第2話 4人目の仲間、なんだけど~その5~
「ふう、ようやく楽になった。しかし何だったんだいまの……」
「おそらく魔法の一種だと思うよ。
でもおかしいな。普通わたしたち3人を丸ごとワナにかけられる魔法は、ふつうは特定の範囲内に術者が近寄らなければ効果はないのですが……」
「おそらくオレたちの見えないところで仕掛けてたんだろ?
ひょっとしたらバレそうになって逃げたのかもしれないけど、一応は警戒しとかなきゃな」
イサーシュ、ロヒインにコシンジュが続く。
今はだいぶ呼吸が楽になったが、正直かなり危なかった。
一体どんな奴が、こんな卑劣なワナをかけたんだろう。
「そんなことはどうでもいい。そんなことより町の連中の具合はどうなんだ?」
イサーシュが振り返ると、そこには先ほどまで倒れていた兵士たちが何事もなかったのように立っていた。
兵士の1人が話しかけてくる。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「えっ、みんな治るのはやっっ!」
「それはそれはあのメウノさまのことですから。
みんなまたたく間に治療して下さいましたよ。すごいというんでしたら勇者様たちこそ」
「ほんとにすごかったです!」
「おれらなんて、あんな化け物相手に全く歯が立たなかったっていうのにな」
「ていうか魔導師の方、詠唱あまりに早くないっすかっ!?」
「勇者様もすごかったが、剣士様の動きも人間離れしていたぞ?」
口々にほめちぎる兵士たちだったが、なぜかその中にメウノの姿はない。
「あれ……そう言えばメウノは?」
コシンジュが思わず問いかけると、兵士たちは一様に気まずい顔になる。
そのうちの1人が話しだす。
「それが……」
そう言って彼はそっと後ろを振り向く。
兵士たちの影に隠れてよく見えないが、何やらメウノはまだ倒れているひとりを治療中のようだ。
「メウノっっ!」
コシンジュ達は兵士の一段をまわりこむようにして、急いで彼女のもとにかけつけた。
そして目を疑う。
彼女が必死に両手をかざしている兵士は、青ざめた顔でまったく動かなくなっているのだ。
「……来るのが遅すぎました。相当打ち所が悪かったようですね」
「落ち着け。一流の僧侶は死んだ肉体をもよみがえらせることができるはずだ!」
「でも、あんな顔色だぜ?
あまりに時間が立ちすぎたらさすがに無理なんじゃ……」
「みなさんだまってて!」
コシンジュ達の言葉をさえぎって、メウノは必死に目を閉じてひたすら手かざしを続ける。
その両手からはうっすらと光が放たれ続けるが、倒れている兵士の顔色が戻る気配はない。
「お願い……神々よ……この魂を連れていかないで……
彼はまだ、死ぬには若すぎます……」
メウノのつぶやきを聞きながらコシンジュ達はその光景を眺め続けるが、どう見ても相手は手おくれのようだった。
「メウノ……もうやめるんだ……」
「あんたはもう多くの命を救った。それで十分じゃないですか」
「これ以上力を使っても、もう無理ですよ……」
コシンジュ、イサーシュ、ロヒインが必死になだめるが、メウノは首を振り続ける。
「やめてください。わたしは仕事がら、多くの人たちを手掛けてきました。
その中には結局最後まで助からなかった人たちも少なくないんです。それでもわたしは必死に助けようとしました。
わたしは、わたしはまだ未熟なんですっっ!」
「もうやめろっっ!」
そう言ってイサーシュが無理やり彼女の腕をとった。
メウノは瞬間的に彼をにらみつける。
「なにをするんですかっ!」
「あんたがそこまでやって助からないのは、それがもう召される命だからだっ!
そんなものを無理やり引き戻して、それこそ不敬にあたるとは思わないのかっ!?」
「信仰の問題なんですかっ!?」
「なにぃっ!?」
イサーシュは思わず目を見開いた。
メウノはひたむきな表情を彼に向ける。
「この者の命がもし助からなかったとしたら、彼のご家族には何と説明すればいいんですかっ!
どんな顔で会えばいいんですかっ!
ましてや突然現れた化け物に、無残に殺されたっていうんですよっ!?
そんなこと、あなたはわたしに代わってご家族に言えるんですかっ!?」
「それは……」
さすがにイサーシュは沈黙して言葉を無くす。
そのスキにメウノは彼の手を振り切り、ふたたび手かざしを続ける。
「神への信仰とか、そんなものは関係ないっ!
わたしはただ、目の前の命を救いたんですっ! 絶対に、絶対に死なせないっっっ!」
その声はもう涙声になっていた。
それでも、彼女は必死にもう助からない兵士に向かって手をかざし続ける。
「もうやめてくださいメウノさんっっ!」
「これ以上やったらあなたのほうが危険ですよっ!」
コシンジュ達はその声におどろき、振り返った。
そこには先ほど彼女に助けられた兵士たちの姿があった。
「あなたのほうこそもし何かあったら、おれたちは司祭さまになんて言ったらいいんですかっ!」
「もういいんですよっ! そいつのことはおれたちが伝えておきます!」
「彼は勇敢に戦いました!
それをきちんと伝えれば、わかってくれますよ!」
兵士たちの熱い言葉にも、メウノは意に介さない。
「お願いっ! お願い戻ってっっっ!」
しかし次の瞬間には、メウノは兵士の上に寄りかかって倒れた。
「もどってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
とうとう泣き崩れるメウノ。
それを見ていたコシンジュは、不謹慎にも彼女のことを美しいと思ってしまった。
「メウノ……」
見た目では分からない、本当の美しさを持つ女性。その姿は確かに美しかった。
コシンジュは今さらになって彼女の魅力が理解できたような気がした。
「……う、うぅ……」
その時だった。メウノのものではない、男の声が聞こえてきた。
一瞬幻を見たのかと思った。
だがしかし、たしかに倒れている兵士はわずかに動いているのだ。
その顔色も生きている人間そのものになっている。
「そんな……ばかな……」
思わずロヒインがつぶやく。
それに気づいたらしき兵士が、顔だけを起こしこちら側に視線を向ける。
「……こ、ここは……?」
「奇跡だ……本物の奇跡だ……」
イサーシュのつぶやきに合わせて、兵士の視線がのしかかっているメウノに向かった。
「メ、メウノさん? メウノさん何してんすか……重いですよ……」
それを聞いたメウノがはっとして、目の前の兵士を見つめた。
最初は何が起こったのかよくわからないようだったが、次の瞬間彼に思い切り抱きついた。
「ちょ、ちょっとメウノさん! なにしてんすかっっ!」
相手が言うのもかまわず、今度は大声で泣き崩れた。
「ああ~~~~っ! よかったぁ~~~~~っっ! ほんとよがっだぁぁぁ~~~~~~っっっ!」
「お前すげぇよっ! ホントにすげぇよっっっ!」
コシンジュの叫びを聞いて、そばにいた兵士たちが一斉にガッツポーズをしだした。
「「「「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」」」」
「司祭が彼女を選んだのも、よくわかるような気がします。彼女、すごすぎる」
「まったくだ。俺たちよりずっと優れているかもしれんぞ」
ロヒインとイサーシュはなぜか引きぎみにつぶやいた。
「ホントに行っちゃうんですか?
みなさん疲れているでしょうに、今夜は泊ってってくださいよ」
「いやいやカンベンして下さいよ。
そもそもオレたちがここに立ち寄ったせいで皆さん大変なことになったんですから。
もう行かせてくださいよ」
コシンジュは引き留めようとする人々を必死で振り切ろうとするが、相手は止まらない。
「そんなこと言わないで!
今夜は祝っちゃいますよ! 盛大に祝っちゃいますよ!? もう大パーティっすよっ!」
「いやだからカンベンしてくれって……
ああお前らっ! オレが断っているあいだにさっさと先行きやがって!」
仲間たちはもうだいぶ進んでいる。
特に先頭のメウノは他の2人を大きく引きはがしている。
「ああっ、もう行きますよっ!?
お礼は旅が終わってからで十分ですから、それじゃ皆さんお元気でっっ! ばいばーいっっ!」
「ああ、もうちょっとぉ~!」
それでも残念そうにしている町の人たちを振り切り、コシンジュは仲間たちのあとを追いかける。
コシンジュは後ろの2人に追いつくなり思いきり怒鳴りつける。
「面倒な役を引き受けさせやがって!
こういうのはお前らの役目だろっ!?」
「どうかな? どっちかと言えば万年お人よしのコシンジュの役目じゃないのか?」
「そんなこと言わないでイサーシュ。
わたしも何か言えればいいと思ったんだけど、メウノさんがさっさと先に進んでしまうのでこっちも追いかけざるを得なかったんだよ」
「みなさん! 今日の出来事でだいぶ自信がつきました!
今の私ならなんでもできるような気がします!」
メウノは声を張りながらどんどん前を進んでいく。
コシンジュはあわてて引き止める。
「ちょっと自分から前に進みすぎんなよ!
あんた次の行き先聞いてないんだろっ!?」
するとメウノは目的地とは別の、わかれ道のまっすぐ伸びているほうをどんどん先に言ってしまう。
「ああっ! そこ次の目的地の城じゃないって!
だからそっちは違うんだって!」
「おい万年お人よし、急いで彼女のあとを追ってこい」
「早くしないとせっかくの紅一点がどっかに消えちゃうよ?
コシンジュの大好きなかわいい女の子が行っちゃうよ?」
「クソお前ら覚えてろよっ! 待ってくれよメウノぉぉっっ!
変なこと言い続けたオレが悪かったからさぁぁっっ!」
こうして旅の仲間が1人増えて、勇者たちは次の目的地、王国の首都に向かう。
なぜロヒインがそこを選んだのかは、また別のお話。
ちなみにこの後どんどんメウノが先に進んでしまい、城に向かっていった仲間たちに合流したのはだいぶ後になったのは言うまでもない。




