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Another Life もう1つの人生  作者: くろべぇ
第三章 連合国編
79/464

暗殺者と姫様

 


 東暦元年10月3日レイクシティ。

 スカーフェイスは、ケイティと言う女性に成り代わり、果物屋の露店で店番をやりながら、物思いにふけっていた。


 場所は大通りに面した、一番活気のある場所なのだが、彼女は客の呼び込みをする訳でも無く、ただ座ってため息をついていたのであった。


 しかしマズイ事が起こった……まさかの、連合国内一斉だもんな。


 そう、彼女の考えているのは、1月から執行される、IDカード制である。

 これは左近が、コープス博士に頼んでいた魔導機で発行される、新しい身分証明カードを、本来は発行をヴァルキア地方だけに、限定するつもりであったのだが。

 評議会でその話が持ち上がり、各国ともそのIDカードに、移行する事に決定したのであった。


 この思わぬ出来事に驚いたのは、各国の諜報機関の者や、表に出れない者、暗殺者等であった。

 つまりは、今までのレジストカードでは、無くなった為に、対応策が分からない為、潜入しにくい状況になったからである。



 やっぱり早い事、左近衛大将を暗殺して、逃げるのが一番だけど、調べれば調べるほど、難しいんだよな。


 彼女が懸念しているのは、レイクシティに入ってはみたが、入れるのは一般区のみで、その先の軍属区とセントラル区は、潜入は難しく、誰かに成り代わるにしても、二人以上に成り代わらなくては、ならなかったのである。

 これは、1度目は成功しても2度目は、どうしても、居なくなった者が発覚しやすくなってしまい、潜入が発覚する恐れがあるためであった。


 それに、成り代わるにしても、左近衛大将に会える人物で、当たり障りの無い人物は、メイドが一番だが、軍属区とセントラル区の間ででも、貴族専用の店が出ている為に、メイドすらこの一般区には現れないし、ましてや軍人なんかは、論外である。


 そうかと言って、軍人に入れ代わり、専門用語を出されても、彼女には全く分からないし、軍人になったとたん、その者が前線送りになったら、たまったものではない。

 それに、メイドの募集もやっているが、そんな募集に乗って行けば、まさに袋の鼠である。

 必ず調査されるであろうし、ルタイ皇国の侍も、人の心が読めるスキルを、持っている者がいると言っていた。

 その者は、絶対に審査の段階で出てくるだろう。

 なので、完全にこれは、暗殺者に対しての罠だと彼女は確信していたのであった。


 とどめは、左近衛大将が一切この一般区に出てこないのだ。

 普通は広いレイクシティと言えども、一般区の何処を通ったとか言う情報が出るのだが、一切出てこない。

 これは完全に別のルートで移動していると言う事である。

 もはや彼女にとって、手詰まり状態に、なっていたのであった。


 ヤバい、このままなら、私は完全に廃業だ。

 そう思った時であった、スカーフェイスの視界に、メイドが1人歩いているのが、目に入ったのであった。


 誰だあれは?何処かの国のメイドか?

 そう思った彼女は、隣の髪飾り等を売っている、同じ露店の男に、聞いてみたのであった。

「おっちゃん、おっちゃん!」


「何だよ?」


「あの綺麗なメイドさんは、誰だい?」


「何だよケイティ、知らないのか?あれは左近衛府の、メイド長のテスタさんだよ。俺達の良いカモだな」


「良いカモ?」


「まぁ見とけって」

 そう言った男は、腕捲りして叫んだのであった。


「ちょっと、そこの綺麗なお姉さん、そう貴女ですよ!良い掘り出し物があるんでさあ!」

 男の声を聞いたテスタは、人差し指で私?と指を指して男の元に、近付いて来たのであった。


「どうされましたか?今日は忙しいのですが、正直な御方な様ですので、話を聞きましょう」

 そう言ったテスタは、腕を組んで、ムスッとしていながらも、何処か嬉しそうであった。


「ありがとう御座います。所でそのメイド服は、あの左近衛大将様の所のメイド服では?」


「よく分かりましたね。そうです、左近衛大将の、佐倉家のメイドで御座います」


「やっぱり、メイドはメイドでも、上品な風格がしてましたから、分かりますよ。

 所で左近衛大将である、佐倉家の姫様は、絶世の美女だとお聞きしましたが」


「フッ、やはりこの様な、一般区にも姫様の情報は出回ってしまうのですね……そうです、貴方が仰る通り、我が佐倉家の姫様は、この世で最高の美女で御座います」


「そんな姫様に、こんな髪飾りはどうでしょうか?姫様のお美しく長い髪には、こう言った髪飾りが、似合うかと思いますよ」


「確かに、そうですね……しかし、姫様の美貌には、どの様な物も霞んでしまいますが……幾らです?」


「これは、中々手に入らない物で御座いまして、今なら200シリングでどうでしょうか?」


「た、高いですね。そんなに価値がある様に見えませんが……」


「お嬢さん目を瞑って、考えて見てください。

 あの美しい姫様の髪には、この髪飾りが。そしてその隣には、お嬢さんが……最高の光景だと思いませんか?」


 男にそう言われて、目を瞑っていたテスタは、目を見開き、男に詰め寄ると、言ったのであった。

「買いましょう、是非とも買いましょう」


「へいまいど!」

 そう言った男は、笑顔でテスタから代金を受け取ると、髪飾りをテスタに渡したのであった。


「今日は良い日です、ありがとう御座いました」

 そう言ってテスタは、男に頭を下げて、去って行ったのであった。


 その一部始終を見ていたスカーフェイスは、口をあんぐりと開けて言ったのである。

「おっちゃん、あれって……」


「そうだよ、たったの5シリングの髪飾りだ。

 あの人はな、姫様の事を誉められると上機嫌になって、姫様の為に何でも買ってしまうんだよ。

 最近じゃこの辺の商売人は、あまりにも可哀想になって、物を売り付けないがな」


 そうだったのか……しかし、おっちゃんは何かと、詳しそうだな。

「おっちゃん、何でこんなに詳しいの?」


「俺はな、前にナッソーで露店商をやっていたんだよ。

 だがな、ナッソーで帝国とルタイ皇国の戦があって、店も焼けてしまった……でも戦後に帝国が、賠償金を出してくれたおかげで、思いきってレイクシティにやって来たんだ。

 左近衛大将様は、ナッソーじゃ、ちょっとした有名人だったから、知っているんだよ」


 やった、かなりラッキーだ。これで左近衛大将が、どんな男か分かるぞ。

「おっちゃんは、左近衛大将様に会った事があるの?」


「そうだな、左近衛大将様は、ナッソーに住んでいた時は、けっこう街中で遊んでおられたな。

 年齢は分からないが、見た目は18、9の様だったが、娘の珠様は、16、7に見えたから、実はけっこうな、お年かも知れないな。

 左近衛大将様は、ルタイ人にしては、男性とも女性とも見れる様な……そう、中性的な感じだったな。

 でもそんな顔で、導火線は短く、ナッソーですぐに人を殺す、危険な人だったな」


 娘がいたのか……てか、何だよその最後のヤバそうな話は。

「左近衛大将様って、そんなにヤバい人なの?」


「ヤバいって言うか、自分の嫁さんに手を出したり、家族に手を出されると、トコトンまで行くって感じだったな。

 まぁその奥様連中も、かなり危険な女性だから、誰も手を出そうなんて思わんだろうよ」


 何だ?奥様連中も何かあるのか?……ここで情報を聞けるだけ、聞いておくか。

「どう危険なの?」


「先ずはアイリスって女性だが、この女性は、あのセレニティ帝国の最強の剣士と言われた、エリアス・ノイマン公の娘だ。

 帝国最強の剣士の、娘の通り、その強さは飛び抜けており、ナッソーでは双剣のアイリスって言われていて、左近衛大将様の為にならない者は、誰でも容赦無く斬るって爆弾娘だよ。

 その次はラナって女性だが、銀狼のラナって呼ばれていて、あのルタイ皇国軍の斥候隊の隊長も、やっているんだよ。

 残る二人だが、爆炎のセシルに氷結のセシリーの双子の魔導師だ。

 この二人は、あのスターク連合評議会議長の娘で、更には双子の勇者だ。

 二人は、ルタイ皇国の戦には必ず参戦し、武功を立てている。

 まぁ四人とも綺麗だが、恐ろしく強いので、誰も手を出そうなんて考えねえよ」


 ……この四人は、避けた方が良さそうだな。

 まともにやり合っていたら、命がいくつ有っても足りない。

 そうだ、あのテスタとか言うメイドと、入れ代わるのは、どうだろうか?

 その為には、その姫様の情報を聞き出さないと。

「おっちゃん、あのテスタって人っての言っていた姫様って、珠様の事?」


「ああ、それな。妹のパンドラ様の事だよ。

 妹のパンドラ様は、俺は見たことが無いのだが、聞いた話では、本当に絶世の美女だと言う話だ。

 元々はルタイ皇国に居て、姉の珠様がナッソーに居たようだ。

 でも左近衛大将様が、ナッソーに呼んだのだが、大変だった様だな」


「大変?何で?」


「その二人の姉妹は、本当に仲が悪いらしいぞ。

 ナッソーにいた、左近衛大将様の私兵のフンメル隊長が、毎回頭を痛めていたからな。

 それに噂じゃ、左近衛大将様の短気で残虐な性格を、一番受け継いでいるのが、そのパンドラ様らしい。

 だがな、その姫様も、あのテスタさんと、執事のバスティアンさんにだけは、優しい様だな。

 これも噂だが、姫様の幼い頃より、ずっと側で、姫様の世話をやっていたみたいだ」


 となると、入れ代わる目標が、あのメイドとすれば、その姫様の事を調べていかなければ、ならない……だが、その姫様は外に出てこないし、さてどうしたものか。

 時間もあまり無いしな……まぁ良いさ、入れ代わり、さっさと殺してしまおう。

 あの爺も、元は殺しの依頼だったから、文句は言わないだろう。

 とりあえず、この場は適当に、おっちゃんの相手をして、やり過ごし、決行の場所の選定に入るか。

 そう考えたスカーフェイスは、男と適当に談話して、その夜にテスタを殺すポイントを探しに、夜のレイクシティに出たのであった。




 ―――――――――





 さて、あのメイドが、あの場所を通ったとなると、あの噴水前駅から来たと言う事になる。

 そう思っていた、スカーフェイスの目線の先に、何かに乗っている人影が見えたのである。


 誰だ?

 思わず身を隠したスカーフェイスであったが、深夜で人は辺りに誰もおらず、灯りも無く雲が多く出ており、その姿を正確に確認する事は、出来なかったのであった。


 馬?だがそれにしては、首が短い様な……

 そう思い、注意深く観察していると、雲の切れ間から月明かりに照らされて、スカーフェイスは、ようやくその姿を確認出来ることが出来たのであった。


 何だ、あの美しさは!あれは天使か?いや悪魔の美貌か?

 思わず隠れている事を忘れて、身を乗り出し魅入ってしまったその者は、ヤマトに乗ったパンドラであった。


 我を忘れて、思わず身を乗り出したスカーフェイスは、ここで重大な事に気が付いたのである。

 彼女が乗っているのは、大きな白虎であったのだ。

 ここで初めて、見とれていたスカーフェイスの本能が、本来の防衛本能を取り戻し、警鐘を奏でたのであった。


 何だよあの魔獣は!ヤバイ!ヤバイ!あれは最高にヤバイ魔獣だ!

 そう思い、逃げようと思わず、後退りしたスカーフェイスであったが、すぐ後ろに転がっていた、ワインのビンに当たってしまい、音が出たのであった。


「誰だ?」

 そう言ったパンドラは、スカーフェイスの方向を見て、言ったのであった。


 ここでスカーフェイスは、月明かりに照らされた、ヤマトの猫科動物特有の、そのしなやかで、それでていて強靭で、美しい筋肉に気が付き、少しでも動けば、瞬時に飛び掛かられて殺されると、思ったのである。


 ダメだ、恐怖で声が出せない。

 それに、今ここで、逃げようと動けば、確実にあの魔獣に殺される……どうするか?

 そうやって、スカーフェイスの頭の中の機械は、今まさに音を立てて、この場から逃げる事を考えていたのだが、パンドラは、それを許さないかの様に、ヤマトに乗ったまま、スカーフェイスの元に、近付いて来たのであった。


 どうする、どうする。

 初めて体験する、迫り来る圧倒的な恐怖の中で、スカーフェイスが奥歯を、カチカチと音を立てて震えていると、パンドラは腰の刀に手を掛けて、横暴とも言える事を、スカーフェイスに言ったのであった。

「答えんか?答えねば殺すぞ……いや、何だか、めんどくさいな、どちらにせよ殺すか」


 な、何だよその、どちらにせよ殺すって選択は!む、無茶苦茶だろ!

 そう思いながらも、声に出せないスカーフェイスは、ここで隣の露店商の男が言っていた、左近衛大将の娘の事を思い出し、いつの間にか声に出していたのであった。

「パ、パンドラ様……」


 その言葉に、ヤマトに乗っているパンドラは、ピタリと動きを止めて、言ったのであった。

「誰だ?我が佐倉家の者か?……いや違うな、佐倉家の者なら、私にこんなにも恐怖する事は……あ、ヤマトに乗っているのを、忘れていた。

 そうか、こいつのせいだな」

 そう言ったパンドラは、ヤマトから降りると、ヤマトの頭を撫でながら言ったのである。


「ヤマト、貴方は暫く向こうで待っていなさい」

 パンドラに、そう言われたヤマトは、まるで飼い猫の様に、パンドラにゴロゴロと言って頬擦りし、言われた通りに駅の方向に行ったのであった。


「さて、出て来てくれますよね?」


 どうする?このままこの姫様を殺して、入れ代わるか?

 ダメだ、そんな事をすれば、後ろの魔獣が私に襲い掛かるだろう。

 それに、後で入れ代わっても、魔獣はバレる可能性がある、この姫様と入れ代わるのは、問題外だ。


 ここから逃げるにしても、あの魔獣で追いかけられれば、逃げれる確率は限り無く低い。

 それにあの姫様の性格では、逃げれば、問答無用で殺すだろう……ならば私が取る行動は1つ。

 このまま正直に出て、姫様の印象に残る事無く、この場をやり過ごすし、去るしか道は無い。

 そう思ったスカーフェイスは、覚悟を決めて、パンドラの前に出たのであった。


「ん?お前は誰だ?佐倉家の者だったか?」

 そう言ったパンドラは、不思議そうに首をかしげたのであった。


「いえ、私は忘れ物を取りに行く途中で、あの魔獣がいたので……」

「だから、隠れたのか?」


「はい……」


「ほう……」

 そう言ったパンドラは、そのままツカツカと無防備に、スカーフェイスに近付き、スカーフェイスの体臭を確認するかの様に、周辺をクンクンと嗅ぎ始めたのである。


 何だ?いったい何をしている?

 そう驚いているスカーフェイスにパンドラは、呟いたのであった。

「何やら果実の匂いがする?それも複数……」


 い、犬かよ!

「そ、それは、私は果物屋を、やっているからでしょう」


「ふうん……」

 ただ一言そう言ったパンドラは、目がスッと細くなり、冷酷な顔になると、スカーフェイスの耳元に顔を近付けて、呟いたのであった。

「だが、果実の匂いに混ざって、血の匂いもするぞ」

 その言葉に、スカーフェイスは心臓を鷲掴みに、された様な気がしたのであった。


「いや、これはその……アレで……その……」

 ああ!私はいったい何を言っているんだ!


 そうテンパっているスカーフェイスであったが、その心配は杞憂に終わったのである。

 パンドラは、少し考えて、何かを思い付くと、スカーフェイスに笑顔で言ったのであった。

「そうでしたか、女の子の日でしたか。それでしたら、言いにくいですわね」


「そ、そうです……」

 良かった、何か変な勘違いをしてくれて。

 しかし、そんな匂いが分かるなんて、この姫様は、本当に犬の様な嗅覚を持っているのか?


「で、貴女の名前は?」


「ケイティ」


「ではケイティ、IDカードを見せなさい」


「それがまだ……そんな余裕も無いので……」


「3シリングも無いと…まぁ良いでしょう。ではケイティ、貴女は少し私の手伝いをしなさい。

 その分の報酬は、支払います、それでIDカードを作れるでしょう」


 ダメだ、このままなら、姫様の記憶に私が残ってしまう、何としてでもやり過ごさないと。

「私など、何のお役に、たてませんよ……」


「そうですか……では、姿を見られたのですから、死になさい」


 え?何で、そう言う事になるの?暗殺者の私が言う事じゃ無いけど、それ犯罪だよ。

 じゃなくて、ヤバイ!本当に殺される。

 そう思っているスカーフェイスの目の前で、パンドラは刀に手を掛けたのであった。

「ちょ、ちょっと待って下さい!手伝います、手伝わせて下さい!」


「……何だ、面白くない」

 そう言ったパンドラは、不満そうに刀から手を離したのであった。


 何でこの姫様、不満そうなの?もしかして、斬りたかった?……おっちゃんの言った様に、ヤバイ性格しているなぁ。

 この姫様が、一番性格がそっくりって、左近衛大将って、かなり危険な奴じゃ無いだろうか?

 依頼を無視して逃げようかな。

「あの、それで私は何をしたら?」


「ケイティ、貴女は最近発生している、若い女性ばかり狙った誘拐事件、知っていますか?」


「それが、私は10日前に、このレイクシティに来ましたので、初めて聞きました。

 でも誘拐事件ってそんなに珍しく無いのでは?

 新しく出来た都市や、大きな都市ではよくある事じゃ……」


「まぁそうでしょうが、今回は少々事情がありまして、犯人の特長は、既に分かっているのです」


「でしたら弾正府にでも通報して、取り締まってもらえば良いのでは?」


「そんな事は、させませんよ……だって犯人は羽付ですから」


「れ、レイヴン!そんなの無理じゃ無いですか!だって彼等は、何をやっても許されるのですよ!

 それこそ、軍とか騎士団の……そうだ、ノイマン公ならば、何とか出来るかも」


「こんな事で、お祖父様を?バカげていますね。

 とにかく貴女は、囮になって、今から街中を徘徊しなさい。

 もしも、犯人が出た場合は、助けますので」


 む、無茶苦茶だ。

 もしも本当に出たとしても、私が殺される確率が高過ぎる。

 でも、断れば殺されるし……適当に付き合って、逃げるか。でもあの魔獣を何とかしないと……そうだ。

「分かりました。でもあの魔獣が一緒にいたら、犯人が来ないのでは?」


「え?まさか、今まで、犯人が来なかったのは、それが原因だったのか……不覚でした」

 そう言ったパンドラは、ガックリと項垂れる様に、ショックを受けていたのであった。


 ……バカなのか、それとも天然なのか、この姫様は。

 そんな事を考えながら、スカーフェイスとパンドラは、ヤマトを置いて、夜の町に歩いて行ったのである。




 ―――――――――




 二人は夜の繁華街は避けて、人通りの少ない所や、全く灯りも人もいない所の、路地を歩いていたのであった。

 普通の女性なら、こんなところは不安に思うのだが、このパンドラはそれを楽しむかの様に、スカーフェイスの隣を、歩いていたのである。


 だがやがて、それも飽きてきたのか、パンドラはスカーフェイスに言ったのであった。

「中々出てきませんね、飽きてきました」


 飽きてきたって、やっぱりこの姫様って、常識知らずだ。

 普通の女性は、こんな場所は避けて、大通りや人の多い所を歩くのに。

 だが、それにしても、姫様なのに護衛も無しで、こんな所に来るなんて……どうせ、恐いもの見たさで、来たんだろうよ。

 しかし、これで姫様から、逃げれるチャンスが出来たな。

「では姫様、夜も遅いので帰りませんか?」


「何を言っているんですか、まだまだこれからですよ。釣りは、我慢と忍耐が大切です」


 釣りしている感覚なのかよ!……仕方がない、こうなっては、問題になっても良いや。

 逃げよう。

「あの~姫様、宜しいでしょうか?」


「何でしょうか、ケイティ」


 ヤバイ、名前を完全に覚えられている。

 しかし、今はこの状況から逃げる方が大切だ。

「このまま二人一緒では、犯人が出る確率は少ないと思いますよ。いえ、私は出ない方が良いんですけどね。

 ですから、別々で捜索してみては、どうかなぁ……って、ダメですかね?」


「ふむ……」

 そう言ったパンドラは、暫く頭に手を当てて考え、言ったのであった。

「分かりました、ではケイティ、貴女は前を歩きなさい。私は少し離れてついて行きますので」


 やはりそう簡単には、解放してくれないか。

 だがこれで、逃げやすくなった。

「分かりました」

 そう言ったスカーフェイスと、パンドラは、そのまま距離を置いて歩き出したのであった。




 ―――――――――



 暫く歩いていたスカーフェイスであったが、パンドラとの距離は、徐々に開いていたのである。

 これはパンドラの身長が、低い事も有るのだが、スカーフェイスは足早に、それで人のいる所を、歩いていた為であった。


 よしよし、やっぱり姫様は、人通りの多い所は苦手な様だな。

 あの身長では、こちらの姿も確認しにくいだろう。

 後はタイミングを見計らって、路地に逃げこんで、消えるとするか。

 そう思い、タイミングを見計らっていたスカーフェイスに、まさに好機とも言える一瞬がやって来たのであった。

 大きな男が、パンドラの視界を一瞬邪魔したのであった。


 今だ!

 そう思ったスカーフェイスの行動は素早かった。

 彼女は、そのまま目の前の路地に入ると、何度も何度も曲がり、常人とは思えないスピードで、路地の奥深くに進んでいき、角を曲がった所で、後ろから誰も来ていないか確認したのであった。


 良かった、姫様は来ていない様だな。

 そう思いながら、一息ついた時であった、スカーフェイスの背後の暗闇から、スカーフェイスに気付かれない様に、太い男の腕が伸びてきて、スカーフェイスの口を塞ぎ、腕で首を締めると、その暗闇に力強く引きずり込んだのであった。


 しまった!姫様に気を取られて、油断した!

 そう思いながらも、何とか振りほどこうとしたのだが、足が地面についていないのと、桐の苦難を受けた左腕が痛み、思う様に振りほどけないのである。


 こんな時にあの傷が!

 そう思いながらも、もがいて何とか逃げようとしていると、背後から男の声で、スカーフェイスの耳元に話し掛けられたのである。

「動くな、動けばこのまま首の骨をへし折るぞ。

 俺達はレイヴンだ、無駄な抵抗は止めろ」


 確かに、スカーフェイスの首に、まとわりつている太い腕は、その言葉が本当だろうと思わせるには、十分過ぎる筋肉があったのである。

 スカーフェイスは、このまま頷き静かにするしか、道はなかったのであった。


 スカーフェイスは、何度もコクコクと頷くと目の前にもう一人の男が、出て来たのである。

 その男は、黒いマントを羽織っており、その胸には、1枚の黒い羽が刺さっていたのであった。


 あれが、姫様の言っていたレイヴン?

 しかし、そんなに強そうにも見えないけど、本当に一人で数万の軍隊に匹敵するのか?身体の線が細すぎるだろ。

 しかし、この状況はマズイ。このまま何とかやり過ごして、隙を見て逃げ出すか。

 そう思っていると、前の細い男は、スカーフェイスの元に近付くと、スカーフェイスの顔をじろじろと見て、言ったのであった。

「チッ、あんまり良い女じゃねえな、下の上って所か。胸もあんまり無いし、こいつは高く売れねえぞ」


 悪かったな、これが一番目立たないんだよ。

 そう思っていると、スカーフェイスを捕まえている男が、言ったのである。

「でも兄貴、ここ数日女を捕まえていないから、仕方がないんじゃ」


「それもそうだな、こんなのでも売れば、幾らか金になるからな」


 くそ、コイツら覚えておけよ、絶対に殺してやるからな。

 そう思い、憎しみのこもった目で、細い男を睨んでいると、男がその目に気が付き、スカーフェイスに言ったのであった。

「おい、何だよその目は?

 お前は、今の状況が分からねえのか?……よし分かった、その身体に、教えてやろうじゃねえか」


 細い男がそう言った時であった、二人の間に黒い羽が1枚、ヒラヒラと落ちてきたのである。


 羽?

 そう思ったスカーフェイスの頭上から、聞いた事がある声が聞こえたのであった。

「見ぃつけたぁ」


 まさか、姫様?

 そう思い頭上を見ると、黒い羽付のマントを羽織ったパンドラが、空中に浮いていたのであった。


 嘘……

 思わずそう思ったスカーフェイスであったが、細い男が思わず叫んだのである。

「誰だ、てめえは?」


 その問いに答えるかの様にパンドラは、大男の後方に降りてきて、言ったのであった。

「誰だだと?お前達に、名前を騙られている者ですよ」


 そう言った瞬間、二人の男は、顔が明らかに、ひきつっていたのであったが、細い男はパンドラに向かって、言ったのであった。

「本物のレイヴン……嘘だ、こんな女な訳がねえ!でまかせに決まっている!」


「嘘でも何でも良いから、めんどくさいから、とにかく死ね」

 そう言った瞬間、パンドラは三人の視界から消えて、いつの間にか大男の隣に瞬間移動し、大男の顔面をパンドラは殴ったのであった。


 その瞬間、ボンと言った音と共に、大男の頭は吹き飛ばされ、頭の無くなった身体は、そのまま力なく崩れ落ち、スカーフェイスを下敷きにして、倒れたのであった。


「ケイティ、生きてますか?」

 ケイティに言葉をかけたパンドラであったが、反応が無く。

 パンドラが振り返ると、大男の下から逃げ出したスカーフェイスが、一目散に逃げ出した光景であった。


「本当に恩知らずですね」

 そう言ったパンドラは、細い男の方向を見ると、男も逃げ出した後であったのである。


 しまった……まぁ良いか。

 そう思い、服についた埃を、パンパンと払っていると、細い男が逃げた方向から、軍服姿の羽付にマントを羽織った、ママとジャックが、魔糸で捕らえた細い男を引きずってやって来たのであった。


「姫さん、追い掛けるのが、面倒だから放置しただろ?」

 そう言ったママは、何処と無く笑顔で、言ったのであった。


「ソニア、あまり私の心を、読まないでくださる?」


「ハハハ、やっぱりか。それでどうする?あの女に、姫さんの事が知られたぜ」


「アレね……あの女、中々面白い女ですよ。

 何せ、顔から血の匂いがして、死んだ者の皮を被っている様な、感じでしたので」


「おい、それって……」


「ええ。お父様が言っていた、スカーフェイスって暗殺者でしょう。まぁ逃がしませんけどね」

 そう言ったパンドラは、笑顔でママに言ったのであった。


「……だってさジャック」


「承知!」

 そう言ってママに話を振られたジャックは、暗闇に消えて行ったのであった。


「で、姫さんこれからどうする?こいつは、きっちり私が調べて、落とし前つけるけど」


「そうですね、私はこれからお父様に報告して、あの暗殺者には、私のオモチャになってもらいましょう」


「暗殺者だけど、姫さんのオモチャって、同情するよ。

 まぁこの死体の処理も、任せておきな、私がもう偽者が出ないように、情報を取って、見せしめにしてやるよ」

 そう言ったママは、悪魔の様な笑みを浮かべて、言ったのであった。


「まぁソニアも、程々にね」

 そう言ったパンドラは、空間転移を開いて、左近の元に行ったのであった。




 ―――――――――





 空間転移から出たパンドラは、左近のレイクシティの邸宅に向かうと、リビングに行ったのであった。

 リビングに入ると、左近達は、絨毯の上に寝そべり談笑中であった。


「お父様、パンドラ只今帰りました」


「おう。で、どうだった?」


「やっぱり偽者でしたよ。女の子を誘拐するって聞いて、てっきりロビンだと思ったのに、とても残念です。

 おいで、マメ」

 そう言いながらパンドラも、絨毯の上にやって来て、ソファーにもたれ掛かり座ると、マメを呼び抱き締めたのであった。


 他の者から見れば、この光景は何とも微笑ましい、一家団欒の時であったが、会話だけは血生臭かったのである。


「それで偽者はどうしましたか?」

 そう言ったのは、既に寝てしまった、ミラを抱いた珠であった。


「一人は私が殺しましたが、もう一人はソニアが遊んで、情報を取ってから、見せしめにするそうですね。

 それよりも、今日は面白い出会いがありました。スカーフェイスに会ったんですよ」


『え?』

 思わずその言葉に、全員が聞き入ってしまったのであった。


「ジャックを尾行に行かせましたので、住処も分かるでしょう。

 そこでお父様、そのスカーフェイスを監視下に置いて、暫く泳がせませんか?」


「なるほど、背後関係も調べようと言うのか……分かった、この件は、パンドラに全て任せよう」


「ありがとう御座います。それでミラの件はどうなりました?」


「それな、ミラが珠と離れるのは嫌だと言って、仕方がないので、ルタイ皇国に連れて行く事になったよ。

 そこで暫く生活させて、レイクシティの学校にでも入れるつもりだ。

 それよりも、時計塔の件は、レイクシティに建てる事に決まったのだが、兼平の希望は叶える事は、出来なかったよ」


「それは、兼平に可哀想ですね……でも兼平は優秀な鍛治士ですので、自分で調べて作るでしょう」

 そう言ったパンドラの頭の中は、明日からスカーフェイスを、どういじってやろうかと言う事で、頭がいっぱいに、なっていたのであった。



 翌日、レイクシティに2つの死体が、大通りの建物に吊るされて、晒される事件が起こった。

 死体には、看板が打ち付けられ、「この者、レイヴンを騙り、多くの女性を拐かした為に、我等が殺した」と書かれており。

 その頭の残っている死体の表情は、強烈な拷問を受けたかの様に、血の涙を流して、苦悶の表情であったと言う。





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