第24話 暴かれる真実~その2~
南の大陸の広大な砂漠を通り抜けると、そこは太陽を灰色の雲に覆われた不毛な世界が広がる。
さらに南方にある無数の活火山から放出される大量の火山灰が、上昇気流に乗って北方面の空をおおいつくすのだ。
おかげで一帯は草一本生えることがない。無論農作物は全く育てられない。
にもかかわらず、ここには南大陸のなかでもっとも大きな街と、もっとも大きな城があるのだ。
なぜこのような街に帝国の中枢があるのか。
灰色の雲がほどよく太陽の強すぎる光をさえぎってくれるということもあるが、なによりもここは帝国軍にとって最も重要な拠点だからでもある。
「アダマンタイト」、または「アダマンチウム」と呼ばれる金属がある。呼び名は地方、または世代によって変わる。
魔界の力を受けた特殊な金属とされ、ダイヤモンド並みの硬度をほこる。
またそれ自体が魔力を帯びているためか魔力耐性も高い。
しかし重量があまりに重く、そのままでは使えない。
帝国ではこれをアダマンタイト同士をぶつけて細かくくだき、破片を高熱で溶かしてほかの金属と混ぜ、特殊な合金をつくる。
これが「黒鋼」と呼ばれるもので、この国の上級身分の兵士たちはこれを使った鎧を渡される。
この国の軍事をしきる「黒鋼騎士団」はすべてこの黒い鎧をまとっている。
かつてこの地に拠点置き、魔界にある城と同規模の城を築いた魔王タンサは、この黒鋼に目をつけた。
己の軍勢に身につけさせるほか、自身も専用の鎧を用意させた。
この鎧は合金ではなく原料のアダマンタイトのみで造られた。
非常に重量が大きく、下手な魔族でも着ることがかなわない。
ましてや人の身で着ることなど到底できない。魔王亡きあとは巨大な城とともに放置された。
しかし城が廃れていくにつれ、妙な噂が生まれた。
この城にたどり着き、そこにある黒い鎧を身につけると、その者は大陸のすべてを手に入れることができる、そう言われていた。
史上初めて大陸全土を統一したゾドラ大帝クリードグレンは当初この伝説を信じてはいなかった。
しかしこの鎧の性能には目につけ、とある砂漠の街を拠点として城を目指し進軍した。
彼にはこれを身につけられるだろうという自信を持つだけの屈強な肉体があった。
大陸各所に散らばる同じ城を目指す豪傑たちは、彼とは違い伝説を信じていた。
そう言った無知蒙昧なライバルたちを蹴散らし、クリードグレンは何人めかの城の主となった。
しかし鎧を使いこなすには大変な労力を必要とした。
毎日のように鎧を着こみ、必死に身体を動かし、同じ素材でできた盾と斧をふるい続けたが、思うようには動けなかった。
そのあいだにも城を狙う者たちは後を絶たなかった。
強固な城の守りを武器に、クリードはおそいかかる軍勢を次々と退けていった。
鎧を完全に着こなす頃には、敵勢力のほとんどが疲れ果てていた。
長く続く大陸の歴史の中でこれを達したのは彼が初めてだった。それでも彼は飽き足らず、大陸の完全な制覇を目指した。
かつて魔王が身につけた黒い鎧を身にまとい、大陸各地を転戦した。
しかし鎧には不備があった。勇者との戦いで鎧にはいくつかの破損があったのである。
クリードは修復を依頼したが、これを直せばたとえクリードの屈強な肉体を持ってしても思うがままに動くことはできないと言われ、あきらめた。
そして大陸を制覇する目前。
あらがい続ける最後の大国を攻めるため、クリードは鎧に守られ自ら先陣に立った。
敵国の首都をもう少しで陥落できるというところで、一発の銃弾が足甲のわずかなすき間に入り込んだ。
骨まで貫通したクリードはその場に倒れ、配下に引きずられ戦場をあとにした。
味方は最後まで奮戦し、帝国はついに統一された。
しかし大帝は足の負傷がもとで満足に歩けなくなっていた。
それならまだよい方である。
帝国の繁栄が絶頂を迎える一方で、大帝は病に伏した。
何とか一命は取り留めたものの、以来大帝は体が弱り、以前の精力的な活動はできなくなっていた。
このころより帝国の繁栄に影が差し始める。
まず、大帝の皇后と、その間に生まれた2人の皇子が相次いで亡くなった。
残された1人娘はまだ幼く、家臣たちが合議によってその後の政権を維持することになった。
しかし帝の中心たる臣下もまた相次いで亡くなる。
残された守旧派は、年老いた老将と辺境の少数民族出身の智将であった。
2人は必死に抵抗するものの、あえなく左遷され、1人は行方をくらました。
残された重鎮たちは、どれも自分たちの利権を守ることしか興味がない、奸臣ばかりであった。
彼らは政敵がいなくなると同時に放蕩を極め、それに飽き足らず互いにけん制し合い、相手のスキを虎視眈々(こしたんたん)とうかがっている。
帝国の中枢、国と同じ名を冠した『ゾドラ城』。
城下町とされる『パンカレ』と少し離れた位置にある。ここを初めて訪れる旅人は、そのあまりに巨大な城を見て目と鼻の先にあるものだと思い込み、実際の距離を聞いて心底おどろくと言われる。
魔界にある魔王の城と同じ様式で建てられたゾドラは、タンサが大陸中の人間をかき集め、長時間の過酷な労働を強いて築かれた。
この城には多くの人々の血と汗が染み付いているが、大陸統一のシンボルとなって以降はむしろあこがれの対象となった。
内装は以前魔族の好みにあわせた黒を基調としたダークトーンだったが、現在は大帝の意向通り白を基調とした明るい彩色に塗り替えられている。
その規模の大きさに比例して城内にはいくつもの大広間があるが、その一部は城の中心にある玉座の間に向かって連なるようできている。
そのなかの一角、『玉座の間』手前の広間もまた、白を基調としたかがやくような内装とされているが、日の光がもともと当たりにくい土地柄であることと、かわりとなる照明のほとんどが消されているために広間の中は薄暗くなってしまっている。
さらに陰鬱な雰囲気を醸し出してしまっているのが、部屋の中央に黒い影が立ちつくしているためである。
漆黒の鎧に身を包み、ずっと玉座がある方向に身体を向けている。
「またそうやって『彼』がいるほうを見続けるの?
そんなことしなくとも、彼はあそこから出ることはないわ」
鎧は振り返った。
ヘルムはつけておらず、スキンヘッドのいかつい容貌が後ろを向く。
現れたのは、きらびやかな赤い衣装を身にまとった妙齢の女性。
長い黒髪を後ろでまとめており、ドレスのスリットからすらりと伸びた脚が出ている。
「肉体はあそこから出ることはなくとも、怨念は這い出てくる。
俺にはわかる」
黒騎士がつぶやくと、女性は不敵な笑みを浮かべた。
「だとしても、あなたを殺すことはできないわ。
あなたは史上2人目にその鎧を身にまとった男。
心では不満を持っていたとしても、口ではみなあなたを認めざるを得ない」
女性は手に持っていたキセルを加え、フゥー、と騎士に向かって吐いた。
男の鎧に薄い煙がかかる。
この鎧こそ、かつて大帝が身につけていた魔王の甲冑そのものである。
一般兵が身につけている黒鋼の鎧は艶がないのに比べ、こちらの方は表面が滑らかで周囲の光をにぶく反射する。
「『ララスト』、お前こそよく王の間の前で大帝を『彼』呼ばわりできるものだな。
皇后たる者がそのようなぶしつけでよくすまされるな」
「『プラード』、アタシをとがめるにはもっと権力が必要よ。
いくら全軍を指揮下におさめる大将軍だからと言って、それ以上の権力は持たないでしょう?」
「まずは『大将軍プラード』。
もともとは大帝の直属の武将で、若いながらもいまは左遷されてる他の武将たちとともに、『クリードグレンの3将軍』と言われていたほどの逸材よ。
だけど今はライバルがすべていなくなって、国中の軍人をひとまとめにおさめるトップに君臨してる。
これだけなら国の全権を握ってもおかしくないんだけど、彼の台頭とともに政治の中枢をにぎる連中が現れて、そいつらの承認がない限り軍の大多数を好きに動かすことができなくなったの。
彼が自由に動かせるのはかつて大帝の護衛についていた親衛隊だけ。
もっともこいつらも厄介だし、プラード自身も相当な腕の持ち主だから、気をつけた方がいいことには変わらないけど」
「続いて『皇后ララスト』。
とはいってももともと皇后の座に君臨してたわけじゃない。
もともとは大帝が正妃に世継ぎが生まれなかった場合に備えていた妾のうちの1人にすぎない。
でも正妃には3人の子供がいた。しかも男子はうち2人。
だから妾は実質必要なかったから、ほとんどは新しい夫を探して出ていった。
ところがこのララストだけが、かたくなにハーレムを出ていかなかったの。
やがて大帝の身体が弱ると、正妃と2人の皇子が相次いで亡くなった。
それとともにララストは正妃に昇格、大帝が表舞台に出てこれないことをいいことに国政に堂々と口を出すようになる。
彼女にはいろいろ妙な噂が流れているわけだけど、もともとはゾドラに滅ぼされた敵国の王女で、そこで様々な権謀術数や武術をたしなんでいたらしい。
それを裏付けるかのように、彼女のまわりでは女ばかりで構成された妙な護衛隊がついてる」
「話は聞いているか?
どうやらこの大陸に、勇者の一行が上陸したらしい。お前の方ではどう聞いている?」
プラードの問いにララストはあさっての方向を見上げた。
「手下の情報によると、勇者一行は海賊に襲われゴルドバ付近に上陸、そのまま街に入ったそうよ」
そしてプラードのほうを向いて、不敵な笑みを浮かべる。
「で、どうするの?
勇者の提案を受け入れて共闘するの? それとも……」
するとプラードは顔をしかめて別の方向を向いた。
「フン、天罰があるとは思えんが気が引ける。
たとえ北大陸出身とはいえ神どもに選ばれた勇者をむげには扱えん」
「聞いた?
選ばれた勇者、まだ年端もいかない子供だそうよ?」
プラードが目を向けると、ララストは再びキセルに口をつけた。
「まったくだ。
前回も無作法な素人だったらしいが、そんなものを送りつけるなど、神どもはいったい何を考えているのか」
「そんなこと言っちゃっていいのかしら。
この会話、天界に聞かれてるかもしれないのよ?」
「……その心配はありませ~んよ~。
神々は基本、魔族がかかわらない限り地上の動向に手出しはなさりませ~ん」
現れた影に2人は同じ方向を向いた。
目をこらすと、鼻のとがったマスクをかぶる道化師が柱にもたれかかって、腕を組んでいる。
マスクは鼻の下までで、白塗りの顔に赤い口紅を塗った顔がにやりと笑う。
「『アンカー』。いつからそこにいた?」
「『宮廷道化師アンカー』。
道化師ってのはもともと悪ふざけをして宮廷を和ませ、都合の悪い話題も皮肉を使って率直に言える立場なんだけど、彼はそれ以上の力を持ってる。
一説ではもともと大帝にかわれていた優秀な暗殺者で、職業柄情報収集にも秀でていたらしい。
彼はその地位を利用して情報組織を作り、帝国内外のあらゆる秘密をにぎっているらしいの。
そのために帝国の中でもかなり大きな権力を持つにいたったってわけ。
そして自身の組織でいまでも優秀なスパイと暗殺者を抱えてる。
ひょっとしたら5人の中で最も注意しなきゃいけないのはコイツかもしれないね。
気をつけてはいるんだけど、この会話もひょっとしたら聞かれているかもしれない。
行動は常に細心の注意を払うこと」
アンカーは壁から離れると、背中から何かを取りだした。
数本のダガーを手に取り、次々と放り投げてジャグリングを始め出す。
「今朝見た夢に出てきたんですがぁ、勇者の一行は昼前におたくの騎士団におそわれぇ、かろうじて撃退したようで~す。
プラード将軍、これって正夢ですかぁ~?」
真実かどうかわからないことを、ニヤニヤ笑って告げてくる。
「本当なの?」ララストは黒い騎士に問いかけた。
「アンカー、その情報はどうやって手に入れるんだ?
それとも単なる出まかせか」
「さ~あ、わっかりませぇ~ん。
なんて言ったって、ここからゴルドバとは遠く離れておりますからぁ。
魔法伝書タカを使ってもすぐにはやってこれませんよぉ~」
「くだらないことを言ってないで本当のことを言いなさい。
どうして毎回毎回遠く離れた場所の出来事がすぐにあんたの手元に転がってくんのよ」
するとアンカーは片足をあげ、急にジャグリングをやめた。
まだ宙を舞っていた2本のうち1本は布製の靴を履いている足の指の合間に、もう1本を口にくわえ、人差し指を出して左右に振る。
そのあとダガーを吐き出して残った手に持った。
「そんなこと気にしちゃ、いけませんよぉ~う。
なんせアタシは、たんなる道化師ですからぁ~」
アンカーをただの道化師だと信じる者は、もうこの国には1人もいない。




