第23話 地上への降臨~その1~
いくつもの不気味な尖塔が立ち並ぶような様相をていする魔王城。
その頂上付近にある半円のバルコニーに、城の主が立ちつくしていた。
その赤い両目は、なにかをじっと考え込むかのように眼下の広大な森を見据える。
一部は魔王が納める城下町が光をちりばめているが、広大さを誇るはずの街でさえこの城のあまりの巨大さにはかなわない。
この城は先代である父親が住まう前からずっと前に建てられたもので、増築に増築を重ね今の異様な外観となった。
ゆえに、魔王ファルシスがいるバルコニーも地上からかなり離れたところにある。
そこから見る眺めは、天空を照らす魔界光がその瞳を閉じつつある今、なにも捉えることができない真の闇へと移り変わろうとしていた。
黒い森をながめ続けるファルシスは、ずっとある思いにとらわれていた。
先日側近のルキフールが指し示した言葉の意味は、明らかに魔王自身の発起をうながしていた。
――なぜあなたは、黙ってそこに座っているだけなのです?
ファルシスは頭を抱える。わかっている、自分が何をすべきなのかは。
しかし、彼は悩み続けた。事情もある。
しかし、それ以上に自分のなかで膨らみ続けている不安のほうが大きかった。
「……およびでしょうか殿下」
聞き覚えのある声に、ファルシスは少しだけ振りむいた。
姿こそ見えないが、そこには額に折れた角を持った人の姿を借りるドラゴンの王がひざまずいているはずだ。
「久しぶりだなファブニーズ。
息災か、角の痛みはどうだ?」
「おかげさまで痛みは引きました。
さいわい魔力は失っておらず、物事も冷静に判断できるようになりました。
ただ……」
ファルシスは「ただ?」と言って続きをうながす。
「は。ただあの棍棒を手にした小僧の姿を思い浮かべるたび、過去の痛みがぶり返します。
心身ともに傷ついているということなのでしょう」
ファルシスは「そうか……」とつぶやき、視線を前に戻す。
そこで竜王はいさめるかのような言葉を口にした。
「なぜ私をお呼び立てしたのです。
私は勇者に破れた身、今さらこの竜族の恥さらしに一体何の用があるというのでしょう?」
「その前に言っておく。あれはたしかにお前の油断だ。
しかしあの小僧があそこまでバカげた真似をしなければ、結果は違っていたであろう」
それを聞いたファブニーズは苦笑まじりに「おたわむれを」と言った。
それからしばし沈黙が続く。
ドラゴンの王は冷静に相手の言葉を待ってくれている。
「ファブニーズ。実はある計画を立てている。
確実に勇者を降せる策だ。
しかしそのためにはお前の力が必要だ。私とともに地上に上がるというのなら、お前はついてくるか」
「その割にはあまり乗り気ではないようですね」
看破され、ファルシスはうつむいた。
深いため息をつきつつ話を切り替える。
「……余に、この先代魔王タンサの子息である余に、果たして魔王と名乗る資格はあるであろうか」
「恐れながら。あなた様は先代魔王をもこえる資質を持たれる方。そうこのファブニーズは熟知しております。
ルキフール様やスターロッド殿もそうおっしゃられるでしょう」
少しためて、恐縮ぎみに続ける。
「いいえ。
先代のタンサさまは強大な魔力を持ってはいても、さほど聡明と言える御仁ではありませんでした。
だからこそいたらぬ計画で地上に侵攻し、勇者に倒されてしまったのだと思います」
ファブニーズは最後に「出過ぎたことを申しました」と付け加えた。
現魔王は首を振る。
「事実だ。
我々は父の愚かさのせいで、今の苦境にあえいでいるようなものだ」
ファルシスは闇の中に目をこらした。
タンサが魔界の王に君臨する前、彼はルキフールやスターロッド、そしてベアールの父とともに地下世界の覇権を争った。
運良くすべての勢力を制したタンサだったが、その疲弊が癒えきらぬうちに地上侵攻計画を推し進め、魔界の戦力をいたずらに消耗し、自身も果てた。
「余が今の座についたとき、まだ年端もいかぬ少年であった。今もそうだと言って過言ではない。
余はこの広大な世界を統べるには若すぎる」
「ふふっ、歳が資質にかかわらないことは証明済みでしょう。
神々が選んだ小僧は行いこそ拙いが考えは聡明だ」
ファブニーズの指摘にファルシスは何度もうなずいた。
「人間でたとえれば、余はあの者らより多少年齢をゆくぐらいだ。
なのに余は奴とは比べ物にならないほど重い荷を背負っている。
魔族の中には余の治世に不満を持つ者もいる。
そのさげすむ視線を受けるたび、余は自分の資質に疑いを抱くのだ」
「たとえお年を召されたとしても、連中は先代の子息としてあなたをあなどるでしょう。
しかし私のほか、あなた様に心酔する配下は大勢おります。
それで十分ではないですか」
「フッ、誇りあるドラゴンの王たるお前が、余に心服すると申すか」
そこでファブニーズは少し間をおいた。
口を開くと神妙な声色になる。
「はるか昔はそうではありませんでした。
まだ私が竜の王の座に就いたばかりのころ、竜族は先代の徴用により多くの同胞を失いました。
はじめて殿下にお会いした際に、その怒りのままにあなた様の臣下につくことを拒みましたね。
あの時は力づくで追い返しましたが、後日あなたが単身でわたしのもとに訪れたのにはおどろかされました。
この私と勝負したいと」
「ファブニーズ……」
振り返ると、ファブニーズは懐かしむような笑顔を向けている。
「そしてあなた様は勝たれた。
かろうじての結果ではありますが、わたしに油断はなかった。
あなたは勇者と違い、正々堂々とこの竜族の王を下したのです」
ファルシスは相手から目を離すことができなかった。
それに乗じて竜王は頭をたれる。
「身命を賭して申し上げます。
あなた様の実力の前では、あの小僧は勝つことはできません。
このファブニーズ、完全無欠たる殿下に従いどこへでも参ります!」
そして目線をあげ、皮肉な笑みを浮かべた。
「もっとも、この角をへし折られた哀れなドラゴンでよければの話ですが」
それを聞いたファルシスは皮肉な笑みを浮かべ瞳を閉じる。
「もうよい。お前の意気は十分伝わった。
あと2名声をかけたい者がいる。もうしばし待て」
コシンジュ達が前に進み出ると、洞窟内の海はより濃い青に染まっていた。
あちらこちらに巨大な触手がちぎれてプカプカと浮いている。
「おうおう、派手に暴れてくれてんじゃねえか。
ものすごい音がしたと思ったらこの惨状だぜ」
振り返ると顔の数多くのアザを作っている大男、ヴァスコの姿があった。
彼は腕を組みつつ目線を海から自分の船に移す。
「大破とはいかねえが、大幅な修理が必要だな。
まあここまで来れば大丈夫だ」
コシンジュが「大丈夫?」とたずねると、ヴァスコはニヤリと笑みを浮かべた。
「このあたりはおれもよく知ってる土地だ。
ここから1日も経たない場所に目的地の『商業都市ゴルドバ』がある。
おめでとう、お前らは無事南の大陸に足を踏み入れたってわけだ」
それを聞いたコシンジュ、ロヒイン、そしてトナシェは顔をほころばせ、互いにハイタッチする。
そこへメウノがゆっくりと近寄ってくる。
「少しだけ外の様子をうかがいましたが、草木のほとんどない荒れた土地のようですね。
空気も乾燥していて、暑いというのに肌が少々カサつきます。
文字通り別世界にやってきたという感じがしますね」
「あれ? イサーシュの奴は?」
コシンジュが問うと、メウノは少し気の毒な顔をした。
「治療は無事終わりましたが、かなり疲れている様子、しばらく安静にしておいた方がいいでしょう。
よほどひどくやられたようですね」
コシンジュはため息をついた。
乗組員が奥からどんどんやってくるなか、コシンジュはそばにあった岸まで歩いた。
「いよいよ南の大陸か。
思えばこれまでも長い旅だったけど、まだまだ続くと思うと期待半分、不安半分ってことかな」
となりにロヒインが立ち、一緒に目の前の入江をながめる。
「でもよくここまでやれたと思うよ?
ほら、敵の大将を3つも倒しちゃった。4属性の長も残りは1つだけか」
「なにのんきなこと言ってんですか」
すると袋の中からマドラゴーラが現れる。
片方の葉を出してブンブンと振っている。
「残る炎属性、獄炎魔団こそ本当に要注意の連中ですよ?
奴らは今まで以上に意地汚い連中だ。注意しないと本当にやられちゃいますよ?」
「うん、わかってる。気をつけるよ」
マドラゴーラは「本当にわかってるのかよ」と言いつつ袋の中に戻った。
ロヒインが苦笑しつつまじめな顔になる。
「魔王軍との戦いも、正念場に入るってことか。
大将を次々とやられて、連中もあせっているはず。ますます気を引き締めていかないと」
「大丈夫ですよ!」と言って、トナシェがこちらに近寄ってきた。
「勇者さまであるコシンジュさんと、大魔導師ロヒインさんがいれば、どんな強敵だって倒せます!」
トナシェは満面の笑みでコシンジュとロヒインの手をにぎる。
そこでなぜかロヒインがコシンジュにジト目を向ける。
「そう言えば今気づいたんだけど。トナシェ、今コシンジュのこと名前で呼んでるよね?
それってどういうことが説明してもらっていい?」
「お前いまだにオレとトナシェの仲うたがってんのかよ?
船の中で何度も説明したろ? 一緒に漂流生活を続けたら、いやでも仲良くなるって」
「本当に? 本当になんにもなかったの?」
「どんだけ嫉妬ぶかいんだよお前! もはや変態レベルだぞっ!?
だいたいオレ年上が好みっつっただろ!?
よしんば女性化したお前といかがわしい関係になったところでトナシェはねえよ!
ていうかなんでトナシェはそこで笑いを止めて怒るんだ!? だいたいオレまだ14だぞ!?
ていうかもうすぐ15か。ていうか海賊船の中で歳越えちゃってるし!
ていうかそれでもいかがわしいことするには向いてない歳だぞっ!? お前ら本当にどうかしてるってっ!」
コシンジュがあれこれわめいている、その時だった。
海の中から何かがはい出し、突然の水しぶきとともに立ち上がった。
コシンジュ達がそちらに目を向けると、血走った目で狂った笑みを浮かべた人型のスキーラが、残り少なくなった背中の触手をこちらに向ける。
「危ないっ!」
ロヒインとトナシェを抱きかかえ、コシンジュは盾になる。
その背中にスキーラが触手から発生させた渦巻きが迫る。
ロヒインがあわてて前に進み出そうになるのを、コシンジュは懸命に抑えつけた。
「させるかこの野郎っ!」
ところが、突如現れた何者かに寄ってスキーラの身は取り押さえられ、渦巻きはあらぬ方向に激突した。
コシンジュがそちらを見ると、以前クラーケンにおそわれた時に2度助けた、あの乗組員だった。
スキーラは触手を使って彼を強引に引きはがす。
手持ちぶさたになった乗組員は、スキーラと向かい合っていることに気づき顔が青ざめる。
その瞬間に斜めから触手で叩きつけられた。
あっけなく地面に叩きつけられる乗組員。
「この野郎っ!」
コシンジュは立ち上がり、棍棒を斜めから振り下ろす。
しかし相手はそれをさらりとかわした。
スキーラは苦虫をかみつぶすような表情を向ける。
「ちっ! どこまでも悪運の強い奴めっ!」
コシンジュは倒れた乗組員がロヒイン達に引きずられるのを確認して、あらためて触手女に向き直った。
「当然だ。こっちは1人の命じゃないんだからよ。
いろんな人のいろんな思いを背負ってるんだ。
お前こそよくつぶされずにすんだな」
「ハハッ! ハンマーでつぶされる瞬間にこの姿に戻ったのさ!
入り江の下は入り組んでる。わずかな入りこんでなんとか事なきを得たさっ!」
勝ち誇るスキーラに、しかしコシンジュは棍棒の先を向けた。
「だがここまでだぜ。さっき言っただろ、おれはいろんな思いを背負ってるって。
1人であせって出しゃばってくるようなバカ女には負けねえ」
「フン、言っとくけどこっちだって仲間の恨みを背負ってるのよ。
数多くの仲間を殺されてきた怒り、思いしりなさい!」
「頭の悪いお前の自業自得だろうがぁっ!」
「ぬかせこのガキンチョがぁぁっっ!」
コシンジュが棍棒を構えると、相手も残りの触手から渦巻きを出す。
それだけでなく両手からも渦巻きを発生させ、こちらに飛びかかってきた。
すさまじい連続攻撃。コシンジュは素早く防御し続ける。
一件防戦のようにも見えるが、怒り心頭のスキーラと違ってコシンジュは冷静だった。
わずかなスキをついて、コシンジュは触手の腹をまっすぐついた。
一瞬顔をゆがめたスキーラに、コシンジュはさらなる追撃をかます。
2,3度腕や胴体をたたかれたスキーラは目を見開いてこちらをにらみ返した。
「くそっ! なんだってこんな目にっ!」
「お前はブラッドラキュラーよりやりやすい相手だったぜっ!」
そして顔に向かって人振り。
「さんごっっっっっっっっっ!」
顔面を横から叩かれたスキーラは、宙に舞い上がって全身を激しく回転させながら地面に激突する。
水しぶきが止むと乱れた髪の中から青々とした液体が流れ出し、まわりの地面をおおった。
「魔物の血も赤いのかよって思ってたら、お前の血は青かったようだな!」
吐き捨ててコシンジュは振り返ると、先ほどの乗組員がメウノの手かざしを受けているのを確認する。
「大丈夫か!」と言って駆けつけた。
「……大丈夫です。意識もなんとか保てています」
乗組員の目の前でヒザをつくと、コシンジュはその肩に手をかけた。
相手はそれに気づいたようで、こちらを見るとコシンジュの手にそっと自分の手を重ね合わせた。
「よう大将、どうやら片付いたみたいだな」
「名前、聞いといた方がいいよな」
神妙な面持ちで聞くと、相手は疲れ切った表情ながらも笑みを浮かべた。
「おれは航海士の『リアス』だ。
別に覚えてくれなくてもいいぜ」
「いや、覚えとく。そんなことより礼を言っとく。
だけどあんましムチャが過ぎるぜ」
「んなアホな。ほかにどんな返し方があったんだ?」
コシンジュはうつむき、深いため息をついた。
「助けられた身でこんなこと言うのもなんだけど、生きて全員南の大陸にたどり着く。それで十分だ」
「フン、そりゃないぜ。
ま、お前さんらしいとも、言えるがな……」
するとリアスは全身から力が抜け、がっくりとうなだれた。
コシンジュはゆすろうとすると、メウノに「下がってください」と言われた。
「大丈夫、気を失っただけです。
ですがもう少し治療する必要があります」
それを言われて立ち上がると、コシンジュはその場を離れ、少し歩いた先にある木製の箱に腰を下ろした。
そして2人の様子を観察していると、ロヒインが近寄ってきた。
「……また、人を危険にさらしちまった」
「コシンジュのせいじゃないよ」
なだめるように言うロヒインだったが、コシンジュは浮かない表情を向けた。
「監督責任ぐらいはあるだろ。オレは勇者なんだ。
精いっぱい努力して、こういうことが少しでも起こらないようにしておかないと」
それを聞いたロヒインが、腰に手を当てて深いため息をついた。
「なんでそうやって何でもかんでも背負おうとするの?
コシンジュ、自分が勇者だってことに気負い過ぎじゃない?」
コシンジュは相手の顔を見た。
それを確認して、ロヒインは続ける。
「勇者だからって何もかも完璧じゃなくていいでしょ。
いい? わたしたちの旅はありとあらゆる危険に満ちてる。
自分たちじゃなくて、かかわる人たちにとっても。そのなかで何らかのダメージを負ったとしても全然不思議じゃない。
そんな状況の中で、何もかも守ろうとするなんて不可能に決まってる。
コシンジュもあきらめて、多少の犠牲には目をつぶったら?」
「ロヒイン、お前言ったよな?
おれがそう言うことができる人間じゃない、それがわかってるからあきらめて何度でも付き合う、そんなようなこと言ったよな?」
訴えかけるようなコシンジュにも、ロヒインは首を振る。
「状況がちがうんだよコシンジュ。これからはそううまくはいかない。
勇者らしく振る舞うのは行動だけにしておいて、神経はもっとずぶとくいかないと」
「そんな無神経な奴に、勇者はつとまらねえよ。
お前オレが勇者に選ばれた意味をわかってないだろ」
それがロヒインの沸点になったらしい。
相手は深く息を吸った。
「なんだよ勇者勇者ってっっ!
勇者らしく振る舞うってそんなに大切っっ!?」
言ってからロヒインは前方を向いた。
ヴァスコ達の視線に気づき、あわてて声をひそめる。
「言っておくけど、わたしはコシンジュが頭のてっぺんからつま先までしっかり勇者じゃなきゃいけないとは思ってないよ?
適当にガス抜きして、たまにはまわりで起こっていることを客観的にながめることも大切なんじゃないの?」
「なんでそんなこむずかしいことしなきゃいけないんだよ」
「コシンジュのやってることのほうがよっぽど難しいよ。
だいたい何だよ勇者って。そんなの、ただのお役目じゃない。
神々はコシンジュの日ごろの行いにまで期待なんかしてないよ」
「なに言ってんだよお前はっ!?
神様から与えられた立派なお役目にケチをつけるのかっ!?」
「わたしたちがするべきことは、魔王を倒すことだよっ!?
それこそが最優先なんだよっ!?
よそ見ばかりしていてそんな大切なことも忘れちゃったのっ!?」
2人ともとうとう声をひそめる気などなくなってしまった。
まわりの注目を集めているにもかかわらず、コシンジュはとうとう立ち上がった。
「お前さんざん見てきただろっ! 行く先々でどんな目で見られてきたか!
誰もかれも歓迎してるわけじゃない!
オレはこれ以上不安がられる目で見られたくなんかないっ!」
「コシンジュの気づかいって結局そんな理由っ!?
あんなの無視しちゃえばすむことじゃないっ!」
「そうじゃないっ!
オレは自分のせいで他人が傷ついたりするのを見たくないだけだっ!
第一オレがそんなことができる人間だと思ってんのかっ!?」
「コシンジュ、そんなのは気にするべきものなんかじゃないんだよ!
もっと堂々と振る舞って、自分が勇者だってことを見せつけてやりゃあいい!
どうせ魔王を無事倒せば、その途中で何をやらかそうとも評価されるんだから!」
「オレはそういうのが一番嫌いなんだよっ!
ふんぞり返ってオレ様が勇者だ、なんてみっともないマネできるわけねえだろっ!?」
「向いてなくてもやるんだよっ!
細かいことに気を使ってばかりいたら時間と手間がいくらあっても足りないっ!」
「……やめねえか2人ともっ!」
ヴァスコの言葉で2人はそちらを振りむいた。
大男は腕を組んで細かく首を振る。
「コシンジュ、おれたちは気にしてねえ。
お前の好きなようにやれよ」
それを聞いたロヒインが手を下に振ってうったえかける。
「そんな、ヴァスコさん! このままじゃコシンジュがっ!」
「やかましい。お前、わかってんのか?
コシンジュのそういう気遣いのおかげで、おれたちは助けられてるってことを」
ロヒインは「あ……」と言って押しだまった。
それを見たヴァスコはニヤリとする。
「気にすんな。お前さんは正しい。
おれたちのためにあれだけ身体を張られたら、いつか死んじまうかもしれねえ」
その瞬間、コシンジュとヴァスコは目があった。
そして視線をロヒインに戻す。
「だけどな、それがコシンジュらしさって奴だ。
そいつから優しさを抜いちまったら、果たして最後までやりきれるか?
なんつったって魔王を倒すっつうバカげたことをしようとしてんだぞ?
コシンジュのガッツってんのはそういうところから来てんだよ。
それに、もし細かいことを気にしないで強引に進んでったら、そいつの神経がもたねえ。
コシンジュ、お前みたいな奴はムリして適当にふるまってるとかえって壊れちまう奴だ。気をつけな」
コシンジュはうなずいた。
それを見たロヒインは額を手でおおった。
「知らない、わたしは、知らないから……」
そう言ってロヒインはその場を立ち去った。
その背中はなんだかさみしそうにも見えた。
「メウノさんっ!」
その時、乗組員の1人が叫び声をあげる。
ロヒインさえも振り返ってその場にいる全員が目を向けた。
リアスの治療を続けていたはずのメウノが、船員に抱えられてがっくりとうなだれている。
「気絶してます!
ムリもねえ、おれたちゃろくな食事もしてなかったのに、こんなに力を使って……」
そのとたん、コシンジュも強い疲労感を感じた。
たしかに海賊船に乗っているあいだは粗末な食事ばかりだった。
ロヒインとともにかけつけると、ヴァスコのほうを向いた。相手は首を振る。
「船の残骸でタンカを作ろう。
急げば日暮れまでには間に合う」
その場にいる全員がうなずいた。




