血のバレンタイン
東暦2年2月14日、この日は早朝より、セレニティ帝国の宮殿内部に、臨時の作戦本部が作られていた。
その中で、左近とラニス、そしてナッシュとウォーレンと議長であるビートが地図を眺めて、作戦開始を待ちわびている頃、来客の報が5人に、もたらされたのであった。
やって来たのは、ウェンザー王国の専属勇者である、リュネ・ラヴィオ子爵であった。
5人は、ウェンザー王国の使者なので、待たせる訳にもいかず、仕方がないので、この場で会談する事にしたのである。
リュネが、案内された部屋に入ると、机に向かって、大勢の軍服姿の女性が、メモを書きながら、何やら話している、慌ただしい雰囲気に圧倒されていると、その中から左近が、リュネに話し掛けて来たのであった。
「これは、ラヴィオ子爵、お久しゅう御座いますな」
「左近衛大将殿、どうしてここに?」
「本日は、まぁ話せば長いので、その件は後で。それと私は位が上がりまして、権大納言と言う官位になっております。
今は、あの右近衛大将が、左近衛大将になっております
とにかく、こちらで、ラニス皇帝陛下とナッシュ宰相、そしてウォーレン司法長官とスターク評議会議長が御待ちです」
「分かりました」
そう言ってリュネは、左近に案内されて広い部屋の、一番奥に行くと、ラニス達は、机の上の地図を眺めていたのである。
何だ?どうして、こんな所で地図を眺めている?
確かラニスとは、前々皇帝の弟だったラニス・セレニティ公爵の事か?彼が今の皇帝だったのか。
しかし、議長とは、何なのだろうか?
そう思いながら、リュネは4人の前に行くと、跪き言ったのである。
「私、ウェンザー王国の専属勇者、リュネ・ラヴィオ子爵で御座います」
「よくぞ参られました、私はセレニティ帝国皇帝、ラニス・セレニティと申します。
こちらに居るのは、セレニティ帝国宰相のエレミア・ナッシュと司法長官のバディム・ウォーラン。
そして、こちらに居られるのは、東部連合評議会のビート・スターク議長です」
「東部連合……噂はお聞きしましたが、本当にザルツ王国と、連合を組まれたので?」
「本当も何も、このスターク議長は、ザルツ王国の辺境伯でもあります」
う、噂は本当だったのか!もしかして、ガルド神魔国も、連合に参加していると言うもの、本当なのか?
「皇帝陛下……」
「失礼します」
リュネがそう言いかけた時に、クロエがやって来たのである。
「マイスナー少佐、どうした?」
「各部隊全て配置に着きました。後は陛下の御命令で動きます」
「分かった……子爵殿、先ずはこの件が終わるまで、少し御待ち頂けますかな?」
「あ、はい」
「ありがとう。では少佐、各部隊に、作戦開始を伝えよ」
「了解しました。では、作戦開始だ!」
クロエがそう叫ぶと、一気に通信兵達は、慌ただしく動き出したのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作戦開始の命令は、宮殿入り口に待機していた、パンドラ達にも伝わった。
「姫様、作戦開始です、現在目標のヘラルド・ガストンは、北方教会ナリヤ大聖堂に居るとの事です」
「分かった。では、じい、予定通り私が大聖堂の方に行くとしよう。
じいは、事務所を頼む」
そう言ったパンドラは、戦闘用のドレスにフードを被り、面貌を装着して、顔を隠していたのであった。
「姫様、大聖堂は、大変美しい建物だと聞きます。あまり壊さぬ様に御願いしますよ」
「じいが、芸術を語るなんて……」
政長に、そう言われたパンドラは、そのフードの下から、驚いた顔で言ったのであった。
「ハハハ、この年になると、色々と分かって来るのですよ。
どうですかな、惚れ直しましたかな?」
「フッ、ぬかせ……では、全軍出陣だ!」
そう言うとパンドラ達は、宮殿を出て、各自の担当に向かったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作戦開始の命令を受けた、アミリア率いる魔女騎士団は、ヒメネスの居るキングスベリーに、一気に馬に乗って突入したのであった。
アミリア達は、ヒメネスの邸宅に行くと、門番の者に言ったのである。
「ガストン商会に、逮捕の命令が皇帝陛下、そして連合評議会より下った。
罪状は、強要罪、国家反逆罪である、大人しく従うならよし。そうで無ければ、命は無いものと心得よ!」
「何を言って……」
門番の男が言う前に、アミリアは剣を振り下ろし斬ったのであった。
そしてアミリアは、その剣をもう1人の男の目の前に突き出すと、冷酷な目で言ったのである。
「大人しく、逮捕されるか?」
その目に圧倒されたのか、男は何度も頷くと、アミリアはそのまま、ガブリエラに屋敷を包囲させて、自身は屋敷の方向に向かって行ったのであった。
アミリアは、屋敷内に扉を蹴破り中に入ると、そのまま以前通された部屋に向かった。
すると、その扉の前でジャックは、跪きこちらに居ますと、ジェスチャーをやっていたのである。
アミリアは、扉の前でジャックに、軽く頭を下げて言った。
「少佐…有り難う」
そう言ったアミリアの目には、うっすらと涙が浮かんでおり、深呼吸して扉を開けたのである。
「ヒース!」
「ようアミリア、意外と遅かったな」
そう言ったヒメネスは、全て分かっているかの様に、書類が山積みになった、自身の机に腰掛けて、言ったのであった。
「意外と?……お前、全部分かっていたのか?」
「ああ、そうだ。この書類は、ガストン商会と、北方教会の癒着の証拠になる物だ。
これがあったら、全員を有罪に出来るだろう」
そう言ったヒメネスは、アミリアに捕まえてくれと、言わんばかりに、両手を差し出したのであった。
だが、アミリアは、そのままヒメネスに無言で近付くと、そのままぶん殴ったのである。
ヒメネスは、アミリアに殴られ吹き飛ばされると、倒れたヒメネスに、アミリアは言った。
「何で、こんな事をした?何で、全てを知って、抜けなかった?」
「最初は、オジキを何とかしようと思ったのだが、ダメだった……ならば、俺はこの帝国を守る為に、こうやって証拠を集めて、お前達に渡すしか無かった。
ガストン商会は、俺の家であり、俺の家族だ……ガストン商会の後始末は、俺がつけなきゃならんのだよ」
「そんなの、分かんねえよ!」
そう言ったアミリアは、再びヒメネスを殴ろうとしたのだが、その拳をジャックが止めて、言ったのであった。
「大佐、そこまでです」
「……チッ。ジャック、ガブリエラに言って、この証拠を全部回収しろ!ヒースは私が連行する」
「承知した」
そう言ったアミリアは、ヒメネスを連行して、ジャックの空間転移で、ナリヤに向かったのであった。
―――――――――
その頃、シクサ村の北方教会には、ママ率いる黒騎士団がやって来ていたのであった。
「何で、私の所には、保科のじい様じゃ無くて、バカ虎なのかね」
「あ、酷え副長!俺だってやる時には、やる男なんスよ」
「んじゃ、そのやる男の、バカ虎様の、勇姿を見せてもらおうか。行け」
「え?行けってもしかして……」
「そうだ、お前最初に突っ込むんだよ」
「酷え!副長、鬼ッスよ!……あ、だから鬼の副長か。今、上手いこと言いましたね」
このバカ虎、相手にしてるとこっちが疲れる。
「良いから、早く行ってこい」
そう言ってママは、虎之助を蹴って、急かしたのであった。
「分かりましたって!」
そう言って虎之助は、村人や黒騎士達が注目する中で、教会の扉をノックして入ったのであった。
「あの~、すみません……」
ミサの途中だったのか、信者の村人が一斉に虎之助に注目している中で、司祭の様な男が言ったのであった。
「一体何の用だ?ここは、悪魔の使いが来る所では無い!悪魔は去れ!」
「酷え!それは差別ッスよ!」
そう言っている、虎之助の襟を引っ張り、ママが虎之助と入れ代わると、代わりに言ったのであった。
「お前に任せていたら、日がくれる。
おい、そこのお前が、ジューク・ホアキン司祭だな?
お前に、子供達の強制労働に絡む罪と、国家反逆罪の容疑がかかっている。
大人しく逮捕されるなら、何もしないが、抵抗するなら……殺すよ」
そう言ったママの目は、殺気に満ち溢れていたのであった。
「レ、レイヴン……おっほん。
すまんが、全く見に覚えの無い事ですな。変な言い掛かりは、止めていただきたい」
そう言った司祭は、気を取り直して言ったのであった。
「言い掛かりかどうかは、裁判でハッキリしな。
こっちは、証人も証拠も全て揃ってる……大人しく、連行されるんだな」
そう言ってママは、そのまま司祭の方向に向かって、歩き出したのであった。
「おい、あんた!司祭様が……ギャア!」
そう言って、ママを押さえ付けようとした男の腕が、ママの魔糸によって、斬り落とされたのである。
「私は、抵抗するなと言った、次に邪魔しようとする者は、腕じゃ無く、首が落ちるよ」
そう言ってママは、歩みを再び進めたのであった。
誰もが、ママの前に、立とうとすれば殺される、そんな恐怖に負けてか、まるで十戒の様に、ホアキン司祭までの道が出来たのである。
そして、ホアキン司祭迄もが、蛇に睨まれた蛙の様に、動けずにいたのであった。
ママは、その出来た道をゆくりと歩き、司祭の近くに行った時であった、ママの背後から、虎之助の声が聞こえたのである。
「副長!子供達を救出しました!」
その言葉を切っ掛けに、司祭は、我に返ると叫んだのであった。
「こ、コイツらは悪魔の使いじゃ!悪魔が子供を拐いに来たのじゃ!皆、悪魔を殺せ!」
そのホアキン司祭の言葉で男達は、一斉にママに飛び掛かったのだが、誰1人ママの身体に、触れる事は出来ずに、血飛沫を上げて倒れていく。
その光景に臆したのか、シスターが腰を抜かして、悲鳴をあげたのであった。
「キャアアアア!」
その声を聞いた外の村人は、一斉に教会に入って来ようとして、外は一気に混乱に陥ったのである。
「副長!村人が武器を持って、こちらに来ます!」
「邪魔する者は、殺せ!」
「了解しました!皆、これ以上来るなら、皆殺しにしろ!」
『おお!』
そう言った100名ほどの黒騎士達は、襲い掛かって来る村人を、迎え撃ったのであった。
そんな中で、逃げようとしたホアキン司祭を、ママが見逃すはずも無く、魔糸で首を絞めて言ったのである。
「動くな、動けば首が斬れるぞ!」
ママにそう言われて、身体を震わせた司祭は、立ち止まったのであった。
「確か北方教会には、亜人や獣人を滅ぼした神の為に、地上とは別の、地下の聖堂が在ったよな。
他にも地下室が在るんだろ?そこに書類等を隠しているんじゃ無いのか?」
「い、いや…そんな事……」
「あ~、喋らなくて良いぞ、頭の中に直接聞いてやる」
そう言ったママは、首筋に飛燕で傷をつけると、そこから魔糸を入れて、記憶を探ったのであった。
その光景を見た、生き残ったシスターや信者達は、首のペンダントを取り出し、ただ祈るしか出来なかったのである。
ふぅん、やっぱりガストン商会に送った、子供の書類は、地下室に置いているのか。
……そうかい、シスター達は、何も知らないんだな。
「虎!そっちは、どうなった?」
「副長!こっちは2、3人殺したら、ビビって襲って来ねえッスよ!」
「よし分かった、こっちに数名を寄越しな!証拠を抑えに行くよ!」
「承知!」
「ほら、あんた達も来るんだよ」
そう言ってママは、シスターを数名連れて、司祭と黒騎士達と祭壇の後ろに在る扉から、地下に降りて行ったのであった。
暗くジメジメとした、地下の通路を歩くママが1つの扉を蹴破ると、中には司祭の部屋なのか、豪華な調度品が置かれている部屋に入ったのである。
「…何、この部屋?」
思わずそう言ったシスターに、ママは言ったのであった。
「これが、司祭の隠し部屋だ。
どうやら、こいつは子供を売った金を、ちょろまかしていた様だね。
御丁寧に、そこに帳簿がある。見てみな」
「う、嘘だ!こんな部屋、ワシは知らんぞ!」
「あんまり煩いと、手元が狂って、首が落ちるかも知れないよ」
そう言ったママの目を見た司祭は、何も出来ずにいた。
そして部屋にある書類を見た、若いシスターは、ママの言っている事が真実だと思い、最年長のシスターを見ると、そのシスターは首を振って言ったのである。
「シスター・メアリー。信じては、いけません、これは悪魔の罠です」
「し、しかし、シスター・ベル。これの中には、ガストン商会からの手紙があります。
鉱山に送る、子供の数を増やしてくれと、ここには書かれております。
これは明らかに、この女性の言い分が、正しいと言う証拠になるのでは?」
「シスター・メアリー!信じてはいけません。これは、この悪魔達が仕組んだ事なのです!」
何だよ、こいつは……何だか無性に腹が立ってきた。
「どうでも良いが、今私達の仲間が、ここから鉱山に送られた子供達を、救出している所だ。
嘘だと思うなら、全て終わったら、送られた子供達に、直に聞いてみると良いさ。
おい、この書類を全て運び出せ」
「調度品は、どうしますか?」
「……まぁこいつが、金をちょろまかしていた、証拠になるだろう。
さて、シスター・ベルだっけか?あんた、この事を前から、感ずいていた様だね。
他にも、何かあるのかい?正直に言わなくても、直接あんたの頭に、聞くから良いけどさ……おっと、死んでも無駄だよ、私は死体からでも、情報を取り出せるんだから」
ママがそう言った時であった、ママの耳に何かが動く音が、聞こえたのである。
それは、ミーア・キャットの血を受け継ぐ、ママだからこそ、聞こえた音だったのか、他の者は、全く気が付いていない様子であった。
ママは、廊下に出て、一番奥の、赤い呪文が書かれている、白く大きな扉に意識を集中したのであった。
すると、何やらガサガサ、ギチギチと言った音がした。
何だ?虫の音に近いが、虫よりも、かなり大きい気がする。
「おい司祭、そこの扉は何だ?」
「そ、そこの扉は、地下の聖堂で、今は封鎖されております」
「封鎖?」
「はい。次期教皇と言われている、アディ枢機卿の御命令で、地下の聖堂は封印しろと」
それは、変な話だな。
北方教会は、地上の聖堂と地下の聖堂は、2つで1つのはず。その1つを封鎖なんて、普通じゃ考えられない。
それに、この音……何だか、嫌な予感がする。
「おい司祭、その扉を開けろ」
「え?いや、さすがにそれは、枢機卿の許しがなければ、出来ません!」
「ならば、私が破壊しようか?それよりは、自分で開けた方が、壊されなくて良いと、思うのがな」
ママがそう言うと、司祭は暫く考えており、ベルがそんな司祭に言ってきたのであった。
「司祭様、私と一緒に開けましょう」
「シスター・ベル……」
そう言って驚いている司祭に、ベルは小声で言ったのであった。
「司祭様、ここは地下の聖堂を開けて、中に立て籠りましょう。
おそらく枢機卿は、この事を予測して、こう言った指示を、されていたのかも知れません。
聖堂に立て籠りさえすれば、主の御加護によって、我等は助かるかも知れません」
そう言われて覚悟を決めたのか、司祭はベルと共に、扉の方向に向かって、行ったのであった。
「副長、証拠の回収は、全部終わりました。って何やっているんですか?」
そう言って不思議そうに、侍は言った。
「ご苦労。いやなに、あの扉が怪しくてな、あの二人に、開けさせているんだよ。
早く開けろ、オラ!」
「まぁ確かに、見るからに怪しいですな」
そう言って侍は、納得していたのであった。
「司祭様、もう時間稼ぎは……」
「そうだな」
ママに急かされた二人は、お互いの目を見て、覚悟を決めて同時に扉を開けたのであった。
二人が扉を開けると、地下の聖堂の内部には、大きな蟻が大量にいたのであった。
「キラーアント!くそったれが!」
キラーアントを見た、ママの行動は素早かった。
ママは、狭い通路に魔糸を、蜘蛛の巣の様に張り付けたのである。
その瞬間、キラーアント達は、司祭とベルに気が付き、驚いて動けない二人に、一斉に群がったのであった。
次々と、身体をバラバラに、されていく二人を無視して、ママは同じく驚き、動けないでいるメアリーの胸ぐらを掴んで言ったのであった。
「おいコラ、メアリーとか言ったよな!これは何だよ!」
「…そんな……嘘……分からない……」
「分からないじゃ、ねえんだよ!そこに見えているのは、ダンジョンの入り口じゃねえか!
何だよ、北方教会は、ダンジョンを育てていたのか?」
そう言ってママが指差した方向には、ダンジョンの入り口が、大きな口を開けて、いたのであった。
「本当に私は、何も知らないんです!」
思わず叫んだメアリーの声に反応してか、キラーアント達はママ達の方向に、一斉に向かって来たのであった。
「知らないじゃねえんだよ!」
「副長!」
「封印しているって……」
「副長!」
「何だよ、今こいつに聞いている……」
「それは後で!奴らこっちに向かって来てますよ!」
「チッ!さすがに、あの数じゃ、長くは持たないか…みんな撤収だ!早く逃げろ!」
そう言うとママは、混乱しているメアリーを肩に抱えて、走り出したのであった。
あーもう、クソッタレ!何で私が、こんな奴を助けているんだよ!
そう思いながらも、ママ達は急いで、地上に上がったのであった。
上がった瞬間に、扉を閉めると、息を切らせながらママは、叫んだのであった。
「通信兵!本部に連絡しろ!
教会の地下聖堂に、ダンジョン発見!既にキラーアントが溢れている、このままじゃ、長くもたない。
至急援軍を送れと!
早くしろ!」
「は、はい!」
そう言って通信兵が、連絡すると、虎之助がやって来たのである。
「副長!村人達が、司祭を返せ、会わせろと騒いでいます。
要求が聞き入れられないと、最後の1人まで戦うと言っていますが、どうしましょう?」
ええい、次から次へと厄介な……そうだ。
「虎、村人に伝えろ、司祭はこの中だ、会いに行きたければ、勝手に行けとな」
「そんな!」
思わずメアリーが叫ぶと、ママはメアリーを睨み付けながら、言ったのであった。
「助けたければ、勝手にすれば良いさ。餌になって、少しは足止めできるだろ」
ママにそう言われたメアリーは、胸のペンダントを握り締めて、入って来た村人達を、止めながら言ったのである。
「皆さん待って下さい、下にはダンジョンが出来ており、魔物が溢れております!」
その言葉を聞いた、先頭の男がメアリーの頬を叩いて、憎しみの目で言ったのであった。
「シスターでありながら、悪魔の手先になったか!
終わったら、ナリヤの大司教の所に連れて行って、魔女裁判を受けさせてやる」
そう言った男は、メアリーに唾を吐き、地下に入って行ったのであった。
「これで、分かったろ?これが、お前達の本当の姿だ。
おい、地下聖堂の扉を閉めろ!」
「そんな……そんな事をすれば、中に入った人達は……」
「死ぬだろうね。でもそれで時間稼ぎが出来るし、あの村人達も、本望だろうよ」
そう言ったママは、葉巻に火をつけたのであった。
―――――――――
その頃、左近達の居る宮殿内の本部は、まさに戦場の様な慌ただしさになっていた。
「報告します、魔女騎士団から。
我、ヒメネスとその一党を逮捕せり、証拠も多数確保したとの事です」
「ご苦労」
「報告します、シタル村保安隊、逮捕部隊から。我、目標の保安隊を全て検挙せり」
「ご苦労」
報告を聞いた左近は、次々と地図に置かれている駒を、倒していったのである。
一体、何なんだこれは?
この場に、報告が次々とやって来て、しかもこの報告は、リアルタイムの様だ……まさか、前に見た通信兵と言う兵士で、連絡を取っているのか?
これ…もしかして、連合軍全軍に配備していたら、この場にいながら、全軍の指揮が可能だぞ。
東部連合、神魔国が参加しているとは言え、友好関係を結ばねば、我が王国は、滅びる可能性がある。
そう思いながら、この慌ただしい光景を、リュネは見ていたのであった。
そんな中に、1人の通信兵が、焦りながら、左近の元に、走って来たのである
「ほ、報告します、ヴィシュク少佐から緊急通信です。
シクサ村北方教会の地下聖堂に、ダンジョン発見。魔物が溢れており目標の司祭は、魔物に殺された様で、援軍を求めております」
『何だと!』
思わず、その報告に全員が反応したのであった。
ダンジョンって、地下室に出来るのか?
「クロエ、フレイア陛下か、誰かダンジョンに詳しい人を、ここに至急、寄越してくれ」
「了解しました」
援軍をか……あの村には、誰も勇者は行っていないから、ここから援軍を出しても、間に合わない。
もっと速く動ける……そうだ、佐平次の飛竜ならば。
「子爵殿、今から見聞きする事は、記憶から消去してくれ。
そうで無ければ、殺すしか無い。もちろん、他言したら、追い掛けて殺す」
「わ、分かった」
「よし。
通信兵、アムルの弾正に連絡し、焙烙玉とナパームの在庫を聞け」
「了解しました」
焙烙玉?ナパーム?一体何の事だ?
権大納言がこう言うのだから、新兵器か何かだろう。
そうリュネが思っていると、通信兵が左近に、言ってきたのであった。
「閣下、藤永中佐からです。焙烙玉は現在40個、ナパームは30個だそうです」
「では、焙烙玉と火薬を、ありったけ全て木箱に入れて、ナパームと一緒に持たせ、聖龍騎士団を出動させろ。
ヴィシュク少佐には、佐平次の到着前に、煙幕で爆撃ポイントを知らせる様に言え」
「目標は?」
「シクサ村の、北方教会だ」
そう言った左近の目には、珍しく焦りの色が出ていたのであった。
―――――――――
アルムで待機していた佐平次の元に、弾正が左近の命令を、伝えにやって来た。
「失礼する、佐平次居るか?……何じゃ、クリスティーナ殿も来ておったのか」
そう言って、待機室に入った弾正は、思わず呆れて言ったのであった。
「す、すみません、家内が無理矢理ついて来てしまって」
「何を言っている、いくら事務仕事に回されたと言っても、私は聖龍騎士団の団長なのだから、一緒に待機するのは、当たり前だ。
それに、今は仕事中なので、団長と呼べと言っているだろ」
「まぁ夫婦仲が良い事は、良いのだが……聖龍騎士団に、出撃命令が下ったぞ」
その弾正の言葉で、二人の目付きが、変わり、クリスが言ったのであった。
「藤永中佐、その命令を聞こうか」
「黒騎士団のソニア・ヴィシュク少佐からの要請で、目標は、シタル村の北方教会。
北方教会の地下聖堂に、ダンジョンが出来ており、既に魔物が溢れておるそうじゃ。
そこで、今回の聖龍騎士団の任務は、空間転移で帝都ナリヤに行き、焙烙玉の入った木箱とナパームを、シタル村の北方教会に落とし、爆撃して溢れて出た魔物を、全て駆逐せよとの事だ。
今砦で準備しておるので、完了次第、出撃してくれ」
その命令を聞いたクリスは、暫く考えて言ったのである。
「その作戦、少々無理があると思う」
「どうしてじゃ?」
「北方教会の建物は、レンガや石で出来ており、外からの攻撃は、威力が半減されると思う」
「確かに、そう言われてみれば……あの小僧にしては、何を焦っているのじゃろうか?」
何故だろう、中佐の言う様に、この閣下の命令には、何か焦りの様な物を感じる……そうか。
「もしかしたら閣下は、他の北方教会にも、ダンジョンが在ると、思っているのかも、知れない……」
「どう言う事じゃ?」
「セレニティ帝国とザルツ王国と、ここヴァルキア地方には、北方教会の建物が何ヵ所かあるはず。
その全てにダンジョンが出来ており、魔物が溢れていたら?そんな状態で、北方連合と戦争になったらどうする?」
そのクリスの言葉に、二人は言葉が出なかった。
国内で溢れ出た魔物を討伐し、ダンジョンを攻略しながら、大陸最大の北方連合を相手にするには、絶望的な想像しか、出来なかったのである。
黙っている二人に対して、クリスは暫く考えて言ったのであった。
「今回の出撃は、私も一緒に行く。もちろん佐平次の飛竜に、二人乗りしてだけどね」
「クリス、それはダメだ、お腹の子供に、万が一の事があったら、どうする!」
「今は、それどころじゃ無いの!この作戦は、閣下が珍しく詰めが足りないの。
だから、地上のヴィシュク少佐と通信で連絡を取って、攻撃を成功させる様に、話し合わなくちゃ、失敗する。
今は、外に出た魔物だけでも、私達が何とかしなきゃいけないの」
そのクリスの叫びを聞いた弾正は、佐平次の肩を叩いて言ったのであった。
「佐平次よ、クリスティーナ殿の言う通りじゃ。ここは、御主の、団長の言葉に従うしか、道は無いの」
そう言って言っている時であった、扉をノックして、侍が入って来たのであった。
「失礼します、焙烙玉、ナパーム共に準備が出来ました」
「了解した。
では、佐平次よ、クリスティーナ殿と共に、これからナリヤ迄空間転移で移動し、そこからシタル村迄、移動して爆撃せよ。
この作戦、失敗は許されぬ」
その弾正の言葉に佐平次は、これから戦に行く顔付きとなり、クリスに言ったのであった。
「クリス……いや、マクレガー中佐。では、聖龍騎士団の初陣、二人で飾りましょうか」
「二人で?それは違うぞ、三人だ。我等の家族三人で、初陣を飾るのだ」
そう言ってクリスは、お腹を撫でて言ったのであった。
「そうでしたね。では、行きましょうか!」
そう言った佐平次には、もう迷いは無かったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕方、ママはイラつき、何度も教会の前を彷徨いていた。
その原因は、もちろんクリスからの通信の内容で、このままでは、爆破の威力が発揮されない事であった。
あ~もう、イラつくね。
こんな時に左近は、ダンジョンの確認に行ってしまうなんて……でもどうする、屋根を壊すか?
それはダメだ、キラーアントが外に出てしまう……直前に壊すか?
もう、時間が無い。やっぱり、それしかないか。
そう思っていると、虎之助がママに言ってきたのであった。
「副長!」
「なんだい、村人がこっちの話を信じられなくて、また中に入れてくれって事なら、入れて餌にしてやれ!」
「違いますよ、あれを見てください!」
そう言った虎之助の指差した方向を見ると、ステンドグラスに、大きなキラーアントの影が、見えていたのである。
奴等、もうこんな所まで……。
ママは、そう思っていたのだが、村人もその影を見て、ママ達の話が本当だと確信し、パニックになって、逃げ出したのであった。
本当に煩いね……全員殺してやろうか、たかがステンドグラスに、魔物の影が見えた位で。
ん?ステンドグラス……そうか、そこから焙烙玉を入れたら良いんだ。
そう思ったママの行動は、素早かった。
「おい、虎!ここに煙幕の用意だ!聖龍騎士団が見えたら点火しろ!
通信兵!クリスティーナに連絡だ、煙幕のポイントに投下しろと伝えろ、それと、投下の内訳を聞け」
「は、はい!」
「返信来ました、マクレガー中佐から。
ナパーム2、木箱に入れて……ほ、焙烙玉40と火薬多数です!」
「左近の奴、えらく奮発したじゃないか。
投下の順番は、木箱、ナパームを1つずつだ、最後のナパームだけ点火しろと伝えろ!
それと他の者は、煙幕を点火したら、すぐに退避しろ」
ママがそう言うと、侍達が一斉に退避すると、屋根の上に上がっている侍が、叫んだのであった。
「副長!南から来ました!」
「副長!、マクレガー中佐から、投下のカウントに、入るそうです!
3、2、1、投下!」
通信兵がそう言った瞬間、高速で上空を飛竜が通り過ぎ、脚で掴んでいた木箱を投下したのであった。
佐平次のヘタくそが!予定ポイントから、かなりズレているじゃねえか。
……届くのか?
そう思いながらママは、魔糸を木箱に向けて、投げつけたのである。
よし、何とか届いた、行ってくれよ。
ママは、落ちてくる木箱を魔糸で絡めると、そのまま引っ張り、ステンドグラスに向かって、投げ付けたのであった。
上空から落ちてくる木箱は、そのまま魔糸の誘導で、ステンドグラスにぶつかり、大きな音を立てて、教会の中に入ったのである。
よし、成功だ!チッ、もう出てきやがった。
ママの目線の先には、割れたステンドグラスの所から、キラーアントが顔を出したのである。
「副長!次来ます!3、2、1、投下!」
クソッタレ!こんな時に、どうすれば……
そう思った瞬間、顔を出したキラーアントの目に、弓矢が飛んできて、刺さったのであった。
誰だ!
そう思い、その方向を見ると、虎之助が弓矢を構えて、いたのである。
「虎!」
「副長!俺が防ぐんで、安心して下さい!」
「ありがとうよ、お前を抱き締めて、キスしてやりたい気持ちだよ!不本意だがな!」
そう言ったママは、魔糸を投下された壺に向かって投げ付け、木箱と同じ要領で、教会の中に入れようとしたのだが、僅かにずれて、ステンドグラスの上の壁に、ぶつかったのである。
「副長ぉ~」
「うっせぇバカ虎!私だって、こんな事は、初めてなんだよ!」
「副長!次来ます!カウント入ります、3、2、1、投下!」
次は、失敗出来ないね……神様が本当に居たら、祈りたい気持ちだよ。
そう思いながらママは、魔糸を投下された壺に向かって投げ付け、ステンドグラスに誘導したのであった。
よし!行った!
ママがそう思い、壺が教会の中に入る瞬間、「パン」と言った音がし、壺が割れて火のついた油が、教会の中に降り注いだのであった。
早すぎる!
「虎!逃げ……」
そう言った瞬間、教会はまるで、雷が落ちた様な轟音を立てて爆発し、近くに居たママと虎之助も一緒に、吹き飛ばされたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何処だ、ここは?
そう思ったママの目に映るのは、豪華な調度品で飾られた、暖炉のある暖かい部屋であった。
何処だろう?しかし、何処か懐かしいな……でも、全てが大きい。
そう思っていると、ママいる部屋に、懐かしい顔の二人が入って来たのである。
あれは、お父様とお母様!これは……まさかあの時の!
そう思っているママに、ママと同じ綺麗な金髪の男性が、しゃがみこんで言ったのであった。
「いいかいソニア。もうすぐ、ここに悪い人が、大勢やって来る。
お前は、そこのフレッドと一緒に、城の横の川から逃げるんだ。
フレッドは、お前のお祖父様の代から、ヴィシュク家に仕えてくれる歴戦の忠臣だ。
年老いたとは言え、その辺りの者には負けん……フレッドと二人で、逃げろ」
おい、何を言っている!
「パパとママは、一緒に行かないの?」
止めろ、こんなのを見せるな!
「大丈夫。パパとママは、後から行くから」
こんなの、嘘に決まっている!私は何年間、その言葉を信じて、ペスパードで待っていたと、思っているんだよ!
「本当だとも……ソニア、よくお聞き。
ヴィシュク家は、その昔超帝国で、最強の魔力を持っていた、大魔導師の家系なんだ。
その俺と、ママのミーアキャットの間に出来たお前は、ママに似て強く美しい女性になるだろう。
ソニア、ヴィシュク家の誇りを忘れるな」
「パパ……」
止めろ、もうこんなのを、私に見せるな……
「ソニア、貴女は、パパに似てとても賢い子ニャ。
でも貴女の本当の姿は、心を許した信用の出来る者しか、見せたらダメニャ。
分かったかニャ?」
「……うん」
「良い子ニャ」
そう言って母親は、幼いママを抱き締めたのであった。
止めろ……止めろって、言っているだろう!
私に、思い出させるな!
「止めろぉ!」
「え?副長、何言っているんスか?」
「……バカ虎?」
ママの目の前には、左足を負傷し、侍に肩を貸してもらっている、虎之助がいたのであった。
「お互いに、生きてて、良かったッスね副長。
いやぁ、あの爆発は、強烈ッスわ。自分は脚が折れた、だけで済みましたが、副長は大丈夫ッスか?」
「バカ野郎、私を……痛って!」
そう言って、立ち上がろうとしたママの脇腹と、右腕に激痛が走ったのであった。
あばら骨と腕の骨が折れたか……
ママがそう思っていると、教会の瓦礫の中から、キラーアントが顔を出したのである。
「魔物が、まだ生きているぞ!」
その侍の言葉に、回りは一瞬で混乱に包まれたのであったが、一人の男が馬に乗って颯爽と現れ、一瞬でキラーアントを、斬り殺したのであった。
『大佐!』
思わず他の者がそう言った様に、現れたのはエリアスであった。
「皆、狼狽えるな!たかが魔物だ!討伐隊と瓦礫の撤去の者に分かれて、ダンジョンの外に出た魔物を、全て駆逐するぞ!」
『おお!』
エリアスの姿に、勇気付けられた侍達は、瓦礫の撤去と魔物の討伐に、手際よく分かれたのであった。
「ママ、大丈夫か?」
「正直、大丈夫じゃねえよ。
しかし大佐、ナリヤから来たにしては、早いじゃないか」
「それな。こっちにも来れる様に、ナリヤとの中間に待機していたんだよ。
そこで、通信兵からここの話を聞いて、急いで来たのだが……とんでもない事に、なっているな」
「本当に、そうだな……
大佐、ウチの者達は、魔物と戦った経験が、ほとんど無いようだ。ウチの者達を頼んだよ」
「了解した。ママは、ゆっくりと休んでくれ。
まぁそう言っても、先程の爆発で、ほとんど殺した様だがな」
そう言ってエリアスは、ポツポツと雨が降りだした、教会の跡地に向かって行ったのであった。




