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第27話 忍びよる限界~その1~

「どうぞ」という声とともにテーブルの上にティーカップが置かれると、イサーシュ達は頭を下げた。


 席にはイサーシュ、トナシェ、ヴァスコのほかに新たにメトラの街で引きいれた温厚そうな僧侶の男性が座っている。

 ヴァスコと僧侶は普通にティーカップに口をつけるが、イサーシュとトナシェは遠慮がちにある方向に目を向ける。


「そうやってじろじろ見るな。

 相手が見たことのない風貌(ふうぼう)だからって物珍しそうにながめてたら迷惑だろ」


 ヴァスコが2人をしかるが、当の本人は手と顔を同時に振る。


「いいんですよ、慣れてますから。

 これも少数民族として生まれた者の宿命ってものですよ」


 ティーカップを差し出した中年らしき男性は、たしかに変わった見た目をしている。

 肌の色はかなり濃く、顔立ちも明らかに一般的な南大陸の人間とは異なっている。

 魔物を散々見てきたイサーシュとトナシェだが、これがれっきとした人間だということが信じられないようだった。


「しかしよ。大昔にはあんたらのほうがこの大陸の主な住民だったんだろ?

 それが移民と病で追いやられて、今じゃ特異な目で見られてる。

 あんたらくやしくないのかい?」


 ヴァスコに言われ、男性はさみしそうな笑みを浮かべる。


「差別のことですか。

 たしかに、一時は自分の出生を呪ったこともありました。

 ですが同時にほこりも持ってます。この大陸に古くから住みつき、ずっと先祖代々からその血を受け継いできた者として、これからもずっとここに住み続けたいと思っています」


 トナシェが同情のこもった目を向ける。男性はそれを見て小さく笑った。


「お嬢ちゃんはいい子だね。

 たいていの子供は私を見て、おびえるとかからかうとかするんだけどね」

「少し前までは、わたしもそうだったかも知れません。

 でも勇者のお供として、いろんなことを学びました。

 人を見た目だけで判断することは、絶対によくないことです」


 イサーシュはコシンジュ達、その中でもロヒインのことを思い出していた。

 あいつらは無事、砂漠の中継地点にたどり着けているだろうか。


「それにしても、勇者さまのご一行ですか。

 わざわざこのような家に来ていただいて、どうもすみません」


 言われて全員が「いやいや」とこたえる。男性はここで神妙な顔になった。


「2手にわかれて帝都へと向かうとのことですが、大丈夫なのですか?

 ウワサでは、この大陸でも魔物たちにおそわれたとか」

「それなら大丈夫さ。こうして新たに僧侶を仲間につけた。

 こいつさえいればしばらくは大丈夫なはずだ」


 ヴァスコに親指をさされ、知人の僧侶は頭を下げた。


「慣れぬ旅で緊張(きんちょう)しますが、己の腕を信じてがんばりたいと思います」

「危険な旅だとはご存じでしょうが、どうかお気をつけて。みなさんも」


 言われて全員が手を振る。

 イサーシュは真面目な顔を向ける。


「休ませてもらった礼としてはなんだが、名前を教えてもらえないだろうか。

 この剣士イサーシュ、よく覚えておこうと思う」

「そんな、覚えていただくほどのものではございませんよ。

 もしまたお会いすることがありましたら、その時に名乗らせてもらおうとは思いますが」


 男性はそれから思い出したように手をたたいた。


「そうだ、これからの道中についてご忠告が。

 ここから南はどんどん湿気が高くなってまいります。

 今の季節は蒸し暑さが危険ですが、同時に伝染病にもかかりやすくなります。

 ()を主な媒体(ばいたい)にしておりますので、くれぐれも血を吸われないようにお気を付け下さい」

「ご忠告ありがとう。(きも)(めい)じておくよ」


 それからしばらく世間話をし、男性は旅を続けるイサーシュ達を見送った。

 彼らがヤシの林の中に消えていったところで、道の反対側から馬に乗った騎士が(はし)ってこちらに向かってくる。


 馬が男性の家にまで近づくと、それまでほがらかだった男性の表情が変わった。

 あきらかに農業に従事する者の顔つきではない。


「何事だ。私はいま世をしのぶ身だ。

 下手なさわぎを起こすのは許さんぞ」

「伝令です。

 どうかわたしとともにメトラの街にお越しください。ラシリスさまがお待ちです」

「大丈夫なのか。

 将軍が私と通じていると知れれば、あの方にも危険が及ぶのだぞ。

 中央の者どもはこの地方に私を止め置くために黙認してはいるが、ウワサになれば手を下さずにはおれまい」

「それが、黙っていても知られそうな事態におちいったのです。

 街の中に妙ないでたちの者が現れ、将軍がレジスタンスのリーダーをかくまっているとのうわさを流しているのです」


 男性は眉間にしわを寄せ、そこを指ではさんだ。


「ですからもうここにはいられないのです。

 必要なものだけを持って、わが街にお越しください。

『マージさま』、これは将軍たってのお願いなのです」


 言われて、かつて帝国たっての智将(ちしょう)と呼ばれたマージは、真剣な面持ちでイサーシュ達が消えていった方向をながめた。


「いったい何者かは知らんが、勇者どのご一行が帝都にたどり着かないうちに、私の身が危うくなるのは困る。

 なんとしてでも時間をかせがねば」


 オアシスが近づくにつれ、コシンジュはのどを鳴らした。

 なみなみとしたたるぼう大な水のかたまりに目をじっとこらす。

 ネヴァダはあきれ顔でたしなめる。


「こらこら、あの水は泥がだいぶ混じってるよ。

 たいていは家畜と畑のための水さ。まだこっちの水が残ってるから、のどが(かわ)いてるんならそっちを飲みな」

「あ、いや、あれだけあったら裸になって泳げるかなって。

 もう数日間もろくに身体を洗ってないから、ザブンとつかってスッキリしたいなー、みたいな」

「しょうがないねー。どうせ飲み水じゃないから好きにしな」


 ネヴァダの許可が下りると、コシンジュが「おっしゃーっ!」と叫んで池の前にある芝生(しばふ)まで走った。

 革の鎧をはぎ取り、上の服も脱いでズボンだけになると、一気に池の中に飛び込んだ。


「さて、あんたたちは? 残りの水をガブ飲みする?」


 振り返ると、2人はすでに残りの水筒に手をつけていた。メウノに至っては頭の上からかぶってさえいる。

 ネヴァダはそんな彼らを見てアゴに手をやりほほ笑んだ。


「まったくしょうがないねえ。まあ好きにしときな。

 村の水も無限ってわけじゃないけど、砂漠を初めて渡る人間にガマンをさせるのも(こく)だからね」


 ネヴァダたちが村の集落にたどり着くと、巨大ガメタウレットを中継所に預ける。

 ふたたび池に戻ると、楽しそうにクロールしているコシンジュの姿が見えた。


「あんまり泳ぎすぎんなよー!

 荷物を下手においてたら盗まれるといけないからねー!」


 そうは言いつつも、ネヴァダたちはしっかりと芝生の上の装備をしっかりと見張っていた。

 今のところ怪しい人影は見当たらない。


 コシンジュの泳ぎを見守る3人のもとに、白いヒゲをたくわえたローブ姿の老人が現れた。


「お前かネヴァダ。いまだに道案内を続けておるのか」

「ああ長老、久しぶりだね。まだ元気そうで安心したよ」


 気軽に声をかけるネヴァダとは違い、長老はなめまわすようにロヒインとメウノに目を向ける。


「あんたら、旅の者じゃな。行き先は帝都か?」

「そうですが、それ以外に行き場所はあるんですか?

 ここは帝都へと続く最短ルートなんでしょう?」


 ロヒインの問いかけに、長老はうたぐりぶかげな視線をのぞかせる。


「まさかとは思うが、あんたたちまさか、勇者一行ではないじゃろうな」


 ロヒインとメウノは顔を見合わせた。

 どうやらこの村は栄えある勇者を歓迎しないパターンに入っているらしい。


「それがどうした長老。

 まさか相手が勇者だと知ってケチをつける気じゃないだろうね。

 そんなことはこのあたしがだまっちゃいないよ」

「長旅で疲れているだろうが、この村にとどまるのは最低限にしておけ。

 ここに長くとどまられると、いずれ魔物におそわれるかもしれん」


 言われてネヴァダはろこつにイヤそうな顔をして、人生経験豊富そうな人物をいまいましげに指差した。


「おいジジイ。言っておくけどね。

 コシンジュ達は北の中央からはるばるこんなところまでやってきたんだ。

 それをむげな扱いをするなんて、あんたいったいどういう神経をしてるんだ?」

「お前らはなにも事情を知らんからそんなことが言えるんじゃ。

 ワシらもそうしたいのはやまやまじゃが、つい先日……」

「おいおい、どうしたんだよそんな顔して。

 なんか悪いことでもあったのか?」


 ネヴァダたちが振り向くと、コシンジュが岸の上からはい上がってきた。

 歳若いながらもたくましい体つきを見て、ロヒインが赤面する。

 コシンジュはいまいましい顔つきをして手を振り上げた。

 老人は現れた人物を見て、ろこつに顔をしかめる。


「お前が? 新しい勇者?

 こんな小僧と言ってもいい奴が勇者に選ばれるなんぞ、神々はいったい何を考えておられるのじゃ」

「長老っ! 偉大(いだい)なる神々をののしることは許しませんっ!

 今すぐ発言を撤回(てっかい)なさいっ!」


 メウノが聖職者らしい発言をする。

 しかし老人はにべもなく首を振った。


「ここに暮しておる者にはわかっておる。

 神々は地上を細かくはみておられん」


 メウノが「なっ……」と言って口ごもった。

 長老は追い詰めるように横目でにらむ。


「ここは水こそ豊富にあるが、それでも土地はやせていて作物は十分には育たん。

 食うのがやっとの状態でも、我々は旅人を迎えねばならん。

 ここに住んでいる者はみなよそ者に気を使っている余裕はないのじゃ。

 ましてや僧侶の言葉に耳を貸すものなど1人もおりゃせん」


 メウノは何も言えなくなった。

 コシンジュがぬれた髪をかきあげ、こう告げた。


「ジイさん、あんたの言ってることは正しいかもしれない。

 だけどまともに食事にありつけない、あんなきびしい砂漠を渡ってきた人間に向かってそれはないだろ。

 苦労してたどり着いたのを歓迎するのは、人としてのマナーだ」

「お主にとって数日間の苦労が、ここでは毎日なのじゃ。

 ここに住み暮らす度胸などないくせに、えらそうな口をたたくな」


 コシンジュもあきれてものを言えなくなった。

 ネヴァダが手のひらを上に向けて首をすくめる。


「もういいよ。せっかくのオアシスなのにこんなところでケンカしたところでしょうがない。

 人の冷たさは無視してさっさと休もう」


 コシンジュはぶぜんとしながらも、あきらめて置いてきた衣服のほうにふりむいた。

 その瞬間にびっくりして叫びをあげた。


「あっっ! ドロボーッッッ!」


 コシンジュの衣服をまさぐっていた人影が、とたんに何かを持って走りだす。

 見たところまだ年端(としは)もいかない少年のようだ。


 コシンジュが「待てっ!」と言ってかけだすと、ロヒインとメウノもそのあとを追った。

 ネヴァダはなぜか別方向へと走り出す。


 木々が生い(しげ)る巨大な池を半周すると、コシンジュ達は土を固めて造られた粗末な住宅地の中に入る。

 それまではなんとか少年の足について行けたコシンジュ達だが、入り組んだ構造にすぐに見失ってしまった。


「くそっ! とりあえず手分けして探すぞっ!」

「待って! それよりもいい方法があるっ!」


 そう言ってロヒインがコシンジュの肩をつかんだ。

 生の肌だったのですぐに手を離すと、ロヒインはそれをもう片方の手で包み込んで顔を赤らめた。


「ふざけんなお前どんだけオレが好きなんだよっっ!

 いいから早く何とかしろ!」


 ロヒインはもじもじしつつ呪文を唱えると、コシンジュに向かって杖の先を向けた。

 とたんに鼻に妙なにおいがただよう。

 根拠(こんきょ)はないがとても親近感のある匂いだ。


「コシンジュの嗅覚(きゅうかく)に、持ってた荷物を反映させたんだよ。

 このにおいをたどっていけば必ず少年にたどり着く」

「なんだよそれ。人をまるで犬みたいに扱いやがって……」


 言われながらも、コシンジュはそれこそ犬のように鼻をクンクンと鳴らす。

 「うん、こっちだ」と指をさしてコシンジュはある方向に向かう。


 2人をひきつれてある程度歩くと、コシンジュは小さい声でつぶやいた。


「オレの荷物(ぬす)んだ奴、子供だったよな」

「黙っててくださいよ。

 近寄ってるのを気づかれたら、また逃げられちゃいますよ」


 メウノにさとされてもまだ言いたいことがあったらしく、コシンジュは立ち止まった。


「この国じゃ子供まで盗みを働かなきゃいけないほど、生活に困ってるんだな。

 北の大陸じゃ、盗賊はたいてい大人がなるって決まってるのに」

「食糧生産が十分に行えないことも影響しているのでしょう。

 北では余剰(よじょう)食糧が豊富で孤児院(こじいん)に回せますが、こんな砂漠のど真ん中では孤児院を建てる余裕さえないのかもしれません。

 親を失った子供は、ここではどんな手を使ってでも生きていかざるを得ない状況におちいっているのかも……」


 コシンジュはうつむいて、押し黙っていた。

 メウノはそれを感情のこもった目で見つめるが、首を振ってうながす。


「進みましょう。

 思い悩むのは荷物を取り返してからでもいいじゃないですか」


 コシンジュは振り返り、うなずいた。

 しかしその顔がしらけたような表情になり、ロヒインに向けられる。


「だからなんでお前は触った手をまだ見つめてんだよ。

 いい加減こっちの方に集中しろ」

「あ、ごめん、うん。

 とりあえず手を洗うのはしばらくいいかなーって」


 コシンジュとメウノが深いため息をついたあと、一行は再び歩き出した。


 そしてとある廃屋にたどり着いた。コシンジュはそこを指差す。

 おともなく忍び寄ろうとすると、くたびれた扉が突然開かれた。

 コシンジュ達は思わずビクリとする。


「捕まえたぁぁっっっ!」


 ネヴァダが少年を羽交(はが)()めに飛びだしてきた。

 ジタバタともがく少年をものともせず、ネヴァダはコシンジュ達に気付いて平然とした顔をしている。


「あら、遅かったじゃないか。どこをほっつき歩いてたんだい?」

「魔法も使わずにどうやってたどり着いたんだよ」


 ジト目を向けるコシンジュに、ネヴァダは不敵な笑みを浮かべた。


「人生経験豊富なお姉さんの判断力を甘く見るなよ」


 感心したコシンジュだが、捕まえられた少年に目を向け、少しびっくりする。

 髪はチリチリで肌の色が非常に濃く、顔立ちも特徴的だった。


「ああ、これが前にあたしが言ってた、この大陸の先住民だよ」


 見慣れているらしきネヴァダは平然とあごをしゃくる。





 コシンジュは自分の荷物を取り返すと、少年を捕まえたまま広場まで出た。

 ネヴァダは少年を乱暴に地面にたたきつける。

 コシンジュがろこつにいやな顔をした。


「さて、どうする?

 煮るなり焼くなり、コシンジュが好きなようにしな」


 挑発(ちょうはつ)するネヴァダにコシンジュは首を振った。


「子供だろ?

 食うに困ってやっただけなんだから、見逃してやろうぜ」


 ネヴァダがすぐに額を手でおおった。


「はぁ、話に聞いた通り、あんた甘いね。

 子供だからってドロボーはドロボー。ナメてかかったら痛い目に会うよ」


 それでもコシンジュはまっすぐ相手の顔を見つめる。

 ネヴァダはため息をつき、少年に向かって手を振り払った。


「行きな。勇者サマはお前みたいな小悪党には興味ないんだって。

 さっさとどっかに消えちまいな」


 ところが、少年はすぐに逃げ出そうとはしない。

 警戒する目で周囲に目をこらしている。


「あっっ! コラッ、お前はっっっ!」


 突然現れた長老が、少年の目の前まで進み出て、チリチリの髪を乱暴につかんだ。

 強引に引きずるので少年は痛々しい叫びをあげながらしどろもどろで老人について行く。


「おいっっ! なにやってんだよっっ! あんまりじゃねえかっ!」


 長老はコシンジュを一瞥(いちべつ)すると、忠告を無視するかのように持っていた杖で少年の身体を容赦(ようしゃ)なく叩き始めた。


「このガキッッ!

 こりずに、また、盗みを、働きおってっっ!」

「やめろって言ってんだろうがっっっ!」


 コシンジュが老人の腕を取り、つかみあいになる。

 まかりなりにも戦士であるコシンジュのほうに体力があったためか杖をとり上げ、放り投げる。

 そして長老の胸倉をつかんだ。


「やりすぎだっっ! いくらドロボーだからって相手は子供なんだぞっ!?

 食うに困って仕方なくやってるだけじゃねえかっ!」

「だがこの村にはこいつを養う力はないっ!

 奴隷(どれい)として売りはらうつもりがいつの間にやら抜けだしおって!」


 コシンジュはそう言われ、「なに?」とつぶやいた。

 思わぬ発言に動揺(どうよう)している。


「奴隷として売りはらう? 子供なんだぞ?

 孤児院に引き渡すのが普通だろうが」

「孤児院? なんじゃそれは。

 親を失った子供は奴隷として売り、はした金を受け取る。それがここでのやり方じゃ」


 コシンジュは老人の(えり)をつかむ手を離した。

 怒りの顔が、相手をあわれむような顔つきになる。

 長老はより不機嫌な顔になった。


「なんじゃその顔は? まるで人を野蛮(やばん)人のように見おって。

 お前の住んでおる北の大陸はろくな働きもせんガキの面倒を見る余裕があるんじゃろうが、この国では自分の食いぶちを(かせ)ぐことができん奴は、死ぬしかないんじゃ」


 コシンジュは何も言わず長老から離れると、ネヴァダのほうに向かった。

 そして髪をかきむしりながら、懇願(こんがん)するかのような声をあげた。


「……なんとかできんのか?」


 ネヴァダは腕を組み、目を伏せて考え込む。


「この国に子供を無償(むしょう)で引き取る施設はないね。

 大帝が健在だった頃は遠くの豊かな土地にある孤児院に連れていく使節団がいたけど、今はそんな気のきいたことをしてくれる連中はいない」


 コシンジュが「じゃあ……」と言って少年を見る。

 身を(ちぢ)めたままおびえる姿があまりに痛々しい。

 続いて広場の周囲を見回す。さわぎを聞きつけて村人たちが集まっていたが、みなそっぽを向いて去っていくか、黙ったままこちらをにらみつけているかのどちらかしかなかった。


「何て場所なんだ……ここは……」


 コシンジュがぼう然としてつぶやく、ロヒインがそっと肩に手をかける。


「コシンジュ、変なことを考えちゃダメだよ。

 私たちは常に魔物に(ねら)われてる。

 この子を連れて行ったら、とてもじゃないけど守りきれないよ」

「わかってる。この子を危険な目にはあわせられない……」


 言いつつコシンジュは顔を手でおおった。


「どうすりゃいいんだ。一体どうしたらいいんだ……」


 その時、話を聞いていたらしき長老が鼻を鳴らしてイヤミのこもった声をかけた。


「フンッ、魔物か。ならこの話はどうじゃ? ここから数キロ先歩いたところに、

 “魔物におそわれて壊滅(かいめつ)した村”がある。

 そこに残された村人たちが全員人質になっていると聞く。

 それを聞いてお前はすぐに助けに行くというのか?」


 あまりにさりげない発言だったので、コシンジュは何を言っているのかわからなかった。

 コシンジュは顔をあげて相手の顔を見る。


「おい、いま、なんて言った?」


 返事がないので仲間たちを見る。

 みんな気まずい表情をしていた。

 コシンジュの表情に怒りの色が現れる。

 進み出ると、コシンジュは長老の胸倉をふたたびつかんだ。


「なんで言わなかったっっ! そういうことはもっと早く言えっっ!」

「なにを言っておる?

 別に助けてやってほしいとは言っとらんぞ? その手を離せ」


 コシンジュは無視した。

 相手は怒りの中に皮肉な笑みを浮かべた。


「それに助け出せば、そやつらはこの村の者たちが手助けする羽目になる。

 それはゴメンじゃ。あんな奴らなど、ワシらにとってはたとえ死ぬことになろうが、どうでもよいのじゃ」


 コシンジュは相手が老人であるにもかかわらず、手を離すと殴りつけた。

 見かけた体格のいい村人が、こちらにかけつけてくる。


「キサマッ! うちの長老になんてことをっ!」


 コシンジュは背中の棍棒を取り出して吐き捨てた。


「やってみやがれっ!

 てめえもくだんねえことを抜かすんならこいつでぶったたいてやるぞっっ!」


 相手が神の使いと知っていれば、それは神々しく見えるだろう。

 しかしこの男性はそれをおびえるような目で見る。

 相手はまるで何事もなかったようにその場を立ち去った。


 他の村人たちも、倒れる長老を助けようとしない。

 みな見て見ぬふりをしている。


「なんだよ。この村の連中、どいつもこいつも(くさ)ってやがる……」

「違うよコシンジュ。

 みんな生活に余裕がないから、心にも余裕がないんだよ。根本的に腐っているのとは違う」


 ロヒインの声を聞いた長老が、小さいながらも狂ったような笑い声を立てる。

 コシンジュはその声に耐えられないと言わんばかりに、ギュッと目をつぶった。

 そして老人に向かって声をかける。


壊滅(かいめつ)した村の場所はどこだ?

 だまってるようなら容赦(ようしゃ)しないぞ」


 老人はだまって指をさした。

 その先には通りが続いている。2つの村は道がつながっているようだ。


 コシンジュがそこに向かって歩き出すと、ロヒインの制止が入った。


「ちょっと待ってよっっ! すぐに村に向かうつもりっ!?

 ちょっとは休んでいった方が……!」

「休んだところで気になって眠れもしねえよ。

 こうしているあいだにも、村人たちがどんな目にあってるかわかんねえし」


 それでも声をかけ続けるロヒインを無視し、コシンジュは通りの中に入ろうとしていた。

 そこで突然何者かに身体をつかまれる。


 おどろいて振り返ろうとするコシンジュの(のど)もとを、黒い手甲が思い切り締め付けた。

 とたんに息が苦しくなり、コシンジュが堅い感触を何度も叩いた。


「ネ、ネヴァ……ダ……」


 しかし相手が格闘の達人であるせいか、あっという間に気が遠くなる。


「悪いねコシンジュ。

 休む気がないんなら、気絶してでもそうしてもら……」


 以前にも似た経験があると思い返しつつ、コシンジュは完全に意識を失った。

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