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第22話 三つ巴の大混戦~その2~

 スライムの襲撃(しゅうげき)からまた2日がたった。

 最後の木の実を食べてからは丸1日が経っている。


 コシンジュはなんとかありあわせで釣りざおを作ろうと懸命だったが、まったく知識が足りず挫折(ざせつ)していまでは死んだように横たわるばかりだ。


「し、しっかりしてください……コシンジュさん……」


 そばに寄りそうトナシェも表情に元気がない。

 育ちざかりの彼女にとってはこれほど酷な状況はないだろう。


「う……うぅ……」


 コシンジュはうめくばかりでまったく動けないでいたが、頭の中ではしっかり考えていたことがあった。


 トナシェの母親のことである。

 もし彼女にもしものことがあったら、神殿の司祭さまはどう思うのだろうか。

 きっと娘を危険な旅に送りだしてしまったことを死ぬほど後悔(こうかい)するに違いない。それを引きずって残りの人生を送ることになる。


 コシンジュは力なくたちあがった。

 そしてヤシの木の繊維(せんい)をほぐして作った糸を手に持った。


「ど、どうしたんですか……?」


 トナシェも立ち上がろうとするが、すぐにヒザを落として両手をうしろについた。

 彼女のほうがヤバいかもしれない。


「あ、あきらめるな。あきらめるんじゃない。

 きっと何とかなる、きっと……」


 船のみんなはいまだに自分たちを必死で探しているはずだ。

 神様だって、一度は助けてくれたくせに今度は見捨てるなんてことをするはずがないだろう。

 きっと誰かが何とかしてくれる。そう必死に自分に思い込ませて、コシンジュは海岸に進み出た。


 ここにある木はヤシばかりで釣りざおをつくれる(かた)さはない。

 なので海岸に打ち上げられている流木を必死で探した。

 が、見つからない。


 コシンジュは砂の上にヒザをつき、ぼう然と海の向こうをながめた。

 案外、ダメなのかもしれない。コシンジュは死を覚悟した。

 それは今までにも何回かあったが、このように漠然(ばくぜん)と受け入れるかのように思い浮かべるのは初めてのことだ。


 しかし、まだあきらめきれなかった。

 自分たち亡きあと残されたみんなはどう思うんだろう。村の家族は、トナシェの母は、そしてイサーシュ、メウノ、そしてロヒインは……


 一番最後に浮かんできた顔がロヒインだったことに気付き、コシンジュは苦笑した。

 そしてそのまま水平線に目を向ける。

 なでるように視線を移していると、そこに何か黒い天が浮かび上がっているのが見えた。


 コシンジュはその場所に目をこらした。

 ここにはもう何日も漂流しているが、いままであんなところにモノなんてなかったぞ。


 きっと漂流物だ!

 立ち上がってさらに観察していると、どうやら小さな物体ではないらしい。

 どこかで見た事がある造形にコシンジュは目を丸くした。


「トナシェッ! トナシェッッッ!」


 コシンジュは急いで林の中に入り、寝そべっているトナシェを激しくゆさぶった。


「う、う~ん……どうしたんですか……?」


 起き上がったトナシェにコシンジュはすっとんきょうな声をあげる。


「トナシェッ! 船だ! 船だよっっ!

 みんなが助けに来てくれたんだっ!」


 最初はうたがうような視線だったが、コシンジュの顔色を見て何かをさとったらしい。

 すぐに立ち上がり、コシンジュとともに浜辺へとかけだした。

 黒い影はさらに大きくなり、はっきりと船の形だとわかるようになっていた。


「トナシェッ!

 なんか打ちあげろ! のろしでも花火でもなんでもいいからっっ!」


 激しく肩をゆさぶるコシンジュに、少しうっとうしそうにしながらも目をつぶり、両手を組んで呪文を唱える。


「『バーニングライト』ッッ!」


 トナシェが手をあげると、そこから強い光が解き放たれ、上空でさらに激しい光を発した。

 あまりにまぶしいので目を伏せていると、船のほうからほんのわずかにホラ貝のような音がひびいた。


「や……やったっ!

 助けだっ! あの船が助けに来るぞっっ!」


 顔をあげて喜ぶコシンジュはトナシェとともに肩を抱き合ってはしゃいだ。

 袋から飛び出したマドラゴーラもうれしさのあまりピョンピョン飛びはねている。





 それからおとなしく船の到着を待っている2人だったが、やがてコシンジュがおもむろに立ち上がり、目をこらす。


「どうしたんですか?」


 問いかけるトナシェを手で制し、コシンジュはその船の違和感を悟った。


……違う。数日まで乗っていたマジェラン号とは明らかに違う。

 別の船が助けに来たのならまだいい。だけど明らかに違うのは、その船が一般的なものと違い、かなりくたびれているということだ。

 ところどころに補修個所があり、年季が入っているどころかよくこんなんで海を渡れるものだ、と感心してしまうほどだ。


 コシンジュは船体からマスト方面に目を移す。

 風ではなく海流に乗ってきたのか、帆はすべてしまわれている。これもかなりくたびれた様子だが、

 そのてっぺんにかかげられた黒い旗を見て、コシンジュは固まってしまった。


「コシンジュさん、いったい何が?」


 トナシェもとうとう立ち上がり、近づいてくる船に視線を送る。

 しばらくして彼女の表情も固まった。


「こ、ここ、コシンジュさん、あ、あの旗って……」


 彼女もはっきりと旗を見ているはずだ。

 全体がまっ黒ななかに、白い塗料で何かが塗られている。

 バツ印の上に、人のドクロのようなマーク。


「あ、あれって、まさか、海賊(かいぞく)船……?」


 コシンジュ達は顔を合わせた。とたんに泣きそうな顔になる。

 こらえきれなくなったのか、2人はがっちりと抱き合った。


「「……もうヤダ~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!」」





 2人は小汚いみなりをした男たちに引っ張られ、甲板(かんぱん)の中央に引きずられるように連れていかれた。


 最初は抵抗しようとしたコシンジュだったが、同じ格好をしていながらヴァスコとは天と地ほどの差がある、汚い身なりの船長が(かか)えている人物を見て、おとなしくしていた。


「よう、オレ様がこの船の船長だ。

 それにしてもおどろく話だよな。お前みたいなちっせえガキが勇者だなんてよ」


 船長は羽交(はが)い絞めにするロヒインにナイフを突きつけている。


「ゴメン、2人とはぐれた翌日に捕まっちゃった。

 そのあともコシンジュを探すために魔法まで使わされて、本当にゴメン」

「あやまるなロヒイン。

 それよりお前やイサーシュがついていながらなんで捕まっちまったんだ?」


 コシンジュの問いかけに汚い船長が「ハンッ!」と言って思い切り鼻息をあらくする。


「まったくだぜっ! 特にあの剣士には苦労させられた!

 部下が何人も殺されちまったが、寄ってたかって石を投げつけてやったらなんとか捕まえられたぜ!」


 コシンジュは「くそっ!」と言って顔をしかめる。自分やトナシェがいたら結果は違っていただろうに。


「この魔導師やヴァスコのクソヤロウにもずいぶん苦労させられちまったぜ。

 おかげでこっちは子分の3分の1をやられちまった。だがそれでも……」


 船長があごをひょいと動かすと、後ろ手を取っていた子分が背中の棍棒を抜き取る。

 トナシェが「やめて!」とヒステリックな声をあげるが聞く耳があるはずもない。


 船長は子分からひょいとそれをとり上げると、美しい銀細工がほどこされた木製の棍棒をまじまじと見つめ、汚い笑みを浮かべる。


「コイツはそれを失っても有り余るほどの価値がある。

 なるほど、これが神様の力を宿した聖なる武器ってか……」


 そしてコシンジュに近寄り、棍棒の先で腹を思い切り打った。


「ぐほぉぉぉっっ!」「コシンジュッッ!」「コシンジュさんっっ!」


 ロヒインとトナシェのかけ声がひびく。

 思い切りのけぞったコシンジュは後ろの船員に無理やり立ち直らされた。


「なんでぇ。すさまじい力があると聞いちゃいたが、人間サマには反応しないのかよ。

 まあいいや、こいつがなけりゃお前もただのガキンチョ。

 お前も連れて行って他の2人と一緒に奴隷(どれい)商人に売りつけてやる」


 苦痛に顔をゆがめながらもコシンジュは考えていた。

 こいつらはオレ自身の力はナメている。オレだって数多くの化け物を退治してまわってたんだ。

 お前らみたいなチャチな海賊風情(ふぜい)になんて負けてたまるか。


「3人を牢屋に連れてけっ!

 武器さえなけりゃ監視の必要もねえ!」


 これはチャンスだ。

 そう思いながらも、コシンジュはロヒインやトナシェとともに下の扉へと連れていかれた。





「……奴らはバカだ。これでオレたちの動きを完全に封じたと思ってやがる」


 水が(したた)る牢屋のなか、コシンジュ達は念のため声を小さくして相談をする。


「まず、コシンジュがきちんとした訓練を受けた立派な戦士だということを見落としてる。

 コシンジュ、君は確かお父さんから素手(すで)での格闘(かくとう)術についてもレクチャーを受けてたんだよね」


 ロヒインにうながされ、コシンジュはしっかりとうなずく。


「もちろんだ。

 魔物相手にほとんど役に立たねえけど、ああいうろくでなし連中に対してはな。

 ムダに殺さなくても済むし」

「でも相手は大の大人です。

 念のため慎重に作戦を()っておいた方がいいかも」


 そう言うトナシェにロヒインは顔を向ける。


「奴らはトナシェが素手だと思ってる。

 キミが身につけている腕輪が立派な魔法の媒体(ばいたい)だとは思ってないみたい」

「棍棒にしか目がいってないのがラッキーだったな。

 トナシェのその腕輪だってきっと価格がつくだろうに」


 トナシェが「ああそれなら」というと、うしろを向いて手錠がついた手首を見せた。


「あれ? 腕輪、ついてない」

「魔導師さま、いいえロヒインさん、ちょっと手伝って」


 名前で呼ばれたのに気を良くしたロヒインは彼女のそばにより、ローブの下をまさぐるよう彼女にうながされる。

 ところがそこでロヒインが振り返った。


「コシンジュ、うしろを向いて」

「ああ大丈夫ですよ?

 わたしの下着姿なんて漂流生活ですっかり見慣れてますから」


 それを聞いた瞬間ロヒインは信じられないという顔をコシンジュに向けた。


「ちがうっ! ちがうちがうよっ!

 あまりに暑かったから2人とも服を脱いだだけだよっ!

 そのうち抵抗感もなくなって平然と見られるようになったって!」

「だとしても言語道断(ごんごどうだん)っ!

 いたいけな少女のあらわな姿を見るなんて絶対許せないっ!」

「バカッ! ()るなっ!

 だいたいオレが本気でコーフンしてたと思うのかっ!? いやまったくなかったとは言えないけど、どっちかっていうとオレ年上が好みだってっ!

 あれ? なんでトナシェ怒ってる?」


 気を取り直し、作戦の続きを練る。


「トナシェ、それにしてもうまく隠したな」

「海賊船だとわかっていれば、いちおう貴金属のたぐいなんでローブの中に隠しておけると思ってたんです。

 とっさにちょうつがいを外してローブのベルトの上に入れておきました」

「でかしたトナシェ、これで魔法が使用できるな。

 見張りが来たらさっそく撃退(げきたい)しよう」

「待って、ちょっと考えておきたいことがある」


 ロヒインがコシンジュの発言を制すると、顔を近づけて2人を交互に見やった。


「まだここは抜け出さないほうがいい。

 この船は奴らのアジトに向かってる」

「みんなが捕まってるってことか?」

「もしもの時の保険のためにね。

 イサーシュやヴァスコさんも多分一緒だよ」


 ここでトナシェが軽く手をあげる。


「待ってください。それじゃどうやってここを抜けだすんです?

 もしわれわれがここにいないと知れたら、彼らの身が危ない」


 ロヒインは神妙にうなずいた。


「そのことだよ。だからうまくやらないといけない」

「そうか、だとしたらどうやって海賊たちを片づける?

 ロヒイン、お前ならいい作戦を思いつけるか?」

「いいコシンジュ? この作戦はタイミングが重要だよ。

 奴らがわたしたちの動きに気づく前に、先にみんなを助けださなくちゃいけない。

 いかにして相手を出し抜くか、それが最大の勝負になるよ」

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