イリナ后妃
翌日の夜、左近の邸宅に一台の馬車がやって来た。
乗っているのは、セレニティ帝国皇帝、ラニス・ナッシュ宰相、ウォーラン司法長官の三人である。
三人共、これから屋形船での宴を、左近に誘われてやって来たのだが、その表情は何処か暗かったのであった。
理由はもちろん、イリナ后妃が北方教会の信徒であった為に、何とか改宗させようと話し合ったのだが、結局結論は出なかったのである。
そこで三人は、この事を知る、唯一の外部の人間である左近に、相談しようと言う結論に、至ったのであった。
三人を乗せた馬車が、左近の屋敷の玄関に停車し三人が降りると、整列したメイドや使用人の歓迎を受けて、バスティがやって来たのであった。
「ラニス陛下、御久しゅう御座います」
「おおバスティ、息災であったか?」
「はい、おかげさまで。そちらに居られますのが、ナッシュ宰相様に、ウォーラン司法長官様ですね。
私、佐倉家のバトラーをさせて頂いております、バスティアンと申します。バスティと御呼びくださいませ。
さっ、御館様が御待ちです、こちらにどうぞ」
そう言ったバスティは、空間転移を開いて、三人を左近のいる屋形船に案内したのであった。
「ようこそ、来てくださりました。ささ、どうぞお座り下さい……あ、靴下は脱いで中に入って下さいね」
「おお、また堀ごたつに、足湯か。元帥よ、やはりこの組み合わせこそ最強だな」
そう言ったラニスは、先程までの馬車の中での、暗い顔は無くなり、喜んで靴下を脱いで、堀ごたつに入ったのであった。
ここは、ルタイ皇国の部屋か?しかし、この部屋暖房器具が、無いのか?
そう思いながらもナッシュは、靴下を脱ぐと堀ごたつに入ったのであった。
……チャポ
お湯?
そう思ったナッシュが、こたつ布団の中を見ると、中にはお湯が入っており、その下には、炭が赤く輝いていたのであった。
なるほど、これで中が温かいのか。
これならば、身体の芯から暖まるな。
そうナッシュが思っていると、左近が障子を開き、夜の暗い湖に浮かぶレイクシティの、夜景の光が一面に広がったのである。
何と!ここは、湖の上に浮かぶ船の中だったのか!
ナッシュがそう驚いていると、ラニスは大いに喜び言ったのであった。
「おお!元帥これは、素晴らしい景色じゃの。
……しかし元帥よ、この素晴らしい景色を、男だけで楽しむのは、少々味気が無いの」
「そうですね。では、早速にでも、呼びましょうか、旨い魚に酒、そして美しい女性を」
そう言った左近が空間転移を開くと、中から料理や酒を持った、和服姿のクロエと蘭とヴィオラが入って来たのであった。
『おお!』
思わず言った三人の言葉に、左近は気を良くしていた。
そりゃ綺麗だろう。
何せ西陣の、最高級の着物だ……経費で落とす事が出来ずに、俺のお小遣いが10年間無し、ってアイリスに言われたけど。
こう言ったリアクションが無ければ、報われねえよ。
そう心の中で左近は涙しながら、三人に言ったのであった。
「こちらの女性は、我が自慢の秘書、クロエ・マイスナー少佐、八坂 蘭大尉、ヴィオラ伍長で御座います。
どうか今宵はお楽しみ下さいませ」
その左近の言葉を皮切りに、四人は乾杯し、宴が始まったのであった。
――――――――――――――――――
四人は楽しく飲んでいたのだが、ふと会話が途切れた時に、ナッシュが左近に言ったのである。
「元帥殿、そろそろ、この宴の本題に入らんか?」
「本題に?」
「この屋形船と言うのは、密談にはもってこいの場所だ。それに、居るのは、元帥殿が信頼している秘書の者達。
そして、この船を操っているのは、水軍の中でも一番信頼の出来る者だろう。
元帥殿の事だ、ここまでするのには、何か訳があっての事だろう?」
さすがは、宰相と言ったところか。
「お見事です宰相殿、先ずはこちらを、御覧ください」
そう言った左近が、クロエ達に目で合図をすると、クロエ達はガストン商会についての報告書を、三人の前に静かに出したのであった。
「これは?」
不思議そうにラニスが言った。
「ガストン商会についての報告書です……まぁ読んでください」
そう左近に言われて、三人が報告書に目を通すと、三人の顔色が徐々に、青ざめて言ったのである。
「こ、これは本当の話か?」
そう言ったラニスに、左近は真剣な眼差しで、言ったのであった。
「本当です。最初は偶然でした……新兵器の為、安定した鉄の確保の為に、鉱山の購入を考えていた時に、ラボック鉱山の話が舞い込んで来ました。
しかし値段があまりにも安い。そして、以前の所有者がガストン商会であった為に、怪しいと思いまして、ノイマン大佐とマクレガー大佐を調査に送った所……これも偶然なのですが、テトと言う、ラボック鉱山から逃げ出した少年を救出し、この鉱山の事を聞きました。
そこで、我が手勢で調べた所、このガストン商会の計画が、発覚したのです」
「なるほど……これで元帥殿が何故、他の者の信仰を気にしていたのか、合点がいきました。
しかし、この報告では、裏で糸を引いているのは、北方連合……最悪は戦争になりますね。
元帥殿、正直に答えて欲しい。北方連合と戦争して勝てる確率は?」
ナッシュが左近に言うと、左近は暫く黙り、ゆっくりと答えたのであった。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
敵味方の実情を知っていれば、例え百戦やっても勝てると言うことです。
ですが、今回は北方連合の情報が全く無いのが現状です……ですので、勝てる確率は、五分と五分ですね。
ですが、三年ほどの猶予を頂ければ、確実に勝てるでしょう」
「元帥殿ほどの、知略をもってしてもか?」
「はい……ですが、三年耐え抜けば、戦は勝てるでしょう、新兵器の手によって。
しかし、これは最悪のシナリオと言う事に、しなければなりません」
「他に、何か策があるのか?」
そう言った、ラニスの目が怪しく光ったのであった。
「御座います。
何も東部連合だけで、北方連合と戦争をする必要は御座いません。
むしろ他国と戦争をさせて、時間を稼ぎ、弱った所を叩けば良いのです」
そう言った左近は、悪魔の様な笑みで言ったのである。
そんな事が、出来るはずがない。
その場にいた者は、一瞬誰もがそう思ったのだが、左近の悪魔の様な笑みを見て、誰もが出来るんじゃないかと言った思いになったのであった。
「しかし評議会の方は、どうしますか?
この件は、下手をすれば、北方連合と事を構える恐れがある為に、帝国の一存では決めれません。
必ず、評議会の賛同を得る必要が、あります」
そう言ったのは、ウォーラン司法長官であった。
「では、こうしましょう。
私が、各国の元首や評議会の議員を招いて、新兵器の御披露目をやります。
それならば、戦争になっても、皆が勝てると思うでしょう。
そしてその場で、この件を話せば宜しいかと。
それに今回の件は、保安隊も絡んでいます、弾正府に要請するのが宜しいでしょう」
「ふむ…だがそれでは、帝国の面目が立たんな。ウォーラン、信頼の出来る者を集めて、弾正府と合同で取り締まりと言った形にせよ。
今回は、取り締まりの人数が多い、それぐらいは出来るじゃろ」
ラニスにそう言われたウォーランは、頷いたのであった。
「しかし、問題は后妃様の件ですな……」
確かに、宰相殿の言う事は分かる。
どうするかだが、この件で一番有効なアイリスは、今は妊娠中で、この件を話せば、ヒメネスの事を話さなければならない。
それは、お腹の子供にも、影響が出てしまう可能性だってあるので避けたい。
どうしたものか……
そう思っていると、ナッシュが何かを思い付いた様に、左近に言った。
「元帥殿、助けた子供はどうなっている?」
「最初の1名と、後で救出された3名は、軍の担当医になっている、ルゴーニュ村のドミニクが診察し、只今は、入院しております」
「ふむ…陛下、ここは后妃様に、子供の現状を実際に見てもらい、陛下自ら御説明されるのが、宜しいかと思います」
「ワ、ワシがか?」
「はい。陛下の御言葉でしたら、后妃様はすんなりと聞くでしょう。
名目はそうですね……救出された子供達に、陛下と后妃様が慰問されると言うのは、如何でしょう?
後で后妃様に知られると、後々面倒な事になり、后妃様も前もって言われた方が、心の整理も出来るでしょう」
「それは、仕方ないの」
そう言ったラニスは、仕方がなく了承したのであった。
そうだ、これはアイリスにも言える事だ……やはり、言うべきなのか。
今晩にでも、三人に相談してみるか。
そう思っている左近に、ラニスが言ってきたのであった。
「では、元帥も一緒に行こうかの?」
「え?自分ですか?」
そう言って驚く左近をナッシュは、庇うかの様に言ったのであった。
「それは、ダメですよ陛下。
元帥殿は、ルタイ人です、后妃様が恐れるかも知れません。
元帥殿、出来れば警護は、帝国人で御願いしたいのだが」
帝国人で……魔女騎士団を出すか。
「分かりました、魔女騎士団を陛下の警護につけましょう」
「おお、彼女達なら心強い。では元帥殿、頼んだぞ」
おっさん、鼻の下が伸びているぞ。
「かしこまりました」
そう言って左近達は、詳しい日程を決めたのであった。
――――――――――――――――――
その日の深夜、左近が皆が、既に寝てると思って風呂に入り寝室に行くと、ラナ達はまだ、起きており、キングサイズのベッドの上で会話していたのであった。
「お前達、まだ起きていたのか?」
「うん、何だか眠れなくて」
そう言ったラナの口には、明らかに、何かおやつを食べたであろうカスが、付いていたのであった。
「ラナ、お前こんな時間から食べたら太るぞ」
「ウゲ、マジで……そう言えば最近は、二の腕がプニプニしてきた様な気がする」
ラナがそう言うと、セシルとセシリーも、二の腕をチェックしだしていたのである。
……コイツら三人共、食べてたのか。後でお仕置きだな。
それより、アイリスの事だ。
「所で三人に、話がある」
左近にそう言われた三人は、ベッドの上で左近に注目したのであった。
「実は、帝国で、身寄りの無い孤児を、奴隷契約をしないで無理矢理、働かせている鉱山がある。
そこの子供達は、夜になると女の子は、無理矢理に売春を強要され、男は腹いせに、殴られ蹴られているらしい。
更に大人になると厄介だから、13歳になると、殺されている様だ」
「ひ、酷い……」
そう言ったセシリーは、涙目で言ったのであった。
「確かに酷いよな……更にその利益を、北方教会に流して、帝国を北方連合に編入させる軍資金にしている様だ。
知っているかも知れんが、北方教会は、大陸の人間のみを優良種とし、それ以外は、殺して全て駆逐する事を、目的にしている宗教だ」
「……そんなの、もちろん潰すよね」
「ああ、セシルの言う通りだ、もちろん潰す。
だがな、問題があって、その鉱山を運営しているのが、ガストン商会で、ヒメネスが最近ガストン商会の会頭になり、その鉱山の責任者になったんだ」
その左近の言葉に、三人が絶句したのであった。
ヒメネスは、アイリスの父親のエリアスと、クリスの母親のアミリアの幼馴染と言うのは、誰もが知っている事だったからである。
だが左近は、そのまま説明しだしたのであった。
「ヒメネスの真意は、まだ分からないが、ヒメネスも逮捕する予定だ。
もちろん、今回の件が終わるまで、義父上とアミリアと三好准将の三人は、ゲートの使用禁止と、忍の監視下に、既に入ってもらっている。
これは既に三人には伝えてある。
そこでアイリスに、この事を伝えて良いものか、悩んでいるんだ。
伝えて、お腹の子供にも、影響が出るかもしれない。でも後で知ってしまえば、悲しみは更に増すだろう。
そこで俺は、今回の件を伝える事にした……出来ることなら、皆でアイリスのフォローをしてやって欲しい、頼む」
そう言った左近は、ラナ達に頭を下げたのであった。
「……分かったけど、何だかムカつく」
「そうだよね、アイリスだけ、何でこんなにも、良くしてもらえるんだろ」
そう言ったセシルとセシリーの瞳は、嫉妬の炎が立ち上っていたのであった。
「い、いや、そう言う事じゃ…うわ!」
そう言いかけた左近は、ラナに押し倒されたのであった。
「ラ、ラナさん?」
「何かをしてって、報酬は?……まぁ身体で払ってもらうから良いけど」
「いや、ラナ、それは男が言うものだろ!」
「……今夜は、寝させないよ」
「セシル、それも男が言うものだろ!」
「大人しくしてれば、良いからさ」
「こら、セシリー、オヤジになっているぞ」
そう言った左近の抵抗むなしく、左近は残弾数が無くなるまで、三人に搾り取られたのであった。
――――――――――――――――――
翌日、左近はアイリスを呼び出し、二人で庭園の森の中を歩いていた。
ただ何も言わずに、アイリスの隣を歩く左近であったが、その重い口を開いたのであった。
「なぁアイリス……帝国で今、ある事件が発生している……その……何だ……」
そう言って、言いにくそうにしている左近を見て、アイリスはクスクスと笑って言ったのであった。
「珍しいね、あなたがそんなにも、言いにくそうにするなんて。
普段なら、何でも言ってくれるのに……私の事なら大丈夫。
兵庫が言ってたじゃない、「義父上の血は、鬼の血だ」と……だから、私は思ったの。鬼の左近の妻なら、私も鬼になるって。
例え父上を殺す事になっても、私はあなたの味方……この先、何があっても、私はあなたの側に居るから。
だから話して」
やはり、帝国最強の剣士と言われ、常に最前線で戦ってきた、エリアス・ノイマンの娘だ。
そう思った左近は、アイリスに帝国の事件を、語りだしたのであった。
そして、全てを左近から聞いたアイリスは、少し驚きながらも目を閉じて言ったのであった。
「あなた、ヒメネスのおじさんを殺すの?」
「……それは、アイツの行動次第だ。抵抗しなければ、そのまま裁判にかける事になる」
「では、正直に答えて。あなたが見ている、その先は何?
あなたは、ヒメネスのおじさんを、全く見ていない……何か別の目的があるでしょ?」
意外と鋭いな。
「そうだな、目標は北方教会の壊滅だな。
宗教ってのは、かなり厄介だ。前の人生でも、一向一揆と言うのがあって、そのおかげで10年以上も戦があった。
この世界で、同じ様な泥沼の戦は、避けたい……生まれてくる、子供の為にもな。
それにな、北方教会を狙うのは、北方教会が一番厄介な、相手だからだ。
あの様な教団の教えは、俺は認める訳にはいかない」
「それでは、戦争を起こすので?」
「いや、何でも戦争で解決するのは、下策中の下策だ……かと言って、戦を恐れていては、何も出来ない。
それにな、北方教会と言っても、所詮は人の集まりだ。
綺麗事を言っても、汚い所を宣伝すれば、今まで言っていた分、人は幻滅し、離れて行くだろう。
そうなれば、我等は戦わずして、北方教会の崩壊を見物する事になる」
そう言った左近は、悪魔の様な微笑みを、見せていたのであった。
「……本当に、この顔さえしなければ、良い男なのにね。
今のあなたは、どちらが悪魔か分かりませんよ」
「嫌いになったか?」
「さぁて、どうでしょうね……でも今は、抱き締めて下さい」
そう言ったアイリスは、やはりヒメネスの事が辛かったのか、左近の胸で声を殺して泣いたのであった。
――――――――――――――――――
その頃、ルゴーニュ村には、ラニスと子供を乳母に預けたイリナと、二人を警護するガブリエラに率いられた、魔女騎士団がいた。
ガブリエラは、朝に出勤すると、左近からこの警護の話と、今回の目的を聞くと、怒りで我を忘れそうになったのだが、顔に出すこと無く我慢し、了承したのであった。
今回、団長がレイクシティに軟禁状態になったのは、聞いていたが、これが原因だったとは……
そう思いながらガブリエラは、二人の後に続き、診療所の中に入ったのであった。
「失礼します」
そう言って中に入ると、シャノンが三人を出迎えたのである。
「これは、リルソー少佐。本日は、どうされましたか?
緊急の患者以外は、全て午後からの検診となりますが……それに、表の騎士の方達は?」
シャノンがそう言うと、イリナは虎人のシャノンが恐いのか、少し後ずさりをすると、シャノンはまるで「恐くはありませんよ」と言わんばかりに、イリナに微笑みかけたのであった。
「こちらは、セレニティ帝国ラニス・セレニティ皇帝陛下と、イリナ后妃様です。
本日は、例の子供達の慰問にやって参りました……よろしいですか?」
「そうですか……ですが、初めて見る人には、結構キツいと思いますが」
そう言ったシャノンは、明らかに、その表情を曇らせたのであった。
何だろうか?夫からは、子供の慰問でここに来ると、聞いただけだが、何があるというのだろう?
それにここに居ると言う事は、ルタイ人のはずでは?
そう思っているイリナの前でラニスが言ったのであった。
「問題無い。そういう時に、少しでも子供達の力になってやるのも、皇帝の仕事じゃ。
例え何歳であろうとも、帝国の臣民には、変わりは無いからな」
「さすがは、皇帝陛下。そのお考えは、御立派です……では、こちらにどうぞ」
そう言ってシャノンは、三人を病室に案内したのであった。
「陛下、子供達ってルタイ人なのでは?」
病室に向かう途中に、イリナは小声でラニスに聞いたのであった。
「それが違うんじゃ……帝国の臣民で、元帥の配下の者が保護して、ここに連れて来たのじゃよ」
そう言った時であった、奥の病室から、子供の呻き声が、聞こえて来たのである。
「な……」
驚いたイリナに、シャノンは暗い顔で言ったのであった。
「この様な季節で無ければ、無事だったのですが……」
「シャノンと言いましたね、子供は無事なのですか?」
「……命だけは、無事です。ですが寒い山の中に居たようで、片足が寒さで腐ってきており、魔法や医術で治療する事すら出来ずに、切断する事になりました。
おそらくは、切断した所が、痛み出したのでしょう……痛みを無くす薬や、魔法があれば良いのですが」
そう言ったシャノンは、何とも言えない表情になっており、その悔しさがイリナには、痛いほど良く分かったのであった。
「こちらです」
そうシャノンに言われて中に入ると、病室のベッドには、痩せ細った四人の子供がおり、その内の二人は、片足が無くうなされていたのであった。
その光景を見たイリナは、いつの間にか涙が溢れて、ただ立ち尽くすしか無かったのだが、ラニスはイリナの背中をポンと軽く叩き、うなされている子供の元に行き手を握ると言ったのであった。
「大丈夫だ、ここはもう安全だ……お前達の無念は、ワシが晴らしてやる。
だから傷は痛むだろうが、今は頑張って我慢してくれ……すまん」
そう言ったラニスに、テトが近付き言ったのである。
「お爺ちゃん、誰?」
「お、お爺ちゃん……」
そう言ったイリナをガブリエラが、制すると、ラニスはテトに笑顔で頭を撫でながら言った。
「ワシは、ラニスと言う。お爺ちゃんでも、かまわんよ」
そう言うラニスを見て、イリナも何とかしなければ、と言った気持ちになったのか、ラニスに言ったのであった。
「陛下、見ればこの子達は、身寄りの無い子供達の様ですので、この子達を北方教会の孤児院に移してはどうでしょう。
ここよりは、設備が整っておりますので、子供達にも良いことだと思います」
イリナがそう言うと、テトの顔に明らかに恐怖の色が見え、ラニスは言うなと言わんばかりに、イリナを睨み付けたのである。
な、何でそんな顔に?
……他の子も皆が、脅えている……まさか、この子達は、北方教会の孤児院の子供達なのでは?
いえまさか、教会がその様な事をするハズが……
そう思っているイリナに、ガブリエラが耳元で囁いたのであった。
「后妃様、ちょっとよろしいですか?」
そう言ってガブリエラは、イリナを部屋の外に連れて行ったのであった。
――――――――――――――――――
「どうして、あんな目で陛下は私を見るのよ!
子供達も子供達です、何で私に脅えるのですか、こんなにも、心配してあげているのに!」
そう言ってイリナは、別室に入るなり言ったのであった。
まさか陛下は、后妃様にまだ言ってなかったのか?
そう思いながらガブリエラは、イリナに言ったのであった。
「后妃様、陛下から前もって、何も聞かれて無かったのですか?」
「私が聞いたのは、今日は孤児達の慰問だと聞きました……違うのですか?」
あのバカ陛下……しょうがない、フォローするか。
「大体は、あっておりますが、内容までは御存知無い様ですね……もしかして、后妃様は北方教会の信者ですか?」
「……そうですけど」
なるほど、それでは、陛下は言いにくいよな。
「なるほど、これで陛下が、后妃様にあまり詳しく言われなかったのか、分かりました。
実は、あの子達は、北方教会の孤児院に集められ、鉱山で奴隷契約せずに、強制労働をさせられていた子供達で御座います。
そこの子供達は、昼は鉱山で働かせて、夜は女の子は性の捌け口に、男の子は日頃の憂さ晴らしに殴られていたそうです。
そして、13歳になった子供は、全て殺されていたそうですね。
その鉱山から、逃げ出した子供が、あの子達なのですよ」
「そんな話は、とても信じられません!」
「でしょうね……おそらくは、陛下も后妃様が、そう思われると思い、言わなかったのでしょう。
でも、あの子供達の恐怖で凍り付いた目は、后妃様も御覧になられたでしょう?
あの目が真実だと、物語っております」
そう言われると、イリナは反論出来なかったのであった。
「では、ナリヤにいる大司教様に……」
「それだけは、なりません。
聞けば、やっていないと言われ、鉱山に残っている子供達は皆殺しになり、北方教会は更に分かりにくいやり方で、金儲けをするでしょう。
后妃様は、百名近くの子供達の命を見殺しに、したいのですか?」
「そんな……では、北方教会は、何でこんな事を、やっているのです?」
「目的は、帝国を北方連合へ編入させる事だそうです。
おそらくは、儲けた金で、信者を増やすのに使い、そしてその民衆の力で、編入させるのでしょう。
閣下が言われていたのですが、敵国の民を焚き付けて、敵国を滅ぼす……ルタイ皇国でも使われていた、戦術だそうです」
「編入ですか……それが民の望みならば、良いのでは?」
「后妃様の言われる民とは、そこに亜人や獣人は、入っていますか?
魔法を使える者は、入っていますか?」
「その様な者は、悪魔の使いですので、民とは言えません」
これは、最悪だな。
「その様なお考えでは、帝国の后妃様は、勤まりません。
それに我等、魔女騎士団の騎士達も……后妃様は、悪魔の使いと思われている様ですね」
「そんな事は……」
「我等、魔女騎士団の者達は全員が、魔導剣士です……魔法が使えるのですよ」
その言葉にイリナは、何も言えなくなっていたのであった。
「それに后妃様は、御自身の命ばかりか、ラニス皇帝陛下と、御子息のクラウディオ様の命は、いらない様ですね」
「何で、その様な話になるのですか!」
思わずそう叫んだイリナに、ガブリエラは静かに言ったのである。
「帝国が編入されて、皆が無事で居られると思いますか?
北方連合は教皇や王族に至るまで、ベイル家が独占しております……帝国が編入すれば、ベイル家では無いセレニティ家は、邪魔でしか無いでしょう。
そうなれば、悪魔の使いとして、殺すのが、一番手っ取り早い……
最初の教えは、素晴らしい物だったかも知れませんが、北方教会の信者では無い私から見れば、今の北方教会は最早、ベイル家の政争の道具でしか無いように見えます」
「少佐は、私に改宗しろと言っているの?」
「いえ……ただ、私は多くの戦場で生き残る為に、物事を出来る限り、客観的に見る様にしてきました。
戦場では、情報が命です、そこに神の力も、信仰心も必要ありません。
己の力と情報の分析力、そして決断力のみが必要です。
これが私が今まで生き残って来た秘訣です…これは、后妃様にも、必要なのでは御座いませんか?」
「どういう事ですか?」
「私が言いたいのは、セレニティ帝国の后妃様であるからには、貴女お一人の命では無いのです。
貴女の他愛ない一言で、多くの罪も無い者が、苦しむ事も死ぬ事も有り得るのです。
后妃様と言うお立場は、それほど重いのですよ……毎日生き残る為に、民を殺さぬ様に、幸せにする為に、必死にならなければなりません。
これは、戦場で私が取る行動に、通じる物があるのでは?」
ガブリエラにそう言われたイリナは、目に涙を浮かべて言ったのである。
「私は、元はただの村長の娘です……たまたま、好きになった人が皇帝になっただけで、何でその様な重責を背負わなければ、いけないの?
私は、ただ好きな人と、一緒になりたかっただけなのに」
この人は、弱いな……だが、民の心が分かる后妃様に、化ける可能性もある。
「后妃様、その御気持ちは分かりますよ。
でも、北方教会の言う様に、亜人達や獣人達、更にルタイ人は、どうでしたか?悪魔の使いと思えましたか?」
「正直に言いますと、最初は恐かった……幼き日より、両親から、その様に教えられて、育ちましたし。
でも、両親は殺されて、命を狙われている時に、私達を助けてくれたのは、ダークエルフのアデルと、ルタイ人のジャックでした。
そして、レイクシティで匿ってくれたのは、ルタイ人の元帥殿でした……私は、悪魔の使いに命を救われたのでしょうか?
アイリスの、あの幸せそうな顔を見ていると、何が正しくて何が間違っているのか、本当に分からなくなるのです」
「これは、ルタイ人の考えで……いや、佐倉家の理念ですが、大一大万大吉と言った理念があります。
一人は皆の為に、皆は一人の為に行動すれば、世の中は平和となると言う、意味だそうです。
それに閣下は、敵味方関係無く、戦で亡くなった者の為に、祈る石碑も作りました……私は本来、宗教とは、そうあるべき物だと思います」
「……ルタイ人の教えでは、そうなのですか?」
「正確に言うと、違うそうですよ。
現に閣下は、どの宗教も信じてはおりません……おりませんが、自分の中の正義は、しっかりと持っております。
一度その事を、お聞きした事があったのですが、これは義と言う考えらしいのです。
后妃様も、北方教会の教えに、ただ従うだけでは無く、御自身の義を貫かれては、如何でしょう?」
「それは、改宗しろと?」
「違いますよ。先程も言った様に、ベイル家の都合の良い教えでは無く、御自身が考え、御自身の正義を貫けば、よろしいのです」
ガブリエラにそう言われたイリナは、暫く考えて、言ったのであった。
「……分かりました、少佐の言う通りにしましょう。
所で先程の子供達は、これから、どうなるのでしょうか?」
「おそらくは、ナッソーのルタイ人の宗教施設、泉龍寺に在る、孤児院に引き取られるでしょう。
彼処は、宗教施設と言っても、自分達の教えを、無理に押し付けませんし、他の神を信じていても、自由ですので。
それにそこの司祭様、ルタイ皇国では、和尚様と言うのですが、和尚様も優しい人なので安心して、任せられます」
「そうですか……少佐、まだ子供達は、百名近く居ると言いましたね?」
「はい」
「では、私はその子供達が、安心して暮らせる孤児院を作ります。
北方教会に頼らない、私独自の孤児院です……そのルタイ皇国の孤児院の様に、自由な孤児院です」
……この人は、素晴らしい后妃様に化けそうだな。
「それは、善きお考えに御座います」
「では、その事を陛下に話に行きましょうか」
「はい」
そう言ってイリナは、ラニスに、自身の考えを伝えに行ったのであった。
こうして、ルゴーニュ村に帝国が出資する孤児院が、後日作られる事になったのである。
何故ルゴーニュ村に作られたかと言うと、ルゴーニュ村は現在ルタイ皇国の領土となっている為に、ルタイ人は悪魔の使いと言っている北方教会は手を出せないし、ガストン商会や他のマフィアも、ハンザ商会の縄張りであるヴァルキア地方に、手は中々出せないのであったからである。
そして、孤児院は、イリナ后妃の方針で人間、亜人、獣人と分け隔て無く受け入れたのである。
これが、イリナの見せた義であった。
――――――――――――――――――
そして、その翌日、佐平次は左近に呼び出されて、左近の執務室に来ていた。
左近からの呼び出しとは、嫌な予感しかしない。
そう思いながらも佐平次は、ソファーに腰掛けて待っていると、遅れて左近がクロエを連れて、執務室にやって来たのであった。
「いやぁ、すまんな佐平次、呼び出しておいて、遅れてすまんな。
ちょっと弾正の所に、新兵器の打ち合わせに、行っていたのでな」
新兵器?何だろうか。
「大丈夫ですよ、そんなに待ってませんし。
それより、新兵器って何ですか?」
「新しい飛び道具だな。それをお前の所の聖龍騎士団と魔女騎士団を中心に装備させる。
所で飛竜はどうだ、使いこなせそうか?」
「馬とは違い、難しいですけど、何とかなりそうです。
新しい騎士の補充は、4月でしたっけ?それまでには、何とかなりそうですね」
そう言うと左近は、少し顔をしかめて言ったのであった。
「遅いな……今月中に何とかしろ。
来月の3日には、新兵器の御披露目をやる。その御披露目に、お前も新兵器を各国の元首や、評議会議員の前で披露してもらう」
「あんた、なに無茶苦茶な事を、言っているんですか!
飛竜って、かなり繊細で信頼関係が無いと、言う事を聞かないんですよ!」
「お前、一応俺は上官だぞ。お前は無いだろう……まぁ佐平次だし良いけど」
「すみません……」
「良いさ。
まぁこれには、急がねばならん訳があってな……お前の妻のジャリにも、関係しているんだ」
そう言われた佐平次は、少し不安になりながらも言ったのであった。
「クリスに?」
「そうだ。
実は、帝国で奴隷契約がされていない子供達が、強制労働させられている事件がある。
それをやっているのが、ガストン商会で責任者がヒメネスなんだよ。
裏で糸を引いているのは、北方教会で目的は、帝国の北方連合への編入らしい」
「そ、それって……」
「ああ、立派な反逆だ。
だが取り締まれば、最悪は北方連合との戦になる。
だから新兵器を御披露目して、そのままこの件を評議会にかける。
そうすれば、北方連合との戦になっても、大丈夫と思い、取り締まりに評議会は賛成するだろう」
「……なるほど、それで全て合点がいきました。
最近は義母のマクレガー大佐が、家でかなり落ち込んでおり、クリスが聞いても、教えてくれなかったのです。
しかし、問題はクリスですね……」
「そうだな……お腹に、子供がいるからなぁ。
そうだ、アイリスから言ってもらおうか?二人は幼馴染だから、何とかなるだろう」
確かに、閣下の申し出はありがたい……だがこれは、夫の務めだ。
「いえ、これは夫が、言わねばならない件です……私にお任せ下さい」
こいつ、変な所で、男気を見せるんだよな……大丈夫か?
「では、伝える時は、一応アイリスも側に居させよう、それで少しは慰めになるだろう」
「お心遣い感謝します、ではその時はお願い致します」
そう言った佐平次は、左近に頭を下げたのであった。
この日の夜、左近とアイリスは、マクレガー邸に行くと、クリスティーナに事件の内容を、説明したのであった。
あのアミリアが、寝込んでしまった為に、何かあったと、薄々感じていたクリスであったが、ヒメネスがその事件に関わっていると言う事に、大きく泣き崩れ、何度も佐平次を叩きながら、その胸で泣いたのであった。
こうして、それぞれの思いを乗せて、新兵器の御披露目が始まったのである。




