第25話 砂漠の姫君~その4~
チチガム達はタブツの船に乗り、いったんバンチアで食料品を買い込んだあと海へ出た。
一般的な船舶とは違い少々小ぶりで3人は不安におそわれていたが、何度も大陸を往復したことがあるという言葉だけを信じることにしていた。
しかし、何日かたったところで船は大嵐に見舞われた。
船は波にもまれ前後左右に激しくゆすぶられる。
「だから何度でも言ってるでしょっ!
普通なら魔導師に天候を見てもらうか、魔法羅針盤を用意するもんじゃないっっ!
なんでそんなものに頼らないで海に出るのよっっ!」
マストに必死にしがみつくヴィーシャが、後方で舵を取るタブツにどなりつけた。
「うるせぇっ!
おれはあんなけったくそなシロモンに頼るタイプじゃねえんだっっ!
文句があるんだったら船から降りやがれっっ!」
「なに言ってんのよっ!
ただでさえ船が転覆して死ぬかもしれないってのに、海に落ちたら確実に死ぬわよっ!」
同じく船べりにしがみつくチチガムが声をかけた。
「そんなことよりこの船は大丈夫なんですかっ!?
ただでさえ小ぶりなのに、船体はあちこちが痛んでるっ!
本当にこの嵐を乗り切れるんですかっ!?」
「うっせえ黙ってろっ! ゴタゴタ抜かすと突き落とすぞっっ!」
そういったきりタブツは操舵輪を回すのに集中した。
ヴィーシャが首を振りつつマストの反対側を見ると、腰をロープで縛りつけたムッツェリが必死に口を押さえている。
「うう、気持ち悪い……気持ち悪くて死ぬ……うぅっっ!」
ムッツェリの船酔いは、数日たった今でも治らない。よほど相性が悪いのだろう。
ましてやこの大嵐だ。日頃は険悪な仲とはいえ、さすがのヴィーシャも気の毒になって背中をさする。
「うっ、お、おまえに心配されるほど、わたしもヤワでは……ぐえっっ!」
気丈なムッツェリもそう言ったきりされるがままになった。
「ちょっ! 船長っっ! あれはっっ!」
チチガムの大声にふりむき、彼が前方を指差していることに気づく。ヴィーシャも同じ方向を向いた。
激しくゆれる大海原の向こうに、ひときわ大きい波のうねりが見える。
ヴィーシャは肝を冷やした。そしてしばらくして後方に振り返る。
「ちょっとっっ! こんなの聞いてないわよっ!
一体全体なんでバンチアの総督はこんな奴を指名したのっ!? 正直こんな船乗らなきゃよかったっ!」
「言ってくれたな小娘っ!
てめえは波が収まったあと船の上からけり落としてやるっ!」
「どうせ助からないから言ってやるわよっ!
このオタンコナスっ! 近づくとクサイのよこの不潔ジジイっっ!」
「おいケンカしてる場合かっ! もうこっちにやってくるぞっ!」
チチガムに言われふたたび前方に目を向けると、大波はもう目前まで迫っている。
「きゃあああああっっっ! いったいどうする気なのよっっ!」
「このままつっこむぞぉぉぉぉっっっ!
いっっっっくぞおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!」
タブツの叫びに呼応するかのように、チチガムとヴィーシャも全力で叫び声をあげた。
船全体が黒い影に覆われ、船体がほぼ垂直かと思うほど傾いた。
そして一瞬重力がなくなってしまったかのような感覚におそわれると、すさまじい重圧がやってきて一行は身体全体を甲板に押し付けられた。
そのあとすさまじいしぶきが彼らの身体に叩きつけられる。ヴィーシャは意識を失いかけた。
やがて波が収まっていくと、パニックにおちいってやたらとわめいていたヴィーシャも落ち着いてきた。
ムッツェリを見ると、ロープに縛られたまま完全に気絶している。
横からタブツがやってくると、ヴィーシャはおっかなびっくりする。
海に投げ落とされるのかと思いきや、相手は神妙な面持ちで勝手に語りかけてくる。
「今から十年以上も前のことだ。
オレはヴァスコをはじめとした数人の部下とともに、バンチアをはじめとする北大陸の沿岸を荒らし回ってきた」
「確かあなたとヴァスコさんのことをさして、『ヒゲの海賊団』とか言ってましたよね。
その名は内陸部である我が国にも聞こえていました」
後方を見ると、高台の上からチチガムがこちらを見下ろしている。
その声にこたえるかのようにタブツはうなずく。
「ずいぶん悪名が広がっちまったみてえだが、オレらが評判になったのは『賊の3つの掟』をかたくなに守ってきたからだ」
「殺さず・傷つけず・弱いものからは盗まず」
元盗賊であるヴィーシャが範唱する。
義賊と呼ばれるためには絶対に守らなければならない鉄の掟だ。
「もっとも2番目に関しちゃ守りきれねえ時もあったがな。
それでもオレらは必要以上の敵を作らねえために、この3つを必死で守り抜いてきた」
そしてタブツは船べりに歩いて行き、明るくなってきた地平線をながめた。
「とは言っても数をこなし続けているとどうしても名があがっちまう。
お尋ね者になったオレたちは人数を増やす必要に迫られたが、有名になりすぎたオレたちについて来ようって奴は誰もいなかった。
仕方なくオレたちは南の大陸に向かった」
そして手すりに両手をつき、うなだれるようにして頭を下げる。
「だがそれがいけなかった。
雇った連中は筋金入りのならず者ばかりで、人の命を奪うことに何のためらいもない奴らだった。
ある日オレらはリスベンの客船を襲った。
中にいるのは金持ちばかりで、オレらまっとうな海賊が襲うにはうってつけの連中だった。
だが新しい船員連中は乗組員を次々と襲い、命を奪っていった。
オレらが散々3つの掟を教え込んだにもかかわらずだ。仕方なくオレらは奴らを殺した。
人を殺すのは初めてだったが、仕方なかった。それ以外に助かる道はなかった……」
それを聞いたチチガムが「タブツさん……」とささやいた。
ヴィーシャも泣きそうな顔でさみしげな背中を見つめる。
「連中のリーダーが死にぎわに言ったことが忘れられねえ。
『俺たちは北の人間に復讐するためにやってきた。
俺たちを大陸から追い出した、連中の子孫を殺すのは当然のことだ』だってよ。
連中、自分たちの先祖は大昔に北の大陸を追いだされて南にたどり着いた、そう信じ込んでいるらしい」
ヴィーシャは「復讐 ……」と繰り返した。
北の魔法科学文明が崩壊した要因が、そこに隠されているのかもしれない。
そこでタブツが後ろを向いたままフッ、と鼻で笑った。
「そこで団を解散したよ。なにもかもバカバカしくなって素直に出頭もした。
一生ブタ箱に入れられてもおかしくなかったが、相手がぜいたくばかりしてる金持ちばかりだったせいか、民衆連中の評判がすこぶる良くてな。たった数年間で出てこれた。
今じゃオレもヴァスコもまっとうな船乗りよ。人生ってのは、つくづく皮肉なもんだな」
タブツがここで振り返った。
チチガムのほうを見ると、今聞いた話が信じられないという表情をしている。
息子の身も心配になっているはずだ。
「そういうわけだ。南の大陸に渡る際には、連中は一切信用するな。
奴らはお前らが北の人間と知って、何をしでかすかわからん。くれぐれも気をつけるこったな……」
ヴィーシャはそれを聞いて、これまで以上にふくれあがった不安を、必死に押し戻そうとした。
その原因を探るために、自分は南に渡る決心をしたのだから。
ゴルドバを出発して1週間が過ぎた。あと2日もすればオアシスにたどり着くというが、一行に希望の色は見えなかった。
コシンジュとロヒインはもはや限界という顔つきになっている。
もともと一行の中では体力がない方である彼らは、いつ倒れたとしてもおかしくない。
ひたすら重い足を引きずって歩き続けるだけだ。
メウノもまた、疲れ切った表情をしている。
彼女もまた長旅の疲れがたまってきているのであろう。ひたすら眉間を指で挟み続けている。
ネヴァダとスターロッドと言えば、一日中あたりを警戒し見回している。
その顔に希望の色はない。
突然ネヴァダの足が止まった。前方に目をこらしたかと思うと、突然叫びをあげた。
「みんな伏せてっっっ!」
すると突然前方の小高い砂丘の一部が、激しく砂を巻き上げた。
中から黒々とした影が現れると、いきなり激しい炎を噴射してきた。
「ぐうぅぅぅぅぅぅっっっ!」
最初は両手で防ごうとしたネヴァダだったが、あっという間に全身が炎に包まれる。
「「「「ネヴァダ(さん)っっっ!」」」」
全員が叫ぶ。
ネヴァダは地面に倒れ込んだが、すぐに転がり続けて起き上がり、バット全身のローブを取って黒い手足と赤い衣装を見せつけた。
「とうとう現れたねっ!
今が襲ってくる最後のチャンスだと思ってたよっ!」
ネヴァダは出現した相手を見据え、しかしすぐに目を見開いた。
彼女にとってはこれが魔物との最初の出会いとなる。
「クククク……。
勇者の消耗を極限まで待ったところで、一気に攻め立てる。
これこそ我が獄炎魔団のやり方よ?」
現れたのは、全身を黒く染めたライオンのような生き物だった。
しかし身体のあちこちに炎のような赤いゆらめきを放っていて、特に首周りの炎がひときわ大きい。
さらに妙なことには、このライオン、肩のあたりに異様なでっぱりがある。
いかにも哺乳類らしいうすい毛の生えたほかの部分とは違い、まるで昆虫のような甲殻におおわれた。
それはこちらに向いた先端のところで大きな穴をあけており、そこからちらちらと赤い炎が噴き出している。
尻尾のあたりも妙だ。これも普通の動物とは違い甲殻におおわれていて、ネヴァダがよく目にするサソリの尻尾に似ている。
「どうだい? はじめての魔物にビビったかい?
アタシの名は『キマーラ』。冥土の土産に覚えおきな」
さらにおどろくのが、この魔物、物騒な外見とは裏腹にメスであるらしい。
「キマーラっ!? たしかマドラゴーラが言っていた、4武将のうちの1体だなっ!?
肩の出っ張りから飛び出す炎に気をつけろって言ってたけど、たしかにすさまじい勢いだっ!」
ロヒインの叫びを聞きつつ、現実離れした状況に混乱していたネヴァダだったが、相手は容赦してくれるはずがない。
キマーラと名乗る獣型魔族は型の出っ張りから激しい炎を噴射した。
仲間たちがネヴァダの名を叫ぶ。
しかしネヴァダは砂地にもかかわらず軽快なフットワークでバク転を繰り返し、噴き上げる炎から距離を取った。
「やるねっっ! でもこのアタシも負けちゃいられないよっ!」
すると獣は猛スピードで突進し、一気に間合いを詰めた。
そして炎を噴射したのだが、ネヴァダは逆に前方へと飛び込んだ。
一気にジャンプすると、ライオンの顔面に向かって黒い拳をたたきつけた。
相手は「ぐわっっ!」と言って引き下がるが、すぐに肩の突起の先端をネヴァダに向けた。
しかしネヴァダは相手が炎を噴射しているあいだに素早く側面に回り込み、もう一度飛び跳ねて突起に向かってハイキックをかました。
キマーラは横にのけぞると、今度はかたい尻尾の先を突き出した。
ネヴァダは黒い手甲ですばやくかわすが、尻尾はそのままネヴァダの腕に巻きついてしまった。
そのあいだにキマーラは再び突起を彼女に向ける。
ネヴァダは体の向きを変え、手刀を尻尾に叩きつけた。
思い切り引っ張られる形になったのでキマーラはうめき、すぐに尻尾を離した。
しかし攻撃の手をゆるめたわけではなく、突起からふたたび炎が噴射される。
ネヴァダは両腕で顔を守りつつ、クルリと後方に回転して距離を取ったが、それでも火をかぶって髪の一部や赤い衣服に炎が揺らめいた。
砂地に何度も転がってなんとか火を消したネヴァダは、ヒザをつきながら頭の砂を払う。
髪の一部が焦げてチリチリになっている。
「くそっ! 炎攻撃はかわしにくくてしょうがない!」
「クククク。
いい動きをしてるけれど、しょせん手足を使って戦う戦士はそれが限界。
さて、いつまでこの攻撃を避けられるかし……あだぁぁぁっっ!」
キマーラの身体が何かをかぶった。
霧のようなものだが、ほんの少し湯気が出ただけで敵が傷ついている様子はない。
「くっ! 砂漠地帯では水が圧倒的に足りない!
これじゃたとえじゃなく本当に焼け石に水だっ!」
ロヒインが杖の先を向けて叫ぶ。
それを見たキマーラが獣ながらに悔しそうな顔つきになる。
「くっ! 小僧、まだ魔法を使えるだけの元気はあるみたいだね!
いくら砂漠で弱体化してるとはいえ、水の魔法は気が散るっ!」
するとキマーラは顔を思いきり上にあげ、いかにも獣らしい野太い咆哮をあげた。
すると全員が立っている地面が、グググっとわずかに揺らぎ始めた。
「なにを始めたっ!? 魔法のようなものかっ!?」
ロヒインの叫びにキマーラはニヤリとしてそちらを向いた。
「バカめっ! このアタシが単独で来ると思ったかっ!
こういう場所にはそれにふさわしい援軍ってものがいるんだよっ!」
揺れが激しくなるにつれて、轟音がひびいた。
コシンジュ達は大量の砂を浴び、それを払いのけていると、ななめ前方に異様な気配を悟った。
見上げると、全身をかたい殻に覆われた巨大なヘビのような生き物が現れる。
「ぎゃっ、ぎゃあああああああっっっ!
なんだこの変な格好をしたドラゴンはぁぁぁぁぁっっ!」
コシンジュのヒステリックな叫びに、キマーラはうれしそうな叫び声をあげる。
「よく来たね『地竜ワーム』っっ!
あんたはこいつらと遊んでおやりっ!」
ワームは昆虫のような頭部をコシンジュ達に向けると、いったん砂の中に潜り、様々な場所の砂を盛り上げながらまるで水のなかのように縦横無尽にかけ回っている。
「なんだこりゃっ!
砂の中とはいえ、あんなに素早く動けるわけがないっ!」
ネヴァダが叫ぶと、キマーラがその問いに答える。
「あれも魔法の力がなせる技さっ!
ただでさえ土の中を自由に動き回れるのなら、砂なんて奴にとっては水を泳ぐようなもんさっ!」
ワームは時折地面に這い出して、コシンジュ達を襲う。
時おりタウレットにもおそいかかるが、全身を引っ込めて丸くなっている巨大ガメにはあまり通用しない。
あいにく移動するたびに土が盛り上がっているため、その動きはコシンジュ達にもつかめているが、少なくとも彼らをけん制するには十分なようだ。
「よそ見をしている場合かいっ!」
キマーラが炎を噴射しつつ、こちらに向かってかけぬけてくる。
ネヴァダはそれを素早くかわすと、肩の突起との反対側についた。
「このあたしを単独で狙う気かいっ!?」
どことなくネヴァダと口ぶりが似ているメス魔物は、こちらを見てにやりと笑う。
「砂漠の案内人であるお前さえ倒してしまえば、勇者どもは道を見失う。
あとはさっさとおさらばして奴らは一巻の終わりさ!」
それを聞いたネヴァダの中で、怒りのスイッチが入った。
「つくづく底意地の悪い奴らだね。聞いてた評判以上だ」
そして拳を前にして構えを取った。そのしぐさには一片のムダもない。
「そんでもってつくづくナメてくれる。
このあたしが、大陸一の武術家と知ってのことかい?」
「関係ないね。しょせんお前も人間。
身体能力も魔力もはるかに勝るあたしたち魔族の前では、どいつもこいつもザコさ」
ネヴァダの顔に冷静な怒りが宿った。
そして片手でひょいひょいと手招きする。
「かかってこいよ。
お前に本当の戦い方ってものを教えてやる」
「そっちこそバカにしてくれんじゃねぇぇぇぇっっ!」
キマーラが炎を噴射する。
ネヴァダは上体を下げつつ、すばやい動きでふところに飛び込んだ。
相手が「なんだこの速さはっっ!」と言っているあいだに、ネヴァダは拳を上に突きあげ、肩の突起を思いきりなぐりつけた。
キマーラはその衝撃に動じることなく、思いきり口を開いて噛みつこうとする。
ネヴァダはそれを一回転してかわし、ついでに相手の巨大な牙をつかんだ。
黒い手甲に守られライオンはかみ切れず、そのあいだにネヴァダは2本指を突き出して相手の瞳をついた。
「グギャアアアァァァァァァァァァァッッッッッッ!」
勢いで顔をのけぞらせたキマーラは巨大な尻尾をネヴァダに向かって思い切り払った。
それを片手で簡単につかみ取ると、飛び上がって鋭い足甲のつま先で蹴りかかった。
堅い尻尾はいとも簡単に引きちぎられる。
「アグアァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
手段に困ったキマーラは勢いで前方を向き、肩の突起をネヴァダに向けた。
女格闘家は飛び上がって突起の上部をつかみ、もう一方の手を思いきり射出口に押し込んだ。
「黒鋼の防御力をナメるなっ!」
そう言って中で手を広げる。
ちょうど炎が噴射されると、その勢いは射出口から飛び出すどころか、中でうねりをあげる。
突起の一部が一瞬ふくらんだかと思うと、そこがはじけて炎がすさまじい勢いで吹きあげた。
「グギャアァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
ネヴァダが両腕を離すと、キマーラは頭をくねらせながら距離を取る。
やがて冷静になってネヴァダを見ると、敵に対抗する手段がなくなったことに気づきおびえるような顔つきになった。
鋭い爪を生やした前足をひょいと突き出すが、これだけでずば抜けた戦闘力をほこる格闘家を退けられるとは思えない。
「ま、待ってっ!
悪かったっ、卑怯な手段を使ったのはあやまるからっ!」
必死に懇願する哀れな大型獣に、ネヴァダは首をかしげ、そして笑った。
「ムリだね。
お前のような性格を考えると、今度はもっと卑劣な手を使ってまた襲いかかってくるに決まってる。
逃がすことはできないよ」
キマーラはショックに顔をひきつらせたあと、あわてて身をひるがえして逃げようとする。
しかしそのあいだに素早く距離を詰めたネヴァダが上から拳をたたきつけた。
「こぶらっっっっっっっ!」
顔を下にのけぞらせたキマーラに向かって飛びかかったネヴァダは、そのままライオンの眉間に向かって拳を思いきりたたきつけた。
力を失って倒れ込んだキマーラ。しかしネヴァダは勢いを止めず、同じ場所に何度もこぶしをつきいれた。
やがて完全に沈黙すると、ネヴァダは呼吸を整えつつ、絶命した巨大な獣を悠然と眺める。
「確かにやっかいな奴だ。
だけどあたしほどの腕と装備なら、やってやれない相手じゃないね」
落ち着いたところで後ろに振り返ると、コシンジュ達はまだ縦横無尽にうごめいている地竜に苦労しているようだ。
お互い攻め手を欠いて決着をつけられずにいるらしい。コシンジュ達が疲れ切っているのも大いに影響しているようだ。
ネヴァダは時折やってくる砂のうねりにおっかなびっくりしつつ、コシンジュ達のもとに向かった。
よく見れば、ワームを相手にしているのは3人だけだ。
「まったくっ! スターロッドの奴は何してんだっ!」
先ほどから彼女の姿が見えない。
あたりを見回していると、ロヒインがこちらに向かって叫んだ。
「彼女は姿を隠す魔法を使って身を隠しています!
先ほどから援護射撃しているようですが、地中に潜る相手には効果がないようです!」
「ちっ、てっきりエルフだと思って頼りにしてたら、案外使えない奴だね」
「……そうでもないぞ。
わらわはただ本気を出していないだけじゃ」
すると何もない場所から美しいエルフの姿が現れた。
おかしいことに、まわりを恐ろしい魔物がかけ回っているというのに、まったく動じている気配はない。
コシンジュ達が不審な目を向けていると、スターロッドは突然叫びをあげた。
「いい加減にしろ『ニズベック』ッッ!
お主は己の同胞に手をかける気かっ!?
友軍がすでに倒れているという事実に、気付いていないお主ではあるまいっ!」
するとおどろいたことに巨大なワームの動きがおとなしくなり、コシンジュ達の前方で頭を大きく突き出してそのまま止まってしまった。
コシンジュ達は全くわけがわからなくなってしまった。
ロヒインだけが、謎の核心をつく。
「え、これ、いったい何なの?
『同胞』? 『友軍』?」
問いに答えるように、スターロッドは不敵な笑みを浮かべた。
そして自らのローブを思い切りつかみ、行きよいよくはぎ取った。
その下に来ていたのは、分厚いローブとはまったく異なる、黒い鮮やかな衣装だった。
しかも胸元と両足が大きく露出した、見るもあらわな露出度の高い恰好だった。
当然、人間たち4人はあいた口がふさがらない。
「クククク、仰天したか?
なにを隠そう、わらわはウッドエルフなどではない。
それよりさらに高位に位置する、魔界に住まうダークエルフぞ。
しかもわらわは並みいる同族たちの長に当たる。
つまりは魔界の中でも最高位の魔族、というわけじゃ」
それを聞いたコシンジュが、過去最大級の勢いで思い切り腰を抜かした。




