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Another Life もう1つの人生  作者: くろべぇ
第三章 連合国編
84/464

辻斬り

 





 ルタイ皇国、京の都の堀川に架かる、一条戻り橋。

 もうすっかり、日の入りも早くなって来た、夕方に橋の上で、兵庫が1人で堀川を、眺めていたのであった。


 常人では、扱えないであろう、2メートルはあろう大きな太刀を、欄干に立て掛けて眺めている目は、何処か遠くを、見詰めていたのであった。


 俺は、何でここに来たのだろう。

 もしかしたら、人違いかも知れないし、あの合図を出した時に、頷いたのは、目の錯覚かも、知れないじゃないか。

 それに、俺の様に前世の記憶が有る者は、今まで出会った事が無い。

 もしかしたら、偶然に名前が同じなだけで、あの珠と同一人物と言った保証も何も無い……バカだな、俺は。


 辺りが徐々に、暗闇に包まれる中で、そう諦めた兵庫が、太刀を掴もうとすると、人の全くいない橋に、誰かが走って来る、気配がしたのであった。


 ……嘘だろ。

 思わずそう思ってしまった、兵庫であったのだが、その目には、走って来る珠の姿に、思わず結婚する前の光景が重なって見えたのであった。


「兵庫助様!」


「た、珠か?本当に珠なのか?」


「はい、尾張柳生の柳生 兵庫助 利厳が妻の珠です」

 その言葉を聞いた兵庫は、感情が溢れ、我慢できずに、声も出さずに涙を流し、思わず珠を抱き締めたのであった。


 珠は、兵庫が声を出さずに、涙を流して喜んでいるのを感じ、何も言わずに、そっと兵庫を包み込み、数百年ぶりに感じる兵庫の体温を感じていたのであった。


 やがて、少し落ち着いた兵庫は、そのままで珠に言ったのである。

「よく覚えていたな、あの合図を」


「もちろんです、忘れるはずがありません。

 暮六つ、一条戻り橋で待つ。

 結婚する前にいつも兵庫助様が、西陣の家の前で、私に出していた合図……これを知っているのは、私と兵庫助様だけです。

 でも、この世界に一条戻り橋が在って、本当に良かった」


「そう言えば、そうだな。

 ここは、我等が知る、日の本に似ているが、違う所もあるからな」

 そう言った兵庫は、お互いの姿を確認する様に、珠と離れたのであった。


 その時、珠は欄干に立て掛けている、大きな太刀に、気が付いたのである。

「あれは、霊剣?この世界に、持って来れたのですか?」


 やはり、本物の珠だ。

 この世界に転生した、尾張柳生以外の者であれば、あの大太刀は、柳生の大太刀と言うだろう。

 それを、霊剣と言うのは、尾張柳生の者だけだからな。

「持ってはこれんよ。これは鍛冶屋に頼んで、作ってもらったんだ。

 それに、これは封印して抜けなくしている。

 それより、お前は今まで何処に?……そうだ、あの左近衛大将殿は、お前の父上のあの御方か?」


「そうです、本物の父上です。

 父上は、今回で二度目の転生の様ですね、他にも転生された御方がおられます」


「誰だ、俺の知っている御方か?」

 その珠の言葉に、兵庫は思わず強く言ったのであった。


 しかし、この兵庫の行動は、珠には十分すぎるほど、理解できたのである。

 そうか、今まで兵庫助様は、誰にもそう言った人に、出会わずに生きて来られたんだ……辛かったでしょう。

 そう思った珠は、兵庫に優しく言ったのであった。

「おそらく兵庫助様は、御名前しか知らないはずです。松永 弾正小弼 久秀様で、今は藤永 弾正大弼 久道様と名乗っておられます」


「松永 弾正殿とは……我が柳生家の、元主君ではないか。

 待てよ、たしか義父上と松永 弾正殿は、確か幾度も戦をやった間柄、二人は出会ったのか?」


「それが、最初はこれから殺し合いをする勢いでしたが、今では落ち着いた様ですね。

 それに父上の治める、レイクシティの弾正府総監は、その弾正様なんですよ」

 そう言った珠は、クスクスと笑っていたのであった。


 珠は、幸せそうだな……この幸せ俺が壊すわけにはいかんな。

 だが、これだけは、言っておかなければ。

「珠……俺は、お前に、詫びねばならん事がある。これは、前世でずっと思っていた事だ……」


 そう言った兵庫は、その後の言葉を言いにくそうにしていたのであった。

 しかし、珠はそれを察していたのか、兵庫の代わりに言ったのである。

「……厳包の事ですか?」


 この厳包とは、兵庫と珠の三男で、当初兵庫は、島家を再興し、この三男の厳包を当主にすると、珠に言っていたのだが、そのあまりにも凄まじい剣の才能に、兵庫は柳生の家を継がせたのである。

 こうして、珠の悲願とも言えるべき、島家再興の話は、流れたのであったが、兵庫は心の中でその事を、一生詫び続けて、そのまま亡くなったのであった。


 その事を、あっさりと言った、珠の声には、兵庫は一切怨みが感じられず、むしろ今まで自分が、心残りだった事が、バカバカしくなるほどであった。

「分かるのか?」


「そりゃ、分かりますよ、何年兵庫助様の妻を、やっていたと、思っているのですか。

 ちゃんと兵庫様が、心の中で、私に詫びておられた事も、分かっておりますよ」


「……すまなかった」

 そう言って兵庫は、珠に頭を下げたのであった。

 彼からしたら、きちんと言葉に出して謝罪しなければ、いくら夫婦であったとしても、許される事では無いと思っていたので、謝罪したのである。


 だが、そんな兵庫を見た珠は、少し驚きながらも、それほどまでに、自分の事を考えていて、くれたのかと思い、嬉しくなっていたのであった。

「良いのですよ。それに、この世界で私の、あの時の夢は叶ったのです。

 島家は再興し、帝に名字をもらい、官位まで頂き、これ程の事はありません。

 そうだ、それに私に、パンドラって妹が出来たのですよ、それに今度は弟か、また妹が出来るのです

 ……それに、愛する夫にも、再会出来ましたし、こんなに幸せなので、恐いくらいです」


「生まれ変わっても、まだ俺の事を夫と、言ってくれるのか?」


「もちろんです。

 この先、何回、何十回と生まれ変わっても、珠は兵庫助と一緒に……また夫婦に、なりとう御座います」

 そう言った珠は、兵庫におもいっきり抱きつき、兵庫も優しく珠の頭を撫でて、言ったのであった。


「ありがとう、俺も同じだ。この先、何度生まれ変わっても、絶対にお前を見つけ出してやる。

 愛しているぞ、珠」


「……本当に、兵庫助様ですか?昔の兵庫助様は、そんな事は、一切何も言わずに、黙ってついてこい、って御方でしたのに」


「そりゃ、死ぬ時に、あんなにも、後悔が残ったら、人は変わるさ……嫌か?嫌なら、もう言わないが」


「いいえ、こっちの方が良いです、もっと言って下さりませ」


「……努力しよう。そうだ、義父上もいらっしゃるなら、今度こそ正式に、挨拶に行かねばならんな」


 その言葉を聞いた珠は、左近との大喧嘩の事を、思い出したのであった。

「あ、挨拶にですか……」


「もしかして、かなり怒ってらっしゃったか?」


「かなり……でも、四人の母上様が、おられる時に、会われたら、まだ何とかなるかも」


「そうか。明後日は、義父上は何処に?」


「明日の、帝の婚姻の義が終わりますと、父上はレイクシティに、空間転移で戻りますので、一緒に参りましょう」


「そうだな……ん?もしかしてお前、帰らないつもりか?」


「もちろんです。珠は、このまま兵庫助様から離れたくは、御座いません」


「それは、ダメだ。俺が正式に挨拶に行き、許されるまで待っててくれ。

 それに、俺は今、土御門家に厄介になっている。

 お前を連れて帰ると、今まで育ててくれた、土御門家にも、迷惑がかかる」


 兵庫がそう言うと、珠は涙を目に浮かべて、言ったのであった。

「珠は……珠は、兵庫助様の迷惑になるのですか?」


「ち、違う、そう言う意味では無い」

 そう言って兵庫が、焦っていると、橋の向こうから、高明がやって来たのであった。


「いた、いた。お~い兵庫ぉ!あの人が出てきたよ~……あれ?左大将殿の所の姫様じゃない」


 そう言って近付いて来た、高明に珠は涙を拭って、頭を下げて言ったのであった。

「はじめまして、兵庫助様の妻の珠です」


「え?ええ!あ、土御門 高明です。って兵庫、いつの間に結婚していたのさ!」

 そう言った高明は、珠に頭を下げて、再び驚いたのであった。


「高明、これには、深い理由があってだな……」


「酷いよ、兵庫。あんなにも僕と、愛し合っていたじゃないか」


「誤解を招く言い方は、止めような、高明。

 珠、俺は所要があるので、これから行くが、明後日の朝に、ここで待っていてくれ。絶対に来るから。

 ほら、行くぞ高明」


「バイバ~イ姫様、ちょっと兵庫を借りて行くね~」

 そう言った高明は、キョトンとする珠に手を振りながら、兵庫に連れられて、去って行ったのであった。



 ……行ってしまった。

 でも、兵庫助様にやっと出会えた、また明後日に、会ってくれると言ってくれた。

 珠は、兵庫の言った言葉を、胸に抱き締めて、再び溢れて来る涙を我慢しながら、帰って行ったのであった。





 ―――――――――




 満月に照らされた、夜にしては明るい道を、楽しく話ながら歩く一行がいた。

 パンドラとエリアスとアミリアである。

 清信は、酒に酔い潰れてしまい、仕方がないので、エリアスが背負いながら、歩いていたのであった。


「所でこのヘタレ准将殿は、どうする?エリス、三好家の屋敷って知っているか?」


「いや全然知らんな、パンドラは?」


「そう言えば、私も知りませんね。しょうがないので、このまま佐倉家の宿泊所に、送って行きましょうか?

 そして、清信の布団で私が一緒に寝て、次の日に目覚めた清信が、ビックリってのは、どうですか?」

 そう言ったパンドラは、クスクスと笑い小悪魔の様な顔で、言ったのであった。


「良いなそれ。私も佐倉家の宿泊所に泊まって、ヘタレの驚いた顔を、見てやりたいよ」


「…止めなさい二人とも。同じ男として、それは、あまりにも可哀想だ」


「それは、残念だ。それにしても、あの鮒寿司って美味かったなぁ」

 そう言ってアミリアは、癖の強い鮒寿司を思い出して言ったのであった。


「私も、意外と好きな味でした、香りも良かったですし」


「パンドラ、アミリー、お前達、どうかしているぞ。あれは、とんでもなく臭くて、不味かっただろう」

 そう言ってエリアスは、鮒寿司が苦手なのか、露骨に嫌そうな顔をして、言ったのである。


「あれは、大人しか分からない味なんだよ。な、姫様……姫?」

 そう言ってアミリアは、先頭を歩いていたパンドラが、立ち止まった事を不思議に思い、聞いたのであった。


 何だよ?

 そう思ったアミリアが、横を見ると、並んで歩いていた、エリアスも立ち止まり、その表情が険しくなっていたのであった。


 刺客か?

 そう思ったアミリアであったが、パンドラが腰の刀に手をかけて、先に言ったのであった。

「そこの者、誰であるか?出てこなければ、殺すぞ」


 パンドラのその言葉で、アミリアは初めて目の前の路地に、誰かが居る事に、気が付いたのであった。

 暫く緊張した空気が流れると、やがてその路地からは、大きな霊剣を肩に乗せた兵庫が出てきたのである。


「その大太刀は、最近、京に出没すると言われている、辻斬りですか?」

 そう言ったパンドラの問いに、兵庫はただ、笑みを浮かべるだけであった。


「そこのルタイ人、私達が誰か知っての狼藉か?」


 そのアミリアの、たどたどしいルタイ語での問いに、初めて兵庫が口を開いたのであった。

「知ってるさ、マクレガー公にノイマン公、そしてその背中で寝ているのは、左中将殿か?

 そして、パンドラだろ」


「ちょっと待て狼藉者、何で私だけ呼び捨てなのよ!」

 そう言ったパンドラは、明らかにキレており、エリアスとアミリアは、この辻斬りは死んだな、と思ったのであった。


 だが兵庫は、そのパンドラを無視して、エリアスに、話し掛けたのである。

「ノイマン公、私と戦いませぬか?」


「いやぁ。貴公、誰か分かりませんが、逃げた方が良いですぞ。

 祖父の私が言うのは、贔屓していると思われましょうが、孫のパンドラは、本当に強くて、容赦無く殺しますぞ。

 今のうちに、逃げられた方が……」

 そう言っている途中でエリアスは、清信を支えている腕が、恐怖で震えているのに、気が付いたのであった。


 この感じ……そうか、あの時の侍か!

 そう思ったエリアスであったが、パンドラは、エリアスの前に出て、言ったのであった。


「お祖父様、もう遅いですわ。この狼藉者を挽き肉に、してくれます!」

 そう言ってパンドラは、重力魔法で、兵庫を殺そうとした瞬間、兵庫はパンドラのすぐ前に来ており、鞘に入れたままの霊剣で、パンドラを薙ぎ払ったのであった。


 ヤバ……

 そう思った、パンドラの顔面に兵庫の霊剣が当たり、パンドラは民家に、吹き飛ばされてしまったのであった。


「姫様!」

「パンドラ!」

 二人の叫び声の響く中で、吹き飛ばされたパンドラは、扉の閉まっている民家に、突っ込んだのであった。


「さてノイマン公、お手合わせ願いたい」

 パンドラを吹き飛ばした兵庫は、霊剣をエリアスに突き出し言ったのであった。


 コイツ強すぎる。

 そう思ったエリアスであったが、その時、民家の方から、頭から血を流したパンドラが、出て来て言ったのであった。

「お祖父様、この者は、私に殺らせて下さいませ」


「パンドラ……ダメだ、コイツは強すぎる」


 そう言ったエリアスの前に、霊剣が二人の会話を遮るかの様に出されて、兵庫がエリアスに、言ったのである。

「ノイマン公、この勝負は、また次の機会と言う事で、宜しいでしょうか?

 この思い上がった、義妹の鼻を叩き折るのは、義兄の務めですので」


 え?妹?兄?何の事だ?

 確か、パンドラの兄は、もうこの世には、いないはず……姉の珠しか……まさか!

 そう思ったエリアスであったが、既に容赦無く殺気を放っているパンドラと、冷静な兵庫の前に言葉が、出なくなっていたのであった。


 もちろんアミリアは、パンドラが吹き飛ばされた時点で、戦意は喪失してしまい、二人はこの戦いを見守るしか無かったのである。



 パンドラと兵庫の距離は、大きく開いて二人は対峙していた。

 この距離は、パンドラの時間停止(タイム・アクター)で時間が止めても近付けるかどうかの、ギリギリの距離である。


 この男、私のスキルを知っているか?時間停止(タイム・アクター)を使えば、スキルも魔法も、肉体から離れる技は使えない。

 それに、この距離は、私の速度では、2秒で間合いを詰めるのは、不可能だ。

 あの尋常じゃ無い速度……この男相手では、2回目のスキル使用は、命取りになる……クソ、口だけの事は、あると言う事か。

 ならば、ギリギリ迄、間合いを詰めて、一気に殺すか、相手の体内に、重力核を発生させて、挽き肉にするか。


 だが重力核は、さっきアイツの身体に、小さいサイズを起こそうとして、かわされた……まさか、気が付いているのか?

 ならば、重力核を空中で発生させて、私が空を飛び、アイツが手出し出来ない、上空からの圧倒的な魔法攻撃、これしかない。

 そう思ったパンドラは、兵庫との間合いを、徐々に離し始めたのであった。




 さっき、パンドラを攻撃した時の、霊剣を強烈な力で、引っ張られた感覚、何だ?

 もしかしたら、あれが魔法と言う物か?

 そう言えば、夏虫が言っていたな、魔法と剣を組み合わせて戦う、魔導剣士の存在を。

 だとするなら、パンドラは魔導剣士と言う事か。


 それに、パンドラに放った最初の一撃、手加減していたとは言え、通常の者なら、あれで頭は無くなっていたはず。

 それが、ただ血を流しただけだと?頑丈過ぎる……さすがは、鬼の血を受け継ぎし者か。

 厳包と言い、このパンドラと言い、義父上の血は、やはり鬼の血だ。

 そう思った兵庫は、思わず笑みを浮かべたのであった。


 その、笑みを浮かべた兵庫を見たパンドラは、間合いを離すのを、ピタリと止めたのであった。


 何だ、あの笑みは?何かあるのか?

 もしかしたら、私が上空からの攻撃をするのは、アイツの狙いか?

 だとするなら、相手の策に乗るのはまずい。

 コイツの策に乗って、策ごと撃ち破れるほど、コイツは甘くない。


 一体何なんだコイツは?本当に人間か?

 最悪、この一帯を吹き飛ばすしかないか……だが、それだと、お父様に怒られるだろうな。

 だがそれも、仕方ない。後ろの3人さえ助ければ、許してもらえるだろう。

 ……ダメだ、アイツの背後の先には、御所が在る、グラビトンバスターは使えない。

 ならば、重力核を地中に作り、広範囲で押し潰すか。

 しかし、その為には、この者に気付かれてはならん、会話して注意を反らすか。

「そこの狼藉者、名は何と申す?墓に名前を入れる時に、名無しでは、困るであろう」


 何だ?一体何を狙っている?

「名無しでけっこう、調子に乗った義妹に、殺られるほど、義兄は甘くは無いぞ」


 え?妹?兄?何を言っておる、コイツは。

 ブラフだ、そうに決まっている。

「あいにく、私には兄はおらぬ。バカな姉ただ1人なのでな」


 コイツ、少々教育が必要だな。

「パンドラ貴様、自分の姉を愚かと言うのは、それでも妹か。

 貴様に目上の者への、口の聞き方を、教えてくれるわ」


 バカか、既に重力核は、お前の真下に、配置済みだ。

「死んでも、同じ事を言えるかな?死……」

「神速」


 パンドラが、周辺に数百倍の重力を掛けようとした瞬間、兵庫は既に恐ろしい速度で、パンドラのすぐ前にいたのであった。


 しまった!

 そう思ったパンドラは、凄まじい速度で、腰の刀に手をかけ、居合い抜きを放ったが、兵庫の刀の速度はそれよりも早く、パンドラの拳を砕いたのであった。


「グッ!」

 初めて聞くパンドラの苦痛の声に、エリアスとアミリアは、驚きの表情を隠せずに、いたのである。


 アミリアは、エリアスにチラリと目で合図を出して、兵庫に攻撃をしようとしたのだが、スッと自然にアミリアの目の前に出された霊剣と、兵庫の睨み付けた目に、動けずにいたのであった。


「刀を抜けパンドラ、それで臆するのは、鬼の子では無い。

 刀を抜いて、我を見事斬ってみよ」


「くそ……バカにして……」

 そう言いながらも、パンドラは残った左手で刀を抜くと、兵庫に斬りかかったのであった。


 左手のみであっても、その剣速は、常人では反応しきれない速度であったのだが、兵庫はその太刀筋を見切り、かわすと同時に、パンドラの胴に霊剣を打ち込んだのあった。


 パンドラは、兵庫の胴の打ち込みを、まともにくらい、吹き飛ばされたのだが、口から血を流しながら、それでもなお、立ち上がったのであった。


 クソ、この身体では、アイツには勝てない、せめて元の姿になれれば、何とかなるかも知れないのに、こんな時に、お父様との契約が、邪魔になるなんて。


「ガハッ!」

 ダメだ、肋骨が折れて、肺に刺さっている、集中してスキルが出せない……このままでは、本当に、この私が負ける?


 そうパンドラの脳裏に、敗北の二文字が横切ると、それを見透かしたかの様に、兵庫はパンドラに言ったのである。

「パンドラよ、こんな事で、心が折れるのか?お前の父上は、あの関ヶ原の絶望的な状況でも、最後まで心が折れず、戦い抜いた、鬼の左近だ。

 その血を受け継ぐお前にも、鬼の血は流れているはずだ、立て……立って我に立ち向かってこい」


「……バカにして……バカにして……バカにして!」

 そう叫びながら、立ち上がったパンドラは、両手をだらりと下ろした、構えを取ったのであった。


「柳生新陰流、無形の位……我にその構えで挑むなど、何と愚かな」

 そう言った兵庫も、両手をだらりと下ろし、パンドラと同じ構えを取ったのであった。


 その姿を見たエリアスは、今まで疑問に思って来たことが、全て確信に変わったのである。

 やはり、あの侍は、珠の夫の剣士。

 ダメだ、それならパンドラが勝てるはずもない。あの構えは、珠の夫の奥義とも言えるべき、構えなのだから。

 この戦い、止めなくては……ダメだ、この二人の間には、入れない。

 それほどまでに、凄まじい気迫を感じる。


 エリアスがそう思った瞬間、パンドラが先に動いたのであった。

「うおぉぉぉ!」


「甘い」

 パンドラの逆袈裟斬りを、かわした兵庫は、そのままパンドラに霊剣を打ち込んだのだが、その速度があまりも速く、上下左右、四本の霊剣が同時に、打ち込んで来る様に、見えたのであった。


 しまった。

 パンドラがそう思った時には、既に遅く、パンドラの身体に全身の骨を折る、凄まじい衝撃が走り、パンドラの意識は朦朧としたパンドラであったが、本能で兵庫の首を噛みつきに行ったのであったが。

 更に、下からの突きと、脳天に目掛けて、振り下ろされた攻撃が、同時にパンドラを襲ったのである。

 パンドラは、そのまま力無く崩れ去り、そのまま倒れたのであった。


 これで、この傲慢な鼻は、折れたであろう。

 しかし、身体が動かずとも、最後まで諦めずに、向かって来たのは、誉めてやろう。

 そう思った兵庫は、ここで自身の着物の袖が、斬られていた事に、初めて気が付いたのであった。


 ほう、さすがは、鬼の子。剣の才能もあるのか。

 そう思った兵庫は、倒れているパンドラの近くに行って、話し掛けたのであった。

「パンドラ、意識があるなら、聞け。

 無形の位とは、一見無防備なようだが、これこそ敵の如何なる攻撃に対しても、千変万化、自由自在に対応できるものである。

 剣を少しかじった程の、基礎の出来ていない、お前に出来る構えでは無い、身の程をわきまえよ。

 本当に強くなりたくば、誰かに教えを請え、そうすれば、お前はもっと強くなるであろう」


 そう兵庫がパンドラに言うと、倒れているパンドラが、微かに声を発したのであった。

「クソ……ッタレ……」


「ハハハ!面白いぞパンドラ、ここまで来て、その言葉を言えるのは、お前の甥の厳包だけだったぞ。

 気に入った、お前が俺の所に来るのなら、柳生新陰流を叩き込んでやる、だがその時は覚悟しておけ」

 そう言った兵庫は、そのまま振り返りエリアスの所まで行くと、頭を下げて言ったのであった。


「誠にすみません、お祖父上様。お手数では御座いますが、パンドラの事は、頼めますでしょうか?

 これでも我が妻の、たった一人の妹ですので」


「ああ、任しておけ……すまんが貴公は?」


「これは、申し遅れました、私は佐倉 左近衛大将 清興殿が娘、珠の夫、名を柳生 兵庫助 利厳と申します。

 また近いうちに、お会い出来るかと思います。では御免」

 そう言って兵庫は、エリアスに頭を下げて、去って行こうとしたのであったが、エリアスは兵庫を呼び止めて、聞いたのであった。


「待たれよ!貴公は珠には、会っては行かんのか?珠は京に来ているのだぞ」


「珠には……妻には、既に会いました」

 そう笑顔で言って兵庫は、去って行ったのであった。




 行ってしまった……じゃ無くてパンドラだ。

「アミリア、パンドラをペスパードのニーナ陛下の所へ!俺は准将を連れて閣下の元に行く!」


「あ、ああ分かった!でも、アイツは誰だ?あまり聞き取れ無かったが、珠姫様の夫と言っていたが……」


「ああ本物だ、最後の構えは、柳生新陰流の無形の位……あの男の奥義だよ」


「……マジかよ。しっかし、アイツは本当に人間かね」

 そう言ったアミリアは、パンドラを抱き抱えて、ペスパード王朝の宿泊所に、向かったのであった。




 ―――――――――




 兵庫が去って、夜の道を歩いていると、路地裏から、高明が現れて、兵庫に話し掛けたのであった。

「お疲れ様、兵庫。

 なかなか良い、立ち合いだったよ。あのパンドラって子、兵庫の義理とは言え、妹でしょ?良かったの?あんなにボコボコにして」


「良いんだ、これも良い薬になる」

 そう言った兵庫は、笑顔で言ったのであった。


「でも、あんな兵庫は、初めて見たな……結構本気だったでしょ?」


「ああそうだな、将来が楽しみだ。

 そうだ、高明。俺は明後日から、大陸に行く、今まで世話になったな」


「これまた、急な話だね。まぁ兵庫らしいっちゃ、らしいけどね」


「すまなかったな。でも、お前も大陸に行くんだろ?あの、パーヴェルとか言ったか?そいつの将軍として」


「ああ、そうだよ。次に兵庫と会う時は、敵同士かもね」


「意外と味方かも、知れんぞ……でも、昔からの約束、忘れるなよ」


「もちろん、覚えているよ……君は、僕の最後の家族だ、だから君は、僕が殺してあげるよ」


「俺も、お前の事を、家族だと思っている、他の誰にも殺させない。俺がお前を殺してやる」

 そう言った二人は、お互いに笑みを浮かべて、暗い夜道を歩いて行ったのであった。





 ―――――――――





 左近は、パンドラが重傷を負った事も知らずに、宿泊所に朝廷から割り当てられた、寺の寝所で寝間着に着替えて、妻達と明るく話していたのであった。


「何だかこう、皆で旅行に来たような、感じがするな。今度は一家で、旅行でもしようか?

 もちろん子供が、少し大きくなってからだが」


「良いねそれ。私は海って言うのを、見てみたいな」

 そう言って、左近の提案に、真っ先に乗って来たのは、ラナであった。


「……ラナは、海知らないの?」


「え、セシルは、あるの?」


「……無い。でもお風呂が無い所は、嫌

 ……100歩譲って、ここの様な、蒸し風呂で良い」


 セシルは、本当に風呂好きだよな。

「じゃあルタイ皇国の温泉だな。んでついでに海を見よう」


「アイリスは、どんな所が良いの?」


「私は、旦那様の生まれ育った、大和の国が見てみたいな」


「生まれた所か、でも景色も何もかも違うかも知れんぞ。

 それに、もしも同じでも、山ばかりだぞ」


「それでも、良いんです…どんな所か見てみたいんですよ」

 そう言ったアイリスは、大きくなったお腹を、擦りながら幸せそうに、言ったのであった。


「そうか、俺が生まれたのは、椿井城って城なんだが、在るかな。

 でも向かいの山に、弾正の信貴山城が在ったから、椿井城が無くて、信貴山城が在ったら、腹が立つけどな」

 そう言った左近は、笑いながら言ったのであった。


「では、珠もそこで生まれたので?」


「いや、珠が生まれたのは、近江の国の佐和山城って所だ。

 珠が生まれた時は、俺はそこで、殿の家老をやっていたからな。

 でも、3歳か4歳の時に、京の俺の遠い親戚が経営していた呉服屋…服屋だな、そこに預けてそのままだ」

 そう言った左近は、しんみりとした顔で、言ったのであった。


「あ、珠と言えば、今日帰ってきて、励ましに部屋に行ったら、顔が凄い幸せそうだったよ」

 そのセシリーの言葉に、誰もが驚いたのであった。


 珠は左近達が帰って来た時には、既に自室に引き込もっており。

 左近達は、また落ち込んでいるのかと、思いソッとしていたのだが、セシリーだけは、励ましに行っていたのであった。


「本当か、セシリー」


「うん、何て言うか、恋する乙女って感じがした」


 まさか、本当にアイツだったのか?……いや、騙されている可能性だってある。

 そう思っている左近に、襖の向こうから、フンメルが話し掛けて来たのであった。

「閣下、まだ起きていますか?」


「フンメルか、どうした?」


「それが、ノイマン大佐が急いでやって来て、パンドラの姫様が、辻斬りと会いまして……」

「あのバカ、また建物を破壊したのか…分かった、明日、弾正尹に俺から、謝罪しておく」


「いえ、それが違いまして、姫様が辻斬りに、重傷を負わされたそうです」


「は?バカ言え、辻斬りに重傷を負わせたの、間違いだろ?」


「違います。姫様は、既にマクレガー大佐が、ニーナ陛下に治療していただく為に、ペスパードの宿泊所に、連れて行ったそうです」


「義父上は、今何処に?」


「まだ玄関に、居ます」


「分かったすぐに行く。それと珠も呼んできてくれ」


「かしこまりました」


 そう言った左近は、上着を羽織ろうとすると、アイリス達が、不安そうな目で、左近を見詰めていたのであった。

 そうか、皆も不安なんだな。

 そう思った左近は、すぐ隣にいた、ラナの頭を撫でて、言ったのであった。

「大丈夫だ、とりあえず状況を、知らねばな。皆も行くぞ」


 そう言って左近達は、上着を羽織り玄関に向かうと、複雑な顔をしているエリアスと、倒れている、清信がいたのである。

「准将!義父上、まさか准将もやられたので?」


「いや、准将はただの飲み過ぎで、つぶれております」


「こいつは……おい、誰かいるか?コイツを冷水に突っ込み、胃の中の物を全部出させろ」

 そう言った左近の命令で、清信は兵士に、連れられて行ったのであった。


 そうしている間に、珠もやって来てエリアスは、事の仔細を左近達に、語ったのである。

 そのエリアスの言葉を、聞いている間に珠の顔は、血の気が引いていき、顔は真っ青になったのであった。


「で、その辻斬りは、名を名乗ったのですか?」


 左近の問いにエリアスは頷くと、少し言いにくそうに、言ったのである。

「名は、柳生 兵庫助 利厳、今回の事は、義妹の傲慢な鼻を折ると、言っておりました」


「……珠、お前、何を知っている、その兵庫は本物か?」


 その左近の問いに、珠は少し言いにくそうに、言ったのであった。

「はい、本物でした……その、お祖父様の言われている大太刀は、柳生宗家の証でもある、柳生の大太刀。

 我等、尾張柳生は、霊剣と呼んでいる大太刀に、御座います」


「何でこんな事をやったのか、聞いたか?」


「分かりません……でも、私と会っている時に、土御門家の当主、土御門 高明様が、呼びに来ておりました」


 土御門?あの帝の為に、裏で暗躍すると、前に三好が言っていた、あの土御門か。

 最初は、義父上を狙っていたと言っていたな。

 では、土御門は、義父上を帝の為にならないと、判断したのか?

「他に兵庫は、何と言っていた?」


「明後日に、義父上の所に挨拶に行くと、言っておりました。

 でも、これは、結婚の時に挨拶に行けなかったので、かなり遅れましたが、明後日に行くと言う意味です。

 決して、父上を暗殺する為では、御座いません!」


「分かっている、アイツは暗殺なんかする男じゃ無い……だがな、俺は兵庫には会わん」


「父上!」


「アイツは、俺の顔を潰しまくっている、それに俺はお前達の結婚は、認めてはおらん、話は以上だ。

 パンドラの事は、無理だとは思うが、外には漏れないように、手配しよう。

 これから、ペスパードの宿泊所に行く、誰か馬を……」

「父上!」


「くどい!お前も今後、兵庫に会うのは、許さん!」


「父上、そんな!」

 そう言って珠が、左近の足元で泣き崩れると、ラナが手を叩いて、二人の間に入ったのであった。


「ハイハ~イ、そこまで。こんな時間に親子喧嘩しないの、近所迷惑でしょうが。

 それに、あなた明日は、帝の婚礼の義があるでしょう……ペスパードの所には、今晩は私が行くよ。

 異論は無し、分かった?んで明日にでもセシルかセシリーを寄越してくれれば良いから。

 珠は、ここは私達に任せて、少し部屋で休んでな」


「しかし……」


「しかし、じゃ無い。すこしは、あんたの母親達を信用しな」


「分かりました……」

 そう言って不安そうに、部屋に戻る珠を見て、ラナは振り返り言ったのであった。


「じゃあ、私はこれからペスパードの所に行くけど、アイリス、セシル、セシリー頼んだよ」

 そう言ってラナは、エリアスと二人で、パンドラの運ばれた、ペスパードの宿泊所に向かい、左近はアイリス達三人に、寝室に引きずり込まれたのであった。


 その夜、佐倉家の宿泊所の寺から、左近のアイリスに噛み付かれた絶叫が、一晩中鳴り響いたのであった。






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[一言] 兵庫死ねばいいのに
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