第22話 三つ巴の大混戦~その5~
コシンジュと海賊の船長は船の中にいた。
どうにか船体に開いた穴から抜け出せないか走り回っていたが、2体のサーペントは抜け目なくそこから大量の水噴射を放ってくる。
そのうえ別の穴からは大量の海水が流れ込み、船は徐々に沈みつつあった。
「クソッ! このまま自分の船の中でおぼれ死にかよっ!」
船長のヒステリックな泣き言を無視して、コシンジュは必死にあたりを見回す。
異変が起こったのはその時である。
船長はまたわめこうとしたところを、片手をあげて制する。
コシンジュは頭を動かさずに目だけをキョロキョロさせる。
「静かになった……」
しかしそれは一瞬だけだった。
すぐに聞き覚えのある大声がひびき渡る。
「どけぇぇっっ! お前らいつまでかかってやがるっ!
そいつをこっちによこせっ!」
スキーラが声を張り上げたにしては、あまりに大きすぎる。
そう思ったとたん、船体が大きくゆれ動いた。
「「ぬわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」
コシンジュは船長とともに叫んで床に倒れ込む。
コシンジュはなんとかふんばったが、船長はゴロゴロと転がって部屋の壁に叩きつけられた。
「大丈夫かっっ!」
コシンジュがそこに向かう前に、船体が反対側にかたむく。
船長はこちらの方に転がり、抱きかかえようとするコシンジュとぶつかった。2人して床に倒れる。
顔をあげた船長は情けない顔で吐き捨てる。
「もうダメだっ! 死んじまうっ!」
「あきらめるなっ! まだ脱出する方法はあるはずだっ!」
コシンジュが言うと、船の外で叫び声が聞こえた。
「クソッ! どこにいやがるっ!
クソガキっっ、いるんなら出て来やがれっ!」
コシンジュははっとして振り返った。
スキーラはどんな方法でおそっているのかはわからないが、奴はこちらの位置を把握できていない。
サーペントたちは違った。奴らは水を吐きながら、船内をのぞき込んでこちらの位置をはっきりと確認していた。だからコシンジュは思うとおりに動けなかったのだ。
そのうち、大きなゆれとともに船の穴から巨大な黒い影が横切る。
コシンジュは船長の腕を引っ張り上げ、強引に船体の壁に押し付け、自分もその横に張り付いた。
船の揺れが止まった。
そして何らかの息づかいが、船の窓や空いた穴から聞こえてくる。
間違いない、先ほどとは別の姿になったスキーラがこちらの方をうかがっているのだ。
やがて巨大な影が通り過ぎる。コシンジュはひかえめに叫んだ。
「いいか! 今がチャンスだ!
いまから浸水した船底にもぐりこんで開いた穴から脱出する!
海賊なのに泳げないなんてオチはなしだからなっ!」
「バカやろう! お前正気か!?
こんな下が荒れた状況で飛び込んだら、まともに泳げるかどうかわかりゃしねえじゃねえか!」
「つべこべ言ってる場合じゃないだろ!
ここにとどまってたら確実にやられる! 死にたくないんだったらオレの言うとおりにしろ!」
船長が仕方ないと言わんばかりに立ちあがったところで、船が再び揺れだした。
窓の外の様子がグルグルと移り変わっている。今のスキーラは船を回転させるほどの力を持っているらしい。
「はやくっ! 急がないと見つかるぞっ!」
ともに上体を低くして階下に降りようとした、その時だった。
「……見つけたわよっ!
そんなところにいたのねっ!」
正面を向くと、窓の外から巨大な赤い瞳がこちらをうかがっていた。
その目つきはあまりにもおぞましかった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっっ!」
船長が腰を抜かした。
とたんに赤い瞳の横にあった船体が勢いよく破け、破片とともに目のついていないサーペントの頭が飛び出してきた。
コシンジュは落ちた木の破片を拾い上げ、軽く上に投げたあと棍棒でそれをたたき投げた。
光をまとった破片はまっすぐサーペントの頭にぶち当たる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
サーペントの頭はすぐに引っ込められ、正面の赤い瞳も消えた。
そのあいだにコシンジュは船長を立ち上がらせ、階下に急いだ。
船底は完全に水没しており、勢いよく波打っていた。たしかにこの状況で飛び込むのは危険かもしれない。
それでも船長は飛び込んだので、コシンジュもそのあとに続く。
川泳ぎが得意なコシンジュはすぐに船長に追いついて、ともに船底に空いた穴から脱出した。
しかしそこからが難しかった。
巨大な化け物がうろついている海底はかなり流れが乱れており、両手両足を必死に動かしてもなかなか前に進めない。
海に慣れているであろう船長も悪戦苦闘しているようだ。
すると、コシンジュ達は後ろのほうで異変が起こっていることに気づいた。
海賊船に無数の触手がまとわりつき、ぐいぐいと船体に食い込んでいく。
コシンジュ達がすでに脱出していることに気付いていないスキーラは、どうやら船を丸ごと破壊する作戦に出たらしい。
これはチャンスとばかり、2人は必死にもがき続けた。
やがて海面らしきゆらめく光が上に現れ、船長はその中に消えていく。
コシンジュも懸命にあとを追うと、顔が空気の中に吐き出された。
「……ぶはぁぁっっ!」
先に岸に上がっていた船長を追い、コシンジュは岩をつかんで身をのりあげた。
後ろ手は何かがメキメキと破壊される音がひびいている。
両足で立ったところで後ろに振り返った。コシンジュは思わず腰を抜かしそうになった。
そこにいたのは、あまりに巨大なスキーラの顔面。
頭から首の下にかけて無数の触手に覆われ、海賊船にまとわりついて必死に破壊しようとしている。
「わっ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
コシンジュの叫び声で、スキーラの動きが止まる。
そしてぬうっとこちらに振り返ると、その巨大な顔がニィッと笑った。
コシンジュは完全に腰が抜けた。
スキーラは海賊船から離れ、頭のついた触手を波の中に沈ませると、海面がうねうねと動き出した。
「たとえ棍棒の力があっても、こればっかりはかわせないでしょうねっっ!」
すると海面が思い切り沈み込み、次の瞬間思い切り高く跳ね上がった。
そしてそのままコシンジュのほうへと向かってくる。
「わっ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「あぶないっっ!」
とたんに前に人影が現れた。
ロヒインが後ろ姿のまま杖を構えると、前方にあった半透明の膜が激しい波に叩きつけられた。
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!」
ロヒインは全身を震わせながらも、巨大な波を払いのけてくれている。
「大丈夫ですかっ!?」
後ろから手をかけられると、トナシェの姿があった。
コシンジュは力強くうなずいた。
「たすけてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
波が引いていくなか叫び声が聞こえる。
海賊の船長が半身を波に浸からせ、思いきり海の方向に引きずられていく。
コシンジュは思わず立ち上がり、腕を伸ばして相手の手をつかんだ。
「コシンジュさんっ!」
トナシェが叫ぶが、幸いバリアから腕を出しただけなのであまり引っ張られずにすんだ。
それでも船長の思い体重に引っ張られそうになるが、懸命に歯を食いしばってこらえる。
波が引いた。とたんに重圧が収まった。
「……大丈夫かっ!」
コシンジュの声にハッとした船長は、顔をこちらに向けながらもすぐに立ち上がり、おぼつかない足取りでその場を立ち去っていく。
その情けない後ろ姿にロヒインはため息をついた。
「礼のひとこともなしか。
コシンジュ、あんな奴命がけで助ける義理なんてないよ」
コシンジュは振り返り、満足そうな笑みで首を振った。
「いいんだこれで。
オレは目の前で人が死んでいく光景は見たくない」
「長き眠りにつきし破壊の神よ。
我が声にこたえ、その呪われし力を存分にふるえ……」
ロヒインとコシンジュは振り返った。
トナシェが両ヒザをつき、手を組んで祈りを捧げている。
すると洞窟内を地震が襲った。
やがて上空から無数の岩が落ちてくる。ロヒインがバリアを張っているから心配はないが、岩はそのバリアに落ちてくる前に空中で静止した。
やがてそれらの岩がある一点に向かって集まっていく。
コシンジュ達のそばにある地面がぼうっと光を放ち、そこから巨大な何かがズズズっ、と這い出してきた。
変身したスキーラよりは若干小ぶりだが、それでも見上げないといけないくらい大きい。
現れたのは、上半身を茶色い鎧につつんだ女性。
しかし下半身は硬いウロコにおおわれた巨大な頭のないカメだった。
上半身の女性は布で両目を隠し、両手にはそれぞれ刀身が波打った剣と天秤をかかげている。トナシェはつぶやいた。
「『鉄の審判者ヘールダール』、
水属性の長を打ち倒すのはあなた以外にありえませんか……」
「あっ! ちきしょうっ!
破壊神の奴が出て来やがったっっ!」
スキーラが顔をしかめてわめいているあいだに、ヘールダールがおごそかな口調で語りかけてくる。
「呼びかけにこたえ、乙はやってきた。
かくなる上は甲とは短期の契約を結び、しかるべき処置を丙に対し実力行使することとする……」
「は、はい? 今何ておっしゃいました?」
まったくわからないと言わんばかりのコシンジュに、トナシェは振り返る。
「気をつけてください。
ヘールダールは普段はおとなしいですが、非常に短気で怒らせると見境がなくなります。
くれぐれも言動には気をつけるように」
コシンジュが声にならない叫びをあげているあいだに、トナシェはヘールダールを見上げた。
「甲は乙に対し丙に対する審判を要求する!
その絶大なる力を持って丙に対し確固たる処置を行うこと!」
トナシェが難しい言葉をすらすらと言い立てると、ヘールダールはカメの身体から何かを飛びださせた。
「ならば本書に署名を。
捺印により仮契約が成立する」
ペンと書類だ。
トナシェは黙ってそれを受け取り、何が書かれているのかわからない紙にすらすらと書き連ねていく。
それを遠巻きに見るコシンジュはひそひそと話しかける。
「ロヒイン。あいつ、何やってんだ?」
「多分ヘールダールは力の行使に制約を課してるんだよ。
きちんとした手続きをとらないとよけいなものまで破壊してしまうと思っているらしい」
「こ、これまた気むずかしい性格の破壊神……」
トナシェが明記した書類を持ち上げると、ヘールダールは手を伸ばして受け取り、裏返して内容を確認した。
「了承した。これで仮契約は完了とする。
続いて丙の罪状を述べよ」
この一連のやり取りに煮え切らない者がいた。
当のスキーラである。
「……お、お前ら。
このアタシをほかりっぱなしにして、いったい何してやがる……」
スキーラは「よそ見すんなっ!」と叫びながら触手を突きつけ、水球を飛ばす。
ヘールダールはそれに見向きもせず、堂々と体中に浴びるが、まったくびくともしない。
「なっっ! 効いてないっっ!?
人間だったら軽く吹っ飛ぶくらいの威力なのにっ!?」
スキーラがあ然としている。
コシンジュは半ばあきれぎみにつぶやいた。
「わぁ~、なんだこの安定感。
まるで負ける気がしない」
そのあいだにもトナシェは片手をあげ、わけのわからないことをブツブツと言い立てる。
それを黙って聞いているヘールダール。状況はかなりおかしくなっている。
たまりかねたスキーラは、次の瞬間どなり声をあげた。
「頭おかしいんじゃねえのかこのカメ女っっ! なんでこっちはお前らのくだらねえやり取りをだまって見てなきゃいけねえんだよっっ!
おいっ! そっちじゃなくてこっちを見ろっ! ていうか目隠ししてるから見えねえってかっ!?
ふざけんな! お前がぶつくさくだらねえことをやってるあいだにこっちは生殺し状態でつっ立ってるなんてバカなことあるかっ!
おいっ! だから聞く耳もってるんならせめてこっちに顔を向けろっつってんだよこの
ガニマタ女っっ!」
「貴様は黙ってろっっっ!」
いきなりそちらを向いたヘールダールが剣を伸ばすと、スキーラの上空から巨大な何かが落ちてきた。
どこから出てきたのかそれはきれいな形をした黒い分銅で、スキーラの身体を押しつぶそうとした。
「うおっっ!
ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
あわててスキーラは全身の触手でそれを持ち上げる。
その形相はかなり必死だ。
「邪魔立てが入った。
それでは引き続き公正取引の面談に入る」
対象的にヘールダールは涼しい顔つきでトナシェとわけのわからないやり取りを続ける。
コシンジュとロヒインはおびえる顔でそれを見ていた。
一方のスキーラは必死に分銅を持ちあげつつ、懇願するようにブツブツ言っている。
「ああ、やっぱりやめてください……
今回はこれでカンベンしますから、どうかこれ、上げてもらっていいですか……」
しかし聞いていないとばかりにヘールダールはトナシェとやり取りしている。
スキーラは重みに耐えながら、終わらない交渉にじっと耳を傾けているが、両目をギュッとつぶったあと一気にわめき散らした。
「いっそのこと殺せぇぇぇぇぇぇっっっ!
このまま延々と拷問に耐え続けんのはうんざりなんだよっ!
ベチャクチャしゃべってないでさっさとカタをつけろやっ! このガニマタ……」
「ガニマタガニマタうるせぇっっっ!
てめえはさっさと逝ねやっっっ!」
ヘールダールが声を荒げて叫ぶと、剣を向けたとたん鉄の分銅が一気に下に押し下がった。
大きな波しぶきとともにスキーラの姿が消え、こちら側の岸に大量のしぶきが打ち上げられた。
その中にはちぎられた巨大な触手もあった。触手が岩に引っかかったせいか、コシンジュ達は打ち上げる波にさらわれずにすんだ。
先ほどとは打って変わって恐ろしい形相を向けていたヘールダールは、トナシェに振り返ると元の涼しい顔になる。
「交渉の途中ではあったが契約は無事終了した。
丙の処断終了、乙は帰投することとする」
そして巨大な身体が光とともに沈んでいく。それを見たトナシェは慇懃に頭を下げた。
「こ、こここ、こえぇ~~~~~~~~~~……」
コシンジュとロヒインは抱き合いながらそれをながめていた。




