第22話 三つ巴の大混戦~その4~
「なんでっ!? 海賊たちを助けたところで何の利益もないのに!」
トナシェの上ずった声にロヒインは首を振った。
「それこそコシンジュが勇者たるゆえんだよ。
彼はたとえ悪党といえども、相手が人間と見れば助けに行かずにはいられないんだよ」
そう言ってロヒインは船の中に進もうとするが、いきなり振り返って岩を前方に押し出した。
トナシェの目の前に現れた水の刃が岩にはじかれる。
「ほう、するどいカン働きだな。
このワタシの奇襲を退けるとは……」
現れたのはケルピーのようだが、様相がちがう。
ほかのものとは違い体表が半透明で揺らめいている。
さらに変わっているのは、馬の頭の両側から、まるでシカのように枝分かれした角がついていることだ。
しかもこの角、通常のものと違ってかなり大きく、ユラユラ動いているところを見ると自在に動かせるようだ。
「ワタシは深海魔団副団長、カプリオン。
皆はワタシのことを『水面の刃』と呼ぶ」
角の先は鋭く、ロヒインとトナシェのほうに向かって突きつけられている。
両サイドからの狙いはスキがなく、さすがは副官だけあって倒すのには相当苦労しそうだ。
その時、船の中から叫び声が聞こえてきた。急がないとみんなが危ない。
ロヒインは船を見て思わず舌打ちした。
「よそ見をしている場合かっ!」
カプリオンの角がロヒインに向かって突き出される。
岩で防げないこともなかったが、そうなる前に何者かの影が現れ、角を弾いた。
「イサーシュッッ!」
現れたイサーシュはカプリオンに向かって剣を構え、顔を少しだけこちらに向けた。
「はやく中に行け。
コイツは俺とトナシェで何とかする」
ロヒインが「でも!」とさけぶとイサーシュはどなりつけた。
「迷ってるヒマはないだろう!
仲間たちは牢屋に入れられたままなんだぞっ!」
ロヒインは顔をしかめながらも「わかった」と言い、船体に空いた入口の中に消えた。
「待ってくれっ!
どこまでできるかわからないがおれも助太刀する!」
あとからヴァスコが同じ場所に向かい、その場にいるのはイサーシュとトナシェだけになった。
トナシェは思わずイサーシュのほうを見る。
顔のあちこちが青く膨れ上がっている。
「その顔、ひどい。そんな状態でまともに戦えるんですか?」
「いいや。だからお前の手を借りる。
子供の助けを借りるなんて恥ずかしいことだが、いまは仕方ない」
「いいえ、わたしも立派に戦います!
2人で敵の副官を倒しましょう!」
そう言ってトナシェも前に向き直ると、カプリオンはこちらのほうをじっとにらみつけた。
「ほう? ケガ人と子供でこのワタシに立ち向かうと?
深海魔団もずいぶん甘く見られたものだ」
カプリオンは前足をあげると、すばやく巨大角を振りまわし、その切っ先を片方ずつ2人に向けた。
「いいだろうっ!
魔導師のほうを中に入れさせたこと、じっくり後悔させてやるっ!」
コシンジュは海賊船の甲板に上がると、あまりに凄惨な光景にがく然とした。
船員たちはいくらか残っていたが、後は血まみれになってその場に転がっている。
「クソッ! なんてこった!
勇者に手を出したら魔物まで付いて来やがった! なんて運の悪いこった!」
船長は青白い顔で船尾に立つ人影を指差す。
コシンジュはそれに目を向けると、全身を真っ青にした美しい女性が立っている。
「また女魔物か。正直やりづらいったらないぜ」
しかしコシンジュの余裕もそこまでだった。
女魔物の背中から無数の触手が飛び出し、その先から水の渦巻きのようなものが浮かび上がる。
水の渦巻きは勢いよく発射され、その先にいた海賊たちに襲いかかる。
何人かは手に持ったサーベルで防いだが、1人がはじききれず全身から血を噴き出してその場に倒れた。
「く、クソっ!
ひるむなっ! 早く奴をやるんだ!」
しかし誰も動かない。恐ろしい力を持った魔物の前に海賊たちはただただ立ち尽くすことしかできないでいる。
それをいいことに女魔物は自ら海賊たちに近寄っていき、背中の触手から出る渦巻きをたたきつける。
放った状態でも防ぎきるのがやっとなのに、それを直接見舞われてはひとたまりもない。
1人が無残な最期をとげたところで、別の1人を攻撃しようとしたところでコシンジュは前に出た。
「やめろっ!」
渦巻きを棍棒で弾き、先端がむき出しになったのを見た女魔物はひょいっ、と後ろに下がる。
顔には怪しい笑みを浮かべて低く笑う。
「やっと出てきたわね勇者の小僧。
だけど1人なのね。そんなんではこの深海魔団の長スキーラを倒すことはできないわよ」
「親玉が出てきたか。だけど1人じゃねえ!」
するとコシンジュは後ろに向かって呼びかけた。
「おい海賊たち! お前らも手伝えっ!
それでおれたちを襲った件はチャラにしてやる!」
しかし海賊たちはみなおびえている。船長が叫んだ。
「ご、ごめんだっ!
そんな化け物に立ち向かったら確実にやられる! お前1人でやれっ!」
コシンジュは舌打ちして相手に向き直った。
スキーラはくちびるを吊りあげる。
「あら、協力は失敗ね。なら心置きなくやれるわ」
すると女魔物は背中の触手を広げ、その先の渦巻きをコシンジュに突きつけた。
「アタシには10本の腕がある。
すべてよけきれるかしら」
「やれるもんならやってみろっ!」
するとそれを見ていた海賊たちが、及び腰ながらも逃げ出そうとした。
ところが突然破裂音がひびいたと思うと、船長がすっとんきょうな声をあげた。
「出口がっ! 板橋が破壊されたっっ!」
コシンジュは顔をしかめた。
スキーラとは別の敵がどこかに潜んでいるらしい。
海賊たちが立ち往生しているあいだに、スキーラが仕掛けた。
矢継ぎ早に繰り出される触手の渦巻きを、コシンジュは棍棒で幾度となくはじく。
「ちっ! ガキのくせにキレイにかわしやがってっ!」
「こっちだってシロートじゃねえんだよっ!
お前みてえな奴の動きなんかお見通しだぜっ!」
「だったらこれはどうっ!?」
スキーラは2本同時になぎ払った。
コシンジュはジャンプし、1本だけをはじいても2つとも回避する。
今度は縦に2本。コシンジュは棍棒を全く使わず身体を真横にしてかわす。
突きが3本。身を伏せて下の1本を真横に払う。
「くそっ! ちょこまかとっ!」
立ち上がったコシンジュは顔をしかめるスキーラに吐き捨てる。
「武器を大量に持ってたらこうやってしのぐしかねえだろっ!」
攻め手を欠いたスキーラは後ずさりすると、ピョンと飛び跳ねて船首に立った。
「くそっ! やはりラチが明かないわね!
やっぱり奴らの手を借りるしかないかっ!」
するとスキーラは指をかんでピーッ! と鳴らすと、そこからも飛び跳ねて海の中に消えていく。
いったんあたりが静かになった。
コシンジュは海賊たちとともに、あたりをじっくりと見回す。
棍棒をにぎる手に力を込める。新手の敵に備えて。
咆哮。
そのあまりの大きさに思わず上を見上げると、船の下から大量のしぶきが現れ、その中につつまれた影が次第に姿を現す。
どこか見覚えのある造形に、コシンジュは顔をしかめた。
「わあぁ~、こりゃ、ドラゴンじゃねぇか~……」
現れた首の長い青白いトカゲに少々おぼつかなくなっていると、背後からも気配がした。
後ろを見ると、より近い位置で巨大トカゲが現れた。
これにはさすがに飛び跳ねるコシンジュ。同時にマドラゴーラの花びらが飛び出す。
「コシンジュさんっ! こ、こいつら、『シーサーペント』ですよっ!」
「ええと、ドラゴンの一種だっけ?」
あきれかえるコシンジュに、マドラゴーラは必死で呼びかける。
「水属性の竜ですっ!
水を無尽蔵に吐き出す竜ですよ! 動きも素早いので気をつけてっ!」
とたんに前方の竜が水を吐き出した。
コシンジュが棍棒の先を突きつけると、激しい水流は円錐状に広がる。
おかげでまわりは見えない。
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
そのため海賊たちが悲鳴をあげていても、その様子を捕えることはできない。
あくまで水噴射なので即死はしないだろうが、激しく水に打たれ続ければ当然命はない。
すると、突然水噴射が止んだ。あたりを確かめる。
海賊たちはもう1匹の水噴射を受け、七転八倒している。
このままではまずい。コシンジュがそちらに向かおうとすると、うしろのサーペントが大声をあげた。
大口を開けてコシンジュにかみつこうかと思いきや、いきなり目の前の船べりをかみくだき始めた。
不審がっていると、うしろの水流がこちらに向かってきた。
あわててよけようとするが、床はすっかり水浸しになっているのでつい足を滑らせてしまった。
そこへもう一体の水噴射が迫る。
コシンジュは棍棒で防御するが、ズルズルと後ろに引きずられてとうとう手すりのところまで背中をぶつけられた。
すると上から巨大な影が迫る。まるまると飲み込もうとしているらしい。
足に牙が刺さりそうになったのであわてて引っ込め、頭上が口内におおわれたところで棍棒を突き立てると、甲高い悲鳴があがり視界が開かれる。
正面のサーペントは水噴射をやめて船べりの手すりをガリガリとかみくだいていた。
やがて人がもたれることができそうな手すりがなくなると、うしろにいたサーペントは痛みが残っているのかガウガウ言いながら再び水噴射を開始する。
床に倒れたままの海賊たちはものの見事に流され、海の中へと消えていく。
そうしているうちに正面の竜がいったん顔を下に引っ込め、ふたたび首をあげるとその口には海賊の身体が加えられていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっっ!
たすけてくれぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
コシンジュは目をふさいだ。
あまり聞きたくない音声が聞こえると、海賊は悲鳴をやめた。
そっと目を開けていくとサーペントは何かを飲み込むようにノドをごくりとしていた。
ふたたび甲板に目を向けると、そこには船長が1人だけ取り残されていた。
あわてふためく彼の目の前に、サーペントの巨大な頭が近づきつつある。
「どけぇっっ!」
コシンジュが走りぬけて棍棒をふるうと、お見通しだったのかサーペントはヒョイとさけた。
そのあいだにコシンジュは船長の腕を取る。
「立てっ! 死にたくなかったらついてこいっ!」
船長はさすがに観念したのかおとなしく立つと、コシンジュはあたりを見回す。
板橋は壊れたのでそこからは出られない。水の中に飛び込めば自分は大丈夫だが船長が危ないからだ。
だとしたら道は1つしかない。
コシンジュは船長の腕を強引に引っ張り、奥にある階下への入口へと向かった。
トナシェに向かって水の刃がなぎ払われる。
彼女の眼前に岩が持ち上げられるが、その一撃で岩が叩きこわされてしまい、その勢いで小さな少女は地面にたたきつけられる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
そこへカプリオンはこめかみからのびる刃を縦にし、トナシェに向かって真っすぐ叩きつけようとした。
すかさずイサーシュが飛び込み、光る剣を押し当ててはじき返す。
巨大な角は魔法剣の一撃でただの水として飛び散るが、少し持ち上げると元に戻っている。
イサーシュに向かって状態上体を持ち上げたトナシェが問いかける。
「なんでっ!? 水属性なのになんで岩が破壊されたのっ!?」
カプリオンは馬の顔をしているにもかかわらず、はっきりと不敵な笑みを浮かべた。
「手下たちの攻撃はお前らの反撃で簡単にはじかれる。
しかしワタシの角は何度でも再生するうえ、非常に高度な魔法だ。
たかが岩1つ持ち上げたところで、何度も打ちつけられれば耐久力がもたない。つまりはそういうことだ」
そしてカプリオンは攻撃を再開する。
イサーシュはトナシェをかばいながら2つの武器をかわさなければならない。
さらには満身創痍であるため非常に苦しい顔になる。
それでいてなお、次々と繰り出される攻撃をきれいにはじくのはさすがである。
水の刃は時としてトナシェを狙う。イサーシュは振り向いてその攻撃を防ぐ。
そのスキをつくようにもう1つがまわりこむようにしてイサーシュの背後を狙うが、そちらに目を向けることもせずに剣を後ろに構えてはじき返した。
カプリオンは吐き捨てるように告げた。
「フンッ! よくぞかわしたな! さすがは勇者以上の技量の持ち主だけはある。
しかし傷ついた今のお前では長くはもつまい!」
カプリオンは攻撃を続ける。鋭い切っ先でイサーシュの胴を狙う。
剣士は武器で身を固めながらさっとかわす。
魔法剣で一部を破壊されながらも角は奥へと持っていかれ、鉤のような部分を後ろから引き戻す。
イサーシュは剣を払い向かってくる部位を丸ごと斬りはらった。
そのあとに真上からもう一対の角が向かってくる。イサーシュは上に向かって思い切り剣をつき立てた。
2つに割れた角は、手前のほうがただの水のかたまりとなってトナシェの真横に叩きつけられる。彼女の白いローブが少しばかり水をかぶった。
「トナシェッ! 後ろに下がれっ!
いまのままでは足手まといだっ!」
「ダメですっ! イサーシュさんから離れたらわたしが集中的に狙われます!」
「いいから言うことを聞けっ! 俺の腕を信用しろっ!」
顔に不安を浮かべながらもトナシェは立ち上がり、こちらに振り返りながらその場をかけだそうとする。
「なにをバカなことを考えているっ!」
すかさずカプリオンが巨大角を突きつけた。
イサーシュはまっすぐ伸びようとする上部分に向かって剣を突き刺した。
角はすぐには断ち切られず、少し弾力のある感触を残しつつ2つに割れた。
イサーシュは頭の中で引っかかったことを確信へと変えた。
トナシェが十分な距離を取ったところを見ると、イサーシュは剣の切っ先をカプリオンに向けて言い放つ。
「どうした? 彼女を追わないのか? それとも追えないのか?」
カプリオンはまっすぐイサーシュを見据える。
「なるほど、お前にはお見通しというわけだな。
その通りだ。この角を再生させるには、ワタシは足もとから常に海水をくみ上げ続けなければならん。
もし大地に降り立てば、この角の形を保ち続けることは不可能だからな」
しかしカプリオンは2つの角を勢い良く持ち上げた。
「しかし問題ないっ!
この激しい攻撃のなか、お前は逃げることができんのだからな!」
そこから先ほどとは比べ物にならないほどの強烈な連続攻撃が繰り出される。
打って変わって技巧をこらしたものではないが、あまりの勢いにイサーシュの両腕はしびれ始め、足元はおぼつかなくなってとうとうヒザをついてしまう。
「これで終わりだっ!」
カプリオンはもう一度大きく角を持ち上げ、立ち上がれないイサーシュに向かって叩きつけようとした。
トナシェが名前を叫ぶなか、イサーシュは一瞬気合を入れたような顔つきになると、真横に転がって渾身の一撃をかわす。
「こしゃくなっ!」
カプリオンはすぐに角を持ち上げてもう一方を横に払う。
ほとんど時間がかけられなかったのでトナシェは絶望的な顔で口を押さえる。
しかし、そこにイサーシュの無残な姿はない。
空を切っただけだということに気づいたカプリオンはどこに行ったのかわからず、思わず角のサイズを縮めた。
イサーシュは上にいた。
敵の角に真横に剣を突き刺し、その形が崩壊する前に角の上に手をかけてしがみついていた。
その影に気づいたカプリオンは頭を向け目を見開くが、その時にはすでにイサーシュがよじ登って上から飛びかかったところだった。
真っすぐ剣を払ったイサーシュはカプリオンの馬の頭部をたたき割った。
「ケイバァッッッッッ!」
アゴを引っ込めるように頭を押し下げたカプリオンは、そのまま頭から水の中に沈み込んだ。
同時にイサーシュもボチャンと海水に消える。
「イサーシュさんっっ!」
あわててトナシェは波打ち際にかけつける。
海の中に飛び込む前に、海面から勢い良く光る剣を持った腕が突き出した。
ぎこちない泳ぎでイサーシュは岸につくと、力なくその場に倒れ込んだ。
軽い波に打ちつけられる彼をトナシェは引っ張り上げようとするが、うまくいかない。
「トナシェッ! イサーシュッ!」
2人は声がする方を向くと、マジェラン号の入り口からロヒインが出てきた。
その後ろからメウノが飛び出してきて、すぐにイサーシュのもとへ駆けつける。
トナシェと2人で彼を引き上げると、メウノはあおむけにして顔色をうかがう。
「ひどい。相当な拷問を受けたんですね。
すぐに治療します!」
ロヒインの後ろからはヴァスコに続いてマジェラン号の乗組員がぞろぞろと出てきて、イサーシュの様子をうかがう。
「……カプリオンッッッ!」
メウノ達は振り向いた。
海面の上に、力なくうなだれた魚馬を抱きかかえた青白い女がいる。
動かなくなったカプリオンを数回ゆさぶっていると、勢いよくこちら側をにらみつけた。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
女魔物は背中から触手を伸ばし、そこから水でできた渦巻きを発生させて、こちらに飛ばした。
「危ないっっ!」
メウノはふところからダガーを取り出し、薄いピンクのバリアを発生させてそれを防いだ。
そしてもう一度ふところに手を入れると小さなナイフを投げつけた。
女魔物はそれをかわしきれず肩に突き刺さってしまい、痛みをこらえるような表情でそれを引き抜く。
「おのれっ! もう味方は頼ってられない!
こうなったらアタシの真の力でここにいる全員をたたきつぶしてやるぅっっっ!」
そう言うと女魔物はカプリオンの遺体を抱えたまま真後ろへスライドしていき、海の中へと消えていった。
ロヒインはその場にいる全員に呼び掛けた。
「おそらく奴は水属性の大将!
あれが本気を出す前にみんなは避難をっ!」
言われヴァスコは乗組員たちに指示を飛ばす。
メウノはトナシェとともにイサーシュを引きずって運ぼうとするが、すぐに船員たちが肩代わりする。
「トナシェッ! 君はわたしと残って奴に対処するよっ!
ところでコシンジュはどこっ!?」
イサーシュから離れたトナシェは海賊船を指差す。
船は海面から長い首を伸ばす2体のドラゴンにあちこちを噛み砕かれている。
「あれはシーサーペント! くっ、コシンジュは新手の敵でいそがしい。
仕方ない、大将はわたしたち2人だけでやるしかないよ!」
ロヒインはそう言いながら自分の後ろを指差す。
「わたしはバリアを張るっ!
トナシェは後ろについて地の大魔法の準備をっ!」
トナシェが言われるようにすると、2人して呪文を唱え始めた。
そして前方に目をこらす。
前方の入江から差し込む光が、少しずつ暗くなっていく。
明かりの下の方から何かが盛り上がるようにうごめいていき、大きな波を打ちあげながら何かが持ち上がってきた。
激しいしぶきをあげ、無数の巨大な触手が飛び出した。
それにつられて波は大きくなり、両側の大型船がぐらぐらとゆれている。
無数の触手の真下から巨大な黒い影が現れ、完全に入り江の光をおおい隠してしまった。
それを見たロヒインとトナシェは思わず口ごもりそうになる。
彼らの眼前に、あまりにも巨大な人の顔が現れたのだ。
現れたスキーラの巨大な頭は頭から首の下にかけて、数えきれないほどの触手に覆われ、怒りの形相で咆哮をあげた。
そのあまりのけたたましさに、2人は耳を押さえたくなるのを懸命にこらえる。
「よくもこのアタシの真の姿をさらけ出させたなっ!
こうなった以上、お前らは確実に命がなくなると思えっ!
海底魔団長スキーラの真骨頂を、見せてやるぅっ!」
すると全身の触手がこちらを向いた。
そのうちの2つは先細っておらず、目がついていないサーペントの頭のようにも見える。
それらのいくつかから青白い球体が生まれ、こちらへと放たれて来る。
「『オーラバリアー』ッッ!」
ロヒインが告げると、自分とトナシェを含んだ周囲に半透明の球体が生み出された。
それに当たった巨大な水砲は激しいしぶきをあげて飛び散る。
しかしそのたびにバリアーはゆらゆらとゆらめき、ロヒインは苦しげな表情になる。
「ぐっ! 勢いが強いっ!
トナシェッ、はやくっっ!」
「『ロックストーム』ッッッ!」
トナシェが告げた瞬間、彼女の後ろにあるガケの中から無数の岩石が持ち上げられ、勢いよく巨大スキーラのほうへと向かっていく。
相手が放った水球をも弾き飛ばし、触手や顔にぶち当たった。
「ぐおぉぉぉぉぉぉっっ!
いてぇっ、いてぇぇぇぇっっっ!」
顔をしかめそむけるスキーラ。さすがは大魔法だけあって効果はあるようだ。
しかし、そこでトナシェが両手を地面に着いた。
「トナシェッッ! 大丈夫なのっ!?」
ロヒインは前方に杖を構えながらも後ろにふりむく。
少女は力ない表情で首を振った。
「ダメです。わたしの魔力ではこれ以上出せません。
あれを使いましょう」
「破壊神か。たしかにいいかもしれない。
敵ははるか前方だからね」
ところが、様子を察したのか巨大スキーラがあらぬ方向に目を向けた。
2体のサーペントがおそいかかっている海賊船である。スキーラがそちらの方向に向かうと、激しい波しぶきがあがる。
「どけぇぇっっ! お前らいつまでかかってやがるっ!
そいつをこっちによこせっ!」
スキーラが頭つきの触手でサーペントを小突くと、自身より少し小ぶりの海賊船に無数の触手をまとわりつかせた。
それを見ていたトナシェが叫ぶ。
「ああっ!
コシンジュさんを人質にとられたっ!」
それだけではなかった。スキーラは2つの頭つき触手で船体をバリバリかみくだいていく。
ロヒインはあ然とした表情で叫ぶ。
「何てこったっ! 中にいるコシンジュを救いださない限りあの巨大頭を打ち倒すことができない!
一体どうすればっっ!」




