第26話 着々と進行中~その2~
かつて第2の魔王城と呼ばれていた巨大な城の一角、名義上は大陸全土をおさめている大帝の1人娘、王女エンウィーは再びバルコニーに立っている。
天候はめずらしく快晴。
しかしそれは逆に、この地方独特の強い日差しから逃れられないことを意味する。
ここに住む者の中にはそれをむしろ歓迎しない者も多い。
それでもやはり美しい青空をながめつつ、しかしその表情は相変わらず浮かない。
その顔に笑みが浮かぶのは、本心を隠していつわりの表情になった時だけだった。
「またそのお顔ですか。お美しいのに、もったいのないことです」
エンウィーは少し振り返った。
後方にはいつもの従者ではなく、北からやってきた端正な顔立ちの青年が立っている。
「お前もよく知っておろう。
わたしが真心から笑えるのは、これからの人生でもまったくありえないことだ」
エンウィーが完全にそちら側を向くと、貴族ファルシスとともにテーブルについた。
ファルシスはテーブルに置かれたティーカップを取り、口をつける。
「もっともこの国に巣食う、奸臣どもを片づけられれば話は別だがな。
だが奴らを片づけるのは容易ではない。
悪知恵が働き、身を守る術に長けている彼らを退けることは至難の業だ。
ましてや一介の姫にすぎぬわたしにそれがかなうはずもなかろう」
「本当に何もなさっていないので?」
ティーカップをおろしたファルシスは目だけを向ける。
するどい目つきだ。普段はひょうひょうとした態度を取っているが、こう言う時は彼がただ者ではないということを確信させる。
「さあ、何のことだ。わたしにはわからん」
エンウィーはあらぬ方に目を向けた。
だが、相手の指摘は正しい。
エンウィーは数少ない望みとして、この地を離れた2人の有力者をたのんでいる。
しかし行方をくらました片方とは連絡が取れず、またもう1人は姫とともに国と戦うことに難色を示している。
こりずにエンウィーは協力を申し出ているが、今のところ見込みはない。
「そこまでして、この国を救いたいのですか?」
「当然だろう。
この国はわが父が生涯をかけて作り上げた国だ。
しかも単なる野心のみならず、この大陸から争いを無くしたいという純粋な思いからだ。
微弱とわかっていながら、なんとかしたいと思うのも無理ないだろう」
「だが、あなた様を支える方々はみないなくなってしまった。
それでいったい何ができるというのですか?」
「口をつつしめ。この会話は聞かれておるかもしれぬ。
このような物騒な会話はこの城ではできぬ」
今度はエンウィーがティーカップに口をつけると、ファルシスは広大な部屋の様相を見回した。
「それにしても巨大な城ですね。一般の城閣とはケタ違いの広さだ。
いったいどれほどの労力を駆使すればこんなものが作り上げられるのか」
「おかげで退屈せぬがな。
この城を余すことなくまわりきろうとすれば、それこそ日が暮れる」
そこでファルシスは正面を向き、意味深な表情になった。
「ですが、これほどの大きさをほこってはいても、
しょせんあなたは鳥かごの中の鳥だ」
エンウィーはわずかにこめかみをひきつらせた。
「なにを申しておる。わたしは公人だ。
ましてや女の身であれば、そうやすやすと城の外へと歩けるわけがなかろう。
貴様も王侯貴族の身でありながらよくそのようなことを申せるな」
「そういう意味ではありません。
いや、そういう意味もありますが……」
「いったい何が言いたい?」
エンウィーの声は少しとげとげしくなっていた。
さすがに悪いと思ったのかファルシスは少し頭を下げる。
「その御身だけでなく、心までもこの城にとらわれている、そういうことです」
「わたしがこの城にとらわれている? 当然であろう。
父を救うためにはわたしはどうしてもここを出られんのだからな」
あざ笑う口調に、相手は両ヒジをついた。
「私も、かつては呪縛にとらわれていました。
もっともあなた様とは逆の意味で、わたしはあまり賢明とは言えない父の所業に振りまわされてきました」
「ほう、お主の父は名君とはほど遠い性分だとな」
「最近になって、ようやくその呪縛から逃れることができました。
ですが解決法は簡単でした。
問題は環境ではなく、他の何者でもない、自分自身にあったのですから」
エンウィーは「自分自身?」と問いかけた。
我知らず相手の話に興味を持っている。
「すべては単なる思い込みでした。自分には本当の味方はいないと思っていた。
ですが彼らは違った。
心の底から私に忠誠を誓い、命をかけて守ってくれると約束してくれたのです」
そしてファルシスは間をおいて、相手をさとすように言った。
「あなたも、自分が孤独であるという思い込みから、抜け出すべきだ」
それを聞いたエンウィーはうつむいて低く笑いはじめた。
「フフフフフ……、言ったであろう。
わたしを支えてくれる者はいない。みな死ぬか、遠く離れてしまった。
わたしは冗談ではなく、本当に1人なのだ」
するとファルシスが、背もたれに身を預けて両手を広げた。
「いるじゃないですか。今、ここに」
「お主が?
会ったばかりでよく知りもしないお前が、このわたしの味方になってくれると?」
それからしばらくだまっていたエンウィーだが、突然立ち上がってテーブルを両手で叩いた。
「たわむれを申せっっ!
お前は命令に従ってここにやってきただけであろうっ!
お前は主の命に従いやってきたただの使いにすぎないっ!」
「こういうのはどうでしょう。
表向きはただの使いを名乗る者が、実はその主本人であるというのは?」
それを聞いたエンウィーは、「なっ……!」と言って押し黙ってしまった。
「ええ、だからあなた様の要望に、わたしは全力で応えることができます。
あなた様が、本気でそれを望んでおられるのであれば」
エンウィーは力なく椅子に座りなおした。
テーブルに向かって、焦点の合っていない目を向ける。
「なぜだ?
なぜお前自らが、この地へとやってこなければならなかったのだ?」
「あなた様のお話をうかがい、深く興味をひかれたからです。
あなた様は美しさのみならず、聡明さを兼ねそなえた方であると。
それをこの目で確かめたかった」
「で、どうなのだ?
お前にはこのわたしはなんと映る?」
自身のない表情で上目づかいにみると、ファルシスは不敵な笑みを浮かべた。
「あなた……いやお前こそ。
『余』が自らの伴侶とするにはふさわしい女だ。
我が目に映し、たしかに確信を得た」
とたんに雰囲気が変わった。
今まではどこか優雅に見えた雰囲気が、突然覇気にも似た力強い威光を放ちはじめた。
この雰囲気、どこかで……
……父だ!
この男、かつて健在だった頃の父と同じ、強い覇気を放ってる。
あ然としたエンウィーは、思わず言葉をもらした。
「お前、何者なのだ? ただの王侯貴族ではあるまい……!」
「さて、この会話は聞こえているのでしょう?
素性を知られると厄介なことになるので、今は伏せておきましょう」
ファルシスは元の貴族らしい振る舞いに戻った。
エンウィーはなんだか拍子抜けしたかのような気分におそわれた。
南大陸の沿岸を歩き続けると、山脈を北にまわったところで突然気候が変わる。
ここはある程度空気がある程度湿気を帯びており、むしろ季節によっては快適な環境となる。
岩がむき出しの荒れ果てた大地も草木が生えるようになり、ところどころ田園地帯も見えるようになる。
この地方は広大な南大陸の中でも、数少ない恵まれた環境となっている。
ゆえに人々はこぞってかつて草原であった土地を切り開き、農園に作り替えた。
豊かな実りに彩られた土地を、コシンジュと別行動することになったイサーシュ一行が歩く。
「まるで見違えるようだな。まるで北の大陸に戻ったかのようだ」
「どちらかというと、わたしが住んでいるバンチア周辺に近いですね。
たった1ヶ月ほどの旅ですけど、ひどくなつかしく感じられます」
トナシェがきょろきょろとあたりを見回していると、その後ろを歩くヴァスコは浮かない顔で黒いアゴヒゲをいじくる。
「だけどこの土地はあまりに恵まれすぎた。
この大陸にこんないい環境に恵まれた土地はほとんどありゃしない。
おかげでこの地を巡って、数多くの争いが起こった」
「なぜです?
この地方に住む人たちが、他の地方に穀物を分け与えればいいのに」
「だがそう考えない奴らも多かった。
この地方を一手に収めれば、そこの王は戦略上非常に高い優位につく。
生命線である食料を大量に確保できるからな。
おかげでこのあたりは小さい国が乱立し、しょっちゅう戦争ばかりしてたそうだ。この地さえ押さえれば、やがては大陸全土も収められると信じてな」
「悲しい歴史があるんですね……」
トナシェがつぶやくと、ヴァスコも同じく遠くの田園に目を向けた。
「かく言うクリードグレンも、ここに拠点を構えたそうだ。
この地を完全に統一したのは、歴史上ただ1人、のちに大帝と呼ばれた奴だけだ。
それを足がかりに、奴は大陸のすべてをことごとく平らげた」
それを聞いた部下の1人が声をかけてくる。
「そういえばこの地方を完璧に収めるきっかけに、後の3将軍の1人となる『老将ラシリス』の存在がありましたよね。
彼が大帝の才を見込んで味方になったことが、後の地方統一の要因になったとか。
彼はいまこの地に戻り、穀物の生産を支える一大領主となっているようです」
「聞こえはいいが実際は左遷だ。
こんなバカでかい国じゃ中央に手が届かなきゃ、首都の連中が好き勝手やっていても手出しができない。
大陸を統一したころにはいい歳になってたのがあだになったな」
イサーシュがうなずきながら会話に割りいる。
「で、今から俺たちが向かうのは、そのラシリスが納めている大都市、『メトラ』というわけだな」
「その通りだ。
そこで顔見知りの僧侶と合流する。この先いつ魔物におそわれてもおかしくねえからな。
進むためにはそいつの力が欠かせねえ。
どれどれ、もうすぐ見えてくるはずだがな」
ヴァスコの言うとおり、小高い山を乗り越えるとゴルドバに引けをとらない規模の大都市が見えてきた。
北は海に面しており、こちらの方も貿易を主体とした海洋都市となっている。
街の中に入る。
こちらの建物はバンチアとゴルドバの建築様式を足したような造形のものが多いようだった。
修道院があるのは街の中央あたりとのことで、一行は街の中をしばしば歩く。
イサーシュは街の様子を観察しながら言った。
「思ったよりは人の数が少ないな。道幅も広めだ。
バンチアやゴルドバとは明らかに趣が違う」
ヴァスコは考え込むようにしてその問いかけにこたえようとする。
「人の数が少なめなのは、たぶんこちらのほうはあまり海洋交易で成り立ってないからだろう。
この地方の主産業は農業だから、貿易を主体にしなくても十分潤ってるからじゃねえかな。
街がきれいに区画整理されてるのは、戦乱時に一度焼き討ちされて、再建された時に領主ラシリスの意向が反映されたからっていう話を聞いたことがある」
「戦略上は、路地が入り組んでいたほうが攻めにくい。
当時の戦乱期にはこうした造りは不利だったんじゃないか?」
イサーシュの指摘にヴァスコは首を振る。
「逆に軍を動かしやすく、広い通路で展開作戦をしやすくしたという指摘もある。
街の建造物に被害が及びにくくなることも考慮した、武将ラシリスなりの最善策とも言えるんじゃねえか?」
「ますます一領主として終わらせるにはおしい男だ。
中央政権は貴重な人材を手放して帝国の寿命を短くしている」
「いいかげんトシだからな。
中央に復帰したところでどれだけもつか、わかったもんじゃない。
この平和な街でゆっくり最期を飾らせてやろうや」
2人のやり取りをうまく把握できず、トナシェは難しい顔をしている。
仕方なく前方に目をこらしていると、その丸い瞳が妙なものをとらえた。
「あれ? なんでしょう、黒い騎士たちが集まってる」
トナシェが指差す方向にイサーシュとヴァスコも目を向けると、言われたとおり騎士たちがひとかたまりになって同じ方向を向いている。
その先には、対象的に赤い鎧に身を包んだ戦士らしき人物が向かい合っていた。
イサーシュがアゴに手を触れる。
「赤い騎士? ストルスホルム出にしては色が濃すぎるな。
特定の国や団体に所属していない自由騎士、というところか」
「でも、なんだか物騒ですよね。
こんなところにあんな重装備をした人がうろついてたら、そりゃ職務質問されますよ」
トナシェはなんでそんなややこしい言葉を知ってるんだ、と思いつつも、イサーシュはトナシェとともに彼らのほうへとやや駆け足で向かった。
相手側の会話が聞こえてくる。
「……だからなんでこの平和な街で、お前のような物々しい恰好をした戦士が闊歩せねばならんのだ!」
「言ってるでしょ。
俺も傭兵として、魔王軍との戦に参加したいって!」
最初に口を開いたのとは別の黒騎士が問いかける。
「それにしちゃ、お前もう何日もこの街をうろついてるよな。目撃証言がもう何件も出てるぞ。
本当は魔王討伐軍じゃなく、レジスタンス運動への参加を狙ってるんじゃないか?
この街にも奴らの拠点があるっちゅう噂だからな」
「おいおいアホかお前。
こんな目立つ甲冑でレジスタンスに入れるわけがないだろ。
このバカバカしい鎧を脱ぎでもしない限り、向こうのほうから声がかかることはないぜ」
「あとレジスタンスのことについて口をすべらすのはやめろ。
我らが将軍と連中のリーダーとは旧知の仲だ。
共謀をうたがわれるような発言はよせ」
どうやらかなりややこしい状況になっているようだ。
イサーシュは黒いほうに話しかけた。
「その男、なにかやったのか?」
騎士たちの一部が、「ん? なんだお前」と問いかけてくる。
こちらの方が見慣れない姿をしているのだから当然だろう。
ところが、なぜか赤い騎士のほうが身体をビクリとさせた。
イサーシュはそれを見て首をかしげた。
黒騎士の1人もそれを目ざとく見つけ、イサーシュに向かって問いかける。
「おい、知り合いか?」
「いや、こんな赤い甲冑を着ている人間など、見たことも聞いたこともない」
イサーシュとトナシェは彼のリアクションの意味を理解しかねた。
一方対応に困っていた赤い騎士は、そっとこちらの方を指差した。
「あ、あの……実は見かけたことがありまして……
この人たち……勇者の一行、みたいですけど……」
それを聞いた瞬間、今度は黒い騎士たちのほうがおっかなびっくりする。
「そ、それは失礼しましたっ!
勇者さま、ご無礼をお許し願いたい!」
イサーシュ自身が勇者と勘違いされた模様で、人付き合いが苦手なイサーシュは対応に困ってしまった。
「あ、いや、俺は……」
「いやいや、ご上陸のことはうわさには聞いておりましたが、まさかこちらの方にお越しになられるとは。
ぜひわが軍の基地にいらしていただき、ラシリス将軍にごあいさつをお願いしたい」
ラシリス将軍とその部下たちは勇者に対して好意的なようだ。
それは結構なことなのだが、イサーシュが勇者だと勘違いされたままで歓待を受けるのは、気が引ける。
ここでイサーシュはふと思い出した。
そういえば昔は自分が勇者になるべきだと思い、コシンジュが勇者になったあとでも本人の前でウソをついたことさえある。
たった2カ月程度前のことなのに、恐ろしいほどの心境の変化だ。
イサーシュは相手がいるにもかかわらず、思わず苦笑してしまった。
黒騎士たちが何のことかわからずあっけにとられていると、なぜかトナシェが口を開いた。
「あ、あの……赤い騎士さん?」
イサーシュが見ると、相手側の赤い騎士がゆっくりゆっくり後ずさりしていることに気づいた。
向こうもみられたことを悟って、一瞬動きを止める。
そして急旋回して走り始めた。
「あっっ! 待てっっ! コラッッッ!」
イサーシュが走りだしたのに続いて、黒騎士たちもあわててそのあとを追いかける。
しかし軽装であるイサーシュのほうが、あっという間に赤い騎士の前まで進み出た。
「ああクソッ!
この姿じゃあっという間に追いつかれるっっ!」
先回りされた赤騎士は急ブレーキで身をかばうポーズをする。
「当たり前だろっ!
重い鎧をつけた状態で全力疾走したところで、軽装歩兵にすぐに追いつかれるに決まってるっ!」
するとなぜか赤騎士はブツブツと聞こえない声でつぶやき続ける。
耳はいい方のイサーシュだが、ようやく追いついた黒騎士たちのカチャカチャ音のせいでよく聞き取れなかった。
黒騎士たちは剣を抜き、赤騎士に向かって構えを取る。
「かくなる上は覚悟せよっ!
むやみに殺すつもりはないが、場合によってはその命ないものと思えっ!」
イサーシュもまた背中の剣を引き抜いた。
「どうした赤い騎士。お前もその腰の剣を抜け」
見ると、騎士がぶら下げている剣は少々風変わりである。
サーベルのようにも見えるが、その鞘の幅があまりにも狭い。
赤騎士はいくつもの小さい穴のあいたヘルムをなでる。
「あ、いや、俺の武器、鎧のすき間を狙うためのものだから。
あんたらみたいな善良な連中には使えない……」
「ほう、こちらと命がけの争いをするつもりはないと見えるか。
ならば遠慮はいらん、みなのもの、よってたかって剣で鎧をたたきつけてやれ!」
黒騎士たちのうちの何人かが飛びかかる。
しかし、なぜか赤騎士は振り返らない。
顔をあげてこちらをじっと見ているようにも見える。
「しかしまあ、剣を抜かなくても問題はないけどね……」
妙に落ち着いたつぶやきが聞こえる。
黒騎士たちがふところに飛び込む寸前、赤騎士は急旋回してすばやい動きを取った。
一瞬のうちに黒騎士たちの動きが止まり、そのまま力を失って石畳の上に倒れ込む。
「なっ! これは、格闘術っっ!?」
またしても見慣れない素手での戦いを目にした。
しかし、ネヴァダのものとはどこか動きがちがう。
「ええいっ!
なにをやっている、剣を抜かない騎士1人になんという体たらくっっ!」
残りの騎士たちが一斉に向かう。イサーシュは叫んだ。
「やめろっ! コイツ、ただものじゃないっっ!」
しかしその時には手遅れで、赤騎士は目の前に飛び込んだ騎士たちに素早くタックルをかまし、数人をけん制する。
そのあいだに孤立した騎士の剣を振り上げた腕を取り、背中に背負ってそのまま投げつけた。
投げられた騎士が向かいの騎士たちの1人にぶち当たり一緒に倒れる。
その向こうからやってきた騎士の剣を拳を突き出して受け止め、そのあいだに懐に飛び込んで、拳の連撃を放った。
最後の1人になった騎士がぼう然としているあいだに、赤騎士が回転しながら跳躍すると、片足を突き出して胸の位置にぶち当てた。
後ろにのけぞりながら2,3歩下がった相手は、そのままあおむけに倒れた。
「あ~あ~、えらい騒ぎになっちまった。
だから人探しはイヤなんだよな~」
赤騎士とイサーシュは向き会った。
イサーシュは構えたまま顔をしかめる。
「人を探すんならその物騒な格好はやめろ。
その鎧、脱げば済む話だ」
「イヤだ、この鎧、俺のポリシーだし」
イサーシュは「なっ!」としか言えなかった。いったいどういう神経してるんだ。
がく然としているうちに騎士は己のヘルムを指差した。
「それにこの仮面は外せないね。
なんたって、俺の素顔はカッコよすぎるから」
「あ、あきれた奴だな。
なにが目的かは知らないが、その格好で目的の人物を探し出せる可能性はゼロに近いぞ」
イサーシュの言葉に騎士は腕を組んで首をかしげる。
「ああそう?
でも俺のご主人さまによると、こう言う格好で『マージ』って男を探し続けていれば、そのうちなんか変化があるんじゃないかっていう話」
「マージ? どこかで聞いたことがあるな」
「帝国の横暴に反発するレジスタンスのリーダーだ。
もともとはここの領主、ラシリスとともに大帝直属の3将軍のうちの一角をになってたそうだが、少数民族出身ということもあってハブにされ、活路を求めてレジスタンスに入ったって話だ。
どうやらこの付近に潜伏してるって話らしいが、俺の主人は詳しい場所がつかめないでいる」
「なるほど、どおりで……」
イサーシュは黒騎士たちの話を思い出した。
なぜここでレジスタンスの話を出すのがタブーなのか。
「なら話は早い。ラシリスはマージの身をかくまっているということだ。
中央政権もどうやらそれを黙認していると見える。
おそらくこの街に押しとどめておくことで、中央に手を出させないためだろう。
だがお前が騒ぎを起こし続けることで、ラシリス達も火消しを考えるかもしれない、ということだ」
「なるほど、そういう見方もできるってことね。
で、どうするの? 俺とやるの?」
イサーシュは自分の剣を見た。さて、どうするべきか。
「問題は、お前が味方か、それとも敵かわからないことだ。
まず狙いがわからない。
お前の主人はマージと共闘しようと思っているのか、それとも捕まえようとしているのか」
その問いかけに赤い騎士は両手をあげて首をすくめた。
「さ~て、見方によって、どうとでも取れると思うね。
つまり、どっちでもないということだ」
「だったらおとなしくさせておけっっ!」
叫んだ瞬間にイサーシュの剣が光を放った。
「げっっ! 魔法剣かよっ!
そんなもん食らったら鎧ごしでもダメージ大じゃねえかっ! お前正気かっ!?」
「とりあえず捕まえるっ! 詳しい話はそれからだっ!」
イサーシュは騎士に斬りかかった。
床には黒い騎士たちが寝そべっているが、イサーシュの技量なら問題はない。
平然と踏みつけて赤い騎士に向かって剣を振り下ろす。
相手はかろうじてその一撃をかわした。やはり身のこなしはただ者ではない。
「ちっ! やっぱり勇者のお友達だけあって腕並みがハンパねえなっ!
うっかりするとすぐくらっちまいそうだっ!」
「まだまだこれからだっ!」
イサーシュは何度も剣をふるう。
相手の身のこなしは完璧で、イサーシュなみの腕をもってしても当てられそうで当てられない。
しかし相手もこちらの攻撃をかわすのが精いっぱいのようで、スキをついて反撃することもできないようだ。
「くっっ! なかなかいい腕してやがるっ!
本気でやるなら剣を抜くしかなさそうだなっ!」
「抜けるものなら抜いてみろっ!
勇者の仲間に手を出すのがこわくなきゃなっ!」
イサーシュが剣を振りきったところで、騎士は落ちていた剣を拾い上げた。
そして剣を振り下ろす。イサーシュはそれを正面から受け止めた。
にぶい金属音が2人のあいだにひびく。
イサーシュはうめく。
かなり重い。いまにも両腕がしびれてしまいそうだ。
「やっぱりこの程度か。
この身体では、思うように剣がふるえないな」
「バカにしてるのかっ! たしかに俺はお前より若干歳が下だがなっ!」
「ああ違う、俺のことだ。
あ、やべぇこれについてしゃべっちゃうとヒントになっちゃうな」
「……おいっ! 衛兵さん、あそこだっ!」
ヴァスコの声に目だけを動かすと、彼がこちらを指差して現れた黒騎士たちを誘導している。
そのスキをついてか、赤騎士は剣を離して距離を取った。
持っていた剣を落とし、そばにある建物の影に向かってかけこんでいく。
「じゃあな若い剣士っ!
運がよかったらまた会おうぜっっ!」
イサーシュは「待てっ!」と言ってあとを追おうとするが、その前に黒騎士たちが路地に入りこんで、イサーシュはそのタイミングを失った。
完全に騒ぎから取り残されて髪をかきあげることしかできない。
「いったい何者だったんだ、あいつは……」
ヴァスコとトナシェが自分の名前を呼ぶ。
さて、2人にはなんて説明をすればいいのか。




