暗殺者と姫様 2
東暦元年10月4日。
パンドラから逃げたスカーフェイスは、レイクシティの安アパート二階で朝を迎えていた。
もう朝か……昨夜は、本当に最悪な夜だった。
まさかあの姫様が、レイヴンだったなんて……これは根本的に計画を見直さないと。あのメイドと、入れ代わるのは中止だ。
それに、あの嗅覚。
アレ本当に人間かよ、獣人か何かの血が、混ざっているんじゃないか?
とにかく姫様は、めったにセントラル区画からは出てこないし、もう大丈夫だろう。
そんな事を思いながら、スカーフェイスは、露店に持っていく果実を準備して、昨日の夜の事は、忘れようと思いながら、気持ちを切り換えて、扉を開くと、そこにはテスタが立っていたのであった。
「……!」
「おはよう御座います、実は……」
「違います、人違いです!」
そう言ったスカーフェイスは、すかさず扉を閉めたのであった。
何故だ、何故だ、何故だ!何で家がバレているんだよ!
あの姫様、一体どんな手を使って調べたんだよ!
……逃げよう。
問題は、何処から逃げるかだが……そうだ、窓から逃げるか。
二階だが誰かに見られなければ、どうって事は無いし、今の時間なら、皆は準備で忙しいだろう。
そう思ったスカーフェイスは、窓から外を見た瞬間、下に停まっている、豪華な馬車を発見したのである。
馬車……まさか!
そう思ったスカーフェイスが、じっくりと馬車の中を見ると、パンドラが馬車の中から、こっちを見ていたのであった。
ダメだ、窓からの逃走もバレている。
何でここに来たんだよ!……そうだ、もしかして口封じ?昨日のあの光景を見たから?
有り得る話だ。私は姫様の正体を知ってしまったから、口封じされる、十分過ぎる理由だ。
いや、あの姫様は、理由なんて関係無く殺すだろう。どうする?どうする?
そうだ、扉を開いて、あのメイドをぶっ殺して、裏口からの逃走。
うん我ながら、完璧なプランだ。
そう思ったスカーフェイスは、太ももに潜ませている、ナイフを取り出そうとした時であった、部屋の扉が何かに斬られて崩れ落ちたのであった。
え?
思わず、何が起こったのか、分からないスカーフェイスに、更なる衝撃的な事が起こったのであった。
崩れ落ちた扉の向こうからは、大きな死神の鎌を持った、メイド服に黒い羽付マントを羽織った、テスタが入って来たのである。
こ、こいつもレイヴン!
「な、な、な……」
「すみません、鍵がかかっていると思い、斬ってしまいました。
しかし、念のためにレイヴンのマントを羽織っておりますので、罪には問われませんよ。
さて……貴女はケイティ様ですね?」
あまりの出来事に、スカーフェイスはコクコクと頷くしか、無かったのであった。
「あ、申し訳ございません、紹介が遅れました。
私、佐倉家のハウス・キーパーのテスタで御座います。
もう既にお分かりかと思いますが、私は10名の内の1人のレイヴンで、黒の死神のテスタと呼ばれており、階級は中佐で御座います。
下で我が姫様がお待ちですので、御一緒に来ていただけないでしょうか?」
お、終わった……私の人生終わった……
そう思っているスカーフェイスは、テスタに腕を捕まれ、強制的に、そのまま馬車まで引きずられて、行ったのであった。
まさに死刑台に、向かうような気持ちで、テスタに連れられて、馬車の前まで、連行されたスカーフェイスの目の前の馬車の扉が開くと、そこには、スカーフェイスが一番会いたく無かった女性がいたのであった。
そうパンドラである。
だが馬車の中には、パンドラの他にもう1人、軍服のジャケットを肩にかけて、葉巻を吸っている、貫禄のある女性もいたのである。
もちろんママであった。
ママは、スカーフェイスで、パンドラが遊びに行くと聞いて、では自分も遊びたいと言ってついてきたのであった。
だ、誰だろうこの人……凄く貫禄がある。
そうママに気を取られていたスカーフェイスであったが、パンドラの声が、一気に現実に、引き戻したのであった。
「昨日は、お疲れさまでしたケリィ。とりあえず馬車に乗って下さいな」
いや、姫様……絶対に私の名前を忘れているだろ。ケ、しか合っていないぞ。
じゃ無くて、この状態から逃げ出さなくては。
「姫様、その私には仕事が御座いまして、仕事をしなくては、家賃も支払えないのですよ。
ですから今日は……」
「では、全て買いましょう」
「え?」
いや、姫様の言っている事は分かる……分かるが認めたくはない。
「ですから、貴女の店の商品全て買いましょう」
やっぱりそう来たかぁ!この姫様、父親が左近衛大将だもんな。金持っているもんな。
「い、いやほら、左近衛大将様にも悪いですし……」
「大丈夫です私のお金です」
「え?」
「私は、これでも軍属で階級も大佐ですが、実家で暮らしているために、給料で入ってくるお金を、使う事が無いのです。
ですので、お父様には、何の迷惑もかけません」
左近衛大将様、会った事は無いですが、こんな危険な人に大金を持たせては、いけませんよ。
てか、逃げ道を完全に防がれた。
「わ、分かりました」
そう言ったスカーフェイスは、渋々と馬車に乗ったのであった。
「あの~これから、何処まで行くのでしょうか?」
そうスカーフェイスは、恐る恐る聞いたのであった。
「良い所です。
そうだ、紹介しましょう、その隣の女性は、ソニア・ヴィシク少佐です。
ソニア、こちらは私のオモチ……友人のケニーです」
「今、絶対にオモチャって言いかけたでしょ!それに私はケイティです!さっきからケ、しか合っていないじゃ、ないですか!
……すみません!生意気な事を言ってすみません!」
そう言ってスカーフェイスは、パンドラに全力で、謝罪したのである。
「ハハハ、面白い気に入った。
ソニア・ヴィシク少佐だ、騎士団以外の者には、ママと呼ばれている。宜しくなケイティ」
よ、良かった。この人は比較的まともそうだ。
「宜しく御願いします。所で今日は姫様の護衛ですか?」
「……お前、この姫さんの正体を、知っているんだろ?この姫さん護衛が必要に思えるか?
私は、姫さんが暴れた時に、関係の無い者を守る役目だよ」
あ~そう言うことね、納得出来るわぁ。
スカーフェイスが納得していると、パンドラは外を見ながら、ママに言ったのであった。
「ソニア、昨日のあの者達は、どうしましたか?」
「ああそれね、情報を吸出した後で……お、ちょうど見えてきた、彼処に飾っておいたよ」
そうママが言った先には、何やら大通りに人垣が出来ており、弾正府の侍が、人を遠ざけ様としている光景が、あったのである。
何だろうか?
スカーフェイスは、そう思っていると、パンドラが馬車を停止させた時に、ふと上を見たのであった。
「……!」
スカーフェイスは思わず絶句してしまったのであった。
三階程の高さに、吊るされている物体は、明らかに昨夜自分を襲った、二人組であったのである。
更にあの細い男の、死に顔がその全てを物語っていた。
明らかに血の涙を流し、苦悶の表情で、吊るされており、それは壮絶な拷問が行われた事を意味していたのである。
ひ、酷い……ここまでするのか?
もしかして、このまま連れて行かれて、私もあの様になるのでは?
そう思ったスカーフェイスは、恐怖で全身の震えが、止まらなくなっていたのであった。
その時に、その恐怖を嘲笑うかの様に、馬車の窓がノックされたのであった。
一瞬、ビクッとしたスカーフェイスであったが、そんな事はお構いなしに、パンドラは窓を開けて話し出したのであった。
「弾正どうしましたか?」
そう、窓をノックしたのは、藤永 弾正であった。
「あの死体は、姫様の騎士団の者がやったので?」
「それが、どうかしましたか弾正?」
「いえ、それならば不問となりますが、次回より弾正府に一声かけて頂けますと、有り難いのですが」
「弾正、私に意見するので?」
そう言ったパンドラの目は、明らかに冷血な目と、変貌していたのであった。
「い、いえ、滅相もございません」
ほ、本当だった……レイヴンの者は、何をやっても罪にならないって言うのは。
その事を目の当たりにして、驚いているスカーフェイスの横では、ママが必死で笑いをこらえて、いたのであった。
「……しかし、まぁ弾正も職務上、こんな小言も言わなくては、ならないのでしょう。
分かりました、次回より弾正府の方に、一声かけさせて、いただきます」
「ありがとう御座います、姫様なら分かって下さると、思っておりました」
弾正がそう言うと、再び馬車が動きだし、その中でママは腹を抱えて、笑いだしたのであった。
「ハハハ!藤永の爺が、あんなにビビっているのを、初めて見たよ」
「ソニア、あまり弾正の事を、悪く言わないであげて下さいね。
まぁお父様とは、犬猿の仲ですが、私にはちゃんと、敬意を持って接して下さるのですから」
藤永の爺?弾正府の?もしかして、レイクシティの弾正府の総責任者の藤永 弾正大弼 久道様か。
そうか、左近衛大将様と仲が悪いのか……これは言い情報だ。
って私は、こんな時にまで、何で律儀に仕事をしているんだよ。
今はこの場から逃げること、生き延びる事が第一だ。
しかし、唯一まともな人が来たと、思っていたのだが、この少佐は残虐性では、姫様と良い勝負している。
何とか何とかしないと。
そう考えている内に一行は、レイクシティの政庁にやって来たのであった。
「え?ここは?」
政庁を見てスカーフェイスは、思わず変な声になりながら言ったのであった。
「昨夜、約束をしたでしょう、報酬でIDカードを作らせると」
し、しまった!命は助かったが、これはこれで、ヤバイだろ。
システムが分からない以上、下手に動く事が出来ない、一体どうすれば良いんだ。
「では、私は馬車を停めて来ますので」
「じゃあ、その間に、私は御手洗いに行って来ますので。ソニア、後はお願いしますね」
「あいよ。んじゃケイティと、ここで待っているよ」
ママがそう言うと、パンドラとテスタは行ってしまい、スカーフェイスとママは、政庁前で二人っきりになったのであった。
二人きりになってしまった……ここで逃げれないかな?
そう思っていると、話し掛けて来たのであった。
「なぁケイティ、お前このままなら、姫さんのオモチャになって死ぬぞ」
「や、やっぱり、そうですよね……このまま逃げても……」
「それは、止めとけ。その瞬間、私がお前を殺す。
因みに私の最大攻撃範囲は、この区画位の広さだ。いくらお前の足が早くても、この区画の者を一瞬で、皆殺しに出来るから、無駄だ。
でも……助けてやろうか?」
「で、では、逃がして頂けるのですか?」
「バカ、私だって自分の命は、大事だ。でもな、明日からお前が消えれば、話は別だ。
……お前、このレイクシティから、出れなくなっても、我慢できるか?」
「それで、命が助かるなら……」
「そうか。先ずはIDカードの発行だが、これはルタイ人の習慣の関係上、一度名前の変更が出来る様に、なっている。
ルタイ人の侍は、子供の時の名前と、成人した時の名前が、変わるらしいんでな。今回は、それを利用する。
そこでだ、今の名前でIDカードを作り、私達と別れた後で、もう一度名前を変更する。
それで変更したら、何処かに雲隠れしたら、大丈夫だろう」
「名前の変更って、好きなので、良いのでしょうか?」
「名前は、自由に登録できるが、2回しか登録できないし、作ってから、姫さんにIDカードの名前を、見られると、ややこしいから、それは止めておきな」
「でも、名前の変更が出来たら、レイクシティから、逃げれるのでは?」
「そいつは無理だな。
この世の生物は、人によって強さは違うのだが、身体に魔力を帯びていて、1人づつ波長が違うらしい。
そのIDカードは、その魔力の波長を登録するから、偽造は不可能だし、お前が消えれば、姫さんは城門に手を回すだろう。
このレイクシティは、島から出るには、1ヶ所の城門しか無いから、そこを封鎖すれば、簡単だ」
「でも、行き先が……」
「しょうがねえな、住み込みで働ける所を、紹介してやるよ……その代わり死んでも、口を割るなよ。
死んだら、その頭から情報を吸出すのは、どうせ私だから、大丈夫だしな」
情報を吸出す?そんな事が出来るのか……この人は、ヤバすぎるが、今はこの話に乗るしかない。
だが、名前を自由に登録出来るって情報は、有りがたい。
「有難うございます」
「じゃあ、明日に名前の変更をして、一般区画のノース駅前に在る、今度オープンする、ラビットショットって言うバーにいる、ジャックと言う男に会いに行きな。
看板は出ているから、分かるだろう、話は通しておいてやる。
まぁ一応は、出来る限りの変装もしておけ」
「あ、有難うございます。……でも何で私を助けて下さるので?」
「あの姫さんは、何でも思い通りになるって考えがある。
これを機会に、その考えを改めてくれれば、良いのだが……それに今回は1つ貸しだ、またいつか返してくれれば良い」
「分かりました。またいつか、お返し致しますので」
そう言うとスカーフェイスは、ママに頭を下げて感謝したのであった。
念のために、顔の皮も変えておこう。
この人なら、バレても、変装したと言えば、納得してくれるだろう。
だが、変わりすぎは良くない……帰ってストックを見て考えるか。
そう思っていると、パンドラとテスタが、戻って来て四人は政庁の中に、入って行ったのであった。
政庁の中は、IDカードの発行や土地の登録等の為に、人が溢れていたのだが、テスタが受付の女性と何やら話していると、一行は別室に通されたのであった。
別室に移動したパンドラ達の目の前のテーブルには、水色の水晶とキーボードが一体になった、初めて目にする魔導機が置かれており、ダークエルフの男性が座っていたのであった。
「初めまして、今回皆様にIDカードを発行する担当の、ウルバと申します。
今回は黒騎士団の皆様は、特別なIDカードになりますので、今回は別室にさせて頂きました。
では先ずは、一般の方からやりましょうか……ええっと、そちらの女性ですね。
こちらに来て、この水晶に、両手で触れて下さい」
「わ、分かりました」
そう言ったスカーフェイスは、恐る恐る水晶に触れると、ウルバが質問してきたのであった。
「それでは、幾つか質問させて頂きます。お名前は?」
来た!少佐は、ああ言っていたけど、大丈夫だろうか?……予定通りに、言うしかないか。
「ケイティです」
「はい、ケイティさんね。次は種族と性別ですが、人間の女性で宜しいでしょうか?」
そう言いながらウルバは、カチャカチャとキーボードを打っていたのであった。
「そうです、人間の女性です」
「では、軍属では無く、一般人ですか?」
「そうです」
「では最後に、今はレイクシティに、住んでおられるのですか?」
「はい」
「それでしたら、ルタイ皇国の国民になりますが、宜しいでしょうか?」
これ、拒否したら、どうなるんだろうか?
でも、今は拒否するのは、何かと怪しまれそうだな。
「はい、お願いします」
「では、ルタイ人ですね……では、これからカードの作成に入りますので、そのままでお待ち下さい」
そう言いながら、ウルバがカチャカチャとキーボードを打って、カードを水晶の中に入れた瞬間、スカーフェイスの身体に、何とも言えない脱力感が襲って来たのであった。
これが魔力を使うって事なのか?
そう思っていると、チンと鳴って水晶から、白色のカードが出てきたのであった。
「それが、ケイティ様のIDカードになります。
そこに書かれている、賞罰と言う所は、犯罪を犯し弾正府に捕まりますと、記載され、様々なペナルティが課される事になりますので……まぁ犯罪を犯さなければ、良い話ですので、必要無いでしょう。
そのカードを紛失されますと、紛失届を提出して頂き、再発行料として、5シリングかかります。
では最後に、動作確認の為に、そちらの箱の青く光っている所に、カードを置いて頂けますか?」
ウルバに言われて、スカーフェイスは、IDカードを置くと、ピッと言う音がしただけであった。
「正常に動作しております。
今後は確認の為に、この箱にカードを、置いて頂く事がありますので。
もしも違うカードを置かれますと、警報音が鳴り、取り調べを受けますのでご注意下さい」
「わ、分かりました」
これでは、入れ代わりが不可能になってしまう……これはもう、廃業だな。
そう思いながら、ガッカリしていると、ウルバはパンドラを呼んだのであった。
「次は姫様ですね、ではケイティ様と同じく、この水晶に手を置いて下さい。
羽付の皆様は、軍の方から、この様に登録しろとの通達が、来ておりますので、質疑応答は不要です」
「あら、楽で良いですわね」
そう言ったパンドラは、そのまま水晶に手を置くと、ウルバは書類を見ながら、打ち込んだのである。
「ええっと、名前は佐倉 パンドラで、人間の女性。ルタイ皇国所属で階級は大佐……か、官位は従六位上の左衛門尉それに、黒騎士団団長っと。
……では、これよりカードの作成に入ります」
そう言ったウルバは、黒いカードを水晶に入れると、暫くしてチンと鳴って、カードが出てきたのであった。
「このカード、裏側に騎士団の紋章が入っている」
「ええその通りです、各騎士団には、紋章付きの特注IDカードになっており、こう言った、革のパスケースと言った物に、入れられます」
やっぱり騎士団は、一般市民と扱いが違うよな。
でも、新しい名前か……何にしようかな。
そんな事を考えながら、残る二人も、IDカードを、登録していったのであった。
「では、この後は、食事でもしましょうか?」
政庁から出ると、そう言ったパンドラは、スカーフェイスに笑顔で言ったのであった。
ヤバい、このままなら、帰れずに、そのまま監禁の可能性もある。
そうだ、アレを利用しよう。
「すみません姫様。
今日テスタ中佐が、私の家の扉を壊されましたので、大家さんに謝罪に行かないと、いけませんので、私はこの辺りで……」
「そんな事が……」
そう言ったパンドラは、テスタを睨み付けると、テスタの目は明らかに、泳いでいたのであった。
「それは、仕方がないですね。では自宅に送って差し上げましょう。
テスタ、馬車を……それと帰ったらお仕置きです」
「はい、有り難う御座います姫様!」
そう言ったテスタは、笑顔で馬車を取りに行ったのである。
テスタさんって、何で姫様のお仕置きで、あんなにも、嬉しそうなんだろうか?
何か見ては、いけない光景を、見てしまった気がする。
そんな事を考えながら、一行は馬車に乗りスカーフェイスの家のある、一般区画の中央地区に向かったのであった。
――――――――――
「では、有り難う御座いました」
そう言ったスカーフェイスは、自分のアパートの前で馬車から降りると、テスタから報酬を受け取ると、自宅に戻って行ったのであった。
そのスカーフェイスの背中を見ながら、パンドラはママに話しかけたのであった。
「ソニア、例の首尾はどうでしたか?」
「もちろんバッチリ、ジャックの店に誘導しといたよ。
散々ビビらせたから、絶対に行くだろうよ」
「そうですか。ならばここからは、忍の風間一族に任せるとしましょうか。
でもこの作戦で、不満なのは、私が酷い女になっている事だけですが」
「でも姫さん、どう見ても、演技している様には、見えなかったぞ」
「あら、そうでしょうか?」
そう言った談笑の中、パンドラ達を乗せた馬車は、左近衛府に戻って行ったのであった。
――――――――――――
次の日の昼間、スカーフェイスは、ジャックの地下にある店の前で、夜も明けぬ間に出発して、店の前に踞っていたのであった。
既にパンドラ達の馬車が離れた瞬間に、もう一度政庁まで行き、ママに言われた様に、名前の変更は済ませてある。
そして顔も、元のケイティの顔に近い顔へと、交換していたのであった。
確かにラビットショットって言う店は、本当に在った。
でも、いつそのジャックさんが、来るのか聞いて無かった……失敗したな。
このまま誰も来なかったら、どうしよう……何で、こうなったんだろう?
そうだ、元々は私には、潜入する絶対の自信があった。
でも、ここに来て、本当に自分の技術の無さを、思い知らされた。
力にも自信はあった……でも、あの姫様の強さを見たら、自分が何れ程、弱いのか思いしった。
私は今まで、背後から殺してきた、臆病者だったんだ。
ちょっと、自分の命が危険になったからって、ビビってしまった、臆病者なんだ私は。
そう思いながら、座って塞ぎ込んでいると、頭上から声が、聞こえて来たのであった。
「すまんが、そこに座られると、中に入れないんだが」
その声を聞いた瞬間、スカーフェイスは思わず顔を上げると、いつの間か、何とも存在感の無い男が立っていたのであった。
「ジャックさん?」
「ああ、確かにジャックだが……ああ、ソニアの言っていた、ケイティさんか?」
「そうです!」
「……そうか。まぁここでは何だから、中に入ってくれ」
そう言ったジャックは、店を開けて、スカーフェイスを中に入れたのであった。
「内装は出来ているんだが、酒とかはまだなんだよ。あ、適当に座ってくれ」
ジャックに促されて、スカーフェイスは座ると、ジャックは水の入ったグラスを置いて、驚く事を言ったのであった。
「……ケイティさん、顔がずれているぞ」
「……!」
しまった!交換したばかりなのに、座って塞ぎ込んだ時に、顔に当たっていたんだ。
どうする?こんな所を見られたら、殺すしか無い。
そう思ったスカーフェイスは、さりげなく太股のナイフを掴んだ時に、ジャックが話し出したのであった。
「俺はな、ソニアとは戦友だったんだよ。
まぁあっちは戦場で、華々しく戦っていたが、俺は諜報員だったんで、部署は違うんだがな。
その時に聞いた事がある、顔の皮でその者に成り代わり、ターゲットに近付き暗殺する、スカーフェイスの名前を。
……スカーフェイスか?」
バレた!ここは殺すしか……でも、殺してどうする?入れ代わるにしても、リサーチも何もしていない。
それは、こないだの失敗で、思いしったじゃないか……よし!
「そうです、スカーフェイスです……弾正府に通報しますか?」
「ん?意味が分からんな。殺人や暗殺なんて、俺も数えきれない程の者を殺している。
今さらお前が、暗殺者と分かった所で、俺は戦友の頼みを、反故にしたりはせんよ」
良かった、話の通じる人で。
そう思っていると、ジャックが思わぬ事を、言ったのであった。
「ケイティよ、取り敢えずその顔の皮は、取るんだ。あの姫様は、犬の様な嗅覚がある。
もしもこの店に来たら、すぐにバレるぞ。
でも鼻とかを、削ぎ落としているなら、別の方法を考えねばならんが」
「その姫様の嗅覚の話、分かります。実際に体験しましたから。
鼻とかは、大丈夫ですが、髪の毛等は全て剃っています……暫くしたら、生えて来ると思うのですが」
「では、生える間は、帽子を深く被って、奥で仕事をすれば良い。
住む所は、ここの2階に空き部屋があるので、そこを使うと良いだろう。
そして給料だが、1日80シリングで良いか?」
「何から何まで、有り難う御座います。それで御願いします」
「そうか、今日の所は、荷物を部屋に置いて、皮を剥がして風呂に行き、その血を洗うと良い
拭くだけなら、その臭いは取れないからな。
一応、カツラがあるか、市場に行った時に、探しておいてやる」
「何から何まで、本当に有り難う御座います」
そう言った、スカーフェイスが出ていこうとした時に、ジャックが鍵を投げて、聞いたのであった。
「2階の203だ。そうだ、名前を変更したと、聞いているが、何にしたんだ?」
「メリッサです」
そう言ったスカーフェイスは、憑き物が取れた様な笑顔で、ジャックに言って出ていったのであった。
そして、暫くすると、店の扉が開き、ママが入って来たのであった。
「いらっしゃ……なんだ、ソニアか」
「なんだは、無いだろう。所で首尾の方は?」
「全て順調、だが風間一族の者を雇うのは、まだ先だな。
それに、自分で俺に、スカーフェイスだとばらしたぞ。まぁ偶然だったがな。
……なぁソニア、あの子は今希望に満ち溢れている。
そこから、絶望に落として殺したら、絶対に良い顔すると思うんだが……ダメかな?」
「……それは、止めとけ。姫さんだけじゃ無くて、左近にまでぶっ殺されるぞ」
「そっかぁ、やっぱりダメかぁ」
「全く、お前と言い、テスタと言い……本当に、ここの騎士団は、変人ばかりで、楽しいよ」
そう言ったママも、笑顔で出ていったのであった。
―――――――――
その夜、左近の邸宅のリビングで、ママが左近に、スカーフェイスの事を、報告していたのであった。
「そうか、自分でスカーフェイスって、ジャックに言ったのか……足を洗うつもりかな?」
「さあね、取り敢えずホレ」
そう言ったママは、左近に手を差し出して、何か寄越せと言わんばかりの、ポーズをしていたのである。
「ママ、なにこれ?」
「決まってるだろ、今回の報酬だよ。
私もタダで動くほど、お人好しじゃないんだよ」
「給料も渡してるし、ナッソーの邸宅が完成するまで、タダで居候させてるじゃねえかよ。
本当なら、ハンザの所で良いと思うんだが……」
「ケチ臭い事を、言ってるねぇ。そんな事を言っていると、ナッソーの片目のオヤジの様に、1人寂しく暮らす事になるよ。
まぁ良いや。今回は、サービスだからな」
今回はって、次回から金取るのかよ。
そう思っていると、パンドラが左近に、話し掛けて来たのであった。
「そう言えばお父様、スキルの実験とか、やっています?」
「全然、全くやってない」
「私、1つ面白い事を発見しましたの。まぁ見てください。」
そう言ったパンドラは、アイテムボックスを開いて、手を入れると、残った手で何やら空中を、タッチしたり、スライドさせたりする動きを、やっていたのであった。
何をやっているんだ?何やらスマホを、操作している様だが。
そう思っていると、パンドラがアイテムボックスから、グレープフルーツの様な果実を取りだし、珠に言ったのである。
「お姉様、居合い抜き見せて下さいませ」
そう言って、パンドラに差し出された刀を珠は受け取ると、居合い抜きの構えをやったのであった。
「では、いきます」
その合図で、パンドラは珠の方向に、その果実をポンと投げると、珠は綺麗に果実を真っ二つに、斬ったのであった。
「パンドラ、これが、どうかしましたか?」
刀を鞘に納めた珠は、不思議そうに、パンドラに聞いたのであった。
「では、このグレーツの実を食べて下さい」
食べても良いのだが、元々の味も知らないしな。
そうだ、食い意地なら、誰にも負けないのが、1人いた。
「……ラナ食べてみるか?」
「え?良いの?」
「ああ、俺は元々の味を知らないしな」
「やったね。では、いただきます」
そう言ったラナは、グレーツの果肉を口に入れた瞬間、不思議そうに言ったのである。
「あれ?全然、酸っぱくない……何で?ってそんなに、美味しくないし」
「パンドラ、これはどう言う事だ?」
「それはですね、そのグレーツの実の、クエン酸を抜いたのですよ」
『クエン酸?』
その言葉に、左近以外の者の頭の上に、クエスチョンマークが付いたのであった。
「クエン酸とは……お父様、ご説明宜しく」
お、俺かよ……絶対にパンドラの奴、めんどくさくなったな。
「クエン酸ってのはだな、果実等に入っている酸っぱさの成分だ。でも、それを抜いたって事は……」
「はい、お父様のお察しの通り、アイテムボックスの中で、その成分を抜きました。
これはあくまでも、仮定の話ですが、職業の覚醒勇者と発明家が、関係しているのでは、無いでしょうか。
ただ、今のところ出来るのは、成分を調べて、その成分を抜く事と、成分を入れる事のみですが」
それって、かなり凄いスキルじゃないか。
これで、アイテムボックスで、科学物質が出来るかも知れない……でも、大量生産は無理か。
そう思っていると珠が、ある事に気が付いて、パンドラに言ったのであった。
「ちょっと待って、今の居合い抜きって、まさか包丁の代わりに、斬らせたの?」
「正解です」
「……次にやったら、殺すわよ」
「あら、いつでもお父様の許可があれば、お相手しますわよ」
「ほう、表に出る?」
「望むところです」
ヤバい、こんな所でケンカされれば、レイクシティが吹っ飛ぶじゃないかよ。
「もういい止めろ、こんな所でケンカなんて、見苦しいわ!
取り敢えずパンドラは、明日からスキルの実験と研究に付き合え」
「分かりました。少し私からも、お願いがあるのですが」
「何だ?」
「4月より始まる、フレイア陛下が理事長を勤める、学校と言う所に行ってみたいのですが」
学校に?何か目的があるのか?でも、学校に行けば、友達も出来るかも知れないな。
「分かった、手配しよう。だが、いくら俺の娘だと言っても、特別扱いはしないように、フレイアに言っておくが、良いか?」
「もちろんでございます」
そう言ったパンドラは、学校に行ける為か、笑顔になっていたのであった。
だが、ここで小次郎が、左近に悪人の様な笑みを浮かべながら、やって来て、左近に言ってきたのである。
「左近衛大将殿、里に残っている者から、連絡があったのですが、どうやら魚がかかった様ですぜ」
「何?……本命か?」
「分かりませんが、おそらく違うかと思います。
甲賀者から風間一族に接触がありまして、レイクシティの我等の里に、放火する様です。
今は人数がいないので、甲賀と合同なら、引き受けると言いましたが、宜しいでしょうか?」
「もちろんだとも。その方が情報が筒抜けだしな」
「レイクシティの里で、全員殺しますが、1つ問題がありまして……川に逃げ込まれたら、我等には手は出せないんでさぁ。
甲賀者は、水中の戦いが得意ですし、長く潜れる術がある様ですね」
水中の戦いか……そうだ、こっちも、鶴がいるじゃないか。
鶴の戦いを間近で、一度見てみたいし、まさに一石二鳥だ。
「それについては、こちらで手を打っておこう」
「ではお願いします。
攻撃は12月だそうで、詳しい日程が分かれば、また報告します。
地上の者は、私達にお任せ下さい」
そう言った小次郎は、圧倒的な自信を見せていたのであった。




