剣術指南役
辻斬り騒動の翌日の朝、兵庫にやられて気絶していたパンドラは、ニーナ女王の回復魔法により、完全に回復し、駆け付けた清信達は、涙して喜んだのであった。
左近は、そのまま帝の婚礼の義に参列し、辻斬り騒動の一件を、関白、大政大臣に報告すると、関白が「帝の婚礼祝いである、今回の事は不問といたす」との沙汰を出し、西園寺 大政大臣も、その案に了承したのであった。
ただこれは、左近の顔に、アイリスがやったであろう、大量の引っ掻き傷を見た二人が、左近に同情しての処置であった。
ただ、この処置に腸の煮え繰り返る思いをしていたのは、蒲生 弾正尹であった。
彼からすれば、左近の取った行動は、辻斬り騒動の犯人を助ける行為であり、更にその罪を無かった事にするなど、あってはならない事だと、思っていたのである。
だが彼には、この状況を我慢できる程のイベントが待っていたのであった。
そう、左近の親類の村の焼き討ちである。
彼は、左近の親類の村が焼き討ちにあい、皆殺しにあった時の事を想像し、関白、大政大臣、両名の指示を快諾したのであった。
調子に乗らせて、叩き落とす。最高じゃないか。
そう言った事を思っていた蒲生 弾正尹は、その仮面の下で、薄ら笑いを浮かべて、婚礼の義に、出席していたのであった。
その翌日、東暦元年11月17日早朝、珠と兵庫が再会した、一条戻り橋で兵庫は、旅装束で珠の来るのを、待っていたのであった。
しかし、気持ちが高ぶり、早く来てしまった……ガキか俺は。
さて、義父上は会って下さるのだろうか?
そう思っている兵庫の元に、珠が神妙な面持ちでやって来たのである。
兵庫は、一昨日のパンドラの一件だと思い、何も言わずにいたのだが、珠が近付くなり開口一番に、言ってきたのであった。
「兵庫助様に、お聞きしたい事があります」
「妹の、パンドラの事か?」
「そうです、いくら愚妹と言えども、あの仕打ちは、少々酷う御座います。
何故、あんな事をなさったのでありますか?」
「お前の事をバカと言ったのと、思い上がりが甚だしかったのでな。
どうする、俺を捕まえるか?」
兵庫は、悪びれる事も無く、平然と言ったのであった。
「もう良いです。その事は、父上が、朝廷の大政大臣や関白様に手を回して、揉み消しましたよ」
「しかし、怒っておられるだろう……今日は会っては下さらんのでは?」
「怒っていました……ですが、会うそうです、四人の母上様が、父上に言って下さった、おかげです」
「そうか……すまぬ事をしたな。では行こうか」
そう言うと二人は、建設中の佐倉家京屋敷の方向に向かって、歩き出したのであった。
―――――――――
二人は、当初無言で歩いていたのだが、兵庫はその、ピリピリとした空気を打ち消すかの様に、珠に言った。
「しかし、一昨日から思っていたのだが、何だお前のその格好は……パンドラも、似たような服装をしておったが、目のやり場に困る」
兵庫が、そう言ったのも無理は無かった。
最近の珠は、前に着ていた和服では無く、パンドラと一緒に作った、戦闘用のドレスを、着ていたのであった。
「大陸では、これが普通です。
それにこれ、けっこう動きやすいのですよ……ダメですか?」
そう言った珠は、上目遣いで、兵庫に言ったのであった。
「ダメと言うか、もう少し、肌を見せない服に、するとかだな……」
「おっ、数百年ぶりに、嫉妬ですか?」
そう言った珠には、いつもの笑顔が戻っていたのであった。
「ば、バカを申すな……ちょっと待て、数百年ぶりだと?お前は、今は何歳だ?」
「覚えておりません、200年過ぎた所までは、覚えていたのですが。
実は私は、人間では無いのです、龍神になってしまったのですよ……嫌いになりましたか?」
「龍神か……そんな事では、嫌いには、ならんよ。俺は、半大鬼と言う種族らしい。
大鬼と言う種族は、角が何本生まれるかによって、力が違うと聞く。
角の無い、俺の様な者は、何処かに捨てられるのが、当たり前だった様だ……」
そう言った兵庫は、何処か遠い目をしていたのであった。
「そこで、土御門家に拾われたのですか?」
「そうだ。
高明は、俺が前世の記憶を持っていると知っても、変な目で見ずに、変わらず接してくれたよ。
それに、お互いに人間で無くても、俺は俺だし、珠は珠だ。何も変わらんよ」
そう言った兵庫は、少し照れながら言ったのであった。
「私も、兵庫助様の気持ちは、例え種族が違えど、変わる事はありません」
そう言った珠は、兵庫の腕に歩きながら、くっついたのであった。
「バカ、珠、少し離れろ、いくらなんでも、それはダメだ」
「兵庫助様、これが大陸での男女の歩き方です。
ルタイ皇国や日の本の風習にとらわれていては、大陸では恥をかきますよ」
「そ、そうなのか……でもまぁ、こう言うのも、悪くないな」
そう言って二人は、腕を組んで、レイクシティに向かったのであった。
―――――――――
ここは、天国か何かか?
初めて見る異国の城に、兵庫は思わず目を丸くしていたのであった。
何だか、凄く注目されている様な気がする。
兵庫がそう思うのも無理は無かった。
二人は、ゲートに入る前から、ずっと珠と腕を組んでおり、ゲートから出てきた、堂々といちゃついているカップルの女性が、左近の娘の珠であったからである。
そうか、珠と一緒にいるから、この者は誰だと、注目されているのか。
そんな都合の良い解釈をした兵庫に、更に驚く事があったのである。
二人が出てきた事に、気が付いた兵士達は、一斉に整列すると敬礼し、その先には、リンが片膝をついて、臣下の礼をやっていたのであった。
何だ、あの黒い鎧の男は。
かなりの強者だ……一度手合わせを願いたい。
そう思っている兵庫に珠は笑顔で言ったのであった。
「兵庫助様、では行きましょうか」
そう言って二人は、敬礼し整列するセントラル城のエントランスを、歩いて行くと、その先には、馬車が1台停まっており、その前には、バスティがいたのであった。
「姫様、お帰りなさいませ、準備は全て整っております。
はじめまして、兵庫助様、私は佐倉家の執事のバスティアンと申します、以後はバスティとお呼び下さいませ。
そちらの大きな刀は、お持ち致しましょうか?」
そう言ったバスティは、馬車のドアを開けて言ったのであった。
「いや、良い。
では、兵庫助様、これに乗って、行きましょうか」
そう言った珠は、馬車に入ると兵庫に、乗るように促したのであった。
何だこの風景は、これが大陸、これが世界か……何だか、自分の中の今まであった世界が、こんなにもちっぽけだと、思い知らされているようだ。
珠や義父上は、こんな世界で生きているのか。
やはりあの御方は、でかいな。
そう思いながら、一行は左近達が待つ、左近衛府に向かったのであった。
―――――――――
馬車は左近衛府に入り、呆気に取られている、兵庫達を乗せている馬車は、更に奥に入って行ったのである。
「珠、あの正面の大きな建物に、行くのでは無いのか?」
「あれは、左近衛府で、今は連合軍総本部ですね、その先に我が家が在るのですよ」
「そ、そうか……」
何処かの山間部の集落に住んでいた者が、初めて東京に、やって来た様な、感覚になっている兵庫は、思わず左近衛府を見てデカイと、見上げていたのである。
だが、兵庫は更に驚くべき光景を目にする事になる。
メイドや使用人が、整列する所に馬車が停まると、扉が開いた瞬間に、一斉に全員が御辞儀して言ったのであった。
『お帰りなさいませ、御嬢様、兵庫助様』
その光景は、兵庫にはキリバ語は、分からなかったのだが、それでも十分に圧倒される空気であった。
「お、おい、珠よ……言葉は分からないが、なんだこれは?義父上は、帝にでもなったのか?」
そう言って兵庫は、驚きながらも珠に言ったのであった。
「しっかりしてくださいませ、これで臆する様では、柳生の名が泣きますよ」
「……そうだな」
そう言った兵庫は、気を取り直し、二人は整列し頭を下げる、メイドと使用人の間を歩いて行くと、背後からドワーフの女の子が、二人の後を付いてきたのであった。
「おい、後ろの子は?」
兵庫は、小声で珠に聞いたのであった。
「あの子は、ジャスと言って、私専属の使用人です」
「そうか……」
専属の使用人もいるのか……
そう思いながら兵庫は、まさに別世界の光景に、驚きながらも歩いていると、入り口の扉の所でテスタが仁王立ちして、兵庫を睨み付けていたのであった。
「珠よ、あれは?」
「テスタと言って佐倉家のメイド……女官の長ですが、パンドラの専属の使用人でもあるのです。
おそらく、例の一件でかなり兵庫助様を怨んでいる様ですね」
パンドラの専属ね、あの馬車の男もそうだったが、この女も強そうだ。
中々に面白い。
そう思っている兵庫に、テスタが話し掛けて、来たのであった。
「そこの者、いくら珠様の夫と言えども、我が主のパンドラ様を、やってくれたこの恨み……」
そう言った瞬間、スパーンと大きな音が鳴り響き、テスタは頭を抱えて踞ってしまったのであった。
そして踞ったその向こう側にいたのは、大きなハリセンを持ったパンドラであった。
「テスタ、その様な言葉を義兄様に言えば、私を惨めな負け犬に陥れる事になるとは、何故気付かない?
後でお仕置き確定です」
「わ、分かりました、ありがとう御座います、姫様」
そう言ったテスタは、そのまま下がり、列に戻ったのであった。
ほう、中々に誇り高き者ではないか。
これは少々、俺の方が侮っていたかな。
そう思っている兵庫に向かって、パンドラはスカートをつまみ上げて、貴族の様に、御辞儀をして言ったのであった。
「義兄様、一昨日ぶりでしょうか?あの時は、大変御世話になりました。
この借りは、必ずお返し致しますので」
「うむ、期待して待っているぞ。
まさか、数日でこの様に、回復するとは、思ってもいなかったわ」
「佐倉家の知り合いには、優秀な医師がおりますのでね。
……どうでも良いですが、何ですかお姉様、そのお姿は?あまりにベタベタされますと、お父様の威厳にも関わります。
義兄様も、仲が良いことは、良いのですが、こう言う事は、断って下さりませ」
「え?これが、大陸では常識ではないのか?」
そう言った兵庫は、嘘だろと言わんばかりの、顔になっていたのであった。
「チッ、教えるのが早すぎですよパンドラ……せっかく、もう少し、こうして、いたかったのに」
「……そんな所を、お父様に見られたら、火に油を注ぐ様なものでしょうが。
とりあえず、皆様、既に集まっておりますので、ご案内しましょう、こちらです。
っとその前に、その大太刀と腰の刀は、預からせて頂きます、脇差しは、そのままで良いでしょう」
パンドラは、呆れながら言ったのであった。
「すまんが、この霊剣は、柳生宗家の証。他の者には、触らせたくない」
「……では、こうしましょう。
マジックバックを貸しますので、その中のその……霊剣でしたっけ?その大太刀と、腰の刀を入れて下さいませ」
そうか、ここでは武器の携帯は、禁止と言う事か。
「マジックバックは、意味が分からんが、要は何処かに、収納しておけば良いのだろ?」
そう言った兵庫は、マジックバックでは無く、アイテムボックスに収納したのであった。
「……そうですか、義兄様は勇者でしたか。良いでしょう、こちらにどうぞ」
そう言ったパンドラは、なるほどと言った様に納得し、二人を左近達が待つ部屋に、案内しだしたのであった。
しかし、大きな屋敷だな。
そう思っていた兵庫に、パンドラは歩きながら、話し掛けたのであった。
「今日、居られるのは、お父様と四人のお母様。そして、エリアスのお祖父様にアニーのお祖母様です。
ビートのお祖父様は、評議会出席の為に、本日は来れませんでした。
そして、各騎士団の団長です……これは、お父様が暴れた時の為の配慮です」
「そうか……あまり賑やかなのは、好きでは無いのだが。
所でパンドラ、先ほど俺に言った勇者とは、何だ?」
その言葉を聞いたパンドラは、まさか何も知らないのか?と、そんな顔をしながらも、兵庫に聞いたのであった。
「職業の話ですよ……知らないのですか?」
「職業?そんな、職業が勇者などと、そんな職がある訳、無かろう。
良いかパンドラ、職業と言うのはだな、何か仕事をして、それで生活するものだ、勇者は称号にすぎん」
やはりこの人は、何も知らないのか。
「……もう、めんどくさいので、お姉様から、後で聞いて下さい」
「分かった」
何で私は、こんなバカに、負けたんだろう。
この様子じゃ、本当に職業の効果も知らなさそうだな。
パンドラはそう思いながら、豪華な扉の前に立ち止まると、扉をノックして入ったのであった。
「お父様、お連れしました」
そう言ってパンドラに促されて、中に入ると、豪華な装飾品で飾られた、大きな部屋に、大理石の長いテーブルが置かれてり、一番向こう側に左近が座っていたのであった。
やはり、義父上と顔が違う……だが違うが、この威圧感、やはり義父上だ。
そう確信した兵庫は、一礼して言ったのであった。
「お久しぶりです義父上、柳生 兵庫助 利厳で御座います」
その光景に左近は、何処かの、碇の司令の様な、口の前で手を組んだポーズで、兵庫を睨み付けながら言ったのであった。
「いょう兵庫、久し振りだな……今日は、何しに来た?」
「何しに来たと申されましても、本日は珠との結婚する時に出来なかった、挨拶にと……」
「挨拶に?誰が結婚を許した?俺は、許した覚えは、無いのだが?」
「いえこの事は、当時珠の保護者でもある、加藤 数馬殿にも許可は取って……」
「俺は、聞いていない」
「ちょっと、あなた!話が進まないでしょう!兵庫助さんで、良いでしょうか?」
そう言って机を叩いて怒ったのは、アイリスであった。
「兵庫助、もしくは、兵庫とお呼びください、義母上殿」
「分かりました。では、兵庫まずは座って下さい」
この女性、あの義父上を一喝して黙らせるとは。
さすがは、ノイマン大佐の娘、気概が普通の女性と違う。
そう思いながら兵庫は、椅子に座ると、珠は兵庫の隣に座り、パンドラは左近の後ろに立ったのであった。
「で、先ずは、自己紹介をしましょうか」
「義母上殿、存じております。先日の行列の際に、失礼ながら、皆様の事は、調べさせていただきました。
私、柳生新陰流宗家、柳生 兵庫助 利厳と申します。母国の言葉しか分かりませんので、御容赦願います。
義父上は、私と珠の事が不満そうですが、それは加藤家の事が原因でしょうか?」
「それもあるし、そもそもお前に義父上とは、呼ばれたくは無い」
……何が不満だ?揺さぶりをかけるか。
「では、昔の様に、兄者とお呼びしましょうか?」
『え?』
その兵庫の言葉に、左近以外の者が驚いたのであった。
「その呼び方は、止めろ。他の者が混乱する。
……何故だ?何故、浪人時代に珠と一緒になった?」
そうだ、俺が一番許せないのは、浪人時代に、珠と一緒になった事だ。
あの年齢差での結婚だ、俺からしたら、37才、宿無しニートに、僅か14才の娘を、取られた様なものだ。
そんなの親として、許せるはずがない。
そう思っていた左近に、兵庫は背筋をただして、堂々と言ったのであった。
「それは、惚れたからで、あります」
その照れもせず言った、真っ直ぐな目に左近は、何か自分の考えが、間違っているのではないか?そんな考えに、取り付かれていたのだが、それをかき消すように、反論したのであった。
「惚れていたから、一緒になる?惚れている等の感情は、武家には必要無いだろう。
全ては御家の為、それを柳生宗家のお前が言ってどうする……石舟斎殿は、何と言っていた?怒っていたであろう。
島家は、西軍に属していたので、あのタヌキから柳生が、睨まれる事になるからな」
「祖父は、あの左近の娘なら、大歓迎だと、柳生は全力で、珠を守ると申され、叔父の宗矩にも、珠を守れと厳命されておりました」
……そうか、その言葉で分かった。珠は、柳生で大事にされていたんだな。
そう思った左近は、兵庫の祖父の石舟斎に、心の中で深く感謝していたのであった。
「それと、例え立場が違えど、人を愛する気持ちは、兄者が一番分かっていると、思いますが?」
「……何が言いたい?」
「島の家の当主でありながら、茶々様と御結婚されたのは、他の誰でも御座いません、兄者では御座いませんか。
確か、茶々様は、興福寺の医師の、北庵法印殿の娘のはず。
自分の事を差し置いて、武家がどうとか言われるとは……」
「分かった兵庫、それ以上言うな!二人が一緒になるのは……認めよう。
だから、その話はするな!」
その話を、されると、興味本位で聞いてくる者や、勘違いする者が……遅かったか。
そう言った左近の視界には、明らかな疑惑の目で、左近を見つめるアイリス達が、いたのであったが、珠がその言葉が、疑惑を払拭したのであった。
「父上、母上の二人はそうだったのですか?」
「ん、ん…いや、その何だ……その話は、また今度な」
そうだった……俺と茶々は、身分が違えど、あんなにも愛し合って、周囲の反対を押しきって、一緒になった。
俺も、家族や一族がいたのに、筒井家を辞めて、浪人になっていた……それで、不幸だったかと言えば、そうじゃなかった。
いつだって、茶々や子供達は笑っていて……今思ったら、あの時が一番幸せだったのかも知れない。
バカだ、俺はバカだ……今になって気が付くなんて。
そう思った左近の頬に、一粒の涙が溢れたのであった。
左近は目を瞑り、心を落ち着けて、静かに言った。
「分かった、お前と珠の仲を認めよう。それとな、もう兄者と呼ぶな……義父上で良い」
「ありがとう御座います、義父上」
そう言った兵庫は、全て分かっていると言った様な顔を、していたのであった。
こいつ、全部分かっている様な、顔をしやがって。
だが、認める以上は、プー太郎はまずいし、あの事を聞いておかないとな。
「だがな、認める以上聞いておかねば、ならない事がある」
「良いでしょう、私も義父上に、お聞きしたい事がありますので」
聞きたい言葉が?何だろう……でも先ずは、これからだ。
「良いだろう。でも先ずは、こちらの質問からだ……何故、辻斬りなんてやっていた?
柳生はたしか、他流試合は禁じているはずだが?……目的は何だ?」
「目的は、もちろん、天下無双。
義父上は、老いに恐怖で蝕まれた事は有りますか?」
「……いや」
「私は有ります。
いくら口先で、柳生の剣は王者の剣と言っても、誰もそれを証明していない。
このまま、何もしないで老いて朽ち果てるより、私はそれを証明したい、武芸者として、誰もが考える夢で御座います」
こいつの言いたい事は分かる……だがな。
「では聞こう、天下無双とは、如何様に考える?
全ての生きる者を全て殺して、最後の一人になるまでやるか?」
「義父上、私はここで、禅問答をするつもりは、ありません。
私は、義父上が昔おっしゃった事を、実践しているだけです。
どうせなら、てっぺんを目指せと、あの幼き私と共に、道場の真ん中で二人で寝転がり、天井を見て言われた、あの言葉を今でも忘れずにね」
あれ?俺そんな事を言ったのかな?
そう考えてた左近に、ラナが小声で聞いてきたのである。
「ちょっとあなた、そんな無責任な事、言ったの?」
「言った様な、言わなかった様な……」
その左近の声が聞こえたのか、兵庫は笑みを浮かべて言ったのである。
「覚えていない……まったく、義父上らしいですな。
とにかく、私は強き者と戦い、より高みを目指していきたい、この身体に老いがやって来るまでにね」
「お前の気持ちは分かった、今回の事は、俺が朝廷に手を回して、不問としてやった。
今後は、そういう時があれば、場所を設けるので、そこで正々堂々と戦えば良かろう」
「この様な私に、過分なお心遣い、誠に感謝の極み」
「それとお前、連合軍に入れ。このまま浪人では、体裁上まずい」
「それは、お断り致します。某は、武芸者であって、兵士では御座いません」
そう言って兵庫は、真っ直ぐな目で言ったのであった。
「おい、コラ兵庫。てめえが、無職のままは、都合が悪い、つってんだよ」
そう言った、左近の目が、鋭くなったのに気が付いたラナが、慌てて間に入って言ったのであった。
「ちょい待ち、兵庫は、何で軍に入るのは嫌なの?」
「某の剣は、王者の剣。弱き者を斬る事は、出来ませぬ」
あ~こうなったら、昔からテコでも動かないな、こいつは。
ビビらせて、落としどころを、見つけるか。
「しかし兵庫よ、珠と生活するのに、どうやって金を稼ぐ?どこで住む?」
「金は必要ありません、家など、諸国を流浪するのに、必要ありません」
「では、兵庫よハッキリ言おう、それならばお前には、珠はやれん。
病になった時、子供ができた時はどうする?流浪の旅に出ると言う事は、俺が正々堂々と、戦える場所を設けると言うのを、信用していないと言う事だろ?ならば今後も、辻斬りをすると言う事だ。
もう罪は、不問には出来ない……出来ない所か、次は弾正府から軍に、救援要請がくれば、お前を殺さねばならんばかりか、珠も殺さねばならん。
娘を殺すために、差し出す親がどこにいる?もしもそう言う事なら、二度と俺達だけでなく、珠にも会うな」
その言葉を聞いた兵庫は、拳を握りしめて言ったのであった。
「いえ、義父上を、信用していない訳は……」
「ならば、辻斬りは止めるか?こちらは、その機会を、提供すると言っているんだ」
「…不本意ですが」
「良い答えだ。では、もう1つ、提案を出そう。
兵庫よ、佐倉家の剣術指南役に、なるつもりはないか?」
「剣術指南役?」
「以前は、俺の義父上のノイマン大佐が、やっていたのだが、聖導騎士団の団長になって、空きがある。
住む所は、佐倉家の京屋敷に住めば良い、どうせ珠が住む予定だったしな」
「良いでしょう、ですが剣を教える者は、選びますよ」
「分かった。でもその言い方だと、既に誰か決めている様だな」
左近がそう言うと、兵庫はパンドラを指差し、言ったのであった。
「パンドラを、私に鍛えさせていただきたい。
そして願わくば、その強くなったパンドラと、戦わせていただきたい」
私?そう自分を指差している、パンドラをチラリと見た左近は、兵庫に言った。
「それは良いが、何故パンドラだ?」
「この義妹は、口は悪く性根は腐っており、剣の腕もド素人ですが、才能だけはあります。
徹底的に鍛えれば、金剛石の様に光るものと思います。
しかし、本人が今のまま、弱い何の取り柄も無い、ただの女として生きるのであれば、義兄としても、無理にとは言いませんが」
兵庫め、パンドラの事を、ボロカスに言うよな……
しかし、それだけパンドラの事を認めていると言う事か。
左近は、そう思いながらパンドラを見ると、片方の眉がピクピクと動き、明らかに切れている様子であった。
あ~あ、完全にキレてるよあれ……
「パンドラ、どうする?」
「どうもこうもありません、このクソ義兄様を殺せるのなら、何でもしましょう」
最強の者がいなければ、育てれば良いか……
「だそうだ、兵庫」
「こちらとしても、望むところです」
そう言った兵庫は、明確な目標が出来たのか、とても良い笑顔で、言ったのであった。
この者達は、狂ってる……自分を殺せる者がいないから、育てて自分を狙わせるだと?こんな事は、まさに狂気じゃないか。
しかもあの姫様を、完全に弱虫扱い。この一族は、化け物の集まりか?
そう思いながら、この光景を見ていたクリスは、チラリとアミリアを見ると、眠そうにアクビをしていたのであった。
は、母上?そうか、母上はルタイ語は、あまり知らない……良いな、気楽で。
そう思いながらクリスは、アミリアを羨ましく、見ていたのであった。
「それで兵庫、お前の聞きたい事と言うのは?」
「義父上は、パーヴェルと言う御方を、御存知でしょうか?」
この兵庫の言った言葉は、その場にいた者にとって、とても衝撃的であった。
まさかルタイ皇国から、出た事が無い、兵庫がその名前を知っているとは、誰も思わなかったからである。
「……その名前を、何処から聞いた?」
「友から聞きました……そして、その友と約束したのです。
友として、その最後の時は、引導をこの手で渡してやると……
そして、その友は、ルタイ皇国を出て、その御方の手助けをすると、言っておりました」
「……その友の名は?」
「土御門家当主、土御門 高明」
この言葉に左近は、内心驚いていた。
まさかのパーヴェルの手が、ルタイ皇国にまで及んでいるとは、夢にまで、思わなかったからである。
「土御門家の当主は、会った事は無いが、そのパーヴェルは、会った事がある。
彼のその本質は邪だ。決して我等と、共に歩む者では無い……言いたい事は、分かるな?」
「なるほど、では私は、どちらの側に立つのか、心が決まりました。
その時は、この兵庫助、義父上の力になりましょう」
そう言った兵庫は、左近に頭を下げ、感謝の意を示したのであった。
「よし、ならば今日は、兵庫の歓迎の宴だな、参加できる者は、参加してくれ。では、解散」
こうして、パンドラは兵庫に剣を教わる事になり、地獄を味わう事になるのであった。
―――――――――
この日の午後、ナッソーの泉龍寺にて、先の戦争で亡くなった者の為に、供養塔の除幕式が開かれ、ルタイ皇国から百名近くの僧が泉龍寺にやって来て、お経を読み上げたのであった。
この光景は、大陸の者からすれば、まさに圧巻と言うような光景で、敵味方関係無く、供養すると聞いた傭兵達は、その教えに深く感銘を受け、ナッソーにも仏教を信仰する者が、出てきたのであった。
そして、除幕式には、一般の席の中に、目の不自由なティナが、娼館の女将さんに連れられて、やって来て来ていたのであった。
バッシュから、佐之助の事を聞いたティナは、当初は泣き崩れていたのだが、この供養塔が作られると言う話を聞き、是非とも自分も参加したいと言って、やって来たのであった。
式典も終わり、みんなが帰る中で、涙を流し泣き崩れるティナに、背後からクロエが、話し掛けて来たのであった。
「失礼します、ティナさんでしょうか?」
「そうだけど、あんたは?」
そう言ったのは、ティナに付き添ってやって来た、女将さんであった。
「失礼しました。私は、連合軍、元帥専属第一秘書を、させて頂いております、クロエ少佐と申します。
この度、連合軍内局から、頼まれた事がありまして……その赤堀 佐之助 文泰殿の遺言書を、こちらのティナさんに、渡して欲しいとの事でしたので……」
クロエが神妙な面持ちでそう言うと、ティナはクロエにすがり付いて言ったのであった。
「佐之助の?お願いです、聞かせて下さい!」
「分かりました、では此方へどうぞ。そちらの御方も御一緒に」
そう言ったクロエは、御堂の方に歩きだし、二人はそのままクロエの後に、続いたのであった。
御堂の中には、仏像が置かれている前に、院元和尚が座っており、ティナと女将さんが入ると、一礼して言ったのであった。
「拙僧は院元と申します。まぁ、そこに座って下され」
和尚に促され、二人はそのまま座ると、クロエと和尚が近付いて来て座り、クロエは一通の手紙をティナに差し出したのであった。
「これが、赤堀殿の遺言状です」
ティナは震えた指先で、手紙を受け取ると、女将さんに言ったのであった。
「女将さん、すみませんが、読んでもらっても?」
「……分かったよ」
そう言って、女将さんはティナから、手紙を受け取ると中を見て、溜め息を吐いたのであった。
「はぁ~、すまないねティナ。手紙はルタイ語で書かれていて、私には読めないんだよ」
「……そうですか」
そう言って落ち込むティナに、和尚が優しく言ったのであった。
「宜しければ、拙僧が読みましょうかな?」
「お、お願いします」
「では」
そう言って和尚は、手紙を受け取ると、読み出したのであった。
「ティナへ。
この手紙が届いたと言う事は、俺はもうこの世には、いないと言う事だ。
もう俺が戦死した事を、誰かから聞いていたら、多分ティナの事だ、俺の為に、まだ泣いている事だと思う。
でもな、俺は死んでもお前の側にいる、必ずだ。
そして、お前には俺の分も幸せになって欲しい、その為にお前には、俺が稼いだ金を残して行く。
この金で、自由になるなり、好きに使ってくれれば良い。
もしも自由になるのに、身元引き受け人が必要ならば、泉龍寺の院元和尚に頼むが良いだろう。
あの人なら、分かってくれるはずだ。
では、また来世で会おう。赤堀 佐之助 文泰」
和尚が読み終わると、クロエはお金の入った袋を差し出し、二人に言ったのであった。
「これが、ルタイ皇国の左近衛府が、預かっていた赤堀殿の資金になります。
どうされますか?もしもこのまま、自由になるならば、金額を聞いた上で、ティナさんが自由になるまで、私が責任を持ってお手伝いしますが」
ティナは、和尚から手紙を受け取ると、手紙を胸に抱き締め、声を出してひたすら泣き、静かな御堂にティナの泣き声だけが響き渡っていたのであった。
暫く三人は、そのまま泣くティナを、見続けていたのであるが、やがて女将さんが、ティナの背中を擦りながら言ったのであった。
「自分で言うのも変な話だが、あんたさ、こんなにも、愛してくれた人が、いるんだから、あんな店に居ちゃいけないよ。
だからさ、ここの和尚様に、世話になっておきな」
「……はい。和尚様、宜しいでしょうか?」
「ああ、そうしなされ」
そう言った和尚は、優しい声で言ったのであった。
「では、ティナ様の自由になる為のお金ですが、何れ程、お支払すれば宜しいのでしょうか?」
そう言ったクロエは、眼鏡をクイッと上げて言ったのである。
「そうだね、店に戻ってからしか、詳しい金額は分からないが、4万シリングあれば、足りるだろう」
「よ、4万シリングですか……分かりました、明日にでも用意しましょう」
「明日だね分かった、計算して待ってるよ。
ティナ、今日は帰ろうか?客はもう取らなくて良いからさ」
女将さんにそう言われたティナは、涙を流し何度も、頷いたのであった。
「じゃあ、和尚様、クロエ中佐、私達は今日はこの辺りで帰るよ……本当にありがとう」
そう言って、二人は何度も何度も頭を下げて、帰って行ったのであった。
二人が出ていった御堂に、静寂の時間が流れ、和尚とクロエの二人は、何とも言えない気持ちになっていると、障子がスッと開いて、バッシュが入って来たのであった。
「行ったか?」
そう言ったバッシュの瞳は、何とも言えない複雑な気持ちを押し殺してか、涙がにじんでいたのである。
「行ったぞ……でも、これで良かったのか?遺書を捏造までして」
そう言ったクロエに、和尚は神妙な面持ちで言ったのである。
「あの子は、どうもその赤堀殿の事を思って、前に進めなかったようじゃ。これで前に一歩進み、歩けるじゃろ」
「和尚様、今回は私の我が儘を聞いて頂き、そして手紙も書いて頂き、誠にありがとう御座いました」
「まぁ嘘も方便じゃよ。これも人助けじゃ」
そう言った和尚は笑って言ったのである。
「まぁそれはそうと……バッシュ、お金はどうする?お前に渡された金は、どお見ても4万シリングなんか無かったぞ。
それに、これって、お前のお金だろ?」
そう言ったクロエは、金の入った袋を持ち上げて言った。
「……クロエ、どうしよう?」
「どうしよう?じゃねえだろ、このバカトカゲ!何の考えも無しに、こんな事を思い付くなんて、どうかしてるよ」
「……クロエ、貸して」
そう言ったバッシュは、拝む様にクロエにお願いしたのであった。
「しょうがないな、幾ら足りない?」
「3万8千シリングほど……」
「お前、それ、ほとんどじゃねえか!流石に私も、そんなに持って無いよ……あ、いや何でもない」
そう言ったクロエは、何かを思い付いた様に言ったのである。
「何だよクロエ、言えよ」
「いや…ルタイ皇国って今、奴隷を買えるだけ買って、奴隷をルタイ皇国限定だが、自由を与えて、解放奴隷って事にしているだろ?
その制度って言うか、そこから何とかして、金を出させる事が、出来ないかなって」
「でも、それって、下手すりゃ犯罪だろ?」
「だよなぁ……」
そう言ったクロエとバッシュが、頭を抱えていると、和尚が言ってきたのであった。
「お主達に任せておいたら、危なくて仕方がないわい。ワシが出してやろう。
ただし、バッシュよ、ちゃんと返せよ」
「和尚様、ありがとう御座います、本当にありがとう御座います!」
そう言ったバッシュは、和尚の手を取って、何度も頭を下げたのであった。
翌日、クロエが店にお金を持って行き、ティナはもう娼婦では無くなったのであった。




