執事とメイド
東暦元年、11月28日。
ザルツ王国の王女リリアナは、久し振りにパンドラに会いに、左近衛府の前にやって来ていた。
彼女は、ザルツ王国の内戦の時に、パンドラに会ってから、パンドラを気に入り、言われた様に、心を入れ換えて、父親のゲハルト国王の仕事を、勉強していたのであった。
久し振りに、パンドラに会える。
そんな、初めて出来た友人に、久し振りに会えると言った気持ちで、左近衛府にやって来たのである。
「いらっしゃいませ、リリアナ様」
そう言って、馬車から降りたリリアナを出迎えたのは、バスティと整列したメイド達であった。
「うむ、ご苦労」
ここの使用人達は、本当に素晴らしい。
我が王国も、ここまで行き届いた教育を見習いたいものだ。
そんな事を、思いながらも、リリアナは、バスティの元に行ったのであった。
「リリアナ王女様、お久しゅう御座いますな」
一礼してバスティは、リリアナに言ったのであった。
「うむ、息災だったか、バスティ。今日はパンドラに、会いに来たのだが、居るか?」
「はい、おられます。ただ今のお時間は、剣術の稽古中で御座います」
剣術の稽古?誰だろう?左近衛大将と、やっているのかな?
「そうか、左近衛大将殿とか?あのパンドラと同じぐらい強いのは、父親の、あの者しかおるまい」
「いえいえ、それが珠様の旦那様で、御座います。
ちょうど裏手におられますので、ご案内いたしましょう」
そう言ったバスティとリリアナは、歩きだしたのであった。
「なぁバスティ、珠は結婚していたのか?」
「それが、先日親族会議が開かれるほど、大問題になっておりまして。
実は、お恥ずかしながら、珠様は御館様が戦に行ってる間に、勝手にルタイ皇国の剣士様と、結婚されておりまして、その剣士様は、行方不明になっておられたのですが、つい先日現れたのですよ」
「それは、父親の左近衛大将も怒るだろう」
「かなり怒っておりまして、各騎士団の団長が見守る中での、親族会議だったのです。
もちろん、団長を入れたのは、御館様が暴れた時の為ですよ」
そう言ったバスティは、本当に楽しそうに言ったのであった。
リリアナは、パンドラやバスティ、テスタの事は、かなり気を許していた。
ちゃんと敬意を払いながらも、それでいて親しく接するこの者達は、何も要求してこないし、何も裏が無いとリリアナは、感じられるのだ。
「ハハハ、何だかその光景が目に浮かぶ様だな。
でもパンドラが剣術を稽古するって言っても、あの強さだし、かなう者など、いないだろう?」
そう言うとバスティは、急に立ち止まり、辺りを見渡し、誰もいないのを確認して、リリアナに小声で言ったのであった。
「リリアナ様、ここだけの話ですが、姫様は珠様の旦那様と戦い、瀕死の重傷を負って、ぺスパードのニーナ陛下の元に、運び込まれたのですよ」
その言葉を聞いたリリアナは、とても信じられないと、言った顔をして言ったのであった。
「そんなにか?」
「はい。
その後も、何度か挑まれましたが、全て圧勝されました」
一体何なんだ、この一族は?
珠の夫まで、その様な者とは……お父様が、左近衛大将の一族を欲しがるのも分かる。
誰か一人でも、我が国に居れば、それは勇者なんかより、かなりの戦力になるからな。
「テスタは、どうした?アイツは、パンドラがそんな事をされれば、ぶちギレて真っ先に飛んでいくだろ?
アイツはパンドラの事になると、親や恋人以上に大事にするからな」
「最初にやられた時に、飛んで行こうとして、姫様に怒られておりました。
姫様は、自分以外の者に、仇を取ってもらうのは、恥だと思っているようですな」
さすがは、パンドラだな。私が認めた者のことだけはある。
そう思っているリリアナに、パンドラに怒鳴りつける声が聞こえて来たのであった。
「パンドラ!何だその腰は!相手がいると思って、木刀を振れと言っているだろう!
それに先程から、スキルを使って楽をしておるだろ!面討ち百回追加!」
「もしかして、あれか?」
「その通りです」
そう言ったバスティを尻目に、リリアナは建物の陰から、覗くとそこには、胴着を着て木刀を振るパンドラと、同じく胴着を着た大きな侍。
そして、優雅にお茶を楽しみながらそれを見物する、左近達、佐倉家のメンバーがいたのであった。
何だあれは?娘がやられているのに、何でみんな優雅にお茶しているんだ?
そう思ったリリアナの視界に、その奥で親指の爪を、悔しそうに、鬼の形相で噛んでいるテスタがいたのである。
お、テスタがキレてるよ……しかも尋常じゃないぞあれ。
殺意のオーラが出ている。
そう思っているリリアナは、怒りを我慢しているテスタに、注目していたのであった。
そして、そのテスタはと言うと。
殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!よくも私の愛する姫様に、あの様な事を言って。
これが珠様の夫でなければ、即殺してやるのに!
珠様の夫だから許す?否!
そうだ、珠様の夫だろうが関係無い、御館様と姫様のいない所で、殺してやりますわ!
我が愛しの姫様を、愚弄した事を、後悔させてくれよう。
そう思いながら、憎しみのこもった目で、睨み付けていたのであった。
その時である、兵庫がクルリとリリアナとバスティの方向を向いて、言ったのであった。
「誰だ、先程から盗み見とは、感心せんな」
兵庫がそう言うと、恐る恐る出てきたのは、バスティとリリアナであった。
「申し訳御座いません、兵庫様。稽古の邪魔になると思いまして。
こちらは、ザルツ王国のリリアナ王女様で御座います。
リリアナ様、こちらは、珠様の夫の柳生 兵庫助 利厳様で御座います」
「ザルツ王国の王女リリアナで、御座います」
そう言うとリリアナは、貴族らしく、スカートをつまみ上げて、御辞儀をしたのであった
「某、柳生 兵庫助 利厳と申します。生憎と大陸の言葉は、まだ分かりませんのでご容赦下あれ」
そう言うと兵庫は頭を下げて、バスティが通訳し、リリアナは笑顔で頷いたのであった。
「所でバスティ、お前ちょっと手伝え」
「私がですか?」
兵庫にいきなり話を振られて、少し驚きながらバスティは言ったのであった。
「そうだ。このパンドラは、どうも相手がいないと、やる気が出ない様なんだ。
そこでお前が、そこの防具を着けて、適当に当たらない様にかわしながら、パンドラの相手をしてくれ。
パンドラ、竹刀に持ち代えろ」
この兵庫の言葉を聞いて、バスティは暫く考え、何か良い事を、思い付いたかの様に、言ったのであった。
「それでしたら、このテスタが適任かと思います」
「テスタが?確かに女にしては、腕は立つ様だが、大丈夫か?」
「大丈夫です、私にお任せ下さいませ」
「そうか、じゃあテスタ、お前があの防具を着けて、パンドラの前に立て」
兵庫にそう言われて、明らかに、ムスッとしたテスタの元に、バスティがやって来て、テスタに囁いたのであった。
「テスタ、貴女は、姫様の練習台に、なれるのですよ。
それと、私から1つアドバイスです。貴女の得意な事を、よぉく考えて、練習台になってみなさい」
「練習台に……かなり良い響きですが……まぁ、バスティがそう言うのなら……」
そう言ったテスタは、渋々と防具を手に取り、面を着けようとすると、男の汗の臭いが染み付いた面に、明らかに嫌悪感をむき出しにして、兵庫に言ったのであった。
「兵庫様……これ、洗濯していますか?」
「バカ者、そんな大きな物が、洗濯出来るわけ無かろう。
早く着けて、こっちに来い」
クソ、これが愛しの姫様や、御館様の汗なら、私は喜んでかぶろう。
いや、むしろ私が頬擦りし、舐め取っても、良いぐらいだ。
それを、何処の誰かも分からない者の、汗に包まれるなど……こんなにも、おぞましい事は……でも姫様の為、私の姫様に対する愛は、こんな事では、負けん!
そう思いながらテスタは、防具を着けると、バスティが近寄って来て、言ったのであった。
「良いですかテスタ、何事もイメージですよ、全ては妄想の先にあるのです」
「い、意味は分かりませんが、とにかく分かりました」
そう言って頷いたテスタは、パンドラの正面に立ったのであった。
ウッ、このむせかえる誰か分からん、他の男の汗の臭いが、私を包み込み、鼻の奥まで私を、蹂躙している様だ。
吐き気がする、気持ち悪い……知らない男に抱き締められている様な、この嫌悪感、とても耐えられない。
そう思い、今にも泣き出しそうなテスタに、無情な兵庫のゴングが、鳴らされたのであった。
「それでは、面討ち百本、始め!」
「せいや!」
ああ、姫様が私に打ち込んでくる……この他の誰かに、凌辱されている私に対して……そうだ、かわさねば。
そう無意識に思ったテスタは、パンドラの竹刀を、難なくかわしたのであった。
「テスタァ~」
そう言って怨みの目でテスタを睨む、パンドラにテスタは、胸を高鳴らせたのであった。
こ、これは、まさか!
「こらパンドラ、そんな腰の入っていない打ち込みで、当たると思っているのか!後二回外したら、百回追加だぞ!」
兵庫に言われて、パンドラはテスタに、殺気の入った一撃を食らわせようと、構えたのであった。
こ、これよ!まるで他の誰かに、抱かれているのを、姫様が殺気を込めて、私に折檻する様な感じ。
そうか、バスティがイメージしろと、私の妄想力をフル活用せよと言って、譲ってくれたのが分かった。
さぁ姫様、来て下さい、この他の誰かに抱かれている私を、激しく折檻してください。
そう思っているテスタに、一瞬でパンドラの面が脳天に入ったのであった。
あぁ、これ……今まで求めていたのは、これです。
もう少しで、イキそうだけども、もう少し上が有るような……そうだ、スキルを使ったら、姫様怒るかな?
……使ってみよう
そう思っているテスタとは違い、パンドラは真剣だったのだが、兵庫は更に、テスタの喜びそうな事を、言ったのであった。
「何だパンドラ、それがお前の本気の一撃か?もっと本気を出せ!無理ならこの場で、俺がまた相手をしてやろうか?」
「バカにするなぁぁ!」
そう言って打ち込んだパンドラの一撃は、今までで最高の一撃はであった。テスタがスキルを出さなければだったのだが。
ザ・ミラー
お、良い太刀筋だ。
左近が思わずパンドラの太刀筋を見て、そう思った瞬間、スパーンと言った音と共に、パンドラが頭を抱えて踞ったのであった。
え?何で?
その場に居た全員が思った事であった。
攻撃されたテスタは、全然平気そうなのに、攻撃した側のパンドラが、ダメージを受けていたのである。
そして、その左近の疑問をバスティが答えたのであった。
「あれは、テスタのユニークスキルのザ・ミラーですね」
「どんな、スキルだ?」
「まさに、絶対防御のスキルです。
自身に攻撃を受けると、攻撃をした側がダメージを受けると言うスキルです。
例えば、あのスキルを使用したテスタの首を斬りつけると、斬った者の首が斬れ、テスタは無傷と言ったスキルです。
しかも、意地の悪い事にテスタは、当たる直前に、防具の一番薄い部分で、姫様の攻撃を受けたので、あれは痛いでしょう」
マジかよ、テスタの大きな鎌に注目していて、全く気が付かなかった……そんな、スキルは最強じゃね?
「バスティ、もしかしてパンドラより、テスタの方が強いのか?」
「まさか。テスタや私よりも姫様がお強いですよ。
私のスキルは、アクセルと言って尋常では無い動体視力と、それに対応する肉体の強化と速度を上げるスキルですが、あの姫様には、全く歯がたちません。
姫様が得意とするのは、重力制御と原子制御です。
私も理論は分かりませんが、重力と原子と言う物を操る様ですね。
……そう言えば、姫様が「お父様に教えて頂いた知識の中に、私のスキルの答えがありました」と、喜んでおられましたよ」
重力と原子を……アイツ、滅茶苦茶なスキルを持っているな。
それに加えて、俺のスキルだろ……パンドラ、剣を習わなくても、兵庫を倒せるんじゃね?
そう思っていると、アイリスが左近に聞いて来たのであった。
「ねえねえ、その重力とか原子って何?」
「難しいなぁ……聞きたい?」
左近がそう言うと、その場全員が大きく頷いたのであった。
「そうだな、まずは重力からだが、このティーカップを持ち上げて、手を離したらどうなる?」
「……下に落ちるだけ」
「そうだな、セシルの言う通り、下に落ちるだけだ。
でもな、このティーカップが下に落ちる見えない力が、重力って力なんだよ。
パンドラは今までで、空を飛んだりしていた……って事は、空を飛んでいたのでは無くて、その力を操り、空に落ちていたと言うのが、正解だな。
それで今までで敵を、ボールの様にしていた事と、空に浮いたりしていた事を考えると、その重力の強さも操れるって事だ」
あ、あかん、全員が理解不能の顔になっている。
「……じゃあ原子は?」
「原子か……説明が難しいな……
この世の全ては、原子と言った、砂よりも小さな粒で出来ているんだ……分からないよな、まぁ今度そう言うのを、勉強したい人だけ教えてやるよ」
左近がそう言っている間に、パンドラは立ち上がり、テスタを睨み付けて言ったのである。
「テ~ス~タ~」
これです、この目です、さぁ姫様、私に最高の一撃を下さいませ。
そう思っていた、テスタに最高のスパイスが加わる事になったのであった。
怒りで我を忘れて、飛びかかったパンドラの背後から、兵庫の霊剣が薙ぎ払われたのである。
パンドラは、そのまま吹き飛ばされ着地すると、脇腹を押さえて、兵庫を睨み付けたのであった。
「何だその目は、怒りに囚われるな!怒りを内に秘め、頭は冷静になれ!」
パンドラは兵庫にそう言われると、目を瞑り息を静かに吐くと、再び目を見開いた時には、そこには瞳の奥に静かな狂気を秘めた、パンドラがいたのである。
姫様の殺気が無くなった?
いや違う、より洗練された殺気になったんだ。
最高ではないですか!兵庫様は、こう言った姫様を育てたいのか……この状態の姫様に折檻されたら、想像しただけでもう……
そう思っているテスタにパンドラは、今までに無い程のキレとスピードの一撃を、打ち込んだのであった。
「あっ……」
微かに漏れる、テスタの快楽の声を、左近の地獄耳は、聞き逃さなかったのであった。
今の声……テスタか?何だか、あの最中の様な、快楽の声の様だが。
ん?あの防具の下のテスタの顔は、あれは感じている顔じゃ……まさかとは思うが、テスタはそっちの属性が有るのか?
そう思っている左近に、バスティが小声で左近だけに聞こえる様に、耳元で言ってきたのであった。
「どうやら、御館様は、お気付きになられましたか?」
「お気付きに?……やはり、そうなのか?」
「はい。
ただし、相手はパンドラ様と、御館様に限定されますが」
お、俺もかよ!ドMのメイド、それはそれで、最高なんだが。
すまぬテスタよ、俺はまだ、そこまでのレベルでは無いんだ、精進するので、それまで待っていてくれ、師匠。
左近は、そう思いながら、目頭を押さえていると、後ろの建物の中で、他のメイドがざわついているのに、気がついたのであった。
「バスティよ、あの後ろのメイド達は、どうしたのだ?」
「あれですか、おそらくテスタを応援したいけど、仕事があるので、隠れて応援しているのでしょう。
テスタは、メイド達にお姉様と呼ばれて、人気があるので」
「ほう、あのテスタが……確かに、黙っていれば美人だが、メイドとしては、結構失敗をやらかす、危なっかしい奴なのにな」
「ああ、それね。
実はですね、他のメイドが失敗しても、「分かった、これは私の責任だ」って言って、自分がやったと、パンドラ様や御館様に報告するので、メイド達から慕われているのです」
「何だ、性格のキツそうな顔をしているが、良い所があるじゃないか」
「本当に、そう思いますか?」
そう言ったバスティは、何か言いたそうであった。
何だよ、何か有るのか?……まさか!俺やパンドラに、自分がやったって報告するのは、怒られたいって欲望の為か?
「まさか……」
「はい、そのまさかです」
そう言ったバスティは、爽やかな笑顔で言ったのであった。
知らなかった、テスタがそんなに、ドMだったとは。
あの外見からじゃ、どう見ても女王様のドSだと思っていたのに……今度から心の中で、師匠と呼ぼう。
そう思っている左近に、バスティは驚くべき事を言ったのであった。
「テスタは、御館様に報告しても、「気にするな、次から気を付けろ」しか言われないので、毎回かなり落ち込んでいました。
ですが御館様、今後もその方針でお願いします。変にフォローとかは、要りませんので」
バスティの奴、変な事を言うな……まさか、テスタをこんな性癖に誘導したのは、バスティで。
この俺の反応の事も、利用する気じゃ無いだろうな!
思わず左近が、バスティを見上げると、バスティは笑顔で言ったのである。
「はい、その通りで御座います」
あ、侮っていた……
俺はバスティの事を侮っていた。このジジイは、知らない内に変わった性癖に調教する、闇の調教師だったのか……こいつこそ、真の神だ。
こいつ……いや、この御方に、俺はついていこう。
そう思いながら、左近はバスティを拝みたい気持ちを、必死に抑えていると、後ろからアデルの声がしたのであった。
「……館様……御館様!」
「うお!……何だよアデルか。すまん、ちょっと考え事を、していたのでな」
「そうでしたか。実は、魚が動く日が分かり、その出所も分かりました」
例の襲撃の日程と、依頼者か。
「分かった、明日にでも、鶴と小次郎を俺の執務室に来るように、伝えてくれ」
「承知」
そう言うとアデルは、そのまま消えたのであった。
あ、明日は弾正が来るんだった……まぁ襲撃事件も有るから、ちょうど良いかも知れんな。
そう思いながら、左近は紅茶を飲みながら、ふとリリアナを見ると、何だか気まずそうに、座っていたのである。
リリアナの奴、何で気まずそうに、座っているんだろう?俺が原因かな?
そう思いながら左近は、リリアナに聞き耳を立てていると、リリアナはセシルとセシリーに、小声で話し出したのであった。
「その……二人に、話があるんだが」
「……何?」
そう言ったリリアナに、セシルは冷たく言い、セシリーは無視していたのであった。
「小さな頃から、お前達を虐めていて、本当にすまなかった。
心から謝罪する……もちろん、お前達が許してくれるとは、思ってもいない。
あの時の私は、王女と言う地位を利用して、本当にお前達に、酷いことをしたと思う。
その怨みを晴らすためなら、何をしてくれても、かまわない」
その言葉を聞いたセシリーは、顔を違う方向に向けてはいるが、その拳に力が入っており、セシルも怒りで、身体をプルプルと震わせていた。
だがセシルは、目を瞑り、静かに息を吐くと、言ったのであった。
「……もう良いよ、色々は事があったけど、結果私達はこんなにも素敵な夫に出会えて、今の貴女よりも幸せだし。
セシリーも許してあげて、良いよね?」
そうセシルが言うとセシリーは、顔を背けたままで、頷いたのであった。
そうか、二人はリリアナから、虐められていたのか。
でもどうやら、リリアナは、本当に心を入れ換えた様だな。
後は時間が三人の仲を、何とかしてくれるだろう。
そう思いながら左近は、パンドラの稽古を見ていたのであった。
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翌日、早朝から執務室にやって来たのは、弾正であった。
何で朝からこんな、ジジイの顔を見なけりゃならんのだ……呼び出したのは、俺だけど。
そう思いながら左近は、クロエや天井の桐に出ていく様に言うと、二人っきりの部屋で、弾正に言ったのであった。
「なぁ弾正、今日来てもらったのは、お前に聞きたい事があったからだ」
「どうした、ラナちゃんをくれるのか?」
「聞きたい事がって言っただろ……それにラナは、やらん。
俺が聞きたいのは、火薬の存在だ。先に、この世界に来ていたお前なら、鉄砲隊を創設しようと考えたはずだ。
それが何故、鉄砲隊がいないんだ?」
左近が聞きたかったのは、火薬の存在であった。
左近は、おばちゃん神様から言われた、文明のレベルを上げるのを、考えていたのである。
それは、世界三大発明と言われている、活版印刷と火薬と羅針盤の存在であった。
活版印刷は、すでにぺスパード王朝が、発明している様なので、火薬の存在を知っている弾正に、聞いたのである。
「それか……ワシもお前の言うように、鉄砲隊の事は考えた。でもな、この世界に硝石が無いんじゃよ。
ルタイ皇国で、硝石が無い事は、予想はしておった、何せ日の本とそっくりじゃからの。
でもな、床下や便所の所にある黒土で、硝石を作ろうとしても、何をやっても、硝石が出来なかったのじゃよ」
「硝石が無い?」
「そうじゃ、この世界に魔法の様な、訳の分からない物が有るように、どうやら、ワシ等の世界とは少し理が、違うかもしれんの。
それにほれ、あのオリハルコンや、ミスリルと言った物は、ワシ等の世界には無かったじゃろ?」
確かに、弾正の言う通りだ。
前の世界には、オリハルコンやミスリルと言った物質は、無かった。
俺は今まで、前の世界の原理や物質は、普通に存在すると思っていたのだが、本当は違ったかもしれない。
これは、戦略を一から立て直さなくては、いけなくなるな。
「他に硝石の情報は、知らないか?」
「聞いた事が無いの…でも大陸の事は、ワシよりお主の方が、知っているであろう」
「そりゃそうか。
そうだ、話は変わるが、弾正お前、俺の親戚が集まっている、三角州の村を知っているか?」
「おお、あのお前の農園が、在る所じゃろ?」
「そうそう、その村だ。その村が今度、襲撃されるそうだ」
「な、なんじゃと!こうしてはおれん、警備を強化して……」
「まぁ待て弾正。こうして俺が知っているのは、どうしてだと思う?」
そう言った左近は、悪人の様な顔で、笑みを溢したのであった。
弾正は、暫く考えて何かを察したのか、驚き言ったのであった。
「小僧、お主まさか……」
「そのまさかだ、襲撃犯は、この世から退場して頂く。
何も問題はあるまい、これは正当なる防衛。そう、正当防衛なんだからな。
まぁ犯人が死んでしまうのは、たまたまだ」
「その様子じゃ、犯人の目星はついている様子じゃの」
「ああ、犯人はどうやら、甲賀者らしい。まぁ命令した者に、警告はするがね」
「……今回の件は、目を瞑るが、命令した者は、間違っても殺すなよ。
小僧を狙うとなれば、それ相応の地位の者じゃ。その者を殺せば、大なり小なり、混乱が起こるじゃろ」
「ああ、分かってるよ。だが、こちらも被害が出たら、もしかしたら、そいつは、大きな鴉に食われちまうかもな。
まぁ弾正よ、今日はありがとうな。また硝石について、何か分かったら教えてくれ」
「分かった、調べてみよう」
そう言って弾正が立ち上がり、何かを考えて、左近に言ったのであった。
「そう言えば、ワシは後世、どの様な評価を受けておった?」
「そうだな、日本三大梟雄と言われていたな。
美濃の斎藤 道三と、関東の北条 早雲で、お前だ」
「ハハハ、これは大層な名前と同列か。
……のう小僧、お主はこの世界で、大きな功名を成して、その名は天下に響いた……ワシは、この世では、ちっぽけな存在じゃの」
「そうか?お前も、結構有名人だろう?」
「のう小僧、実はワシに息子がおる、大和の信貴山城で名を久恒と言う。
高取城におられる、大和守護の島 大和守 清勝殿の家臣じゃ……ワシに何かあれば、久恒を頼む」
おいおい、これは死亡フラグだろ。
「弾正、心配するな、お前は殺しても死なんからな」
「全くこの小僧は、人を化け物の様に、言いおるわ」
そう言った弾正は、笑いながら左近の部屋から、出ていったのであった。
弾正め、化け物の様にじゃ無くて、化け物だろうが。
まぁとりあえず、問題は硝石だな。
硫黄温泉が在るから、硫黄は大丈夫だろう、鉛は無ければ、何かで代用すれば言い話だし、炭はもちろんあった。
やっぱり最大のネックは、硝石か。
作るのが無理なら、鉱石で無いかな?今度ロビンに、何でも鉱石を持って来させるか。
そう思っている左近の元に、クロエがノックして入って来たのであった。
「失礼します、鬼島大佐と小次郎様が、おこしになられました」
「お、そうか入ってくれ」
左近がそう言うと、鶴と小次郎が入って来たのであった。
「えっと、二人は初対面だよな?」
「そうですけど、先程小次郎殿と、秘書室で挨拶を、させていただきました」
「そうか、ならば話は早い。小次郎、説明を頼む」
「へい。
襲撃の決行日は、12月3日で雨ならば、10日に延期だそうです。
人数は、こちらが4名で、甲賀者は16名の合計20名です。
計画はこうです。村は橋を渡って、農園の先にあり、出入り口は1ヶ所しか無く、回りは高い塀に囲まれているので、その出入り口を押さえるのに、風間一族が2名、二本の橋に1名づつで、実行部隊に甲賀者16名が行くそうです。
これは、我等が個人での戦いに、優れていると言った、噂の為でしょうな。
それで、奴等が放火するのは、風向きも関係するでしょうが、奥の湖側から放火するそうですね。
そして、炙り出され出てきた所を、我等が殺すって段取りです」
なるほど、この作戦、味方の得意とする所に配置した、中々に優れた作戦だ。
「で、どうやって迎撃する?」
「この村は、道は狭く、曲がり角は多く、まるで迷路の様になっております。
甲賀者は、奥の湖側から火をつけるので、中に入り暫くして出入口を板をはめ込み、行き止まりにして、更にそれを数ヶ所作ります。
そこで甲賀者が通る壁の穴から、毒のついた吹き矢と槍で、奴等を殺します。
一応念のために、腕の立つ者を、各建物に忍ばせますので、建物の内部に逃げ込んでも大丈夫です。
それに、火をつけられたとしても、建物はすぐに取り壊せる様に、外側しか作っていないので、延焼は防げます。
ですが問題は、川に面した所が数ヶ所壁が無くて、川に降りれると言った所です。
そこから逃げられたら、私達はお手上げですね」
「そこは我等、鬼島水軍に、お任せあれ。
だが、川からの侵入の可能性は、無いのか?」
「そこは大丈夫です。
何せ大事な種火が、濡れてしまっては、大変ですからね。って訳で、水中に逃げられる可能性があるのは、逃走する時です」
「なるほど、では我等の策も説明しましょう。
船体を黒く塗った中型の船1艘と、小型の船2艘で編制し、それを4組作ります。
そして2つの川の、川上と川下に配置し、川の中に釣り針を取り付けた網を沈めます。
いくら甲賀者は、水中が得意でも、水中で呼吸できる種族は、おりません。
そこで、空気を吸うために出てきた所を、銛でズドン……更に水中のリザードマンに水中から、銛でズドン。
以上です」
これまた、鶴の奴は簡単に言うよな。
でもこれなら何だか上手く行きそうだな。
「これなら、大丈夫だろう。で、この騒動の黒幕は誰だったんだ?」
「いやそれが、蒲生 弾正尹 忠輝様だったんでさぁ」
弾正尹が?俺は、てっきり武蔵守か大政大臣だと、思ったのだが。
だがこれで、きっちり落とし前を、つける相手が分かったな。
「分かった、弾正尹の方は俺が、きっちり分からせてくるよ」
そう言った左近は、また悪党の顔をしていたのであった。




