魔王パーヴェル
左近達ルタイ皇国軍は、セレニティ帝国の帝都ナリヤを包囲しており、その左近達のいる本陣に、伝令が急ぎ走ってやって来たのであった。
「報告します!
帝都ナリヤの城壁で、何やら皇帝らしき人物が何やら、こちらに向かって叫んでおります!」
「して、その内容は?」
「それが、皇帝ルイス・セレニティは、左近衛大将様との一騎討ちを望んでいると」
『何だと!』
その言葉に、左近以外の諸将は、驚き立ち上がったのであったが、左近は腕を組んでその言葉を聞いて、笑みを溢していたのであった。
その姿を見た正成は、まさかと思い左近に聞いたのである。
「清興、お前まさかとは思うが……」
「あぁ、そのまさかだ」
「……罠かも知れんぞ」
「それは、正成が心を読んでくれるだろ?」
そう言った左近は、完全に正成を信用している顔であった。
「いくら俺でも、完璧では無い……相手が心の中で話さねば、分からんのだぞ」
「それだけでも十分だ。
伝令、ルタイ皇国の島 左近衛大将 清興は一騎討ちを承諾したと、声の大きな者に皇帝に伝えさせろ」
「はっ!」
伝令はそう言うと、去っていったのであった。
「さてと正成、後は頼むよ」
「全く……私怨にとらわれるなよ清興」
「ああ、分かっているさ」
そう言った左近であったが、その目には怒りの炎が立ち上がっていたのであった。
帝都ナリヤの南の城門前には、両軍合わせて数万の兵士が集まり、左近とルイスが出てくるのを、今か今かと待っていたのである。
これは、帝国軍は興味本位で集まっていたのだが、ルタイ皇国軍の方は、左近に何かあれば、即座に襲い掛かる為であった。
「正成よ、城壁の兵士はどうだ?」
「……清興、何かが変だ…城壁の兵士は、誰一人皇帝の勝利を望んで無い…むしろ、皇帝に死ねと思っている者もいる…これは一体なんだ、意味が分からん」
「まぁそれだけ、無茶苦茶やってたって事だろうよ…お、出てきたぞ」
そう言った左近の、目線の先には、ゆっくりと開く帝都ナリヤの城門があった。
城門から出てきたのは、セレニティ帝国皇帝の黄金の鎧では無く、以前の黒太子と呼ばれていた時の、全身が黒い鎧を着て、騎士の槍を持ったルイスであった。
「ほう、全身が黒とは、ルイスは魔王にでもなったつもりか?」
「ふざけるな清興……勝てるのか」
「勝てるかだと?それは愚問だ……行ってくる」
そう言った左近は、槍を持ちルイスの元に向かったのであった。
左近が、ルイスの方向に向かって馬を走らせると、ルイスも左近の方向に向かって、馬を駆け出したのであった。
おいおい、名乗りも無しかよ……でも、その方が話が早くて楽だけどな。
そう思いながら、左近は槍を握り締める手に力をこめたのであった。
二人の距離が、急激に縮まる中、お互いが怒号とも言える様な声を出して、擦れ違ったのである。
「島ぁ!」
「ルイス!」
それは、一瞬の出来事であった。
左近は、向かってくるルイスの槍に、自分の槍を這わせながら、軌道を変えさせ、ルイスの槍は左近の肩を掠めて外れたのである。
そして左近の槍は、軌道を変えるのを重視したそのせいか、ルイスの胸では無く、右肩に突き刺さりルイスは馬上から、落ちたのであった。
ルイスの全身に、声も出せない程の激痛が走り、何とか立ち上がろうとしたのだが、ここで初めて自分の右腕が、肩から先が無い事に気が付いたのである。
「これで死んでもらっては困る、これはエリアス・ノイマンを初めとした、聖導騎士団や貴様に殺された者の恨みだ」
そう言って近付いて来たのは、青葉から降り、槍を地面に突き刺した左近であった。
「島ぁ!貴様は絶対に殺す!」
そう言ったルイスは、残った左手で自らの剣を抜き、左近に斬りかかったのである。
時間停止
左近は、時間を止めて、斬りかかったルイスの左腕を、居合い抜きで斬り落としたのであった。
「あああ……」
ルイスは、斬りかかったはずの自分の左腕が、いつの間にか無くなっている事に気が付き、そのまま地面に踞ってしまったのである。
クソッ!俺の腕が、俺の腕がぁ!…俺はこいつに敵わないのか?
ルイスは、地面に頭をつけて、圧倒的な力の差に、生まれて初めて絶望と言う感情に、包まれていたのであった。
そんなルイスの元に、左近は近付き言ったのであった。
「少しは、アイリスの気持ちが分かったか?両腕を落とされたお前は、このまま徐々に死んでいくだろう。
死ぬまでの間、アイリスに詫びて死ね」
詫びて死ねだと?何を言っている、手に入らないならば、壊せば良い、ただそれだけじゃないか。
最終的にアイリスが俺の元に来れば、プロセスは関係無いだろう。
それをこの男は……今まで全てが順調だったのに、この男のせいで、この男さえいなければ!
そう思ったルイスは、左近を睨み付けた時であった、何処からか声が聞こえて来たのである。
(力が欲しいのかい?)
最早ルイスには、その声が何処から聞こえているのか、どうでも良かった。
彼はその声に、何の疑問も持たないままに、返答したのである。
「ああそうだ、この男を殺す力が欲しい!」
(僕なら、その願いを叶えてあげれるけど、取引をしないか?)
「取引だと?」
(僕は君に力を授ける、君は僕の為に働く。簡単な話だろ?)
「あぁ、何でも良い!この男さえ殺せれば!」
(じゃあ、契約成立だね)
何だ?何を言っている?一体、誰と話している?
左近は、一人で話しているルイスの姿を見て、何やら嫌な予感がしていたのであった。
不本意だが、ここは即座に殺すか。
そう思った左近は、地面に這いつくばっている、ルイスの心臓に目掛けて刀を突き刺したのであったが、鎧と服を残してルイスの身体が消えてしまったのであった。
「消えただと!そんなバカな!」
思わず叫んだ左近の言う通り、数万の兵士が見詰める中で、ルイスの身体が消えてしまったのである。
(正成!正成!聞こえるか!)
(聞こえているよ)
(ルイスの身体が消えた、そこから何か見なかったか?)
(いや…清興の刀のスキルじゃ無いのか?)
(違う、俺の刀にそんなスキルは無い。
それに、消える前にルイスは、取引がどうとか、俺を殺すとか、明らかに誰かと話していた。
これは絶対に、第三者がいたって事だ)
(確かにそうだが、今はこの場を何とかしないと、その事は後だ。
とりあえず、勝鬨を上げて、皇帝ルイスは、清興が討ち取ったと言う事にするんだ、身体が消えたのは、この刀のスキルって事にして。
そうしないと、この先無駄な戦が続くぞ)
正成の言いたい事は分かる。
この状況を何とかするのが今は第一だ。
今は、このままこの場を誤魔化して、勝利を宣言するか……仕方がない、ここは正成の言う通りにするしか無いか。
(分かった)
正成と天話で会話した左近は、刀を地面から抜き、天高く上げて叫んだのであった。
「皇帝ルイス・セレニティは、ルタイ皇国の島 左近衛大将 清興が討ち取ったり!」
その左近の言葉を切っ掛けに、帝都の内外から歓声が上がったのであった。
おいおい、本当にどこまで嫌われていたんだよ。
そう思っていた左近であったが、この後にその原因を目の当たりにする事になる。
ルタイ皇国軍は、帝都ナリヤに入城すると、民はもちろんの事だが、兵士も痩せ細っており、それは食料が行き渡っていない事を、物語っていたのであった。
「こんなにも酷いとは……」
思わずそう呟いたエリアスは、自分が知っている帝都とは、全く変わってしまった現状に、深い悲しみに包まれていたのである。
左近は、そんなエリアスを見て、何とも言えない気持ちになっていたのであった。
そして、帝都内の交差点には、見せしめの為か、首吊りで処刑を行い、そのままの死体が放置され、帝都全体が何とも言えない死臭に包まれていたのであった。
これは、衛生上良くないすぐに下ろさせよう。
そう思った左近は、降伏した帝国兵達に、死体を下ろさせて、丁重に埋葬するように命令したのであった。
この調子だと嫌な予感がする。
そう思っていた左近に、エリアスが近付き言ってきたのであった。
「御館様、帝国兵から少々気になる事を、聞きましたのですが……」
「気になる事を?」
「それが、誰も前皇帝陛下の葬儀をやっていないと言っていて、何処に埋葬されたのか、分からないそうです…まさかとは思いますが、陛下の御遺体は、そのままなのでは?」
「さすがにそれは、考えたくは無いのだが……義父上殿、帝国兵とルタイ皇国軍から数名と通信兵を連れて、捜索してくれませんか?
我等は、幽閉されている第三后妃の所に、向かいますので」
「分かりました」
そう言ったエリアスも何かを感じたのか、宮殿に到着した一行は、それぞれ前皇帝と第三后妃の捜索に出たのであった。
アデル達の報告では、帝都の西の塔の最上階に后妃は、幽閉されていると言う事であった為、左近達は西の塔を登って行ったのである。
最上階に近付くにつれて、徐々に腐敗した死臭が強くなっている。
左近達は、死臭の臭いに、耐えられず、タオルを口に巻いて、マスクの様にして最上階に到着したのであった。
左近達は扉の前に到着すると、中からブーンと言った羽音が大量にしていたのである。
左近と正成がお互いに目を合わせて頷き、左近が扉を開けて中を見るとそこには、鎖で両腕を繋がれて腐乱し、大量の蛆虫の巣となった、一部白骨化した遺体があったのである。
あまりの光景にその場にいた全員が、吐き気を我慢していたのだが、中には耐えきれず、その場で胃の中の物を、全てぶちまける者が出た程であった。
「セシル……焼いてくれ」
最早生きている事は無いと思った左近は、その場でセシルに全て燃やすように指示を出し、燃えていく后妃を見詰めていたのであった。
この惨状は、エリアスが向かった前皇帝も同じで、彼はルイスに殺されたまま、寝室で発見されたのであった。
しかし、その後にエリアスは、涙を流しながら、その遺体を抱え上げて、棺に移すと、彼の冥福を祈り、歴代皇帝の墓所に埋葬したのである。
その姿を見た民や兵士は、熱く胸を打たれ涙を流し感動したのであった。
後にこの事が切っ掛けとなり、エリアスは帝国を代表する忠臣として、語り継がれる事になったのであった。
―――――――――――――――
左近達が帝都に入城していた頃、ルイスは左近に斬られた両腕から血を流しながら、裸のまま薄暗い洞窟に寝かされていた。
ルイスの目の前にいるのは、銀髪の少年がただ一人である。
力を授けると言っておきながら、この少年は何もする気配が無い。
ルイスは、自分の命が残り少ない事もあってか、苛立ち話し掛けたのであった。
「おい、お前!力を授けると言っておきながら、何もしないのかよ!」
その言葉を聞いた少年は、そのまま近付くと、ルイスの髪の毛を掴んで持ち上げ言ったのである。
「口が悪いね、一体誰が主人なのか、分かっているのか?……ふん、まぁ良いさ。
僕の名前は、パーヴェル、君の主人になる者だ、ヴェルと呼んでくれても良い」
その言葉を聞いたルイスは、初めて自分が何者に救いを求めたのか、その重大性に気が付いたのであった。
「あれ?何をひきつっているのかな?
まぁ良いや、これから君には、ある程度の力を授ける。
その後で、十年程ダンジョンの守護者となって、魔王となって僕の手足になってもらう。
これが今後の流れだ」
「い、嫌だ……」
「君の意見は聞いていないんだよ……お、そろそろ来たね」
そう言ってパーヴェルは、洞窟の壁の方を見て言ったのであった。
ここで初めてルイスは、洞窟の壁に小さな無数の穴が在ることに、気が付いたのである。
そして、その穴からは、何かが這っている様な音が聞こえていたのであった。
「な、何を……」
ルイスは、恐怖のあまりそこから先の言葉が出てこなかったのであった。
「あぁ、何をするのかって事だね。
良い質問だよ、簡単に言うと、これから君は魔線虫の苗床になってもらう。
魔線虫ってのは、君の身体を喰らって巣にする虫だ。
でも、この虫の面白い所は、宿主が死にかけると、魔力を放出して、身体を再生させて命を助けるんだよ。
つまりこれから先、君は永遠に虫に喰われる苦しみを味わうけど、最強の魔力と再生能力を持てるって事だ。
そして、君はそこからダンジョンの守護者になり、魔王になる……まぁ人間で試すのは初めてだけどね。
おっと、もう時間だ、僕はそろそろ行くよ、また気が向いたら見に来るから、それまで元気でね」
そう言ったパーヴェルは、そのままヒラヒラと手を振って、そのまま立ち去って行ったのであった。
「ま、待てパーヴェル!待ってくれ!……パーヴェル!」
ルイスの心からの叫びを無視し、パーヴェルは洞窟の外に出ると、地鳴りの様な音が聞こえてきて、ルイスはこの洞窟の出口が、封鎖された事を感じたのであった。
この洞窟は、壁の苔が光っているので、視界には困らないのだが、取り残されたルイスは、その光のおかげで無数の魔線虫の姿を、見る事になったのであった。
「や、やめ……来る……!」
その恐怖で真っ青になったルイスは、言葉にもならない声で言ったその時であった、壁の穴から蛭の様な色の細長い虫が、ボトボトと落ちてきて、ルイスの方に向かって来るのである。
「助けて……クソッ、絶対に殺してやる、パーヴェルも島も皆だ!呪ってやる!……ヒッ!」
そう言ったルイスの身体は、無数の魔線虫に包まれて、ただの黒い塊になっていたのであった。
――――――――――――
左近達が帝都に入城したその数日後、ラニスがリットール城に集まった帝国兵を引き連れて、帝都に入城し、その日にセレニティ帝国の皇帝就任を宣言したのであった。
ラニスの治世を知っていた国民は、歓喜して皇帝ラニスを迎え入れ、そして同日に東部連合の調印式を行ったのである。
そこで各国代表は、第一回の評議会議長の選挙を行い、初代評議会議長には、ビート・スタークが選ばれたのであった。
そして、評議会の最初の会議で、左近を東部連合の最高軍事司令官に任命したのである。
この情報は、アルムガルド大陸中にすぐに広まる事になり、ウェンザー王国は今回の大陸会議の中止を宣言したのであった。
もちろんこれには、リュネ達の働きもあっての事である。
しかし、その中止の決定と、東部連合の存在を良く思っていない者は無数にいたのだが、その中でも一番怒っていたのが、北方教会の枢機卿である、アディ・ノース・ベイルであった。
この敬虔な、北方教会の年若い枢機卿は、今回の魔族討伐で北方教会の教えの通りに、神の教えを実行しようと息巻いていたのだが、今回の中止を受けて、腹立たしく思っていたのである。
「あぁ、何で教皇様もウェンザー国王に、強く進言しないのか……分からない。
あの最近出来た東部連合も、神の御意向に従い、天罰を下せば良いだろう……」
そう言って、祭壇の前で嘆いていたアディの上から、声が聞こえて来たのであった。
「だいぶお困りの様だね……君はベイルの子孫か、あの時の彼の様に子孫も信心深いとは、中々に面白いね」
その声を聞いた、アディが上を見ると、そこには銀髪の少年がフワリと浮いていたのであった。
「だ、誰だ、貴様は?」
「また貴様とは、枢機卿のくせに汚い言葉を使うな。
まぁ良いや、今日の僕は、仲の良かったベイルの子孫を見れて、機嫌が良いんだ、見逃してあげるよ。
ところでさ、君はルタイ皇国って知っているかい?」
「知ってるも何も……東部連合6ヵ国の1つでしょう。
ところで、貴方は誰ですか?」
「僕か…君の御先祖様のアーロン・ベイルの友人さ」
「そんなバカな、千年以上も昔の出来事なのに……まさか貴方は神の使いでしょうか?」
「神の使いって言うか、造り出された者が正解だね」
パーヴェルのその言葉を聞いたアディは、そのまま涙を流して平伏して言ったのであった。
「やはりそうでしたか!もしや先程の言っておられた事から推測して、東部連合を滅ぼせと言う御告げでしょうか?」
「さすがはベイルの子孫だ、話が早くて助かるよ。
でも今の君の力じゃ、この大陸を巻き込んでの戦は出来ない、この意味が分かるかい?」
大陸を巻き込んでの戦が……もしや、この神の使いは、聖戦を東部連合に対して起こせと、言っているのであろう。
そして、聖戦に参加しない者は、神の元に送れと言っているのか?聞いてみるか。
そう思ったアディが、恐る恐るパーヴェルに聞いてみたのであった。
「もしや聖戦を起こして、ルタイ皇国を神の元に送れと?」
「ピンポーン、正解だよ。
ただね、ルタイ皇国で重要なのは、島 左近衛大将 清興って言う奴なんだ、こいつを何とかすれば、ルタイ皇国は崩壊するだろう」
「なるほど、島ですか……そのルタイ皇国の後は、神の元に他の国も送るので?」
「そうだね、やっぱり君は話が早くて助かるよ。
では今後は君の力になりたいけど、僕には制約があってね、君達を直接助ける事は出来ないけど、助言は出来る」
「おお、今後も神託が頂けるのですか!」
「やっぱりこのノリは、懐かしいね、まるでベイルと話している様だよ。
では最初の助言だ、教会には地下室が絶対に在るだろ?そこの扉を全て封印する様に」
「分かりました、すぐに枢機卿の権限でその様にしましょう。
では早速行ってまいります!」
そう言ってアディは、パーヴェルに一礼すると、そのまま礼拝堂を出たのであった。
「本当、昔のベイルの様に単純で助かるよ」
そう言ったパーヴェルは、そのまま消えてしまったのであった。
――――――――――――
調印式と就任式の終わった左近達は、そのまま左近衛府に戻ると、入口にはアイリスとアニーが、バスティとテスタを引き連れて、一行を出迎えに出ていたのであった。
その出迎えたアイリスの笑顔に左近は、あの帝都での惨劇を見て痛めていた胸の奥が、スッと楽になった様な気がしたのである。
「アイリス、ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
そう言ったアイリスは、そのまま左近に抱き付き、寂しかったのか、左近の胸に顔を埋めたのであった。
「おいおい、お腹の子供が驚くだろ」
そう言って頭を撫でる左近であったが、そのままアニーの方に向かって言ったのである。
「アニーさん…いや義母上様と呼ぶべきかな?」
「どちらでも良いですよ」
「では、アニーさん。
スターク公は、本日をもって東部連合の初代評議会議長に就任され、また同時に、ザルツ王国の辺境伯に就任され、領土はフランド辺境伯の領土となります。
誠におめでとうございます」
そう言った左近は、アニーに向かって頭を下げたのであった。
「あ……ありがとうございます」
そう言ったアニーは、余程に嬉しかったのか、口に手を当てて、大粒の涙を流し喜んだのであった。
「これからは、領土もお隣ですので、何かあったらいつでもお力になります。
そうだ、スターク公は評議会の議員達と、今後の打ち合わせの為に、少し遅れて左近衛府に来られて、今日は泊まられるそうです」
「分かりました、本当にありがとう、ありがとう」
そう言ったアニーは、何度も左近に頭を下げて、セシルとセシリーもこんな母親の姿を見るのは、初めてなのか、キョトンとしていたのであった。
「バスティ、テスタ、執事とメイドの練習はどうだ?」
「私は、姫様の身の回りの世話をやっていたので、大丈夫でしたが……テスタの方が……」
そう言ってバスティは、チラリとテスタの方を見ると、テスタは目を背けて言ったのである。
「正直、戦場で敵の首を狩る方が、どんなに楽か……本当にメイド長をやらなくてはいけないので?」
「そうだ、お前達は戦場では無敵だが、それ以外は全くダメだ。
なのでこれからは皆が、何かの職について、殺し以外の事を学んでもらう」
左近がそう言った瞬間に、テスタは明らかに嫌そうな顔をした時であった、泣いていたアニーがチラリとテスタを見詰めると、すぐに平静を装った顔になったのである。
こいつは、かなりアニーさんにやられてそうだな。
そんな事を思いながら、左近達は左近衛府に入り食事にしたのであった。
すると食事中に、スターク公と二人の訪問者がやって来たのであった。
そう、正成とラニスである。
三人は応接室に通されると、パンドラと伴った左近が、話を切り出したのであった。
「夕飯はどうされましたか?もし良ければ、珠の作ったのが有りますが」
「いや、セントラル城で皆、食事を食べながら会談したよ。
今日ここに集まったのは他でもない、帝国のルタイ皇国に対する賠償問題についてだ。
評議会で、セレニティ帝国とルタイ皇国の話し合いでと決まったのでな。
ザルツ王国は、賠償の件は、セレニティ帝国には請求しないと決まったので、後はこの2ヵ国の話し合いだ。
ちなみにワシは、議長そして証人として同席するが良いかな?」
そう言ったビートは、チラリとパンドラを見ながらも、まぁ孫の為になるならと思い、左近に聞かなかったのであった。
責任のある仕事につくと、人は変わると言うが、ビートもその類いであろうと、左近は思いながら答えたのであった。
「良いですよ。
では、ルタイ皇国からの要求は、このヴァルキア地方のルタイ皇国への移譲だけです。
これは、今後もザルツ王国とセレニティ帝国が戦をしない様に、間にルタイ皇国が入って目を光らせるからですが、ラニス陛下の異論は?」
「無いが、賠償金はどうする?」
「ルタイ皇国としては賠償金は要りません。
ただ、ナッソーの街は、帝国軍の二度の襲撃によって、かなりの被害を被りました。
そこの復興費用だけは、負担していただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
このナッソーの言葉にラニスは引っ掛かっていたのであった。
ナッソーと言えば、悪党の巣窟で有名な都市である、そこを破壊して何故、復興費用を帝国が負担しなければならないのか、意味が分からなかったのである。
「何故だ?」
「何故だと言われましても、ナッソーには悪党も居ますが、普通に住んでいる者もおります。
それに今回の事で、帝国があのナッソーの復興費用を出す事により、帝国は変わったのだと、内外に知らしめる良い機会になるかも知れませんよ」
左近がそう言うと、暫くしてラニスが言ったのであった。
「分かったナッソーの復興費用は出そう、ただしこちらも条件がある。
帝国の港町のポートシティの街もルタイ皇国で引き取ってくれ」
ポートシティ?何故だ?
「それは何故でしょうか?」
「ポートシティは、ルタイ皇国の攻撃でかなり荒廃し、そこを治めていた貴族も、ルタイ皇国との戦で戦死した。
帝国としては、ポートシティとナッソーの両方の都市を、復興するのは難しいだろう。
帝国は破壊したナッソーを復興させる。それならば、ポートシティを破壊したルタイ皇国が、復興するのは道理であろう?」
「……分かりました、その要求を飲みましょう」
そう言った左近の言葉に、ラニスは笑顔で答えたのであった。
「次に俺から清興に少し話があるのだが」
そう言ったのは、今まで黙っていた正成であった。
「どうした、ルタイ皇国の話か?何なら別室で話そうか?」
「いやここで良い……お二人にも関係する話なので」
その正成の言葉で、ルイスの事だと左近はピンと来たのであった。
「ルイスの事か?」
「それもある。
先ずは、ルタイ皇国の軍の再編をしようと思う……ザルツ王国の内戦で暴走した、右中将の様な人物をもう二度と出さない為にもな。
今後の主敵は、大陸の国だ……その為に右近衛府軍は削減し、左近衛府の兵員を増やし、本国の主力は、ルタイ皇国の守護等の大名の兵力だけで、やっていこうと思う。
残る兵力は左近衛府が管理して欲しい」
「なるほど、全て一緒に纏めた方が、自然と蟠りが無くなると言った事か?」
「そうだ」
「……分かった、お前の育てた右近衛府軍を預かろう」
「ありがたい。
それと最後だが、あの時に消えた皇帝ルイスの事だ」
正成がそう言った事で、ビートとラニスは思わず絶句したのであった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、左近衛大将、お前が前皇帝のルイスと一騎討ちをして、見事討ち取ったと聞いているのだが、これは間違いか?」
ビートは、思わず聞いたのだが、ラニスは隣で顔を青ざめていたのであった。
「ここだけの話ですが、違います。
俺がルイスに、とどめを入れようとした瞬間、取引がどうとか、俺を殺すかとか言っており、心臓を突き刺したと思った瞬間に、消えました」
「消えた?それは、どういう事だ?」
そう言って左近に詰め寄ったのは、ラニスであった。
「文字通り消えたのですよ……数万人の目の前から忽然とね。
しかし、両腕は切断し、血もかなり出ており、あれは助からないでしょう」
「第三者が居なければな」
「そうです、ここで問題なのは、正成の言う通り第三者の存在です。
数万人の目の前から人一人を消すなど、神でなければ出来るはずも無い……しかし、出来そうな人物を私は一人知っております。
その名はパーヴェル」
左近がそう言った瞬間、二人の表情は明らかに不安そうになったのであったが、正成は分からない様で、左近に聞いたのであった。
「パーヴェル……誰だそれは?」
「この大陸には、二人の魔王がいる……フレイアとパーヴェルだ。
パーヴェルはその危険性から、神が対抗措置として、フレイアを降臨させたのだからな」
神がだと?この左近衛大将、それを知っていて、魔王をこちらの陣営に引き込んだのか?
我が義理の息子とは言え、その先見の明は恐ろしいものがある。
ビートがそう思っていると、今まで黙っていたパンドラが呟いたのであった。
「あの一騎討ちの邪魔をしたのは、確かにパーヴェルですよ」
「分かるのか?」
左近は目を光らせて言ったのであった。
「ええ、この世にあの様なスキルを使う者は、あのパーヴェルしかいません。
スキルの名は転移、目に見える人や物を、瞬時に自分の元に移動させるスキルです。
あの時に空から視線を感じたので、おそらくナッソーで空城の計をやった時に、お父様がフレイア陛下の人造人形でカラスを作って空から見てたでしょう、それの応用です」
「何故分かる?確証はあるのか?」
そう言った正成の目が鋭くなったのであった。
「……臭いですよ、臭いで分かりますよ」
「それは、嘘だろう。真実を話せパンドラ…他の者には、話さん」
その正成の言葉を聞いたパンドラは、チラリと左近を見ると、左近は正成に言ったのであった。
「正成、これから先は、島の家の秘密に関係する事なので、帝の許可が無ければ、いくらお前でも話す事は出来ない。
それとスキルを使用して探る事も厳禁だ。
スターク議長もラニス陛下も、この事は余計な詮索は止めていただきたい……知れば、最悪は命を奪う事になりかねないので」
左近にそう言われれば、三人は了承するしかなかったのであった。
「ならば、パーヴェルは、何故ルイス前皇帝を自らの元に転移させたのか……パンドラ、この意味が分かるか?」
話の切り口を変えてビートが、パンドラに質問した。
「確証は御座いませんが、取引、お父様を殺す……そのキーワードからして、ルイス前皇帝はお父様を殺したいが為に、パーヴェルと取引をして、配下になったのでしょう。
何せパーヴェルの目的の為に、お父様は邪魔ですのでね」
「目的?邪魔?もしも差し支え無ければ教えてはくれないか?」
そう言ったラニスの目には、まだ信じられないと言った事が伺えたのであった。
「目的は、超帝国の復活と、超帝国の果たせなかった、ルタイ皇国の征服ですね。
何故邪魔かと言うと、お父様と私がこの世で唯一、あのパーヴェルを倒せる者だからです。
……お父様、スキルの事は言っても良いので?」
スキルの事?……よく分からないけど大丈夫だろう。
「良いだろう」
「では、お父様の許可も頂いたので。
お父様と、私にはあのパーヴェルに有効なスキルの時間停止と言う、時間を停止させるスキルを持っています。
それと、何故私達だけが、パーヴェルに有効かと言いますと。
パーヴェルは、先程も言いました様に転移のスキルを使いますが、本当に厄介なスキルは、無作為転移のスキルです。
このスキルは、大人数を無作為に色々な場所に、人や物を転移させるスキルなのです」
「確かにかなり厄介なスキルの様だが、バラバラになるだけで、そんなに怖いと思わないのだが」
そう言ったビートは、何やら拍子抜けした様に言った。
「何処かの街や街道に出れれば、よろしいのですが……それが雲より高い場所や、海の中…もしくは地面の中や、ダンジョンのモンスターの群れの中等に出た場合は、普通の者なら命は無いでしょう。
しかし、あのスキルにも弱点が有ります。
転移出来るのは、一定の空間のみです、その空間の時間を停止させて避ければ、簡単に殺せます。
まぁフレイア陛下は、特技解除をお持ちなので、無効に出来ますが、陛下は肉弾戦が苦手なので、個人では難しいでしょう」
その言葉に三人は、かなり驚いていたのだが、正成が言ったのであった。
「何にせよ、そのパーヴェルとやらの目的が、この世の征服と言うのは分かった。
問題なのは、今後ルイス前皇帝がセレニティ帝国に戻り、内乱を起こす可能性が有るかも知れない、と言う事だな」
「それはまだ時間が有るでしょう。
先程も言いました様に、パーヴェルが単身でここに攻めるのは、まず無いでしょう。
そんな事をすれば、私達に確実に負けますからね。
先ずは配下を使い、自身の驚異になる者を排除してから、攻めるでしょう。
それにルイス前皇帝は、所詮はただの人間です、配下になるのなら、力を与えてからの話ですね。
その方法は、ダンジョンの守護者……つまりはボスにして、数年ダンジョンに籠らせれば、魔王レベルの力を持った配下になるでしょう。
それはつまり、現れたダンジョンを全て攻略すれば、パーヴェルは配下を持たないと言った事です」
「それならば、その数年が勝負と言うわけか……清興、左近衛大将の役割は、かなり大きいぞ」
「分かっているさ正成……その為には、皆様の力添えを、よろしくお願いします」
そう言って左近は、三人に頭を下げたのであった。




