再会
東暦元年11月15日。
ルタイ皇国の都である京では、帝の婚姻祝いの為に、連日大名や貴族達が参内し、その姿を見ようと、民衆が集まり、京の都は、お祭り騒ぎになっていたのである。
更に参内した大名や貴族達の中には、その民衆に自らの武威を示そうとする者や、目立とうとする者が出て来て、左近が言った様に、本当にパレードの様に、なっていたのであった。
そのパレードの通る、烏丸通りに面した宿屋の2階に、1人の屈強な20代半ばの侍が、あまり興味が無いような目で、外を眺めていたのであった。
賑やかな外の世界とは、全く別の時間が止まったかの様な、その部屋の襖が勢いよく開かれ、侍と同じ年齢の様な、陰陽師の服装を着た、陽気な男が入って来たのである。
「兵庫ぉ~、みたらし団子を買ってきたよぉ~
一緒に食べようよぉ~」
そう言ってその男は、侍の背後から抱き付き、侍の目の前に団子を差し出すと、その侍は、チラリと見て、一言だけ言ったのであった。
「……いらん」
「酷い、僕がせっかく兵庫の為に、並んで買ってきたのにさぁ良いんだ、良いんだぁ……」
そう言って、陰陽師の男は、1人でいじけて、団子を食べだしたのであった。
まったく、こいつは、こうなったら、本当にめんどくさい。
そう思った、兵庫と呼ばれている侍は、ボリボリと頭をかいて言ったのであった。
「高明、お前一応は、土御門家の当主なんだから、誰かに買いに行かせれば、良かっただろう?」
「お、やっと、こっちを見てくれた!
こう言うのはね、直に買いに行かなきゃ、お祭り気分が味わえないの、分かる?」
「分からん。俺は、静かな方が良い」
「え、嘘?祭りを楽しまないのは、人生の半分を損しているのと、同じだよ……でも、静かな方が良いって言うわりには、兵庫って戦うのが好きじゃない。
……特に夕暮れ時とか、夜とかにさ」
そう言った土御門は、何処からか出した、鳥の羽で作られた扇子、羽扇で口元を隠して、目を細めて言ったのであった。
「フッ……そうだったな」
そう言った兵庫は、口元を緩めて、再び外を眺めたのであった。
やがて、兵庫の眺めていた烏丸通りが、人々の歓声で沸き立ち、騒がしくなったのである。
兵庫が、南の方向に視線を移すと、音楽隊を先頭に、ビートが軍服姿の軍人を率いて、やって来たのであった。
その初めて聴く音楽とその姿に、京の民はドッと沸き立ち、誰もが注目したのである。
「何?何?やっと大陸の行列が来たのかぁ。
さてさて、この中に兵庫の目に止まる者は、居るのかね?」
そう言った高明も、外に注目したのであった。
「高明、調べてくれたか?」
「もっちろん、バッチリ調べたよ。
いやぁ大変だったよ、調べたのは式神だったけどね」
そう言った高明が、紙の人形を掌に置き、フッっと息を吹き掛けると、高明の手から人形が、ヒラヒラと飛んで行き、1人の稚児の格好をした、女の子になったのであった。
「はい夏虫君、解説よろしく~」
「まったく、この人は式神使いが、荒いんだから」
そう言いながら、夏虫は二人の間から、顔を出して、渋々と説明しだしたのであった。
「早速、先頭が見えて来ましたね。
あの馬上の、立派な髭の男性が、ビート・スターク連合評議会議長ですね。
彼は、連合評議会議長ですが、ザルツ王国の辺境伯って言う位の貴族の様です。
前のザルツ王国の内戦で、左近衛大将様が負傷された時に、左近衛大将様の代わりに連合軍の指揮をして、勝利に導いたと言われております。
そして、その後ろの同じく馬上の、ローブと言われている服を着ている女性は、アニー・スターク様で、ビート・スターク連合評議会議長の奥方様ですね。
彼女は、中々の魔法使いと聞いておりますが、戦の経験は無いようですね。
それと二人は、左近衛大将様の奥方様の両親であります」
「ふぅん、でさ夏虫君、辺境伯ってどれくらい偉いの?」
「さぁ?でもまぁ、上の方なんじゃ、ないですか」
「どうも、ザックリとした説明だなぁ。
まぁ良いや。で、兵庫の目から見てどう?強そうなのは、居る?」
その高明の問いに、兵庫は首を振り、言ったのであった。
「魔法使いの戦い方には、興味があるが、あの御仁はダメだな。
将としては、優秀かも知れんが、武人としては、普通だ」
「なんだよ、残念。
でもさぁ、あの評議会議長って、本当に赤髪なんだな。それだけでも、見ていて楽しいよ。
それにさ、あの警護の兵士も、鎧じゃ無くて、変わった服を着ているし、何だか楽しくなってきたな」
「……そうだな」
そう言って兵庫は、つまらなさそうに、外を見ながら言ったのであった。
そうしている間に、パレードは次の一団になったのである。
次はルセン王国であったが、初めて見るケンタウロスの姿に、京の民だけでは無く、宿の二人も思わず注目したのであった。
「夏虫君、あれは?あれは?」
そう言って1人テンションの高い、高明が、夏虫に聞いたのであった。
「あれは、東部連合6ヵ国の1つルセン王国ですね。
あの中央の、立派な鎧の御方が、ジャメル・ルセン国王陛下でして、その隣に居るのが、ミサ・ルセン王女様ですね。
そして、先頭の体格の良い雄……いや、男性で良いんでしょうか?
とにかく、その男性が連合軍のルカ・マイナルディ大佐です」
「兵庫、見てよ!髪の毛が金色だよ。しかも綺麗だし、下半身は本当に馬だし」
「ああ、そうだな」
「……本当に兵庫は、戦いにしか興味が無いんだから……で、良い感じの者は、いた?」
「そうだな、どちらかと言うと、このケンタウロスの者達は、武芸者と言うよりは、兵士だな。
個の強さより、集団での戦いが強そうだ」
「なぁんだ、つまんないね」
そう言った高明は、何処かつまらなさそうに、言ったのであった。
「高明よ、騎馬での戦いだと、この者達は、無類の強さを発揮するだろう。
ルタイ皇国のどの騎馬隊も、このルセン王国の騎馬隊には、敵わないだろうな」
「それほどかよ……」
そう言った高明は、ゴクリと唾を飲み込み、ルセン王国の行列を真剣に見ていたのであった。
やがて、ルセン王国の行列は、兵庫達の前から通り過ぎると、再び民衆が盛り上がり出したのである。
「はい夏虫君、解説よろしく~」
そう言った高明を夏虫は、本当にこいつは、と言った様な目で睨みながら言ったのであった。
「あれは、東部連合6ヵ国のザルツ王国ですね。
あの馬車と呼ばれる乗り物に、乗っているのが、ゲハルト・ホーコン国王陛下でして、その隣の若い赤い髪の毛の女性が、娘のリリアナ・ホーコン王女様ですね。
そして、二人と一緒に乗っている老婆が、ザルツ王国のご意見番と言われている、ヨハンナ・カーショウと言う御方です。
彼女は、優秀な大魔導師であり、悪魔召喚師でもあるそうです」
「どう兵庫?」
「俺は魔法の事は、全く分からん……だが、あの先頭の、銀色に輝く鎧を着ている、御仁は誰だ?」
「ああ、あれは連合軍の、6大騎士団の中の1つ、親衛騎士団の団長セルゲン・ギュ……セルゲン大佐です」
「あれ~夏虫君、名前を忘れちゃったのぉ?」
そう言って、ポンポンと頭を叩く高明の手を払いながら、夏虫は不機嫌そうに、言ったのであった。
「違いますよ、発音が難しいだけです」
「なら、良いんだけどね。どう兵庫、気になったのかい?」
そう言った高明の言葉に、兵庫は無表情ながらも、言ったのであった。
「ああそうだな、あの御方だと、楽しくなりそうだ」
「ふぅん、でも何だか今までと、同じ様な感じだね。
やっぱり兵庫は、強すぎるんだよ。少し弱くなった方が良いよ」
「フッ、無茶言うな」
そう言った兵庫は、高明の言葉を鼻で笑ったのである。
そして次にやって来たのは、フレイア率いるガルド神魔国であったが、この時だけは高明が、ガタガタと震え出したのであった。
「な、夏虫君……あれは本当に人間達かい?」
「違いますよ、魔族です。あれは、東部連合6ヵ国のガルド神魔国です。
あの馬車に乗っている女性が、フレイア魔王陛下で、先頭の烏天狗の様な御方が、カルラ大将ですね」
そう言った夏虫も、その額から冷や汗を、流していたのである。
「高明よ、そんなにもか?」
「ああ……魔力を感じられる者なら、あの者達を見れば、魔力が漏れ出て、魔神か悪魔の様に見えるぞ」
高明と夏虫が、こんなにも恐怖しているのは、初めて見る……ガルド神魔国、面白いな。
「夏虫、あの腕が6本生えている、若い男。知っているか?」
「あれは、ガルド神魔国の武神、アシュラ中佐です」
武神……しかもあの風貌は、あの阿修羅の様ではないか。
しかも、武神の名の通り、アイツは相当腕が立つ、面白い、面白いぞガルド神魔国よ。
そう思った兵庫は、ニタァっと笑みを浮かべたのである。
その姿を見た高明は、顔をひきつりながら言ったのであった。
「おい、まさか兵庫……アイツを……」
「ああ。一度手合わせ願いたいな」
そう言った兵庫の顔を見て、高明は顔を青ざめさせて、言ったのであった。
「そうか……しかしあれは、特に魔王だが、私達の様な、魔力を感じる者からすれば、恐怖で身体が動かなくなるので、力にはなれんぞ」
「今まで一度でもお前に、力を借りた事があるか?」
「……確かに、一度も助太刀はしていないね。じゃあ僕は、今までの様に、観戦しておくよ」
そう言った高明も、いつの間にか、笑顔に戻っていたのであった。
そして、次にやって来たのは、エリアスを先頭にした、セレニティ帝国の行列であった。
その行列を見た高明は、いつになくはしゃぎ、兵庫の背中を叩いて言ったのである。
「ちょっと兵庫!あれ!あれ!女の子ばっかりだよ!」
こいつ、さっきまでの方が良かったな。
「夏虫、あれは何処の国だ?」
「あれは、東部連合6ヵ国の、セレニティ帝国の行列ですね。
馬車に乗っている男性が、ラニス・セレニティ皇帝陛下で、隣の身重の女性が、奥方様のイリナ・セレニティ后妃ですね。
あの女性達は、連合軍6大騎士団の魔女騎士団の騎士です。
あれでも全員が魔導剣士と言う、魔法と剣を組み合わせた攻撃をする者達です。
その中でも、先頭の男性の隣に並んでいる、大きな剣を持った女性が、雷帝と言われている、団長のアミリア・マクレガー大佐です」
ガルド神魔国も面白かったが、このセレニティ帝国も面白いな。
特に、あの先頭の男、アイツの強さは、ずば抜けてやがる。
「夏虫、あの先頭の男は?」
「あれは、帝国最強の剣士と言われている、連合軍6大騎士団の聖導騎士団の団長、エリアス・ノイマン大佐ですね。
あの御方の娘様は、左近衛大将様の奥様で、先のザルツ王国の内戦で、勇者じゃ無いのに、一騎討ちで勇者を打ち破った、かなりの御方です」
何だと?面白い、戦場で一騎討ちで勝っただと?最高に面白い男じゃないか。
そう思った兵庫は、エリアスを、じっと見詰めたのであった。
何だ?何だか、抜き身の刀を、首に突き付けられている様な感覚がする。
そう思い、馬に乗っているエリアスは、周囲を見渡していたのであった。
それを、何かあったのかと感じたアミリアが、エリアスに近付いて来て、聞いたのであった。
「おい、エリスどうした?もしかして、緊張しているのか?」
「…いや……アミリーお前、何か感じないか?」
「別に…あ、でも美味そうな匂いは、しているな。時間があったら、この辺りの店を見てみたいな」
「アミリー、気持ちは分かるが、仕事で来ているんだ……でも飲みに行くのは、良いかな」
「よし、んじゃ今晩は、夜通し飲むか」
「程々に、しておけよ」
そう言いながらエリアスは、手綱を持つ、自分の両手が、恐怖で震えている事に、気が付いていたのであった。
俺が、恐怖で震えている?そんなバカな……何処だ?何処に居るんだ?
そう思いながら、エリアスは自分に恐怖を与える存在を、目で探していると、ふと宿屋の2階に居る三人組に、目が止まったのであった。
アイツか、あの侍が原因か!
達人同士が分かる何かを、エリアスは感じ、その男に注目したのであった。
ほう、面白い、やはり分かるか。そうだよな、お互いに立ち合いたいよな。
そう思った兵庫は、笑みを浮かべ言ったのであった。
「高明、あのノイマン大佐に決めたよ」
「そうかい、んじゃ早速、今日にでもやるかい?」
「そうだな、いつ大陸に戻られるかも、分からんからな」
「じゃあ、式神を1人、あのノイマン大佐に付けておこう」
「頼む」
そう言って、兵庫が立ち上がろうとすると、高明は兵庫の袖を引っ張り、言ったのであった。
「兵庫ぉ~、もう少し見ていこうよ~」
「もう見た。それにこの様に騒がしいのは、好きでは無い」
兵庫がそう言うと、高明は潤んだ子犬の様な目で、兵庫を見詰めたのである。
「……じゃあ、あと二組だけだぞ」
兵庫がそう言うと、高明は無邪気な子供の様な笑顔で、喜んだのであった。
本当に、こいつだけは、昔から変わらないよな。
そう思いながら、兵庫が外を見ていると、次はペスパードの行列がやって来たのである。
「夏虫君あれは、ダークエルフ?でも皆、黒髪じゃ無いんだね。あの馬車に乗っている銀髪の女性は、すんごく綺麗なんだけど誰?」
そう言ってニーナを、食い入る様に見つめる高明に、呆れたかの様に夏虫が言ったのであった。
「はぁ~、全くこの人は。
あの銀髪の御方は、ニーナ・ケーニヒスベルグ女王陛下ですよ、であの同じ馬車に乗っている男性達は、女王陛下のハーレムの男達です」
「ハーレム?何それ?」
「女王陛下のハーレムとは、女王陛下が集めた、陛下と夜伽をするだけの男です……正直羨ましいです」
そう言った夏虫は、明らかな嫉妬の目で、ニーナを見ていたのであった。
「ん~、こっちで言う、奥の様な物かな?それの男女が逆転している感じ?」
「その認識で、間違いないと思います。ダークエルフは本来、出生率が極端に低いので、少しでも種を残す為に、女性上位の社会に、なっているんですよ。
それで、あの先頭の女性は、連合軍の内局のトップのケルスティン・クリューガー准将です。
どうせ聞かれると思いますので、先に言っておきますけど、内局と言うのは、連合軍の中でも兵站を全般に担っている所です」
「夏虫君は、最近は鋭くなったね」
「当たり前ですよ。誰のせいで、鋭くなったのか……少しは、反省してもらわないと」
「夏虫、そう言うな、高明はこれでも、お前達式神の事を大切に、思っているのだから」
「分かってますよ、そんな事……」
そう言った夏虫は、頬を膨らませて、少し照れていたのであった。
しかし、兵站を専門にする事務方の制度か……左近衛大将って結構やり手だな。
そんな事を兵庫が考えていると、民衆が一気に歓声を上げるのが、聞こえて来たのであった。
何事だ?
そう思っている兵庫に夏虫が言って来たのである。
「どうやら、左近衛大将様の行列の様ですね。左近衛大将様は、ルタイ皇国の民から見れば、まさに英雄なので、この歓声も頷けますね。
あ、二人ともルタイ皇国の民でしたか、これは失敬」
夏虫の奴、機嫌が良い様だな。
そんな事を考えていた、兵庫の視線の先に、大きな家紋が入った旗が映ったのであった。
三つ柏だと!
思わず身を乗り出しそうになる気持ちを、兵庫は必死に抑えて、夏虫に聞いたのであった。
「夏虫、左近衛大将殿は、名を何と言ったかな?」
「確か、佐倉 左近衛大将 清興様ですね……あ、でも、佐倉の名字は、最近帝に貰ったそうなので、前の名は島 左近衛大将 清興様です」
バ、バカな……そんな筈は……いやでも、こんな偶然、ありえるのか?
そう思っている兵庫に夏虫は、テンションの高い声で言ったのであった。
「ほら、先頭のあの大きな馬に乗っているのが、佐倉 左近衛大将 清興様です!」
そう言われた兵庫は、視線を向けたのであった。
違う……あの御方では無い、顔が違いすぎる……でも何だ、この違和感と、この圧力は。
まるで柳生の里で、初めてあの御方と会った時の様だ。
それに、こちらに気が付いている様だが、何とも思っていない、ふてぶてしいあの態度。
暗殺出来るものなら、やってみろと言った様な感じ……
まさか、本当にあの御方か?
そう思っていた兵庫の視界に、左近の後ろにいる女性が目に入ったのであった。
「た、珠……」
「そうです、あの左近衛大将の後ろの女性は、左近衛大将の娘様で、珠様と妹のパンドラ様です……あれ?兵庫助様、珠様をご存知なのですか?」
「昔な……」
「そうですか。それであの後ろの女性四人は、左近衛大将様の奥方様で、銀髪のダークエルフの御方はラナ様で、現在は冷泉家の当主になっておられます。
その後ろの髪の毛の赤い女性は、セシル様で、青い髪の毛の女性はセシリー様。
あの先程通られた、ビート・スターク評議会議長の娘様です。
そして、馬車に乗られている、金髪の女性はアイリス様で、あのエリアス・ノイマン大佐の娘様です」
「四人もいるのかよ!何て羨ましいんだよ、左近衛大将殿は!」
そう言って、叫んでいる高明をスルーし、兵庫は珠を見続けていると、珠が兵庫の方をチラリと見て、明らかに、驚きの表情になっており、その目には、涙が浮かんでいるのが、兵庫には、見えていたのである。
やはり、珠だ!……まだ、あの時の合図を覚えているか?
そう思いながら、兵庫は左手の指先で、耳を触ると、珠はゆっくりと目を閉じ、軽く頭を下げたのであった。
「……高明、帰るぞ」
そう言って、立ち上がった兵庫に、高明は不満そうにしながらも、立ち上がり言ったのであった。
「まぁ、二組だけの約束だからね、仕方がないか。夏虫、戻りな」
高明がそう言うと、夏虫は煙になり、座っていた所には、1枚の紙人形が落ちていたのであった。
―――――――――
その日の夕方、御所の中に新たに建てられた迎賓館では、立食パーティーが開催され、帝や皇后も出席され、一種の披露宴の様に、なっていたのであった。
当初この計画が持ち上がった時に、朝廷の者達は、帝が誰かに顔を見せるなど、慣例が無いと言って、帝を止めていたのだが、「余の行う事が、今後の慣例になる」と言って、無理矢理押し通したのであった。
これには、後で聞いた左近も、帝の意見に賛成であった。
ここで、簾で顔を隠しての各国の国家元首との謁見は、ルタイ皇国が他国を見下していると、受け取られる恐れがある。
これは、各国の対等な関係を謳っている、東部連合の憲章にも、違反する恐れがあったからだ。
そして、今回帝の、その行動の後押しをしたのが、大政大臣であった。
何を考えているのか、それとも、帝のスキルで強制的に、そうなったのかは、分からないが、結果こうなったのは、良い事だと左近は思っていたのである。
そんな中で、左近は正成と二人で話していると、そこに、明らかに今まで、何か落ち着かない様子の、珠がやって来たのであった。
「父上、その体調が少し優れませんので、今日は戻っても宜しいでしょうか?」
おい、珠よ、露骨に怪しいだろ。
「……かまわんが……そう言えば今日、兵庫助に似た人物がいたな……探しに行くのか?」
「いえ……本当に体調が……」
「では、護衛をつけよう。体調が悪い時に、何かあったら大変だからな」
「いや、1人で十分です」
「ダメだ、お前は佐倉家の長女だ、何か……」
「清興、それぐらいにしておけよ。珠が困っているだろ、それくらい察してやれ」
そう言って正成が、左近を制したのであった。
……分かってる、分かってるからこそ行かせたくないんだよ。
どうせ、今日いた兵庫助に、そっくりな男を探しに行くつもりだろう。
珠がいつも何処かに、行ったりしているのは、兵庫助を探しに出ている事は、気付いていた。
でも、兵庫助がこの世にいる筈は無いんだ……会えば人違いと分かり、絶望するに決まっている。
誰が、その様な結果が分かっている所に、可愛い我が子を行かせる親がいるか。
これだけは、何としてでも止めないと。
そう思った時に、正成がスキルを使わずに、言葉に発して言ったのである。
「清興、珠はお前が思っているほど、弱い女じゃない。もう少し自分の子供を信じてやれ」
「お前、心の声を……」
「ああ、読んだ。珠よ、お前の父は、お前の事を心配して、行かせたくは無い様だ。
だからこんなにも、意地の悪い事を言っているんだよ……そこは、分かってやれ」
「……はい」
「ならば、帰ってよし。結果がどうであれ、帰って来たら、この子離れ出来ない、ダメな父親に、最高の笑顔を見せてやれ」
「正成様、では?」
「ああ、お前は、体調不良の為に帰ったと言っておく。俺が許す」
「ありがとう御座います、正成様」
そう言った珠は、正成に何度も頭を下げて出て行ったのであった。
行ってしまったか。
「……正成、ちゃんと責任を取って、珠が帰って来たら、フォローしろよ」
「ハハハ、そこは父親のお前の役目だろ」
「正成てめえ!」
「清興、結婚していない俺が言うのも変な話だが、子供の自由にさせてやれ。
そこで、何かあったら、お前がフォローしてやれば、良いんじゃ無いかな?
それに、あまりベタベタしていると、子供に嫌われるぞ、バカ親父。
じゃあ、俺はそろそろ、帝に祝辞でも述べに行ってくるよ」
「ああ分かった……そうだ、お前のスキルって、入り切りが自由に出来るみたいだが、常に入れているのか?」
「まさか。常に入れていたら、頭の中に色々な声が入って来て、狂っちゃうよ」
そう言った正成は、帝に祝辞を述べに行ったのであった。
正成……俺が懸念しているのは、そのスキルが、いつかオフに、出来なくなるんじゃないかって事だ。
昔、何かのアニメで見た事がある。
誰の心の声でも、聞こえる能力を手に入れて、その能力が強くなりすぎて、常に頭の中に、他人の声が聞こえて、その男はノイローゼの様になっていた。
いつか正成が、そんな事になるんじゃないかって、俺は不安を感じるんだよ。
そんな事考えながら、左近は正成の背中を見ていると、セシルがやって来たのであった。
「……旦那様」
「セシルか。皆はどうした?」
「……アイリスはイリナと他の女性達と女子会。
……ラナは、明里さんに捕まってる。
……セシリーは、ルタイ皇国の貴族の子供達と遊んでいる。あの子は、子供の面倒見が良いから」
前から思っていたけど、セシリーって、保育士とかが、絶対むいていると、思うんだよな。
子供には、異常になつかれるし、子供に何をされても、絶対に怒らないし。
「セシル、お前は子供が苦手か?」
「……正直、苦手。
……でも、旦那様との子供は欲しいと思う」
おおっと、ここでまさかの、だから今晩、頑張って発言ですか!
言われずとも、頑張りますがな……でも、真面目な話、神様のおばちゃんは、俺には、四人しか子供は、作れないって言っていたよな。
四人に1人づつ出来れば、良いんだろうけど、誰かに二人出来てしまったら、1人は子供が作れないって事だ。
それは、可哀想だよな。
「そうだな、俺もセシルとの子供が欲しいよ」
そう言った左近は、セシルの肩にソッと手を伸ばし、抱き寄せたのであった。
「……うん。
……正直に言うとね、私はアイリスが羨ましい」
「何故だ?」
「……だって、好きな人の子供を身籠って、あんなにも幸せそう。
……私だって、アイリスに負けない位、好きなのに」
「こればかりはなぁ……」
そう言って、ポリポリと頭をかいていた左近に、図書を従えた武蔵守が、声をかけて来たのであった。
「いやぁ、夫婦仲が良いのは、良い事ですな」
えっと、誰だっけ?とりあえず、ステータス閲覧しておくか……ダメだな、名前が*印になって分からない。
って事は、初めて会う人か。
「失礼ですが、貴公は?」
「お初にお目にかかります、某は横瀬 武蔵守 保成と申します。
そしてこの者は、我が家臣の坂井 図書允 長俊と申します」
武蔵守…確かルタイ皇国の国名の官位は、その国の守護のはず。
「これは、関東の雄と名高い、武蔵守殿でしたか。
某は、佐倉 左近衛大将 清興です。これに居りますのは、我が妻の佐倉 左馬允 セシルで御座います」
「……セシルと、御呼び下さいませ」
そう言うとセシルは、貴族の娘らしく、スカートをつまみ上げて、挨拶をしたのであった。
「左大将殿は、このセシル殿の様に、お美しい女性を、妻にされ本当に羨ましいかぎりですな」
「ありがとう御座います、私もそう思いますよ」
何だ、このブーちゃんは?
このブーちゃんは、よく分からないが、この後ろの隻眼の男は、何か言葉では表せないが、ヤバい感じがする。
「そうもハッキリと言われますと、何だか此方が照れますな。所で……」
そう言った武蔵守は、セシルをチラリと見たのである。
その動作に、何かを感じたセシルが、静かに言ったのであった。
「……私は向こうに、行ってますので」
そう言って、セシリーの方に行こうとした、セシルの腕を握り、左近は武蔵守に言ったのである。
「武蔵守殿、すまんが俺は、妻には、隠し事はしない主義なんだ」
「……旦那様」
「良いんだ、セシル。お前は俺の妻だ、何も気にしなくて良いんだ」
その二人の、やり取りを見ていた武蔵守は、軽く息を吐き、心を落ち着けて言ったのである。
「仕方がありませんな、では少し歩きましょうか?」
「良いでしょう」
左近がそう言うと、四人は人気のない場所に、移動したのであった。
迎賓館を出た左近は、後ろを歩く図書をチラリと見て、思っていた。
背後は、しっかりと図書に取られているか……念のために、危険察知を起動させておき、万が一の時は、時間停止で乗り切るしかないか。
「この辺りで、良いでしょう。
そう言えば左大将殿は、どちらの出身ですかな?」
何だ?何が狙いだ?
「大和だが」
「そうですか、皇国の内戦の時には、帝にその命を助けて頂き、帝の命で大陸に渡ったと、関白殿下より、お聞きしましたが。
もしや左大将殿は、反朝廷派で、戦われていたのでは?」
殿下…いや、あのゴリマッチョは、何処からそんな話を聞いたんだ?
今度、帝達と、話を擦り合わせておかないと、誤魔化しようがなくなる。
「……それは、言えんな」
「それは、そうですよね、流石に左近衛大将殿が、元反朝廷派は、まずいですし。
しかしですね、私もかつては、反朝廷派だった男ですので、気兼ねなく、お話していただきたいのです」
このブーちゃん、何が言いたい?
「武蔵守殿、何が言いたい?」
「今の、この朝廷の現状……どうお思いかな?」
何だ、何かあるのか?
「私は、左近衛大将で連合軍の元帥……思念は有りません」
「良い答えですね、帝に忠誠を、誓っておられると、言う事ですか。
私もそうです……ですが、今のルタイ皇国は、腐っております。
左大将殿は、大陸に行かれてご存知では、無いでしょうが、賄賂や税の横領が当たり前で、民が餓えいても、朝廷は素知らぬふり……そればかりか、私腹を肥やすのみです。
今回の食料事情も、関白殿下が、あまりにも見かねて、帝に直訴され、そして帝が左大将殿に、勅命を下されたのが事の真相です。
どうです、私達とこのルタイ皇国を、変えていきませんか?」
「内部からと、言う事ですか?」
「内部からも……外部からもです」
ちょっと待て、これは謀叛の誘いじゃないか。
「私は、左近衛大将、帝の剣で御座います。
帝が、殺せと言われたら、神や仏でも殺しましょう。
ですが、言われない以上は、何を言われても、動きませんよ」
「ですが、今回の西園寺家の婚姻で、今ルタイ皇国は、西園寺家の手に、落ちようとしております。
帝に、絶対の忠誠を誓っておられる左大将殿は、これを許されるおつもりですか?」
「私は、帝の御気持ちを尊重する、ただそれだけです。
武蔵守殿、今回のお話は、私の胸に留めておき、他言は致しませんので……セシル行くぞ」
「……あ、はい」
そう言った左近は、セシルを連れて、迎賓館に戻って、行ったのであった。
その左近の去って行った、暗闇の中で、図書が武蔵守に近付き、言ったのである
「殿、あの男、我等の敵になるでしょうか?」
「さあの……しかし、あの男は、帝に命令されれば、本当に神や仏でも平気で殺すだろうな…そんな目をしておった」
「では、予定通りに、殺しますか?」
「いや待て。言い換えれば、帝のお下知さえ頂ければ、左大将はこちらの味方となり、大陸派のみならず、連合軍全てが、こちらに味方する。
これは、味方にする価値はあるぞ」
「では、木工には、引き続き左大将の、情報を仕入れる様に伝えます」
「ああ、それで頼む。左大将の全てが知りたい、何から何まで全部だ」
「かしこまりました」
そう言って頭を下げた図書は、うっすらと笑みを浮かべたのであった。
―――――――――
その頃、パンドラは案の定、多くの若い大名達の子息に囲まれており、話し掛けられていても、愛想笑いをし、適当に話を合わせていたのであった。
非常にめんどくさい……何で、何処に行っても、こう囲まれてしまうのでしょう。
しかもルタイ皇国なので、お父様の立場上、無下に出来ないし、あのバカ姉は、とっとと帰ってしまうし。
まぁどうせ、またあの御方を、探しに行ったのでしょうが。
ザルツ王国のパーティーならば、清信を使って逃げれるのですが、ルタイ皇国ですと、流石に何か変な噂が立つと、まずいし……ヤバい、手詰まりだ。
そうしたパンドラの、その思いが通じたのか、1人の初老の侍がやって来て、パンドラを囲んでいた、若い侍に言ったのであった。
「ほらほら貴公達、左大将殿の姫様が困っているだろう」
「こ、これは三好様……」
「ホレホレ解散、解散」
そう言うと、若い侍達は、その三好と言う侍に、一礼し退散していったのであった。
三好……清信の父親でしょうか?しかしそれにしては、あの超奥手の清信と、全然性格が違う様ですが。
「ありがとう御座いました。三好様……もしかして貴方様は……」
「お、分かりますか。私は三好 久信と申しまして、あのヘタレの清信の父親で御座います。
姫様も、あのヘタレには、苦労しておる事でしょう。
それで、後ろにいるのは、ヘタレの弟の晴信と申します。去年元服したばかりの、ひよっこですが、あのヘタレより姫様と歳も近いので、仲良くしてやって下され」
久信がそう言うと、身体の大きな久信の後ろから出てきたのは、清信によく似た若い侍であった。
「お初にお目にかかります姫様、三好 晴信と申します」
「佐倉 左衛門尉 パンドラです、宜しく……晴信と呼んでも?」
「も、もちろんで、御座います姫様」
「しかし、久信様。何処かのヘタレと違って、晴信は堂々とされて、中々の御方ですね」
「さすがは姫様、この晴信は、あのヘタレ以上に、しっかりしておる、自慢の息子でしてな。
今度、お父上の左大将に、兵法をお教え頂きたいものです」
「久信様、でもあのヘタレも、少しは変わったのですよ。
我が父に、連合軍の外局の責任者に任命され、今回の連合国内の反乱を鎮圧する、総大将に任じられて、武功をあげられましたし。
それでいて、ルゴーニュの開発も任される、お父様のお気に入りの者です。
ですが、一晩中一緒にいても、私に手を出さないヘタレで、更には、毎日私の部屋の前を、ウロウロしているヘタレですがね」
そう言ってパンドラは、クスクスと笑いだしたのであった。
「そうですか、あのヘタレも変わった様ですな。でも姫様に対してのヘタレは、想像出来ますな」
そう言った久信は笑い、何故かこの二人は、意気投合していたのであった。
その和気藹々と話す、光景を羨ましく見ている人物がいた。そう清信である。
ひ、人の事を、ヘタレと連発して、本当にあの二人は……あの二人ってよく考えたら、性格が似ているよな。
でも、あの時…やっぱり手を出せば、良かったのか?
いや、ダメだ!自分の信念を信じるのだ清信。
そう思い、自分で納得している清信に、背後から声をかける者がいた、アミリアとエリアスであった。
「ヘタレ准将、姫様と自分の親父に、えらい言われようだな」
「ア、アミリア……それにエリアス様」
「何で、私だけ呼び捨てなんだよ」
「まあそう言うなアミリー。
でも准将、ああまで言われて、ここで引き下がっては、本当にヘタレだぞ。
男を見せて誘ってこい。祖父の俺が許可する」
「わ、分かりましたよ」
そう言った清信の決断は早かった。拳を握り締めて、3人の元に向かったのである。
「意外と簡単に行ったな」
思わぬ展開に、アミリアは驚き言ったのであった。
「そうだな。
しかし、ああまで奥手だと、パンドラも大変だぞ」
そう言ったエリアスをアミリアは、呆れて見たのであった。
「……何だよ?」
「エリス、お前は鏡を見た事があるか?」
「毎日見ているが、それがどうした?」
「……いや、何でもない。とりあえず、我等が准将殿の勇姿を見守ってやるか」
そう言ったアミリアの目線の先には、気合いを入れてパンドラ達に、近付く清信がいたのであった。
「姫様、それに父上に晴信も……少し姫様、宜しいでしょうか?」
「……何でしょうか?ヘタレの准将閣下」
「よ、宜しければ、この後……この後、4人で飲みに行きませんか?」
何でやねん!
それが、その場にいた者が、共通に思った事であった。
「……4人で?」
眉毛をピクリと動かし、明らかに不機嫌になったパンドラが聞いた。
「そ、そうです、アミリアとノイマン大佐の四人で」
何でやねん!
それが、本日二度目のその場にいた者が、共通に思った事であったが、パンドラだけは呆れた目で、清信に言ったのであった。
「……ヘタレ」
「あ…やっぱり、ダメですよね……」
そう言って、落ち込んだ清信にパンドラが顔を近付けて言ったのである。
「誰が行かないと、言いましたか?」
「で、では……」
「そうです、行きますよ……そこで、聞き耳を立てている、お二人もですよ。
このヘタレを、焚き付けた罰です」
そう言ったパンドラは、にやけていたアミリアとエリアスに言ったのであった。




