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Another Life もう1つの人生  作者: くろべぇ
第二章 帝国動乱編
51/464

ナッソー防空戦

 関白がナッソーにやって来て数日後、帝都ナリヤにルイスが無事に帰還したとの報せが走ったのであった。

 ルイスは宮殿に帰還するなり、机の上の書類を叩き捨てて、物を投げ怒り狂っていたのである。


 絶対に許さんぞ、何だあのデタラメな強さは、確か左近の娘と言っていたな……彼奴も絶対に殺してやる。

「誰かいるか!」


「はい殿下何でございましょう?」

 そう言って入ってきたのは一人の兵士であった。


「聖龍騎士団と魔女騎士団(ナイトウィッチーズ)を今すぐ呼び戻せ!」


「恐れながら、魔女騎士団(ナイトウィッチーズ)とは連絡は取れますが、聖龍騎士団は本日ナッソーに突入の為に連絡が取れません」


「いいから何とかしろ!それとザルツ王国の我等の息がかかっている者、全てに反乱をする様に連絡しろ!解ったか!」


「は、はい!」

 そう言って出ていく兵士の背中を見詰めて、ルイスは不適な笑みを溢したのであった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 とうとう来たか!

 聖龍騎士団をスキルの天眼で監視していた左近が、聖龍騎士団の動きに気がついたのであった。


「義父殿、とうとう動きました、聖龍騎士団です」


「やはりナッソーで?」


「ええ、しかもこれは二手に別れて北と南から、挟撃するようですね」


「……御館様、私も行っても宜しいでしょうか?せめて団長のバスクは、私の手で……」


「出来ますか?」


「……はい」

 何かを思い詰めた様な顔で、エリアスは行ったのであった。


「では頼みます」

 そう言って左近は、エリアスに理由を聞かず、それ以上何も言わずに託したのであった。


 エリアスもそれは左近の優しさだと感じ、深く一礼し退出しようとした時であった、アイリスがエリアスを呼び止めたのであった。

「父上、ナッソーの兼平に、旦那様から頂いた村正を修理して頂いています。もう出来ているでしょうから、その刀を私と旦那様と思ってお使いください」


「……解った、アイリス代わりにと言っては何だが、このレイピアをやろう」


「解りました、御武運を」

 アイリスがそう言うとエリアスは、アイリスに一礼してその場からナッソーに向けて、出ていったのであった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「バッシュ様!御館様から緊急入電です!

 聖龍騎士団に動きあり!二手に別れて、北と南から挟撃する様子!到達予定時刻は後、3時間後!北に100、南に50です!」


「何だと!急いで警報を鳴らせ!オヤジさんに連絡してバリスタを新市街に集中させろ!」

 バッシュは焦っていた、それもそのはず、聖龍騎士団は北から来ると予想していたので南の守りが手薄になっていたからである。




 バッシュからの伝令は、警報の鐘が鳴り響く、旧市街にいたオヤジさんにすぐに届いたのであった。

「オヤジさん大変です!敵は二手に別れて北と南から来るそうです!バッシュさんが、バリスタを新市街に集中させろって!」


「あんだと!こちとら、アンカーも打ち込んで固定しちまってるよ!」


「私に怒られても」

 オヤジさんが怒るのも無理はなかった。

 この対空バリスタは、打ち上げる槍の後方に、ロープと地面に打ち込まれた鎖が付いていたのである、今から鎖を引っこ抜き新市街に持って行き、また地面に打ち込むのは、かなりの時間を要するのであったからだ。


「時間は?」


「……後3時間後!」


「バカ野郎!時間がねえじゃねえか。野郎共!このバリスタを新市街まで、移動するぞ!死ぬ気で取り掛かれ!」


『へい!』

 そう言って傭兵達は、オヤジさんの指示通りに作業をこなしていったのである。


 オヤジさん達が、必死にバリスタの移動をやっていると、そこへ十字軍のマルディの部隊と、ミリア率いる騎馬隊と、フンメルの100人隊を率いるママがやって来たのであった。

「オヤジ、行ってくるよ!」


「おう、そうか」


「なんだい、たまには無事で帰ってこいの一言が言えないの?」


「うっせ!こっちはそれどころじゃねえんだよ!」


「期待した私がバカだったよ……みんな行くよ!」

 そう言ってママ達がナッソーから出撃していったのであった。



 ソニア、死ぬんじゃねえぞ、必ず生きて帰ってこいよ。

 そんな事をオヤジさんは思いながら、アンカーを抜いていたのであった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 何だか、みんな忙しそうにしておるの。

 そんな事を思いながら、チコの実のジュースを飲みながら、ナッソー旧市街を歩いているのは関白であった。

 ラナの目を盗んで、朝から旧市街に散歩に出ていた彼は、鐘が鳴り響たのを、火事と勘違いして野次馬目的でこの近辺を歩いていたのであった。


 先程、左大将の私兵達が、一斉に出ていくのが見えたが、これはもしや戦か?女子供や商人達が、一斉に山に向かって走って行くから……うん、戦に間違いないの。

 ここにいれば、大陸の戦を味わえるかもしれん……そう言えば左大将は、ナッソーに向かっているのは、聖龍騎士団と言って、飛竜(ワイバーン)に乗った部隊と言っていたな。

 では、飛竜(ワイバーン)と言うのを初めて見れるかも知れんはないか!何だかワクワクしてきたわい。


 関白が、不謹慎な事を考えながら歩いていると、目の前にアンカーを数人がかりで、引っこ抜こうとしている、オヤジさんがいたのであった。

「オヤジさん!何をやっているんだ?」


「おぉ、あんたは温泉宿のゼロさん。見ての通りこの杭を引っこ抜きたいのだが、どうも固くてな」


「どれ、ワシがやってみよう」


「止めとけって、貴族のあんたじゃ、無理だろう。俺達だって数人がかりでも無理だったんだ」


「まぁ物は試しじゃ。それにこの肉体はまだまだ現役だぞ」

 そう言って、関白は一人で鎖を掴むと「フン!」と言って力を込めて引っ張ったのである。

 すると、男が数人がかりでも抜けなかった杭が、勢いよく大地より飛び出たのであった。


「おう、オヤジさん抜けたぞ」


「あんたスゲエな、見直したよ。ついでと言っちゃあ何だが、これを新市街まで運ぶのを手伝ってはくれねえか?」


「おお、任せておけ」


「客人のあんたに手伝わせて、本当に申し訳ないね」


「かまうものか、ワシはこの戦が楽しみでたまらんのだ」


「全く物好きなお客さんだよ、じゃ行こうか」

 そう言って関白は、オヤジさんと共にバリスタを新市街まで運んで行ったのであった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 ここはナッソーの北の街道に在る、名勝でもある【巨人の門】である。

 山と山の間を通っている街道だが、両側が綺麗に切り取った様な、巨大で美しい大理石でできている崖になっており、それが数キロに渡って続く、門と言うよりは、壁の様な名勝である。


 普段なら、ここは観光で来たかったのだがな。

 そんな事を思いながら、聖龍騎士団の副団長のトッドは、聖龍騎士団の騎士に命令したのであった。

「これより先は低空飛行で進む!」


 余程の訓練を受けてきたのか、聖龍騎士団100名は、一斉に高度を落とし低空飛行でナッソーに向けて進んだのであった。


 飛竜(ワイバーン)は、高度を上げても、山より高くは飛べないばかりか、あまり高度を上げると、敵地では発見される可能性も高くなる。

 奇襲する時には、高度を上げ過ぎず、敵が見えてから高度を上げて、上空から攻撃すると言うのが、聖龍騎士団の戦術であった。


 そうこの聖龍騎士団と、魔女騎士団(ナイトウィッチーズ)は基本的には奇襲専門の騎士団であったのである。




 ここまでは、敵の攻撃がなかった。まだ俺達の存在は知られていないと見て良いだろう。

 トッドのその考えは直ぐ様に、覆される事になる。先頭を飛んでいた騎士が、いきなり飛竜(ワイバーン)ごと細切れになったのである。


 しまった、罠か!

「全員停止!旋回し上昇しろ!」

 トッドはそう言ったのだが、指示通りに旋回し上昇した騎士が、またもや細切れになって墜落していったのであった。


 こ、これはまさか、細い魔糸ではないか?だとするなら、まさか魔糸使いの女傭兵、ソニア・ヴィシュク!

「旋回中止!前も上も罠だ!後退!後退!」


 トッドがそう叫んだ時に、騎士団には更に悪夢の様な声が襲ったのであった。

「放て!」

 その掛け声と共に、崖の上に伏せていたマルディの弓隊がまるで雨の様に聖龍騎士団に弓矢を降り注いだのであった。


「回避!回避!」


「無理です!この量は回避……グハッ…」


 ダメだ、このままなら全滅してしまう。優位性は無くなってしまうが、仕方がない。

「全員降下しろ!弓矢の射程から逃げながら後退だ!」

 トッドの命令で騎士団は、一斉に反転し降下していくと、一人の女性が街道に、立っているのが見えたのであった。


 ソニア・ヴィシュク!

 トッドがそう思った瞬間、ママが右手を水平に振り抜くと、騎士達が乗る飛竜(ワイバーン)が水平に真っ二つになっていったのであった。


 なんつう威力だよ!

 そんな事を思いながら、トッドは咄嗟に受け身を取り、ダメージを回避し着地をすると、直ぐ様後方を見て仲間の騎士の状態を確認したのである。


 戦闘不能は、20名って所か…ソニアならここで終わるはずもないよな。


 トッドがそう思っていると、ママが葉巻に火をつけて言ってきたのであった。

「おやまぁ、誰かと思ったらトッドさんじゃないかい?十数年ぶりって所だね」


「ソニア久しいな、まさかナッソーに居たとは。まさかウォルターもいるのか?」


「あぁ、今はナッソーで酒場のオヤジをやっているよ」


「ハンザの奴は、どうせ未だに、お前に引っ付いているんだろう?…どうやら昔話をする為に、って訳じゃ無さそうだな」


「そうだね……トッドさん、あんたには悪いけど、ここで死んでくれない?」

 そう言ったママの後方に砂塵が見え、ママの後方から騎馬隊がやって来るのが見えたのであった。


「ソニア、この代償は高くつくぞ」


「値切るつもりは無いさ……昔馴染みだ、言い値で買ってやるよ」

 ママはそう言うと、葉巻をピンとトッド達の方向に弾き、何もなかった様に振り返ると、後方からミリア率いる騎馬隊が、トッド達目指して突撃してきたのであった。



「来たぞ!全員固まるな!広がれ!」

 トッドがそう言うと、騎士達は間隔を広げて、ミリア達の騎馬隊にそなえたのであった。



「皆!隊長がいないからって、我等の隊長、双剣のアイリスの名前を傷付けるんじゃないよ!魚鱗の陣!」

 ミリアの命令で、100名の騎馬隊はミリアを先頭に、綺麗な三角形に走りながら隊列を整えたのであった。


「全員抜刀!私に続けぇ!」


『おお!』

 その掛け声と共に、十字軍の騎馬隊全員が聖龍騎士団の、ど真ん中に突っ込んで行ったのである。

 密集していない彼等は聖龍騎士団は、その騎馬隊の迫力に思わず後退し、逃げきれなかった者は、意図も容易く討ち取られ、綺麗に二つに別けられたのであった。


 そして、騎馬隊が開けた道に、十字軍の100人隊が雪崩れ込み、突き抜けた騎馬隊は二手に別れ、二つに別れた聖龍騎士団を包み込むように包囲して、徐々に騎士達を刈り取っていったのである。


 あまりの出来事に、トッドは理解できずにいたのであった。

 この世界にも。騎馬隊の突撃はある。だが突撃だけなのだ、ある程度固まり突撃するだけで、この様に歩兵と連携しての攻撃なんてしない。


 トッドは、武人としての本能か、敵の攻撃が統制されているのを見て、思わず美しいと思ってしまったのであった。

「ハ……ハハ…何て攻撃だ、美しすぎる……勝てるわけが無い」

 そんな事を言いながら、次々と討ち取られていく、味方の騎士を見ながら、剣を落として戦意を喪失させたその時であった。


「いただき!」

 前方から馬を操り、近付いたミリアの剣が、トッドの首を跳ねたのである。

 トッドの首は、そのまま地面に転がり、その身体は紅の鮮血を吹き出しその場に力なく倒れたその時に、フンメルが叫んだのであった。


「皆、無事か!」


『おお!』


「よっしゃ!俺達の勝利だ!」


『おお!』

 その歓喜は、崖の上にのマルディ達にも伝わり、弓隊の兵士達も雄叫びを上げたのであった。


 だがそんな中でママだけは、何処か寂しく一人で葉巻に火を着けて、歓喜に湧く十字軍を見詰めていたのであった。


 トッドさん、すまないね。まさか傭兵から騎士になっているとは……あの世で私達が行くまで、暫く待っていておくれ。

 あの世で、あんたとウォルターとハンザと私の四人で、また酒でも飲もう。

 ママは心の中で、トッドの冥福を祈りながら、葉巻の煙をフゥーっと吐き、通信兵を呼んだのであった。

「バッシュに伝令、こっちは終わったよ。早くそっちも終わらせて、負傷者と死体の回収を手伝え、って伝えな」


「は、はい!」

 そう言って振り返ったママの頬には、一筋の涙が溢れていたのであった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ママの伝令は、生駒山の見晴らしの良い場所に立っている、バッシュに伝えられた。

「そうか、向こうは終わったか…こちらはそろそろだな。オヤジさんに伝令、お客さんが来たぞ」

 そう言ったバッシュの目線の先には、低空飛行で真っ直ぐナッソー南側に向かって飛んで来る、聖龍騎士団の姿があったのである。





「オヤジさん!バッシュさんから伝令!お客さんが来るそうです!」


「何だって!予定より早いだろうが!……仕方ねぇ、皆!配置に着け!これから先は、通信兵の合図に従えよ!俺達もこれを打ち込んだら、配置に着くぞ」


「しかし、硬い岩か何か地面に在るのでこれ以上は、打ち込めませんぜ」


 傭兵が、大きなハンマーを持って、アンカーを少し打ち込んだ所で嘆いていると、オヤジさんの後ろから関白がやって来て、言ったのであった。

「どれ、ワシがやってみよう」


「爺さんさすがに、これは無理だって」


「大丈夫だ、やらせてみよう」

 オヤジさんに促されて、傭兵はその場を関白に譲ったのであった。


 さてと、これは本気を出すまででは無いな。

 そう思いながら関白は、アンカーを殴る様に拳をアンカーに当てて位置を確かめていたのであった。


 おいおい、まさか殴ってアンカーを打ち込む気か?

 そのオヤジさんの考えは、正しかったのである。関白は、まるで瓦割りをするかの様に、「セイ!」と掛け声を出すと、アンカーに正拳突きを打ち込んだのであった。


「おい、マジかよ……」

 呆れて思わず言ったオヤジさんの目線の先には、見事に正拳突きでアンカーを打ち込んだ関白の姿があったのであった。


 フッ、ワシ最高に決まった。

 そう笑みを溢した関白に、オヤジさんが笑いながら声をかけたのであった。

「ハハハ、ゼロさんあんたは、スゲエよ。でもこれからは戦闘になる、あんたは泉龍寺に避難していてくれ」


「何を言っている?ここまで一緒にやって来たんだ、ワシも手伝わせてくれ」


「でもあんたは、鎧も武器も無いじゃないか」


「心配するでない、この肉体こそ我が甲冑、この肉体こそ我が剣!ここまで来て退くなどワシの流儀に反する」

 そう言って関白は、上半身を脱いでオヤジさんに自慢の筋肉を見せつけたのであった。


「解った、解ったから…ゼロさん、あんた死ぬなよ。全くルタイ人って何でこんなに変な奴が多いのかね」

 そう言って頭を掻きながら、オヤジさんは笑顔になっていたのであった。


 それもその筈である、オヤジさんが知っている貴族と言う生き物は、皆が自分の保身を第一に考えて、危険な作戦等は全て傭兵や奴隷にさせていた。

 しかし、このゼロと名乗る貴族は違ったのであった、本来なら旅行で居合わせただけで、ナッソーとは何も関係無い筈なのに、この男は現場で他の兵士と一緒に戦ってくれると言う。

 それに下働きも平気でやるこの男は、本当に貴族なのかと思うぐらいの男であったのだ。


 本当にこんな人が、領主だったら、俺も喜んで騎士になったんだがな……トッドよお前は、今何処に居るんだ?まだ騎士なんて堅苦しい者になっているのか?

 そんな事を思いながら、聖龍騎士団が来るのを待っていたのであった。







「団長!そろそろナッソーです!」


「トッド達はまだか?」


「まだ姿が見えませんし、煙も出ていません!」


「トッドよ、悪いが一番乗りは俺達だ。全員、戦闘高度まで上昇!ナッソーを焼き払え!」


『承知!』

 バスクが命令を出すと、聖龍騎士団は一斉に高度を上げ、ナッソーの南側から飛竜(ワイバーン)炎息(ブレスファイア)で炎を吹きながら、ナッソー新市街に入って来たのであった。



 まだまだ引き付けなくては、直ぐに対策を取られてしまう。

 そんな事を考えながらバッシュは、番号を書かれた地図を見ながら、ナッソーに突入してくる聖龍騎士団を眺めていたのであった。

 それもそのはず、この作戦や地対空バリスタの発案者は、バッシュであったのだ。

 そして最後の一団が、ナッソーに入ろうとした時であった、バッシュがここで動いたのである。

「城壁の4番から7番、発射!」


 バッシュの命令で、城壁の死角になっていた場所に配置されていたバリスタが、一斉に上空目掛けて発射され、その内の2本が飛竜(ワイバーン)に突き刺さったのであった。


「気を抜くな、次!8番から17番迄、発射!」


「次!20番、50番、発射!」


 次々と地上から発射されるバリスタが、聖龍騎士団の飛竜(ワイバーン)に突き刺さり、地面に引き摺り下ろされて行くその光景を見たバスクは、とても信じられないと言った顔をしていたのであった。


 バカな、バリスタを上空に向かって放つだと!しかも鎖が付いているではないか。

 と言うことは、敵は我等が来る事を知っていたのか?バカな、有り得ない!慎重すぎる程に、慎重に飛行ルートを考えてやって来たのに、こうもアッサリとやられるなんて!

 こうなったら、ここの奴等も道連れにしてくれるわ!

「各自、少しでも街を焼き付くし、一人でも多くの敵を討ち取れ!」


 そう叫んだバスクの声は、生駒山のバッシュにも聞こえるほどであった。

 その覚悟は素晴らしい……だがこちらも気になる所がある、発射命令を出したはずの、何ヵ所からかバリスタが射ち上がらなかった。

 これはもしかすると、スパイが紛れ込んでいるな。

「次!18、19、25番発射!それと全軍に通達、味方の中にスパイが入っているようだ、見つけ次第殺せ!」



 そのバッシュの伝令は、建物の陰に隠れているオヤジさん達にも伝わったのであった。

「オヤジさん、味方に敵兵士が紛れているって!」


「そんなもん、ナッソーじゃ何処の馬の骨か解らねえ奴等ばかりだし、解るわけねえよ!ああ、クソ!消火班は何やっているんだ!火が燃え広がるのが止まらねえじゃねえか!」


「オヤジさん、避難した女子供は大丈夫かの?商人にも紛れているんじゃないか?」


「大丈夫だろ、泉龍寺には珠さんが居るし、ピケの砦にはダッチの奴等が護衛で居る。それよりはゼロさん、ここまで火が燃え広がらない事を祈ってくれ!こんな路地じゃ……来やがった」

 オヤジさんの目線の先には、短剣を持った男数人が、オヤジさん達を挟むかの様に、やって来たのであった。


「ゼロさん…あんたは、この姉ちゃんが合図を出したら、このレバーを引いてバリスタを射って、飛竜(ワイバーン)に刺さったら、ロープを思いっきり引いてくれ。

 俺達は、それまでここを死ぬ気で守るからよ」


「承知した、オヤジさん死ぬなよ」


「ああ、任せとけ……野郎共、行くぞ!」


『おお!』

 その掛け声を合図に、路地裏での死闘が始まったのであった。


 路地裏での戦闘は、お互いに互角でまさに一進一退であった。だがオヤジさん達はそれで十分だったのである、このまま耐えてバリスタを放てば良いだけで、このスパイは何としてでも、発射を阻止しなくてはならない。

 そうこの勝負は、オヤジさん達が防戦だけで良いのである、まさに圧倒的に有利だったのであった。


 スパイ達が焦りだして来たときであった、通信兵が関白に向かって、合図を出したのである。

「ゼロさん、射って!」


「おおよ!」

 そう言った関白が、レバーを引くと、バリスタの槍は上空に向かって勢いよく発射され、上空の飛竜(ワイバーン)の下半身に突き刺さったのであった。


「よっしゃ!ゼロさん、あんたなら出来る!力一杯ロープを引いてくれ!」


「任せろ!」

 関白はそう言って引っ張ったのだが、さすがに飛竜(ワイバーン)だけの事はあり、羽ばたいて中々地面に落ちなかったのであった。


 やはり一人では無理なのか?

 そう誰もが考えた時であった、関白の身体の筋肉が大きく膨らみ、血管が浮き出ると、関白は渾身の力で引っ張ったのであった。

「たかが、飛竜(ワイバーン)ごときが関白 冷泉 永富をナメるな!」


 関白の渾身の力で引っ張られた飛竜(ワイバーン)は、そのまま勢いよく地面に激突し気絶したのであった。


「よっしゃ!さすがゼロさん!野郎共、ここから脱出するぞ!」

 オヤジさんがそう言うと、傭兵達は攻勢に討って出たのであった。






 ああもう何処に行ったのよ、あのクソ爺は!何かあったら旦那様が怒るどころじゃ無いよ、ルタイ皇国が大変なことになっちゃうよ!

 そんな事を考えながら戦火の中を走り回るラナであったが、路地裏の曲がり角に差し掛かった時であった、ラナの目の前を何かが飛んできて壁にめり込んだのであった。


 何?何が起こっているの?

 そう思ったラナが、飛んできた物を確認するとそれは、人の様な物体であったのである。


 何で人が飛んできたの?

 そう思い飛んできた方向を見ると、いました上半身裸の関白が。

 関白の姿を発見したラナは、今までの怒りが爆発したのであった。

「見つけた!このクソ爺!」


「おう、ラナではないか」

 そう言った関白は、背後から斬りかかって来た男の剣をかわすと同時に、男に裏拳を放ったのであった。


「何が、「おう、ラナではないか」よ、このクソ爺!あんたの身に何かがあったら、ルタイ皇国が大混乱するでしょうが!少しは関白って自覚してる?次に勝手に行動したら私がぶっ殺してやるわよ!」


「ラナ…ワシ、これでも一応は関白なんじゃが……」


「何?今それ関係ある?私が怒っているの解ってる?」


「うっ……すみません」

 そう言った関白は、まるで子供の様にしょんぼりとしてしまったのであった。


「ハハハ、ラナよそれぐらいにしておけよ、ゼロさんのおかげで、俺達はだいぶ助けられたんだからよ。

 それにしても、関白って役職か?ゼロさんが死んでルタイ皇国が大混乱ってそりゃ言い過ぎだろ、貴族が一人や二人死んだところで、あのルタイ皇国が揺らぐ事は無いって」

 そう言って仲裁に入ったのはオヤジさんであったのだが、ラナはオヤジさんをキッと睨み付けて言ったのであった。


「それが揺らぐ所じゃ無いから怒っているの!関白って帝の代わりをする、ルタイ皇国の帝の次に偉い人なの!それがこんなにも、何も考えていない爺なんて」


「ラナ……一応はワシ、その関白なんじゃが……」


「何?それ今関係ある?」


「いえ無いです、すみません……」


「ほら、もうこんな所で遊んでいないで、泉龍寺に避難するよ」


「痛い、ラナ耳を引っ張るでない!解ったから、大人しく着いていくから!」

 そう言ってラナは関白の耳を引っ張り、関白を連れて行ってしまったのであったが、残されたオヤジさん達は、呆然とその光景を見るしか無かったのであった。


「オヤジさん、ゼロさんってそんなに偉い人だったのですね」


「あぁ……でもあんなのが、偉い人だと何だか楽しそうだな」

 通信兵が思わず言うと、オヤジさんも思わず言ったのであった。






 クソ、もう上空に飛んでいる騎士は殆どいない、まさか対聖龍騎士団用の武器まで用意しているとは、ここの指揮をしている奴はいったい何者だ、その者だけでも殺さなければ、この戦は負ける。

 そんな事を考えながら、何とか助かったバスクは標的を探しにナッソーを走っていると、建物の陰から知っている顔が出てきたのであった。


「エリアス!」


「バスク団長、お久し振りです」


「貴様、その鎧……ルタイ皇国に降ったのか?」


「正確には違います。今はそれより、貴方にお聞きしたい事があり、やって来ました。

 貴方は宰相の企みに……聖導騎士団壊滅に関わっておられたのですか?」


「さぁな、お前に言うとでも思うか?」


「やはり、教えては、頂けないのですね」

 そう言うとエリアスは、兼平が修理した村正をスラッと抜いたのであった。


「帝国最強と言われたお前と、一度はこうやって真剣で戦ってみたかったよ」

 そう言ってバスクは、エリアスに向かって剣を構えたのであった。


 さすがに、帝国最強と言われるだけの事はある、全然隙がねえ……パワーは俺の方が勝っているはずだ、そこで勝負するしかない。

 そう思ったバスクは、渾身の力で剣を振り下ろしたのであった。

「うりゃあ!」


「甘い」

 そう言ったエリアスは、最小の動きでかわすと同時に、バスクの腰の鎧の隙間に刀を突き立てて、そのまま斬ったのであった。


 かの剣豪、宮本武蔵は額に付けた米粒を、相手の剣をかわしながら、米粒だけを斬らせる事が出来たと言う、これが一寸の見切りである。

 エリアスは、まさにその一寸の見切りでバスクの剣をかわしたのであった。


「嘘だろ?強すぎる」

 そう言ってバスクは、脇腹から腸を出しながら、その場に倒れたのであった。


「バスク団長!」


「教えてくれ、俺は何で負けたのだ?」


「力が入りすぎです、剣はただ添えるだけで良い。それに大切なのは力では無く、相手の剣を見切る眼と、スピードです、パワーは必要ありません」


「そうか……最初から間違っていたわけだ……最後に良い事を教えてやろう……聖導騎士団の件は、俺とアミリアは……関わっていない……ただ王国のフランド辺境伯は、黒太子が寝返らせた……彼奴は用心深い奴なので、黒太子の命令しか聞かない……はず……」

 そう言うとバスクは、そのまま息を引き取ったのであった。


 どういう事だ?まさかルイス様が、まさかこの件に絡んでいるのか?しかしアミリー……良かった、お前まで関わっていたら、お前を斬らなくてはならない所であった。


 そう思いながら、エリアスが立ち上がると、とんでもない光景が目に入って来たのであった。

 エリアスが戦っていた場所、そこはママの邸宅の目の前で、その邸宅に飛竜(ワイバーン)が突っ込み、更には炎が立ち上っているのであった。


 あ、これママが激怒するパターンだ……そうだ、私は何も知らないし、何も見なかった。うん、そうしよう私の責任にされても困るしな。

 そう一人で納得したエリアスは、急いで刀を納めて、その場から立ち去ったのであった。






 ナッソーでの防空戦が終わり、その日の夕方に巨人の門に出ていた、十字軍の待ち伏せ部隊の者達が、ナッソーに戻ってきた、人々は歓喜で十字軍の者達を出迎え、ナッソーの街は勝利のお祭り騒ぎになっていたのであった。

 そんなナッソーの市街を一人浮かない顔のママが、旧市街にあるオヤジさんの店に入って行ったのである。


 店はまだ準備中なのか、中では従業員の女の子達が慌ただしく開店の準備をやっていたのだが、入って来たママの顔を見て思わず立ち止まったのであった。


「おい、ママよ。そんな顔で入ってきたら、従業員がビビるじゃねえか……何かあったのか?」

 奥から出てきたオヤジさんの言葉は聞こえていないのか、ママはそのままカウンターにドカッと座ると、小さな声で言ったのである。


「オヤジ、エールをくれ……2つだ」


「……ソニア、何かあったのか?」


「ソニアか…そう呼ばれたのは今日で二度目だ……トッドさんに会ったよ」


「まさか…騎士になったって言ってたが……」

 オヤジさんはそこから先の言葉は、あえて言わなかったのである。


 トッドよ、まさか聖龍騎士団に入っていたのか……昔からトッドに憧れていたソニアには辛かっただろうな。

 そう思いながらオヤジさんは、エール酒をソッと2つカウンターに置き、自分の分のエール酒を手に持ち言ったのであった。

「我等が愛する酒飲みに」


「最高の友人に」

 ママがそう言うと、二人は一気にエール酒を飲み干したのであった。


「ソニア…遺体はどうした?」


「持って帰ったよ……ピケの山に埋葬するつもりだ」


「そうかい、トッドは美しい自然が好きだったから、そこが良いかもしれんな……ハンザには連絡したか?」


「……まだだ」


「じゃあ、俺がやっといてやるよ、お前はもう帰って休め、自分では気付いていないかも知れんが、お前…酷い顔をしているぞ」


「……そうかい、そんなに酷い顔をしているか…頼むよ、私はもう疲れた」

 そう言ってママが、髪の毛をかきあげて、立ち上がった時であった、オヤジさんが何かを思い出した様に、大声を上げたのであった。


「あー!」


「ん?どうした?」


「いや……そうだ、今日は温泉宿に泊まったらどうだ?」


「ただでさえ人手が足りないのに、ゼロさんが泊まっているんだ、これ以上従業員に迷惑はかけれないさ」


「じゃあ、お前の所の売春宿か、キャバクラはどうだ?仕事をして気を紛らせるのも手だぞ」


「こんな姿を、配下の者には見せれんよ……オヤジ、何かあるのか?さっきから家で休めとか、仕事をしろとか言って、何だか怪しいぞ……」


「い、いや……俺もチョッと混乱しているのかな」


「…何だか私に知られたく無い事が有るのか?……まぁ良いさ、そう言う事にしといてやるよ」

 そう言うとママは店の外に出ていったのであった。


 その後、ぶちギレたママが、オヤジさんの店に乗り込んだのは言うまでも無かったのであった。





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