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Another Life もう1つの人生  作者: くろべぇ
第三章 連合国編
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闇夜の罠

 



 東暦元年12月3日、その日は早朝より湖からの強い風が吹いており、まさに火計には、うってつけの日であった。


 アデルは、こう言った日は、雨が近いと知っていたので、夜まで天気がもってくれる事を、窓から空を見上げ、思っていたのであった。

 そう思っているアデルの背後から、そっと優しく抱きつく者がいた、そう夏である。

 アデルと夏は、この三角州の村で、既に二人の生活を始めていたのであった。


「お前も、皆と一緒に、里に戻れば良いのに」

 アデルは、後ろの夏に、言ったのであったが、夏はただアデルの背中に、グリグリと押し付け、ただ顔を振っただけであった。


 風間一族のこの村は、昨日から戦闘に向かない子供や老人は、ジャックの空間転移で、ルタイ皇国の風間一族の里に、一時的に避難していたのであった。


 この夏は、アデルに欠けている所を補う、良き妻であった。

 アデルが何も言わなくても、全て無言でやり、更には気が付かない所まで、いつの間にかやってくれている、まるでアデルの事が全て分かる様な、女性であった。


 だが、そんなアデルも今回の作戦は、実際に戦う可能性もあるので、夏にはルタイ皇国の里に、一時的にでも、避難して欲しかったのであったが、初めて夏が拒否をしたのである。


 妹のラナだったら、煩く騒ぎ立てて、物を投げたりして暴れて、最後にはコッソリとついてくるのだが。

 アデルには、こう言った夏の反応は、とても新鮮に思えて、それでいて、どう扱って良い物なのか、分からずにいたのである。

 だが、不思議と居心地が良い、そう感じ、アデルは夏に、いつの間にか、惹かれていたのであった。


「死ぬなよ」

 アデルは、ただ一言そう言うと、夏はアデルの背中で、ただ頷くだけであった。



「お前達、朝から何やってるんだ?」

 そう言って、二人に言ったのは、小次郎であった。


「小次郎殿……」


「いやまぁ、夫婦仲が良いのは、問題ないのだが、父親としては、複雑だな。

 まぁいいや。夏、何か食べる物無いか?腹が減ってよ」


 小次郎がそう言うと、夏は頷き食事の用意を、始めたのであった。



 ―――――――――




「この、パンってやつは、美味いんだが、腹持ちが悪いよな、やっぱり、ルタイ人は米だよ米。

 米が食いてえよな」

 そう言った小次郎は、パンを食べながら言ったのであった。


「レイクシティの市場で、売っているのでは?」

 そう言ったのは、アデルであった。


「ダメダメ、レイクシティの米は、高すぎて毎日食べれねえよ。

 こう、寝て無い時は、茶漬けが食いてぇよ」


 その小次郎の言葉を聞いた、アデルはピクリと反応したのであった。

「……何があった?」


「実はな、昨日の夜に弓の名手の、亀吉が病になってな、左近衛大将殿のコネでルゴーニュの医者に、観てもらったんだが、普通の病と違い、魔法でも治せない、悪魔が原因らしい。

 他の者に乗り移る可能性が有るから、隔離して医者以外は、面会謝絶だそうだ。

 そこでだ、誰か弓の名手で、口の固い奴を紹介してくれねえか?このままなら、今日の夜に中央の火の見櫓から、狙撃できる奴が足りないんだよ」


「それなら、閣下の秘書第一の、クロエ少佐が適任だろう」


「あの左近衛大将殿に、いつもくっついている、メガネの姉ちゃんに、そんな知り合いがいるのか?」


「いや、知り合いでは無く、クロエ少佐本人が、適任だと言っているんだ」


「……マジかよ」


「マジだ。俺の方から手配しておいてやる」


「まぁ信じて無い訳じゃ、無いんだが……んじゃ、頼むわ。

 仕事は今晩だ、兄ちゃんも準備は怠るなよ」


「ああ」

 そう言ったアデルは、パンを口に入れて言ったのであった。




 ―――――――――




 その日の夜、湖の方から吹いてくる風は、一段と強くなり、まさに火計には、最適な夜になっていた。


 もう、そろそろかな?

 そう思いながら小次郎は、三角州の村の中央にある広場で、クロエの到着を待っていると、空間転移の黒い煙が、小次郎の前に出てきたのであった。


 お、やっと来たか。

 そう思いながら小次郎は、空間転移の煙に近付くと、中から出てきたのは、クロエとジャックであった。


「え?どちら様?」

 思わず小次郎がそう言ったのは、無理も無かった、クロエはメガネを外し、羽根つきの黒マントを着ていたからである。



「ありがとう、ジャック。今度、秘書室の二人を連れて、飲みに行ってあげるよ」


「いや、お前達は煩いから、来ない方がありがたい」


「またまた、そんな事を言って。綺麗なお嬢様が、客にいるなら、それ目当ての男の客が増えるよ」


「……フッ、綺麗なお嬢様達、ならばな」

 そう鼻で笑ったジャックは、そのまま空間転移で、戻って行ったのであった。


「何だよ、ジャックの奴は……そうだ、あの言い方じゃ、私達が違うみたいじゃ、ないかよ!

 お、小次郎殿、今日は……どうしました、そんなに驚いて」


 そう言ったクロエの目線の先には、驚いて口をあんぐりと開けている小次郎であった。

「な、なぁ、お前って、あのメガネの姉ちゃんか?」


「そうですよ」


「いや、すまなかった……そのマントは、本物か?」


「本物ですけど……どうしました?」


「って事は、本物のレイヴンかよ。

 いや、その噂は、散々に聞いてきたんだが、本物がこんなにも近くに、居たなんて……姉ちゃんの二つ名って何だよ?」


「それは……言いたくは、ありません」

 そう言ったクロエは、耳まで赤くしていたのであった。


「何だ?……まぁ良いや。でも、こんな風だけど、大丈夫か?」


「それは、問題ありません。それに、少し試してみたい事も、ありましたし」


「試してみたい事?」


「それは、その時迄のお楽しみです」

 そう言ったクロエは、自信に満ち溢れていたのであった。



 ―――――――――



 その夜、周囲が寝静まった頃、幾つもの黒い影が無言で、三角州の村の入り口にやって来ていた。

 その影の正体は、甲賀衆と風間衆の忍で、彼等は無言で村の入り口に立つと、お互いに目を見て頷き、甲賀衆は、何も言わずに、村の中に入って行ったのであった。


 そして、いりくんだ村の路地を進みながら、甲賀衆は二人一組に別れて散って行くと、何処からか「カッ、カッ」と木の叩く音が聞こえたのである。

 こんなにも風が強いのだ、外に置いていた、桶が風に飛ばされ、壁に当たったのだろうと、気にもせずにいたのであるが、住民が起きて来ないかだけは、心配していたのであった。


 だがその音は、中央の火の見櫓にいる、小次郎が鳴らした音であった。

 その音を聞いた、入り口に居た風間衆は、素早く路地から大きな板を取り出すと、入り口に嵌め込み、まるで今まで、そこに入り口が無かったかの様に、偽装したのである。


 更に、村の中では、甲賀衆が通った後の通路が、新たに壁が嵌め込まれて、通路が出来て、その内部が大きく変わっていったのであった。


「凄いなこれは。これでは、逃げる事も出来ない」

 暗闇の中で、村が静かに変わっていく、その様子を見たクロエが、その思わず感心し、言ったのであった。


「これが、風間一族の奇門遁甲って戦術だ。これで外から入った部外者は、出れずに今まで皆殺しに、してきたんだよ。

 でも姉ちゃん、こんなにも火の見櫓が、風で揺れちまっているけど、大丈夫か?」

 そう小次郎が心配するのも無理は無かった。

 小次郎とクロエがいる火の見櫓は、その強い風で大きく揺れていたのである。


「問題ありません、こんなの戦場では普通です」

 そう言ったクロエは、弓を構えて言ったのであった。


 全くこいつは、今までどんな戦場にいたんだよ。

 そう思いながら、小次郎はクロエを見詰めていると、クロエは少し照れながら、言ったのであった。

「あの、あんまり見詰めるの、止めてもらえますか?」


「ああ、すまん」

 そう言った小次郎は、ポリポリと頭をかいたのであった。


 さてと、夜目に慣らしていたとは言え、少し見にくいが、問題ないレベルだ。

 まずは、あの隙間を通る奴等からだ。

 そう思いながらクロエは、静かに息を吐くとタイミングを見計らって、言ったのである。

「ブルズ・アイ」

 そう言った、クロエが持つ弓矢の鏃の先に、3つの小さな魔方陣が出ると、クロエは暫く構えて矢を放ったのであった。


 クロエの指先から放たれた矢は、風の影響を受けながら、大きく弧を描き、壁の板の隙間をすり抜けて、一人の甲賀衆のこめかみを貫通し、そのまま反対側の壁に、音を立てて突き刺さったのであった。


 生き残った、もう一人の甲賀衆は、何が起こったのか、理解できずにいた。

 いや理解はできる。この矢の方向からして、この壁に出来た僅かな隙間から、飛んできたのだと。

 だがこの強風で、更には、この僅かの隙間からの攻撃である、そんな事が出来るなど、とても信じられる事が、出来なかったのであった。


 そして、この甲賀衆は、この隙間を避けて別の穴から、矢の飛んできた方向を、確認した時であった、覗いた目を貫通し、クロエの放った矢が突き刺さったのであった。



「マジかよ、何て腕前だよ」

 その光景を見た小次郎は、まさに神業とも言うべき、クロエの弓の腕前に、思わず脱帽したのであった。


「まぁこれは、新しく覚えたスキルのおかげでも、あるんですけどね」


「スキルの?」


「ブルズ・アイってスキルは、狩人(イエーガー)の上級職である、狙撃手(スナイパー)と魔導師を組み合わせて出来るスキルで、風等の影響を受けての弾道予測と、射出速度を3割向上させてくれる、スキルなんですよ」

 本当に、あの時に姫様が言っていた、閣下の恩恵は凄い……レベルが、凄まじい勢いで上がって行く。

 でも、それに甘んじていては、ダメだ。

 自分の腕も磨かなくては、宝の持ち腐れだ。

 そう思いながらクロエは、気持ちを引き締め直していると、小次郎は呆れてクロエに、言ったのであった。


「いや姉ちゃんよ、簡単に言うけど、そのスキルって、元々の腕が無ければ、こんな芸当は、出来ないだろうよ。

 それに、その腰に下げた剣からして、剣の腕前も相当だろう……本当にレイヴンって、化け物集団なんだな」


「や、やっぱりそう思います?だから私は、あんまり有名に、なりたくは、無いんですよ。

 閣下からは、最近女性として、見られているのか、怪しい所もあるし……」

 そう言ったクロエは、かなり落ち込んでいたのであった。


 この話題は、地雷だったな……今度から気を付けよう。

 そう思いながらも小次郎は、火の見櫓にある木の板を、木槌で三度叩いたのであった。


 その音は、村中に響き渡り、移動する忍達に向かって、一斉に壁から槍が突き出され、毒のついた吹き矢が、放たれたのであった。


 だが、さすがは忍である、この攻撃で命を落とした者は、僅かに2名のみで、残りの者は、負傷している者はいたが、全員がまだ動けたのであった。


 これは、罠だ。

 そう感じた、実行部隊の隊長らしき忍が、懐から笛を取り出し吹くと、忍達は一斉に退却し始めたのである。

 忍はある種の、徹底したリアリストである。

 無理と判断したら逃げて、命を粗末にしない者であった。

 命が有れば次の機会もあるし、この村の情報だけでも、持ち帰る事が出来たら、次は対策を練る事が出来る。

 その為には、早く確実に撤退する事を、選んだのであった。


 だが、槍や吹き矢をかわしながら、道を戻っても、道があったはずの所が、行き止まりになっていたり、壁だった所に道が出来ていたりと、入って来た時とは、その姿を変えており、撤退は簡単では、無かったのである。


 業を煮やした者が、建物の屋根に飛び上がると、クロエの弓矢の餌食となり、その光景は他の忍も目撃し、屋根からの撤退は諦めたのであった。

 そこで忍達は、各自川を目指す者や、建物の中に入り、やり過ごそうとする者に、別れたのである。


 それは、アデルと夏の住む、一軒の家にも現れた。二人の忍が、扉を蹴破って入って来たのである。


 やはり、中にも来たか。

 そう思った、アデルは静かに剣を抜いて、二人の忍に構えたのであった。


 夏は、戦闘は大丈夫か?

 ふとそう思ったアデルが、横をチラリと見ると、夏は忍独特の、反りの無い直刀の忍者刀を構えて、落ち着いている。

 それを見たアデルは、夏は戦闘の経験もあるのかと、少し安堵したのだが、それが四人の戦闘の開始の、引き金となったのであった。


 その横を向いたアデルの一瞬の隙を見逃さず、二人の忍は、一斉にアデルに向かって、手裏剣を投げると同時に斬りかかって来たのであった。


 マズイ!

 そう思ったアデルは、夏の前の忍が投げた手裏剣と攻撃は諦めて、自分の前からの手裏剣だけを弾くと同時に、斬りかかって来た、目の前の忍の、刀の突きをかわしながら、身体に前蹴りを放ち、距離を取ったのであった。


 だが、アデルが覚悟していた、もう一人の忍の攻撃は、全くアデルに届かなかったのである。

 それもそのはず、夏がアデルに向かって、飛んできた手裏剣を、忍者刀で弾くその流れで、峰打ちで夏の前の忍びに、袈裟斬りを食らわせたからであった。

 これは、夏がこの忍が、鎖帷子を下に着てると思った為で、刃の部分での攻撃では無く、その裏の峰の部分で打ち付けて、確実にダメージを狙った為であった。


 なるほど、コイツら服の下に、チェーンメイルを着ているのか。

 距離を取った時に感じた、相手の胴体の違和感を感じたアデルは、直ぐ様その違和感の正体に気がついたのであった。


 しかし、コイツらチェーンメイルを着ても、あの動きが出来るのか。

 まったくルタイ皇国の忍は、本当に化け物だな。

 アデルがそう思うのも無理は無かった。アデルは重いチェーンメイルを着ると、自分の武器であるスピードが、殺されてしまうと思い、チェーンメイルは着てなかったのであった。


 夏は、どうやら俺をフォローしてくれた様だが、どうやら心配されていたのは、俺の方だったのか。

 そう思ったアデルは、今まで夏の事を心配していた自分が、とんだ間抜けの様に思い、夏に自分の背中を任せようと、思ったのであった。


 そしてアデルは、一言。

「行くぞ」

 その言葉でアデルと夏は、一気に攻勢に出たのであった。


 アデルは、目の前の忍に向かい、苦無を投げると、忍の注意が投げた苦無に行った瞬間、影の中に入り、忍の背後から音も無く出ると、長い千枚通しの様な武器で、忍の延髄から急所を、一気に突き刺したのである。


 さすがにこれでは、忍の着ている鎖帷子は、意味は無く、鎖の隙間を通ったアデルの武器は、延髄から口を一気に貫通し、忍は目を見開いたまま、ビクンビクンと動いて、絶命したのであった。



 一方夏は、残りの忍びに突っ込み、忍の水平斬りをしゃがんでかわすと同時に、鎖帷子の無い忍の足の甲に、苦無を突き立てて動きを封じると、膝の皿を一気に踏み抜いたのであった。


 だが、さすがは、甲賀衆と言った所だろうか、その忍は自身の足が、曲がってはいけない方向に、曲がっているにも関わらず、右の拳で夏を殴り付け様と、拳を放ったのだが、夏は下からのパンチで、その拳の軌道を上に反らせ、残った右手で、がら空きになった忍の胴体の中央付近に、拳を握り締めた状態で、思いっきり手刀を浴びせたのであった。


 その一撃の衝撃は、正確にその忍の心臓に届き、心臓震盪の症状となり、忍は意識を失い倒れたのである。

 この症状は、スポーツの世界ではたまにある、胸に大きな衝撃が加わった時に起こる、症状であったが、夏はそれを、人為的に作り出したのであった。


 そして、夏は意識を失い、倒れている忍に近寄ると、そのまま唯一開いている目の部分に、無表情で刀を突き立てたのであった。


「今の技は?」


 思わず聞いたアデルに、夏は無表情で答えたのである。

「心中掌…風間一族の長の家に代々伝わる技。

 父上ならば、相手を確実に殺せるけど、私はまだ殺せるのと、意識だけ奪えるの半々」


「その技、俺に教えてくれないか?」


「……時間かかるよ」


「問題ない」

 その言葉でアデルは、より自分の高みを目指そうと、心に誓ったのであった。




 生き残ったのは、たったの4人だけか。

 残りは、反対側の川に出たのだろうが、何れ程の人数だろうか……

 思わずそう思った忍の隊長の目の前は、生き残った3人の忍がいたのであった。


 しかし、ここであまり時間を、かける訳には、いかない。

 だがあの村が罠だと言うなら、ここにもやはり、何かしらの罠が、あるのだろう。

 そう思った隊長は、残りの忍に頷くと、残りの忍び達も、同じ考えなのか、隊長に頷き川に入って、行ったのであったが、その川に入った忍び達に近付く、黒い影があったのであった。




 ―――――――――




「しかし、左近衛大将殿よ、夜は寒くなってきたの」

 そう言ったのは、屋形船で堀ごたつに入っているラニス皇帝であった。


「そうですね。でも冬には、冬の風情ってのがありますよ」

 そう言ったのは、同じくこたつに入っている、左近であった。


「意外と左近衛大将殿は、詩人じゃの。しかしこのこたつは、魔物のごとき誘惑があるの。

 この、こたつの中に在る、足湯に足を入れていると、ポカポカして、もう出たくは無いのう……ワシ、ここに住んでも良いな」


 いや陛下、気持ちは分かるけど、それは風邪をひくぞ。

 左近がそう思っていると、着物姿の鶴がとっくりで、ラニスに酒を注ぎながら言ったのであった。

「陛下、そんな事を言っていたら、后妃様に怒られますよ」


「お、そうか。すまん、すまん」


 何だろうか、この銀座のクラブに居る様な感じ。

 今目の前にいるのは、社長とクラブのチーママに見える。

 そう思っている左近達の元に、黒いアザラシの男がやって来て、言ったのであった。

「お嬢、魚が川に入りやしたぜ」


 あ、このアザラシの一言で、あら不思議、目の前に居るのが、組長と姉さんに見えました。

 そんな事を、心で思っている左近に対して、鶴は妖艶な笑みを浮かべて言ったのであった。

「では、お二人様、これより釣りのお時間で、御座います」


 そう言って、二人に御辞儀すると、その背後の障子が勢いよく開かれ、川の両岸に、この強風の中でも明るく水面を照らす、篝火が灯されたのであった。




 何だ?急に水面が明るくなった……やはり、ここも罠だったか。何だあれは?

 そう思った忍の隊長の目の前には、大量の網が水中に漂っていたのである。


 ここが死に場所か……ならば、取る道はただ1つ。

 瞬時にそう思ったのは、他の忍も同じ様で、各自一斉に、左近達の乗っている、大きな屋形船を目指し、泳ぎだしたのであった。


 こんな、漁で使う網ごときで、我々を本気で防げると、思っているのか?

 そう思いながら忍び達は、懐から短刀を取りだし、網を斬りその間を抜けて、屋形船を目指したのだが、網に取り付けられている、無数の釣り針が服に引っ掛かり、中々すんなりと、抜けれなかたのである。

 そしてその振動は、水面にいる鶴達にも、伝わっていた。


 浮きに取り付けられた鈴が、複数チリンと音を立てて鶴達に、居場所を知らせたのである、

 鶴がその音と共に、スッと手を上げると、屋形船と小舟の先に立っている、アザラシの獣人や、リザードマンが銛を構えて静かに息を呑み、見守っていたのであった。


 いくら甲賀衆が、水中戦が得意と言っても、所詮は彼等は人間である、この鶴の配下の獣人達と違い、息が続くのには、限界がある。

 その空気を取り込むために、限界を迎えた者が、水面に小さな竹筒を出して、ピュっと水抜きをした瞬間であった、水面から無数の銛が飛んできて、その忍の身体に突き刺さり、水面は忍の血液で真っ赤に染まったのであった。


 なるほど、この世界は、圧倒的に人間の種族が多い。

 アデルが特殊なだけで、本来は少数の獣人や亜人が忍をやるより、人間の方が、諜報活動が容易だ。

 ならば、いくら水中戦が得意と言っても、所詮は人間、空気を体内に取り込まなきゃ、死んでしまうのは、当たり前だ。


 そして、その行く手を邪魔するかの様な、網に釣り針……網を斬るのにも、時間や酸素を消費させ、さらに浮きに取り付けられた鈴が、大まかな位置を知らせてくれる。

 この考えは、まさに水軍ならではの発想だ。

 鶴は、もしかしたら水軍だけでは、終わる様な奴では無い、三好より俺の後継者に相応しいのは、こいつかもしれない。

 そう思った左近は、鶴の策略に感心していたのであった。



 既に、水面には、甲賀衆の三体の死体が浮いており、左近はもう終わりかと思っていたのだが、鶴の考えは違った。

 忍の、最後までのしぶとさを、知っている鶴は、二本の指を立てて、前に突き出すと、それを見たリザードマンは、小舟から川に飛び込むと、中には最早、死の直前とも言うべき顔の忍の隊長が、川の中に潜んでいたのであった。


 最早、彼には生きる事は、その脳裏には無く、一人でも多くの道連れを、求めていたのである。

 だが無情にも、彼の望みは叶う事は無かった。

 いくら甲賀衆が、水中戦が得意でも、彼の目の前にはリザードマンが二人である。

 その太く長い尾で、水の中をかき分けて、自由自在に動き回り、更に水中での攻撃が安易である、銛を持っている。


 それに対してこちらは、忍者刀と短刀に手裏剣や煙玉である。

 この絶望的な戦力差であっても、彼は最後まで諦めなかったのであった。


 彼は、胸を銛で貫かれても、その銛を掴み離さずに、リザードマンを捕まえようとしたのであった。

 これには、リザードマンが驚き、慌てたのであったが、彼がもう少しで届くと言った時に、水面から大きな銛が彼の背中を貫通し、底に在る岩に突き刺さったのであった。


 その瞬間、彼はどうあがいても、誰も道連れに出来ない。

 そう悟った時、彼は持っていた短刀で、首をかっ斬って自決し、そのまま水中に漂ったのであった。


 思わぬ事態に、目を丸くしていたリザードマン達は、周辺をそのまま捜索し、安全を確かめると、小舟に戻り鶴に頭を下げて、合図を出したのであった。


 鶴は、その合図を確認すると、そのまま振り返り、左近達に向かい、三つ指を突いて御辞儀をすると言った。

「以上我等の戦、楽しんで頂けたでしょうか。

 これよりは、我が故郷より取り寄せた、名酒や魚をお楽しみ下さいませ」

 鶴がそう言うと、左近達の前に酒と魚が並べられていったのであった。


「美味い!

 どうじゃ左近衛大将殿よ、この屋形船、定期的に運航せんか?ワシは、この屋形船を気に入ったぞ」

 そう言いながら、ラニスは酒を飲んで言ったのであった。


「そうですね、陛下がそうおっしゃるなら、そうしましょうか」

 そう言いながら左近は、別の事を考えていたのであった。


 さてと、この次は俺の番だな。

 弾正尹よ、このままでは済まさんぞ。

 そう思いながら、左近はラニスと、酒を飲んでいたのであった。


 この日、風間一族の襲撃を企てた甲賀衆は、全て殺され、風間一族の被害は、建物内部での戦闘で6名の負傷者を出し、死亡者は皆無であり、この日から本格的に、三角州の村の建設が、始まったのであった。




 ―――――――――




 甲賀衆の襲撃の翌日、ルタイ皇国は、早朝より雨が降っていた。

 忠輝は、深夜より徐々に強くなる雨音で、夜も明けぬうちから目を覚まし、自身の館の寝室を出た。

 正確には、雨音で目を覚ましたと言うよりは、三角州の村を襲撃されたと言う、左近の気持ちを思うと、まるで遠足に行く前の、小学生の様に、ワクワクして、いてもたっても、いられなかったのである。


 雨か……この雨、左大将の心の雨と言った所か。

 ああ、早く苦しむ左大将を見てみたい、奴めどんな顔で、悲しんでいるのだろう?

 早くあの忍より、報せが来ないものだろうか。

 そう思いながら忠輝は、縁側に出てみると、柱に矢文が刺さっているのを、発見したのであった。


 矢文?誰も今まで、気が付かなかったのか?

 そう思いながら忠輝は、矢文を抜き、くくりつけられている文を、読んだのであった。


「次は当てる」

 何だこれは?何を当てると言うのだ?

 そう思った時であった、忠輝の目の前に在る、庭園の松の木に轟音を立てて、雷が落ちたのであった。


 な、何だ!何が起こった!

 そう思いながら、衝撃で倒れた忠輝に、家人たちが心配し、駆け寄って来たのであった。


「御館様、大丈夫で御座いますか!」


「心配ない、大丈夫だ」

 そう言って、駆け寄った家人達を振り払い、忠輝は立ち上がったのであった。


 こ、この落雷は、まさか魔法なのか?

 いや、そんなはずは無い、雨も降っておるし、たまたまだ……そうに、決まっておる。

 忠輝がそう思った時であった、一度目の落雷と同じ場所に、もう一度轟音を立てて、落雷が落ちたのであった。

 その光景に、家人達は驚いていたのだが、忠輝だけは違う意味で、驚いていたのである。


 これは、やはり魔法の攻撃だ。

 あの矢文の内容と言い、私の謀だとバレていると言う事か?

 だが、あの落雷の正確さ……あれでは雨の日ならば、落雷を落とせば、いつでもバレずに暗殺出来るぞとの、左大将の警告では無いのか?

 だとするなら、下手に左大将を刺激するのはマズイ。

 左大将が思い止まっても、アイツの娘のパンドラは、何をするか分からんからな。

 口惜しいが、暫くは大人しくするしか無いか……だが見ておけよ、この借りは必ずや返してやる。

 そう思いながら忠輝は、左近に対して、復讐の炎を胸に秘めたのであった。





「しかし、あれで良かったのですか?何でしたら、家に落としても、良かったと、思うのですが」

 そう言ったのは、山の中腹で、雨の中を左近と二人で傘をさす、クロエであった。


「いやあれで良い。あれならば、弾正尹にだけ、こちらからのメッセージが、伝わっただろう」


「ふぅん、そんな物ですかね。あ、閣下、肩が濡れております、もう少し傘を閣下の方向に、移動された方が」


「いや、それだと、お前が濡れるだろ。お前は俺の大事な、秘書なんだから、風邪でもひかれたら、俺が困る」


「で、では、せめてもう少し寄りますね」

 左近がそう言うと、クロエは耳まで真っ赤にして、言ったのであった。


 しかし、そんなクロエの気持ちを、打ち消すかの様に、緑のポンチョを着たディアとクマが、ピョンピョンと跳ねて言って来たのである。

「ねえねえ、兄ちゃん。ボクの方が、上手に雷を落とせたよね?」


「違うよ、兄ちゃん、私だよね?」


「そうだな、今日の所は引き分けだな。二人とも上手に雷を、落とせたからな」


『え~!』

 左近の言葉に、不満そうに二人は、言ったのであった。


「んじゃさ、せめて前に言っていた、新しい名前をボクにちょうだい」


「私は、いいや。ディアって可愛いもん」

 ディアがそう言うと、クマは明らかに不満そうに、ディアを睨んだのであった。


 そう言えば前に、そんな約束をしていたな。

 でも、クマって皆に知れ渡ってるし……そうだ。

「じゃあ、こうしたらどうかな?バスティの様に、本当はバスティアンだけど、親しい人にだけ、バスティって呼んでもらう様に、クマもクーって呼んでもらうのは、どうだろうか?」


「クー……クーかぁ。うん、気に入った!ディア、今度からボクの事はクーって呼んでね」


「ヤダ、クマはクマだもん」


 あ、ヤバい、これはケンカする、お約束のパターンだ。

「お前達、喧嘩したら、明日の結婚式に出る、美味しい料理が食べれなくなるぞ」

 左近がそう言うと、二人は泣きそうな顔で、黙ったのであった。


「フフフ、閣下って、子供が苦手なイメージだったのですが、意外と得意だったのですね」

 そう言ったクロエは、幸せそうに笑っていたのであった。


「俺は意外と、子供好きだぞ。それより、今日は全然寝てないので、仕事は休みにして寝ようか?

 もちろんお前もだ。今日は蘭とヴィオラに任せて帰って良いぞ」


「ありがとう御座います。じゃあ二人に引き継ぎだけして、帰りますね。

 正直、もうくたくたです」

 そう言ったクロエは、本当に疲れてそうであった。

 こうして4人は、笑いながら、空間転移でレイクシティに、戻って行ったのであった。




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