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Another Life もう1つの人生  作者: くろべぇ
第二章 帝国動乱編
41/464

パナス攻略戦

 


 左近達9千のルタイ皇国武士団はナッソーを出て、パナスの在る北へと進軍していた。


 道中の街や村は、ダッチ達の流言や逃げ帰る帝国軍を見て、ルタイ皇国とセレニティ帝国が開戦した事を確信し、左近達が到着すると何の抵抗も無くルタイ皇国に下ったのであった。

 それもそのはず、メデル子爵の治世は生かさず殺さずをモットーにしている為に度重なる重税に苦しめられていたのである。

 その中で、メデル子爵を撃退したあの伝説のルタイ皇国がやって来て、更には税金を今までの5割から2割にし、そして農家は今まで農作物を換金してから納めていた税金が、農作物の現物だけで良いとなっては、売りに行く手間も省けて更には仲買業者に安く買い叩かれる事も無くなり、農民達は喜んだのであった。


 これは左近の考えでもあった、メデル子爵の様に半分を税金で取り、更には現金のみで受け取ると、その分人手がかかり生産能力が落ち、そして民の蓄えも無いので、一度飢饉が起こると夥しい餓死者が出て、何年も影響が残ってしまうし、余力が無いので農業の技術的革新も望むことは出来ない。


 これは結果自らの首を真綿で締めている様な事なのである、それよりは数年先、数十年先の事を考えた方が、その領地も豊かになり、兵も強くなる事なので、左近はその方針を取り、その代わりに村には代官として2名だけ兵士を配置して行ったのであった。


 これは1ヶ月交代で2名づつ村や街に配置し、治安維持や訴えを聞く為であった。

 更には1ヶ月交代にしている事で、ルタイ皇国の兵士が不正を働いた場合、次の新しい代官に訴えを起こせると言った形にしたのである。


 これには降伏した村や街の住民は喜びルタイ皇国の統治をすんなりと受け入れたのであった。


 こうして左近達はたいした抵抗も無くパナス迄は昼間は行軍し、夜はエリアスの講習を受けるなどして1週間かけてパナスに到着したのである。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「意外と遅かったな」

 ルタイ皇国軍来襲の報告を受けたメデル子爵は、自分の執務室で呟いたのであった。


 帝都ナリヤには戻ってすぐに援軍を要請した、おそらくは軍を集めて等を計算すると1ヶ月程かかるであろう。

 しかしこのパナスは大きな湖に浮かぶ島に在る天然の要害であり、兵糧も豊富に備蓄されてる、更にはマニッシュ将軍の軍の敗残兵を向かい入れて、その兵力は2万になろうかと言った所だ。

 通常ならば数年は持ちこたえられる所にこの兵力差である、メデル子爵には負ける要素は何一つ感じる所は無かったのであった。


 しかし、相手はルタイ皇国である、どんな策を取ってくるか解らないので、気を緩めるわけにはいかない。

 そう思っていると執務室の扉が開いて、赤ん坊を抱いた女性が不安そうに入って来たのであった。

「あなた、ルタイ皇国の軍がこちらにやって来たとの話が……」


「ジョアンナ大丈夫だ、こちらの兵力は2万、ルタイ皇国の兵力は9千ほどだ、戦にもならんよ。

 それに1ヶ月程で帝都から援軍もやって来る、そうすればルタイ皇国も戦などせずに逃げ帰るであろう」


「しかし、相手はあの伝説のルタイ皇国……それにパナスの民も半数も逃げてしまいました……不安です」


「何?確かに戻った時に少なく感じたが、そんなに逃げたのか……ちょっと待て、何で我等が戻る前に民が逃げ出したのだ?」


「それはあなたが出陣して何日かしてから、帝国がルタイ皇国に宣戦布告をして、ナッソーで敗れたと噂になっていましたので」


 は、はめられた……こうなる事は全てがルタイ皇国の筋書き通りだったのだ、ルタイ皇国の策略では無ければ、こんな噂が広まる事もないし、出陣して何日ならまだ我等はナッソーにも到着していない。

 こんな噂を広められると、完全に我々に正義が無いではないか、これは軍の士気にもかかわるし、何よりも他国からの支援が受けられん……誰だこんな絵を書いたのは?……あの左近と言うルタイ人か!するとここまで進軍して来たのは何か勝算が有ると言う事だ。


「…た……なた……あなた」


「あ、あぁすまないどうした?」


「何か浮かない顔で……それよりも今、パメラがママって話したのですよ」


「本当か!しまった考え事をしていて、聞き逃してしまった」


「フフフ、最初の言葉はママですからね」


「あぁ賭けは君の勝ちだ、この子は君に似てとても美しい子になるだろうな」

 そう言ってメデル子爵は、赤ん坊の頭を撫でながら、このルタイ皇国との戦は絶対に勝ってやると心に闘志をみなぎらせていたのであった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「皆、聞け!これより我等はここパナスで後世に語り継がれる程の悪名を残す事になるであろう。

 しかし、諸君達の罪や業は将である私の責任において、私が……この島 左近衛大将 清興が一手に引き受ける!諸君達は臆することなく、思う存分働き武功を立てよ!」


『おお!』


「では作戦開始だ」

 パナスの湖にかかる唯一の橋の前で左近は演説し、ルタイ皇国軍の士気も上がりまさに開戦の準備は整ったのである。

 左近はアイリスとラナに目で合図をすると一人で、橋の入り口の城門に向かって歩いて行ったのであった。



「おい、一人で誰か来たぞ……使者か?」


「解らんが、ルタイ皇国の侍にはこちらの常識が全く通用しないらしい、気を抜くなよ」


「……おお」


 そう言って警戒を強める城門に左近が近付いて来ると、左近の足下の地面に兵士が放った弓矢が刺さり、隊長らしき男が左近に向かって叫んだのであった。

「そこで止まられよ!お前はルタイ皇国の使者なのか?」


「【黒煙甲冑】」

 しかし、左近は一旦立ち止まったが、黒い空間転移の煙を身に纏い、再び城門に向かって歩き出したのである。


「何だ、黒くなった……奴は使者じゃない!なめおって!射殺してしまえ!」

 隊長のその号令で無数の弓矢が城門より放たれ、左近に降りかかったのであったのだが、全て左近の身体をすり抜けて、地面に突き刺さったのであった。


「な、なんだあれは!何処かに幻術師がいるんじゃないか?」


「そうだ、幻術に決まっている!大丈夫だ、幻術は人を殺せても、生き物じゃ無い城門は破壊できん!」


「おい、本当かよ……俺、初めて幻術を見たよ」

 そんな事を言って、城門の兵士は安堵の表情を見せていたのであった。




「父上、あんな技見た事がありますか?」


「いや、俺も初めてだ……何がなんだか解らん」


「あれは空間転移の応用や」

 アイリスとエリアス達が不思議がっていると、フレイアが答えたのであった。


「魔王陛下、あの御館様の技をご存知なので?」


「知っとるよあの技で左近はウチの抜き手をかわしてん」


「抜き手をって……もしよければ教えて頂けないでしょうか?」


「ええやろ。

 あの黒い煙みたいなのは勇者特有のスキルの1つ、空間転移や。左近は入りと出の煙を混ぜて身体を包むように発動させてるねん。

 あれならば身体に攻撃が当たる事も無いし、槍の穂先は煙に包まれていないから、攻撃も出来る……ただ最強に思えるかも知れんが弱点も在る。

 この中で誰がそれに気が付くやろな?もしかするとウチしか解らんやろな」


「弱点なんて在るのですか?どう見ても鉄壁だと思いますが……」


「まぁあんたはアイリスのオトンやし言っても大丈夫やろ。

 第一の弱点は空間転移のスキルは、その質量によって魔力を消費する、つまりはひたすら弓矢を通せばその内に魔力が尽きるって事や。

 でも左近は、ウチと【無限魔力】のスキルを共有しているから、魔力は無限にあるだけじゃなく、左近が愛用しとる、あの朱槍のスキルには魔力吸収と必中が付いとるとんでもない武器や、だからこの第一の弱点は左近には無い。

 第二の弱点は、目と口は空いたままになっとる事や。

 目を空間転移の煙で塞ぐと、確かに鉄壁だが視界が閉ざされてしまうし、口を塞ぐと空気を取り込む事ができひんねん。

 完全に防御に徹してももって数分って所やな、それ以上は息が続かんで酸欠で死亡が確定や。

 それに視界がきかないのは、戦場では致命的やろ?」


「確かに戦場で、こちらだけ視界がきかないのは、致命的ですね。

 しかし、魔王陛下の言われていた、空気や酸欠といった言葉は解りませんでしたが、言わんとされている事は理解できました。

 しかし、これは初めて見る者には大変に驚異になりますね」

 そう言ってエリアスは城門を見つめていたのであった。



 やがて、左近は幻影だと思った城門の兵士達は、これは囮で何処か他の場所から攻めてくるのではと、左近を無視をし、ルタイ皇国の軍と周囲の警戒をやっていたのであった。


 すると城門に到着した左近は槍を構えると、気合いの入った掛け声と共に城門に朱槍で斬りつけたのであった。

「おおおおおおお!」



 朱槍に斬られた城門は、大きな音を立てて崩れ落ちたのであった。

「バカな、幻影では無いだと!」


 隊長がそう言って固まっていたのだが、他の兵士は目の前で起こった事が理解できずにいたのである。

 そんな中で左近は城門の中へと、無人の荒野を進む様に中に入り、槍に力を込めて横に薙ぎ払ったのであった。


 朱槍から放たれたソニックブームは、理解できずに固まっていた兵士を薙ぎ払いながら、見張りの塔に当たると、塔は音を立てて崩れ落ちたのである。

 そしてそれを合図に、ルタイ皇国の軍が一斉に動き出したのであった。


「ルタイ皇国軍が攻めてきたぞ!幻影に惑わされるな!」


「貴様がここの将か!」

 ルタイ皇国軍の動きに気が付いた隊長が叫んだのを見て、左近はここの隊長が誰なのかをさとり、朱槍を思いっきり投げたのであった。


「しゃべった!幻影では……ごふっ!」

 朱槍で身体を貫かれた隊長はその勢いのまま浮かび上がり、壁に貼り付けられたのであった。

 その光景を見ていた兵士達は、自分達の隊長がまるで標本にされた昆虫の様に、壁に槍で貼り付けられた事で恐怖が一気に身体を襲ったのである。


 恐怖は伝染するとよく言ったもので、城門の兵士達は恐怖で身体を蝕まれ、いつもの鎧がとてつもなく重く感じたのであった。


 兵士達はいつもの訓練の様に身体は動くことがなく、易々とたいした抵抗も出来ずにルタイ皇国軍の侵入を許してしまったのであった。

 最早こうなっては完全に流れがルタイ皇国に傾いてしまっており、それを打開する武力や知力を持った兵士はおらず、城門の兵士はなすすべが無かったのであったのである。


 やがて一人の兵士が、恐怖のあまりパナス城塞都市の方向に逃げ出したのを切っ掛けに、城門の兵士達は降伏するか、もしくはパナス城塞都市に逃げ出したのであった。


「思ったよりも手応えが無かったの」

 弾正が転がっている屍から自らの槍を引き抜きながら言った。


「そうですね、我がザルツ王国もここまでは来ることは出来ましたが、ここから先が問題です、ここから先は橋の一本道ですからね、守りやすいんですよ」


「そう言えばここは以前から帝国の領土じゃったのか?」


「いえ違います。昔は我等ザルツ王国の領土でした……お恥ずかしながら、ここの領主がザルツ王国を裏切り帝国にいきましたので」


「いくら堅牢な城でも守備する人材でどうとでもなる……人は城、人は石垣か」

 そう言って弾正は遠くを見つめて言ったのであった。


「弾正殿、何ですそれ?でも凄く良い言葉だと私は思いましたが」


「あぁ、その昔にルタイ皇国の武将が言っておった言葉じゃ、人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。

 こんな言葉を残しておってな、いくら堅牢な城でも中身の人が大切って事じゃよ」


「なるほど、そのお人はとても優れた将であったのでしょうな、このセルゲン感服致しました」


「ワシもそう思う……おっ、ラナちゃんではないか?誰か探しておるのかの?

 おーい!ラナちゃん、誰か探しておるのか?」


「あ、いたぁ!おじいちゃん旦那様が呼んでるよ、そろそろ進軍を再開するって」


「せわしないやっちゃのぉ、さっさと終わらさせてのんびり休むかの、セルゲン殿よ」


「そうですね、左近衛大将殿は進軍速度が大事だと考えられているのでしょう……どうされました弾正殿?」


「何やら雲行きが怪しくなってきたの……一雨降りそうじゃて」

 そう言って弾正は、まるでこれから起こる悲劇を天上にいる神から隠す様に、黒く厚い雲が広がる空を見上げて言ったのであった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「旦那様、風が強くなってきましたね」

 湖の橋の上で、アイリスは美しい金髪を風になびかせて言ったのであった。


「そうだな……これは嵐になるかもしれんな」

 この風が更に強くなれば、弓矢は使い物にならなくなる。数が勝負の乱戦になるのだけは避けたかったが、仕方がない出来る限り敵を分散させて、各個撃破を狙うか。


「雨が降れば私のアイスランスが威力を増しますよ」


「そうなのかセシリー?」


「はい旦那様。姉のセシルの炎系の威力は落ちますが、私の氷系の威力は空中から水を精製する必要が無いので、その分の魔力をアイスランスの精製に回せます。

 それに職業が勇者だと、雷撃系の魔法が使えますので、この雲だと勇者皆で攻撃出来ますよ」


「それは無理ですね」


「左少将、どうしてだ?」


「雷撃系の魔法はあくまでも魔法ですので、魔法職の職業と一緒にならないと使う事が出来ません。

 勇者の職業の特徴はステータスの大幅な上昇と、特有のスキルはアイテムボックスと空間転移の二つだけで、あとは何か他の職業と合わさる事により、何かを生み出すのです。

 魔法職なら雷撃系の魔法で、侍なら【神速】と言うスキルです、ただし神速は誰か神速のスキルを持っている者に伝授してもらう必要がありますが。

 ルタイ皇国で魔法が使えるのは陰陽師だけで、ルタイ皇国の中で使えるのは土御門家の者にしか使えません、魔法職はその血が関係しているんですよ。

 魔法が使えるアイテムもあるみたいですが、それでは雷撃系の魔法は使えません」


 なるほど魔法職は、DNAが関係しているのか……って事は俺の詠唱省略のスキルは殆ど無駄じゃねえか、魔法使いに実は憧れていたのにな。


 ……ちょっと待てよ、じゃあ色々な職業を持てば勇者の力で強力になりステータスのアップがあるのか。

 そりゃ妬まれるし、その力はダンジョンや戦で重宝されるわな。

「それにしても陰陽師か……」


「弾正府は帝の表の刀で、土御門家は帝の陰の刀と言われております、左大将殿は会った事がおありで?」


「いや、左少将は?」


「私もありません、噂では今の土御門家の当主は歴代最強と言われておりますが、かなりの気分屋で変人らしいですよ。

 あっ、見えてきましたね!あれが湖上都市のパナスですか」

 そう言って左少将が指差した先には、大きな城塞都市が見えてきたのであった。



「あれがパナス…本当に湖の真ん中に在る島が、丸々と城塞都市になっているんだな。

 しかし、あの城門前の馬防柵、あれでは城門の守備隊が撤退する事が出来んではないか、城門の兵士は捨てゴマだったと言うわけか……いや俺も似た様な者か」

 そう言って左近は、城門を塞ぐ形に作られている柵を見て呟いたのであった。


「違いますよ、旦那様は味方にそんな扱いはしません。大きな違いです」


「そうそう、これからやろうとしている事も、味方の被害を少なくしようって考えだし」


「アイリス、ラナ……ありがとう。

 では作戦開始だ!神楽隊、魔導隊、前へ!」

 左近の命令が下り、巫女で編成された神楽隊に混ざり、セシルとセシリーが城門に向かって歩みを進めたのである。


「来たぞ、ルタイ皇国軍だ!弓隊打て!」

 隊長の号令で、城壁の守備隊から無数の弓矢が飛んできたのであった。


「来ました!魔法障壁、展開用意!展開!」

 神楽隊を率いる蘭の合図で、神楽隊が軍を包むように魔法障壁を展開すると、飛来してきた弓矢を全て弾いたのであった。


「弓矢が弾かれる!なんだあの魔方陣は!」

 自分達の一斉に放った弓矢が、全て弾かれるのを見て帝国兵達に動揺が広がったのである、それを感じてか次はセシリーが魔法を放ったのであった。


「アイスランス!」

 セシリーの魔法で雨が降りだした空に、無数の氷の槍が出現し城壁にいる帝国兵に向かって降り注いだのである。

 まさか魔法職の者がいるとは思っても無かった守備隊は、上空から降り注ぐ氷の槍に多大な被害を出したのであった。


「毎回の事ながら、この苦さは慣れないね」

 セシリーはそう言いながら魔丸を口に含んで、魔力を回復し次の魔法の詠唱に入ったのであった。


「アイスランス!お姉ちゃん、そろそろお願い!」


「……お待たせ、ライトニング!」

 次はセシルが雷撃の魔法を放つと、空に広がる黒い雲から無数の雷が、城壁に向かって轟音を立てて落ちたのであった。

 その衝撃は凄まじく、城壁などの一角が崩れ落ちたのである。


「凄っ!」

 思わず耳を塞いだセシリーが驚いて言ったのである。

 その威力の凄まじさに、帝国兵はもちろんの事だが、神楽隊や蘭、更には放った本人のセシル迄もが、その威力に驚き声を失ったのであった。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」


「……あぁごめん」


「じゃなくて、すぐに次の攻撃!連発で一緒に放つよ」


「……解った……苦っ」

 セシルはセシリーに言われて、すぐに魔丸を口に含んで魔力を回復し次の魔法をセシリーと同時に放ったのであったのである。


「アイスランス!」

「ライトニング!」


 偶然の産物か、二人が同時に魔法を放つと空中で二人の作り出した、氷の槍と雷が1つになり、電撃を帯びた氷の槍が帝国兵に降り注いだのであった。

 その威力は凄まじく、先程セシルが放ったライトニングの比ではなくて、まさにミサイルが当たって爆発した様な威力であったのである。


「お姉ちゃん!」

「……うん、これいける!」

 二人は思わず顔を見合わせると、調子に乗り魔法を連発で放ったのであった。



「あの二人、また調子に乗っているな」

 左近はまるで爆撃を受けている城壁を見ながら言ったのであった。


「いやしかし、あの威力は凄まじいですよ……あの二人が味方で本当に良かったと思います」


「そうだな思わぬ拾い物をしたよ。ではそろそろ我等の出番だな……左少将、後は頼むよ」


「はいお任せを。左大将殿も御武運を」


「これよりパナスに斬り込むぞ!予定通りに数名は生きて逃がせよ!その他は例え家畜であっても生なるものは、皆殺しだ!」


『おお!』


「伝令!あの調子に乗っている二人に、あまり調子に乗らずに攻撃地点を城壁後方にずらせと伝えろ!」


「了解しました!」






「これ気持ちいい!」

「ハハハ、落ちろ、落ちろ、落ちろ!」


 二人はあまりの攻撃の威力に、テンションが上がり、左近の思った通りに調子に乗ってボカスカと撃ち込んでいたのであった。

 そこへ通信兵がやって来たのである。

「報告します!御館様から、あまり調子に乗らずに攻撃地点を城壁の後方にずらせとの事です!」


「何でさ!せっかく良い所なのに!」


「お姉ちゃん、ご主人様に怒られるよ」


「……ちっ!」


「了解しましたと伝えてください」


「解りました」

 本当に大丈夫かな?

 そんな事を思いながら通信兵は左近に連絡したのであった。




 やがて左近の要請通りに、二人の落とす魔法が城壁後方の市街地に降り注ぐ事になったのであった。

「これより城壁に突入する!勇者の者は魔丸を準備し、空間転移を城壁に繋げろ!目測を誤るな、あの攻撃に巻き込まれるぞ!」


『おお!』


 左近の号令を合図に、城壁の上に空間転移の黒い煙が次々と暗雲が広がって行くかの様に、広がって行ったのである。

 やっと魔法攻撃が収まったと安堵していた城壁の帝国兵に、更なる悲劇が襲い掛かったのであった、城壁のすぐ上に広がった黒い煙から、ルタイ皇国の歩兵隊が降ってきたのであった。


「やったね!ラナちゃん一番乗りぃ!」

 ラナは帝国兵の上に飛び下りると同時に、剣を兵士に突き刺して言ったのであった。


「こいつ、一体何処から……ごふっ!」


「ラナ、気を抜くんじゃありません!まだまだこれからですよ!」

 続いてアイリスも帝国兵に剣を突き刺して言ったのである。


 既に爆撃を食らったかの様な城壁の守備隊には、次々と空間転移でやって来るルタイ皇国軍を防ぐ余力は無かったのである。

 更には二人の爆撃の様な魔法が、市街地に移った事により逃げ惑う兵達が出て、援軍に向かうのが遅れていたのであった、その中でのルタイ皇国の空間転移での奇襲である、その通常では考えられない進軍速度にパナス内部の者は誰もが驚愕し動けなかったのであった。



「そろそろ頃合いか。

 神楽隊、騎馬隊前進せよ!馬防柵を破壊し、城内に雪崩れ込め!魔導隊は味方兵の進軍に気を付けて、徐々に敵本城に魔法攻撃をかませ!」


『おお!』

 左少将の掛け声でルタイ皇国の残った軍が一斉に城門に向かって動きに出したのであった。


 一気に市街地に雪崩れ込んだルタイ皇国軍は、左近の命令通りに兵士や住民に関係無く、住民のペットに至るまで、次々とその命を奪っていったのである。


 後に生き延びた者が語っていた伝承が在る。

 ルタイ皇国の者は足首にまで、パナスの者の血に浸かり、全ての生きる者に平等に死をもたらす、地獄からの使者の様であったと。


 その言葉は決して大袈裟ではなく、事実パナスから左近達以外の生命体はその姿を消したのであった。

 ここに後世に語り継がれる、パナス大虐殺が行われたのである。





「メデル子爵を捕らえて参りました」

 パナス城内に在る謁見の間の様な部屋で、玉座らしき椅子に座っている左近の元に、メデル子爵が捕らえられたとの報告が入ったのであった。


「通してくれ」

 左近はその場で斬り捨てるのでは無く、一度会っておきたいと思っていたのであった。



 やがて連れてこられたメデル子爵の他に、一人の赤ん坊を抱いた女性もいたのである。


「やはりお前だったのかナッソーの左近!」

 メデル子爵は入ってくるなり、左近に怒号とも言うべき声で叫んだのであった。


「あいも変わらず、声がでかいですなメデル子爵」


「何を言うか!民にまで手をかけおって、これがルタイ皇国の流儀なのか!」


「今回の事は左近衛大将の私、島 左近衛大将 清興が汚名も含めて全て責任がございます。

 怨まれるなら、私のみを怨んで下され」


「ルタイ皇国……貴様、何が目的なのだ?」


「目的?奇襲をして宣戦布告をされたのはそちらでは?」


「ここまで来てその様な体裁はどうでも良い、この一件裏で暗躍しておるのはお主であろう?」


「……左様で」


「ふっ、やはりな……ならばお主の事だ俺や家族も殺すつもりであろう」

 そう言った瞬間であった、メデル子爵は地に頭を叩き付けながら、左近に嘆願したのであった。


「頼む!この子だけは、パメラだけは助けてはくれないか?この子はまだ幼い、こんな子にまで死罪とはあまりに無情ではないか!頼む、この通りだ!」


「メデル子爵、残念ながら……」

「そんな事は解っている!後々に禍根を残さぬ様に貴族の皆殺しは、誰もが考えるだろう。

 だがしかし、そこを曲げて頼んでいる!」


「私も!この子の命だけは!お願いします!お願いします!」

 そう言ってジョアンナ迄もが頭を下げ出したのであった。


「メデル子爵、奥方殿も頭を上げて下され、パナスの民も幼き子供が死んでおります。あなた達だけ特別には出来ません」


「そんな……エリアス!お主は裏切ったとは言え、栄光在る聖導騎士団の騎士であろう、お前からも言ってくれ!」


「裏切った?裏切っているのは、宰相やその息のかかっている者達ではないか!帝国内部は宰相や綾那后妃一派に牛耳られ、我等聖導騎士団をはめるだけならまだしも、次々と皇太子を殺すとはこれを謀反と言わずして何とする!」


 メデル子爵は薄々と感じてはいたのだが、まさか宰相がそこまでやっていたとは思いもしなかったのである。

 もちろん証拠を見せられた訳では無いが、そんな物を見せられなくても信じさせるほどの、エリアスの鬼気迫る声に納得したのであった。


「御館様、メデル子爵は我が同胞。せめてもの情けで私が首を跳ねても宜しいでしょうか?」


 義父殿は何を考えているんだ?だが帝国最強の武人と言われた男だ、その強さはここ数日の訓練でもよく解った。

 そんな男に殺される、これでメデル子爵の面子は保たれるだろう、それを見越しての事かもしれんな。

「良いでしょう、お願いします」


「では一旦牢に戻して準備して参ります、首は確認されますか?」


「いや、義父殿ならば安心だ」


「解りました、引っ立てい!……いや人手も足りないだろうし俺が連れていく」

 そう言ってエリアスは左近に一礼すると、二人を連れてその場から出ていったのであった。




「エリアス、頼む!この子だけは……」

「うるさい!真っ直ぐ歩け!聞く耳持たぬわ!」


「ええい、この堅物め!」


 そう言っているとエリアスは周りを確認し、誰もいないことを確認すると、メデル子爵夫婦に囁いたのであった。

「いいか、前を向いてそのまま聞け。娘は俺が何とか助けてやる」


 そのエリアスの言葉を聞いた二人は、神の声の様に聞こえたのであった。


「しかし、エリアス大丈夫なのか?」


「大丈夫だ、俺の娘のアイリスは左近衛大将殿の妻でもあり、私兵の血盟十字軍の騎馬隊の隊長もやっている、少々の事なら便宜を図ってくれるだろうよ。

 ただし、その子の名前と貴族の身分は隠してもらう、それでも良いか?」


「もちろんだとも、それでこの子の命だけでも助かるなら」


「私からもお願いします……ただ、娘に何か私達の形見の品を渡したいのですが」


「……良いだろう、ただし身分が解る物や、先祖代々の品はダメだ」


「ありがとうございます。それでしたら私達の寝室に在る化粧台の右下に在る引き出しに、初めて夫がプレゼントしてくれた、市場で買ったブレスレットがございます、それを私達の形見の品と言う事でこの子が成人した時に渡して頂けないでしょうか?

 成人したならば物事の分別もつくはずなので、復讐などしないはずです」


「解った、その願いノイマンの家名に賭けて必ずや果たそう」


「ありがとうございます、渡す時には短い間でしたが私達は幸せでしたと伝えてください」


「解った、子爵は?」


「母の様に美しく聡明な女性になれと伝えてくれ」


「解った、必ずや伝えよう」


「エリアス本当にすまない、感謝する」

 そう言ってメデル子爵夫婦の目には涙があふれていたのであった。


 その日の夕方、メデル子爵夫婦の処刑がエリアス・ノイマンの手によって行われた。

 その死体はすぐに荼毘に付されその夫婦の胸には子供の遺体があったのだが、何故か顔の損傷が激しく他の者はその顔の確認が出来なかったと言う。


 エリアス曰く。

「おそらく絶望で気が狂った夫婦が、自らの子を殺したのであろう」

 そう切ない目をして言っていたと言う。





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