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第21話 大海の大魔獣~その2~

 コシンジュとイサーシュが振りきった模擬剣が、2人の真ん中でかち合う。


 たがいに顔をしかめながら、両腕をふるわせてつばぜり合いを続ける。

 そして震えが大きくなった瞬間、2人は同時に後ろに飛び跳ねて距離を取った。


 イサーシュは少し首を振った。

 コシンジュがたびかさなる手合わせに慣れたらしく、急激な追いつきに苦しんでいるようだった。

 コシンジュはニヤリとする。


 今度はコシンジュのほうが先に動いた。

 イサーシュは思わぬ不意打ちに目を見開くが、それでも素早い動きでこちらの動きを制した。

 コシンジュの剣を大きく払うが、バランスをくずしそうになったコシンジュはあえて足をあげてイサーシュの胸にけりを入れる。


「ぐうぅっっ!」


 相手は2,3歩下がってのけぞるものの、コシンジュも体勢を直せずにその場に倒れ込んでしまった。

 あわてて転がって姿勢を直すが、そのあいだにイサーシュの影が飛びこむ。


 コシンジュはここで思い切って前に突進した。

 上体を低くしてふところに入り込み、上に向かって剣を思いきり払った。


「ぐおぉぉぉぉっっ!」


 模擬剣は革でなめしてあるとはいえ、強烈な一撃をくらったイサーシュ。

 そのまま剣を落として腹を抱えヒザをついた。

 コシンジュは振り返って信じられないという顔をしていたが、やがてその表情が柔らかいものに変わっていく。


「……よっしゃぁぁぁぁぁっっ!

 ついにイサーシュから1本とったぞぉっっっ!」


 とたん、周囲から歓声(かんせい)が上がる。

 この時を待ちわびていた周囲の船員たちが喜びのあまり大騒(おおさわ)ぎしだした。

 その大音量に混じって、イサーシュがうずくまったまま床をどんどん叩いた。


「ああっ! くそっ! いてえじゃねえかっ!

 コシンジュ、全力だしやがって! いててててて……」


 コシンジュは「ほら」と言ってイサーシュに手を伸ばすと、相手は顔をしかめながらもその手をギュッとつかんだ。


「1本取ったくらいで調子に乗るなよ。乗船してからお前は51試合中1回しか勝ってない。

 それだけでこの俺に追いついただなんて思わないことだ」


 立ち上がりつつまずい表情をしているのは、決して痛みのせいだけではないだろう。

 予想外のコシンジュの成長に内心あせっているのかもしれない。


「悪いがしばらく中止だ。

 この調子じゃあ次の試合をやっても全力を出せないからな」

「ゴメン、やりすぎた。あんましムチャすんなよ」


 コシンジュはイサーシュの背中をポンポン叩くと、近寄ってきたほかの船員に任せてその場を離れた。

 持ち場に戻ろうとする他の船員たちに混じって、模擬剣を回収していた1人に話しかけられる。


「よかった。今回は模擬剣を海の中に飛ばされなくて。

 けっこう値段するし数も少なくなってるから本当に気をつけろよ」


 コシンジュは恐縮(きょうしゅく)して自分の頭をなで続けていると、そのまま船尾のほうに向かった。


 船尾の高台にある船べりで、突然鋭い音がひびいた。

 それとともに船の外に向かって激しい光が放たれる。


「う~ん、光を使った魔術って、他のものよりむずかしいですよね。

 なんだかうまく扱える気がしない」


 トナシェが複雑な顔をしながら媒体である金のブレスレッドをながめていると、そばにいたロヒインが皮肉な笑みを浮かべている。


「そりゃそうだよ。光の魔術は天界の力。本来は神々の領分だよ?

 一般的な無属性や地水火風(ちすいかふう)と違って、もっとも(くらい)の高い魔術とされてるんだ。

 早々簡単に扱えるはずがない」

「そう言えば闇の魔術、というものもありますよね。

 神殿では名前を聞くくらいで全く見たことないんですけど、それに関しては教えてもらえないんですか?」

「ああ、あれね? やめておいた方がいい。

 闇の魔術っていうのは呪いの力だから、扱うには相当のリスクがともなう。

 よほどの覚悟がない限り使ってもしょうがないから、トナシェにはまだ早いよ。

 というよりわたしもできることなら使いたくないな」


 トナシェがうなずいたタイミングを見計らってコシンジュは声をかけた。


「おおやってるじゃねえか。

 どうだよ、トナシェちゃんの成長具合は」


 トナシェが「あ、勇者さま」と振り返ったのに続いて、ロヒインもニッコリする。


「少々物覚えが早すぎるかな。あまりに歯ごたえがなさすぎるんでちょっとつまらないかも。

 まあはじめての指導にはぴったりなんだけど」

「そんなこと言わないでくださいよ魔導師さま。

 こっちはついて行くだけで精一杯なんですから」

 ロヒインは「あははは、そう?」と言って笑っている。コシンジュは首をひねった。

 トナシェはロヒインの隠された一面を見てヘンタイ呼ばわりすらしたのに、いまではなぜか異常なくらいなついている。いったいどういうことなんだろう。


「どうしたのコシンジュ、そんなまじめな顔して」


 ロヒインがまじまじとこちらを見つめていることに気付き、コシンジュはそばに寄った。


「いやあ、ロヒインさんも先生役がすっかり板についてきたなと思って」

「あはは、そうかな?

 こっちも何をどこから教えればいいのか手探りの状態で、まだまだって感じするけど」


 そしてコシンジュはおもむろに肩に手を置いて、不敵な笑みを浮かべた。


「今後もその調子でご指導たのんますよ。

 ロヒインセンセ?」

「……センセっていう表現は正しいかもしれないけど、ここぞとばかりにやらしい感じで言うのはやめてくれないかな。

 あとひょっとしてこれを機にセンセ呼ばわりするつもりでしょ」

「あははは。じゃあ魔導師さま、わたしはこれで失礼します」


 トナシェが唐突(とうとつ)にペコリとするのでコシンジュは困った顔を浮かべた。


「あれ? もうこれで終わりなのかよ。

 せっかくなんだからもっと魔法見学させてくれよ」

「バカ。いつまた魔物がやってくるかもしれないのに魔力やたらと消耗(しょうもう)してどうすんの。

 だいいち魔術っていうのは座学が基本。魔術に関するぼうだいな予備知識を叩き込んで、呪文を暗記していつでも使えるようにしておくのが第一なんだよ。

 実戦は最後の最後」

「ふーん、魔術の世界って意外とジミなんだな。

 トナシェ、退屈かもしれないけどがんばれよ」


 トナシェは「ありがとうございます」と言ってもう一度ペコリとすると、パタパタとコシンジュ達から離れていった。

 コシンジュは口に手を当てて声を大きくする。


「危ないから走んなよ!

 ったく。あいつ見てるとなんだか危なっかしくてしょうがねえな」

「でも、トナシェも変わりましたよね。

 旅のあいだにいろいろ見てきたからでしょうか」

「ヴィーシャやムッツェリがけっこうガンコだったのに比べると、若干急激だよな。

 あれとただの世間知らずってやっぱり違うのか?」


 コシンジュがアゴに手を触れてぼう然と見上げると、太陽が雲に隠れた。あれ? さっきまで雲ひとつない青空じゃなかったっけ?


「う~ん、マルフィの村では相当まずい顔してたからね。

 あれがきっかけで、彼女も自分の性格を見直したんじゃない?

 他にもいろいろあったし」

「そっか。

 それにしても、あの村のお母さんには相当まずいことをしちゃったよな」

「またそんな暗い顔しちゃって、コシンジュのせいじゃないってば。

 まあ、気持ちはわかるけどね」


 そしてロヒインは操舵輪(そうだりん)に陣取る1人をはじめとする船員たちに目を向ける。


「今までは運よく被害が出てないけれど、あの人たちにもあまりひどい目にあわせたくないな。

 命がけで航海に出てる以上、こちらとしても一生懸命(けんめい)がんばらなくっちゃ」


 するとコシンジュは目を閉じて、顔を上にあげた。


「はぁ。あんまり考えないようにしてたけど、ここ海の上なんだよな。

 この船に万が一のことがあったら、船のみんなどころか全員危ないんだよな」

「そうだね。

 特にトナシェちゃんは送りだしてくれた母上さまのこともあるし、特に気をつけておかないと……」


 そう言って2人して空を見上げた時、ようやく異変に気づいた。


「……ねえコシンジュ。

 さっきは真っ青だった空が、急に雲が増えてない?」

「増えすぎだ。しかも勢いよすぎ」


 操舵輪を操る船員も異常に気付き空を見上げ、コシンジュ達はかけつけて声をかける。


「この雲行き、怪しすぎる。

 すぐに船長に連絡を」


 振り返った船員は眉間(みけん)にシワを寄せてうなずく。


「わかった。

 おいっ! 誰か船長呼んでこいっっ!」


 ヴァスコを待っているあいだにも、雲行きはどんどん怪しくなってくる。

 コシンジュ達の不安は表情にろこつに表れていった。


「どうしたっ! 魔物が現れたのかっ!?」


 床の扉を勢い良く開けて、大男が姿を現す。


「確定はできません。ですが空を見てください」


 ロヒインは空に指を向けた。

 あり得ないくらいのくもり空になっていくのを見て、ヴァスコはすっとんきょうな声をあげた。


「なんだこのデタラメな天気はっ!?

 魔法羅針盤(らしんばん)まで使って確かめたのに、なんで急激にここまで荒れるんだぁ!?」

「ロヒイン、いくらなんでもおかしくないか?

 魔物が魔法を使うにしろ、ここまで天候(てんこう)を操るなんて、いったいどんだけの魔力を使えばこんなバカでかい大魔法を発動できんだよ!?」


 とうとう風まで吹きだした。そこへコシンジュの腰の袋が動き出す。


「うおおおおお、なんてこった。

 とうとう『ヤツ』が動き出したか……」

「おうマドラゴーラか。

 今度の魔物はいったいどういう奴だ?」


 ヴァスコの呼びかけに袋の中から現れた花びらは、勢いが強くなっていく風にしがみつきながら黒い瞳をこちらに向ける。


「確かによほどの大物魔族でも、ここまで空を操ることはできません。

 ですが例外があります。

 魔物のサイズによっては、それにつられて魔法の規模も広がってくるんです」


 コシンジュは声が少しふるえた。


「さ、サイズって、まさか、今度の魔物は相当のビックさ、サイズだなんて、いうんじゃないだろうな。

 あは、あはははは……」


 マドラゴーラはためらっていたが、やがて目を細めて神妙な声でつぶやく。


「『クラーケン』って、わかりますか?

 こっちの世界でも有名でしょ?」


 とたんにそれを聞いた全員が青ざめた。

 同時に突風が吹き始め、船体が大きくかたむく。風の中には雨まで混じり始めた。


 ヴァスコは両目を見開いたまま、うしろに振り返って声を思い切り張り上げた。


「まずいぞっっっ! こいつぁあの伝説のクラーケンの仕業(しわざ)だっ!

 マストをしまい終えたら全員大砲の準備をしろいっっっ!」


 するとコシンジュが思い切り頭を抱え出した。


「で、出たあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!

 ウワサに聞くあの巨大イカッッ! なにこのキンチョー感、あのファブニーズとかいう大ドラゴン以来なんですけどっ!」

「落ち着いてコシンジュッ!

 このマジェラン号はクラーケン襲撃(しゅうげき)も見越した巨大船、そう簡単につぶされるはずはないよ!」

「だが細心の注意をするにこしたこたぁねえっ!

 おい、舵はおれに任しとけっっ!」


 担当船員と入れ替わりヴァスコが操舵輪をにぎると、船の揺れはさらに大きくなった。


「おっさん! ロープは使わなくていいのかっ!?」

「ダメだコシンジュッ! こりゃ単なる嵐じゃねえんだ!

 イカの触手が襲ってきたらすぐにどかなきゃなんねぇっ!」

「船長っ! 遠くに異様な波の盛り上がりが見えます!

 おそらくクラーケンの奴が急速にせまっているものと!」

「よしっ! 思い切り大砲をぶちこんでやれっ!

 船のゆれっ!? 関係ねえっ!

 とにかくありったけの弾を使ってヤツが迫ってくる前にのしちまえっっ!」


 やがて大砲の爆発音が次から次に鳴りひびきだした。

 コシンジュとロヒインは耳をふさぎ、船の揺れに耐えながら操舵輪を激しく操るヴァスコの後ろを通り抜ける。


「あぶねえぞお前らっ!

 船の揺れにバランスをくずしたらあっという間に海の中にまっさかさまだっ!」


 それでも警戒して前に進むと、激しく上下する船体の向こうに、異様なまでに盛り上がっている水のかたまりが見える。

 近寄ってくる勢いがすごすぎて波の中に若干白いものが混ざっている。

 ロヒインは後ろに振り返った。


「あれが船体にぶつかったら危ないっ!

 船長、もっと攻撃を激しくするように指示をっっ!」

「あれが精いっぱいだっ!

 あとは数撃って当たるのを祈るしかねえっ!」


 巨大なかたまりに時おり白いしぶきがあがるが、それほど大きくは見えずあまり効果があるとは思えない。


「ちくしょう!

 船長、イカ野郎がどんどんこちらに迫ってまっせっっ!」


「ちょうどいいっ! 奴が近づけば近づくほどこっちの弾も当たるってもんだっ!

 遠慮(えんりょ)しないでどんどんブチ込んでやれっ! そのための軍船だっっっ!」


 言われてみれば確かに、巨大な波が近寄ってくるにつれて白いしぶきの数も増えている。

 船員たちはきちんとタイミングをはかっているらしく、船体が平行になった時に大砲を放っているようだ。


 しかし水のかたまりがどんどん目の前まで迫ってきた。ヴァスコは大声を張った。


「くそっっ! もうダメだっっ!

 全員しがみついて衝撃(しょうげき)に備えやがれっっっ!」


 ヴァスコがハンドルにしがみつき、コシンジュとロヒインがお互いに抱き合うと、船に思い切りドオォン、という衝撃が走った。

 船体が小刻みに震え、真上から大量のしぶきが叩きつけられる。

 その場にいる全員が身を縮めて痛みに耐える。


 やがてコシンジュはゆっくり目を開けると、ずぶぬれになったロヒインと、ヴァスコに目を向けた。


「思ったより弱い。大砲の効果があったのか?」


 振り返ったヴァスコは不安げな顔を浮かべる。


「多少はな。だがこれで終わりだとはとても思え……」


 さらに大きな衝撃。

 コシンジュ達は思い切り飛び上がりそうになった。


「こいつぁ……下からだっっっ!」


 とたん、船の向こう側から何かが舞い上がった。

 横に目を向けると、嵐の中黒々とした柱のようなものが浮かび上がる。

 いや、これは……


「触手だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ! 触手が来るぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!

 みんなよけろぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」 


 コシンジュの叫びで全員が顔をあげる。

 とたんに黒い柱がこちらに向かって倒れていき、手すりと床を破壊しながらコシンジュの目の前に叩きつけられる。

 それはもちろんただの柱ではなく、生々しい質感を持った吸盤つきの触手である。


 ヴァスコの姿が見えなくなるほどのあまりに太い触手は、うねうねと動きながらこちらへと向かってきた。

 コシンジュは背中の棍棒を取り出し、目前まで迫ったそれに向かって思い切りたたきつける。

 激しい閃光(せんこう)とともに触手はいきおいよく持ち上げられ、ゆったりとくねりながら船の向こうへと消えていく。


「運が良かった。

 アレが向こうに動いてたらヴァスコのほうが危なかった」


 尻をつくヴァスコを立ち上がらせるのはロヒインに任せ、コシンジュは階段から下に降りた。


 コシンジュは一瞬目を疑う。

 太いマストに、これまた太い触手がとぐろを巻いている。その中にはあろうことが船員の姿があった。

 船員は尋常じゃないくらい顔をしかめている。


「くっ、くるしいっっ! 助けて……!」


 コシンジュはすぐにそちらに向かう、床がぬれて揺れているために一瞬足をくずすが、歯を食いしばって立ち上がるとすぐに棍棒をたたきつけた。

 激しい光を発すると触手から力が抜けてとぐろを解いていき、船員が床に思い切り倒れ込んだ。


 コシンジュが「大丈夫かっ!」と言って船員を起こすと、相手は気丈にこちらの腕をたたいた。


「ありがとよ。

 それにしてもなんて力だ、あの化け物をいとも簡単にぶちのめすなんて……」

「わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!

 助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 2人が上空を見上げると、よりによって別の船乗りが巨大な触手に捕まえられ持ち上げられていた。

 コシンジュは声を大にして叫ぶ。


「何てこったっ! あんな高い場所にいたら助けられないっ!」


 それでも何とかしようとあたりを見回すと、助けた船員が肩に手をかけた。


「ありゃムリだっ!

 触手を片づけても奴は海の中にまっさかさまだ! この波じゃ泳げないぞっ!」

「くそっ! どうしたらっっ!」


 その時、うしろのほうで轟音(ごうおん)がひびいた。

 見ると触手のひとつが大きく持ち上げられて青い血吹雪を舞い散らせながら海の中へと消えていく。

 運よく大砲がある位置にしがみついていたようだ。コシンジュはそれを見てはっとした。


「……思いついたことがある。

 イカの触手って一般的に何本だ?」

「大小合わせて10本だ。奴を普通のイカとみなす話だがな」

「あれでぶっ倒した触手は3本。あの人が捕まってるのは1本」


 そして周りを見回した。

 マストにしがみついたり、船体に横ばいになってる触手は現在ざっと2,3本はある。


「残り6本の触手を片づければ、残りはあの1本。

 すぐに海に消えないのを見ると、あの人は人質だ。いざという時のためのおどしに使うつもりだ」

「大丈夫なのかっ!?

 残りの触手を先に片づけておくとして、あいつは無事にこちらに戻せるのか?」


 不安そうな仲間に対し、コシンジュはほかの触手を見つめてしっかりとうなずく。


「やってみる。

 こういう状況ってのは何回か経験している」


 あ然としている乗組員をよそに、床の中からイサーシュとメウノが現れた。


「コシンジュ、大丈夫かっ!」


 イサーシュにうなずくと、今度はメウノが声をかけてきた。


「さいわいイカの触手の耐久力はそれほどではありません。

 このまま私たちの武器で攻撃を続けていけば退けられるかと」


 その時、船体が激しくゆれた。

 コシンジュ達は叫びをあげながら、手当たりしだいにつかめるものを探す。


 しかし目の前にいた船員がずるずると床に引きづられて行く。

 タイミングが悪いことに船は(かたむ)いたまま固定され、彼はそのまま手すりに背中をたたきつけられ、バウンドして外に飛びあがってしまった。


「わあぁぁぁぁぁぁっっ!」


 コシンジュは叫ぶが、乗組員はなんとか手すりにしがみつき、必死に身体を持ち上げようとする。

 しかし水でぬれているためかうまくいかない。


「た、たすけてくれぇぇぇっっ!」


 コシンジュはすぐにつかまっていた木のワクから手を離し、すべるようにして彼のもとに向かった。

 イサーシュが名前を叫ぶが気にしない。


 器用に手すりを足で踏みつけると、ヒザを曲げて船員のほうに手を伸ばした。


「つかまれっっっ!」


 顔をあげた船員はすぐに手を伸ばし、コシンジュの手をがっちりとつかむ。

 ところがそこに現れた別の触手が、よりにもよってコシンジュ達のいる場所へと叩きつけられようとしていた。

 コシンジュはあわてて棍棒をわきに抱え、あいた手で船員の腕をつかみ直す。

 そしてもとの手を棍棒に持ち替えてまっすぐ触手のほうに突きつけた。


 迫りくる巨大な肉の柱が、一瞬光を放って急速に引き返していく。

 そのあいだにふたたび棍棒をわきに抱え両手で船員の腕をとり上げた。互いの力でその身体を内側に引き寄せたとたん、船の傾きが一気に元に戻った。


 勢いで船員の身体が乗り上げ、コシンジュの身体に(おお)いかぶさる。

 強い圧力に顔をしかめていると、船員は気遣って自らどいてくれた。


「2度も助けられたな。恩に着るぜ」

「気にすんな。それより残る触手はあと5つだ」


 とたんに船が激しくゆれだした。

 床にはいつくばりながらまわりを確認すると、船の両端の触手がズルズルと動いている。


「今度は何をするつもりなんだ!?」


 念のため捕まっている船員を確認すると、触手は船の真上を通り抜けて反対側にまで伸びてしまっている。

 その時、後方で大きな怒号がひびいた。

 振り返ったとたん、コシンジュは精いっぱいの悲鳴(ひめい)を上げる。


「ひ、ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 目の前にあったのは、頭頂部に三角のトサカがついている、あまりにも巨大な物体。

 ゆったりとしたカーブを描くそれの下には、これまた巨大な真っ赤に光る目がついている。


 その両目さえさらに押し上げられ、そこから無数のキバがついた巨大な空洞(くうどう)が現れる。

 空洞はすぐに目の前にある手すりに食らいつき、その下にあるフロアごとかみくだいてしまう。

 コシンジュはすっとんきょうな叫びをあげる。


「くそぉっ! 船を直接壊しにかかりやがった!」


 ちょうどその時イサーシュが現れ、コシンジュのそでを乱暴につかんだ。


「敵の狙いは最初からこれだったんだ!

 この船さえ破壊してしまえば直接手を下す必要はないからな! コシンジュ、あいつをたたけるか!?」


 その時、超巨大円錐(えんすい)の真横から何かが現れる。

 触手のようだが、先端がゆったりとふくらんでいるようにも見える。

 その先はまっすぐコシンジュ達に向けられている。


 コシンジュは「あぶねえぇっ!」と言って助けた船員の腕を引っ張り、マストの裏に隠れた。

 とたんにすさまじい水しぶきが柱の裏に叩きつけられる。


「ったく! ただでやらせるつもりは毛頭ねえってか!

 このまま水切れを待つか!」


 すると腰の袋からマドラゴーラが飛び出してコシンジュに警告する。


「ダメです!

 あれもまたヤツの魔法の一種、海水を無尽蔵(むじんぞう)にくみ上げて延々と放射できるようにしてるんです!」

「なんだって!?

 じゃあムリに飛びだしても防御一辺倒(いっぺんとう)になっちまうじゃねえか!」


 振り返ったとたん、目の前の船員が小さな魔物を見て大目玉をくらっていることに気付き、あわててマドラゴーラを引っ込める。


「ゆうしゃさま~~~~~~~~っ!」


 トナシェの叫びだ。

 床のふたを開けてこちらをのぞき込んでいるのが見える。


「トナシェッ! 出てくるなっ!

 ここは危険だし雨が降ってるからカゼひくぞっっ!」


 大きく手を振るコシンジュだがトナシェは必死に首を振る。


「破壊神ですっ!

 コイツを片づけるには破壊神しかありませ~んっ!」


 するとメウノとともにもう1つのマストにいたイサーシュが振り返る。


「またあれに頼るのかっ!

 正直あれで死にかけるのはこりごりだっ!」

「大丈夫ですっ!

 この前のヨトゥンガルドはしばらく打ち止めですから、それよりは温厚(おんこう)な破壊神が出てきます! しばらく大丈夫で~すっ!」


 すると、彼らの向こう側を強烈な光が飛びぬけていった。

 上空まっすぐに突きぬけたそれは、巨大イカの頭に突き刺さって大きくうねる。

 バチバチと電流を走らせる光の矢、おそらくロヒインの魔法だ。


 ところが、それがかえってよくなかったらしくクラーケンは思い切り船体をゆらした。

 おかげでコシンジュ達はまったく身動きが取れなくなる。


「……わかった!

 このままじゃラチがあかない、トナシェっ、召喚(しょうかん)を頼む!」


 イサーシュに言われ、トナシェは扉のふたを完全に開けたうえで両手を組んだ。


「長き眠りにつきし破壊の神よっ!

 我が声にこたえ、その呪われし力を存分にふるえっっっ!」


 祈り続ける彼女を見つめていると、真横のほうに光のようなものが見えた。


 目を向けると、上空がきらきらと白く光っている。

 またたきはさらに強くなり、次第に何らかの形を成した。

 まるでチョウチョの羽根だ。

 そう思っていると、まるで結晶のような造形をした白いチョウチョの中央に、なにかが現れる。

 明らかに普通の胴体ではない、そう思っていると……


「ありゃま。こりゃふしぎ、普通の女の子みたいだ」


 チョウチョの中央についていたのは、全身にヒラヒラの衣装を身にまとったコシンジュと同じくらいの歳格好の少女だった。

 ただ頭には長い触角が伸びていて、全身は白く光かがやいている。

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