暗殺者と姫様
東暦元年10月3日レイクシティ。
スカーフェイスは、ケイティと言う女性に成り代わり、果物屋の露店で店番をやりながら、物思いにふけっていた。
場所は大通りに面した、一番活気のある場所なのだが、彼女は客の呼び込みをする訳でも無く、ただ座ってため息をついていたのであった。
しかしマズイ事が起こった……まさかの、連合国内一斉だもんな。
そう、彼女の考えているのは、1月から執行される、IDカード制である。
これは左近が、コープス博士に頼んでいた魔導機で発行される、新しい身分証明カードを、本来は発行をヴァルキア地方だけに、限定するつもりであったのだが。
評議会でその話が持ち上がり、各国ともそのIDカードに、移行する事に決定したのであった。
この思わぬ出来事に驚いたのは、各国の諜報機関の者や、表に出れない者、暗殺者等であった。
つまりは、今までのレジストカードでは、無くなった為に、対応策が分からない為、潜入しにくい状況になったからである。
やっぱり早い事、左近衛大将を暗殺して、逃げるのが一番だけど、調べれば調べるほど、難しいんだよな。
彼女が懸念しているのは、レイクシティに入ってはみたが、入れるのは一般区のみで、その先の軍属区とセントラル区は、潜入は難しく、誰かに成り代わるにしても、二人以上に成り代わらなくては、ならなかったのである。
これは、1度目は成功しても2度目は、どうしても、居なくなった者が発覚しやすくなってしまい、潜入が発覚する恐れがあるためであった。
それに、成り代わるにしても、左近衛大将に会える人物で、当たり障りの無い人物は、メイドが一番だが、軍属区とセントラル区の間ででも、貴族専用の店が出ている為に、メイドすらこの一般区には現れないし、ましてや軍人なんかは、論外である。
そうかと言って、軍人に入れ代わり、専門用語を出されても、彼女には全く分からないし、軍人になったとたん、その者が前線送りになったら、たまったものではない。
それに、メイドの募集もやっているが、そんな募集に乗って行けば、まさに袋の鼠である。
必ず調査されるであろうし、ルタイ皇国の侍も、人の心が読めるスキルを、持っている者がいると言っていた。
その者は、絶対に審査の段階で出てくるだろう。
なので、完全にこれは、暗殺者に対しての罠だと彼女は確信していたのであった。
とどめは、左近衛大将が一切この一般区に出てこないのだ。
普通は広いレイクシティと言えども、一般区の何処を通ったとか言う情報が出るのだが、一切出てこない。
これは完全に別のルートで移動していると言う事である。
もはや彼女にとって、手詰まり状態に、なっていたのであった。
ヤバい、このままなら、私は完全に廃業だ。
そう思った時であった、スカーフェイスの視界に、メイドが1人歩いているのが、目に入ったのであった。
誰だあれは?何処かの国のメイドか?
そう思った彼女は、隣の髪飾り等を売っている、同じ露店の男に、聞いてみたのであった。
「おっちゃん、おっちゃん!」
「何だよ?」
「あの綺麗なメイドさんは、誰だい?」
「何だよケイティ、知らないのか?あれは左近衛府の、メイド長のテスタさんだよ。俺達の良いカモだな」
「良いカモ?」
「まぁ見とけって」
そう言った男は、腕捲りして叫んだのであった。
「ちょっと、そこの綺麗なお姉さん、そう貴女ですよ!良い掘り出し物があるんでさあ!」
男の声を聞いたテスタは、人差し指で私?と指を指して男の元に、近付いて来たのであった。
「どうされましたか?今日は忙しいのですが、正直な御方な様ですので、話を聞きましょう」
そう言ったテスタは、腕を組んで、ムスッとしていながらも、何処か嬉しそうであった。
「ありがとう御座います。所でそのメイド服は、あの左近衛大将様の所のメイド服では?」
「よく分かりましたね。そうです、左近衛大将の、佐倉家のメイドで御座います」
「やっぱり、メイドはメイドでも、上品な風格がしてましたから、分かりますよ。
所で左近衛大将である、佐倉家の姫様は、絶世の美女だとお聞きしましたが」
「フッ、やはりこの様な、一般区にも姫様の情報は出回ってしまうのですね……そうです、貴方が仰る通り、我が佐倉家の姫様は、この世で最高の美女で御座います」
「そんな姫様に、こんな髪飾りはどうでしょうか?姫様のお美しく長い髪には、こう言った髪飾りが、似合うかと思いますよ」
「確かに、そうですね……しかし、姫様の美貌には、どの様な物も霞んでしまいますが……幾らです?」
「これは、中々手に入らない物で御座いまして、今なら200シリングでどうでしょうか?」
「た、高いですね。そんなに価値がある様に見えませんが……」
「お嬢さん目を瞑って、考えて見てください。
あの美しい姫様の髪には、この髪飾りが。そしてその隣には、お嬢さんが……最高の光景だと思いませんか?」
男にそう言われて、目を瞑っていたテスタは、目を見開き、男に詰め寄ると、言ったのであった。
「買いましょう、是非とも買いましょう」
「へいまいど!」
そう言った男は、笑顔でテスタから代金を受け取ると、髪飾りをテスタに渡したのであった。
「今日は良い日です、ありがとう御座いました」
そう言ってテスタは、男に頭を下げて、去って行ったのであった。
その一部始終を見ていたスカーフェイスは、口をあんぐりと開けて言ったのである。
「おっちゃん、あれって……」
「そうだよ、たったの5シリングの髪飾りだ。
あの人はな、姫様の事を誉められると上機嫌になって、姫様の為に何でも買ってしまうんだよ。
最近じゃこの辺の商売人は、あまりにも可哀想になって、物を売り付けないがな」
そうだったのか……しかし、おっちゃんは何かと、詳しそうだな。
「おっちゃん、何でこんなに詳しいの?」
「俺はな、前にナッソーで露店商をやっていたんだよ。
だがな、ナッソーで帝国とルタイ皇国の戦があって、店も焼けてしまった……でも戦後に帝国が、賠償金を出してくれたおかげで、思いきってレイクシティにやって来たんだ。
左近衛大将様は、ナッソーじゃ、ちょっとした有名人だったから、知っているんだよ」
やった、かなりラッキーだ。これで左近衛大将が、どんな男か分かるぞ。
「おっちゃんは、左近衛大将様に会った事があるの?」
「そうだな、左近衛大将様は、ナッソーに住んでいた時は、けっこう街中で遊んでおられたな。
年齢は分からないが、見た目は18、9の様だったが、娘の珠様は、16、7に見えたから、実はけっこうな、お年かも知れないな。
左近衛大将様は、ルタイ人にしては、男性とも女性とも見れる様な……そう、中性的な感じだったな。
でもそんな顔で、導火線は短く、ナッソーですぐに人を殺す、危険な人だったな」
娘がいたのか……てか、何だよその最後のヤバそうな話は。
「左近衛大将様って、そんなにヤバい人なの?」
「ヤバいって言うか、自分の嫁さんに手を出したり、家族に手を出されると、トコトンまで行くって感じだったな。
まぁその奥様連中も、かなり危険な女性だから、誰も手を出そうなんて思わんだろうよ」
何だ?奥様連中も何かあるのか?……ここで情報を聞けるだけ、聞いておくか。
「どう危険なの?」
「先ずはアイリスって女性だが、この女性は、あのセレニティ帝国の最強の剣士と言われた、エリアス・ノイマン公の娘だ。
帝国最強の剣士の、娘の通り、その強さは飛び抜けており、ナッソーでは双剣のアイリスって言われていて、左近衛大将様の為にならない者は、誰でも容赦無く斬るって爆弾娘だよ。
その次はラナって女性だが、銀狼のラナって呼ばれていて、あのルタイ皇国軍の斥候隊の隊長も、やっているんだよ。
残る二人だが、爆炎のセシルに氷結のセシリーの双子の魔導師だ。
この二人は、あのスターク連合評議会議長の娘で、更には双子の勇者だ。
二人は、ルタイ皇国の戦には必ず参戦し、武功を立てている。
まぁ四人とも綺麗だが、恐ろしく強いので、誰も手を出そうなんて考えねえよ」
……この四人は、避けた方が良さそうだな。
まともにやり合っていたら、命がいくつ有っても足りない。
そうだ、あのテスタとか言うメイドと、入れ代わるのは、どうだろうか?
その為には、その姫様の情報を聞き出さないと。
「おっちゃん、あのテスタって人っての言っていた姫様って、珠様の事?」
「ああ、それな。妹のパンドラ様の事だよ。
妹のパンドラ様は、俺は見たことが無いのだが、聞いた話では、本当に絶世の美女だと言う話だ。
元々はルタイ皇国に居て、姉の珠様がナッソーに居たようだ。
でも左近衛大将様が、ナッソーに呼んだのだが、大変だった様だな」
「大変?何で?」
「その二人の姉妹は、本当に仲が悪いらしいぞ。
ナッソーにいた、左近衛大将様の私兵のフンメル隊長が、毎回頭を痛めていたからな。
それに噂じゃ、左近衛大将様の短気で残虐な性格を、一番受け継いでいるのが、そのパンドラ様らしい。
だがな、その姫様も、あのテスタさんと、執事のバスティアンさんにだけは、優しい様だな。
これも噂だが、姫様の幼い頃より、ずっと側で、姫様の世話をやっていたみたいだ」
となると、入れ代わる目標が、あのメイドとすれば、その姫様の事を調べていかなければ、ならない……だが、その姫様は外に出てこないし、さてどうしたものか。
時間もあまり無いしな……まぁ良いさ、入れ代わり、さっさと殺してしまおう。
あの爺も、元は殺しの依頼だったから、文句は言わないだろう。
とりあえず、この場は適当に、おっちゃんの相手をして、やり過ごし、決行の場所の選定に入るか。
そう考えたスカーフェイスは、男と適当に談話して、その夜にテスタを殺すポイントを探しに、夜のレイクシティに出たのであった。
―――――――――
さて、あのメイドが、あの場所を通ったとなると、あの噴水前駅から来たと言う事になる。
そう思っていた、スカーフェイスの目線の先に、何かに乗っている人影が見えたのである。
誰だ?
思わず身を隠したスカーフェイスであったが、深夜で人は辺りに誰もおらず、灯りも無く雲が多く出ており、その姿を正確に確認する事は、出来なかったのであった。
馬?だがそれにしては、首が短い様な……
そう思い、注意深く観察していると、雲の切れ間から月明かりに照らされて、スカーフェイスは、ようやくその姿を確認出来ることが出来たのであった。
何だ、あの美しさは!あれは天使か?いや悪魔の美貌か?
思わず隠れている事を忘れて、身を乗り出し魅入ってしまったその者は、ヤマトに乗ったパンドラであった。
我を忘れて、思わず身を乗り出したスカーフェイスは、ここで重大な事に気が付いたのである。
彼女が乗っているのは、大きな白虎であったのだ。
ここで初めて、見とれていたスカーフェイスの本能が、本来の防衛本能を取り戻し、警鐘を奏でたのであった。
何だよあの魔獣は!ヤバイ!ヤバイ!あれは最高にヤバイ魔獣だ!
そう思い、逃げようと思わず、後退りしたスカーフェイスであったが、すぐ後ろに転がっていた、ワインのビンに当たってしまい、音が出たのであった。
「誰だ?」
そう言ったパンドラは、スカーフェイスの方向を見て、言ったのであった。
ここでスカーフェイスは、月明かりに照らされた、ヤマトの猫科動物特有の、そのしなやかで、それでていて強靭で、美しい筋肉に気が付き、少しでも動けば、瞬時に飛び掛かられて殺されると、思ったのである。
ダメだ、恐怖で声が出せない。
それに、今ここで、逃げようと動けば、確実にあの魔獣に殺される……どうするか?
そうやって、スカーフェイスの頭の中の機械は、今まさに音を立てて、この場から逃げる事を考えていたのだが、パンドラは、それを許さないかの様に、ヤマトに乗ったまま、スカーフェイスの元に、近付いて来たのであった。
どうする、どうする。
初めて体験する、迫り来る圧倒的な恐怖の中で、スカーフェイスが奥歯を、カチカチと音を立てて震えていると、パンドラは腰の刀に手を掛けて、横暴とも言える事を、スカーフェイスに言ったのであった。
「答えんか?答えねば殺すぞ……いや、何だか、めんどくさいな、どちらにせよ殺すか」
な、何だよその、どちらにせよ殺すって選択は!む、無茶苦茶だろ!
そう思いながらも、声に出せないスカーフェイスは、ここで隣の露店商の男が言っていた、左近衛大将の娘の事を思い出し、いつの間にか声に出していたのであった。
「パ、パンドラ様……」
その言葉に、ヤマトに乗っているパンドラは、ピタリと動きを止めて、言ったのであった。
「誰だ?我が佐倉家の者か?……いや違うな、佐倉家の者なら、私にこんなにも恐怖する事は……あ、ヤマトに乗っているのを、忘れていた。
そうか、こいつのせいだな」
そう言ったパンドラは、ヤマトから降りると、ヤマトの頭を撫でながら言ったのである。
「ヤマト、貴方は暫く向こうで待っていなさい」
パンドラに、そう言われたヤマトは、まるで飼い猫の様に、パンドラにゴロゴロと言って頬擦りし、言われた通りに駅の方向に行ったのであった。
「さて、出て来てくれますよね?」
どうする?このままこの姫様を殺して、入れ代わるか?
ダメだ、そんな事をすれば、後ろの魔獣が私に襲い掛かるだろう。
それに、後で入れ代わっても、魔獣はバレる可能性がある、この姫様と入れ代わるのは、問題外だ。
ここから逃げるにしても、あの魔獣で追いかけられれば、逃げれる確率は限り無く低い。
それにあの姫様の性格では、逃げれば、問答無用で殺すだろう……ならば私が取る行動は1つ。
このまま正直に出て、姫様の印象に残る事無く、この場をやり過ごすし、去るしか道は無い。
そう思ったスカーフェイスは、覚悟を決めて、パンドラの前に出たのであった。
「ん?お前は誰だ?佐倉家の者だったか?」
そう言ったパンドラは、不思議そうに首をかしげたのであった。
「いえ、私は忘れ物を取りに行く途中で、あの魔獣がいたので……」
「だから、隠れたのか?」
「はい……」
「ほう……」
そう言ったパンドラは、そのままツカツカと無防備に、スカーフェイスに近付き、スカーフェイスの体臭を確認するかの様に、周辺をクンクンと嗅ぎ始めたのである。
何だ?いったい何をしている?
そう驚いているスカーフェイスにパンドラは、呟いたのであった。
「何やら果実の匂いがする?それも複数……」
い、犬かよ!
「そ、それは、私は果物屋を、やっているからでしょう」
「ふうん……」
ただ一言そう言ったパンドラは、目がスッと細くなり、冷酷な顔になると、スカーフェイスの耳元に顔を近付けて、呟いたのであった。
「だが、果実の匂いに混ざって、血の匂いもするぞ」
その言葉に、スカーフェイスは心臓を鷲掴みに、された様な気がしたのであった。
「いや、これはその……アレで……その……」
ああ!私はいったい何を言っているんだ!
そうテンパっているスカーフェイスであったが、その心配は杞憂に終わったのである。
パンドラは、少し考えて、何かを思い付くと、スカーフェイスに笑顔で言ったのであった。
「そうでしたか、女の子の日でしたか。それでしたら、言いにくいですわね」
「そ、そうです……」
良かった、何か変な勘違いをしてくれて。
しかし、そんな匂いが分かるなんて、この姫様は、本当に犬の様な嗅覚を持っているのか?
「で、貴女の名前は?」
「ケイティ」
「ではケイティ、IDカードを見せなさい」
「それがまだ……そんな余裕も無いので……」
「3シリングも無いと…まぁ良いでしょう。ではケイティ、貴女は少し私の手伝いをしなさい。
その分の報酬は、支払います、それでIDカードを作れるでしょう」
ダメだ、このままなら、姫様の記憶に私が残ってしまう、何としてでもやり過ごさないと。
「私など、何のお役に、たてませんよ……」
「そうですか……では、姿を見られたのですから、死になさい」
え?何で、そう言う事になるの?暗殺者の私が言う事じゃ無いけど、それ犯罪だよ。
じゃなくて、ヤバイ!本当に殺される。
そう思っているスカーフェイスの目の前で、パンドラは刀に手を掛けたのであった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!手伝います、手伝わせて下さい!」
「……何だ、面白くない」
そう言ったパンドラは、不満そうに刀から手を離したのであった。
何でこの姫様、不満そうなの?もしかして、斬りたかった?……おっちゃんの言った様に、ヤバイ性格しているなぁ。
この姫様が、一番性格がそっくりって、左近衛大将って、かなり危険な奴じゃ無いだろうか?
依頼を無視して逃げようかな。
「あの、それで私は何をしたら?」
「ケイティ、貴女は最近発生している、若い女性ばかり狙った誘拐事件、知っていますか?」
「それが、私は10日前に、このレイクシティに来ましたので、初めて聞きました。
でも誘拐事件ってそんなに珍しく無いのでは?
新しく出来た都市や、大きな都市ではよくある事じゃ……」
「まぁそうでしょうが、今回は少々事情がありまして、犯人の特長は、既に分かっているのです」
「でしたら弾正府にでも通報して、取り締まってもらえば良いのでは?」
「そんな事は、させませんよ……だって犯人は羽付ですから」
「れ、レイヴン!そんなの無理じゃ無いですか!だって彼等は、何をやっても許されるのですよ!
それこそ、軍とか騎士団の……そうだ、ノイマン公ならば、何とか出来るかも」
「こんな事で、お祖父様を?バカげていますね。
とにかく貴女は、囮になって、今から街中を徘徊しなさい。
もしも、犯人が出た場合は、助けますので」
む、無茶苦茶だ。
もしも本当に出たとしても、私が殺される確率が高過ぎる。
でも、断れば殺されるし……適当に付き合って、逃げるか。でもあの魔獣を何とかしないと……そうだ。
「分かりました。でもあの魔獣が一緒にいたら、犯人が来ないのでは?」
「え?まさか、今まで、犯人が来なかったのは、それが原因だったのか……不覚でした」
そう言ったパンドラは、ガックリと項垂れる様に、ショックを受けていたのであった。
……バカなのか、それとも天然なのか、この姫様は。
そんな事を考えながら、スカーフェイスとパンドラは、ヤマトを置いて、夜の町に歩いて行ったのである。
―――――――――
二人は夜の繁華街は避けて、人通りの少ない所や、全く灯りも人もいない所の、路地を歩いていたのであった。
普通の女性なら、こんなところは不安に思うのだが、このパンドラはそれを楽しむかの様に、スカーフェイスの隣を、歩いていたのである。
だがやがて、それも飽きてきたのか、パンドラはスカーフェイスに言ったのであった。
「中々出てきませんね、飽きてきました」
飽きてきたって、やっぱりこの姫様って、常識知らずだ。
普通の女性は、こんな場所は避けて、大通りや人の多い所を歩くのに。
だが、それにしても、姫様なのに護衛も無しで、こんな所に来るなんて……どうせ、恐いもの見たさで、来たんだろうよ。
しかし、これで姫様から、逃げれるチャンスが出来たな。
「では姫様、夜も遅いので帰りませんか?」
「何を言っているんですか、まだまだこれからですよ。釣りは、我慢と忍耐が大切です」
釣りしている感覚なのかよ!……仕方がない、こうなっては、問題になっても良いや。
逃げよう。
「あの~姫様、宜しいでしょうか?」
「何でしょうか、ケイティ」
ヤバイ、名前を完全に覚えられている。
しかし、今はこの状況から逃げる方が大切だ。
「このまま二人一緒では、犯人が出る確率は少ないと思いますよ。いえ、私は出ない方が良いんですけどね。
ですから、別々で捜索してみては、どうかなぁ……って、ダメですかね?」
「ふむ……」
そう言ったパンドラは、暫く頭に手を当てて考え、言ったのであった。
「分かりました、ではケイティ、貴女は前を歩きなさい。私は少し離れてついて行きますので」
やはりそう簡単には、解放してくれないか。
だがこれで、逃げやすくなった。
「分かりました」
そう言ったスカーフェイスと、パンドラは、そのまま距離を置いて歩き出したのであった。
―――――――――
暫く歩いていたスカーフェイスであったが、パンドラとの距離は、徐々に開いていたのである。
これはパンドラの身長が、低い事も有るのだが、スカーフェイスは足早に、それで人のいる所を、歩いていた為であった。
よしよし、やっぱり姫様は、人通りの多い所は苦手な様だな。
あの身長では、こちらの姿も確認しにくいだろう。
後はタイミングを見計らって、路地に逃げこんで、消えるとするか。
そう思い、タイミングを見計らっていたスカーフェイスに、まさに好機とも言える一瞬がやって来たのであった。
大きな男が、パンドラの視界を一瞬邪魔したのであった。
今だ!
そう思ったスカーフェイスの行動は素早かった。
彼女は、そのまま目の前の路地に入ると、何度も何度も曲がり、常人とは思えないスピードで、路地の奥深くに進んでいき、角を曲がった所で、後ろから誰も来ていないか確認したのであった。
良かった、姫様は来ていない様だな。
そう思いながら、一息ついた時であった、スカーフェイスの背後の暗闇から、スカーフェイスに気付かれない様に、太い男の腕が伸びてきて、スカーフェイスの口を塞ぎ、腕で首を締めると、その暗闇に力強く引きずり込んだのであった。
しまった!姫様に気を取られて、油断した!
そう思いながらも、何とか振りほどこうとしたのだが、足が地面についていないのと、桐の苦難を受けた左腕が痛み、思う様に振りほどけないのである。
こんな時にあの傷が!
そう思いながらも、もがいて何とか逃げようとしていると、背後から男の声で、スカーフェイスの耳元に話し掛けられたのである。
「動くな、動けばこのまま首の骨をへし折るぞ。
俺達はレイヴンだ、無駄な抵抗は止めろ」
確かに、スカーフェイスの首に、まとわりつている太い腕は、その言葉が本当だろうと思わせるには、十分過ぎる筋肉があったのである。
スカーフェイスは、このまま頷き静かにするしか、道はなかったのであった。
スカーフェイスは、何度もコクコクと頷くと目の前にもう一人の男が、出て来たのである。
その男は、黒いマントを羽織っており、その胸には、1枚の黒い羽が刺さっていたのであった。
あれが、姫様の言っていたレイヴン?
しかし、そんなに強そうにも見えないけど、本当に一人で数万の軍隊に匹敵するのか?身体の線が細すぎるだろ。
しかし、この状況はマズイ。このまま何とかやり過ごして、隙を見て逃げ出すか。
そう思っていると、前の細い男は、スカーフェイスの元に近付くと、スカーフェイスの顔をじろじろと見て、言ったのであった。
「チッ、あんまり良い女じゃねえな、下の上って所か。胸もあんまり無いし、こいつは高く売れねえぞ」
悪かったな、これが一番目立たないんだよ。
そう思っていると、スカーフェイスを捕まえている男が、言ったのである。
「でも兄貴、ここ数日女を捕まえていないから、仕方がないんじゃ」
「それもそうだな、こんなのでも売れば、幾らか金になるからな」
くそ、コイツら覚えておけよ、絶対に殺してやるからな。
そう思い、憎しみのこもった目で、細い男を睨んでいると、男がその目に気が付き、スカーフェイスに言ったのであった。
「おい、何だよその目は?
お前は、今の状況が分からねえのか?……よし分かった、その身体に、教えてやろうじゃねえか」
細い男がそう言った時であった、二人の間に黒い羽が1枚、ヒラヒラと落ちてきたのである。
羽?
そう思ったスカーフェイスの頭上から、聞いた事がある声が聞こえたのであった。
「見ぃつけたぁ」
まさか、姫様?
そう思い頭上を見ると、黒い羽付のマントを羽織ったパンドラが、空中に浮いていたのであった。
嘘……
思わずそう思ったスカーフェイスであったが、細い男が思わず叫んだのである。
「誰だ、てめえは?」
その問いに答えるかの様にパンドラは、大男の後方に降りてきて、言ったのであった。
「誰だだと?お前達に、名前を騙られている者ですよ」
そう言った瞬間、二人の男は、顔が明らかに、ひきつっていたのであったが、細い男はパンドラに向かって、言ったのであった。
「本物のレイヴン……嘘だ、こんな女な訳がねえ!でまかせに決まっている!」
「嘘でも何でも良いから、めんどくさいから、とにかく死ね」
そう言った瞬間、パンドラは三人の視界から消えて、いつの間にか大男の隣に瞬間移動し、大男の顔面をパンドラは殴ったのであった。
その瞬間、ボンと言った音と共に、大男の頭は吹き飛ばされ、頭の無くなった身体は、そのまま力なく崩れ落ち、スカーフェイスを下敷きにして、倒れたのであった。
「ケイティ、生きてますか?」
ケイティに言葉をかけたパンドラであったが、反応が無く。
パンドラが振り返ると、大男の下から逃げ出したスカーフェイスが、一目散に逃げ出した光景であった。
「本当に恩知らずですね」
そう言ったパンドラは、細い男の方向を見ると、男も逃げ出した後であったのである。
しまった……まぁ良いか。
そう思い、服についた埃を、パンパンと払っていると、細い男が逃げた方向から、軍服姿の羽付にマントを羽織った、ママとジャックが、魔糸で捕らえた細い男を引きずってやって来たのであった。
「姫さん、追い掛けるのが、面倒だから放置しただろ?」
そう言ったママは、何処と無く笑顔で、言ったのであった。
「ソニア、あまり私の心を、読まないでくださる?」
「ハハハ、やっぱりか。それでどうする?あの女に、姫さんの事が知られたぜ」
「アレね……あの女、中々面白い女ですよ。
何せ、顔から血の匂いがして、死んだ者の皮を被っている様な、感じでしたので」
「おい、それって……」
「ええ。お父様が言っていた、スカーフェイスって暗殺者でしょう。まぁ逃がしませんけどね」
そう言ったパンドラは、笑顔でママに言ったのであった。
「……だってさジャック」
「承知!」
そう言ってママに話を振られたジャックは、暗闇に消えて行ったのであった。
「で、姫さんこれからどうする?こいつは、きっちり私が調べて、落とし前つけるけど」
「そうですね、私はこれからお父様に報告して、あの暗殺者には、私のオモチャになってもらいましょう」
「暗殺者だけど、姫さんのオモチャって、同情するよ。
まぁこの死体の処理も、任せておきな、私がもう偽者が出ないように、情報を取って、見せしめにしてやるよ」
そう言ったママは、悪魔の様な笑みを浮かべて、言ったのであった。
「まぁソニアも、程々にね」
そう言ったパンドラは、空間転移を開いて、左近の元に行ったのであった。
―――――――――
空間転移から出たパンドラは、左近のレイクシティの邸宅に向かうと、リビングに行ったのであった。
リビングに入ると、左近達は、絨毯の上に寝そべり談笑中であった。
「お父様、パンドラ只今帰りました」
「おう。で、どうだった?」
「やっぱり偽者でしたよ。女の子を誘拐するって聞いて、てっきりロビンだと思ったのに、とても残念です。
おいで、マメ」
そう言いながらパンドラも、絨毯の上にやって来て、ソファーにもたれ掛かり座ると、マメを呼び抱き締めたのであった。
他の者から見れば、この光景は何とも微笑ましい、一家団欒の時であったが、会話だけは血生臭かったのである。
「それで偽者はどうしましたか?」
そう言ったのは、既に寝てしまった、ミラを抱いた珠であった。
「一人は私が殺しましたが、もう一人はソニアが遊んで、情報を取ってから、見せしめにするそうですね。
それよりも、今日は面白い出会いがありました。スカーフェイスに会ったんですよ」
『え?』
思わずその言葉に、全員が聞き入ってしまったのであった。
「ジャックを尾行に行かせましたので、住処も分かるでしょう。
そこでお父様、そのスカーフェイスを監視下に置いて、暫く泳がせませんか?」
「なるほど、背後関係も調べようと言うのか……分かった、この件は、パンドラに全て任せよう」
「ありがとう御座います。それでミラの件はどうなりました?」
「それな、ミラが珠と離れるのは嫌だと言って、仕方がないので、ルタイ皇国に連れて行く事になったよ。
そこで暫く生活させて、レイクシティの学校にでも入れるつもりだ。
それよりも、時計塔の件は、レイクシティに建てる事に決まったのだが、兼平の希望は叶える事は、出来なかったよ」
「それは、兼平に可哀想ですね……でも兼平は優秀な鍛治士ですので、自分で調べて作るでしょう」
そう言ったパンドラの頭の中は、明日からスカーフェイスを、どういじってやろうかと言う事で、頭がいっぱいに、なっていたのであった。
翌日、レイクシティに2つの死体が、大通りの建物に吊るされて、晒される事件が起こった。
死体には、看板が打ち付けられ、「この者、レイヴンを騙り、多くの女性を拐かした為に、我等が殺した」と書かれており。
その頭の残っている死体の表情は、強烈な拷問を受けたかの様に、血の涙を流して、苦悶の表情であったと言う。




