暗殺者
ザルツ王国の王都レンヌのスラム街は、既に日は落ちて、辺りは酒を飲みに来た者や、娼婦達が路上に出て、賑わいを見せていた。
その中の人気の無い路地裏から、ゼニトの店を見つめる一人のダークエルフがいたのであった。
そう、アデルである。
そのアデルの後ろから、声をかける女性がいたのであった。
その女性は、何処か貴族の様な服装をしており、髪は赤毛で平均的な何処でも居そうな、特徴の無い顔をしていたのである。
「意外と時間がかかったな」
「私は、大陸の変装は初めてなんだよ……変じゃ無いか?」
そう言ったこの女性は、桐の変装した姿であった。
「いや、完璧な変装だ……髪の毛の色も変えれるとは、少々驚いている」
「お前、驚くならその表情を少しは、変えろよ」
「そんな事より、中には目標の男と、体格の良い男の二人だったな?」
「そんな事って……ああそうだよ、一人はそのゼニトって奴だし、もう一人は奴隷の様だったな」
「ならば、ゼニトを殺せば全て終わりだ。
では予定通り中に入ってくれ、殺しは俺がやる」
そう言ったアデルは、桐の後ろに立つと、地面の暗闇にスゥっと、消えて行ったのであった。
まさかこいつが、影移動の術が出来たとは…口と顔は好かないが、腕は確かな様だな。
しかし、こんなのがラナ様の兄上って、絶対にあのラナ様に似合わないし!私のラナ様……
「おい、早く行かないのか?」
妄想に入りかけた桐に、地面の影から冷静にアデルが突っ込んだのであった。
「分かっているわよ」
さて、私のキリバ語が何処まで通用するか……
そう思いながら桐は、ゼニトの店の扉をノックしたのだが、反応が無い。
仕方が無いので、桐は違和感を感じながらも、もう一度扉をノックしようとすると、扉が微かに開きゼニトが顔を出したのであったが、桐はその違和感を確信したのであった。
新しい血の臭いがする……それに、このゼニトの眼…絶対に別人だ。
そう思いながら、すぐに桐は予定とは違うアドリブで、話し出したのであった。
「ゼニトさんお久しぶりダスなぁ、まだ奴隷を買いに来たダス…入れくれないダスか?」
「…あ、そうでしたね、中へどうぞ」
ゼニトはそう言うと扉を開けて、桐を中に入れたのであった。
これは、桐の賭けであった。
ゼニトが全くの別人と感じた桐は、カマをかけたのである。
そしてその賭けは、桐の勝ちであった、ゼニトは知り合いの様に振る舞った桐を、そのまま知り合いの様に、店の中に入れたのであった。
もちろん、ゼニトが話を合わせただけの可能性もあったのだが、その眼の奥には、明らかにそれだけとは違う、何人も殺して来た者独特の殺気が、一瞬出たのである。
桐はそのままゼニトに促され、椅子に座ると桐は静かに言ったのであった。
「本日、奴隷は何れ程いるダスか?」
「それが本日は、大口のお客様が来られまして、在庫の方がもう……」
「チョッと!その大口のお客様って誰ダスか!」
そう言って、テーブルを叩いた桐の目線の先には、ゼニトの背後の影から、音も無くアデルが出てきたのであった。
「奥様、申し訳……」
そう言って桐に謝罪しようとしたゼニトの首に、背後のアデルの短刀が、突き付けられたのであった。
「貴様がゼニトか?……クッ!」
そう言ったアデルの短刀を持った手が、ゼニトにいつの間にか、凄まじい力で捕まれていたのである。
バカかアイツは?そんな確認をせずに、問答無用で殺せば良かったのに。
桐がそう思いながらも、驚きの演技をしていると、ゼニトの空いている左手に、いつの間にかナイフが持たれているのに、桐が気付いたのである。
ヤバい、あのバカ気が付いていない!
そう思った、桐の行動は素早かった、苦無を取り出すと同時に、ゼニトに向かって投げたのであった。
ゼニトは、桐の投げた苦無を、ナイフの持った左手で受け止めると同時に、アデルから回転しながら離れ、二人から距離を取ったのであったが、離れたゼニトの顔を見て、二人は思わず絶句したのであった。
『……!』
二人が絶句するのは、無理も無かった、ゼニトの顔が明らかにズレていたのである。
「ん?おや?……まだ定着してなかったからか。
それよりも、どうやら二人は、同業者の様で……特にそっちの女性の方は、すっかり騙されましたよ、貴女名前は?」
「言うわけ無いダスよ!」
そう言った桐は、苦無をゼニトに向かって投げたのだが、ゼニトは苦無をナイフで難なく弾くと、そのまま地面に煙玉を叩き付けて、その場から消えたのであった。
「チッ、逃がしたか!……おいアデル、大丈夫か?」
そうルタイ皇語で言って、振り返った桐が見たのは、脇腹から血を流しているアデルであった。
「アデル!」
「すまない、ミスった……しかし何だ、あの変な訛りのキリバ語は?」
「バカ野郎、早くこれを飲め!」
そう言って桐は差し出した、薬をアデルに飲ませると、桐はアデルの脇腹の服を斬り、傷口を洗い流し確認したのであった。
良かった、深傷じゃ無かった……しかしあの刃物に、毒が塗られていた可能性もある解毒も考えないと。
そう思っていた桐に、アデルが言ったのであった。
「ナイフに毒が塗られていた様だ……俺の腰にあるマジックバックに、毒消し丸がある、それを飲ませてくれ」
「分かったから、これ以上話すな」
そう言った桐は、マジックバックから毒消し丸を取りだし、アデルに飲ませて言ったのであった。
「アデルお前、私の影の中に入れるか?そこなら安全だ」
桐にそう言われたアデルは、何とか頷くと、桐の影に入って行ったのであった。
これで、大丈夫だろう…しかし先程の奴は、もしや何処かの刺客か?
もしもそうなら、狙われていたのは……左近衛大将様の可能性もあるこれは報告しておかなければ。
そう思いながら桐は、カーテンの奥を目指したのである。
血の臭いを感じながらも、桐が中に入ると、一番奥の牢の中には、頭皮と顔の皮を剥がれた2つの死体があった。
2つとも顔の皮を剥がれている…これで変装していたのか。
って事は、あのゼニトとか言う奴の中身は、別人と言うことだな…誰かと入れ代わり、目標に近付き殺す、こいつは少々厄介な奴だぞ。
そう思いながら桐は、燭台を倒し店に火を着けると、ゼニトの店を後にしたのであった。
――――――――――――
アデル達がゼニトの店を襲撃していた頃、左近に購入された四人の奴隷達は、ルゴーニュ村でのメディカルチェックの後、食堂に集められて、佐倉家の自己紹介を受けていたのであった。
「さて、これからの事だが、ルタイ皇国の方針で、奴隷は平等に扱われる為、諸君達は主人は俺になったが、自由の身になる」
そう言った左近であったが四人の奴隷は、何を言っているのか、分からない様子であった。
「まぁ意味が分からない様だな。
ルタイ皇国は、奴隷制度を認めてはいない、諸君達の主人は一応は俺となっているが、自由に他の職についても、暮らしてもかまわないと、言っているんだ。
言うなれば君達は、解放奴隷だな……もちろん今日買ったその服は、俺からのプレゼントだ、明日から着ると良い」
そう言った左近は、笑顔であったが、彼女達の表情は未だ暗かったのである。
さて、どうしたものか。
そう考えた左近に、猫耳の獣人の女の子が、話し出したのであった。
「左近衛大将様の言う事は、分かりますが、もう私達に、行くところは、御座いません。
出来れば、このままお仕えしたいのですが」
「それは、ありがたい申し出だ。
それならば君達は、当家のメイドとして雇い、ちゃんと住居と食事と給料を保証しよう。
まぁメイド服は、未だ出来上がっていないが、後で用意させる。
……この中で料理の出来る者はいるか?もしもいるなら、早速明日から、手伝って欲しい…実は当家は全く人手が足りていないので、家族全員で切り盛りやっている状態なんだよ」
そう言うと、性奴隷の兎の獣人の女性が手を上げたのである。
「どうした?…ええっと……」
「ベアトリスです。
私は料理はほとんど出来ませんし、何も出来なくて、夜のお相手しか出来ません」
何と素晴らしい…じゃ無くて、それは厳しいな。
「ではベアトリスは、テスタと一緒に仕事をして、何か得意な事を見付ければ良いさ。
食器洗いの仕事等もあるから、仕事は何でもある。他に苦手な者はいるか?」
左近がそう言うと、他の者は不安からか、全員が黙っていたのであった。
「無い様だな。最後にもう1つ言わせてくれ。
君達は、この仕事を辞めるのはいつでも自由だし、誰かに酷い事をされたら、俺に言ってきてくれ。
君達の身の安全は、佐倉家が保証するし、君達も佐倉家の一員だと言う誇りを持って欲しい、私からは以上だ。
ではテスタ、四人を寮に案内してくれ」
「かしこまりました、では四人ともこちらへどうぞ」
そう言ってテスタは、四人を寮に案内したのであった。
「どうやら、未だ混乱しているようですね」
そう言ったアイリスは、四人を不憫に思いながら言ったのであった。
「だからと言って、特別扱いはせずに普通に接してくれ、皆も頼むぞ」
左近がそう言うと、他の者は頷いたのであった。
さて、明日はクロエに言って早速、休みも貰った事だし、ゼニトの所で使う予定であった予算も、俺の手元にある……正成を連れて娼館に行くか。
これは、横領じゃ無くて、今回の報酬だからな……うん、そう言う事にしよう。
佐倉家の物は俺の物、俺の物は俺の物。まさにジャイアニズムだ。
おっと、その前にアデル達をこっちに戻さないとな。
そう思い左近は、高鳴る胸を抑えて、執務室に戻って行ったのであった。
「何だか、変な事を企んでいる気がする……」
ラナは野生の直感で、左近の下心を感じていたのであった。
「……私もそう思う」
「ラナとお姉ちゃんも?実は私もなんだよね」
「実は私も……ラナ」
「了解、誰かいる?」
ラナがそう言うと、一人のくノ一がラナの前に降り立ったのであった。
「桔梗、ここに」
「私達の旦那様が、また良からぬ事を企んでいる様です、そう言う事をする時は、大抵がナッソーです。
迅速に阻止しなさい……あれ?今日は桐じゃ無かった?」
「そ、それが…左近衛大将様が、レンヌに移動されましたので、桐も急きょレンヌに移動した所、ラナ様の兄上様が、負傷されているのを発見しましたので、ただ今回収して治療を施したと、念話で連絡が有りました」
「それで!兄貴は無事なの?」
「はい、脇腹に毒の付いた短刀で刺されておりましたが、毒消し丸を飲ませて治療したとの事です。
それと……何やら兄上様と、左近衛大将様が誰かを暗殺するとか、言っているのを、聞いてしまったとか何とか…しかし……」
「桔梗、そこから先の事は、もう忘れなさい。桐にもそう伝えて」
「はい、ラナ様!」
「とにかく、兄貴が無事なら良いや。ところでパンドラ、旦那様の行動パターン分かる?」
そうラナに話を振られて、「ここで私?」と言った顔で、パンドラは諦めた様に、話し出したのであった。
「まぁお父様の考えそうな事は、一人で行くのは、見付かった時に言い訳が出来ないので、保険の為に誰かを連れて行くでしょう。
一番確率が高いのは、正成様……でも前回の事も有り、場所もナッソーに、そして娼館に断定しますと、もう1つの保険として、バッシュ様も連れて行くと思います。
これは、万が一見付かったとしても、リザードマンのバッシュ様が一緒だと、他の者は娼館に行くとは考えにくいからです。
そして場所は、ナッソーのソニアが経営する、ナッソー唯一の高級娼館でしょう。
そこならば、口も固いしソニアにも情報が回らない……あくまでもナッソーの娼館と言った条件ですが」
「だとするなら、お金は何処で工面したのだろう……」
そう言ったアイリスが不思議そうに言うと、パンドラが分かりきったかの様に言ったのであった。
「ルタイ皇国の奴隷購入資金の一部でしょう。
今回のあの四人は、ゼニトの店から購入したと言っていましたが、お父様があのゼニトに正直に支払うと思いますか?
今回もどうせ、脅して巻き上げたのでしょう……言葉だけなら、マフィアの様なお人ですね」
そう言ったパンドラは、クスクスと笑っていたのであった。
「桔梗、ナッソーの娼館の近くで見張りを、桐はそのまま兄貴の保護を、残りの二人はそのまま待機」
「はい、ラナ様!」
「ぐふふ……絶対に邪魔してやる」
変な闘志を燃やしたラナは、桔梗に命令して、この先の左近へのお仕置きに、心を踊らせていたのであった。
―――――――――
時間だな。
執務室に一人でいた左近は、エルの十字軍専用の部屋と、執務室を空間転移で繋ぐと、中から出てきたのは、桐ただ一人であった。
「お前だけか?アデルはどうした?」
「今は、私の影の中で休んでいます……報告宜しいでしょうか?」
影の中で?そんな事が出来るのか?
「ああ、一体何があった?」
「結論から言いますと、私達が店に乗り込んだら、目標の人物は既に死んでおりました。
代わりに何者かが、目標と中身が入れ代わっていたのです」
「中身が?それは、身体の中がって事か?」
「それは……」
「これから先は、私が報告します」
そう言って桐の背後から、アデルが出てきたのであった。
こんな薄暗い所で、そんな登場の仕方は、怖いわ!
そう思いながらも左近は、アデルの報告を聞く事にしたのであった。
「聞こう」
「私達が会ったのは、おそらく……スカーフェイスと呼ばれる殺し屋です。
誰も正体を見た事が無いので、本人かどうかは分かりませんが、そのスカーフェイスは誰かを殺して、その顔の皮や頭皮を剥いで、その者と入れ代わり、ターゲットに近付き殺す、厄介な奴です」
「殺しの目標は誰だ?」
「普通ならスカーフェイスは、徹底的にリサーチしてから入れ代わるのに、今回は違いました。
桐の演技が上手だったのもありますが、どう見ても急ぎの、そうリサーチの時間も無い様な急ぎの仕事の様でありました。
緊急で、ゼニトをリサーチする暇も無いほど急に会いに行く事にしたのは、殺しの目標が急にゼニトに会いに行くのを決めた為……それに該当するのは、ただ一人だと思います」
「俺か……」
「はい。
御館様は、ルタイ皇国の帝の命で奴隷を買う事になりました。
そこで御館様が奴隷を購入するなら、知っている者の店から先に行くでしょう。
そこで先回りして、目標になりすます……未だに推測の域は出ませんが、可能性はあります」
なるほど、アデルの推理は当たっているかも知れない。
ただ誤算だったのは、俺が思った以上に、早く行き奴隷を購入した事だ。
もしも、ゼニトの店に行くのが遅れていたら……
そう考えた時に左近は、一瞬悪寒が走った様な感じがしたのであった。
確かに誰かに入れ代わって、近付かれたら、回避しようが無い……皆の護衛を増やして、念のために合言葉も決めておくか。
「事情は分かった。桐、本国からもっと忍を呼べるか?何なら忍の里ごと、こちらに移住して貰ってもかまわないし、他に信用のおける者がいるなら全部呼んでくれ。
出来るか?」
「確かに呼べますが、私はラナ様の忍ですよ、許可が無ければ無理です。
それに呼べたとしても……私達、根来衆は武断派です、大陸派の手助けなんて、長が認めるはずもありません」
忍の中まで派閥が有るのかよ……って根来衆だと?
「ちょっと待て、根来衆ってあの紀州の根来衆か?」
「あれ?何で知っているんですか?忍の事なんて、知っている人は、そうそういないので……まさか忍の関係者?」
「違う。こんな仕事をしていると、詳しくなるのは当たり前だ。
取り敢えずラナ達を呼んでくれるか?そのスカーフェイスの事も話したいし」
「分かりました……でも私の事は、上手く話を合わせて下さいよ。
私が左近衛大将様の後を尾行して、レンヌに行ってアデルを見つけた。そしてここまで連れてきた、って流れで」
「ああ分かったよ」
左近がそう言うと、桐はそのまま姿を消したのであった。
しかし、地名も忍の名前も同じとは、これは何か帝と関係があるのか?
そう思って考えていた左近に、アデルが聞いてきたのであった。
「御館様、今回の事は申し訳御座いません。完全に私の油断です」
「良いさ気にするな。
しかし、今回の事を教訓に次回より油断は無い様にな」
「有難う御座います。所で武断派とか大陸派とか全く分からないのですが……」
そうか、アデルは何も知らなかったよな。
「その前に、俺もお前に聞きたいことがある。
ズバリ聞くが、ラナとお前は、ペスパードの王族じゃないのか?」
「……やはりお気付きでしたか。ペスパードが連合に入ったと聞いて、いつかは知られると思っておりました。
実は、御館様の言われた通り、私達兄妹はペスパード王朝の王族です。
私達は、帝国の帝都ナリヤで、ペスパードからの人質として、生活しておりましたが、私達の母はニーナ派の者に暗殺されました。
でも私達兄妹は、当時のメイドに助け出されて、そのまま帝都を脱出し、ナッソーに逃げたのです。
しかしナッソーで、助けてくれたメイドを殺され、ラナを抱いて途方にくれた所を、当時まだ傭兵だったオヤジさんに、拾ってもらい、今まで身分を隠して生きてきました……その事は、ラナは一切知りません。
それでニーナ女王は、何か言ってましたか?」
権力争いの悲劇ってのは、けっこう何処にでもある話だ……だがこれは、キツいな。
「ラナを全力で守れと言われたよ。
だがラナは、関白様のご好意で、冷泉家の養女となり、今は俺の妻でもあるが、冷泉家の当主になっている。
ラナに手を出す事は、冷泉家、佐倉家を敵に……いやルタイ皇国を敵に回す事になる、ペスパードに知られても、ニーナ派は動けんよ。
そして、もう薄々は気が付いているとは思うが、ルタイ皇国は一枚岩では無い。
長年続いた内戦が終わったのも、数年前の事だ。
その内戦の名残が、前線で戦った武断派と、後方で補給や内政を担当していた文治派だ。
そこに、俺が大陸で名を上げた事により出来た、大陸派……この3つの派閥があるらしい」
「らしい?」
そう言ったアデルは、不思議そうに頭を傾げたのであった。
「実のところ、俺は派閥を作った覚えは無いのだが、本国からはそう思われている様だな。
関白様の率いる武断派とは、仲が良いのだが、大政大臣率いる文治派の人達には、俺が征夷大将軍になる話が出たところで、どうやら政敵と思われている様だ」
「その征夷大将軍とかは、分かりませんが、とにかく文治派は敵なのが分かりました」
「いい答えだ。とにかく桐の話では、その派閥争いが、忍の世界でもある様だな……嫌な話だ」
そう言った左近は、どことなく暗い表情になり、アデルは左近の過去に何かがあったのだと察して、何も言えなくなってしまったのであった。
やがて、桐がアイリス達を連れて、執務室にやって来ると、桐とアデルから今回のスカーフェイスの件を聞いたのである。
もちろん桐が左近を見張っていたのがバレたのは伏せてだが。
二人の説明が終わった後で、左近はラナに話を切り出したのであった。
「そう言う訳で、これからは俺達も専属の忍の集団を持ちたいと思うが、異論はあるか?」
そう言って左近は、他の者を見ると、皆の意見は左近と同じ様であった。
確かにアデルやジャックを警護等に回しても良いのだが、人数が足りない。
こう言った事には、やはり数の力が物を言うのは全員が感じていたのである。
「そこで、ラナに頼みがある、そこの桐を根来の里に戻して、根来衆をこちらに呼ぶ根回しを、させて欲しい」
「そう言う事なら……」
「ちょっとお待ち下さい!」
そう言って、ラナの言葉を遮り、出てきたのは桔梗であった。
「すまんが、誰だ?」
「ラナ様の直属の忍の桔梗と……本名は、根来衆棟梁、土橋 重秀の娘、桔梗と申します。
左近衛大将様、その話は断らせて頂きます」
棟梁の?ならば話は早いか。
「何故だ?」
「それは、左近衛大将様が大陸派だからです。我等は、武断派…さすがに違う派閥の……」
「ちょっと待ってよ桔梗、貴女は私の専属の忍でしょ?私は旦那様の妻なの!って事は、私も旦那様の大陸派になるでしょ?そんな派閥がどうとか言うのなら、もうルタイ皇国に戻って良いわよ!」
桔梗の言葉で、どうやらラナの短い導火線に火が付いた様だ。
しかし、ラナの言う通り、これは確かに辻褄が合わない……派閥がどうとか言うのなら、ラナの言うのが道理だ、派閥を重視するなら、護衛に来なければ良い。
これは、何か裏があるな。
「桔梗、訳を話せ。このままなら、ラナに本当に追い返されるぞ」
「それは……分かりました、この世の理に関する事なので深く話せませんが、紀州の山の根来衆と海の雑賀衆は、帝の勅命であるお役目に付いており、その地から居なくなる事は出来ません」
雑賀衆もいるのかよ!ってその前に今桔梗が言った、この世の理に関する事……帝の勅命で?って事は、あの通貨製造の事になるよな。
何故、紀州が?……この場合は、海の雑賀衆って事は、雑賀衆は通貨を国外に運んでる事に関係しているって事だろう。
そうなると、根来衆は通貨を運搬、もしくは製造している…いや、帝は前世が弘法大師だった、ならば日本にそっくりなルタイ皇国で、貨幣を製造するなら、自分の見知った場所にするだろう。
って事は、確率が高いのは、紀州と大和の間にある高野山……そうなると、根来衆はその情報隠蔽と護衛と運搬を任されているって事になる。
んじゃ無理だよな……仕方がない。
「分かった、じゃあ諦めるか」
「……その口調ですと、何かを知っている様ですね?」
そう言った桔梗の目が一瞬鋭くなったのであった。
「心配するな、俺は帝から直接聞いたので知っているだけだ。
この事は、帝からも口止めされている、この事は誰にも他言せんので安心してくれ。
だが忍は、左近衛府と右近衛府の両軍で、かなりの人数がいるが、やはり信頼できる忍が欲しい……何処か宛は無いだろうか?」
左近がそう言うと、桔梗は暫く考えて、自信の無い様に言ったのであった。
「根来衆を始め、殆どの忍の里は、何処かの派閥に属していますが……1つ御座います」
「本当か?桔梗、紹介してくれんか?」
「正直に言いますと、無理だと思います。彼等は、何と言うか…独特で何を考えているのか、分かりませんので、お止めした方が宜しいかと。
それに、今まで数多くの者が、今まで彼等の里に、潜入しようとしましたが……その使者は全て戻っては、来ませんでしたので、おそらくは殺されたものかと」
何だかメチャクチャ危険な奴等じゃねえかよ。
そう思っていた左近であったが、アデルが前に出て、珍しく左近に申し出たのであった。
「今回の事は私の失態が原因で御座います。御館様そのお役目、私に命じて下さい」
「……分かった、アデルお前に任せよう。桔梗、誰か案内役にアデルにつけてくれ」
「分かりました。桐、貴女が一緒に行きなさい」
「え?私ですか?」
「そうです、何か不満が?」
「いえいえいえ、喜んで行きます……何処にでしょうか?」
「箱根山にいる、あの一族です」
「え?箱根山?……下手すりゃ死にますよ」
「なので一度、根来の里に行って、父上に書状を書いて貰ってから行きなさい。
書状があれば、命だけは無事でしょう」
「分かりましたけど、期待しないで下さいね」
そう言った桐は、明らかに落胆して言ったのであった。
箱根山の一族……もしかして風魔一族か?
「ルタイ皇国に行くなら、城から空間転移で行くと良いだろう、明日手配してやる。
所で桔梗、箱根山の一族って、風魔一族か?」
「フウマ?あぁ左近衛大将様は、文献や書物で忍の事を、知っておられたのですね。
あれは、風の間と書いてカザマと読むのですよ」
カザマ?やはり何か微妙に違うのか……ややこしいな。
「ではその風間一族は、何が危険なんだ?」
「何処の派閥にも属さず、ただ己の技を試したい、ただそれだけの、好戦的な一族だと聞いております。
ただ、今まで多くの忍が、その里に潜入しようとしましたが、未だに誰も帰って来た者はいないと言います。
なので本当の所は、何も分からないのですよ」
何だか聞くだけなら、かなりのデンジャラスな集団じゃないか……不安になってきた。
そう思いながらも左近は、皆に警戒する様に言ってアデルと桐は、ルタイ皇国に旅立つ準備に入ったのであった。
―――――――――――――――
翌日、アデルと桐をルタイ皇国に送った左近は、そのまま評議会の貴賓席に行くと、場内はかなり議論が熱くなり、荒れていたのであった。
議題は、ルタイ皇国の特産品のオリハルコンの輸出である。
ルタイ皇国は、オリハルコンの輸出は、軍事的優位性が無くなるので、輸出したくない。
それに対して、各国はオリハルコンを手に入れて、新しい物を作りたい、例えそれが武器であっても、売れば金になるからだ。
こうして見てみると、四頭会の会合より酷い様に見える。
何だかんだ言っても、あの3人は良い意味で、拝金主義であるからだ、こんな国同士の話し合いの様に、裏表があまり無いのだ。
しょうがない、こうなっては、時間がかかるだろうと思い、俺は空間転移でナッソーに飛んで、ママの所の高級娼館に行ったのであった。
この高級娼館は、ナッソー新市街地に在り、大通りに面しているのだが、入り口は大通りから分かりにくい場所にある。
何とも全て分かっている様な、造りなのである。
俺は、念のために周囲を警戒して中に入ると、中から太った……いや、体格の良いおばさんが、出てきたのであった。
「いらっしゃいませ……おや珍しい、左近さんじゃないかい。
今日はどんな御用で?」
どうやら俺は、思いの外ナッソーでは有名人らしい。次からは変装しようかな。
「今日は、この後でまた来るから、予約だけしていこうと思ってな。時間は夕方頃だ」
「それは、有難う御座います。
当店は、店にお客様一人様5百シリングお支払い頂き、店の女の子に直に一人1千シリング支払うシステムになっております」
高っ!いやしかし、こんな物だろうか……こんな事なら一度ぐらいは、風俗に行っておけば良かった。
しかし、こんな所で立ち止まってはいられん。
「じゃあ3人で頼むよ……一人はリザードマンでも大丈夫か?」
「え?…リザードマンのお人ですか……娼婦の者でリザードマンの女の子は、居ないですね、リザードマンの人達は、娼婦を買う事はしないですし、需要が無いんですよ。
しかし、こちらもプロです、リザードマンの相手をしても、大丈夫な子を揃えましょう…その代わり、お代の方は多めに御願いしますね。
他に何か有りますか?」
何だか、変なプロ意識に火を着けた様だな。
まぁ良いだろう、後は正成だが、あいつそう言えば童貞って言ってたな……よし俺が、忘れられない脱童貞の舞台を整えてやろう。
「では、一人は女の子を二人同時にってのは出来るか?」
「もちろん出来ますよ。でも料金は、その分かかりますが、宜しいので?」
「かまわんさ。俺には一人だけで良い」
「分かりました、では来店時迄に、ご用意しましょう。
まぁ好みの問題もありますので、来店時に女の子を選んで頂けましたら宜しいので。
お代の方は、どうしましょうか?」
「今、支払おう」
そう言って左近は、3人分の1千5百シリングと、チップとして、更に5百シリングの、合計2千を渡したのであった。
「左近さんこれは?」
「もちろん口止め料も入っている、この事はママにも秘密だぞ」
「もちろんで御座いますとも、今後も御贔屓に御願いしますね」
そう言って、この太ったおばさんは、満面の笑みで言ったのであった。
この様子なら、大丈夫そうだな。さて、正成を迎えに行くか。
そう思った左近は、レイクシティのセントラル城に、空間転移で移動したのであった。
―――――――――
暫くセントラル城の、ルタイ皇国の休憩室で、時間を潰していた左近であったが、あまりに正成は遅く、もうすぐで昼も終わろうかと言う時に、ようやく正成が戻って来たのであった。
「清興…飯でも一緒に食うか?」
「そうだな食べよう」
「昼食を2名分頼むよ」
「かしこまりました」
正成にそういわれたメイドは、そのまま食事を取りに行ったのであった。
セントラル城の執事やメイド、コック等は全てセレニティ帝国が用意し、他の各国はやはり内密な話もあってか、各国専属の執事やメイドを連れて来ていたのだが、そう言った者がいないルタイ皇国は、セレニティ帝国のメイドを一人借りていたのであった。
「やはり、ルタイ皇国専属の執事やメイドがいないと、何かと不便だな。
内密な話も出来ない」
「左近衛府で余裕が出来たら、何名かをこっちに回すよ」
「ああ、頼むよ。ところで今日はどうした?」
「正成お前、今日はこれから予定はあるか?」
「これからは、本国に戻って大政大臣の西園寺様の説得だな」
「そうか、もう少し本国に戻るのは延ばせないか?」
「出来るが、どうした?」
「ちょっとな、まぁ飯でも食べて話そうか。そろそろメイドが食事を持って来るだろう」
そう言っていると、メイドが食事を持って来て、左近と正成は二人で食事を始めたのであった。
「オリハルコンの輸出は、どうなった?」
左近はナイフで切った肉を頬張り言った。
左近は、現代でナイフとフォークを使った食事でなれていたが、正成の方はどうも苦手な様で、食べにくそうに、していたのであった。
「どうもこうも、憲章の第二条の人や物資の移動の自由と、関税の撤廃を理由に攻められて、断りきれなかった。
一応は、オリハルコンの生産量に対して、ルタイ皇国5、連合軍が2,5で他の各国は0,5の割合に落ち着き、各国の政府関係者が取り扱う事と、連合国外に持ち出すのは禁止って事で落ち着いたよ」
「生産量はルタイ皇国の申告か?」
「ああ、朝廷がまとめて、評議会に申告って形になりそうだ」
「そうか、さすがは正成だ。
あくまでも、こちらからの申告だと、生産調整も出来るから、外に出すのをいくらでも調整出来るな。
ところでお前……3Pって知ってるか?」
「なんだそれ?」
「まぁ色々なパターンがあるが、俺が言いたいのは、女性二人に対して男性一人が、ヤル事だ」
左近が真顔でそう言うと、正成は思わずワインを吹き出したのであった。
「き、き…清興、俺はそんな事、興味は無い!」
「本当か?俺は毎晩しているから分かるが、この世の天国の様に気持ち良いぞ……最後に聞こう、興味は無いのか?」
左近が真顔でそう言うと、正成はゴクリと唾を飲み込み言ったのであった。
「止めろ、お前がそう言うと、簡単に想像出来てしまい、次からはお前の家に行けなくなる……ふう…サーセン、興味有ります!」
うっ、潔く認めるとは、憎めない奴。
「では、ナッソーの高級娼館に、今日の夕方頃に予約を既に入れてある、行くか?」
「いや、でも最初は素人が……」
「正成、初めての奴が経験が無くて失敗するのはよくある話だ、初めての場合は、最初に手慣れている玄人の方が良いぞ。
それに今回は、俺のおごりだ……それにお前の脱童貞は、3Pで華々しく飾ろうではないか」
「……さすがは俺の相棒だ。
こんなにも完璧に、お膳立てされて、この橘 右左近衛大将 正成、断る理由も無い……て言うか御願いします」
そう言うと正成は、左近に頭を下げたのであった。
さすがは正成、欲望の為に躊躇無く頭を下げるとは。
「全て任せておけ、だがこの事は、アイリス達には……」
「ああ、口が裂けても言わん。その前に言ったら俺も殺される」
そう言った正成と左近は、お互いの目で合図をして、ガッチリと握手をしたのであった。
だが、この光景を屋根裏から見ていた者がいた、桔梗である。
桔梗は、二人の話を聞き終わると、そのまま小声で何かを話して姿を消したのであった。




