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第1話 旅立ちっぽい展開~その1~

 ここはとある、のどかで小さな村。

 と思ったら大間違い。

 実は大昔に、ここから伝説の勇者が旅立ったのである。

 今からおよそ数百年前、魔界からやってきた魔王軍の侵攻により地上のすべてが支配されようとしていた。

 すべての人間が奴隷(どれい)としてアゴでこき使われ、身を粉にして切羽詰(せっぱつ)まったように働かされ、せっかく汗水たらして手に入れた給料も魔物にぶんどられて1日中バカにされて過ごす羽目になるところだったのだ。


 それにいきどおった、この村に住む青年が(というよりどのみちこの村にも魔王軍が迫っていたのだが)立ち上がった。

 一応人並み以上に勇気があったので、それに感服した天界の神々が超強力な武器を与えた。

 勇者と呼ばれたその青年は、仲間たちとともに魔王の軍団をバッタバッタとなぎ倒してついに魔王をも打ち倒したのだった。


 それにしても神が複数で、対する魔王はたった1名という状況、少々不公平ではある。





 そんなことはさておき、今はもう勇者の時代からだいぶ離れており、遠い伝説の名残りに包まれるままに、とりあえず村人たちはのんきな生活を送っている。

 いや正確には異常気象にも強い豊かな水源の恩恵を受け発達した灌漑(かんがい)農業と、アイディア満載(まんさい)の農作業具により効率的に農産物を生産出来ているので、めったに貧困(ひんこん)におちいることなく村人たちは安心して日々の生活を送ることができるのである。

 もっとも現実的なことを言わせれば、最初の村で干ばつがしょっちゅう起こってしまうようなら物語のコンセプト上かなり厳しい。そういう村が出てくるのは後々になってからである。


 話がそれた。

 とりあえずこの村には一応勇者の子孫がいる(しかし数百年経っているので勇者の血もだいぶ拡散しているはずなのだが)。

 普通なら王国の姫君と結婚して王族にでもなっているのだが、関わったのが王の末娘であったことと、故郷のほうがだいぶ住みやすいということで彼女をこの村に連れて帰ったということで勇者は王族にはなっていない。

 もっとも主人公が王族という設定になると差別意識むき出しのイヤミな性格になってしまうので、これもまた本作のコンセプトから大きく逸脱(いつだつ)することになるので見送った。


 また話がそれてしまった。

 とりあえず本筋に戻ると、勇者の家系には本家というものがある(なぜかここだけ妙にリアルな設定)。

 本家とはいってもごく普通の一般家庭に見える。

 なぜかといえば、勇者の血を継いでいるせいか代々ワンパクで金づかいがそれなりに荒く、いつまでたってもお金持ちにはならないだけの話なのだが。


 いちおう名誉(めいよ)村民で広義の貴族にあたるので、他の村人たちからはそれなりの敬意を持たれてはいる。

 歴代の子孫には迷惑(めいわく)な当主もいたようだが、今の代は人当たりがいいのであまり問題視されてはいない。

 しかしいかんせん、ワンパクはワンパクなので(拡散している割には勇者の血を色濃く受け継いでいる)、父親も息子もそれなりの性格をしている。特に息子のほうは、


「ああっっ! いつになったら再び魔王軍がやってくるんだよ!

 いい加減出てこいやぁっっ!」


 こんなことをわめく始末である。ついでに父親にいたっては、


「その通りだ!

 お父さんも一応勇者の子孫だから一生懸命血の汗にじむ努力をし続けてるのに、一向に魔王軍が現れないからとうとういいトシこいたオッサンになっちゃったぞ! どうしてくれる!」


 これである。親子そろってこんなことをしょっちゅうわめかれるからたまらない。

 しかもこの父親、ヒゲをだいぶたくわえたガタイのいい体育会系なのだからなおさらである。


「ああつまんねえ! ホントつまんねえよ!」


 息子も当然ワンパクなので、本当ならあまり主人公っぽくないガキ大将のワクにおさまっているはずであった。

 ところがとある事情によりそうなってはいない。その理由は後述する。


「また昼間っからそんなことばかり言って。

 だから四六時中村人たちから変な目で見られてんのよ。一応勇者の家系だからみんな誰も言わないけど」


 母親も威勢(いせい)はいいがしっかり者で、下手すればろくでなしになりかねない家族をうまくリードして引っ張るタイプである。

 というよりこの手のオッサンは普通ドM女子をヨメにしそうなのだが、そうなると物語が暗黒面につき進みそうなのでそれはやめておく。


「だってよぉ母ちゃん!

 オレら先祖代々体を(きた)えてきたけど、全然それを使う機会がないんだぜ!?

 オレの父ちゃんがやることといったら村人とが街の人たちとか、あと城の人たちに剣術教えるぐらいしかねえんだぜ?」


 いい歳こいて幼児みたいにダダこねる息子。もう14歳にもかかわらず。もっとも14でもリアリストを標榜(ひょうぼう)する作者からすると、かなり無理な設定ではある。


「普通の仕事じゃん。いいじゃない、いつやってくるのかわからない魔王軍のために備えておくことは。

 防災というか抑止力(よくしりょく)というか。

 ていうかなにげに破たんしかねないうちの家系で、きちんとした職にありつけてるだけでもありがたく思いなさいよ。

 これでよくもったなうちの家系……」


 普通のことを言っている母親に、夫が暑苦しく(うった)えかける。


「おいおい、我ら勇者の一族は代々魔王の再来に備えてきた家柄だぞ。

 なのに数百年たってもいっこうに魔王軍はやってこない。

 そんな煮え切らない状況で、うちの代々の先祖は悶々(もんもん)としながら天寿(てんじゅ)をまっとうしてきたんだ!」

「何よそんな悪いことみたいに言って。いいじゃない、天寿。

 痛い思いをして冷たい地べたで死ぬよりはよっぽどいい死に方じゃない。

 ていうかよっぽどもくそもないし。あたしだったらそんな死に方イヤだし」


 それでも勇敢(ゆうかん)な彼女の夫はあさっての方向を向いてなげく。


「お前は先祖代々のプレッシャーを感じていないからそんなことが言えるんだ!

 よく考えてみろ、もしこの世にユーレイなんてもんがあったらみんな化けてるぞ!

 ああ、数えきれないほどのご先祖様たちが俺にとりついて新たな魔王が出来上がってしまう予感!」

「これ一応ファンタジーの設定なんだし、アンデッドの登場もあり得るんで変な想像はやめてもらえますか?」


 変なことを言う母親をしり目に、息子も頭を抱え始めた。


「ああ、ひょっとして魔王軍ってもうこっちの世界に攻めてきたりしないのかも……」

「バカなこと言うな息子よっっ!」


 わざとらしいくらい暑苦しい口調でがっちりと息子の両肩をつかむ。


「知っているだろう!

 魔王は死に際に、『我が後継者が必ず復讐(ふくしゅう)を果たす』と言い残したことを!

 いいか、必ず魔王軍はやってくる! その時のために一生懸命腕をみがいておくんだ!」

「お、おやじ……!」


 熱い視線をぶつけあう2人を見て母親は深いため息をついた。


「あたしわかんないわ。自ら不幸を望んだりする人の気持ちが。ヨメに来といてなんだけど」


 そして彼女は素早く父子2人に脳天チョップをくらわす。


「「いてっっっ!」」

「いつまでも三文芝居やってないで!

 パパはさっさと道場に行く! 門下生が待ってるんでしょ!?

 坊やはいいかげん寺子屋に行きなさい! 将来はパパの仕事を継ぐんでも勉強もしないといろんな人からバカにされるよ!」

「でもよお、あまりにモンモンとしすぎてこむずかしい知識なんて頭に入らねえんだよ」


 頭をすりすりしながら口答えする息子を母親はケツをひっぱたくように言う。


「言い訳はやめなさい。ただ単純に勉強が苦手なだけでしょうが」


 その時、玄関先で呼び鈴がチリンチリン、と鳴った。


「……『リカッチャ』奥さま、『チチガム』先生はいらっしゃいますか?

 お迎えに上がりました」


 若い声がドアの向こうから声をかける。

 呼ばれた両親の名前はアナグラムなのだがあまり深く考えないように。


「あら、『イサーシュ』君。勝手に上がっていいわよ」

「うげっ、わざわざ来やがったよあいつ……」


 機嫌よく答えた母親に対し、息子は非常にまずい顔つきになる。

 ちなみにドアの向こうの人物の名前もアナグラムなのだが気にしないように。


「こら、逃げんな。きちんとあいさつしてきなさい」


 そう言って母親が息子のえりを引っ張っているあいだにドアが開かれ、逆光の中その人物が部屋に入ってくる。


「おお、イサーシュか。待たせてすまなかったな」

「いえいえ、こちらこそまだ時間が早いのに出向いてしまってすみませんでした」


 長い髪を後ろで束ねた、少年と言ってもいい年頃の若者は落ち着いた雰囲気を放っている。

 しかしいかんせんしょっちゅう髪をかきあげるクセがあるのがたまに傷である。


「ああ、いたのか『コシンジュ』。

 どうだ、相変わらず身につかない剣術に精を出しているのか」

「うっ……」


 コシンジュは言われて、気まずさと不機嫌さが入り混じった顔をイサーシュに向ける。

 この背中に立派な剣を背負う若者こそ、勇者の末裔(まつえい)であるコシンジュがガキ大将として君臨(くんりん)できなかった理由である。

 コシンジュの幼なじみだが、剣士チチガムが育てた弟子の中でももっとも腕の立つ逸材中の逸材である。

 もちろんケンカの腕も強く、常にコシンジュの上に立ってきた。そのためつねにガキ大将の座を奪われ続けてきたのだ。

 コシンジュとは1つしか歳が離れていないが、王国の中でも最強の剣士と言われるほどなのだから、ついつい調子に乗ってキザな態度をとってしまうのもいたし方のないことかもしれない。


 でもやはり見ていると腹が立つ華麗なしぐさで、イサーシュは髪をかきあげる。


「ふふふ、お前はしょせん先生とは違って剣士としては三流なんだから、あきらめて地に足のついた将来を探したらどうだ」

「わたしの息子に向かって何を言う。

 たしかに剣の腕ならお前にはかなわないが、私の息子もそれなりに大した剣士に育っているぞ」

「どうでしょうねえ。なんつったって父親ですから、親目線ってものがあると思うんですよねえ。

 ここはひとつ現実的な視点で、息子さんの将来を真剣に考えたらどうですか」

「うっ……」


 物語にふさわしくないほどの正確な分析に、思わずチチガムはたじろぐ。


「ちょっとぉ……」


 見かねたリカッチャが声をかけるが、そのくせ言うことといえば……


「あたしもそれ、あるんじゃないかと思うのよ。

 あたしには剣術のことよくわからないけど、あんたが言うんなら一理あると思ってさ。

 この際コシンジュには命の危険のないまともな仕事についてもらおうと思って……」

援護(えんご)するんじゃないんかい!」


 コシンジュが間髪(かんぱつ)いれずツッコむ様な事を言う。父親も加勢する。


「よくそんなんで勇者の家にヨメにきたな!」

「ええ~、そんなのたまたま好きになった男が、たまたま勇者の家系に生まれ育ったってだけのことじゃな~い♡」


 なぜか急にヨメがデレデレしだす。父親もなぜか態度が急変する。


「お前……」


 そう言ってヨメの身体をしっかりと抱きよせた。


「そんなこと言われたら、うれしくなっちゃうじゃないか。どうだ? 今晩は思い切り楽しむか?」

「いや~ん、やめてよ子供たちの前で。それにうちもう4人も子供いるんじゃな~い♡」


 現実をシャットアウトしてイチャイチャし始める夫婦。

 言い忘れていたが勇者の家はコシンジュも含めて子供が4人もいる。

 他の子供たちがいま家にいないのは、長男と違ってみんなちゃっかりと寺子屋に通っているからである。


「ときどき思うんだが、お前の親っていつもこんな感じなのか?」


 イサーシュの問いにコシンジュはこっくりとうなずく。

 この時ばかりはライバル同士も素直に同調する。

 しかし次の瞬間コシンジュははっとして首を振り、イサーシュに向かって人差し指を突きつける。


「言っとくがなイサーシュ。

 もし魔王軍がやってきても、勇者の剣はオレのものだからな。

 そうじゃなきゃ勇者の家が存続する意味がない。絶対にお前には渡さねえぞ」


 言われたイサーシュはこっけいなほどわざとらしいしぐさで首をすくめる。


「どうだろうな。その伝説の武器とやらも、究極の剣士の腕で扱われたいに決まってるさ。

 勇者の子孫が必ずそれを手にしなきゃいけないなんて、神々は一言も言ってないだろ?

 だいたいそれはお前の祖先が勝手に決めたことだ」

「なんだとぉっ!」


 コシンジュはコシンジュでわざとらしく握った拳をかかげる。


「お前、王さまからもらった立派な剣があるじゃないか!

 そっちだって売ればプレミア価格がつくんだろ!?」

「なんだよプレミア価格って。

 まあ、俺が伝説の剣をもらったら、お前にはこいつをくれてやってもいいがな」


 そう言って背中に背負った剣にちらりと視線を送る。


「ばっかにしやがって! よし、オレも道場に行く! 久々に勝負だ!」

「はんっ! 大丈夫かお前?

 最近は面目が立たないからって家で先生に直接稽古(けいこ)をつけてもらってたのに、ほえづらかいといてみんなの前で恥かかなきゃいいがな」

「見てやがれ! 今日こそお前から1本とってやる!」


 するとイサーシュはまたしてもムカつくしぐさで髪をかきあげた。


「ふふふ、やってみろ」


 激しい火花を散らす2人をしり目に、両親はまだイチャイチャしていた。

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