レンヌ解放戦前夜
左近達が戻ってきた左近衛府では、今、幹部が集まりセシルとセシリーも踏まえて、緊急の会議が行われていた、議題はもちろんザルツ王国の貴族の反乱についてである。
「で、何が問題なのだ。同盟国とは言え所詮は他国の内乱ではないか?我等がでしゃばっては内政干渉になるであろう」
そう言ったのは、忠輝であったが左近は地図を広げて説明し出したのであった。
「弾正、これから説明する事をよく聞け。
ザルツ王国は、ちょうど我等がいるヴァルキア地方と、本国のルタイ皇国の間に位置する。
我等がセレニティ帝国に侵攻している今、ザルツ王国が反乱軍に占拠されてしまうと、我等が側面から攻撃される形になってしまう」
「それの何処が問題だ?本国から兵力を持ってくれば、よいではないか?」
こいつ本気で言っているのか?……もしかして、こいつ戦略的な事を全く解っていないんじゃ?
「では、その本国を攻められたらどうする?」
「兵力を本国に集結させれば良かろう」
「……話は変わるが、お前の弾正府軍は何処まで進軍している?」
「今は、リオストル城の城攻めの途中だが、それがどうした?」
おい、最初の城じゃねえか、しかも攻める必要の無い城だし……弾正め苦労してそうだな、こいつは絶対に配下の進言は聞かなさそうだしな。
「すまん、俺が聞いたのが間違いだった、忘れてくれ。
とりあえずは、セシリーに聞きたいのだが、フランド辺境伯の情報を教えてはくれないか?兵力や兵装や、フランド辺境伯の性格や得意の戦術等、何でも良い知ってる事を教えてくれ。
残りの貴族は、パンドラが何とかしてくれるだろう」
「そうですね、先ずはセレニティ帝国とザルツ王国の違いから御説明すると。
セレニティ帝国は、各貴族に兵力をある程度持たせていますが、殆どの兵士を管理しているのは、中央の軍司令部で御座います、その為に貴族もいれば将軍もいると言った体制となっているのです。
それに対して、ザルツ王国は貴族主体の軍となっており、国王が持っている兵力は、親衛騎士団と警備の兵士の数千人のみで、後は各貴族が兵士を管理しており、フランド辺境伯はその中でも最大の領地と兵力5万を有する大貴族で御座います。
職業は騎士と魔導師で、配下の兵装は盾を持った重歩兵が殆どで、騎馬は少ないですね」
「チョッと待ってくれ、騎士と魔導師ってのは、魔導剣士とは違うのか?何やら同じ様に思えるのだが」
「両者共に似ていますが、魔導剣士は、剣士が魔法を使える職業なのですが、その魔法は肉体強化等の、初歩的な魔法になり、それに加えた騎士の強さを持っている職業です。
それに対して、騎士と魔導師の組み合わせは、騎士の肉体的強さに、私達の様な強力な魔法攻撃ができる者と言った者になります」
そうか、やはり専門職で有る方が力は強いと言う事か、これは厄介な相手かも……あれ?確かクロエの職業に剣士と魔法使いと戦士があったぞ。
って事は、クロエはこのフランド辺境伯の様に、騎士系統と魔法使い系統の職業になれると言う事か。
クロエ……かなり優秀な奴だったんだな。
「では、今フランド辺境伯が占領している村から、推測すると何処を攻める選択肢が有る?」
「このフランド辺境伯が占領している街はラスベスの街と言いまして、ここからは、一旦南下してナッソーに攻め込めますし、西には断崖の街道を抜けてアルム砦が、北上して帝国領に入り西に行けば、ケイングストンに行けます、どちらにしてもアリムスの大河を渡らねばなりませんが。
残るは、王都レンヌの攻略ですね」
「なるほど……これは大河を挟んでの布陣が定石だな、清興」
確かに正成の言うとおり、大河を渡河するのを狙うのが定石だ……しかし、何かが足りない。
ここでフランド辺境伯に決定的なダメージを与えておきたいな……河か……そうだ!いけるかも!。
「だが、ここでフランド辺境伯を討ち取れないまでも、暫く動けない程に痛め付けておかなければ、ならないと俺は思う。
なので今回は、各軍団から3千の兵を王都レンヌに送って欲しい」
「良かろう」
「関白様がそうおっしゃるのなら……」
「清興よ、1万2千で大丈夫か?フランド辺境伯は、その兵力は5万だ、殆ど進軍して来れば、さすがに厳しいのでは?」
「確かに正成の言うとおりだが、今回は大陸の傭兵も雇うし、自然の力も利用する」
「……まさか?」
「そのまさかだ、ケイングストンの左近衛府軍団から、このアリムスの大河を塞き止めて、戦が始まりフランド辺境伯の軍が、渡河を始めたら決壊させて、綺麗さっぱり流してやる」
「なるほど、ではそれを目的にした策を考えねばな……出来るか?」
「あぁ任せておけ、問題はフランド辺境伯が何処を攻めるだが、王都レンヌの選択肢は無いだろう。
パンドラが他の貴族を滅ぼすと、フランド辺境伯はザルツ王国内部で孤立してしまう形になる、そこで王都レンヌを目指すよりは、セレニティ帝国を目指した方が、帝国と連携も取りやすいし、帝国からの援助も受け取れる。
そう考えるとナッソーも確率は低いな……残るはアルム砦かケイングストンになる……関白様の本隊はこのまま、レイクシティに布陣して下さい、敵の目標がケイングストンならばケイングストンに、アルム砦ならばアルム砦の援軍としてお願いします。
他の右近衛府、弾正府の両軍はこのまま帝都ナリヤを目指して進軍してくれ、左近衛府軍は暫くケイングストンに駐留して、備える」
「アルム砦はどうする?」
「パンドラ達が戻ってきたら、アルム砦に駐留させるよ。あの断崖の街道は大軍で進むには狭すぎるので、少数でも守りやすいからな。
それと関白様、私はこれから暫くナッソーにいる傭兵の募集や、ナッソーにいる負傷兵で動けそうな者を、レンヌに連れて行ったりするのでナッソーに暫くいる方が、何かと都合が良いかと思いますが」
「そうじゃの、パンドラが戻るまでの14日間なら問題ないじゃろ…ただし通信兵はいつも側に置いておけよ」
「承知しました」
そう言った左近は、3人に別れを告げて、ドレイヤー城でエリアスとアミリアを拾って、ナッソーに向かったのであった。
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ナッソーに向かった左近達は、先ずは傭兵の募集の為に、オヤジさんの店タックス・ヘブンに向かったのであった。
一行が店に入ると、そこは戦場の様に繁盛しており、言い方は悪いが本当にここは、オヤジさんの店なのかと疑う程であったのである。
「あ、いらっしゃいませ、只今満席で……あ、左近様!オヤジさんですか?今は、仕事中で手が放せないのすが、用件だけ伝えてきましょうか?」
「頼む、傭兵の依頼で来たと伝えてくれ」
左近がそう言った時であった、ざわつき、ばか騒ぎをやっていた店内がピタリと静まり、数人の男が立ち上がって言ったのである。
「旦那、良かったらこの席を使ってくれ!おい、イエッタさん、オヤジさんに仕事は良いからこっちに来てくれと伝えてくれ!」
「は、はい!」
コイツら全員が傭兵だったのか、まぁ顔付きからそんな感じだと思っていたのだが。
左近がそう思っているとアミリアが左近に耳打ちしてきたのであった。
「なぁ、この全員が傭兵なのか?」
「どうやらその様だ、普段は大工やら、盗賊やらが多いのだがな。取り敢えず座るとしよう」
そう言った左近が席に座ると、そこを中心に大きな人垣の輪が出来ていたのであった。
そういや最近は、傭兵の活躍は、ナッソーでの聖龍騎士団との戦いから、無かったから、皆仕事が欲しいのかな?
左近がそう思っていると、人混みを掻き分けて、オヤジさんが大きな辞典の様な本と、書類を持ちながらやって来たのであった。
「チョッと、通してくれ……道開けろって言ってるだろ、バカ野郎!」
そんな怒鳴り声をあげながら、オヤジさんが左近の前に座ると言ったのである。
「いよう左近、今日は傭兵の依頼と聞いたが、個人的な依頼か?それともルタイ皇国の依頼か?」
「そうだな、ルタイ皇国とザルツ王国の依頼だ」
「……どうする、場所を変えるか?」
なるほど、軍事機密の関係でか……しかし、大丈夫だろう皆仕事が欲しい様だしな。
「大丈夫だ、機密にする程じゃ無いだろうしな」
「そうかではここでだな、先ずは2か国の傭兵と言っていたが、依頼の代表者は誰だ?因みにそいつが傭兵の賃金の全責任を保証する事になるので、ある程度の地位の者になる」
「ならば俺がなろう、ルタイ皇国の左近衛大将ならば文句はあるまい」
「ルタイ皇国の軍のトップ左近衛大将ならば十分過ぎるだろう。では部隊単位か個人単位の依頼か?報酬額と集合地点と日数は?」
確か平均の賃金は100シリングだったはずだよな。
「個人単位だ、1日150シリングで、兵糧はこちら持ち。集合地点はザルツ王国の王都レンヌ、日数は未定だ。
目的は、反乱軍のフランド辺境伯の討伐、野戦の後に攻城戦に移行する可能性も有るので、なんとも言えん」
「なるほど……それは大丈夫だが、攻城戦の時は略奪は有りか?」
傭兵の収入って少ないからなぁ……攻城戦の時は、ルタイ皇国が関わらなければ大丈夫だろう。
「攻城戦は、ルタイ皇国は関わらない可能性も有るから、有りで良いだろう」
「では最後に、個人単位と言っていたが、部隊の責任者と人数の上限は?」
この最後のオヤジさんの言葉に、回りの傭兵達は静かに息を呑んで注目したのであった。
それもその筈、平均報酬額の5割増しの報酬に、食料は依頼主側が負担、更にはあのルタイ皇国の依頼である、勝ち戦は目に見えており、こんなにも美味しい話は無いのだが、人数制限が有るとそれは早い者勝ちになってしまう、その為に傭兵達は左近の言葉に注目したのであった。
「人数制限か……無しで頼むよ」
左近がそう言った瞬間に店内は歓喜の渦に包まれて、一気に騒がしくなったのであった。
『よっしゃ!』
「旦那!それで部隊の責任者は誰ですかい?」
「バカ野郎、エリアスの旦那に決まってるだろ?」
「そうか?最近はママが戦場に戻ったって話も有るから、ママの可能性も有るぞ」
「俺はラナちゃんが良いなぁ……」
「……テメエら、まだ商談中だ!静かにしやがれ!人数制限が無いと言ってるだろうが!……すまんな左近よ」
そう言って、テーブルを叩いて叫んだオヤジさんは、左近に謝罪したのであった。
「かまわんさ、皆の気持ちも解るしな。部隊の責任者はここにいる、アミリア・マクレガーだ」
その左近の言葉に、店内が一気にざわついたのである。
「はぁ?私は何も聞いてませんよ」
「そりゃそうだ、今思い付いたから」
「あんた、思い付きで人選なんて……エリス?」
そのアミリアの言葉を遮るように、エリアスがアミリアの前に手を出して止めたのであった。
「御館様は、使える者しか手元に置かない主義の人だ、その御館様がお前を指名したと言う事は、それ程の能力が有ると言う事になる。期待を裏切るな、御館様の策は常に全力でなければ応えられんぞ」
「あぁ解ったよ、でも左近衛大将殿、私の配下も参加させてもらう良いね?」
「かまわんよ」
そう言って左近が笑みを溢して言うと、一人の傭兵が左近に質問してきたのであった。
「すみません、話の途中で申し訳ないのですが。旦那、アミリア・マクレガーってもしかして……」
「正解だ、あの魔女騎士団のアミリア・マクレガー団長だよ。配下の者は魔女騎士団の騎士の事だ」
「お、おいマジかよ……」
「鬼の左近が率いるあの伝説のルタイ皇国武士団に、帝国最強の剣士のエリアス・ノイマン、そして雷帝のアミリア・マクレガー団長。
しかもママも行っているだろうから、伝説の女傭兵、魔糸使いソニア・ヴィシュク……こんな部隊に誰が敵うかよ」
「ああ、こんなの一国でも簡単に滅ぼしちまうだろうよ」
すげえな、やっぱりママって有名人だったんだ、ついでにパンドラと珠の宣伝もやってやるか、二人に憧れて十字軍に入る者が増えればありがたい事だしな。
「それに今回は、俺の娘の珠とパンドラも出るから、皆巻き添えにならない様に気を付けろよ」
その言葉に、周囲の者はキョトンとしていたのだが、その中で一人だけが大声を上げて驚いたのであった。
「あー!思い出した!あのセレニティ帝国8万をたったの二人で壊滅させた姉妹だ!しかもその後でリイツ城で姉妹喧嘩をやって城の半分を半壊させた姉妹だ!」
「マジかよ!どんな化け物何だよ」
「確か俺は1度だけロンデリックの店で見た事が有るのだが、二人とも凄い美人だぞ」
「マジかよ!」
何だか俺が誉められている様で鼻が高いぞ、良いぞもっと誉めろ愚民共よ。
「でもそんなに美人の娘って本当に旦那の娘か?」
カチン!
「そもそも、旦那の娘って事は、容姿は端麗でも性格に難が有るのじゃ……」
カチン!
「そうだろうな、俺の聞いた話じゃ、リイツ城で自分をバカにした兵士5人を、命乞いさせた挙げ句に殺したって聞いたぞ」
ま、マジかよ……あの二人、陰で何をやっとるんじゃい。
「あー、でもそれを聞いたら旦那の娘って思うわぁ」
ブチ!
「旦那の性格そのままって感じだものな、ハハハ」
ブチン!
「テメエら好き放題に言いやがって!今言った奴、ブチ殺してやる!出てこいコラ!」
「もう旦那様!そんな事をするから言われるのです!もう少し大人になってください!」
「……すみません」
「解ったらほら契約書にサインする!」
「はい……」
左近はまるで怒られた子供の様にシュンとして、大人しくオヤジさんの出した書類にサインをしたのだが、その様子を見ていたアミリアは、何やら楽しそうにその光景を見ていたのであった。
「さっきから何やら楽しそうだな、アミリア」
「そりゃ楽しいさ、あの左近衛大将がアイリの尻に敷かれているんだぜ、左近衛大将って言ったら、帝国で言う最高司令官だろ?そんな人が、自分の妻に頭が上がらないなんて、とんだ弱点だよ」
「因みに御館様は、アイリスだけじゃ無くて、女性陣には全く頭が上がらないんだよ」
「本当か?」
「本当さ。それに俺のあの姿を見ても一切軽蔑しなかったし、官位とかは一応在るが、あの人には全てが平等なんだよ」
「そういや、あの左近衛府に居た女性って魔族の様だったし……でも魔王って言ってたけど……いやまさかな」
「あれ、一応本物だぞ、ガルド神魔国のフレイア魔王陛下だ……どうする?人類の敵だぞ」
「どうもこうも、あの大将は相手がお前のあの姿を見ても、軽蔑も何も無かったんだろ?じゃあ魔王も何とも思わず普通に接するだろうよ、あの大将は……アイリ、良い男と結婚したな」
「あぁ、本当にそう思うよ、ノイマン家にとっても最高の男だ……お、どうやら終わった様だな」
エリアスの言った先には、サインを終えて早速アイリスに引っ張られて出ていく左近の姿があったのであった。
その後で、オヤジさんの所には、左近の出した傭兵の依頼に傭兵達が殺到したのは言うまでもなかったのである。
「それで、この後は何処に行かれるのですか?」
アイリス…まだ声が怒ってる……何とか後でフォローしておくか。
「これから兼平の所で、朱槍の穂の形を変えて貰おうかと思っている」
「穂?」
「槍の先端の刃の事だよ、俺の朱槍は素槍と言って両側に何も付いていない、普通の槍だ。この先の部分の両側か片側にもう1つ刃を付けて貰おうかと思ってな。
それと今日は、佐平次達と宴会でもしようか……アイリス、先に戻って準備を頼む」
そう言って、左近達は兼平の工房に向かったのであった。
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「すまない、兼平はいるか?」
「ハイハイ、どちら様で……おお、御館様でしたか。おやそちらの女性は初めて見る御方ですね」
そう言って入ってきた左近達が、兼平の工房に入ると、中から仕事中であったのか、汗まみれの兼平が出てきたのであった。
「こいつはアミリア・マクレガーと言って最近十字軍に入った者だ。
アミリア、こいつは兼平と言って、十字軍専属の鍛治屋で有りながら大工も出来る万能な奴だ、武器が欲しかったら、兼平に言えば何でも作ってくれる」
「黒いドワーフって初めて見た……宜しく」
「はい、宜しく。私はルタイ皇国のドワーフなので、こちらでは珍しい様ですね、私から見れば他のドワーフの方が珍しいのですが。
所で御館様、今日はどの様な御用件で?」
「あぁそうだった、こいつの穂を十文字槍か片鎌槍に変える事は出来るか?」
そう言って左近が朱槍を取り出して兼平に渡すと、兼平は朱槍を持ってじっくりと見て言い出したのであった。
「御館様、この朱槍は伝説級の槍でスキルが2つも付いていますね……魔力吸収と必中が。
修復だけなら、このスキルを変えずに修復は出来ますが、形状を変えると、このスキルがどうなるか解りませんよ」
「と、言うと?」
「これはあくまでも、私の経験で解った事なのですが、武具のスキルと言うのは、材質と形状でその武具のスキルが決まるのです。
なので同じ様に材質で、寸分違わぬ形状でしたら、同じスキルでの武具が作れると言う事です……その形状を変えるとなると、最悪スキルが全く無い只の槍になる恐れが有るのです」
まいったな……でも形状を変えないと、槍兵のスキルが全くの無駄になってしまうし、かと言って必中が無くなるのは痛いしな、どうするか。
左近がそう考えていると、エリアスが左近に質問してきたのである。
「御館様、どうして槍の形状を変えたいのですか?」
「実は槍兵のスキルを、1度試してみたのだが、どうもこの穂では、そのスキルが、発動しても意味が無く、さっき言った二種類の槍の形だと、無類の強さを発揮すると思ったからだ」
そう、あの引落しのスキル、あの槍の動きは昔見た事がある、同じ大和の国の宝蔵院流槍術……しかしあの槍術は、十文字槍か片鎌槍の槍術だ。
引落しの技も確か、宝蔵院流槍術にあったはず、ならばこの槍兵系の職業を育てれば、宝蔵院流槍術の技を会得出来る可能性が有る。
「槍兵のスキル……帝国では全くの無駄なスキルだと、思われていたのですが、まさか槍の形状が関係していたとは……」
何?そう言えば、帝国軍や他の軍の兵装は剣が多く槍は少なかった……まさか?。
「義父殿、帝国では槍はあまり普及していなかったのですか?」
「そうですね、確かに槍はリーチも長く有効なのですが、それはスキルを考えない場合で、多くの者は槍兵になっても、スキルが全く意味をなさない物だったので、皆はスキルの多彩な剣を好むのです」
なるほどな、乱戦ではスキルのあった方が、生き残る確率は高くなる、他の者達が剣を選ぶのも解る気がする……あれ?ボル達リザードマンって皆が槍兵だったはず。
そうか、あいつら皮膚の鱗で守られて異常に硬いから、普通の攻撃は効かないので、スキルを考えずに突っ込めるんだ……どんな脳筋集団だよ。
そうだ、他に槍は無いのかな?
「兼平、他に十文字槍とかは置いてないのか?」
「有りますけど、全てスキル無しですよ。御館様レベルの槍は、ルタイ皇国本国でも有るかどうか……」
「となると……よし!お前に全て任せるよ、スキルが無くなっても文句は言わん」
「えー!……本当に怒りませんか?」
「怒らんさ、形状は十文字槍で頼むよ」
「では、これで十文字槍だと、1度溶かして打ち直すにしても、素材の量が足りませんので、ダッチさんの所で、横流し品のミスリルとオリハルコンを混ぜて作ってみましょう。
期限はどれ程で?」
おい待て、今、兼平の奴、サラッと横流し品って言ってなかったか?ダッチの奴、いつか弾正府の摘発を食らうぞ……俺は何も聞いていないし、気付かなかった、よしこれで行こう。
「14日以内で出来るか?」
「素材が在れば5日もあれば出来ますので大丈夫です」
「そうか、それとさっきから気になっていたのだが、他に誰かいるのか?奥から刀を打つ音が聞こえるのだが」
「あぁそうだ言うのを忘れていた、私にも同じドワーフの弟子が出来たのですよ。カリシア、チョッとこっちに来なさい!」
「はぁい」
そう言ってダルそうに出てきたのは、何とドワーフの女の子であった。
よ、幼女だと!ドワーフの女の子って髭が生えていないのか……いやしかし……幼女万歳!
「一体何スか?せっかく調子に乗っていたのに……誰ッスかこの人間は?」
「このお方は、島 左近衛大将 清興様と言いまして、我等の御館様で、この工房の主です」
「あぁ、あんたが左近衛大将様ッスね、自分はカリシア・ラインバッハで兼平さんの弟子ッス」
「ラ…ラインバッハだと?」
ん?義父殿の知り合いか?あれ、アミリアも皆が驚いている?何でだろう。
「義父殿、お知り合いですか?」
「お知り合いも何も、ラインバッハ公と言えば、遥か西のドワーフの国、ドワルバフ王国国王の名前がフランク・ラインバッハ。
ドワルバフ王国の武具はとても良い武具で人気があり、その中でも国王のラインバッハ公自ら製作された武具は、名実共に最高級の武具であります。
そのラインバッハ公の御息女の名前が確か、カリシア・ラインバッハ……どうして王女様がこんな所に?」
「あぁその事ッスか?親父の製作する武具って、名ばかりで全然勉強にならなくて、その事で喧嘩して只今絶賛家出中ッス!
んで、東に向かってたら、ここにルタイ皇国の人達が居るって聞いて……来ちゃった」
そう言ったカリシアは、まるで押し掛け女房の様に頬を赤めて言ったのである。
「来ちゃったじゃねえよ!てか王女様が家出なんかするんじゃねえよ!」
「しょうがないじゃないッスか!だって師匠とは、深い絆で結ばれているッスよ!」
『え?』
その言葉を聞いたその場全員の疑惑の視線が、兼平に集まったのであった。
「ご、誤解で御座います!私は皆様が思っている事は一切やっておりません!」
「え~、でも昨日の夜に師匠の布団に潜り込んだら、「今度な、今度!」って言ってたから、今晩にでも結ばれるって意味ッショ?」
「御館様ぁ~」
兼平の奴は断れない性格だから、ああ言うしか無かったのだろう……いつも俺も、そこにつけ込んでいるから解る。
仕方がない、助け船を出すか。
「カリシアよ、すまんがこれから兼平は、俺の朱槍を打ち直す事になっているので、そんな暇が無いかもしれんぞ」
「そ、そうですよ、御館様の為に精魂込めてやらねばならないので、その様な暇は無いのです」
「え~……御館様、怨むッスよ」
何で俺が怨まれるんだよ……でもこの場合仕方がないっちゃ、仕方がないか。
所でさっきカリシアの奴は、何か作ってなかったか?
「そう言えばお前、さっき何か作って無かったか?」
「師匠から、言葉で言われては身には付かない、自分なりに工夫して取り敢えず色々と作れ、と言われているので作っていたッスよ。
でもまだまだ師匠の域には辿り着けねえッス」
もっともらしい様に聞こえるが、兼平が近くに寄って欲しく無いだけだろう。後で佐平次にでもカリシアが作った武具をくれてやるか。
「なぁ、その作った武具を俺の配下の者にくれてやっては、くれないか?」
「良いッスよ。でも師匠の物に比べると、かなり見劣りするッスよ?」
「大丈夫だ。じゃあ兼平も頼むよ」
そう言った左近は兼平の所を出て、アミリアと佐平次の所に向かったのであった。
――――――――――――――――――――――――
ここは左近達が経営する温泉宿。
何棟もの小さな屋敷が建っており、その一つ一つに露天風呂が付いている、まさに高級な温泉別荘と言う感じになっており、客がいる宿は、夕刻から左近が考えた竹で作った灯篭が無数に並び、夜に彩りをなす美しく幻想的な光景を演出していたのである。
「しかし、ここはまさに天国だな、こんなにも美しい光景は見た事が無いよ」
浴衣姿で外を眺めていたクリスが、その幻想的な光景を見て思わず呟いたのであった。
「そうッスね……」
「所で、この浴衣ってのは、なかなか着心地が良い物だな」
「そうッスね……」
「佐平次お前、さっきから「そうッスね……」ばかりで、こっちを全く見ないじゃ無いか……そんなに魅力が無いか?
それにお前、ここに来てから何か変だぞ」
変も何も、左近衛大将様があんな事を言わなきゃ、意識しなかったのに……恨みますぜ。
「なぁ佐平次、聞いているのか?」
そう言ったクリスが佐平次の顔を覗き込んだのである。
いや、クリスティーナさん顔が近いッス!マジ近いッス!マジ可愛いッス!
「どうした?佐平次、顔が赤いぞ」
「い、いや、自分は経験が無いので……」
「ば、馬鹿者、私も経験は無い……じゃ無くて、何を言っている、まさか私を……」
「い、いやそんな事無いです、そんな気は全く無いです」
「やはり……私はそんなに魅力の無い女か?」
「いや、クリスティーナさんは魅力的過ぎて俺なんて、とても手が出せない高嶺の華なんですよ」
「馬鹿者、お前は何でいつも自分に自信が無いのだ?私はお前ほど誇り高い者は、いないと思っている。
もっと自分に自信を持て、わ……私はお前が望めばいつでも……」
「……」
「……」
夕暮れの竹の灯篭が灯す柔らかい光の中で、二人は自然と寄り添い、口づけを交わそうとした時であった、その自然な空気をかき消す様に、部屋の襖の向こうから、仲居の女性の声が聞こえたのであった。
「お客様、お客様に……あ、すみません!お待ち下さい!」
「ああ、良いって、良いって。よう佐平次、生きているか!」
そう言ってスパーンと勢いよく襖を開けて登場したのは、左近であった。
「……何だお前ら喧嘩中か?」
そう言った左近の目の前には、既に離れてお互いに背を向ける二人の姿であったが、左近は何かに気がついたのであった。
何だ?ん?ジャリの浴衣が僅かに乱れている……これはアニメでよくある、お約束のパターンで、俺が邪魔したと言う事か!何たる事か、一生の不覚!すまぬ佐平次よ、これでは男として生殺しではないか。
そう思った左近は、佐平次に近付き膝を付いて謝ったのである。
「すまん、佐平次お前を男にしてやれなくて……一生の不覚だ」
「はぁ?何を言っているんですか?」
「そ、そうですよ!何も無かったのですから、左近衛大将殿が謝る必要は無いでしょう!」
「いや、俺には解る、すまん佐平次にジャリよ……この通りだ許してくれ、俺は暫く外に行くからゆっくりと再開してくれ。
終わったらまた呼んでくれれば良いから」
「いや、そんな事言われても出来ねぇし」
「そうですよ、そんなに簡単に出来る訳、無いじゃないですか!」
二人が左近に言った時であった、二人がこの状況で一番聞きたくない声がして、その人物がやって来たのであった、そうアミリアである。
「何を再開するのか聞きたいものだな」
「……!」
「……!」
思わず絶句する二人を尻目に、アミリアはそのまま部屋に入り、それ以上何も言わずにドカッと座ったのである。
……ヤバいこの、エッチ途中の学生カップルが、彼女の父親に現場を見られた様な重い空気、俺は苦手だ……気まず過ぎる……逃げ出したい。
そんな左近の願いが届いたのか、この重力が数十倍になった様な部屋に、エリアスがやって来たのであった。
「御館様、アイリスが準備が出来たと……ん?どうされました?」
ナイス義父殿、これで何とかうやむやに出来る。
「い、いや何でもない、さあ皆今日は我が家で、ささやかだが宴の用意をした、佐平次よ来るよな?」
「……行きますが、その前に……左近衛大将様、何でこいつが居るのかお聞かせ頂きたい」
まぁ気には、なるわな……どう説明するかだな……よしシンプルに纏めるか。
「アミリアは、我等に降った、以上!」
「んなので解る訳無いでしょう!」
ですよねぇ……でも意外とめんどくさいのだよな。
そんな、無責任な事を考えていた左近にアミリアが救いの手を出したのである。
「大将、私から言ってやるよ……」
そう言ってアミリアは、佐平次とクリスの二人に、聖導騎士団を罠にはめて、アイリスを自分の物にしようとした事、クリスをどうしようとしていたか、そして自らの父親である皇帝を殺害し、自らその玉座に座り、メイドや魔女騎士団の無実で捕まえた者を、火炙りにして虐殺した事を伝えたのであった。
「ルイが……」
事情を聞いたクリスは、そこから先の言葉が出てこなかったのである。
「で、佐平次だったな……改めて言おう、アミリア・マクレガーだ」
「……浅田 佐平次 長宗であります」
「名前の間に……佐平次とは官位だったのか?」
「違いますよ、通称です。ルタイ皇国では、仲の良い者や上役の者は通称で呼ぶ風習があるのです、まぁ通称が無い者もおりますが」
「そうだったのか……で、どうする?あの時の怨みをここで晴らすか?」
「……止めておきます、ルタイ皇国の侍たる者、戦場での借りは戦場で返させて頂く。だから我等を裏切れば、私が真っ先にその首を頂きに参ります」
ほう、こいつは大物になるかもな。
普通はその事を解ってはいても、なかなか怒りを抑えることは出来ないものだ、あの左少将がそうであった様に……しかも兵卒なら特にだ。
これをこの歳で既に出来ると言う事は、やはりこいつには、才覚がある。
しかし、こいつに今足りないのは、その武功だな……パンドラの所に放りこむか、こいつなら生き残るだろう……多分。
そんな良からぬ事を考えていた左近を尻目に、エリアスが佐平次の心意気に思わず言ったのであった。
「素晴らしい!流石は御館様が目にかける程の男だ、その心意気、まさに騎士以上の心構えである!」
「あ、ありがとう御座います……左大将様、俺って誉められているので?」
「多分誉められているのであろう。それはそうと、今日は我が家で宴だ、もう準備は出来ているからもう行くぞ。
ほら、ジャリお前もだ、その浴衣姿で良いから来い」
「解りました」
「だからジャリじゃ無いって……」
そう言って渋々だが、二人は左近の邸宅に向かったのであった。
その夜、左近の邸宅で、夏なのに盛大な鍋パーティーが催され、左近の奥方達に珠、そしてエリアスに佐平次とアミリア、クリスが居たのだが、何故かエルマとミラもいたのであった。
「さて……そろそろ佐平次よ、ライリーの事を話してはくれんか?」
皆が鍋を食べ終わり、晩酌をしていたエリアスが不意に呟いたのであった。
「そうですか、あの人は本懐を遂げたのですか……」
酒を飲みながら全てを悟った佐平次が言うと、クリスはその時ライリーがどうなったのか悟り、涙を流したのであった。
「あぁ……ライの奴は俺の腕の中で旅立って言ったよ。その中で最後の言葉で、全てお前に聞けと言っていたよ」
「そうですか……あの人は、友の為に自分は死なねばならんと言われておりました……」
「詳しく話してはくれんか?」
エリアスに言われて、佐平次はライリーの遺言を皆に話し、何の為に死んでいったのかをエリアス達に話し出したのであった。
それを聞いた、エリアスとアミリアは思わず涙し、他の者はライリーの想いに深い感銘を受けていると、珠が静かに左近に言ったのである。
「まさに義将……父上も惜しい者を配下にし損ねましたね……」
「そうだな……あの男は本当に欲しかった。しかし、こんなにも暗くなっては、あのライリーは喜ばんだろう」
「そりゃそうだ。大将、何か明るい話は無いか?」
まぁアミリアの言いたい事も解るな……そうだ、佐平次にあの事を伝えておくか。
「そうだな、佐平次よ身体の方はどうだ?戦には出れそうか?」
「ええ、ここの温泉はすごいッスよ、もう傷は殆ど治っていつでも復帰出来ますよ」
「んじゃ明日から、お前パンドラの部隊に入れ、お前に出世街道を走らせてやる」
「早っ!って何で俺なんかを?」
「お前は、口がなっちゃいないが、筋は良い。それにお前が、何処まで来るか見てみたいんだよ……お前も早く所帯を持つために、何かと急がねばならんだろ?」
「は?……いや、何言っているんですか!」
「それと、俺からの今回の褒美だ、兼平の所にいるカリシアって弟子の作った武具なら、好きに持っていけ」
「ありがとう御座います!もしや戦は近いのですか?」
「ああ、明日だ」
「え?」
「だから明日、王都レンヌを包囲している部隊に攻撃する。敵は二千でこちらは八百だ、そこで武功を上げれば出世も早いぞ。
そうだ、ジャリも付いていきたかったら行って良いぞ」
そう言った左近は、酒を一口飲んで、悪魔の様に笑みを溢したのであった。
だ、騙された!こんなの死ぬかも知れねぇじゃねえかよ……そうかい、上等だよ、絶対に生き残ってやるよ。
心を決めた佐平次を見て左近は、ニヤリと笑い言ったのである。
「……どうやら、腹ぁ据えた様だな」
「どうやらその様で……でも、ただでは死にませんよ」
「いい顔だ……ジャリはどうする?」
「クリスティーナ様は、このままここでお待ち下さい」
「私も行くぞ……その左目、見えていないのだろ?私がお前の左目になってやる」
「そんな!危険で御座います!私が行くのは地獄で御座います、死ぬかも知れないのですよ!」
「だからこそだ!一緒に行くぞ」
これは、放っておけば勝手に付いて行くな……仕方がない。
「諦めろ佐平次……アミリアも良いな?」
「仕方がない。佐平次、娘に何かあれば殺すからな」
「決まったな……泉龍寺の勇者の奴に言って、レイクシティに飛び、そこから今左近衛府軍が駐屯しているケイングストンに行け、そこに今晩ならパンドラがいるはずだ」
「不本意ですが、解りました」
まぁこれで生き残れば、こいつを昇進させても、文句は出ないだろう……生き残ればの話だが。
そうだ、エルマも居る事だし、例の件も頼んでおくか。
「そうだ、戦が終わったら、セシルとセシリーとの結婚式をやりたいのだが、エルマ、ウエディングドレスを作ってくれないか?」
「え~、あのアイリスっちとラナっちの結婚式で着てたやつぅ?良いけど」
「そうだ、あの純白のドレスを頼むよ」
「……旦那様、そこまでしなくても」
「そうですよ、二人の奥様に申し訳ないですよ!」
「だ、そうだが、アイリスお前の気持ちは?」
「寧ろ、島の家に相応しいほどに盛大にしましょう」
「ラナ、お前は?」
「もちろん皆、呼んで楽しくやるでしょ?」
この二人ならそう言うと思っていた。
「だ、そうだ。なので一生に一度のイベントだ楽しもうじゃないか」
「……皆様、ありがとう」
「本当にありがとう御座います」
そう言った二人は涙を流して、頭を下げたのであった。
そうか……二人共、奴隷になった時点で、こんな結婚式なんて出来るなんて、思っても無かったんだ。そりゃ感動するわな。
そう左近も思わず涙しようかと言う時に、珠があの時の結婚式を思い出して言ったのである。
「あの時のお二人のお姿は、とても美しく素敵でした…私も着てみたいと思いましたもの」
「……ならば相手を見つけないとな」
「あら、私には兵庫助様がおりますので」
「だから、この世に生きているのか、解らんじゃないか」
「……生きていますよ」
「そもそも俺は認めていないからな!何でよりにもよって、兵庫助なんだよ……」
その親子喧嘩の様子を見て、アミリアがエリアスに小声で聞いたのであった。
「何だか複雑な話の様だな?」
「何でも、御館様の娘の珠様は、ルタイ皇国の有名な剣士に嫁がれたらしいのだが、ただ、結婚したのが、御館様が戦に長い間行かれている間に、勝手に結婚した様だ。
しかも23歳の歳の差で、御館様が紹介した武将の所を、意見が合わないからと言って、そこの将を殺して即日辞めた剣士だそうだ」
「そりゃ、あの大将でもキレるわな……でも姫様は、まだ惚れている様だね」
「それがこの話のややこしい所で、その剣士が姿を消して、未だに生死不明の様で、珠様が戻って来たと言う話だ」
もちろんこれは、左近や珠の重大な前世の所を隠したアイリスの巧妙な作り話で、真実が殆どの為に誰もその事に気が付かなかったのである。
「そりゃ、大将が父親としてガツンと言ってやればすむ話じゃない?」
「あの珠様ともう一人の姫様には、俺はもちろんだが誰も勝てんよ。例え魔王が相手でもな……」
「もしかして、傭兵達が言ってた様に、帝国8万もの軍勢が、たったの2人の女に負けたって言うのも本当なのか?その二人の内の一人があの姫様?」
「ああそうだ。実は俺も最近剣術を教えてもらっていてな、いやぁ俺があの姿になっても勝てないわ、強すぎる」
「マジかよ……」
そうアミリアが驚いた時は、既に二人の親子喧嘩が最高潮を迎えたときであった。
「いい加減にしてください!兵庫助様は父上が思っている様な御方ではありません!」
「だから、この世にいるかどうか解らない奴を想い続けるより、もっと自分の幸せを考えて、他の男に目を向けろと言っているのだ俺は!」
「私は、こんな綺麗な母上達がおられるのに、他の女にうつつを抜かす父上の様な、軽い女ではありません!出ていきます!」
「おう、何処へでも行きやがれ!」
左近がそう言うと、珠は目に涙を溜めて立ち上がり、そのまま出て行ったのである。
全く、好きな事を言いやがって……俺が何れ程心配しているのか解らずに……ん?何の音だ?
左近がそう思っていると、何やら陶器にヒビの入った音がしたのであった。
あれ?義父殿、顔が真っ青だ……ジャリも?……まさか!
その左近の予想は当たっていたのであった。左近の視界の隅に映る、アイリスの持っている湯飲みにヒビが入りカタカタと震えていたのである。
これはヤバい……殺気が出ている……そうだ、珠を追い掛けるふりで出て行って、和尚の所にでも避難しよう。
そう思った左近が、立ち上がろうとした瞬間、左近は膝を無言のラナに、物凄い力で押さえ付けられて、完全に脱出不可能な状況になったのであった。
その状況下で、他の者は危険を察知したのか、佐平次の言葉を皮切りに、逃走を図ったのである。
「そうだ俺、そろそろ兼平さんの所に行って、パンドラの姫様の所に行きます、本日は私の為に有り難う御座いました。
ではクリスティーナ様、行きましょうか?」
「そ、そうだな……では、失礼します」
「アミリー、これから二人で飲み直さないか?」
「ああ……そうだな」
「ミラ、今日は左近ちゃんの所じゃ無くてぇ、私の家にぃお泊まりしょうかぁ?」
「本当に?行く!行く!」
こ、こら!皆、逃げるんじゃねえよ!俺が死ぬだろうが!
左近の願いは、届くはずも無く他の者が避難し、5人だけになったその囲炉裏の間で、アイリス達が殺気を放ちながら左近に言ったのであった。
「旦那様ぁ、先程の珠様の言われていた事は何でしょうか?」
「正直に話してくれるよね?じゃないと痛い思いする事になるよ」
「……お小遣いは、もちろんカットは、基本だよね」
「ダメだよお姉ちゃん、ちゃんと有り金全部も巻き上げないと。話はそこから」
その夜、左近は四人に対して、有り金も全て没収されて、再び裸で土下座をさせられ、説教された挙げ句に、ヒートアップしたアイリスに顔を引っ掻かれて、生き地獄と言うのを味わったのであった。




