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第25話 砂漠の姫君~その2~

 案内所の担当者と打ち合わせをするネヴァダが、ようやく戻ってきた。


「ようやく準備できた。さあ、みんな立って」


 正直気まずい空気が流れまくっていたので、全員が意気ようようと立ち上がる。

 いや、スターロッドだけは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だ。


 外に出ると、職員があらかじめ用意していた砂漠横断用の荷物を確認する。

 思ったより少ない。コシンジュは荷物を指差して問いかける。


「あれ? こんだけ? もっとものすごい量だと思ってたけど」


 それを聞いたネヴァダはろこつにバカにするような顔になった。


「あのねぇ、砂漠を渡るのに必要な水の量がどんだけだと思ってるの。

 あんたみたいなガキの肩に背負えるほどのものじゃないんだよ。

 こういうのはだいたい荷物運び用の動物が必要になるさ」


 それを聞いたロヒインが人差し指を立てる。


「『ラクダ』という生き物ですね。たしか背中に大きなこぶがあるという生き物じゃなかったでしたっけ。

 ですけど心配ですね。

 我々人間だけでも魔物から身を守るのにせいいっぱいなのに、動物まで連れ歩いていたら危なっかしくてしょうがないと思うのですが」

「そう言うと思ってたよ。

 だから今回はラクダじゃなくて、別の生き物を使う」


 すると門の向こうから職員がやってきて、奥にあるなにかに向かって手招きをしている。

 何度も必死に手招きし続けていると、門のかげから何かがぬうっと現れた。

 砂漠慣れしていないコシンジュ達3人は仰天する。


 それはゆうに人間の大きさをはるかに超える、巨大なカメの姿だった。

 少し見上げなければ全体像をつかめないほどである。


「うおぉぉぉぉぉっっ!

 でけぇっ、でけえぞっ! なんじゃこりゃあぁぁぁっっ!」


 思わず叫びまくるコシンジュを見て、ネヴァダは自慢(じまん)げに親指で差した。


「『タウレット』。

 この人間界に唯一生息してる地属性の魔物だよ。

 こんなデカブツだけど、食料と水はおどろくくらい少なくて済む。

 魔物だからとても身体が頑丈(がんじょう)で、敵の攻撃も受け付けない。帝国軍がどうしても砂漠を渡らなきゃいけない時のために重宝してる」

「荷物はどうしてるんです?

 見たところ何も背負ってないように見えますが」


 メウノの質問にネヴァダが手招きしてコシンジュ達を引き寄せる。

 甲羅(こうら)の裏側まで案内すると、細長いベルトで数多くの荷物がくくりつけられていた。


「少ないように見えるけど、こいつがデカすぎるだけさ。

 予備のベルトも用意してあるし、いざという時は甲羅をはがして裏側の肉をいただく。痛そうなリアクションがイヤだけどね」

「なるほど、これなら安心じゃ。

 だがわざわざこんな大物を用意するなど、費用もだいぶかかったのではないか?」


 スターロッドが荷物をながめながら問いかけると、ネヴァダは申し訳なさげな表情になった。


「まあ今回は特別だからね。

 ツケにしといてもらってもけっこうかかったから、北の謝礼はたっぷりいただくよ」


 するとネヴァダはコシンジュ達の後ろをまわり、巨大ガメの頭のとなりについた。


「さて、これで準備ができた。さっそく荷物を背負って、砂漠を渡ることにするよ。

 あんたたちも心の準備ができたかい?」


 全員がうなずくと、ネヴァダはカメの頭をポンポンと叩いた。

 するとタウレットがゆっくり大きな足を動かしながら、南に向かって旋回(せんかい)していく。

 コシンジュ達もカメの横まで移動して、その動きについて行く形になる。


 やがてタウレットが南に向かって前進しだすと、ネヴァダがアゴの肉を引っ張って微調整しだす。

 コシンジュ達はそれをながめつつ、巨大ガメと並列して砂地の中を歩きだした。


 ブーツが砂の中にめり込むとともに、コシンジュは砂浜を歩いている時と同じ感覚におちいる。


「うわっ、けっこう足取られるな。

 海岸で魔物と戦った時もちょっと不便だったけど、おそわれた時どれだけ自由に動けるか少々不安になるな」

「細心の注意を払ったほうがいいかもね。

 大型の魔物だったらこちらのほうが少々不利だよ」


 ロヒインの返答に顔をしかめつつも。

 コシンジュは太陽が照りつける、先が見通せない広大な砂地を歩き続けた。





 地上の建物とは思えないほど、異様な様相をほこる超巨大建造物、ゾドラ城。

 全体が明るい色彩で()られていなければ、誰もがこれが魔王の城だと自覚するであろう。

 そんな外壁でさえ、風が吹かない日は年中降り積もる灰を定期的に落とさなければ、すぐに元の暗黒の城に逆戻りしてしまう。


 そのためこの日は外壁のあちこちで作業員がせっせと灰を落とす作業をしている。

 命綱を器用に動かして移動しつつ、はたきを使って外壁に張り付いた砂を必死に振り落とす。

 不毛とも思える一連の作業を熱心に行えるのも、すべては偉大なる帝国に対する忠誠心ゆえである。


 そんな彼らの作業ぶりを、白いテラスから呆然と(なが)める人影がある。

 全体にきめ細やかなレースを重ね合わせたかのような黒いドレスを身にまとい、浅黒いデコルテには様々な宝石をちりばめた金のネックレスを身に付けた、うら若き姫君である。

 容貌(ようぼう)も美しい。

 ほんの少しだけ少女の面影を残した、どちらかというとシャープなイメージの美女である。


 しかしその表情は浮かない。

 人の目がないときは、彼女は常にこのような顔をしている。

 その長く伸びるつややかな黒髪の中にも常に様々な不安がうずまいている。


 後ろから侍従(じじゅう)が現れ、ひざまずいてこうべをたれる。


「姫さま、皇后様よりお呼び出しがかかっております」


 「姫」と呼ばれた女性は後ろを向かずにろこつにいやな顔をした。


「断ると申せ。わたしはいま機嫌が悪い」


 こう返すのはいつものことである。

 姫と現在の皇后は血が全くつながっていない。その上相手は先代の皇后、姫の実母が急死した直後についたので、その仲は険悪どころではない。


「お言葉ですが、今回はお客人がいるとのこと。

 むげに断ることもできますまい」


 姫はようやく振り返る。

 仕方がないと言わんばかりの表情を向けつつ、真珠のブローチで結われた部分からのびるウェーブがかった髪に手をかけた。





「遅かったじゃない『エンウィー』。待ちくたびれたわよ」


 人が集うにはあまり広すぎる大広間のなか、血で染められたかのような怪しげなドレスを身にまとう皇后、ララストが不敵な笑みで問いかける。

 ドレスのスリットからのぞき込むすらりとした脚がこちらを挑発する。


「客人だと聞きました母上。

 いったいどのような御仁(ごじん)なのです?」


 いちおう戸籍(こせき)上の母に当たるので丁寧(ていねい)な口調になるが、その声色は恐ろしく冷たい。

 表情も務めて冷静を装うが、はた目には無機質な印象を受ける。

 もっとも相手にそれは通用しないらしく、ララストは完全に結われたまとめ髪をなでつけた。


「そんな怖い顔をしないでよ。

 せっかくの来客なんだからもっとおしとやかにね」


 そう言いつつ王妃はパンパンと両手をたたいた。


「お入りなさい。さっそく皇女にごあいさつして」


 正面の両扉が開かれ、中から薄明りとともに中肉中背の人影が現れる。

 エンウィー達がいる中央付近に足を踏み入れるにつれ、その容貌(ようぼう)が明らかになり、エンウィーはそれをまじまじと観察する。


 帝国の貴族にしては明らかに意匠(いしょう)が異なるが、それなりに豪華にしつらわれた貴族の黒い服装をしている。高貴な身分なのだろう。

 顔立ちは端正で、様々な諸侯と対面した経験があるエンウィーでも思わず見ほれてしまうほどだ。

 恐ろしく色が薄い金髪は、うなじの部分でひとまとめにされている。


 男は2人の前まで進み出ると、まず最初にララストに頭を下げ、続いてエンウィーに向かって同じようにした。


「お初にお目にかかりますエンウィー皇女様。

 北の大陸からまいりました『ファルシス』と申します」

「聞いたことがない名であるな。出身と身分を申せ」


 エンウィーは努めて平静を装う。

 客人に対して無礼に接するほど、皇女は尊大な性格をしてはいなかった。


「北方の『ストルスホルム』からやってまいりました。

 爵位(しゃくい)伯爵(はくしゃく)。親類は王都にて重役についております」

「ほう、かなりの身分だな。

 それではるばるこの地までやってきたのは、いかなる要件があるのだ」


 するとファルシス本人ではなく、ララストのほうが何かを差し出した。


「これ。ストルスホルム王室から書状が届いてるわよ」


 エンウィーがそれを両手で受け取ると、まかれた書状を開いて内容を目で追った。


「……そうか。ついにこの日が来たか」


 ファルシスはぺこりと頭を下げる。


「つきましては皇女様にお近づきになりたく、侍従であるわたくしがはるばるここまでやってきた次第でございます」


 ララストがそれを聞いてパチパチと心ない拍手を送る。


「よかったじゃない。あなたも20歳(はたち)を過ぎて、ようやく縁談が来たってことよ。

 しかもお相手は向こうの第3王子、これ以上のお相手はいないんじゃない?」

「第3王子ですか。このわたくしも甘く見られたものですね」


 横目で皇后を見る。この女の魂胆(こんたん)はわかっている。

 母や2人の兄、そして国を真の意味で支える重鎮(じゅうちん)たちがまとめていなくなってしまったいま、父である大帝を支えているのは自分1人だけだ。

 それを体よく排する機会を得たわけだ。


「念のため、近いうちに直接使者を送ることになってる。

 確認が取れ次第、あなたにはストルスホルムに(とつ)いでもらうわ

 両国の関係もこれで安泰(あんたい)ね」


 なにを言っているのだこの女は。

 こいつをはじめ、残った権力者たちはみなこの国の財産を食いつぶすことに力を使っているが、余裕があればすぐにでも北大陸に侵攻するつもりだろう。

 そうなれば自分などいないも同然だ。


 あきらかにピリピリとした空気をはらんでいる2人の関係に、ファルシスは動じている感じではない。

 涼しげな表情に話しかける。


「つきましてはこの国の現状をうかがいたく、しばらくはこちらの方に滞在いたしたいと思っております。

 ご容赦(ようしゃ)願いたく存じ上げます」


 ふたたびこうべをたれたファルシスに、ララストはいぶかしむように眉をひそめる。


「のんきなものね。魔王軍が押し迫ってるこの時期に、わざわざ泊まり込みたいだなんて。

 よからぬことを考えてないといいけれど?」


 ララストは別のことを考えているようだ。

 北の連合は帝国が魔王を退けたのちに、それに乗じてこちらに攻め入ってくると考えているのではないかと(かん)ぐっているようだ。


「とんでもございません。

 我が国の王をはじめ、連合の君主の方々はみな争いを好まないご気性であらせられます。

 そのような物騒(ぶっそう)なことは考えておられません」

「ふふ、それはどうかしらね。

 まあいいわ、いちおうあんたには監視の目を光らせる。

 少々息苦しいと思うけど、ガマンしてちょうだい」


 ここでエンウィーが進み出た。


「母上、わたくしにお任せください。

 いずれこの者とも親しくなる以上、自分で面倒を見たいと思います」

「……なにを考えているのかしら?」


 ララストは髪をいじくる手を止め、エンウィーと見つめ合う。

 相手から目をそらさないように努めると、向こうのほうが折れた。


「わかったわ。お好きになさい。

 だけど変なオイタは許さないわよ」


 クルリと回って後ろを向き、片手をあげつつもったいぶった足取りでその場を去っていった。

 ファルシスと2人きりになったエンウィーは、相手に警戒するかのような視線を浴びせる。


「気をつけよ。あやつはそなたのことを信用しておらぬ。

 きっとこの城内を偵察(ていさつ)するためにつかわされた間者(かんじゃ(スパイのこと)と思っているに相違ない」

「皇后さまは、あっさりとあなた様の申し出を受けられましたね」


 あっけらかんと告げるファルシスにエンウィーは横に目を向いた。


「まだそれほどの力は持っていないということだ。

 あやつは正式に新皇后と認められたばかり、対してわたしは唯一父上の血を引く者。

 まだわたしのほうがかろうじて立場が上ということだ。

 まあそれも、わたしが北に(とつ)いでしまえばそれで終わりだが」

「その上皇后さまは他の4人の権力者との覇権(はけん)を争っている。

 彼らとの確執(かくしつ)に決着をつけない限り、皇后さまも思うがままに権勢(けんせい)をふるうことは出来ますまい」

「ほう、下調べは完璧というわけか。

 で、あとは何をするつもりなのだ?」


 いぶかしむ視線を向けるエンウィーに、ファルシスはゆっくりとかぶりを振った。


「いいえ何も?

 しばらくはこの美しく塗り替えられた旧魔王城、じっくり観察させていただきます」

「お前にはわたしの侍従(じじゅう)をつける。

 くれぐれも(あや)しまれる行動はとるなよ」


 エンウィーの嘆息(たんそく)まじりの声に、ファルシスは胸に手をやり頭も下げた。





 コシンジュはスカーフで覆った顔に手をかざし、はるか向こうの地平線に目をこらす。

 無数の砂の丘が連なる先は、ゆらゆらとゆらめいてばかりで高い山のようなものは見えない。


「よそ見してるんじゃないよ。あんたが丘の上を見たいと言ったんだ。

 砂丘からすべり落ちても知らないからね」


 前を歩くネヴァダは1人だけ全身をローブで包み、足元の傾斜(けいしゃ)を確かめながら若干慎重な足取りで前に進む。

 一行は砂丘の稜線(りょうせん)を進み、見晴らしの良い頂上付近を歩いている。

 まわりには砂の大パノラマが広がっているが、コシンジュは感動するどころかむしろ嫌そうな顔をして地平線を指差して遠慮なく質問した。


「この砂漠、いったいどこまで続いてるんだ?

 一体いつまでこのクッソ歩きにくい砂地を歩き続けなきゃいけないんだ」

「これでも砂漠の最短ルートなんだよ。

 どんなにがんばっても最低1週間以上はかかるけどね」


 相手も遠慮なく告げる。

 それを聞いたコシンジュがこれまた遠慮ない調子で「げぇ……」とうめいた。


「こんなチョー暑苦しい砂漠を1週間以上も歩くのかよ。

 北の海の蒸し暑さよりはましだけど、こんなん続いたら何日ももたんぜ」

「ていうかコシンジュ、せっかくだから丘の上進みたいと言っといて、出てくる言葉が文句?

 だったら最初から下の日かげを進めばいいじゃん。ほら、下のタウレットのほうが涼しそうだよ」


 ロヒインが指差す通り、巨大ガメは日陰に近い位置を悠然(ゆうぜん)と進んでいる。

 もっともネヴァダの言葉を信じれば、タウレットは強い日差しなどものともしない生物なのだが。


「山みたいなのが向こうにあったら素直に感動できたんだけどな。

 なにも見えないのを見て急にげんなりしてきた」

「私はそれほどでもないですけどね。

 未知の大地に足を踏み入れて、正直感動を覚えます」


 素直に顔をほころばせるメウノがまわりを見回し続けていると、スルッと足をすべらしそうになった。

 あわてて体勢を立て直すのを見てロヒインがこぼす。


「メウノさんも。

 気をつけないとネヴァダさんの言ってる通り上がってこれませんからね」

「フフフ、お前たちを見ているとなつかしい気持ちにとらわれるな。

 はじめて砂漠を渡り歩いたころを思い出す」


 透き通るような声を聞いて、しかしロヒインは顔をしかめる。

 少しだけ後ろを振り向いてスターロッドに問いかけた。


「ウッドエルフなら身を隠せる木が一本もなくて不安じゃないんですか?」

「フフ、案ずるな。これでもエルフの中では年長のほうじゃ。

 人生経験が豊富になれば、これくらいのこと対してなんとも思わん」

「うほぉっ! オレよりめちゃくちゃ年上っ!?

 なんだかいろんなことを教えてくれそうな予感……」


 なぜかテンションマックスになったコシンジュをロヒインは杖でこづいた。

 コシンジュが「ぬぉっ!」と言ってバランスをくずしそうになり、あわてて体勢を立て直す。


「足をすべらせるなと言ったのはそっちじゃないか……」


 ネヴァダはため息をつきつつ額を手でおおった。

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