第27話 忍びよる限界~その3~
グールルは2,3体だけになった手下とともに、村の目前に陣取っていた。
「おやおやおや、ノコノコとやってきたのかい?」
敵の親玉はそう言いながら、後方に顔を向ける。
その先にはいまだうずくまっている村人たちの姿があった。
「状況をよく理解してるつもりかい?
ワシらの背後に、人質がいるということを。下手に近寄れば、奴らの身が危ないよ」
コシンジュは棍棒の先をまっすぐ相手に向けた。
「人質を解放しろよ。さもなくば容赦しねえぞ」
それを聞いたグールルがハッ、と言って笑う。
「愚鈍な勇者めっっ! そんなことをしてただですむはずがない!
こちらが認識しておらぬはずがなかろうがっっ!」
そういうとグールルは強い熱を放ちはじめた。
耐えきれないほどではないが、長時間浴び続けるのは危険だ。
コシンジュが「ロヒインッ!」と叫ぶと、となりに立つ彼が杖を真上に向けた。
「『スプラッシュ』ッ!」
叫びと同時に、コシンジュは上空からの水のしぶきを浴びた。
あっという間にコシンジュは水浸しになる。同時にグールルは笑った。
「ケケケケッッ! 持久戦とくるかいっ!?
それとも思い切って飛び込むつもりかいっ!?
言っとくがワシの身体の熱は、ちっとやそっとの水を浴びたくらいで耐えられるようなものではないぞっっ!」
その時、ロヒインがふところから鳥の羽根のようなものを取りだした。
当然グールルはそれに気づき身構えるが、投げつけた方向はそいつ自身ではなく、そばにいた取り巻きの方向に向かった。
コシンジュに気を取られたままだったマンイーターは正面から受け、激しい閃光とともに体を弾き飛ばされる。
グールルもそのあおりを受けていたようで、思わず体勢をくずした。
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
そうしているあいだにコシンジュがかけぬけた。
気を取られていたグールルは「しまったっ!」と言いながらも放つ熱を強くする。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」
しかしコシンジュの勢いは止まらない。
鬼気迫る表情で向かってくるコシンジュに、グールルは後ろにいる人質たちを意識して身構える。
一瞬そちらに視線を向けているあいだに、コシンジュは思い切った行動に出た。
持っている棍棒をグールルに向かって投げつけたのである。
相手がそれに気づいた時にはすでに遅く、グールルの顔面に棍棒がめりこんだ。
「めぎどっっっっっっっ!」
強い閃光とともに、グールルの身体が少しはじけ飛んで、すぐに着地した。
それきり全く動かなくなった。
ここでコシンジュは力尽き、地面にヒザをつく。
それを見た2体のマンイーターが互いに顔を見合わせる。
そして奇声を発してこちらに向かってきた。
するとコシンジュの前方にロヒインの姿が現れる。
「『ウォーターフレイル』ッッ!」
ロヒインの杖の先に、水のかたまりが現れる。
ほんの少し張り付いているだけの量にすぎなかったが、飛びかかった炎の魔物を撃退するには十分だった。
少々つたない動きで2体の魔物を制したロヒイン。
すぐにコシンジュに振り返り、「大丈夫っ!?」と声をかけた。
コシンジュは相手を見ないままうなずく。
「オレなら大丈夫だ。それよりも村人たちを早く!」
「ったく! 自分より他人の心配かよっ!」
ロヒインはぼやきながらも人だかりの中に向かう。
しかし、たどり着く前にその足が止まってしまった。
コシンジュは顔をしかめながらも立ち上がると、額を手で押さえながらそちらの方へと向かう。
そこでは案の定いやな光景が広がっていた。
寄せ集まって身を固めている村人たちは、ほとんどが女子供、そして老人だった。
男性はたった2,3人しかいない。
無残にも殺されてしまったのだろう。
人々はこちらに向かって容赦なく恨みのこもった目を向けている。
ロープで身体を縛られているわけではなかったが、どうせ逃げたところですばやい魔物に追いつかれて殺されるのがオチ、と考えたのだろう。
「……悪かった。悪かったから、お願いだから立ってくれよ……」
うんざりした顔つきでコシンジュは村人たちをうながす。
2,3人が立ち上がると、その中にれっきとした大人の男性がいた。
男性はいまいましげにつぶやく。
「お前らのせいだ……
お前らのせいで、村の男たちは奴らに皆殺しにされた」
ロヒインはその瞬間顔をそむけた。
コシンジュもうつむき、文句のひとことでも言ってやりたいところを必死でこらえる。
こちらが言い返さないことをいいことに、男性は声を張り上げてののしり始めた。
「……いったいどうしてくれるんだっっ!
村はボロボロっ! 生き残ったのは使い物にならない女子供ばかりっ!
これじゃ村を立て直すこともできやしないっ! いったいどうしてくれる!?」
『使い物にならない女子供』?
いくら生活がきびしいからって、同じ住民を物扱いするだなんてどういう神経してるんだ?
「こうなったらオレたちはここを捨てて、都会に移住するしかないっ!
稼げない連中は売っぱらうしかないっ!」
「……いい加減にしてくれっっ!」
コシンジュはとうとうこらえきれなくなって、地面に向かってどなりつけた。
「なにを言っている? これは全部お前らのせいなんだぞ?
お前らがここまでやってきてくれたおかげで、魔物どもが攻めてきて村はほろぼされてしまったんだっっっ!」
男性の叫びはヒステリックなものになっていた。
同時に他の村人たちの中からもすすり泣きのようなものが聞こえてくる。
「お前ら北の人間にはわからないだろうがな。こっちは自分が食っていくだけで精一杯なんだよっ!
自分の食いぶちを稼ぐことができない奴は、奴隷になってこき使われるしかないっ!
こんなことはお前らには絶対わからないだろうがなっっ!」
「だからってオレらに当たり散らすのかよっ! 悪いのは魔物だろっ!?
こっちだって人に迷惑をかけないように必死で頑張ってんのに、なんでここまで責められなくちゃいけないんだよっっ!」
言いながら頭のすみでは完全に八つ当たりだと理解していた。
前だったらどんな言われようをしても、ここまで言うことはなかったというのに。
十分な休息を取ったのにもかかわらず、自分はこんなにも疲れていたというのか。
「てめぇっっ! ぶっ殺してやるっっ!」
村の男性が方をいからせてやってきた。
しょうがない、ここは1つぶん殴られるのを覚悟しよう。
しかし近寄る前に頭上に衝撃がやってきた。
腕を取られて強引に引っ張りこまれ、ズルズルと引きずられていくと、その相手がネヴァダだということに気づいた。
「どんだけ追い込まれてんだよあんたはっっ!
連中だって家族を殺されて悲しんでるんだよっ!? それを傷口に塩を塗り込むようなマネしやがってっ!」
村の人々が遠ざかっていくのを確かめて、コシンジュは本音をさらした。
「もうダメだ。限界だ。
オレ、行く先々であんな風にののしられたり、変なプレッシャーを与えられたり、そんなのに耐えられない。
最初のうちは我慢できても、こんなところにまで来てあんな言葉を吐きかけられたりしたくないっ!」
「それでもガマンするんだよっ! あんた勇者なんだろっ!?」
「なんだよ勇者勇者ってっ!
勇者なんてしょせん称号だろっ!?
みんなこっちが生身の人間だなんてこれっぽっちも考えないで、勝手に相手が底抜けにタフな人間だなんて思いこんでやがるっ!
オレは超人なんかじゃないっ!
持ってる武器が特別なだけで、ただの人間なんだっ!
しかも歳もいってないただのガキなんだっっ!」
ネヴァダは立ち上がると、コシンジュのほおをパアン、と張りあげた。
手甲をはめているためか軽く振ってもとても痛い。
「しゃんとしろっ! あたしは覚えてるぞっ!
最初に会ったときは、あんたはもっとしっかりしてた!
子供とは思えないくらい強い人間だと思ってた!
それがたった10日間の旅で、こんなにへなちょこな奴になっちまうのかい!?」
コシンジュは叩かれたほおを手で押さえつけ、泣きそうな声でぼそぼそとつぶやく。
「限界だって。もう限界なんだって。
いくらタフな奴でも、行く先々で魔物におそわれて、いろんな困難におそわれて、いろんなトラブルに巻き込まれて、いろんな人が苦しめられているところを見続けてたら、勇者呼ばわりされてなにもかも全部押し付けられてるオレには、耐えられないって……!」
ネヴァダはそれを聞いて何も言えなくなった。
事の重大さに気付いたのかもしれない。
それをいいことに、コシンジュは勝手に黒い巨人の列に向かって歩きはじめていた。
すでに太陽は沈み、空は西の方が赤くなって、濃い青と黒い闇の中に星のまたたきが見え始めている。
地面はほとんど見えないが、それでもコシンジュは1人進んだ。
物を言わぬ巨人たちが彼を見下すように立ちつくしているが、それにかまっている余裕はなかった。
ネヴァダとメウノがそれをゆっくり追うなか、ロヒインは立ち止まり、後ろに振り返った。
残された人々は、いったいどうなってしまうのだろう。
残念ながら自分たちには何もできないし、ムリをしたところで巻き込まれてさらに不幸な目に会ってしまうだけだった。
「わたしたちは、いったい何をしてるんだろう……」
そう言い残し、ロヒインもまた力ない足取りでコシンジュ達のあとを追った。
翌朝、前日の昼間にすでに休息を取っていたコシンジュ達は、村にたどり着いたのが遅くなったにもかかわらずはやめに発つことにした。
若干の余裕があったことも理由だが、なによりこれ以上騒動に巻き込まれたくはなかった。
4人は再び巨大ガメを引き連れ、今までとは違って若干平坦になっている砂漠地帯に足を踏み入れた。
誰も言葉がなかった。
今までの光景に変化があったにもかかわらず、コシンジュ、ロヒイン、メウノの3人はまわりの風景に目を止めている余裕は全くないようだった。
仲間に加わってまだ日の浅いネヴァダは、そんな彼らに向かって悲しげなまなざしを向ける。
北の大陸にいたころの彼らは、こんなに暗い雰囲気を放っていなかったはずだ。
きっとネヴァダが出会う前よりも、底抜けに明るかったに違いない。
ネヴァダはその頃のことを想像して少しうらやましく思った。
しかし、いまとなっては長旅の疲れに加え、押し寄せる悲惨な出来事の数々に打ちのめされている。
それが手に取るようにわかった。
ネヴァダはコシンジュの昨夜の言葉を思い出し、想像してみる。
勇者は常に魔物に狙われる存在だ。一度に送りこまれる手勢は数は少ないものの、これまであの手この手を使ってコシンジュ達をさんざん亡き者にしようと画策し続けてきたに違いない。
そして今闘っている炎の魔物たちは、その中でも特に評判が悪いと聞いている。
これまでの2回の襲撃で見たやり口のひどさからしても、それは明らかだ。
ましてや魔物たちとの闘いを2カ月にもわたって繰り広げているのだ。
頻度もそれなりに高かったはずだ。それをほとんど休息をとることなく、である。
道中の旅路だって過酷だったに決まっている。
しかもその終盤に待ち受けていたのが砂漠である。
これでつらくないと言った方がムリな話だ。
そして、昨日の村人たちの態度。これじゃ精神的に参ってしまって当然だ。
北の大陸でだって同じような歓迎を受けなかったとは言い切れないだろう。
しかも出会った人々が魔物の襲撃に巻き込まれ、傷ついたり命を落としたりしてきたのを、さんざん見てきたはずだ。
うかつだった。コシンジュ達は自分が思っていたよりずっとずっと疲れ切っている。
昨夜の自分はコシンジュをしかりつけるのではなく、慰めの言葉をかけてやるべきだったのだ。
あの時のことは取り返せない。
では今はどうするべきか。あらためてなぐさめてやるべきか。
平静をよそおって元気にふるまうべきか。
残念ながらネヴァダは妙案が思いつくほど頭のいい人間ではない。
迷っているうちにどんどん時間は経過して行った。
ふと唐突に、自分の夫が亡くなった時のことを思い出した。
お互い戦士であったので突然の別れは覚悟していたが、それでも失った時のショックは計り知れなかった。娘もまだ生まれて間もなかったころでもあった。
周囲に励まされなんとか持ち直したものの、あの時落ち込んだままだったら、今頃はどうしていたのだろう。
娘を手放してしまっただろうか。いや、いまも十分に接しているとは思えないが。
黒いショートカットをかきあげ、ネヴァダは前方に目を向ける。
むき出しの岩山の数々が、ちっぽけな自分たちを悠然と見下ろしている。
それを見てネヴァダは悲観にくれた。
旅はまだまだ続く。
自分たちは砂漠の中でも最も過酷な環境を脱出したにすぎない。炎の魔物たちもまだあきらめていないに違いない。
ふたたび人々が無意味に巻き込まれやしないか。いち格闘家にすぎない自分が、いったいどこまで力になれるか。ネヴァダには全く見当もつかなかった。
夜になり、その日は野宿することになった。
砂丘を抜けたとはいえ、過酷な砂漠地帯では一日ごとに寝泊まりできるような宿場町はない。
ネヴァダがコシンジュ達を気づかい、たき火を起こしてくれた。
このあたりはいままでと違って多少の植物が自生しているので、落ちたたきぎをなんとか拾い集めてくれた。
相当な時間がかかったことからもその苦労がしのばれる。
「ありがとうなネヴァダ。オレらにこんなに気を使ってくれて」
「気にすんなよ。昨日はあんなことを言ってすまなかった。
あたしあんまし頭がいい方じゃないから、あんたたちの苦労をよく理解してなかった。ごめんね」
「あやまらなくてもいいよ。
ネヴァダがあんなに怒るのもムリないって。
家族を殺された人たちに向かってあんな言い方はない」
それを聞いたロヒインも、コシンジュから目を離して上空を見上げる。
「わたしも、正直疲れていたのかもしれません。
本当だったら自分がいさめておくべきところでしたが、ぼうっとしてなにもすることができませんでした」
それを聞いていたメウノはうなずく。
「我々は、自分たちが思っている以上に疲れているのかもしれません。
今まで元気なつもりでいましたが、もう少し自分たちの体調を気遣う必要があったのかも」
「まあまあまあ。みんな、そんなに落ち込んでないで。
元気出しなって、ていう言い方はまずいか」
言いつつ、ネヴァダは炊いていたナベのふたを開ける。
中からボワッと湯気がたち、グツグツと言う音が聞こえてくる。
「ほら、出来たよ。野宿でナベっていうのも悪くないね。
川の水だからあんましきれいじゃないけど、こんだけ煮たんだから大丈夫だろう」
ネヴァダがカップの中にスープを注ぐと、3人はそれを受け取っていっせいに口をつけた。
「はふっ、はふはふっっ!」
コシンジュが熱そうにしていると、ネヴァダはクククッ、と笑った。
それを見たコシンジュも少し笑みを浮かべる。
「ふふっ、少しは元気が出たみたいだね」
「ネヴァダ、料理もできるんだな。ちょっとびっくりしたぞ」
「おいおい、あたしのことを何だと思ってたんだよ。
人をぶん殴るしか能がない不器用な女だと思ってたわけ?」
ネヴァダはわざとらしくジト目を向けると、コシンジュはあわてた。
「あっ、いやちがうちがうちがうっ!」
「どうだろうね。
コシンジュってみた目で人を決めつけるところがあるから。特に女の人は」
「ロヒイン、お前まだスターロッドさ……スターロッドのことを言ってるのか?」
ロヒインは「さあね」と言ってそっぽを向いた。
彼のほうもいつもの減らず口が戻ってきたみたいだ。それを見てメウノも小さく笑った。
ネヴァダは何度もうなずく。
「よかったよかった。
少しは元気が出たみたいだね。苦労したかいがあったよ」
「ありがとなネヴァダ。あんた、やっぱいい奴だよな」
「どういたしまして。
ほら、おかわりもあるから遠慮すんな」
コシンジュはありがたく2杯めをちょうだいすると、なぜか突然顔をあげた。
「あ、思いだした。
そういえば池で泳いでから、あんまし身体洗ってねえ」
「出た。いつもの潔癖症が。
どうせまた川で泳ぎたいとかいうんでしょ?」
するとコシンジュは髪をゆっくりとかきむしった。
「それが、なんだか平気になってきたみたいなんだよな。
ここ最近はまともに身体洗ってなかったから、慣れちまったのかもしんねえんだよな」
「海に続いて、水が貴重な環境に身を置いてますからね。
コシンジュさんの潔癖症が、生まれつきではなく後天的なトラウマが原因であることも大きいでしょう」
メウノの発言にネヴァダが思い出し笑いし始めた。
「と、トラウマって、たしかお城のベッドを汚してこっぴどく叱られたってやつ?
そりゃそうだわ。そんだけでトラウマになるってのもおかしな話だわ」
「そんだけってっ! すっげぇ怖かったんだぞ!?
子供の頃にそんな目にあってみろってっっ!」
「まあとにかく。
コシンジュもいくらトラウマを克服したからって、そのころみたいに不衛生な態度をとらないように、気をつけてよね」
「ロヒイン、最近オレに特に厳しいよな。
なんか監視されてるみたいでなんかイヤだ」
「そりゃそうでしょう。
コシンジュにとってロヒインさんは奥さんみたいなものですからね」
メウノに言われロヒインは顔が真っ赤になった。
コシンジュも狼狽する。
「お、おおお、奥さんってっ! そんなんじゃねえしっ!
だいたいこいつ男……ていうのはもうナシにするか」
コシンジュが途中で声を落ち着かせる。
ロヒインを横目で見ると、相手と目があってあわてて視線をそらした。
ネヴァダが少しキョトンとする。
「そうか、ロヒインちゃんって心は女だったんだよね。
ずいぶん苦労してるんじゃない?」
「そんな、苦労だなんて。
自分の場合魔導師ですから、変身できますし」
「変身するったって時間制限があるんだろ?
やっぱり男の身体の時は違和感があるものなのかい?」
ロヒインは言われてうーん、と首をひねる。
「今までこの身体で生きてきましたからね。
ですけど、女の子の状態になった時は、たしかになんかしっくりくるって感じなんですよね」
「変身してみなよ」
突然の提案にロヒインは「へ?」と返した。
ネヴァダはニヤリとする。
「だから、変身してみなって。
女の子になってみて、あらためてその感覚を確かめてみな」
「え? だって、あまり意味ないですし」
「いいからいいから」
ロヒインはそれでも戸惑っていたが、やがて杖を取り出すと、それを前に構えてブツブツと呪文を唱え始めた。
全員がそれを見守る。
ボンッ、という音がはじける。
ネヴァダはおっかなびっくりするが、慣れているコシンジュとメウノはあまり動じてはいなかった。
煙とともに、まばゆいほどの美しい容貌を持った少女が現れる。
コシンジュ達に視線を向けたあと、両手をあげて細い指先をながめたあと、それを胸の位置に持って行ってまさぐる。
「やっぱり、こっちのほうが落ち着く……」
コシンジュの視線に気づいてあわてて手を下げると、少し顔を赤らめてうなずいた。
「わたし、やっぱり女の子になりたかったです。
どうして男の身体に生まれてきたのか、やっぱり納得できません」
すると、ロヒインの可憐な顔がゆがんだ。
突然涙をこぼし、それをしなやかな手でぬぐう。
低い嗚咽を漏らし始めると、コシンジュがそっと肩に手をかけた。
ロヒインが少し目をやると、相手は深くうなずいた。
それっきり感情に任せてすすり泣いた。
「なんで……なんでだろう……なんで、なんで……」
まるで運命を呪うかのような言葉をつぶやき、ロヒインは泣き続けた。
たまりかねたメウノが顔をそむける。神の使徒である自分が責められたような気分になったのだろう。
ネヴァダはじっとその姿を見つめ続けた。
朝になりコシンジュが目を覚ますと、そばに会った崖はかなり見晴らしのいい場所だったことに気づいた。
寝相の悪い奴が落ちたらどうするんだ。
コシンジュは身を起こし、ガケに向かって進む。
岩山のあいだにはさまれた、果ての見えない砂漠が広がっていた。
崖のふちから足を下ろして座りこんだ。
ここから見ると本当に地平線まで続いているように見える。
あんなところに置き去りにされたら、果たして生き残れるだろうか。
メウノのダガーに由来する男のように、こころざし半ばで力尽きてしまうのだろうか。
砂漠の朝はかなり肌寒い。コシンジュはみぶるいにおそわれた。
「ああ、起きたんだコシンジュ」
後ろに振り返ると、ロヒインが半身を起こしていた。
詠唱時間が長かったためかまだ美少女の姿をしている。
女体化すると髪の毛が伸びるため、ロヒインは少し長めの赤いウェーブをかきあげながら、立ちあがってこちらに近寄ってきた。
コシンジュのとなりで同じように足を下ろす。
「今まで、いろいろゴメンな。
さんざん迷惑もかけたし、ロヒインのこといろいろ悪く言ったし」
「あははは、そんなこと言わなくていいって。
最近口悪くなったのは、単に長旅の疲れがたまってただけだって」
にこやかに言われ、コシンジュは額を手でおおいながら情けない顔つきになった。
「思えばとんでもないところに来ちまったもんだ。
こんな見たこともないような場所、冷静になってみると信じられねえ」
ロヒインが「そうだね」と言って同じ光景をながめる。
しばらく2人でそれを見つめていると、コシンジュが小さい声でつぶやいた。
「1回、お前のわがままに付き合ってみるのもいいかもな、デートするとか。
あるいは本格的に付き合ってみるとか」
すると、ロヒインはこちらの方を向いていぶかしげな視線を向ける。
「コシンジュ、キミが言ったんだよ?
流れに流されて付き合ったら、どっちかが本気になって歯止めが利かなくなるって」
「それ、考え直そうと思って。
昨日のお前を見て、本当にそれが正しいのかわからなくなってきた」
「ほんとうに、それでいいの?」
コシンジュも相手のほうを向いて、その華奢な肩にポン、と手を置いた。
「大丈夫だって。その時はその時で、あらためて考えてみるさ」
ロヒインはうれしそうにはにかんだあと、目だけは真剣になった。
「ありがとう、でもいまはそれより大事なことがあるでしょ?
自分たちの未来を考える前に、まずはこの世界の未来をなんとかしないと」
コシンジュは手を下ろし、両側の手を後ろについて砂漠をふたたび見つめはじめた。
「そうだな。すべてはそいつが全部片付いてから、だよな」




