表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Another Life もう1つの人生  作者: くろべぇ
第二章 帝国動乱編
65/464

双子の母

 




 フランド辺境伯軍動く。

 この情報は、フランド辺境伯軍を天眼で監視していたパンドラから、左近に直ぐ様伝わった。

 左近は、数日後に軍義を開くために、ザルツ王国の王宮に諸将を集結させたのであった。


「とうとう動き出したか」

 報告を聞いたゲハルトは、思わず顎に肘を付き、溜め息混じりに呟いたのであった。


「パンドラ、詳しく報告せよ」


「はい、お父様。

 現在、フランド辺境伯軍は、ラスベスの街を出発して、真っ直ぐ西の森を目指しております。

 おそらくフランド辺境伯の狙いは、この断崖の街道……そしてその先のアルム砦かと思われますが、おそらく狙いは別だと私は考えます」


「ほう面白い、その狙いとは?」

 そう言ったゲハルトの目が一瞬鋭くなったのであった。


「はい、フランド辺境伯の兵力は、ザルツ王国最大のおよそ5万。

 その内訳は、1万が領内の治安に展開し、3千は本拠地のフラニクの防衛で、2千がラスベスの防衛で、残りの3万5千で出陣し、二手に別れてその内の1万5千がこのまま行けば渡河を始め、残りの2万は川の手前の森に待機しております……まるで伏兵の様にね」


「伏兵か……ジョゼが好きそうな作戦だな。しかし、それならば何が狙いだ?解るかパンドラ」


「はい陛下。

 何故、断崖の街道を1万5千もの兵で進軍したのでしょうか?あの街道は狭く少数の兵なら未だしも、万の兵は多すぎます……これは囮ですね。

 我等が、その一万の兵を後方から、馬鹿正直に攻めると更にその後方の森から攻められて、挟み撃ち……敵の狙いは、このレンヌの兵力ですね。

 狙いは、王都レンヌ……ゲハルト陛下の首だと思います」


「……関白殿はどう思われる?」


「このパンドラは、父親の左大将に似て聡明です、まず間違いないでしょう」

 そう言って関白は、満足そうに言っていたが、この流れを快く思わない者がいた。

 この古傷が無数にあるルタイ人は、名を尾瀬 右近衛中将 利行と言い、その古傷だらけの外見の通り、歴戦の勇士である。


 そんな、右中将を見てか、ゲハルトは何を思ったのか、右中将に話しかけたのであった。

「どうした、何か思う所があるのか?正直に申してみよ」


 右中将は、チラリと関白を見ると、静かに頷き合図をしたのであった。

「では正直に言いましょう。

 私は、帝の命とはいえ、未だに左大将殿の左近衛大将就任に、納得してはおりませんし、その娘殿のパンドラ殿が、この軍義を仕切る事も納得はしておりません。

 今までその血を流し、ルタイ皇国を守ってきたのは、我が上役の橘 右近衛大将 正成様であり、我等が右近衛府の者でございます。

 それを今まで大陸で、傭兵なんてお遊びをやっていた者が、左近衛大将に就任するなど納得しようがありませんし、何故我等が大陸に関わらなければ、ならないのかも納得出来ません」


 まぁこういう声が出て来て当たり前だわな、今まで出てこなかったのが異常だ。

 左近がそう思いながら、右中将に反論しようかと思った時であった、会議場の扉が勢いよく開かれて、珠があの戦闘用のドレスに身を包み、場内に入ってきたのである。

「その言葉は、聞き捨てなりませんね」


 そう言ってズカズカと入って来た珠は、右中将の前に立つと右中将を睨み付けて言ったのであった。

「今まで血を流してきた?だからどうしました、私も血を流して皇国を守って来ましたし、父上は帝の命で、この大陸で頑張って来ました、それが貴公に出来ますか?

 父上と、この愚妹に意見する事は、私に意見するのと同じ事ですよ。

 それにこの大陸に関わらなければならない事が、納得出来ない?貴公の目は何処まで節穴なのですか。

 それは、貴公が何れ程、民の暮らしを見ていないか、何処まで自分の事しか考えていない事を言っているのと同じ事、本当にこんなのが右中将なんて、右大将が本当に可哀想です。

 貴公は、官位を返上するか、腹を斬った方が宜しいのでは?その方が右大将も助かるでしょう」


 おいおい、そこまでボロカスに言わなくても良いだろうよ……ほら、右中将がキレかけている。

「黙って聞いておれば、言いたい放題言いよって、この小わっぱが!たたっ斬ってくれる!」

 そう叫んだ右中将は、刀に手をかけて、立ち上がると、パンドラが珠の前に出て来て言ったのであった。


「右中将殿、お姉様は関係無いでしょう。貴公が思う所があるのは、私にだけでしょ?

 ここで、その刀を抜くのであれば、それ相応の覚悟が必要ですが、宜しいか?」


「小娘が、その上からの物言いは、何だ!口の聞き方を教えてくれるわ!」

 そう言って、右中将は刀を抜いた瞬間であった。


「頭が高い」

 パンドラがそう言うと、右中将の身体が突然重くなり、四つん這いになって、やっとその身体を支えれるほどになり、右中将を中心に小さな円形に、何か重い物が乗った様に、床も沈み込んだのであった。


 その重力の中パンドラは、右中将に近付き、首を掴み上げて、右中将の巨体を持ち上げたのであった。

 今までの体重以上の重さが、右中将の首にかかりメキメキときしむ音がきこえてきたのである。

 右中将は、その圧倒的な力の前に己の命が長く無いことを確信したのだが、ここで藤永 弾正が仲裁に入ったのであった。


「姫様、その辺りでよろしいでしょう、もう勘弁してくだされ。

 この者は、姫様や左大将殿の功績を知らぬ、視野の狭い男でありますが、こんな男でも右大将殿の手足となる者。

 ワシの顔に免じて、許してはくれませんか?」


「……良いでしょう」

 そう言うとパンドラは、右中将を解放すると、右中将はそのまま首を押さえて倒れ込み、空気を吸い込んでいたのだが、パンドラは右中将を見下ろして言ったのであった。

「今回は、弾正の顔を立ててやる、次は無いぞ」


 そう言われた右中将は、そのまま何も言わずに頷くのみであった。

 この場の空気を読んでか、話題を変える為に、弾正が珠に話しかけたのである。

「珠様、そう言えば、今日はその様な出で立ちで、どうされたのですか?」


「そうでした、今日から暫く私は、アイリスの母上様の代わりに、父上のお側に付かせて頂きます」


「そう言えば、先程からアイリス殿の姿が見えませんが、お身体の具合でも悪いので?」


「いえ……おめでたで御座います。身籠られたのですよ」

 その珠の言葉に、その場全員が驚き、声をあげたのであったが、当の左近は頭の中では別の事を考えていたのであった。


 アイリスを凌辱した者達は、ナッソーやパナスの戦で皆殺しになったと聞いたが、元凶のルイスが残っている。

 こいつだけは絶対に俺がこの手で殺してやる。

 そう思っていると、関白が呆れて声をかけて来たのであった。

「おい、左大将」


「あ、はい何でしょうか?」


「お主、こんな時まで、戦の事を考えなくで良いであろう」


「え?戦の事を考えている様に見えましたか?ってなんの話です?」


「左大将よ、少し働き過ぎじゃろ。お主の妻の隼人が、懐妊したのであろう?」


「そうでした、言うのを忘れておりました、申し訳ございません」


「……まぁ良い、それで今回はどう戦う?」


 そうだ、今は軍議中だった。しっかりしないとな。

「そうですね、敵は先程パンドラが申した通り、挟み撃ちを狙っているかと思われます、今回は敢えて、その敵の策に乗ってやりましょう。

 先ずは部隊を大まかに、断崖街道の部隊、囮部隊、遊撃部隊の3つに分けます。

 断崖街道の部隊は、断崖街道で敵の足止め、もしくは殲滅を行います。

 これに当たるは、パンドラ率いる黒騎士(ブラックナイツ)の400、そしてアルム砦には、関白様率いる本隊の1万が後詰めで待機して頂きます。

 宜しいでしょうか?」


「かまわん」


「異議無しです」

 そう言った関白とパンドラは、さも当たり前の様に頷いたのであった。


「次に、囮部隊だが、これは左近衛府、右近衛府、弾正府、本隊のザルツ王国軍の計1万5千とバスティ、テスタで行います。

 バスティとテスタは、川を渡った向こう岸の北と南から渡河を終えた部隊を攻撃してもらいます。

 囮部隊は、渡河中の敵の背後から敵を攻撃し、わざと敵の挟撃を誘い込み包囲されたのを見計らって、包囲網から脱出し川から森の北側を封鎖します。

 遊撃隊は、合図があったら川から森の南側を封鎖し、この時に川には絶対に入らないで頂きたい。

 そして森には、魔法を使える者が行き、森に火を付けて敵兵の退路を塞ぎます」


「何故だ左近。斥候の話では、最近の日照りで川の水位は膝までしか無いと言う。

 これでは、川沿いに逃げられてしまうぞ」


 やはりゲハルトは、斥候を出して、フランド辺境伯の動きを掴んでいたか。

「それは大丈夫です陛下。

 この川の上流のキングスベリーは、我等、左近衛府軍が既に占領し、川の塞き止めの結果、水位が下がっただけです。

 そして頃合いを見計らって、川を塞き止めている所を決壊させれば……」

 そう言った左近の言葉に、その場全員がゴクリと唾を飲み込んだのであった。


「他に何か質問は有りますか?」


 左近がそう言った時に、ビートが手を上げたのであった。

「この作戦では、傭兵が楽な様に見えるが、何故に我等が危ない橋を渡らねばならないのだ?」


「理由は2つ有ります。

 1つ目は、この包囲網を突破する軍が突破出来ずに崩壊すれば、この作戦は無駄になり、フランド辺境伯の思う壺になります。

 2つ目は、傭兵を辛い所に置けば、この作戦を敵に気取られるばかりか、傭兵も我等の言う事に聞く耳を持たなくなるでしょう。

 セレニティ帝国が、何故今まで強かったのか?それは傭兵の配置に有ります。

 彼等は、傭兵を自国の兵士と同等の扱いをする事により、傭兵の信頼を受けて戦い、傭兵も命をかけて戦うのです。

 ならば我等も同じ事をすれば、傭兵も我等を信頼し、命をかけて戦うのが道理です」

 左近の最後の言葉は、ザルツ王国の貴族達は、薄々感じていただけに、何も言えずになっていた。


「他には有りますか?……では、無い様ですのでこれにて軍義を終了します。

 囮部隊の出陣は、明日で開戦は3日後、各軍はそれに合わせて行動して下さい、では解散」

 左近の合図と共に、各諸将は各々の部隊に戻って行ったのだが、ラナは左近と関白の元に行き少し話があると言って、別室に行ったのであった。




 関白に割り当てられた、王宮の部屋にて左近とラナと関白の三人は、騒がしい部屋の外とは対照的に、静寂の中にいた。

 その原因は、ラナが関白にアイリスの凌辱された過去を話し、懐妊した話をしたからである。

 関白にこの事を言う事は、左近は全く知らなかった。

 だがラナの目は、とても真っ直ぐで力強く、アイリスを助けてやりたい、その思いが犇々と伝わって来ていたので、左近はラナに何も言わなかったのである。

 その静寂な空気の中で、ポツリと関白が言ったのであった。

「隼人の過去にその様な事が……なんと不憫な……」

 そう言った関白は目に涙を浮かべて言ったのである。


 関白は目頭を押さえて、自分の心を落ち着けると、ラナに聞いたのであった。

「それでラナよ、ワシに何をして欲しいのだ?」


「アイリスは、今は気丈に振る舞ってはいるけど、その内に心が壊れると思う。

 だから、ルタイ皇国で心を癒せる医者や方法なんかあれば、教えて欲しいの」


 なるほどね、カウンセラーか……でもいくらルタイ皇国でも、そんな者はいないだろう。

 そう思った左近であったが、暫く考えた関白の答えは違ったものであった。

「……ふむ……心当たりは、あるにはあるが……それは、隼人の意思をねじ曲げる事になりかねん。

 それでもやるか?」


「……お願い」


「左大将は、どうだ?」


「確かに、このままでは、ラナの言う通り、今は気丈に振る舞ってはいますが、アイリスはいつかは、壊れるでしょう……実に悔しいですが、私ではアイリスの過去を消す事は出来ない。

 もしも、彼女の過去を、その記憶から消す事が出来るのならば、お願いします。

 その為ならば私は、何でもいたします」

 そう言った左近は、関白に頭を下げたのであった。

 これは、左近の心の声でもあった、自分ではアイリスの心を癒せても、過去は消せない。

 その過去は、いつかはアイリスを崩壊させる病原菌の様に、ジワジワと内部から蝕む事になる。

 それを取り除くことが出来るならば、左近は悪魔に魂を売り渡すのも、かまわないと思っていたのであった。


「……解った……だが、ワシからも条件がある」


「何なりと……」


「まぁ条件と言うか、願いじゃな。左大将よ御主はこの先、関白を目指し、関白になったあかつきには、帝をお助けし、ルタイ皇国の臣民をより良き方向に導いてくれ」


「それは、無理な話で御座います。第一、関白には家柄が関係する筈です、冷泉家の者では無い私には、その資格は御座いません」


「そこは心配するな、既に手は打っておる。ラナにワシがやったその腕輪は、冷泉家の当主の証……つまりその夫の御主には立派に資格があると言う事じゃ」

 その関白の言葉にラナが噛みついた。


「はぁ?私はそんな事を聞いた事が無いんだけど!それに、前にも言ったように、その話は断った筈だよね?何で勝手な事をやってくれちゃってる訳?」

 そう言ってキレ出したラナは、関白に詰め寄ったのであったが、左近はそれを諭す様に言ったのであったのである。


「まぁそう言うなラナ。関白様は、お前の事を思ってその腕輪を渡したんだよ。

 ……まだ解らない様だな?スターク公や他の貴族達や、ルタイ皇国の者達は、官位や家柄を見て、下の者を見下す傾向にある。

 皆が、俺や関白様の様な人じゃ無いんだよ。

 そんな世界から関白様は、お前を守るためにその腕輪を託したんだよ」


 その左近の言葉を聞いて、ラナは目を瞑って深呼吸すると静かに言ったのである。

「……ごめん、声を荒らげて」


「ラナよ御主の夫の左大将は、左近衛大将よりも出世し大きくなり、ルタイ皇国のみならず、多くの者を幸せにするであろう。

 その時に、お前が左大将を助けてやれる様に、その腕輪を与えたのじゃ。

 今回の事もそうである様に、ラナは冷泉家の力を自由に使って良い、子が親の力を使うのは、当たり前じゃからな。

 冷泉家に仕えている、忍も自由に使って良いぞ」


「忍って、冷泉家ってそんなのも持っているの?」


「ルタイ皇国の官位の上の者は、大なり小なり持っておる。政敵の足を引っ張ったりと、色々と使うためにな」


「何だか卑怯な気がするけど、ありがとうね」

 ラナがそう言うと、左近は静かに頭を下げ、その目には涙が溢れていたのであった。





 ―――――――――――――――




 左近達が、アイリスの事で話していた頃、ゲハルトの部屋ではスターク夫妻が呼ばれ、密談を交わしていたのであった。

「スターク公よ、今日呼んだ意味は解ってるな?」


 ゲハルトの問いに、ビートはニヤリと笑みを溢して言ったのであった。

「もちろん、左近衛大将の子供の件でございましょう」


「その通りじゃ。左近の子供は何としてでも、無事に出産させねばならん、生まれて来るのが男であれば、ルタイ皇国の島家の跡取りになるであろう。

 そしてその後に、御主の娘のどちらかが、左近の子供を懐妊すれば、男でも女でもスターク家の当主にしろ」


「もちろんで御座いますが……ルタイ皇国の横槍は入って来ないでしょうか?

 ルタイ皇国もどうも島家は、別格と考えている様ですので……」


「うむ、それはワシも感じてはいた。

 あの軍義の時でも、関白や他の誰もが、官位の無いパンドラの意見を聞いており、唯一言ったのも右近衛中将ただ一人。

 それも、姉の珠が出て来てから様子がおかしかったのを考えると、どうも島家はルタイ皇国の中でも別格の扱いを受けている様に思える。

 スターク公よその辺りを、少し探ってはくれんか?」


「解りました。調度、ノイマン家の娘が妊娠しておりますので、その身の回りの世話に、我妻のアニーを行かせましょう。

 アニー、良いな?」


「はい……ですが、私はルタイ皇国のしきたり等は、解りませんよ」


「大丈夫だ、妊娠したのは、セレニティ帝国のノイマン家の娘だ、その様なしきたりは、その娘も解るまい。

 これを機会に、二人でそのしきたりを覚えて、友好な関係を結べば良い」


「解りました、何とかやってみましょう」

 そう言うとアニーは、ペコリと二人に頭を下げ、出ていったのであった。




 この魔法使い独特のローブに身を包んだアニーと言うセシルとセシリーの母親は、セシル達によく似ている綺麗な女性であったのだが、夫のビートには逆らえず、夫婦と言うよりは、何処か主従関係の様な所があり、自分の意見はあまり伝えられない、何処かオドオドとした女性であった。

 その為に、セシルとセシリーからは、頼り無く思われて、あまり母親とも見られなくなっていたのであるが、今回のゲハルトとビートの命令を機会に、二人に少しでも母親らしい所を見せようと息巻いていたのであった。


 でも……よく考えたら、左近衛大将様の家は何処にあるのでしょう?やっぱりルタイ皇国?いつも空間転移で来るから解らないのよね。

 そう思いながら、廊下を歩いていると、目線の先にエリアスとエリアスをからかっているアミリアの姿が見えたのであった。

「ノイマン公!」


 そのアニーの言葉に、二人は立ち止まり、振り返るとエリアスの顔は、本当にこれが帝国最強の剣士かと疑うほどににやけていたのであったが、アニーの姿を見ると元のキリッとした顔に戻ったのである。

「これは、スターク公の奥様。おいアミリー、こちらはスターク公の奥様のアニー様だ」


「これは、お初にお目にかかります、私は魔女騎士団(ナイトウィッチーズ)の団長アミリア・マクレガーで御座います」


 そのアミリアの言葉を聞いたアニーは、思わず後退りしたのであった。

 帝国三大騎士団の魔女騎士団(ナイトウィッチーズ)の団長アミリア・マクレガー!あの雷帝と言われたマクレガー団長が、ルタイ皇国に降っていたのですか!

 そんな驚きを察してか、エリアスがアニーに声をかけたのであった。

「大丈夫ですよ、こいつは意外と良い奴で、いきなり噛みついたりは、しないですよ」


「人を狂犬みたいに言うな、それに意外とって何だよ、お祖父ちゃん」


「いやぁ~お祖父ちゃんかぁ、まだそんな年齢では無いのだが……お祖父ちゃんかぁ」

 そう言ったエリアスは、また顔がにやけて、いたのであった。


 この人は余程、孫が出来るのが嬉しいんだろうな……私もセシルやセシリーに子供が出来るとこの様になるのだろうか?

 こんなエリアスの姿を見ていると、アニーは緊張していた身体が少し緩んだ様な気がしたのであった。


「所で、今日はどうされたのですか?」

 全く使い物にならないエリアスの代わりに、アミリアがアニーに聞いたのである。


「左近衛大将殿も、その家臣の皆様も戦で忙しそうなので、ノイマン公の娘様の身の回りの世話をしようかと思いまして……」

「おお!それは、ありがたい!何せ島家の者は、今は総動員でこの戦に当たっておりますので、助かります。

 他の者は、生活もありますのでな」

 そう言ってエリアスは、アミリアを押し退けて、アニーの手を取り言ったのであった。


「あ、あのノイマン公?」


「あ、あぁ!すみません!婦女子の手を気軽に握るなど、申し訳ございません!」


 全く、生娘じゃあるまいに、こんな事で照れやがって。

 エリスもエリスだ、ガキの頃から全く成長していないし……私にも少しは、あんな風に照れた事があるのかよ……何かムカつく。

 そんな事を思いながら、照れて思わず手を離した、エリアスの頭をポカリとアミリアは殴ったのであった。


「痛っ、何すんだよアミリー」


「うるさい、早くしないと、午前の便が終わってしまうぞ」

 アミリアが言っているのは、左近が急遽構築した輸送システムであった。

 レイクシティのセントラル城のエントランスを中心に、各地の主要都市や軍を勇者の空間転移で繋ぎ、定期的に人員や物資を輸送するというものであるのだが、いくら勇者とは言え、元が魔力をほとんど持たない侍である。

 いくら魔丸で補給するにしても、限度が有るために、午前と午後の二回づつの合計四便に限っており、軍属や貴族ならば、誰でも物資と一緒に移動出来るシステムである。


「おお、そうだった、さぁアニー殿も御一緒に参りましょう」


「何処にですか?ルタイ皇国です?」


「まさか、ナッソーの島家の邸宅ですよ」

 そう言ったエリアスに連れられて、アニーはナッソーの左近の邸宅に向かったのであった。





 エリアス達三人は、セントラル城を経由して、泉龍寺にやって来た。

 これは、いきなり左近の邸宅に出たのでは、警備の関係上都合が悪いし、人員や物資が左近の邸宅にごった返すのを、左近が嫌った為に、転移先は泉龍寺になったのであった。


「ここは?」

 豪華なセントラル城のエントランスから、もう一度空間転移でやって来た建物を出たアニーは、狐につままれた気分になっていた。

 目の前に在る建物は、初めて見る形の建物はであったからである。


「ここは、泉龍寺と言って、ルタイ皇国の宗教施設なんです。

 ここの司祭様の……ルタイ皇国では、和尚様と言うのですが、それが中々にたいした人物で、このナッソーで、身寄りの無い子供を引き取って育てているばかりか、盗賊等の者にも別け隔て無く接するので、ナッソーの民からは親しまれております。

 しかし、私はこれが本来の司祭の姿だと私は思います……本来神様と言うのは、身分別け隔て無く接するものでしょう」


「ノイマン公は、ルタイ皇国の宗教の信者になられたので?」


「いえ、ここの和尚様は、そう言った事を強制したりはしません、ただ誰でも平等に、諭すだけです」


「何だか、素晴らしいお人ですね」


「そうですね、私もそうありたいと思えるお人です」


 そう言って院元和尚をべた褒めするエリアスであったが、御堂から和尚が出て来て言ったのである。

「ワシはそんな人格者では無いぞ、エリアス」


「和尚様!こちらは、セシルとセシリーの母上様のアニー様で御座います……そうだ、聞いてください子供が出来たのですよ」


「なんじゃ、唐突に……アミリアよ子供が出来たのなら、安泰にせねばならんじゃろ」


「バ、バカ和尚!私じゃ無くてアイリスだ!」

 そう言ったアミリアは、頬を赤くし照れながら言ったのであった。


「おお、そっちか……隼人の奴が子供をのう。これはめでたい、男子じゃったら島の家も安泰じゃの」


 その和尚の言葉にエリアスは、ふと疑問が湧いたのであった。

「そうですね……そう言えばルタイ皇国では、女性は当主には、なれないのですか?」


「なれん事もないが、少数じゃな。殆どが男子が当主になるのが慣例みたいになっておる。

 おお、そうじゃ、結婚していても当主になっておる者が、御館の所に1人おるじゃないか」


「その様な御方がいたでしょうか?」


「いるとも、あのラナじゃよ。ラナは今やルタイ皇国の摂関家、冷泉家の当主になっておる……本人は、全く自覚が無いがの。

 だからその夫の御館も、将来は出世して関白になるかもしれんの」

 その言葉にエリアスとアミリアは驚いたが、アニーだけは別の事を考えていたのであった。


 あのダークエルフは、ペスパードの貴族じゃ無かったんだ。

 関白と言えばルタイ皇国の帝の代理、つまりは表に出てこない帝の代わりに、実質的にルタイ皇国を仕切っている役職……ビートが聞けば、喜び涙を流すでしょう。

 しかし、何で先程から、関白様や和尚様はノイマン公の娘を、隼人と呼んでいるのでしょうか?確か娘の名前はアイリスであった筈……聞いてみましょうか。

「あの、すみませんが、何で先程からノイマン公の御息女を、ルタイ皇国の人は、隼人と呼んでいるのでしょうか?」


「おお、そう言えば、大陸の人には解らんわな。

 エリアスの娘のアイリスの今の名前は、島 隼人佑 アイリス、つまりはルタイ皇国の官位を持っておる立派な侍で、帝に謁見も可能な女性なんじゃよ。

 ちなみにもう1人のラナも織部佑の官位を持っておる……まぁこっちは、本人が嫌がっておるがの」


「官位?何れ程の地位でしょうか?」


「隼人佑は、正八位上の官位じゃ、夫の清興は左近衛大将じゃから、従三位になる。

 正八位上は、下から2つ目の位じゃな、従三位は上から6番目の位になるが、左近衛大将の権限は、かなり大きい。

 この大陸の内政と軍事や、他の者への任官等を司っておるが、御館は人材をよく見ておる……この意味解るな」


 和尚は、左近は媚びへつらうだけの者は、遠ざけて能力の有る者は優遇するのだと暗に言っているのであった。

「解りました、心しておきます……」

 そうアニーが言うと、和尚を呼ぶ子供の声が聞こえて来たのであった。


「子供達が呼んでおるので、ワシはそろそろ行くとするか。

 エリアス、今度子供達が作った芋を隼人に持っていってやろう」


「ありがとう御座います」

 こうしてエリアス達は、泉龍寺を後にして、左近の邸宅に向かって行ったのであった。




 これがセシルとセシリーが暮らしている、左近衛大将の邸宅……平屋で一見地味なのですが、これがルタイ皇国の美しい基準なのでしょうか。

 アニーは、そう思いながら、邸宅に近付いて来ると、何やら庭の方から素振りの音が聞こえて来たのであった。


 風を斬る音?左近衛大将でも帰って来ているのでしょうか?

 そう思って門を開けたアニーの目の前には、とても信じられない光景が入って来たのであった。

 そう、この風を斬る音は、アイリスが剣の素振りをやっていた音であったのである。

「チョッとアイリスさん!貴女は何を考えているの!」


 その声を聞いたアイリスは、何が悪いのか解らずに、キョトンとした顔で言ったのであった。

「いえ、最近は家の中にいて身体が鈍ってしまってると思い、剣の稽古を少々。

 それに最近は食欲も無くて、すぐに吐くので、運動をすれば大丈夫かな……ってあれ?父上におばさんも……何で?」


「いやぁ、アニー殿が妊娠したお前の世話をと買って出てくれてな……」

「その前に、ノイマン公も少しは、子供の心配をして下さい!大事なお子様が流れたら大変でしょ!

 アイリスさんもアイリスさんです、何でそんな身体で剣の稽古をやっているの!食欲も無くてすぐに吐くのは悪阻です!安定期に入るまでは、運動は禁止です!」

 そのヒステリーに近いアニーの迫力に負けてか、アイリスとエリアスはしょんぼりしたのであった。


 本当に私が来て良かった……こんな事じゃ大変な事になっていたかもしれない。

 アニーがそう思っていると、家の中からセシルとセシリーがひょっこりと顔を出したのであった。

「……うそ」


「うわ、ヤバッ!」

 そう言ってすぐに顔を引っ込めたのであったが、それを見逃すアニーでは無かった。


「セシル、セシリー出てきなさい!出てこないと、私からそちらに行きますよ!」

 流石に母親に言われては仕方がないと、二人は渋々であったが、家から出てきたのであった。


「チョッとそこに三人共、座りなさい!」

 そう言ったアニーの迫力に負けてか、アイリスとセシルとセシリーは、縁側に座ったのである。


「だいたい貴女達は、それでも左近衛大将殿の妻と言う自覚が足りません!アイリスさんの身籠った子供は、将来はルタイ皇国を背負って行く子供になるのですよ、何かあったらどうするのです。

 取り敢えずアイリスさん、いつ頃の妊娠ですか?」


 アニーのその言葉に、アイリスはビクッとして、顔を曇らせたのだが、直ぐ様セシリーがフォローしたのであった。

「春頃だよ……お母様も、アイリスが恐がっているじゃない、もう少し優しくしてよ」


 その言葉を聞いたアニーは、暴走し過ぎた自分の言動を反省しつつも、アイリスに諭す様に言ったのである。

「……アイリスさん、ずっと悪阻で辛かったでしょう。でもね悪阻が有ると言う事は、お腹の子供が元気に生まれたい、貴女と左近衛大将の子供に、なりたいって言って育ってるって事なの、私が何で怒ったか解ってくれるわよね」

 アニーがそう言うとアイリスは静かに頷いたのであった。


「まずはその悪阻を何とかしなくちゃね……セシル、ここにはメイドはいないの?」


「……いない。旦那様がそう言った者は置かないのが、島の家の方針って言ってた」


「本当にルタイ人って文化が違うのね……仕方がない、セシル貴女はこれから市場に行って、グレーツの実を買って来て」


「……え?どれくらい?」


「買えるだけ買ってきなさい、余れば食べれば良いんだから」


「……解った」

 そう言ったセシルは、空間転移で市場に向かって行ったのであったが、その姿を見たアニーは、目を丸くして驚いたのであった。


「あの子、いつの間に勇者になったの?」


「旦那と出会ってだよ。因みに私も勇者だし、旦那様もパンドラも勇者だよ」


 なるほどね、ルタイ皇国は勇者になる方法を知っているって事か……それよりは、悪阻だった。

「じゃあ、この家にゆったりした服って有る?アイリスさんの服じゃキツくて、これじゃ食欲も無くなるから」


「無いなぁ……でもロンデリックさんの店なら売ってるかも」


「じゃあ早く行く!アイリスさんは服を脱いで、横になって!」

 そのアニーの言葉に、二人は渋々ではあったが、従ったのであった。





 ―――――――――――――――




 アニーが来たその日の夜、パンドラはそのままアルム砦に行き、左近はラナと珠を連れて邸宅に戻ってきたのであった。

 いつもなら帰って邸宅に到着すると、三人の笑い声が聞こえる、明るい邸宅であったのだが、この日ばかりは、何故か御通夜の様に静まり返っていたのである。


 何だ?賊でも来たのか?だがそれにしても、血の香りがしない……

 左近の考えは、どうやらラナと珠も同じ様で三人は、警戒しながら家の中に入る事にしたのであった。


 中に入るとそこには、大きなペンギンがいた。

 いや、正確にはブカブカのシスターの様な服装をして、口にタオルを巻いているアイリスだ。

「ア……アイリス、何その……プッ」


「ラナ……笑っちゃ悪いだ……プッ」


「お父様も……笑って……プッ」

 俺達三人は必死に耐えた。

 この世に生を受けて初めてと言う程に耐えた。

 目の前で大きなペンギンが、「ラナ、あんたも同じ様にしてやる」と、怨みのこもった声で言ったのだが、何を言ってもただ面白く俺達は、ただ耐えた……だが同時に限界も迎えようとしていたが、アイリス達の目の前にいる女性は、それを許さなかったのである。


「左近衛大将殿、何が可笑しいのでしょうか?」

 背筋を伸ばして、座っているアニーが、顔だけこちらをゆっくりと向いて、言ったのであった。


「これは、スターク公の……義父殿も……アミリアも……どうして?」


「左近衛大将殿、取り敢えず座りましょうか」

 そう言ったアニーは、顔こそ笑顔であったのであるが、目は笑って無かったのであった。


 左近達は、アニーに言われるまま座ると、アニーの御説教タイムが始まったのである。

 散々に自分の妻の事を考えていないのかと怒られ、自分がアイリスの世話をしに、やって来た事を伝えられると、左近は最早断ると言った選択肢は無く、了承するしか無かったのであった。


 どうやら、アイリスの悪阻は酷く、原因はスタイルの良く見える服装とストレスによるものだと、アニーは言った。

 その為に、身体に負担を掛けない服装を。本来はマタニティなのだが、そんな物はこの家や、ナッソーには無く、仕方がないので、北方教会のシスターの服になったのだそうだ。


 更には、ストレス解消にグレーツの果汁に浸した、タオルを口に巻いて、その香りで気を紛らせる様にしたらしい。

 グレーツの実の香りは柑橘系の香りで、この香りは今で言うアロマの役割をするのだと、左近は考えていたのであった。

 ただアミリア本人曰く、そんな悪阻なんかは、クリスの時には無くて、何と戦場でクリスを出産したらしい。

 頭脳派と思ってアミリアを採用したのだが、とんだ脳筋オバサンだった訳だ。

 こうして左近は、アイリスの事をアニーに託して、フランド辺境伯との戦いに出向くのであった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ