第23話 地上への降臨~その3~
日が移り変わり、コシンジュは宿の中にある談話室に集まった。
今後の予定について話し合う、ハズだったのだが……
「コシンジュ、誕生日おめでとうっっ!」
突然の拍手にコシンジュは飛び上がった。
見ると仲間たちや船乗りたちが大勢でテーブルを囲み、こちらに向かってみな笑顔を向けている。
「こ、こりゃどういうことですかっ!?」
「なに言ってんだよ。キミ昨日誕生日を海賊船の中で迎えちゃったって言ったじゃん。
そういえばそうだったねって、イサーシュと話をして、じゃあちゃんと祝わなきゃって思ったんだよ」
「ほら、お前のためにちゃんとケーキも用意しておいたぞ」
ロヒインとイサーシュの視線にあわせると、テーブルの上にはロウソクが立てられたクリームたっぷりのケーキが置かれている。
「コイツはおれのおごりだ。
食材が貴重なこの国じゃ値が張るんだから味わって食えよ」
「ほらほら、コシンジュいつまでもそんなところに立ってないで、はやくローソクの火消しなよ」
ハッピバースデーの歌を歌うみんなの前でロヒインに引っ張られ、テーブルの前に立ったコシンジュ。
緊張しながらもロウソクの前に顔を寄せる。
「ぱっぴばーすでーでぃあこしんじゅー、はっぴばーすでーとぅーゆー……」
歌が終わり、コシンジュは15本のロウソクに向かって思い切り息を吹いた。
火は消えたが同時にツバも大量に飛ぶ。
瞬間的にイサーシュの罵声が飛んだ。
「ぐわっ! てめえツバつけやがったなっ!
おかげでてめえが独り占めするハメになったじゃねえか! なんて奴だっ!」
それを聞いてみんなが笑った。コシンジュは頭をなでて照れ笑いをする。
場が落ち着いたところで、一行はようやく本題に入る。
「砂漠を渡るにはいろいろ準備が必要だ。
一番厄介なのは、砂漠ってのはどこも同じような光景ばかりで、しかも日々刻々と移り変わるために道がわかんなくなってくるってことだ」
ヴァスコが口火を切ると、ロヒインが人差し指を立てた。
「魔法を使えば、ある程度次の目的地を探すことができますが、ダメですか?」
「それに関しちゃ、おれでさえよくわからないことは多い。
海を渡るためにおれたち船乗りが必要だったように、砂漠にも道案内は必要だ。
この街にいる専門家を探して、いろいろアドバイスをもらったほうがいい」
「うん、おいちいおいちい。
そうするならそれで、いったいどうやって見つけるんだ?」
コシンジュがもぐもぐとケーキをほおばりながら告げると、ヴァスコは思いだすようにあさってのほうを見る。
「砂漠の入口に近い町はずれに案内所がある。
まずそこを探っておいた方がいいだろう」
「砂漠を渡る際に用意する物はそいつをスカウトしてからでも遅くはないな。
ただ1つ問題がある」
イサーシュの発言にヴァスコはうなずいた。
「わかってるって。とびきり腕のたつ奴が必要なんだろ?
大丈夫、砂漠の案内人ってのは、みんながみんな自分の身を守るのに長けてる奴ばかりだ」
「砂漠の中を渡るサヴァイヴァル知識のほかに、武術にも長けている必要があるんですか?」
なんとなく察しがついている他のメンバーに比べ、世間知らずなところがあるトナシェが聞いた。
「砂漠を渡る人間ってのは、帝国の中枢に向かう行商人が多い。
そいつらの貴重な荷物を狙って、盗賊たちが身をひそめている場合が多いんだ。
もちろん行商人側も屈強な護衛を雇っちゃいるが、一番肝心の案内人がよわっちかったら話になんねえからな」
イサーシュが腕を組みつつ意見を申し立てる。
「だが相手は盗賊じゃない。魔物だ。
どうせ雇うんなら一番強い奴がいいだろう。ヴァスコさん、心当たりはありますか?」
「相当腕の立つ奴なら2,3人知ってるが、当然あいつら引っ張りだこだからな。
もうすでに別の行商についてってるかもしれん。ただ……」
メウノが「ただ?」と問いかけると、ヴァスコは深くうなずいた。
「砂漠の道案内なんて仕事、過酷すぎてしょっちゅうはやれねえ。
だから仕事が終わった後はこの街にとどまって、どっかの店の用心棒をしてることが多い。
ひょっとしたらそいつらのうちの誰かは、まだそっちの仕事を優先させてるかもしれんな」
「じゃあ、まずは案内所を訪れて、ヴァスコさんの言ってた名前の人物が街にとどまってないか、聞いてみましょう」
ロヒインが告げると、ヴァスコは少々むずかしい顔をした。
「たださっきも言った通り、案内人の仕事は過酷だ。
ついこないだ街に着いたばかりで、また道を引き返すなんてこと、いやがるかもしれねえな。
もっとも勇者を案内するっていう大口の仕事、断らねえかも知れねえが。
その場合すげえ額を振ってくるかもしれねえぞ」
「その点は心配ないでしょう。
おそらくランドンのほうから多くの謝礼をいただけると思います。
よほどの額でない限りトラブルになることはないでしょう」
ロヒインの発言を聞き、ヴァスコは両手をたたいた。
「よし! そうと決まれば話は早い。
お前らはさっそく案内所に向かってくれ」
「あれ? おっちゃん案内してくれるんじゃないの?」
コシンジュが問いかけると、ヴァスコは難しい顔をした。
「悪いがおれたちは壊れた船を修理しなきゃいけねえ。
本国の連中が首を長くして待ってるからな。砂漠じゃ木材を調達するのも難しいから、となりにあった海賊船の物を使わせてもらうぜ」
「そうか、それじゃここでお別れですね」
イサーシュが残念そうに言うと、ヴァスコは豪快に笑った。
「ガハハハハッ! 話が早すぎるぞおめえ!
出港にはまだまだ時間がかかる、相談があるんならいつでも乗ってくれや!」
そう言っての背中をポンポンと叩き続けられ、イサーシュは皮肉な笑みを浮かべた。
案内所の指示に従い、見慣れぬ街を歩く一行、ロヒインはなぜか難しい顔をしている。
「トナシェ、本当にやめときなよ。
ヴァスコさんの言う通りなら砂漠は本当に危険なんだから」
言われて小さな少女は両手のこぶしに力を込める。
「いいえ! わたし、どこまでもみなさんについていきます!
ここまで来て引き返すなんて、絶対に認められません!」
「そんなこといってもよぉ、お前みたいなチビッコが砂漠みたいな超危険地帯を歩くなんて、常識はずれにもほどがあるぞ」
「コシンジュさんだってまだ15じゃないですかっ!」
「うわ、コイツだんだんなれなれしくなって来やがった。
最初のことは勇者さま勇者さまっていってたくせに」
「コシンジュ、今のはお前の言い方が悪いと思うぞ」
イサーシュがつれない表情で言うと、コシンジュ達の足が止まった。
前方では、街をいきかう人がなぜか道の端に身を寄せる。
その奥から妙に金属音がガチャガチャするような音が聞こえてきた。
道が開けると、そこから重々しい黒い甲冑を着た男たちが現れる。
そばにいた通行人がコシンジュ達に話しかけてきた。
「あんたたち! 旅のものだろっ!?
ありゃゾドラの騎士たちだ! ここじゃ奴らに道を譲るのが礼儀だ、従いなさいっ!」
イサーシュは険しい顔を浮かべたが、仲間たちに従い道の端に移動する。
ところがである。黒々とした騎士たちはそこで足を止めた。
彼らはいっせいにコシンジュ達のほうに身体を向けた。
「勇者一行とお見受けする。悪いが我々についてきてもらおう」
「ゾドラの兵隊がわざわざお出迎えに、そりゃありがたい話だな」
コシンジュは感心した表情を浮かべたが、ロヒインはかげで不審な顔を浮かべていた。
ロヒインの予想通り、コシンジュ達は人気のない場所に案内された。
その意味がまったくわかっていないコシンジュは思い切り顔をしかめる。
「おい、いったいどこに連れてくんだよ。
こんなところに軍の施設があるなんて思えないんだけど?」
ある程度広い場所に出たところで、前を行く騎士たちの足が止まった。
そして振り返ると、なぜか腰に下げている剣を手に取る。
「はぁ!? お前ら、いきなり何やってんのっ!?」
「いまいましい勇者めっ!
貴様の武器、我らがいただくっ!」
「栄光ある帝国のため、その武器は我らが将軍に献上するっ!」
構えを取った騎士たちに対し、コシンジュたちもそれぞれの武器を手にかける。
「一体何のマネなんだっ!?」
コシンジュをはじめとして仲間たちは戸惑いの表情をしている。
そんななか1人ロヒインがつぶやいた。
「やはりそうきましたか……」
「おい! ロヒイン、これがなんなのか説明しろっ!」
「まだわからないんですかイサーシュ。
南の人間は我々北の人間に不満を抱いています。
帝国軍もまた、我々を全く信用していない。そうとは考えられませんか?」
それを聞いたコシンジュがすっとんきょうな声をあげる。
「んなアホなっ!
帝国軍だって、オレたちの力が必要だってわかっているだろうに!」
「武器を奪ってしまえば持ち主なんて関係ないんだよ。
こいつらにしてみれば、神々の棍棒の使い手が変わるだけ」
メウノは怒り心頭といった感じで声を荒げた。
「そんなっ!
そのようなマネ、天界の神々が許しませんよっ!」
「聞いた話では、帝国をしきっている重鎮たちの評判はかなり悪いです。
ここは貿易都市だからまだすさんでいませんが、地方に行くと民はみな困窮にあえいでいるそうです。
そんな思いやりのかけらもない連中ですから神々への信仰も低いんでしょう」
そこまで行ったところで騎士の1人が語りかけてくる。
「納得できたか?
それでは容赦なくいくとするぞ!」
騎士たちは一斉にこちらに向かってくる。
コシンジュ達も覚悟を決め、構えに入った。
「……待ちなっ!」
突然後方から声をかけられ、騎士たちは足を止めてコシンジュ達のさらに後方を見やる。
「お前ら自分たちのやってることがわかってんのかい?
天のバチが当たるかもしれないってのに、大胆なこったね」
コシンジュたちも振り返った。
そこには多くの通行人と同じく、色を押さえたローブを身にまとった女性の姿があった。
「こんな人気のないところに誘い込むあたり、上層部の指令じゃないね?
勝手なマネをしておいてただで済むと思ってんじゃないだろうね」
ここで女性はほっかむりを取った。
現れたのは、黒髪をボブショートにまとめた小麦色の肌をしている。
ネコのような切れ長の大きな瞳が印象的だ。
「うおお、これまたすっげえ美人が来た……」
いつもの女好き発現をしたコシンジュをロヒインがわき腹をヒジでつつく。
かなり強めだったのでコシンジュは苦しげにそこを押さえた。
「あははは、仲良しでいいことだね。
下がってな、こいつらはアタシの相手だよ」
「くそっ!
お前は『黒拳のネヴァダ』! どうしてこんなところにっ!?」
「この街に勇者がやってきたって聞いてね。
悪いが様子を見させてもらったよ。そしたら案の定こうなった」
ネヴァダと呼ばれた女性はローブの中から腕を取りだした。
それは騎士たちと同じく、黒々としたいかめしい手甲をはめていた。
「で、あたしとやるのかい?
自信がないならとっとと逃げな。このことはだまっといてやるから」
「ぬかせっ!
この状況を見られてしまってはあとが立たん! 皆のもの、いくぞっ!」
騎士たちは再びこちらに向かってきた。
同時にネヴァダがコシンジュ達のほうに進み出る。
「下がってなっ!」
コシンジュ達が言われたとおりにすると、彼女はローブを手にとって一瞬ではぎ取った。
そのまま勢いよく投げつけると、正面の騎士がそれにおおわれ身体が見えなくなる。
ローブをはぎ取ろうとした騎士の目の前に、いつの間にかネヴァダがいた。
先ほどの黒い手甲がローブを通じて騎士の身体に食い込んでいる。相手はそのまま身体の力が抜ける。
「はやいっ! これが人間の動きかっ!?」
他の騎士たちはぼう然と立ち尽くしていたが、やがて冷静になってそれぞれ構えを取った。
彼らの目の前にいたのは、自分たちと同じく黒い手甲と足甲をまといながらも、他は軽装と言っていい格好だった。
身体の方は赤茶色の衣装を身にまとっているだけで、肩とヒザはむき出しで小麦色のなめらかな肌をさらしている。
「うわー、なんて大胆な格好……」
コシンジュのつぶやきをよそに、騎士たちの1人が剣を振りかぶった。
ネヴァダはそれをひらりとかわし、鉄の拳を打ち込んでいく。
相手も鎧を着ていながら、わき腹を打たれるとそこを押さえて地面にヒザをついた。
後ろから別の敵が迫る。
すると振り向きざまに足を繰り出し、靴の裏で相手の胴を打った。またしてもどんもりを打って倒れる。
別から来た相手には、剣を振りきる前に拳を兜に打ち込む。敵は一回転して地面に倒れ込んだ。
別の敵にはひるがえってヒジを一発。別の敵には拳を2,3度打って撃退。
敵は残り3人になった。うち2人が完全に怖気づくなか、大柄の1人がこれまた巨大な斧を大きく振り上げネヴァダに向かってくる。
ネヴァダはふところに飛び込むように駆け抜けると、タックルをかます。
相手が動きを止めたところでその腕を両手で取り、ぴったりと張り付くとその巨体を持ち上げ、背中から一気にたたき落とした。
「なんてこったっ!
あれほどの体格差で、背負い投げまで決め込むとは!
素手であれほどの動きをするなんて、見たことも聞いたこともない! ありゃ一体何だっ!?」
「イサーシュ、ありゃ『格闘術』ってやつだ!」
「格闘術っ!?
なんだそりゃ、だいたいなんでお前がそれを知っている!?」
「なんでそんな嫉妬ぶかげな目で聞くんだよ!?
たまたまだよ! 親父たちと一緒に行った東の大陸で見知った武術だよ。
もともとは武器がない時のための護身術なんだけど、それを専門にして素手で敵と戦うことにこだわった武術家がけっこういるんだよ」
コシンジュが説明しているあいだに、2人のうちの1人が大声を発して剣を振りあげたままおそいかかった。
ネヴァダはそれをかわそうともせず、両腕の甲で振り下ろした剣をはさみこむと、思いきりひねっただけで鉄の剣はぽきりと折れてしまった。
それを見たイサーシュはただただあ然とするばかりだ。
「なんという芸当だ。
武器を使わずに、己の腕だけで相手の得物をへし折るとは、さすがのおれもあそこまではできない」
「オレも戦闘慣れしてきたからわかるけど、あいつ、相当強いよな」
コシンジュのつぶやきにイサーシュはくやしさを表情に込める。
「ああ、あれほどの達人はこの世界に数人といないだろう。
下手をすると俺どころか、チチガム先生にも匹敵するかもしれん」
そのあいだにネヴァダは敵の腹をヒザ蹴りでノシたので残るはたった1人。
両腕に握る剣をプルプルとふるわせ、とうとうそれを落として逃げ出した。よろけながらその場を走り去っていく姿がなんとも情けない。
いつの間にやらネヴァダのまわりには、うずくまり悶絶する騎士たちだけになってしまった。
「何てことでしょう。これほどの甲冑、きっとそれなりの地位にいるはずです。
それをまさかたった1人で……」
ロヒインがぼう然とつぶやいていると、格闘家はこちらの方を向いた。
「話は終わったかい?
気をつけな。あんたたちを狙ってる連中はこいつらだけじゃないよ」
「ネヴァダさんと言われましたね?
素手で戦う格闘術、あなたはいったいどこでそれを習ったんです?」
イサーシュの問いかけに、女戦士は腰に手を当てて眉を吊り上げた。
「あんたたちは知らないみたいだけど、こっちの方じゃ結構やってる奴はいるんだよ。
もっともあたしくらいのレベルの奴はそうはいないみたいだけど」
そこでなぜかネヴァダはうずくまる騎士たちを見回した。
「ところで、こんなところで立ち話でもするつもり?」
そして再びこちらを見てニヤリと笑う。
「なんだったらあたしがいま用心棒をやってる店に来なよ。
ついでに育ちざかりのあんたらになんかおごってあげるよ」




