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第24話 暴かれる真実~その1~

 魔王ファルシスに引き連れられ、3名の重臣が魔界を去った。


 話は各地に伝わり、真相(しんそう)を伝えられていた高貴なる3種族、それ以外の魔族は大混乱に(おちい)った。

 特に混乱をきたしたのは上官を立て続けに失った属性魔物たちである。

 マノータスが健在である獄炎魔団意外の3軍団は、良心的な魔界の長たちを唯一の頼みとしていたが、これで最後の支えを失った形となった。


 魔界に残された重鎮(じゅうちん)の1人、ルキフールのもとに別の幹部が現れる。


「クククク、あのかよわき魔王めっ!

 相次ぐ勇者討伐の失敗に耐えかね、とうとう魔界まで捨てたかっ!

 これでこの魔界は我らが思うがままだっ!」


 当のマノータスである。

 巨躯(きょく)のあちこちから赤い炎をちらつかせ、牛の形をした表情に自信をみなぎらせる。


安堵(あんど)するにはまだ早いぞ。

 まだ私がここにいる。それにあやつも……」

「……『レンデル』のことですか?

 ですがあなたたち2名で魔界を仕切ろうとしても、あふれかえる魔王、いや魔物軍を押さえることは出来ますまい」


 もう一体の魔物が後方より現れる。

 貴族風の人の姿をしてはいるが、青白い肌と赤い瞳は人間らしさを感じさせない。

 ヴェルゼックは不敵な笑みを浮かべた。


「ここは我らにお任せを。

 大混乱におちいった魔界の兵を(しず)め、ふたたび統率させてごらんに見せましょう」

「フン、貴様らが手を出すと兵が鎮まるどころか、血が(さわ)いでむやみに暴れ出すに決まっておるわ。

 くれぐれもレンデルの部下や高貴なる3種族には手を出すなよ。我が計画が乱れることになるからな」


 するとヴェルゼックは困ったような顔を浮かべ、整えられた深いヒゲに手を触れた。


「計画、ですか。

 さて、幻魔兵団の幹部たちが次々亡くなられたのも、あなたの計画通りですか?」


 ルキフールは低くうめいた。

 相手はこちらの誤算を見抜いている。


「計画に大した支障はない。

 いいか、この私の前ではお前らの好き勝手にはやらせんぞ。

 くれぐれも必要なき争いは引き起こすな。お前たちには十分に暴れられる機会を用意してやる」

「ほほう、言ってくれますな。ぜひ楽しみにしてますよ」


 そしてヴェルゼックはマノータスに「行くぞ」と呼びかけると、漆黒(しっこく)のマントをひるがえして広間をあとにする。

 マノータスは鼻を鳴らし、肩をいからせてそのあとを追った。


 2つの凶暴な魔物が去った後、ルキフールは額を手でおおった。


「確かにあれは誤算であった。

 いや、あれは私でも防げない事態であったか……」


 理想を言うならば、たとえ失敗を重ねても属性魔族の長たちにはその地位にとどまってほしかった。

 だからこそルキフールは彼らの失敗を不問としたのだ。

 だが彼らは自らを恥じいり、というよりはそれから逃げるようにして現地に(おもむ)き、あろうことか勇者どもに打ち取られた。


 それほど自らの失態を恥じたのか。

 いや、そうではない。彼らはおびえていたのだ。マノータスの背後にいる、ヴェルゼックという存在に。


 ルキフールが現世に行く方法を彼らに伝えなかったのが唯一の望みだった。

 だがしかし、よりによって彼ら自身が()み嫌う存在の手を借りてまで、自らの名誉を取り戻そうとしたとは。

 さすがのルキフールもここまでは読み切れなかった。いや、それを予想したくなかったのだ。


 魔王タンサが魔界をおさめ、地上を侵攻してから数百年がたつ。

 もともとそれ以前の長きにわたる戦いで疲弊(ひへい)していたうえに、タンサは多くの部下とともに前回の勇者たちに打ち倒された。

 その中にはルキフールを支えた重鎮(じゅうちん)たちもいる。彼らはルキフールに代わってその命を失ったのだ。

 長き時を経て、魔王軍は再編された。しかしそれもまたルキフールの心を満足させるものではなかった。

 寿命が長い割に繁殖(はんしょく)力は旺盛(おうせい)な一般魔物たちは、いたずらに数だけが増えそれらを支えとなる上級魔族たちはさほど育たない。

 ましてや軍の中枢を支える大幹部となるにはいかにも心もとない。


 しかもそんな上級魔族たちを勇者への刺客として、数少ない手勢とともに送りこむのだからよけい心もとなくなる。

 しかしそうやってファルシスを追いこむ以外に、彼を本来の目的で現世におもむかせるためには、他に方法はなかった。


 おかげで魔界は信用できない者たちによって牛耳(ぎゅうじ)られようとしている。

 自分とレンデルの一族、そして3種族だけでどこまで(おさ)えられるかわかったものではない。

 この事実は魔界にさらなる混乱を巻き起こすのは当然だが、地上におもむいたファルシス達の行動にも影響を及ぼすだろう。


 懊悩(おうのう)するルキフールのものに、デーモンの衛兵が大広間に駆け込んだ。


「お伝えします! オーガ族長のレンデルさまが、至急お話しされたいとのことですっ!」


 ルキフールはしぶしぶうなずいた。

 巨人族オーガは3種族に次ぐ高い地位にいる。あの者たちの協力なくして広大な魔界をおさめることは不可能だろう。

 奴には事情を説明しなければならない。ましてやレンデルは巨躯(きょく)ゆえに同行させたくてもできないのだと、しっかり理解させてやらねばならないのだ。

 そう自分に言い聞かせつつ、ルキフールは大広間をあとにする。


 かつては必ずと言っていいほどルキフールかファルシスがいた大広間は、まったくの無人状態になった。

 静寂(せいじゃく)の中に、魔界光から放たれる雷鳴のひびきだけが入りこんだ。





 コシンジュたち勇者一行は美しき女格闘家ネヴァダに引き連れられ、ゴルドバの繁華街(はんかがい)を進む。

 街は活気にあふれ、砂漠の街とは思えないほど豊かな食材や、きらびやかな装飾の衣類をはじめとした土産物(みやげもの)がところせましと並ぶ。


 ネヴァダはローブを身にまとわず、それを肩にかけて顔や肩、太ももを外気にさらす。

 頭まですっぽり覆いかくす住民たちのいぶかしげな視線が向けられるが、本人は意に反さず平然と歩き続ける。


 繁華街は活気にあふれているが、連れられたある一角を前にして、全員が立ち止まった。


「なんだここは?」


 コシンジュが思わずつぶやく。

 路地の前には大きな門があり、その様相はカラフルで複雑だ。

 店頭は派手でも建物自体はシンプルな土づくりの壁であることに比べ、この門は明らかにまわりと浮いていた。

 門の両サイドには座ってはいるものの、この国特有の黒い甲冑(かっちゅう)を身にまとった兵士が固めている。かなり厳重(げんじゅう)だ。


 その兵士がこちらに目を向け、片手をひょいと持ち上げた。


「おいネヴァダ。ガキなんか連れてくるんじゃない。

 ここは刺激が強すぎる。よその酒場に連れて行け」

「事情があるんだよ。

 自分の店以外では込み入った話はしたくない。悪いけど通させてもらうよ」


 兵士はしぶしぶうなずくと、ネヴァダはこちらを向いてコシンジュ達をうながす。

 兵士たちの視線を浴びながらしぶしぶ中に入っていくと、コシンジュ達は開いた口がふさがらなかった。


「ここは、まさか……」

「トナシェッ! 見るんじゃないっ!」


 コシンジュはあわてて小さな少女の両目をふさいだ。

 彼らの目の前にいたのは、きらびやかながらも非常に露出度が高い女性たちであった。

 彼らは通りすがりの男たちに手招きし、引き寄せられたものを店の中に連れ込もうとしている。


「なんてこった。

 この国ではまだ売春(ばいしゅん)をやっているのかっ!」


 イサーシュが思わず叫ぶと、ネヴァダが「しっ!」と言って口に人差し指をつけた。


「あまりそんなことを言うんじゃないよ。

 ここはどっちかっていうと好きでこういうことやってるわけじゃない奴が多いからね」


 仕方なく、コシンジュ達はネヴァダに続いて再び歩き出した。

 おどろいたことに、コシンジュ自身は左右に目をやろうとしない。

 トナシェの両目を押さえたまま、じっとうつむいて少女の歩きにあわせて進んでいるだけだ。

 ロヒインがそれを見て意外な顔をする。


「あら、珍しい。

 ほら、あっちこっちにきれいなお姉さんがたくさんいるよぉ?」


 勝ち(ほこ)ったように言うと、コシンジュはうつむいたまま小きざみに首を振る。


「ダメ。あまりに刺激が強すぎて、見ていられない……」


 ふーん、と納得するロヒインがまわりを見ると、イサーシュは先ほどから女性たちの格好をガン見しだし、メウノは鼻から血が流れるのをハンカチで押さえている。


「キミらが興奮(こうふん)してどうするんだよ……」

「あんたたち、着いたよ。ここがあたしが用心棒してるお店」


 ネヴァダが振り返って手で指し示すと、そこはまわりと比べてひときわ大きな店だった。

 ネヴァダほどの達人を(やと)うには十分な規模かもしれない。

 一面がピンク色で()られ、カーテンの向こうからは怪しい光が灯っている。


「さあ、入って入って。店の連中にはあたしから言っとくから」





「あ~らネヴァダちゃん、お客さん連れてきてくれたの? 

……なんだよそのガキどもは」


 満面の笑みで出てきた店主らしき女性が、コシンジュ達を見たとたん不機嫌な顔になる。


「マダム、2階に上がらせてくれない?

 この子たち、やっかいな連中に追われてるの」


「う~ん、しょうがないわねえ。

 ゴメンねボウヤたち、どうぞ2階に上がって」


 先ほどの態度がウソかと思うほど愛想(あいそ)よく振りまくママ。

 あきれつつ店内を進むと、きらびやかな装飾とともにふかふかなソファーがあちこちに置かれており、そこでこれまた露出のおおい女性たちが、若い少年が見るにはあまりに刺激的なあられもないポーズをとっている。


 コシンジュは思わず鼻をふいた。手で押さえると真っ赤な血が流れ出している。

 それを見てメウノがあわてて医療用のガーゼを取り出す。コシンジュは素直に受け取って鼻を押さえた。


「い、いったい……これはなんなんですか……」


 両目を押さえる手を離してしまったために、トナシェが目を見開いて口をパクパクさせている。

 コシンジュは彼女の肩を前に押し出した。相変わらず小さな肩である。


 店の奥に行く前に、ネヴァダはらせん階段を昇りはじめた。

 奥から女性のあえぐ声が聞こえ、コシンジュ達は思わず両耳を押さえた。

 2階の部屋は女性たちの(ひか)え室のようだ。

 バルコニーからは何人かの女性がもたれかかっていて、路地に向かって手招きをしている。

 室内にいる女性たちがこちらに気づき、こちらにいぶかしげな目を向けている。

 ネヴァダは愛想良く手を振り、さらに奥へと案内した。


 通された部屋には窓は付いているものの、反対側は土壁しか見えない。

 部屋の中は非常に簡素で、テーブルとベッド、タンス意外はなにもなかった。

 いや、壁には少女らしき肖像画が飾られているが。


「ほらほら上がった。

 イスは4つしかないけどガマンして」


 ネヴァダはベッドに座るとガチャガチャと腕や足の装甲を外し始めた。

 むき出しになった手足は汗でべっとりしており小麦色の肌が窓から差し込む光に照らされて美しく光っている。

 筋肉質ではあるが、均整(きんせい)の取れた体つきはかえってさわやかな色気をかもしだす。

 コシンジュがうっとりとそれを見ていると、ロヒインがその耳を思い切り引っ張った。


「あいだだだ! なにすんだよっ!」

「あれぐらいの露出度だったらちょうどいいんだね。

 まったく節操(せっそう)無いんだから」

「あらボウヤ、あんたあたしくらいの(とし)でも興味があるわけ?」


 手足の汗を手ぬぐいでぬぐうネヴァダが、こちらに向かってニヤリとする。


「あは、あははは。ぶっちゃけ守備範囲内っすっ!」


 照れ笑いするコシンジュに、ネヴァダは立ち上がって角つきの帽子をポンポンと叩いた。


「残念ながらあたしの方は興味なしよー。

 もうちょっと大人になってからかかってきな」


 笑いながら言うと、コシンジュは小さい声で「あは、そうします」と笑みを浮かべた。

 ロヒインがわきからヒジでつつく。


「この壁に(かか)げてあるの、知り合いの方?」


 トナシェが肖像画をながめると、ネヴァダも同じ方向を向いた。


「ああこれ? ふふ、あたしの娘」

「ええっ!? 娘さんがいるんですかっ!?」

「そ、ちょうどあんたと同じ年ごろよ。

 あんた見てると娘に会いたくなるわ」


 トナシェは肖像画とネヴァダを交互に見やる。

 なぜかうらやましげだ。


「へー、そうとは思えないほどお若く見えますね。

 うちの母に比べたら……」

「お前の母ちゃんもきれいだぞ」


 コシンジュがいらぬことを言うと、ロヒインが再び耳を引っ張った。

「いててて!」と言っているあいだに、ネヴァダはトナシェに「ありがと」と言って笑いかけた。


「失礼ですが、旦那(だんな)さまはひょっとして……」


 メウノが気の毒な顔を向けると、相手も似たような表情になる。


「そう、大陸統一後も活動を続けてた反抗勢力との(いくさ)でね。

 いま娘は親戚(しんせき)にあずけてある。帝国の首都パンカレにいるよ」


 ネヴァダはベッドに両手をついて足を組んだ。

 その様子も美しいから目のやり場に困る。


「なるほど、では我々の目的地にいるわけだ。

 一度立ち寄って挨拶(あいさつ)してこよう」


 イサーシュが言うと、コシンジュはパチンと指を鳴らした。


「そうだ!

 オレら腕の立つ案内人を探してるんだけど、あんたもその1人なのか!?」

「そりゃ、ここの砂漠はあたしにとっちゃ庭みたいなもんだからね。

 当然案内もお手の物だけど……」


 ロヒインが手に口をやってわざとらしくせきをした。


「では。あなたの腕を見込んで、案内を引き受けてもらえませんか?

 もちろん北の大陸からの謝礼はたっぷりと用意します」

「やめときな」


 あっさり断ったというより、ネヴァダの発言は警告じみている。

 全員が押し黙るなか、ロヒインは口を開いた。


「先ほど帝国兵に狙われた1件ですか?

 一部の兵士が我々に不満を持っているからと言って、帝国の中枢も我々の棍棒を狙っているとは思えません」

「あんたたちはこの国の現状を知らないからそんなことを言えるんだよ。

 奴らはあんたたちの手を借りるつもりはない。その棍棒をぶんどろうとするつもりがなくとも、ムゲに断られるのがオチだよ」

「いったいどういうことなんです?」


 ロヒインの言葉にネヴァダはアゴでテーブルを指し示した。


「それに関しちゃ積もる話がいろいろあるんだよ。だからあんたたちをここに連れてきた。

 いいから座んな。お嬢ちゃんは誰かのヒザの上にのせてもらいな」


 トナシェはコシンジュのヒザの上を選んだ。

 全員が席に着くと、ネヴァダは立ちあがって窓のそばまで行き、窓枠(まどわく)に両手をつけた。


「この歓楽街(かんらくがい)を見ただろ?

 北の大陸じゃ春を売るのは禁止されてるらしいけど、この国じゃそうしなきゃいけないほど貧しい生活を強いられてるんだよ、彼女たちは」


 ここでコシンジュがいきりたったように叫んだ。


「そうだっ! 北の大陸、とくにランドンじゃお金目的でエッチなことをするのは禁止だっ!

 せいぜいお金に困ったお姉さんが、こっそり男の人を(さそ)うぐらいしかやらないっ!

 それをこんな堂々と、通りまで作って!」

「だけどそうしなきゃ食っていけないんだよ。

 もともとこの大陸は荒れた土地ばかりで、思うように農作物が取れない。

 まともなメシにありつくのも一苦労なんだよ。だから帝国っていう強大な枠組(わくぐ)みの中で、力でまとめ上げないとすぐ戦争が起こる」

「その上肝心の帝国まで腐敗(ふはい)していると言いますからね。

 おかげで庶民の生活はますます困窮(こんきゅう)していることでしょう」


 メウノの発言に、ネヴァダはクルッと振り返り、今度は両ヒジを窓枠に乗せた。


「そうかもしれないね。

 でも奴らにしてみれば、自分たちがやっていることは当然なんだよ。

 悪いことをしているだなんて、本気で思ってない」

「悪事に対する自覚がない?

 たしかに一部の連中はそうだと思いますが」


 イサーシュの発言にネヴァダは首を振った。


「そんなレベルじゃない。

 この国じゃ、富は力で奪うもの、そういう観念で生きてる人間が山ほどいる。

 あたしはその中には混ざらないけれど」

「富は、力で奪うもの?」

「剣士さん、覚えておきな。

 この国に住んでいる者は、いつ自分たちが明日食えなくなるかもしれない、そんな恐怖を抱えてる。

 だからそうなる前に人のものを奪ってでも、少しでも自分の取り分を(たくわ)える。

 そんなことまでして報われた奴なんて、あたしは見たことないけどね」

「恐ろしい国ですね。ここは……」


 ロヒインがぼそりというと、イサーシュがそれに続いた。


「北の大陸でも、ここまで追い詰められている国はない。

 ストルスホルムの僻地(へきち)でも、旧王制のベロンでも、こんなに人々があえぐことはなかっただろう」


 するとネヴァダは窓から離れ、ボフン、とベッドに座りこんだ。


「帝国がきちんと機能してたらもう少しましだっただろうけどね。

 だけどその力は『大帝クリードグレン』のカリスマ性だのみ。

 統一間近の最後の戦争で大ケガを負ってからは、つき従う側近たちが好き勝手にやり始めた。

 そのさらに下の連中はいまだに大帝バンザイって、気まじめにがんばってはいるけれど」


 ここでネヴァダは再び足を組み、さらには腕まで組みだした。


「新しいカリスマがやってきたなら、帝国はかつての栄光を取り戻すかもしれない、けどね」


 全員が、その視線がある一点に(しぼ)られていることに気づいた。

 つられてみんなが同じ方向を向いた。しかしただ1人、目のやり場に困っている者がいる。


 他の誰でもない、コシンジュ自身だ。


「お、オレがっ!? 待てよっ! なに言ってんだよっ!

 俺にはこの国をまとめ上げるほどの力はねえぞっ!」


 必死に否定するコシンジュの、ネヴァダは肩のあたりを指差した。


「確かにあんたみたいなガキンチョじゃ誰も言うことは聞かないけれど、その背中の棍棒を持っているとなると話は別よ。

 神に選ばれた勇者。あんたがそれを振りかざせば、人々はあんたの言葉に従う」

「待てネヴァダ。いま何て言った?

 この国の人間はもうそんな事実まで知っているのか?」


 イサーシュのするどい指摘にネヴァダは目を見開く。

 しかしすぐに顔色を戻して、あっけらかんとして片手をあげた。


「いちおう大陸間は魔法伝書ペリカンでやり取りしてるからね。

 あんたたちの素性(すじょう)はお見通しよ」


 イサーシュはいまいち納得いかない様子だったが、ネヴァダのほうが無理やり切り替えた。


「あたしがあんたたちを砂漠に連れていってほしいというんだったら、条件は1つ。

 どうかこの国を腐った連中から解放して、王の座につくと約束して」


 ネヴァダは(うった)えかけるようにコシンジュを見る。

 コシンジュは細かく首を振った。


「王様、王様だなんて。そんな役目、引き受けられない」


 ネヴァダの顔色がくもった。

 しかしすぐに顔をあげる。


「だけどこの国の悪い連中をやっつけるってんなら、約束してもいい」


 言った瞬間にロヒインが「コシンジュッ!」と叫んだ。


「わたしたちの目的は魔王打倒だよ!?

 そんな寄り道してたら、命がいくつあっても足りないよっ!?」

「魔導師さん。これはあんたたちのためでもあるんだよ?

 本気で魔王軍と戦うんだとしたら、軍の援護(えんご)は欠かせない。

 帝国軍があんたたちの力を借りないってんなら、この国は間違いなく魔王のものになる。

 あんたたちも帝国軍もまったく連携を取れずに共倒れだよ?」

「そんなこと言われても……」


 ロヒインはそれでも食い下がろうとする。コシンジュの身が心配なのだろう。

 イサーシュが別の反論をした。


「だが俺たちだけで帝国軍とは戦えない。

 魔王軍も強大だが、一度に送れる部隊は数が限られていた。

 だから俺たちはこの人数でも十分戦えた。

 圧倒的な規模を持つこの国の軍隊とは話がちがう」

「味方はいる。

 ゾドラの連中が好き勝手やってる以上、それに対抗するレジスタンスもいる。

 あいにくあたしに知り合いはいないけど、きっと向こう側からあんたたちに接触してくれるはず」

(たよ)りないな。もっと別の問題もある。

 神々の棍棒は魔物を討つために作られた武器だ。人間相手だと威力が落ちる。

 コシンジュの腕前だけでどこまでのりきれるか疑問だ」

「オレ結構強くなったと思うけど」

「だまってろ。

 それにこいつ、どうしようもないお人よしで、人間は殺したがらない。

 見ての通りやる気は満々だが、命まできっちり奪えという話なら別だ」


 それを聞いたネヴァダは、コシンジュの顔をまじまじと見る。

 コシンジュは顔を赤らめてそっぽを向いた。ネヴァダは視線を外してため息をついた。


「当てが外れたね。

 伝説の勇者ならきっとこの国をなんとかしてくれる、そう思ったんだけど」

「ネヴァダ、自分で言っただろ。

 心置きなく魔王とやろうってんなら、この国を変えるしかないんだって」

「人を殺したことがないくせに?」

「どんな相手かによる。

 ネヴァダ、誰を倒せばいい? そいつらはいったいどんな奴らなんだ」


 それを聞いたイサーシュがあきれて顔をそむける。


「大勢いるだろ。そいつらを1人1人殺せばいいって話じゃない。

 なんで勝手に指で数えるほどの人数だと決めつけるんだ」


 するとネヴァダが片手を広げた。

 コシンジュ達がその意味をわかりかねていると、ネヴァダは口を開いた。


「『5人』。

 権力の中枢に巣くう、もっとも大きな権力を(にぎ)った5人の人間を何とかすれば、帝国の機能は完全にマヒする」

「たった5人?

 そいつらを倒しさえすれば、この国の腐敗は一掃されるとでも?」


 ロヒインが納得いかない顔をしていると、ネヴァダはまっすぐうなずいた。


「逆にいえば、この国の機能はたった5人の意志で維持されてる。

 彼らの部下は優秀だけど盲目(もうもく)的で、上の連中がいなければなにもできない。

 その恩恵を受けていない者たちは徹底(てってい)的に弾圧(だんあつ)されて、左遷(させん)されたり抹殺(まっさつ)されたりしてる。

 みんな中央に不満を持ってる。それを5人は自分たちの実力だけで何とか押さえこんでるんだよ。

 それがこの国の現状」

「つまり他の連中は一切無視して、中央にいる5人さえ倒せばあとはどうとでもなる、そういう意味なんだな?」


 コシンジュは完全に乗り気だ。

 ネヴァダは真面目な顔でうなずいた。


「まあものすごい強敵には違いないけどね。だから誰もかなわない。

 だけどあんたたちなら、ひょっとしてと思って。だからこの話をするわけ」


 コシンジュとネヴァダは見つめあった。

 他の仲間たちは不安げに2人を見るが、どちらも目線をまったく外さない。


「その5人の名前を教えてくれ」

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