三好家の男
今から1500年ほど昔、2度に渡る超帝国の侵略を見事撃退したルタイ皇国では、辛く長い内戦の影が忍び寄っていたのであった。
見事に撃退した武士団に、恩賞として渡す土地が無かったのであったのだが、当時の朝廷は武士に渡す土地など不要と考え、僅かな恩賞しか渡さなかった。
そんな事をすれば武士の不満は高まるのは当たり前で、武士達は各地で貴族達の領地を奪い我が物とし、更には他の武士の土地も戦で奪う、長く辛き内戦が幕を開けたのであった。
そして数多くの英雄達が出てきた群雄割拠の時代が訪れたのだが、統一される事は無く、今から約250年ほど前に帝に即位した御幸町もその事に心を痛めていたのであった。
しかし御幸町が帝に即位してから、ここである変化が訪れたのである。
内戦は朝廷派、反朝廷派に徐々に別れてきたのだが、膠着状態が続き両陣営共に打つ手が無かった時であった、2年前に帝がある若者を抜擢したのであった。
その若者は名字も無い、半農民の様な下級武士の家柄で、しかもハーフダークエルフであり武芸も得意では無いのだが、不思議と敵や味方の思考が読めるかの様に仲間を増やし、戦で武功を上げて、頭角を現していたのである、その者の名前は正成、後に右近衛大将になり、左近の友になる男であった。
帝に抜擢された正成は、橘と言う無くなった名家の名字を与えられ、朝廷派を指揮し、まるで先が読めるかの様な采配で反朝廷派を倒していき、ルタイ皇国の統一を成功させた。
ルタイ皇国の統一をはたした朝廷はその制度を改め、各地の武士の家臣は、その半数を帝の直臣の近衛府の武士として、他の武将達は朝廷の守護職につくことになったのであった。
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三好 左近衛少将 清信率いるヴァルキア地方、東側制圧軍は破竹の勢いでヴァルキア地方の東側を制圧していき、ここ帝国領の近くの村、ルゴーニュ村で陣を張っていたのであった。
ただ左近から、帝国軍がそちらにも兵を出した様だとの連絡を受けて、万が一のために帝国領との境目迄、斥候を出していたのである。
通常斥候は、左近の十字軍は人数の関係もあるのだが、2~5人が一組になり、偵察・迎撃・追撃の任務を行うのだが、ルタイ皇国の軍は通常10名の斥候を出すのであった、これはより確実な伝令を重視した為に、人数を増やして、伝令の生存率を高めた為であったのである。
しかしその斥候の選抜は左少将は苦労していたのであった。
この三好 左近衛少将 清信と言う男は、武将にしては少々優しすぎたのである。
今までは、ヴァルキア地方の駐留軍相手で、パナスの情報が入っていたのか戦意は最初から低く、どこも戦う前には降伏してきたのであったのだが、ただ今回は違う、伝承では聞いてはいたが、初めて戦う異国との戦いで必要以上に警戒も必要だし、更には左少将達が初めて経験する、最初から戦う気の戦意の高い帝国軍がこちらに向かってきているのだ、おそらく来るであろう地点に向けて斥候を出せば、その者達の命の危険度は、はね上がる。
左少将は誰もそんな危険な場所には、大切な兵士を出したくは無かったのであったが、出さない訳にはいかない。
出さなければ、敵軍の情報が入ってこず、いきなりの遭遇戦になり、その方が兵士の死亡率ははね上がる、そんな事は重々承知している左少将であったが為に、葛藤があったのであった。
そんな彼を救ったのが、今斥候部隊を率いている初老の兵、上条 業政であった。
この上条は、代々三好家に仕えていた下級武士の家柄であったのだが、左少将が幼き頃より、よく面倒を見て我が子の様に接してきたのであった。
左少将も教育係の家老よりも、この上条になつき息子の業重と兄弟の様に隠れて遊んでいたのであり。
そんな彼は数年前に朝廷によって統一されたルタイ皇国で、未だに三好家に忠義を尽くす者であったのである。
左少将が座りこんで悩んでいた所に、上条がやって来て左少将に、いつもの様に明るく言ったのであった。
「若!何を暗い顔をしているんですかい?悩み事でも有るのなら、俺と一緒に近くの村に遠乗りでもしましょうや」
「業政は、悩みが無くて良いな……はぁ」
左少将はチラリと上条の姿を見た後に、大きなため息をついたのであった。
「若、もし良ければですが、俺に話してはくれませんかい?」
左少将は上条の姿を見上げ、昔から何でも言ってきた上条ならば、言っても大丈夫であろうと考え、自分の思いを上条にぶちまけたのであった。
「若、あんたは昔から優しすぎるんだ。でも、そんな若だから俺達は未だに好きで、三好家に仕えているんだよ。
よし解った、この件は俺に任せてくれ!俺が斥候部隊を率いてやるよ!」
「業政……いやこの役目は、他の者にやらせた方が……」
「あぁもう!それが若の悪い所ですぜ、この役目は誰かがやらなくちゃいけない、ならばその役目は我等、三好家の人間がやらねば、他の者に示しがつかんでしょう。
それに俺もそろそろ手柄を立てて、出世しないと息子の業重に会わせる顔がねえんだ」
人は明らかな嘘と解っていても、追い詰められた時にはその言葉を信じてしまう事がある。
今の左少将がまさにそうであった、上条の手柄を立てて出世したいとの言葉は、この男の性格からかけ離れた物であり、長く一緒にいた左少将ならば普段なら冗談と受け取る所がこの時は違ったのであった。
「……すまない、頼めるか?」
「ああ、良いぜ!」
まるで今から、散歩に行ってくると言わんばかりの自然な笑顔で左少将に言うと、そのまま出て行ったのである。
さて、どうするか……若にああ言ったものの、この危険な役目は、誰も来たがらないだろうな。
そう思って上条が頭を掻いていると、後方から声が聞こえたのである。
「業政!」
その声を聞いた上条は振り返ると、そこには見知った旧三好家の者達がいたのであった。
「おお!お前らどうした?」
「いやなに、殿が深刻な顔をしているので、皆で慰めに行こうかと思ったら、お前が入って行くのが見えてな……。
話は全部聞いたよ、俺達も一緒に行かせてくれ!」
「盗み聞きかよ……良いのか?生きて帰れんかも知れんぞ」
「そんな事は皆、承知の上だ。それに俺達も殿のお役に立ちたいんだよ」
「本当にどいつもこいつも……お前ら絶対に死ぬなよ、あの優しい若の悲しむ顔を見たくは無いからよ」
『おう!』
騎馬で街道を駆け抜ける上条は、斥候に出る前の事を思い出して、にやけていたのであった。
「おい業政!何をにやけている?」
「いやなに、本当に三好家の者達は揃いも揃って、命を賭けたバカが多いと思ってな」
「お前の方こそ、そのバカの筆頭じゃねえか!」
「ハハハ、違いない。しかし佐之助!種継!お前ら若い者迄命を貼ることは無かったのに、どうしてだ?」
「私だって三好家の一員です!それに実はナッソーで惚れた女が出来まして……娼婦なのですが」
「ハハハ、娼婦だろうがかまわんさ!ここの女性は皆が美しいからな。もしかして手柄を立てて身請けしたいのか?」
上条がそう言うと佐之助は照れながら頷いたのであった。
「その女性は、お前の気持ちは知っているのか?」
「もちろんです!お互い好きあっております!店の外でも会っておりましたし。ティナは私の事を愛してると言ってくれました!」
「ハハハ、若い者は良いの!業政!」
「そうですね平蔵さん。種継お前はどうなんだ?国に病気のおっかさん残して来ているだろう?」
「だからですよ上条様!殿も助けて手柄になり、母の暮らしを楽にしてやれる……こんな素晴らしいお役目は他に無いじゃないですか!」
「お前ら……」
「業政、がらにも無く感動しているんじゃねえよ」
「うるせえ!……皆、止まれ!作兵衛!危ない!」
「え?……ぐほっ!」
上条が叫んだ時であった、街道の両端の木に結ばれていた細いロープに、先頭を走っていた作兵衛の首が当たり、作兵衛はそのまま音を立てて馬から落ちてしまったのである。
「作兵衛!」
思わず上条達が馬から飛び降りて作兵衛の元に駆け寄ると、作兵衛の首が折れており、作兵衛は既に死んでいたのであった。
いったい誰がこんな事を?
そう思った上条の脳裏に出てきたのはセレニティ帝国の存在であった。
マズイ、これは待ち伏せだ!
そう誰もが思った時には既に遅かったのである、森の中から魔女騎士団が出てきたのである。
「佐之助!種継!お前達は戻って若に帝国軍がすぐ近くまで来ている事を報告しろ!……チッ!こっちもかよ!」
そう言った上条の目には後方に展開する魔女騎士団の兵士が見えていたのであった。
「業政!皆を連れて殿に報告を!ワシが殿を勤める!」
そう言うと平蔵が前に出て、槍を前の騎士達に向けたのである
「平蔵さん、御武運を……皆、伝令は佐之助と種継だ!二人を守って逃げるぞ!」
『おう!』
上条の掛け声で斥候の10人が一斉に斬り込み乱戦となったのである。
上条達は少ない人数で上条達はよく戦ったのだが、所詮は多勢に無勢である、1人……また1人と討たれて行ったのだが、上条の決死の突撃で包囲網に一点の穴を開けたのであった。
「佐之助!種継!行けぇ!」
その鬼気迫る声を合図に二人は一礼し、馬を駆けてまさに疾風のごとき速さで駆け抜けたのであった。
「二人はこんな所で、死んじゃいけねえ……さあ皆!あの二人が逃げ切るまで、ここで殿を勤めるぞ」
『おう!』
そう言うと生き残った上条を含む3人は覚悟を決め、騎士達と死闘を繰り広げたのである。
激しい怒号と金属音、そして血と臓物の香りの中、上条達は生を棄てた死人の様に自らの命を省みず獅子奮迅の奮闘を見せたのであった。
既に死人となった者と、勝利を確信していた者の差は歴然であった、勝利を確信していた者はその命を大切にし、自らの命を棄てた死人と化した者には、敵う筈もない。
しかし僅かな人数で戦うには、その兵力差がありすぎた、上条以外の二人は騎士達の刃に倒れて行ったのであった。
しかし残った上条のその戦いに騎士達は、自然と輪ができ誰もが入って来なくなったのである。
「ハァハァハァ、くそったれが、きりがねえ……信三郎!矢之助!生きてるなら返事しろ!平蔵さん!……皆、死んだか。
さぁかかって来やがれ!俺と一緒に地獄に行くのは、どいつからだ?どうせなら綺麗な女と一緒が良いんだがな!」
そう言うと上条は笑みをこぼし、視界を遮る血を拭ったのであった。
「えらく威勢の良い男だね」
そう言ってアミリアが騎士達の間から大きな大剣を肩に担いで出てきたのであった。
「ほう、こりゃまたえらく良い女だな、どうだい俺と一緒に地獄に行かないか?」
「全く威勢の良い男だな、でも嫌いじゃ無いよ。しかし、貴公は本当に人間か?こんなに我が騎士を殺して……名前は?」
「上条 業政」
「私はこの魔女騎士団の団長で、アミリア・マクレガーって者だ。
どうだい上条、大人しく捕虜にならないか?もちろん命の保証はする、これ以上は被害を出したくない…お互いにな」
「残念だが、ここで俺だけが生き残っては、死んでいった仲間に地獄で会わせる顔が無いのでな……それにあの者達は俺がいないと何をするか解らんのだよ」
「次からは手加減が出来んぞ、それでも良いか?」
「何だ、手加減して戦っていたのか?それでは死んでいったお前の部下が、かわいそうだな」
「ほざけ、貴様の代わりなどいくらでもいるわ……殺せ」
アミリアはそう言って配下の者に、上条の殺害命令を下したのであった。
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アミリア達の包囲網から逃げ出した、佐之助と種継はがむしゃらに馬を駆けて本隊へ報告の為に、無言で街道を戻っていた。
無言なのは、お互いに残った上条達の行く末が解っていたからである。
あのまま自分達が異議を唱えれば、それだけ時間がかかり、あの状況ではそれは全滅を意味する、それだけは避けなければ、残る者達は犬死になってしまう。
それが二人とも解っていたので、お互いに何も言葉が出てこなかったのであった。
佐之助が森の中にチラリと目線を移した時であった、森の中に何かが動いた気がしたのだった。
伏兵!その言葉が佐之助の脳裏に浮かんだ瞬間、森の中から無数の光の矢が佐之助達に向かって飛んできたのであった。
「種継!回避!」
そう言って佐之助は身を低くし、何とか身体だけは守ろうとしたのだが、無数の光の矢は佐之助達の乗っていた馬に突き刺さり、佐之助達は地面に大きく叩き付けられたのであった。
「種継、無事か?」
「すみません佐之助さん、やってしまいました」
そう言った種継を見ると、種継の左腕が折れて中から骨が突き抜けていたのであった。
「腕だけか?足は?」
「足も捻ってしまい、激痛が……佐之助さん私を置いて殿に報告を!」
「バカ野郎、敵もそんなに甘くはねえよ」
そう言って顎で佐之助が指した先には、帝国軍が展開しており、佐之助達は既に包囲されてしまったのである。
「既に包囲されてる……佐之助さん、お一人だけでも逃げれないですか?」
「難しいな、さすがにこの人数を相手では逃げれんだろう、それに敵はここの地形も熟知しているだろうし……」
「すみません、足手まといになってしまって」
「何が足手まといなものか!それにさっき死に場所と言ったが、二人で死ぬ気で突っ切ればなんとかなるかも知れんぞ」
とは言ったものの、あの光の矢、あれが魔法と言う物か……厄介だな。
しかしあの光の矢、あれは馬を狙ったのか?俺達を狙ったにしては当たり所が低すぎる、もしかしたら俺達を捕虜にして情報を聞き出したいのか?
そりゃそうだな、向こうも俺達と同じ様に、相手の戦術なんか知らないからな……って事は、敵は俺達を殺す事は躊躇するはずだ。
これは、逃げ切れるかも知れんが、捕まれば拷問が待っている……情報なんか殿の為にも言う訳にはいかない……捕まりそうなら口を割らない為にも死ぬしかないな。
問題は種継だ……片腕で自決なんか出来ないし、確実に狙われるだろう……仕方がない。
「種継……敵の狙いは俺達だ、どうやら捕虜にしたい様だな」
「そうなんですか?」
「あぁ、最初の狙いが低すぎる、馬だけを狙おうとした様だ」
「じゃあ生き残れるかも……ごふっ!な……何で?」
種継が話している途中で佐之助は、種継を刀で袈裟斬りで斬ったのであった。
「すまない種継、狙われるのは怪我をしたお前だろう……その腕では自決する事は難しいだろう……殿の為にも捕虜を出すわけにはいかんのだ、許してくれ」
味方を殺したその佐之助の姿に、魔女騎士団の騎士達は驚き恐怖したのであった。
更にはその恐怖を増長させるかの様に、佐之助は笑みをこぼし笑いながら騎士達に言ったのである。
「クックッ……さぁ俺の邪魔をする奴は斬り殺すぞ!」
そう言った佐之助は、森の中に入って行ったのであった。
「そっちに行ったぞ!」
「殺すな!生け捕りにしろ!」
まさに人間狩りの様な状態で佐之助は暗い森の中を逃げていた。
「ハァハァハァ、何れだけ斬れば良いんだ?しかしこう深い森では……クソ!」
突如、大木の陰から出てきた敵の剣を紙一重で佐之助はかわすと、鎧の隙間に刀を突き立てて抜いて、振り返ったときであった。
佐之助は、棍棒で顎を突き上げられて、吹っ飛んだのである。
「おい、こっちだ!誰か網を持ってこい!」
そう叫ぶ騎士を背後に佐之助は、何が起こったのか解らず地面に倒れていたのであった。
視界がぐるぐると回り脚にも力が入らない、完全に脳震盪を佐之助はおこしていたのである。
やがて棍棒を持った1人の騎士が倒れている佐之助に近付き、刀を足で蹴り佐之助から離すと、佐之助の襟首を掴んで引き上げたのであったがその瞬間、騎士の鎧の隙間に脇差しが突き立てられたのであった。
「ぐぉ!……こいつ!」
そう言って突き立てられた騎士はその場に倒れたのだが、佐之助の身体は悲鳴をあげており、とても身体を動かせる状態では無かったのであった。
「網をかけて、身動きを取れなくしろ!」
騎士のその掛け声で佐之助に次々と網がかけられたのであった。
最早ここまでか、種継……すまん、地獄でお前に詫びるから。
殿、申し訳ございません、この佐之助……お役目を果たせずに先に逝くことをお許しください。
ティナ、一緒になって一生目の不自由なお前の目になってやると言った約束……果たせそうに無い、せめて俺の分も幸せになってくれ、すまない。
そう思った佐之助は、覚悟を決めて脇差しを自らの首に当てて一気に引いたのであった。
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「全く手こずらせて……やっと殺せたよ……こっちは50名近く殺られたか」
そう言ったアミリアの目線の先には、何本もの槍に刺さった上条が立ったままで死んでいたのであった。
「魔法もあんまり効かなかったし……そうか、こいつはオリハルコンとミスリルの鎧!こいつはかなりの値がする代物だね、これのおかげか……クリス!上条の名前に聞き覚えが有るか?」
「……無いよ」
「なんだいこの子は……そうか、あんたは戦場が初めてだったね?初陣では仕方がないか。
おい、こいつの鎧や武器をはぎ取りな!他のルタイ人もだ敵の武装の情報になる!」
「母上!死者を冒涜するなんて!丁重に埋葬するべきです!」
「クリス!母上じゃない、団長だ!埋葬はするよ、仲間だけな。ルタイ人なんかは、モンスターの餌にしとけば良いんだよ、これは団長命令だ!」
「……解りました」
違う!こんなのは戦じゃない!ただの虐殺だ。
それに比べてどうだ、このルタイ皇国の侍の奮闘ぶりは、私達の行動が恥ずかしくなる行為だ……こんなのが私が憧れていた、誇り高き魔女騎士団なのか?違う、このルタイ皇国の軍人達こそ真の誇り高き勇者じゃ無いか。
本当にこんな人達がパナスの住民を虐殺したのか?実は嘘で私は母上に踊らされているんじゃ無いのか?
正直、このルタイ皇国の軍人達が羨ましい、私もこんな人達になりたかった……
そんな事を思いながらクリスは上条達の甲冑を脱がせて行ったのであった。
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……遅い、何かあったのか?
左少将には明らかに焦りの色が見えていたのであった。
それもそのはず、もう帰って来る筈である上条達の斥候部隊が戻って来ないのである。
ここからセレニティ帝国との国境迄は1日もかからない、それなのに1日経っても、戻ってくる気配は無いのであった。
これは、何かあったに違いない。そう思った左少将は出陣の号令を出したのであった。
「出陣の準備だ!」
「殿!お止め下さい!上条達が戻って来ないからと言って、敵の位置が解らない今、出陣すればこちらの被害が大きくなるのは必定!何卒、御再考を!」
そう言って左少将を引き留めたこの老人は、家長 主馬首 安勝と言って、この者も旧三好家に仕えており、左少将の教育係であった元三好家家老である。
「離せ、安勝!上条だぞ!上条が帰って来ないのだぞ!」
「解っております!業政は殿の家族である事も昔から知っております!」
「ならば解るで有ろう!あの者達は、昔から私に仕えた忠臣達だぞ!それを見棄てるわけにはいかんのだ!」
「……せめて明日の朝からにしてください、今からでは森で陣を張らなくてはなりません、あまりにも危険です」
「ならん!家長 主馬首 安勝、私は誰だ?言ってみろ!」
「三好 左近衛少将 清信様、我が主でこの皇国軍、東方面隊の将であります……」
「ならば将の命をきけ」
「はは!」
そんなやり取りのおこなわれていた、左少将の部屋の前で警備をやりながら聞いていたのは佐平次と源三であった。
「源さん、何か中でもめてますね」
「上がいくらもめてても、俺達兵卒は上の指示を聞いて行動すれば良いのよ……しかし三好家は熱い奴が多いんだな」
「そう言えば源さんは、国は何処ですか?」
「俺は上州は上野の、永井家の出身よ。佐平次お前は?」
「私は丹波の青井家の出身ですよ、小豆や栗が美味かったなぁ」
「俺の所の焼きまんじゅうや、うどんも美味いぞ……また食いてえなぁ」
「そうですね……でも俺達って」
「あぁ……食い物ばかりしか言ってないよな」
そんな食い意地のはった二人は、左少将の命令で斥候隊の捜索隊に配属されて、街道を行軍していくのであった。
左少将が編成した捜索隊は、500を本陣に置いたおよそ1500であった、捜索隊と言っても通常の軍隊の装備であり、普通の軍の行軍であったのである。
しかし無情にも上条達は見付かる事無く、その日はそのまま森での野営になったのであったが、上空にそんな彼等を見詰める影があったのである。
そうグルシュクが操るビヨンド・ザ・シーカーであった。
「奴等はどうやら今日は野営する様ですね」
座禅のポーズのままのグルシュクが言った。
「やはりあの上条は、奴等の将軍だったんだよ、あんなに強い奴が兵卒な訳が無い、私の読みが当たったって事だね」
「アミリア団長、少し違う様ですね……奴等の中に立派な鎧の上から服と言いますか、着物を着たのが数名おります。
おそらくは、これがこの部隊を指揮している者ですね」
「あれで兵卒……ルタイ皇国武士団の伝説は本当だったって事か。しかしルイス様の読みだとルタイ皇国の武士団は実際は500しかいないだろうと言っていたが、どうだ?」
「500所か1500はおります、それにどう見ても全員がルタイ人ですね……それにルゴーニュにも部隊を残しております、数は解りませんがルタイ人ばかりかと思われます。
しかし変なのは、たかが10名の為にこんな人数をかけるとは……バカなのでしょうか?」
「フッ、どちらにせよ夜襲をしてくれと言っている様なものじゃないか……罠か?」
「その可能性も有りますな」
「面白い、その誘いに乗ってやろう。ただし深追いはしない、引き際を見誤るなよ」
『はい!』
仲間を決して見棄てず捜索に来る……彼等は私達以上に騎士ではないか!それに比べて私達と言ったら、多勢に無勢で襲い掛かり、次は夜襲なんて。
こんな時、あのナリヤで会った佐平次なら何て言うだろうか?彼奴なら笑い飛ばすだろうな……何で彼奴の顔が出てくる!私が好きなのはルイだ、こんなのは一時の気の迷いに過ぎない。
そう思いながらクリスは頭を振って、夜襲の準備に取り掛かって行ったのであった。




