レンヌ解放戦
左近がアイリス達に、生き地獄を味わっていた頃、左近衛府が駐屯しているケイングストンでは、何故かパンドラの部屋から、珠の泣く声が響いていたのであった。
「……で、そんなくだらない事で、私の所に来たのですか?って言うか帰れ」
付き添ってやって来た、佐平次とクリスの前で、ベッドに寄り添い泣き叫ぶ珠に向かって、訳を聞いたパンドラは、呆れながら言ったのであった。
「何がくだらない事ですか!兵庫助様は、私にはかけがえのない御方なのですよ!それを父上は……絶対に帰りません!」
「お姉様が、家出をしようが私はどうって事はありませんが、何で私の所なのですか?エルマの所でも良いでしょう?って言うか帰れ」
「この事情を解るのは、他に貴女しかいないでしょうが!それに帰りません!」
確かに、この転生前の事を詳しく解るのは、この世では、お父様の他に私だけでしょうが……めんどくさい、非常にめんどくさい。
それに佐平次とクリスティーナを我が部隊に?まぁそれは良いとして、この二人にお姉様を預けてとっとと連れて行ってもらいましょう。
「佐平次、クリスティーナ様、事情は解りました、我等の黒騎士団に入団を認めましょう。
では最初の命令です、部屋を用意するので、この愚姉をそこに連れて行きなさい」
「え?」
「それは、無理でしょ?」
確かに……餌が無ければこの愚姉は動かないでしょう……そうだ、憂さ晴らしをさせましょう、そうすればここから出ていくはず。
「ではお姉様、軽い憂さ晴らしをさせてあげましょう、明日我等と一緒に来て下さい、王都レンヌの西門の敵兵5百で良いですか?」
「それは、私に八つ当たりをしろと?」
「八つ当たりなんて人聞きの悪い……軽く運動をすれば、気も紛れるかと思いまして。
そうだ、佐平次にクリスティーナ様、二人もそこに加われば良いでしょう……お姉様が暴走するのを止めなさい」
「それこそ無理な話ですよ!誰が珠様を止めれるのですか!」
「そうなのか佐平次?確かに5百をたったの3人で相手は確かに無茶苦茶だと思うが……」
「ルタイ皇国の中でも、その強さは伝説にもなっている珠様です……5百の兵は大丈夫でしょうが、珠様の暴走なんて、止めに行けば死にますよ……確実に」
「こら佐平次、人を化け物の様に言わない!いくら私でもその辺りの分別はついております」
「では、決まった様ですね。テスタ、お姉様と二人を部屋に案内なさい、この意味解りますね?」
「……勿論で御座います姫様、全て私にお任せください。では皆様、こちらへどうぞ」
そう言うとテスタは、3人を部屋に案内して行き、半ば強制的に佐平次とクリスを一緒の部屋に泊めたのであった。
その日の翌日、朝から騒がしいケイングストンの街で、パンドラが宿泊している建物の前には、既に黒いマントを付けた集団が、パンドラが出てくるのを今か今かと待ちわびていたのである。
「姫様、準備が全て整いまして御座います」
「解りました、では行きましょう。舞台の開幕です」
そう言って、エルマに作ってもらった、いつもの戦闘用ドレスに、黒い羽根つきマントをはためかせて、パンドラが部屋を出ると、そこには配下の者の他に珠と佐平次とクリスが並んでいたのである。
「皆様、良い顔ですね、では行きましょうか」
そう言ったパンドラを先頭に、宿の階段を降りていくと、宿の入り口に何故か左少将が壁にもたれ掛かり、パンドラ達を待っていたのであった。
「おや、左少将様、どうされましたか?」
「姫様……大丈夫でしょうが、くれぐれも油断されませんように。今回は私は裏方になりましたが、言って頂けましたら、この三好 左近衛少将 清信、すぐに駆けつけます」
「有り難う御座います、左少将様も裏方とは言え、一番重要なお役目、立派に勤めあげて下さりませ」
「清信と……自分の事は清信とお呼びください。……その……姫様、貴女がいなくなっては、私を奮い起たせる人がいなくなります、どうかご無事で帰って来て下さい」
そう言った左少将は、何故か顔を赤めて言ったのであった。
「…………そうだ清信、少し目を瞑ってしゃがんで下さいませ」
「は、はい……」
一体何だろうか?そんな事を思いながら左少将は、目を瞑ってしゃがむと、パンドラは何を思ったのか、左少将の頬にキスをしたのである。
「……!」
「清信様、これで暫くは、やる気が出たでしょ?」
そう言ったパンドラは、笑顔で左少将に言って外に出たのであった。
「あれ……完全に左少将の奴、ウチの姫さんに惚れたね、何だか楽しくなってきた」
「ママ…止めて下さい、一応は左近衛少将ですよ、父上の側近です。この様な事で心を乱される訳が御座いません」
「はぁ……こう言った事は妹の方が先に行っているって事か、ほら私達も行くよ」
そう言ったママは珠を引っ張り、パンドラの後に続いて外に出たのであった。
パンドラ達が外に出ると、そこは広場になっており、早朝の柔らかな陽射しの元、整列している黒い甲冑に黒いマントを付けた集団は、その姿だけでも、威圧的で何処か美しくもあったのである。
段上に上がったパンドラは、その整列した配下の者を満足そうに見据えて話し出したのであった。
「これより、我がルタイ皇国の盟友たるザルツ王国の救援に向かう!今、王都レンヌは賊軍に包囲されて孤立無援の状態であり、本作戦の目的はその賊軍の排除になる。
では作戦を伝える、これより全員で王都レンヌ迄、空間転移で移動しディアとクマの魔法で、分断し逃がさぬようにして、各城門の賊軍を討ち取る!
東門、賊軍5百はリンに任せる!西門5百は、我が姉と浅田 佐平次 長宗とクリスティーナ・マクレガーの3名に任せる!
残る南門の賊軍千名は、諸君達の獲物だ。隊長はクロエ、副長にソニア・ヴィシュク!その後、私とバスティアン、テスタ、リン、ロビン、ディアとクマは、反乱貴族の鎮圧に向かう!……皆殺しだ、一人も逃がすな」
そう言った、パンドラの顔は、まさに悪魔の本性を剥き出しにした様な、邪悪な顔になったのであったが、またその顔が、各兵士に狂気を伝染する結果となったのであった。
そして、パンドラ達は空間転移で王都レンヌの広場に、次々と転移していったのであったが、パンドラは報告の為にゲハルトのいる王宮に一人で向かったのである。
パンドラが王宮に到着し、玉座の間に通されると、そこには玉座に座るゲハルトの他にリリアナやセルゲンの他に、貴族らいしい者達まで並んでいたのであった。
誰だこれは?そんな事を思いながらパンドラは、優雅にゲハルトに礼を取ると言ったのであった。
「お待たせ致しました国王陛下。私、島 左近衛大将 清興が娘、パンドラが率いるルタイ皇国の精鋭、黒騎士団8百名、王都レンヌ解放の為にまかり越してございます」
「うむご苦労である、パンドラよ少しそなたに頼みがあるのだが」
何だ?こんなのは予定には無かったが……まぁ良いだろう。
「何でございましょうか?」
「そこに並んでいる5名の者達は、此度の反乱に加わる事を拒否した貴族達である。その者達をリリアナの配下に加えて、一緒に戦に出向いて欲しいのだが、どうじゃ?」
成る程、ここで没落した貴族に武功を立てさせて、征伐した貴族の後釜に据えようと言うつもりか。
まぁ断る理由もないか……ん?確かセシルお母様とセシリーお母様の御両親も、確か没落した貴族のはず、あの二人は毒親と言ってましたが、お父様は戦に戻せば大丈夫だと言ってましたね、ここにいるのかな?
「承知致しましたが、ここにスターク様はおられますか?」
「某が、ビート・スターク子爵である、後ろにいるのが我妻の、アニー・スタークである」
そう言って出てきた男性は、いかにも身分の高い騎士の鎧を身に纏い、後ろの女性はいかにも魔法使いと言ったローブを身に纏っていたのであった。
何だか如何にもザ・貴族って感じですね……果たしてこんなのが、使い物になるのかどうか……しかしここで手柄を立てれば、領地も貰えて名実共に貴族に復帰出来るでしょう……成る程、あの国王それを見越しての頼み事ですか、断ったとしても、スターク家を入れておけば、私が断らないと……中々の狸ですね。
そう思いながら、パンドラはビートの前に膝を付くと、そのままビートに言ったのであった。
「御初にお目にかかります、私はセシルお母様とセシリーお母様の義理の娘のパンドラと申します。
御挨拶が遅れました事を、お詫び申し上げます」
「何?二人はルタイ皇国に居るのか?」
「左様で。我が父、島 左近衛大将 清興と結婚した次第に御座います。
なにぶん我が父も、ルタイ皇国武士団を纏める立場で、今回のセレニティ帝国侵攻の最高責任者の為に、御挨拶が遅れましたる事を詫びておりました」
「そうか、二人はルタイ皇国の左近衛大将と結婚したのか……つかぬことを聞くが、左近衛大将とは如何程の地位の者になる?それと二人も妻にして、まさか他にも妻が居るのか?」
こいつ、人を地位でしか見ていない……なるほど、二人のお母様が、毛嫌いするのが解ったような気がする。
そう言えばラナのお母様が、関白の腕輪をやっていたな……あの爺が渡したのは、こう言った事を警戒しての配慮だったのか。
そんな事を思いながらパンドラは、ビートに説明しようとした時であった、ゲハルトがパンドラの気持ちを読んでか、その言葉を遮ったのであった。
「その辺りで、よいではないかスターク公よ。所でパンドラ殿、今回はどう言った作戦で戦うのだ?昨日はこの戦を自分の騎士団の試験にすると言っておったが」
「今回は、我が配下の魔法で敵を逃がさぬ様にし、東門は我が配下のリンが、西門は我が姉とその護衛の合計3人が、南門は試験を受けるクロエ率いる8百名があたり、賊軍を皆殺しにする予定です。
その後でフランド辺境伯以外の貴族を、我等が叩き潰すと言った計画です」
その言葉を聞いた貴族達は、一気にざわつき始めたのであった。
「静まれ!パンドラ殿、この様な試験を本当にするつもりか?下手をすれば全滅してしまうぞ」
そのゲハルトの言葉は、その場全員の気持ちを代弁したものであったのである。
「全滅すれば私が出て、敵兵を皆殺しにしましょう。それにこの様な戦で死ぬような侍は、使い物になりません、早く死んだ方が皆のためで御座います。
我がルタイ皇国では、身分だけでは誰も付いては来ません、まずは己自身がその武力を示さねばならぬのです。
また、我がお父様は、その能力が有る者を積極的に取り立てるおつもりの様ですね」
そのパンドラの言葉は、身分だけにすがる、この貴族達を全否定する様な、言葉であったのである。
その空気を見かねてか、ゲハルトは笑って場の空気を和ませたのであった。
「ハハハ、流石は左近衛大将の娘殿じゃ。少し早いが、パンドラ殿に褒美を与えよう、例の物を持って参れ!」
ゲハルトがそう言うと、兵士が一振りの短剣を持ってきたのであった。
「これは我がホーコン家がその昔、ルタイ皇国に侵攻の際に手に入れた宝剣アゾット。封印されておるのは確か白虎と言ったか、パンドラ殿はご存じか?」
「存じております、確か大きな白き虎であったはず」
「そうか、ならばこの短剣をそなたに譲ろう、良かったらこの場で召喚してはくれんかの?」
「……かしこまりました」
そう言ったパンドラは、短剣を手にして構えたのであった。
そう言う事ね、このアゾットは、その者のレベルや魔力に応じて出てくる魔獣の強さや大きさが変わってくる。
国王は私のレベルと魔力が一体何れ程の物かを見たいのでしょう……しかしこれで、おばば様はレベルは見えなくて、職業しか見えないと言った事が判明しましたね。
まぁどうせやった所で、レベルが最高の白虎が出るだけでしょうが。
そう思いながらパンドラが短剣を持って念じると、短剣の先に大きな魔方陣が現れ、通常の倍の大きさの白虎が出たのであった。
ほらね、やはり皆様ドン引きしていますか。
しかし召喚した白虎は何処か変で、そう思っていたパンドラに、白虎が突如襲い掛かったのである。
誰もが声の出す暇も無く、パンドラに突如襲い掛かった白虎は、空中で静止してその強靭な身体を、ミシミシと言わせて苦痛の表情に変わっていったのであった。
「誰が主人か解らないほど、知能が低いのでしょうか?どうする、我に従うか?それともこのまま徐々に苦痛を味あわせて、オモチャにしてやろうか?」
そう言ったパンドラの言葉が伝わったのか、もしくは獣の勘なのか、白虎の目には最早、闘争の炎は無く、ただ恐怖しか無かったのであった。
「解れば宜しい……では貴様に名をくれてやろう、今後お前の事はヤマトと呼ぶ、ルタイ皇国の我が島家の領地のあった国の名だ、その名を汚すなよ」
そう言うとパンドラは、ヤマトを下ろすと、ピョンとヤマトの背に乗りゲハルトに言ったのであった。
「国王陛下、この様な素晴らしき乗り物を誠に有り難う御座います。ではそろそろ私は配下の者の元に行きますので……リリアナ様、お待ちしておりますよ」
そう言うとパンドラは空間転移を開いて、その中に消えて行ったのであった。
あまりの出来事に、玉座の間の者は呆気に取られ、言葉を失っていたのだが、その静寂の中でゲハルトはおばば様に話しかけたのである。
「おばば様、あの左近の娘、どう見る?」
ゲハルトにそう聞かれたおばば様は、解るがゆえに恐怖でカタカタと震えて言ったのであった。
「……あの者の強さの底が全く見えん、おそらく魔王以上じゃテ、あの者に勝てるのは神だけかもしれんテ……」
「そこまで……セルゲン、あの者には弱点等は無かったのか?」
「弱点、と言いますか、パンドラ殿には姉上がおられまして、その姉妹の仲はあまりよろしく無く、姉妹喧嘩でリイツ城の半分が崩壊した程に御座います」
「姉妹であの強さか……男子ならば、この世を支配していたかもな。しかし、これで解った、左近の子供は恐ろしく強くなると言う事じゃな、ならば我が国に光明が射してきたかもしれん」
そう言ったゲハルトの意味は、その場全員が理解したのである。
左近の子供は、恐ろしく強く戦力になると言う事は、既にスターク家の二人が左近に嫁いでいる以上、子供が出来れば、その内の一人をスターク家の者として迎え入れれば良いのである。
ただそれだけで、勇者以上の圧倒的戦力を手に入れられる事なのだが、1つ疑問が出てきたのであった、もしもその血統が左近ではなく二人を産んだ女性の方ではないのかと。
「セルゲンよ、二人の姉妹の母親の事は何か情報があるか?」
「それが、死別したと聞きました」
「ならば可能性有る者は、今は左近だけか。
スターク公よ、お主の役割、大きいぞ、既にセレニティ帝国のノイマン家も、左近と婚姻を結んでおる、もう一人は確かダークエルフであるから、もしかするとペスパード王朝の貴族の者かもしれん。
おそらく第一子は、ルタイ皇国も手放さないであろうから、第二子は確実に我が国にもらい受けるのじゃ、何なら他の貴族の娘を左近にくれてやってもよい……待てよ、あの姉妹を口説き落として、こちらに引き込むのも悪くは無い。
皆、ルタイ皇国の左近の家系の者を手に入れる事を第一に考えよ!これは我が国がこの大陸で生き残る唯一の術である!」
『はっ!必ずや陛下のご期待にお応えします』
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パンドラが空間転移から出た所は、王宮前の広場であったのだが、何処から湧いてきたのか、群衆が大勢集まって来ており、かなりの人混みになっていたのであった。
その群衆の目当ては、勿論、続々と空間転移でやってくるルタイ皇国の侍であり、一種の見世物小屋の様になっていたのである。
これは先に進むのが大変そうですね。
そんな事を思いながら、ヤマトに跨がったパンドラが思っていると、一人の男がそのパンドラの存在に気が付くと、皆ヤマトを恐れてか後退りし、十戒の如く道ができたのであった。
おや、これは意外と役に立ちますね。
そんな事を思いながら、パンドラはヤマトの頭を撫でながら、その道をヤマトに乗りながら進むと、視界にはママが何やら子供を背負った紳士風の男と話していたのであった。
「ソニア、どちら様で?」
そう言ってママにパンドラが近付くと、ヤマトを見てか、思わず後退りしながら話したのである。
「ひ、姫さん……その大きいのは?」
「この子は、国王陛下より頂いた、白虎のヤマトです。ちょうど良い乗り物が出来ましたよ……あ、この子は召喚獣ですので、危害は加えませんよ……知りませんが」
「おい、今最後に知りませんがって言っただろ?……まぁ良いや。こいつはハンザと言って、私の傭兵時代からの友人なんだ、今はザルツ王国の支店を任せている」
「御初にお目にかかります、ハンザと申します、この背中のおチビちゃんは、アリエルと申しまして、故あって私が責任を持って育てております」
「よろしくハンザにアリエル。私はこの部隊の隊長のパンドラと申します」
「こんなに美しい女性が、ママの隊長だなんて……そうだ今度御一緒にお茶でもどうですか?」
そのハンザの言葉を聞いたママは思わず吹き出し、それを見たハンザは少しムスッとして聞いたのである。
「ママ、何が悪いので?こんなにもお美しい女性がいたら、声をかけるのは当たり前でしょう?」
「いやなに……お前、この姫さんの父親は左近だぞ、それでも良ければ手を出しな」
「…………マジっすか?」
「確かに我が父は、ルタイ皇国の島 左近衛大将 清興で御座いますが、いつお茶に行きましょうか?」
「いえいえいえいえ!私共のお茶など、姫様のお口に合わないであります、はい!」
「フフフ、楽しいお人ですね。所でソニア、何処まで揃っていますか?」
「既に9割って所かな。リンはもう東門に、珠と佐平次とクリスティーナは西門に待機し、ディアとクマも城壁に行っている、残るは本隊の方だな。
だが、姫さん……あんた兵糧の準備しているか?」
「え?何で兵糧の準備を?」
「やっぱりな、このレンヌを包囲している賊軍を叩き潰したら、姫さん達は王女を連れて貴族を潰しに行くのだろ?姫さんを含めて、他の皆は何とかしちまうだろうけど、あの王女様は無理だろう、用意しておかないと、バカにされるよ。
やはりルタイ皇国は、田舎者の集まりかってね。
だからハンザに手配させて、用意してやるよ、私もナメられるのは嫌いだからな」
「やはり貴女は気が利く女性ですね。では10名分お願いします」
「だろ?これが良い女ってもんだよ」
そう言ったママは、葉巻を口にくわえながら、とびきりの笑顔で言ったのでった。
ママ……良かった、ドッドさんの事で落ち込んでいるかと思っていたが、どうやら大丈夫の様だな。
そんな事をハンザが思っていると、虎之助がやって来て報告したのであった。
「副長!この便で終了です」
「解ったよ、全員南門に集合!後は頼んだよ姫さん」
「ええ解りました、ソニア貴女も楽しんできて下さい」
そう言った二人はお互いに、笑みをこぼして、これから戦場に行く様な感じではなく、本当に遊びに行くかの様な雰囲気で持ち場に向かったのであった。
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パンドラは南門の城壁に立ち、眼下に広がる敵兵を見て、心が高ぶっていたのであったが、その姿を後ろから見ていたリリアナを初めとした貴族達は、不安の色を隠せずにいたのである。
「どうされましたか王女様、昨日から何やら無口で……お父様から聞いていた人物像と違い、正直驚きましたよ」
パンドラにそう言われてか、やっとリリアナは静かに語りだしたのであった。
「妾は正直恐い……妾が今までやって来た事が、この様な形になって返ってくるとは、思わなかった。
王宮を攻撃された時も、皆が父上やセルゲンの為に喜んで死ねると言って、集まって来たのに、妾の元には一人も来なかった……そればかりか、何故貴様を助けなければならない、と言う者もいた…中にはお前だけは、死ねと言う者も……やはり私には、この国を統治するのが無理なようだ」
「それが解っただけでも、成長したと言う事でしょう。
今の貴女は、この戦争が終わった後の人質と言った価値しかありません……言うなれば、その身分にしか、貴女の価値は無いのです、貴女自信には価値すら御座いません」
「パンドラ殿!」
「セルゲン良いのです、本当の事ですので……パンドラ、貴女は何故、これから戦になるのに、そんなに笑顔なのですか?貴女の父親の左近衛大将も、あの時30人以上の騎士と戦っていた時も、戦の時も笑顔だった……ルタイ人は死ぬのが恐くは無いのか?」
「恐い?恐いのは犬死にするときだけでしょう。
貴女は心が弱い、他の誰よりもね……その事を理解し他人の気持ちを理解する事を学びなさい」
「何だか、不思議とお前に言われると素直に聞けるな……いや、こんな事を言ってくれる人は初めてかも知れない、ありがとう」
あれ?何で私が感謝されるのですか?本当の事を言っただけなのに。
本当に、こいつには、人質の価値しかありませんのに……何か変ですね、まさか悪魔が感謝されるとは。
そんな事を思いながらもパンドラは、作戦開始の命令を出したのであった。
「では、作戦開始!ディア!クマ!やっておしまいなさい!失敗すればセシリーお母様にチクりますよ!」
『は、はい!だから姉ちゃんには……』
「うるさい、早く始める!」
セシリー?……何故、セシリーの名前が?会わない間に、一体何があったのだ?
そのセシリーの名前で脅えきった、ディアとクマの姿を見ていたセシリーの父親のビートは疑問に思っていたのであった。
パンドラに急かされた二人は、持っていた杖を高く上げて、詠唱無しで魔法を発動させたのである。
『マジックサークル・インフェルノ!』
二人が魔法を発動させた瞬間、王都レンヌを中心に、地面に大きな魔方陣が出来て、その魔方陣の線が溶岩に変わったのであった。
そして、魔方陣の隙間に入っていた包囲軍は、溶岩の川に分断された形になったのである。
「おいアニー、この魔法知っているか?」
その光景を見たビートが、妻のアニーに小声で聞いたのである。
「マジックサークル・インフェルノ……遥か太古の魔法結界で、通常でしたら1時間ほど詠唱しての発動になるのですが、この子達はそれを詠唱無しで発動させるとは……一体何者?」
なるほど、かなりの術者もルタイ皇国には居ると言うことか。
ビートは、脅えている妻のアニーを尻目に、冷静に今起こっている事を分析し出したのであった。
「さぁ王女様、攻撃の合図を!」
「わ、解った」
そう言ったリリアナが、手を上げると、城壁の後方でザルツ王国の音楽隊が一斉に音楽を奏で出したのであった。
「じゃあ、行ってくるよ、姫さん頼む」
そう言ったママは、何を思ったのか、城壁の外で突然出来た魔方陣に混乱する、包囲軍に向かって、城壁から飛び降りたのであった。
「さあ、死にたい奴からかかって来な!」
そう言って、着地する瞬間にパンドラの重力制御で、フワリと敵のど真ん中に降り立ったママは、着地と同時に、周囲の敵を魔糸で斬り刻んで言ったのである。
敵兵がママに注目した頃、レンヌの城門がゆっくりと開かれ、そこにはクロエ率いる黒騎士団の8百名がいたのであった。
「全員突撃!」
そう言って弓矢を放ったクロエの号令で、8百名は一斉に場外の敵に斬り込み、その場は一瞬で敵か味方か解らぬほどの乱戦状態になったのである。
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その頃、レンヌの東門では、突如出来た魔方陣に混乱した包囲軍で、包囲軍の隊長らしき男が叫んで部隊の混乱を何とかしようと叫んでいたのであった。
「皆、落ち着け!敵の襲撃の可能性がある、警戒しろ!」
そう言ったその隊長の頭上を見上げた兵士が、口をパクパクさせて指を差した瞬間であった、その隊長の背後に突如リンが空から降って来たのである。
あまりの出来事に、他の兵士達の顔が真っ青になっているのもあってか、隊長がゆっくりと振り返ると、大きな漆黒の鎧を身にまとったリンがそこに立っていたのであった。
「こ、殺せ!」
隊長が恐怖を押し殺しながら叫ぶと、リンは無言で槍を1回転させ、周囲の兵士を薙ぎ払い、槍の穂先に居た者は身体を問答無用で真っ二つにされ、柄に当たった者はその身体を吹き飛ばされたのである。
その竜巻の様な、槍を使った攻撃に、兵士達は恐れて後退りしたのだが、後方の溶岩の川に熱気に当てられてか、自分達の置かれている状況を漸く悟ったのであった。
そう、ここは既に逃げ場もない処刑場である、そして今目の前にいるのは、只の処刑人で自分達はただ殺されるだけの存在なのだと。
そう思った人間はとても弱く、命乞いをやってもリンが止めるはずもなく、公開処刑が始まったのであった。
――――――――――――――――――
その頃西門では、同じく城壁から飛び降りた珠が、城門の周辺の兵士を一瞬で斬り殺し、残りの兵士と戦いながら叫んだのである。
「さぁ、二人とも大丈夫ですよ!」
その声を聞いた城門では、レンヌの兵士が佐平次達に声をかけたのであった。
「では、開けます」
「頼む、クリスティーナ様は、私の後方で私のサポートをお願いします」
「わ、解った……」
その言葉を聞いた兵士二人が城門を開けると、目の前に広がるのは一面の敵兵で、その中で戦う珠の姿であった。
クリスはその光景を見てか、中々足が前に出せずにいると、佐平次がソッと手を繋ぎ言ったのであった。
「大丈夫ですよ、貴女は私が守ります」
この状況では、それは無理だと城門を開けた兵士が思っていたのであったが、クリスはその言葉を信じてか佐平次に言ったのである。
「何が守るだ、私がお前を守ってやる。ほら、行くぞ!」
そう言ったクリスは、もしかすると死ぬかも知れない。だが佐平次と二人で死ぬのならそれも良いだろう。
そう思った、クリスはそのまま佐平次と二人で、珠が戦う戦場に赴きその乱戦に混ざって行ったのであった。
――――――――――――――――――
何れ程の敵を殺したのであろう、佐平次は最早何人殺したのか既に解らない戦場で、クリスと二人で戦って未だに、奇跡的に生き残っていたのであった。
この刀は凄い、何れ程斬っても刃こぼれ1つ無いなんて……それに、この鎧何度も斬りつけられても刃を通さぬこの強靭さ、兼平さんの弟子のカリシアさんって、鍛冶屋としてかなり優秀なんじゃ。
そんな事を考えながら佐平次が戦っていると、佐平次の左側の死角から敵兵の蹴りが飛んで来たのであったが、クリスがその足を瞬時に斬り落としたのである。
「佐平次、何をボーッとしておる!戦中だぞ!」
「すみません……しゃがんで!」
突然の佐平次の掛け声で、驚きはしたのだが、クリスが言われた通りにしゃがむと、佐平次がクリスの背後から斬りかかろうとした兵士に、刀を突き刺したのであった。
「す、すまない……」
「出来る限り城壁から離れないで下さい、城壁を背に戦っていれば、敵は攻撃しにくいし、攻撃されないので」
お前が言うなよ。そんな事を一瞬思ったクリスであったが、次々と沸いて出てくる様な敵兵に、疲労の色は隠せずにいたのである。
……日頃訓練されていたのか、クリスティーナ様は戦いでスムーズに動いて戦う事ができたが、やはりクリスティーナ様の体力が限界に近付いてきている、これはまずいかも……
そう思った佐平次の前に珠が飛び降りて来て、言ったのであった。
「何だかもう飽きました」
「え?そんな……姫様、敵はまだこんなにも残っているのですよ!」
「すみません、言葉足らずでしたね、刀だけで戦うのをって事です」
「じゃあ、どうやって戦うので?」
「何故、私が龍神と言われているかお見せしましょう」
そう言うと、死体や傷付いた兵士の傷口から、血液が浮かび上がり、兵士達の頭上に大きな血液のボールが出来だし、珠の両手にも同じ物が出来だしたのである。
「二人とも、私の後ろから離れないで下さいね……ブラッディ・ヘッジホッグ!」
珠がそう叫ぶと、兵士達の頭上のボールから無数の血液の刃が、兵士達にまるでガトリング砲の雨の様に降り注いだのであった。
「無詠唱でこれだけの魔法を!」
思わず驚いたクリスに珠が言ったのであった。
「クリスティーナ殿、これは魔法ではありません、私のスキルです……水分を自由に操れ、出せるスキルです。
さぁて、お次はこいつです!アポピス、お行きなさい!」
そう言った珠の両手にある、血液のボールから、二匹の大きな血液の大蛇が現れ、目の前の敵を飲み込んでいったのである。
空からは、無尽蔵に出てくるガトリング砲の雨の様な射撃に、地面からは大きな大蛇の攻撃、佐平次の目の前には、逃げ惑う兵士に容赦無く降り注ぐ血液の刃が、とても美しく見えたのであった。
「姫様、凄い……でも何で刀で戦っていたのですか?」
「それは、侍たる者は、本来はこの様な飛び道具は卑怯ですので、あまり使いません」
嘘つけ、さっき飽きたと言っていただろうが!
そんな事を考えながら、佐平次はこの美しくも地獄の様な光景を眺めていたのであった。
―――――――――――――――――――――
どうやら、お姉様の所が一番乗りですね、次はクロエ達でしょうか……リンは今は、只の追いかけっこになっていますね、人数が少なくなって来ては、逃げ惑う兵士に飛び道具の無いリンは辛いでしょう。
そう思いながらパンドラは、天眼でこの戦況を見ていたのであった。
「ロビン、リンの所が最早お遊びになっています、片付けて来なさい」
「御意」
そう言ってロビンがリンの救援に向かうと、ビートが不思議そうにパンドラに聞いてきたのであった。
「すまぬが、パンドラ殿」
「パンドラで良いですよ、ビートお祖父様」
「そ、そうか。ではパンドラ、先程からお前は、ボーッと空を見上げてばかりいるのに、何故戦場の事が解るのだ?」
「……ナイショですと言いたい所ですが、ビートお祖父様の頼みです、お教え致しましょう。
これは特殊スキルの天眼と言いまして、遥か上空から、この地上の何処でも見る事が出来ます。私はさきほどから、このレンヌの周囲を見て、戦場の全てを把握していたのですよ」
「その様なスキル……他にも有るのか?」
「……それは言えません、お父様に口止めされておりますので……ただ言えるのは、私が一番お父様のスキルを受け継いでいると言えますね」
最早そのパンドラの言葉だけで、ビートには十分であった、自分の娘達の夫は、この孫のパンドラと同等以上だと。
しかし先程言っていた、天眼と言う特殊スキルと、更には陛下が援軍を呼ばれた時に使用された通信兵……あの2つを駆使すれば、彼等にとって戦なんて、ただのゲームに過ぎない……まさに生まれながらの将軍ではないか。
それにあの召喚獣を従わせた力……金に困って娘達を売ったのが、思わぬ方向に転がった様だな。
そう言って不適な笑みをこぼしていたのであったが、ビートの後ろにいたアニーは複雑な思いでいたのであった。
さてと、そろそろ終わりですか。
パンドラのスキル天眼には、既に終わった珠達と、最後の兵士を射殺したリン達が見えていたのであったが、珠の反応が何やら、こちらに向かって来る様に感じられたのであった。
おや?……そう言う事ですか
そう思ったパンドラは、空を見ながらニヤリと笑みをこぼして、ビートに言ったのであった。
「ビートお祖父様、アニーお祖母様、もう少しで我が愚姉がここに参りますわよ……3・2・1」
パンドラがそう言うと珠が、下から城壁のパンドラ達がいる所までジャンプして、やって来たのであった。
「ちょっとパンドラ!」
「ほらね」
「何がほらねよ、あんたこれから先の父上の予定を教えなさい!」
「それは、軍事機密です……ってか、帰れよ」
「軍事機密?私にそんな言い訳が通用するとでも?」
やはり単純な愚姉、かかりましたね。
「……あら恐い……さすがお姉様、いつもの様に私を脅すのですね……そうですねいくらこんなにも暴力的な姉でも、姉は姉……そうそうお姉様、こちらにおられるのは、ビート・スターク様にアニー・スターク様で御座います。
勿論、セシルお母様とセシリーお母様のご両親、つまりは我々のお祖父様とお祖母様になります」
そう言ったパンドラは、まさに悪魔の様な笑みを浮かべていたのである。
は…謀られた……こんな姿を見られたら、今更猫を被っても、もう遅いじゃありませんか……パンドラの計略に乗るとは、一生の不覚。
そう思いながらも珠は、精一杯の笑顔で二人に挨拶をやったのであった。
「御初にお目にかかります、私は島 左近衛大将 清興が長女の珠と申します、只今訳あって父上と喧嘩中で御座いまして、大変お見苦しい所をお見せしました、申し訳御座いません」
「いや良いのだが……何だ親子喧嘩か?」
「そうですね……大変お見苦しい所をお見せいたしました」
「……訳を申してはくれんか?出来れば力になりたいのだが」
そうだ、良い事を考えました、お祖父様から言って頂けましたら、あの頑固頭も少しは柔らかくなるかも知れませんね、アイリスの母上に言われた様に言いますか。
「実は私は、ルタイ皇国の剣士に嫁いでおりましたのですが、そのお方が今生死の解らない行方不明と言った状況で御座いまして……別の男と結婚せよと言われたのです……酷くないですか?」
「それは……何とも言えないが、その剣士とは親の命令で結婚したのか?」
「違います、父上が長い間戦に行っている間に、恋愛し結婚して家を出ましたの」
こいつは、かなりのお転婆だぞ…さてどうするか、そうだ。
「それは、おそらくだが、当主として言わなくては、と思って言っただけであろう。ワシも恥ずかしながら、親としての最低の行為を、当主として決断せねばならなかった、今でも二人の娘に心の中で詫びておる。
珠の父上も今頃は、心の中で詫びておるだろう。次に会ったら自然と接すれば良いと思うぞ」
「男性の心は複雑なのですね……解りました、その様にしましょう」
「良かったですねお姉様、だから早く帰れ」
「……シャクですが帰ります、私をナッソー迄送りなさい愚妹」
「バスティ、この愚姉をナッソー迄送ってやなさい。我等はそろそろ進軍の準備をしましょうか」
そう言うと珠は、そのままナッソーに送ってもらい、パンドラ達は次なる目標のザルツ王国の東側の反乱貴族征伐の準備を進めたのであった。
セルゲンは、いつ姉妹喧嘩が始まるかと、ハラハラしていたのであったが、何とか無事に珠が帰り、安堵のタメ息を吐いていたのであった。




