく、彼が物心つく前に亡くなりました」


 言い終わったところで、ロヒインが問いかける。


「ここを訪れる者がいないようですね。

 いや、むしろそうならないようにしている気がしますが」

「父に教えてもらった魔術のおかげです。

 父はここに人が踏み入れることがないような、そういった魔術しか教えてくれませんでした」

「ですが、息子さんはどうするんです?

 このまま、たった2人で生きていくおつもりですか?」


 男性は顔を伏せたまま、こちらを責めるような口調になる。


「そうするしかないでしょう。ここ以外にいったいどこに行けばいいんです?

 そうする以外に、どうやって生きていけばいいんです?」

「だったらなぜ奥さんに息子さんを産ませたんですか!?

 いや、そもそも奥さんをここから追い出すべきだった! 深く愛し合ってしまう前にっ!」


 声を荒げたロヒインに男性は振り返った。

 怒りと悲しみの混じった視線をまっすぐ向ける。


「愛してしまったからですっ!

 たがいに愛しあっていたからこそ、わたしたちは気持ちを押さえることができなかったっ!

 気がついた時には何もかも手遅れだった!」


 男性は目のやり場に困ると、ふたたび窓のほうを向いた。


「お互いさびしかったんでしょう。離れることはできませんでした。

 だからこそ、妻が亡くなったあとでも息子をここに引きとめてる……」

「息子さんはどうするんです? 彼は外の世界への興味にとらわれてる。

 だからこそ旅人にちょっかいを出してるんです。触れあえないとわかっているからこそ、あのような形でしか外の世界とつながることができないんです」

「息子は、わたしよりもずっと早く歳を取っている。

 きっとわたしより先に死を迎えるでしょう」


 コシンジュはロヒインの顔を見つめた。

 何の解決にもなっていない、そう言いたげな表情だった。





 結局何も解決してやれることはできず、コシンジュ達は家を去ることにした。

 父親は見送ることはせず、かわりに息子のほうが家のドアからのぞき込むようにして見送るだけだった。

 ネヴァダが振り返りながらつぶやいた。


「それにしても、デーモンと人間のハーフねえ。

 あいつの親は、まさか子供が生まれるなんて予測してなかったんだろうね。

 だからあの子が生まれた」


 ロヒインが思い悩むような表情で首を振った。


「いえ、それは間違いです。

 デーモンというのは、もともとは魔界で暮らしていた普通の人間でした。

 それが現地の魔力を長年受け続けたために、あのような姿になった」

「えっ!?

 ということは、オレらと奴らって、生物学的にはあんまり変わんないってことなのっ!?」


 コシンジュのおどろきに、ロヒインはかなしげな目を送ってきた。


「魔族というものは、実は地上に暮らす生物の魔力的な進化系なんだよ。

 オークはもともとイヌやオオカミ。コボルトはネコ。そしてゴブリンはネズミ。

 魔界の強烈な力を受け続けて、知恵をつけたり、肉体が変化したり、強大な魔力を持つようになった。

 そしてあの長い寿命も、魔族となった後遺症(こういしょう)のようなものだね」


 そしてロヒインは岩場の影に隠れて見えなくなった親子の住まいに目を向けた。


「魔力が比較的少ない地上に暮らし続けることで、あの親子も少しずつ魔力がなくなっていく。

 だけどその影響は非常に(ゆる)やかだから、歳をとるのはずっとずっと先になるのだけれど」

「それでも彼らは魔物の血を引く者として、ずっと生きていかなきゃいけない、ということですか……」


 メウノのかなしげなつぶやきに、コシンジュはアゴに手を触れて考え込んだ。

 自分たちに、なんとかできないだろうか。

 そして決断したような顔で前方を見上げる。


「オレらの村に、連れて帰れないかな?

 魔王をなんとかしたあとでいいから」


 ロヒインは眉間を押さえて反論する。


「悪くない案だと思うけど、道中トラブルにならないかな。

 それがなんとかなったとしても、うちの村の人たちがなんというか」

「オレが連れてくんだから、みんなに文句は言わせない。

 絶対みんなを説得して見せる」

「だといいけど。

 じゃあ聞くけど、コシンジュが死んだ後のことは?」


 ロヒインに顔を向けて問いかけると、コシンジュは難しい顔をした。


 そうだ、自分が生きているうちはまだいい。

 だけどそのあとも、あの親子は生きていかなきゃいけないわけだ。

 ここで突然メウノが話しかけてきた。


「私はコシンジュさんの意見に賛成です。

 もしものことがあって村を去ることになったとしても、そのあいだに外の世界を見ることができる。

 彼らにはその思い出が強く残るはずです」

「いろいろ勝手なことを言ってるけど、決めるのは本人たちだよ。

 あたしたちがどうこう言えることじゃない」


 ネヴァダに問い詰められると、コシンジュは再び前に向き直った。


「いずれにしても、すべては終わったあとだ。

 問題が解決したら、もう一度ここにやってきてみよう」


 ふと横を見ると、ロヒインが何か思い悩むような顔つきになっていた。


「ロヒイン、変なことは考えるなよ?」


 相手はハッとすると、コシンジュに向かって激しく首を振る。


「な、なにもっ! なにも考えてないよっ!?」


 あきらかに動揺(どうよう)していた。

 ひょっとしたら、自分も魔物になろうと考えているのかもしれない。


 だがしかし、だからといって魔物になることがロヒインにとっていいことだとは思えない。

 コシンジュが魔物になることはできないからだ。

 心理的にではなく、実際自分には魔法を使う素養がない。だいたい魔物になったところで、ロヒインの願望がかなうはずが……


 コシンジュはあることに気づいた。

 ずっと頭の中で引っかかっていたことが、不意に頭にもたげてきた。

 スターロッドさまが去り際に言っていたことを思い出す。


“魔族になることの恩恵は、長寿と強大な力だけではない”


 たしかそんなことを言ってただろうか。

 何だろう、妙なことが引っかかる。


……まさか! コシンジュはロヒインを見た。

 彼女は気付かないふりをして、なぜが口笛を吹き始めた。

 コシンジュの疑念は確信に変わった。


 そんな、まさか。いや、ありえない。

 ロヒインが魔族と契約を結ぶなんてあり得ない。ありえない、絶対に……

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