第24話 暴かれる真実~その3~
ところ変わって、薄暗い地下室。
湿気を帯びた生ぬるい部屋の中には、天井に無数の生物の死体が吊り下げられており、机の上は怪しい光を放つフラスコやビーカーが置かれている。
そこから少し離れた場所で、1人の男がこれまた怪しい光を放ったツボに両手をかかげ覗き込んでいる。
男はローブをまとい、頭まですっぽりとフードをかぶっている。
「これは……いったいどういうことだ……」
「いったいどうしたのかね? 『スローラス』」
「……『グラトーニ』ッ!
いきなり忍び寄って脅かすなっ!」
スローラスと呼ばれたローブの男は振り向きざまに、おびえたような丸い瞳をさらに大きくした。
後ろから現れたのはゆったりとしたサイズの衣装をまとった大男。
しかしかなり大きめなサイズのこの服でさえ、この男の肥え太った身体を隠し通せていない。
いまでさえ金の杯を持ち、それを会話の合間に口に含んでいる。
「そうやって何かに集中してばかりいるからわからんのだ。
そうでなくても考え事ばかりしてよって、雑務はすべて弟子任せか?」
「『宮廷魔導師スローラス』。
軍には数多くの魔導師が属してるから、もちろんプラードは戦場で主力となる彼の部隊に指図することはできない。
でも彼の権力はそれだけじゃない。スローラスは大陸各地にある神殿や修道院の生殺与奪権まで持っているの。
以前は大帝が一線をしりぞいたあとの政府の方針に反対した大司教がいたんだけど、都合悪く思ったプラード達は彼を社会的に葬った。
スローラスはそこを巧みにつけ入って、混乱した大陸中の聖職者を一気に味方につけたの。
もちろん大陸一の魔導師でもあるから、国じゅうの神秘主義者たちはすべて彼の手下となってしまったわけ。
彼の許可なしでは修道院はおろか、魔術院も開くことはできない。もちろん彼の意志1つでつぶされた寺社は1つやふたつじゃない。
だけど彼には弱点もある。一日中考え事ばかりしていて、他の作業がおろそかになってばかりなんだって。
もっともそのあいだに考えているのは陰謀や魔術のことだから、いざという時は全くスキを見せないはずだけど」
「『宰相グラトーニ』。
かつて大帝にとって最も重要なブレーンの1人だった。
だけどその優秀な知略でライバルを蹴落としてからは、その知性を自分の欲望を満たすためだけに使うようになった。
彼の欲望は主に食欲。今ではとんでもない肥満体になって、城の中をノシノシ歩いているはずだよ。
だけどただの食欲の権化だけじゃない。奴は軍略意外にも政治指導力にも長けていて、国のあらゆる行政にかかわってる。
財政も握っていて、彼は自分の意志1つで多額の金を動かすことができるらしい。
そのためか軍の装備の一切も仕切っていて、特に銃や大砲などの火器に関しては彼の許可がなければ動かすことができないんだって。
何らかの飛び道具を用いる兵士がいたら、そいつらはたいていグラトーニの息がかかってる。そう思っても間違いない」
「どうせ君はまたこの壺に映し出された光景を確認しに来たのだろう。
言っておくが詳細はよくはわからんぞ」
そう言ってスローラスは壺に目を戻した。
グラトーニも壺に向かって目をこらす。
「ふむ、西に赴任した騎士団の一部が、狼藉を働いたようだな。
まあ相手は少数民族だからどうでもいいが、そこに邪魔が入った」
「遠目だからよくはわからない。
だがかなり大型のドラゴンだ。しかしドラゴン自体は手を出していない。
代わりに背中に乗った3人の人影が進み出る。うち2人が頭に角を生やしているところを見ると、おそらくはデーモン族……そして残りの1人もおそらく上級魔族に違いない」
「なぜ高等魔族たちがそのような辺境の地をおそう?
しかも狙ったのは騎士団のみで、少数部族に対してはおそうどころか、むしろ助けてさえいる」
「意図がまったく読めん。
奴らはこの地でいったい何をしようとしている?」
帝国きっての知恵者である2人にも、まさか魔王たちがこの国を救済しに来たなどとは、さすがに想像もつかないだろう。
「待てっ! このドラゴンッ!」
グラトーニが突然壺にのしかかろうとすると、身体を押し付けられたスローラスは乱暴に払いのけた。
「やめろっ! 近づくな暑苦しいっ!
どうした、ドラゴンを見るのは初めてだろうに」
「覚えていないのかスローラス。
カンチャッカ砦を襲撃したときの映像を見ていた時も、ワシはここにいたぞ。
だがあの時のレッドドラゴンとは違う。ほら、額を見ろ」
「本当だ。
一般のレッドドラゴンとは違う。コイツは特別な個体なのか?」
「待てっ! コイツは……」
そう言うとグラトーニは姿勢を戻し、アゴに手を当てて考え込んだ。
「北に潜伏したスパイが持ってきた情報の中に、勇者と相対したドラゴンがいると聞く。
巨大な1本の角を持っていたが、神々の棍棒でへし折られたと……」
それを聞いたスローラスが、いきなり相手にギョロ目を向いた。
「ま、まさか……」
「何か聞いているのかスローラス」
「報告を詳しく聞いてないのか?
話によると、そいつは勇者たちに自分は『ドラゴンの王』だと名乗ったのだとか……」
「なっ! まさかっっっ!」
グラトーニとスローラスは再びツボに顔を近づける。
ところが、そこにはもう巨大な赤いドラゴンはいなかった。
そのかわりに、魔族らしき一行の人影が1つ増えている。
「変身できる。
伝承によると、この能力を使えるのは魔族の長たちの中でもごく一部しかいないらしい……」
「では、あれが竜王だというのはまことなのか。
そんな奴が己の背中に乗せられるのは……」
スローラスとグラトーニは顔を見合わせ、お互い蒼白になっていることに気づいた。
「以上の5人が、この国の実権をにぎる実質的な権力者。
こいつらさえ倒せば、あとは盲目的に従っているシンパしかいない。
親分がいなくなってはこいつらにはなにもできないはずよ」
ネヴァダが話を終えると、それでもイサーシュは難しい顔をした。
「どいつもこいつも厄介そうな奴らばかりだ。
倒すどころか、近づくことさえ難しそうだな」
「だけどこいつらがいる限り、帝国は自力で魔王軍と戦い続けるはずだ。
オレはそれは難しいと思う。だからなんとかして奴らをギャフンと言わせて、軍と一緒に戦えるようにしないと」
コシンジュの意見にネヴァダもうなずいた。
「あたしもそれしかないと思う。
勇者君。なんとかしてレジスタンスと連絡を取って、この5人をなんとか出しぬけるよう手配してもらわないと」
「もっといい方法がありますよ?
帝国がもっと追い詰められるのを待つんです」
ロヒインの意見に全員の視線が集まる。彼女はうなずいた。
「魔王軍は近いうちにもう一度打って出るはず。
そしたら一度目の襲撃で崩壊寸前になった砦はもうもたない。
きっと大群が領土内に侵攻してくるはず。帝国軍もその掃討に追われることでしょう。
そうなれば本拠地が手薄になる」
「なんだよそれ、まるで敵の寝首をかくようじゃねえか」
コシンジュがいやがるように言うと、ロヒインは首を振った。
「かこうがかくまいが、事実としてそうなると思うけど。それならそれで、我々は急いでゾドラ城まで向かわなければなりませんね」
「だとしても、私たちや少数のレジスタンスだけでどこまでのりきれるか……」
メウノの不安にネヴァダは人差し指を裏返して向けた。
「大丈夫。
そのレジスタンスを率いているリーダーっていうのが、例の左遷された2将軍の1人なわけ。
彼は智将として有名で、きっと何らかの対策を考えてくれてるはずだよ」
それでもメウノは納得いかない様子だったが、ロヒインの意見のおかげでコシンジュ達は5人の権力者襲撃という方向に傾きつつあった。
「……おかしい。おかしいですよね」
意外な人物が声をあげた。
先ほどから首をひねってばかりいるトナシェである。
「どうした?
ちびっこにはよくわかんねえ話だと思うけど」
コシンジュが問いかけると、トナシェは上半身を振りかえって不満げな顔を向けた。
「確かに難しい話もありました。
だけどわたしがふに落ちないのは、それとは別のことです」
そしてトナシェはネヴァダのほうを向いた。
「なぜです? なぜ帝国は、そこまで勇者の協力をこばむんです?
自信過剰だったらまだしも、砦のような重要拠点を壊滅寸前まで追い込まれて余裕があるはずはありませんが」
それを聞いたネヴァダが、目線を下げて深いため息をついた。
「大帝が健在だったら、喜んで申し出を受けただろうね。
あの方だったら、偏見もなく勇者を受け入れ、国民をうまくなだめられただろうに……」
「いったい何を言ってるんです?」
トナシェの疑問に答える前に、ロヒインが口を開いた。
「まだ不審な点があります。
トナシェの故郷であるバンチアでは、こちら側の商人たちにおそわれかけました。
そしてここでも帝国軍におそわれた。
そしてある知人に聞いた話ですが、南の人々は北の人間が知らない、ある秘密をにぎっているのだとか」
「そうか。やっぱり、北の人間はなにも知らないんだね……」
ネヴァダがあまりにまじまじと見るので、コシンジュ達は不気味な感覚におそわれた。
「だまっていようかとも思ったんだけど、どうせいつかは知ることになるんだから、あたしの口から教えてやるよ。
はっきり言って南の人間は、あんたたち北の人間に深い恨みを持ってる」
はっきり言われて、コシンジュ達は背筋が凍る思いがした。
コシンジュ自身は、思わず「うら、み……」とつぶやいてしまった。
「伝承がある。
『北の人間ははるか昔、多くの人間を大陸から追い出した。
そうしてやってきた人間が、南にすむあたしたちの祖先だ』っていう話」
北大陸の出身全員が戦慄した。
身体の中を急に悪いものが流れ込んだかのような悪寒におそわれる。
「冗談……だろ……?」
コシンジュはかすれるような声をあげる。
しかしネヴァダを見つめ続けても、相手は何のそぶりさえ見せない。
「それは……
魔法科学文明の崩壊のことをさしているんですか?」
ロヒインの声も消え入りそうだ。
ネヴァダはただ、「一説ではね」とだけ言った。
突然テーブルをたたきつける音が鳴りひびいた。
「……そんなバカなことがあるかっ!?
我々の先祖が、そのような蛮行に及ぶわけがないだろうっっ!
我ら北大陸の民をバカにするなっっっ!」
イサーシュが立ち上がりざまにどなりつける。
ショックのあまり動けなくなっていたトナシェとメウノが、おびえる顔で彼の顔を見上げた。
「信じられないのもムリはないね。だけどいくつか根拠がある。
南大陸には数多くの遺跡があって、それらのほとんどがかつて大空を飛んでいた船だっていうんだよ。
それにこの大陸にはあたしたちのような一般人のほかに、肌の色や顔つきが特徴的な少数民族って呼ばれてる人たちがいる。
学者によると彼らはもともとこの大陸にいた先住民で、北からの移民によって住む場所を追われ、土地をめぐる争いや北からの伝染病で数を減らしたんだっていう話。
そういったのをあんたたちも目にすれば、きっとあたしの話を根も葉もないウソだとは思えなくなる」
そこまで聞いて、イサーシュは力なく椅子に座った。
うつむいて、やり場のない怒りを必死にこらえている。
ロヒインが声を細くして問いかける。
「……いったい何が起こってるんです?
なぜ我々の祖先は、あなた方の祖先を北の大陸から追い出さねばならなかったんですか?」
「わからない。伝わってないんだ。
文明崩壊で資料らしきものが残されてなくて、当時いったい何があったのかまったくわかってない」
それを聞いて全員が意気消沈した。
せめて何らかの理由さえあれば、もう少し落ち着けるとでも思ったかのように。
「トナシェちゃんには悪いことを言ったね。
だけど覚えておきな。この大陸では、なぜかその伝承をまともに信じていて、たとえ勇者でも目の敵にする連中が大勢いるっていうこと。
ここでは神々に選ばれた人間だということさえ何の保証にもならないよ」
「なぜです?
ロヒインさんは魔法文明の崩壊によって移住したんじゃないかと言っています。
そんなの、はるか昔のことじゃないですか」
「しかも数百年前の魔王軍侵攻のほうが記憶は新しいはず。
なぜそちらの方に怒りが向かないんですか?
あの時だって人々は相当な辛酸をなめたはずなのに、それをさしおいてまで北の人間に怒りを向けるんです?」
トナシェとメウノが矢継ぎばやに質問すると、ネヴァダは目を閉じて首を振った。
「生活苦のせいだよ。
この国の人間はやせた土地のせいで、みんな生活に苦しんでる。
その怒りの矛先を欲しがってる。
自分たちがなんでこんな苦しい生活をしなきゃいけないのかっていう理由を探してる。
この大陸が統一される、ずっとずっと前から」
「つまり、自分たちの生活苦の原因は、かつて同じ場所に住んでいて人々に追い出されたから、そう思ってるってことですか?」
ロヒインの発言に、ようやくネヴァダはうなずいた。
「あたしはそうなんじゃないかと思ってる。
普段はみんなガマンしてるけど、相手が北の人間とわかったとたんに、その怒りが向けられる。
終わりのない苦しみに対する不満を、一気にぶちまける。
ここじゃ北の人間の出身を名乗ることは最大のタブーだよ」
言い終わったとたん、みなが押し黙った。
部屋が静寂に包まれるなか、床の下から聞こえるひわいな声さえ彼らの耳には遠い。
「そんな……昔のことなのに……ずっとずっと昔のことなのに……」
トナシェの言葉は、そんな重い空気を打ち破れるものではなかった。
「今日はこれくらいにしよう。人前で話せないようなことはこれで終わりさ。
本当はもっと話があるんだけど、そいつに関してはあたしの方がそっちの宿に行くから、どこに泊まってるのかだけ教えてくれ」
長いとも短いともとれる沈黙を破り、ネヴァダは平静を装って告げた。
しかしすぐにバツの悪い顔つきになって頭をポリポリかいた。
「ああ忘れてた。確認しとかなきゃダメだった。ええと、勇者クン。キミ、何て名前?」
「コシンジュ、コシンジュです……」
ネヴァダは告げられたとたんに人差し指を向けた。
「どうする? ここまでの話を聞いて、それでも帝都に向かう気かい?
あんたに恨みを向ける人間に対し、背中の武器を向けられるかい?」
言われたコシンジュはうつむいた。
「……わからない。城の話を聞いたとき、なんとかしたいと思った。
たとえどんな困難が待ち受けていたとしても。
でも、相手がオレに対してそれを望んでないとなると話が別になっちまう」
「まだわからないよ。すべての人間が本気で信じてるわけじゃない。
伝承は伝承だって割り切って北の人間に恨みを抱いてない人間もここにはたくさんいるよ。
貧しくとも明るく暮らしてる奴だっているし、そんなことに頭を使ってる余裕なんてない奴だっている」
それでもコシンジュはだまりこんでいた。
やがて自信なさげにネヴァダを見る。
「すみませんが、あした宿に来てください。
そこではっきり結論を出します。それまでは考えさせて下さい」
「いいけど、これだけは覚えておきな。
帝国のふざけた幹部を倒さなきゃ、戦争には必ず負ける。あたしはそう思ってる
そうなれば大勢の人間が犠牲になる。
そのことだけははっきりと頭にきざみつけて」
約束通り店で遅めの昼食を済ませたあと、コシンジュ達はネヴァダとママに見送られ、いかがわしい店をあとにした。
誰もがとぼとぼとした足取りで、あやしげな目を向ける人々にもまったく注意が向かない。
やがて売春通りを出た。
しかしそれでもだれも口を開かず、5人は重い体を引きずるようにゆっくり宿を目指した。
はっきり言って全員スキだらけの状態である。もし先ほどの騎士たちが復讐を狙っているとしたら、どこまで対応できるかわかったものではない。
宿までつきそうことがなかったネヴァダは、おそらくそのことを考慮していなかった。
人通りが少なくなったところで、トナシェがようやくつぶやいた。
「コシンジュさん。あの人の言ってたことって、本当なんでしょうか?」
他のメンバーより背が低かったので、いやでも歩を合わせなければならなかったぶん、頭はしっかりしていた。
「わかんねえ、わかんねえよ……」
コシンジュは片手で額を押さえる。こちらの方はまだ現実を受け入れられないでいた。
自分の祖先ははるか昔、とんでもないことをしでかしてしまったのかもしれない。
そう思うと、コシンジュは自分の中に流れる悪い血をすべて抜き取ってしまいたい気持ちにかられた。




